Coolier - 新生・東方創想話

寺前留学NAZU

2010/06/01 00:15:41
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「でぇー、でぇー」
「……聖、そこは『ディー』だ」
「えーびーしーで、でぇー?」

 たぶん、本人は『ディー』と言っているつもりなのに、疲れたヤギの鳴き声以下の発音を繰り返す。スペルカードバトルでは相手の横文字のカードもすらすら言うというのに、いざ言語の勉強となると、カチカチに固まってしまっているようだ。

「ご主人様は、できたかな?」

 今、命蓮寺で行われているのは、英会話の授業。最近では日本の妖怪だけでなく、紅魔館の吸血鬼を代表とした、母国語が違う妖怪や人間も段々と数を増やし始めている。それでも意思疎通が可能なのは、吸血鬼姉妹のように元々多種多様な言語を理解している妖怪が多かったから。
その吸血鬼の少女曰く『上に立つ者として当然の教養だ』というのは建前で、本音は『時間が腐るほどあったし、勉強しておいた方が絶対得だとパチェが言ったから』とのことだ。

「ええ、ばっちりですとも、見なさいナズー!」
「私の名前を妙に略さないようにね、えっと、どれどれ……」

 そのときに吸血鬼の建前に感銘した聖が、『妖怪たちの救済のためには、こちらから相手の文化や言語を理解し、意思疎通を図るのが大事なのです』と、困ったことを言い始めた。結果、唯一インターナショナルなナズーリンが講師として祭り上げられたと言う訳である。
 それで今に至るというわけだが、聖と星という、二大うっかりさんを対象にして集中的な授業が行われていた。いや、授業というかなんというか。正確には……

「ご主人様、『E』がカタカナの『ヨ』になっているよ?」
「え? あはは、まさかそんなはずは……、あれ?」

 補修、なのである。

「でぇー、でぇ、でぇ? で、でぇぇ~~~」
「がんばってください、聖様! 星!」
「そうですよ、絶対できますから」

 筋のいい一輪や水蜜などはすでに会話の初歩まで進んでいるというのに……隣の部屋から覗き込みながら応援しているというのに、この二人はまだアルファベットで苦労している。

『妙なヤギと、うっかり過ぎる虎』

 教育の難儀さを噛み締めながら、ナズーリンは教鞭を振るい続ける。
 だが、その教育がついに報われて、星と聖もアルファベットを卒業し、いろいろな英単語を覚え始めた。
 人にものを教える喜びをナズーリンが覚え、これから順調に毎日が進んでいくと思い始めた頃。

 急な悲劇が、小さな大将を襲った。




 ◇ ◇ ◇




「命蓮寺から、あなたを追放することとします」
「な、いきなり何を馬鹿な!」

 ナズーリンは、思わず吼えた。正座を崩して立ち上がり、込み上げる怒りを隠そうともせずに、右手に握るダウジングロッドを翳した。
 ここにいる全ての妖怪たちの母とも言える存在である、聖白蓮その人に。そんな大切な存在に武器を向けるということは、何があっても許されるはずがなく。

「そんな汚らわしいものを聖に向けてはいけません! ナズーリン!」
「ご、ご主人様、そんな……」

 いつも星のため、主人のためと、一生懸命に働いてきた。ちょっとだけドジな彼女に変わっていろんなものを探して、宝塔すら見つけてみせた。それもこれもこの、ダウジングロッドがあったからだというのに、

 ――汚らわしい……ハハ、なんの冗談だ……

 悪い夢だと、ナズーリンは思いたかった。いつも朝食を全員で一緒に食べる、そんな家族団欒を示すような一室の中心に孤立し、周囲を仲間たちに取り囲まれる。
 単なる悪い冗談だと、幻だと、小さな賢者は心の中で叫び、力を入れた瞬間、皮肉なことに痛みが訴えてくるのだ。

 指先が手の平に食い込む指の感触が、この悪夢を真実だと証明する。

「しかし、私だってこんなことはしたくなどありません。ナズーリン、あなたがこれ以上そのロッドを使わないというのなら、許しましょう」
「わ、私にダウザーであることを捨てろというのか!」
「違います、そのロッドさえ手放してくれればいい」

 彼女に、そんなことができるはずがない。それを知っているからこそ、聖も表情を曇らせながら頭を下げて懇願する。
 しかし、当然それは到底受け入れられるものではなかった。

「いきなりなのだ、皆で私にこんな仕打ちなど。私は聖を救うために尽力したというのに、その見返りがこれだというのかい? ご主人様も、私を見限るというか!」
「その棒を放しなさい、ナズーリン」

 ――手放せるものか。

「それは拒否させてもらう」

 ――手放せるはずがないじゃないか。

「ナズーリン!」
「いくらご主人様の頼みでもそれは聞けないな」

 ――これはもう、ただのロッドなんかじゃない。

「どうあっても、あなたはそれを手放さないというのですか?」
「ああ、当然だ」

 ――ただの変な形の棒でも、私の生きた証、思い出の塊。

「わかりました。先の言葉どおり、その『SMロッド』を手放さないというのなら、追放処分とします。ナズーリン!」

 ――そう、このSMロッドは私の血肉にも等し、え?

「……ちょっと待て、聖」
「あなたがその恥ずかしい棒を捨てない限り、寺には入れるつもりはありませんからそのつもりで……」
「だから、ちょっと待て、SMってなんだ!」
「私の口から言わせようというのですか! やはり、え、Sというのは本当なのですね!」

 滅多な事では怒らない聖が、顔をいろんな意味で真っ赤にして怒鳴る。それに触発されたのか、ご主人様や、周りの一輪たちからも奇妙な声が上がり始めた。

「それほどSM棒が好きだなんて、やはり変態……」
「そこまで堕ちていたとは……」
「うんざんっ!」(ゆるせるっ!)

 何故か周囲の目が可笑しい。
 ナズーリンを見る目というより、ダウジングロッド改め、SM棒と改名されそうな勢いのロッドを見る目が怪しい。

 そんな異常な空気の中でナズーリンが可能であったのは逃げの一手だけで、大袈裟な音を立てて障子を開き、その場から逃げるように去る。住み心地の良い住処を追われ、寺の前まで息を切らして走った。
しかし、しかしだ。ナズーリンにはわからなかった。どうしても納得がいかない。何故いきなりSMなどという卑猥な単語でこの大切なダウンジングロッドを呼び始めたのか、

 ちゃんと英語の勉強もしていたはずだし、こんな不自然なことが起きるはずがない。

「いったい、どうしたっていうんだ……」

 途方にくれるナズーリンは、じっと、どんな宝よりも大切なダウジングロッドを見下ろした。方角を示す英単語の頭文字を飾りとしてつけた、お気に入りの相棒を……

 ――おや?

「……N、E、S、W」

 まさか、まさかとは思う。
 そんなこと、あるはずがないと、しかし、ちょっとだけ、持っていたロッドをひっくり返してみると。

 ――MとW。

 気が付いたら、簡単なことだった。
 そんな単純なことを間違うなどとは、まったくあの二人らしい。
 まったく、なんという……

 その日、威圧感たっぷりの乾いた笑い声が寺の前で響き渡り、訪れようとした者の足を逆に向かせたという。




 ◇ ◇ ◇




 英語を教えてまさかこんな不具合が生まれるとは思わなかったナズーリンはふら付いて飛びながら、今後の行動について思案していた。
 勘違いして、妙な創造をしたのは、単純な失敗として笑えることだ。
 ただし、今の場合問題なのは、あの二人の性格である。

「……まったく、どうしたものか」

 無駄に、頑固なのである。下手に学があるせいで、思い込んだら聞かない部分が多々あるのだ。普段は大らかな二人組みだというのに、一度火がついたら自分が納得するまで炎の勢いが沈静化しないのが恐ろしい。
 しかし、このまま下手に放っておくと。
『SM棒使いのネズミ』
 という、自害したくなる悪名が知れ渡ってしまう。しかもあの命蓮寺にはそういう面白そうなことに首を突っ込みたがるぬえがいる。
 今回の英語学習には不参加だったため、まだ彼女の耳に届いていないのかもしれない。しかし、だ。もしその名が伝わろうものなら、ナズーリンがこれまで築いた『真面目な働き者』というイメージは崩れ去るに違いない。

「やはり一刻を争うな」

 最近では、『卑近なダウザー』という親しみやすい二つ名を得たというのに、『卑猥なダウザー』なんてものに塗り替えられようものなら、仲間のネズミたちと一緒に路頭に迷いかねない。
 いや、それくらいならまだいい。
 精神に左右される妖怪であるナズーリンにとって、幻想郷の認識が『エロイ鼠』になろうものなら、存在自体に少なからず影響するに違いない。そんな自分を想像しただけでナズーリンの全身に寒気が走った。
 焦る気持ちを押さえながら空を飛び、霧の湖を超え、視界の中でどんどん大きくなる紅魔館へと転がり込む速度で着地し、手早く門番に声を掛けた。

「はぁ、はぁ、れ、レミリア嬢はいらっしゃるかな?」
「あ、はい、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 わかっていた、という内容を不審に思いながら。それなら話が早いと息を整えることすらせずに美鈴と共に屋敷に入る。
 その入り口で咲夜と案内役を交代し、早足で廊下の上を進んでいく。メイドの咲夜が驚くほど素早く足を動かして。そんな時間すら惜しいとでも言うように、ナズーリンは情報収集作業を実施する。
 もちろん先ほどの門番が漏らした言葉に繋がる問いかけを。

「……この屋敷の誰かが寺に出掛けたりはしたかな?」
「はい、私がお使いを引き受けましたので、それでそのときに異変に気が付きお嬢様にお話したところ」
「なるほど、それで察するか。さすが幼いながらも吸血鬼の血を引くだけはある」

 そこで咲夜が何を知ったかは、大体理解できる。
 大方、ナズーリンが破門となったことと、その内容が流出した。
 レミリアからそれですべてを理解したというなら発せられる第一声を予測するのは容易い。
 失礼します、と、そう咲夜が扉を開いた瞬間。

「やあ、SMネズミ、待っていたよ」
「やっぱりか……」
「照れることはないわ、それも文化の一つだもの」
「しかもおまけ付か……」

 お菓子を買ったら、玩具がついてきた。そんな感覚で。
 吸血鬼だけに会おうと思っていたら、おまけで魔法使いも付いてきたという、お得感のまるでないサービス付。むしろ厄介な存在である。

「おまけとは失礼ね、英語の資料や辞典を貸してあげた恩を忘れたのかしら」
「それは感謝しているが、その分だけこちらの文献も閲覧させたはずだが?」
「当然ね、英語で言うと『ギブ アンド テイク』ってところかしら?」
 
 この魔法使いといい、あの魔法の森にある道具屋の店主といい。どこか飄々と意見を流してくる人物はナズーリンにとって苦手な交渉相手でしかない。
 まだ感情の激しいレミリアだけなら、なんとか連れ出して寺まで同行してもらい誤解を晴らせたかもしれないのに、この魔法使いがソファーで同席しているだけで絶対何か『彼女の特になる何か』を要求されるに違いない。

「とりあえず、その卑猥なロッドを置いて話し合いましょう」
「何が卑猥だ、アルファベットを模しているだけだろう」
「ほら、そのSとかついてる四種類はあれだろう?」

 どうせ『サディスティック』くらいだろう、と。
 促されるようにレミリアとパチュリーの対面に座りながら考え、目を細めた。するとほらやはり彼女の予想通り、それっぽい単語が続くではないか。

「すぺしゃる・のーとりある・まーべらす・えろす」(S・N・M・E)
「待て、それは待つんだ」
 
 英語圏の妖怪とは思えない発想の造語が一瞬にして生み出され、ナズーリンは思わず声を上げていた。だってそうだろう。
『特別な・悪名高い・素晴らしい・エロス』
 意味はわかるが、理解したくないと理性が否定する。
 むしろ理解したら負けな気がした。

 主にこの奇妙なネーミングセンスを……
 
「何を言っているのよレミィそうじゃないでしょう?」
「そうだ、おかしいにもほどがある」
「まにあっく・のーぶる・えろてぃっく・そうる・よ」
「なるほどね、さすがパチェだ」
「ちょっとでも期待した私が馬鹿だった……」

 知識人のパチュリーまでが悪ノリを始める。

「特殊な気品ある変態な魂ってなんだ……」
「ほら、ぴっちりした服に着替えて鞭を持てば特殊な気品が溢れるし、それっぽい命が宿りそうじゃない」
「それにネズミの女王なのだろう、ぴったりじゃないか。その穴のあいたスカートも部下を誘うためだったりしてね」

 まともに議論する気すらないと思われる二人に対して、ナズーリンは怒鳴り散らしたい気分であったが。尻尾をわなわなと振るわせるだけで耐える。何とか耐える。何度も深呼吸をし、後ろに立つ咲夜の落ち着いた様子を見てなんとか心を静めようとする。
 彼女は二人に請願する立場であって、決して強く出てはいけないのだから。

「そ、そろ、そろそろ、本題に入って、いいかな?」

 引き攣った頬のせいで言葉が途切れ途切れになるが、できる限り穏やかな顔をしたまま二人に問いかける。

「ん、せっかく時間を作ったというのに、興をそぐことをしないでもらいたいものね」
「労力を割いてもらったのは感謝する。しかし、急を要するんだ」
「まあまあレミィいいじゃないの、どうせこの後あなたは眠るだけなんでしょうし、少しくらい」
「ね、寝るのかっ!?」
「もう昼も近くなってきたからね。できればもう少し早く眠りたかったところよ」

 まずい、これはまずい。
 と、ナズーリンの中で警鐘が鳴る。
 レミリアと一緒に命蓮寺に言って、このダウジングロッドの先端のアルファベットが何を意味するか。それをはっきりと伝えてもらいたいのに、今眠られては半日以上情報の流出を待つことになる。
 ナズーリンは自分がここに来た理由『誤解を解きたい』という言葉を早口で二人に伝え。少しだけ眠らないでいて欲しいと懇願した。

「それならパチェが最適ね」
「私が?」
「そうよ、あなたは一応紅魔館の頭脳と思われているでしょう? 私に続く」
「まあ、立場上そうなるわね」
「辞典を貸したのもあなたなのだから、十分信憑性のある話にはなるだろう」
「それでレミィは寝るって?」
「ええ、寝る前のいい気分転換にはなったよ。これなら気持ちよく寝付けそうだ。咲夜、部屋までお願いね」
「はい、かしこまりました」

 それで話は終わり、と。やり取りに満足したレミリアは咲夜を従えて部屋を出て行こうとする。慌ててナズーリンが引きとめようとするが、

「この件の全権はパチェに預けるよ、ある程度なら私は目を瞑るから」

 それだけ言い残して部屋を出て行ってしまう。
 残されたナズーリンは上げ掛けた腰をもう一度深く椅子に落として、平然と無表情を保つ魔女を見た。いきなりあまり面識のない客人と二人きりにさせられたのに感情の起伏が見られない。
 対するナズーリンはパチュリーに対し険しい表情を残すのみ。

「あら、これから仲良くお茶会とはいけないのかしら?」
「言っただろう、私にはあまり時間がないんだ。早く誤解を解いて早く皆と共に暮らしたい」
「そう、ならあなたが私に求める行動を言いなさい。もう一度詳しく」
「このロッドの両端についているアルファベットが方位を指すものだと聖やご主人様の前で簡潔に説明してほしい、それだけ」
「ふーん、なるほどね……本当にそれだけでいいなら、あまりこちらとしても多くは要求できないか。残念ね」
 
 もっと別の何かがあると踏んでいたのか、ナズーリンの真剣な表情をじっと見つめていたパチュリーはこの日初めて動きらしい動きを見せた。肩を竦めて、ふぅっと軽く息を吐いただけだが、今まで座りながら瞳だけを動かしていた彼女が見せた仕草に、自然とナズーリンの目が移ってしまう。

「とりあえず、あなたの体組織の一部が欲しいのだけれど」
「……体組織、ああ、髪の毛か何かかい?」
「それよりももっと加工しやすいものでいいわ、そうね……」

 指を一本立てて、とんとんっと鼻の頭を叩いてからその指をナズーリンに向け。
 特に気にするでもなく、はっきりと一言。

「体液」
「…………ぇ?」
「聞こえなかった? 体液を要求する」
「……ま、まて! ちょっとまて! た、体液だとっ!? 君は馬鹿か!」
「そうね、魔法使いが魔法馬鹿と分類されるのであれば間違いなくその言葉は当てはまるわ、というわけで。ほら、これに体液を寄越しなさい」

 馬鹿と言われても顔色ひとつ変えずに宣言した後。

 どこに忍ばせていたのだろうか?

 服の中を弄ったパチュリーは一つの透明なビーカーをテーブルの上に置く。
 何も入っていない、ランプの光を淡く反射する片手にちょうど収まる容器。それに体液を注げというのだ。

「え、いや、その、急に出せと言われても出せるものでは」
「……え? いつでも出せるでしょ普通。とろとろだし?」
「い、いつでも!? と、とろてょろ!?」
「何で噛んでるのよ」
「い、いや、普通出てないだろぅ、そういうのは! それに、そんなものを恥じらいもなく言うのは、いくらマジックアイテムとして活用するとしても慎みというものがだね!」
「変なことを言う人ね、手本を見せてあげましょうか?」
「て、てほ、手本っ!」

 そう告げられた瞬間。
 ナズーリンの顔は熟れたトマトのように真っ赤になり、機械仕掛けの人形のように体を硬くして立ち上がる。

「う、うわぁっっ!」

 しかし足がもつれてしまい、再び後ろへと転がって、椅子の背もたれに体をぶつけたせいで、椅子ごとひっくり返ってしまう。
 背中から倒れ、仰向けになったその体の上に。

「あー、大丈夫? 結構物凄い音がしたけど」

 椅子から浮かび上がって迫ってくるパチュリーの姿。
 その右手にはしっかりとさっきのビーカーが握られており。

「ちか、近寄るなっ! 馬鹿、変態っ!」
「確かに魔法やそれに関する研究に対して人一倍異質な拘りを見せる行動が変態とも取れるのであれば仕方ないわね」
「そういうわけじゃないっ ああもう嫌いだ! 魔法使いなんて大っ嫌いだ!」

 絨毯の上を背中で這うようにしてパチュリーから離れると、一気に起き上がって泣きながらドアを開けて出て行ってしまう。
 レミリアが眠り、ナズーリンが逃げ、後に残されたパチュリーはビーカーをじっと見つめて。

「ああ、なるほどね」

 ぽんっとその底をもう片方の手のひらに軽く当てて、ふよふよと空中を漂う。
 途中で咲夜の手伝いをしていた小悪魔と合流し……

「ねえ、こぁ。体液って言ったら何を思い浮かべるかしら?」
「え? 唾液でしょう?」
「……そうよね。まったく、どっちが変態だか」

 逃げていったネズミのことを思い、ふぅっと息を吐いたのだった。




 ◇ ◇ ◇




「ん、こっちか」

 ダウジングロッドが示す方向へと急ぎながら、ナズーリンは自分の能力の有力さを再認識した。大雑把な情報だけでも、ロッドは正確にある一方向を示してくれる。
 もちろんその情報が何かといえば。

『紅魔館以外で英語を理解する人物』

 その中でも一番近くにいる相手を目標物としてダウジングを行っている。その結果は上々で最初は弱々しく動いていたロッドの先が、いまでは左右どちらに動かしてもブレることはない。
 本来ならもう命蓮寺で誤解が解けて仲良く昼食の準備をしていてもおかしくないのに、紅魔館での騒動のおかげでその機会すら失われた。

(仕方ない、あのパチュリーという魔法使いが、あ、あんな変態なのが悪いのだ。人の弱みに付け込んであんなものを要求してくるなどとは言語道断だ。間違いなくあちらに非があるじゃないか)

 でも自分は悪くない、と。心の中で言い聞かせて、なんとか別の場所を探しているところなのだが、ナズーリンはその先がどう考えてもその英語を話せる人物のいない方向を向いていることに気が付く。
 一度半信半疑になってしまうが、とりあえずそちらへと向かって飛んでみる。もしかすると、そこが目的地ではなく通過するだけかもしれないからだ。
 しかしちょうどその屋根の上に差し掛かった途端。
 くるり、っとロッドが左右に開く。
 当然ながらそれは『当たり』の合図。
 間違いなく、この場所に英語を使える人物がいることを示していた。

「……博麗 霊夢が?」

 そのナズーリンの疑問の声のとおり、そこは博麗神社であり神社の外で出会ったら問答無用で妖怪を退治しようとする恐るべき存在の住まう場所であった。
 しかし彼女のスペルカードは純和風。
 さらにここの巫女が神社にいるとき、ほとんどの時間をのんびりとお茶を飲んですごしており、勉学に励むということもない。そんな相手が英語を自由に使うことすら怪しいのに、何故ロッドがここを示したか。
 その理由は神社の境内に降り立ったときに判明した。

「What time is it now?」
「掘った芋は焼いて食べる」
「私は蒸したほうが好きだけどな」

 とてもとても、見覚えのある。
 ナズーリンもお寺の構成員に対し授業をしていたときに、ぶち当たった最大の壁の一つ。
『空耳』
 それに苦悩する若い先生が社務所の縁側に腰を下ろしていたからだ。

「あの、ですね。『今何時ですか?』って英語で尋ねたんですが……」
「だからその英語って何よ?」
「えっと霊夢さん、『スペル』、とか『カード』とかいう言葉使ってますよね?」
「ええ、もちろん」
「それ、元英語です」
「何を言っているの、私が使っているんだから日本語であるはずよ」
「ま、その辺の教養が乏しい霊夢に何を言っても無駄だな」
「……そういうあんたはどうなのよ?」
「いっつ、いれぶん、おくろっく」
「正解です。でも発音が変かもしれません。波がないです」
「ああ、私は魔道書を読むときだけしか利用しないからな、スペルカード以外の発音は結構適当なんだよ。わかったかな? 霊夢くん?」
「そうですね、英語使えないのって霊夢さんだけですね、私たちの中で♪」
「……使えなくてもいいもの、だって神様英語じゃ出てこないし!」
「あーあー、わかったわかった、悪かったって。ちょっと変わった来客もあるみたいだし、そっちの方で暇つぶしに切り替えないか?」

 女三人寄れば姦しい。
 日当たりのいい廊下でそれを体現していたうちの一人が、やっとその様子を見守っていたナズーリンに気が付き、箒を持って境内の方へ降りようとする。
 しかし争うつもりのないナズーリンは肘を上げて軽く降参のポーズを取り、魔理沙がスペルカードバトルを始めようとするのを制した。

「やあ、すまないね。少しだけお願いがあるんだが話を聞いてはくれないか」
「英語ってやつ以外なら話を聞いてやってもいいわ」
「そんなに嫌がらなくても……」

 しかし、間が悪く霊夢はさっきの英語のやりとりで機嫌が芳しくない。魔理沙と早苗の二人の様子だけを見れば救いがないわけでもなさそうだ。

「残念ながら英語の問題でね、そのおかげで寺を追い出されてしまったよ」
「ほらね、やっぱり英語は悲劇しか生まないのよ」
「とりあえずゆっくり話を聞いてみないか、ちょっとその話は面白そうだ」
「あ、私お茶煎れますね」

 そんな退屈な三人娘の相手をすることになったナズーリンは、また奇妙な展開に巻き込まれるのではないかと不審に思ったのだが、その予想はあっさりと裏切られた。
 しかも、かなり良い方向に、だ。

「はっは~ん、私はわかったぞ」
「私も、大体は理解しました」
「お茶が美味しいわねぇ……」

 一人だけ理解するのをあきらめた巫女が戦線離脱しているが、居間に移動してすぐにナズーリンが今日起きた出来事を相談したら。それが東西南北という勘違いだという他に、さらに詳しい内容まで把握してしまった。

「なあ、ナズーリン。お前の授業以外のところで、聖とか星とかは勉強とかしてたのか?」
「していた気がするね、特にその二人は遅れていたから。どうしてもね」
「そのときは辞書も預けてたんだよな?」
「ああ、それがないと自主的な勉強もままならないからね」

 何かを確認するような魔理沙の質問に、どこか疑問を感じながらもナズーリンは答えていく。
 そしてそれに答える度に、二人の表情はどんどん変わっていく。
 最初は興味津々な少女の顔だったのに、次第に苦笑いになって。

「……何故、顔を赤くする必要が?」
「ま、まぁ、なんといいますか、ねぇ?」
「あ、あぁ、そういうことだもんな」
 
 どんどん歯切れが悪くなっていく。
 自信がなくなっているわけではない。他人の目線で見ているナズーリンから判断しても、確実に真実に近づいていく手応えはあるのに。何故かその度に二人がそわそわし始めるのだ。

「あ、あれだ。ヒントは辞書だな、うん」
「それと、みんなで一緒に調べていたという点もちょっと関係あるのかもしれませんね。そっちの方がそういうノリになるかもしれませんし」
「んー、そうか? どっちかというと一人でこっそりの方が合ってる気がするんだが」
「……とりあえず、辞書が問題に間違いないね?」
「ああ、それは間違いない」

 しかし、そうなると余計にわからない。
 方角を示す、東西南北の単語は通常簡単な部類に入り、自主的に勉強する際は先に覚えてしかるべきなのだ。
 だから余計にナズーリンは深みにはまり、頭の上にハテナマークを浮かべることしかできない。

「そうだなぁ、早苗、時間とかあるのか?」
「私は帰りに人里で夕飯を買って帰ればいいだけですので、お昼も外食するつもりでしたし」
「なら、完璧だな。ってことで、出発だ!」
「……どこにだい?」

 まだ推理がまとまっていないナズーリンは畳の上で足を崩したまま魔理沙を見上げた。そこにあるのは、さっきよりも少し赤みの引いた元気一杯の笑顔で。

「私たちがこの面倒な事件を解決してやるよ」
「そうですね、困ったときはお互い様っていいますし」
「おお、一緒に来てくれるか。ありがたい。私一人じゃ入れてくれそうにもなくてね、助かるよ」
「気にするなって、くくっ、絶対面白くなるはずだからな」
「あ、魔理沙さん駄目ですよ、あくまでもこれは困っている人を助けるのが大事であって」
「はいはい、先行くぜ~♪」

 そんなノリノリの魔理沙に違和感だけを感じながら、なずーりんと早苗はその後を追い軽く縁側を蹴って飛び出した。

「あ、こら、お賽銭置いていきなさいよ!」

 霊夢の叫び声を後ろに聞きながら。




 ◇ ◇ ◇
 



「ナズーリン! まだそんなロッドを持って! それを捨てるまでは入れないという聖の指示だったでしょう!」

 一行が命蓮寺の門を潜ろうとした時、待ち構えていた星が槍を持って三人を追い返そうとする。そしてそんな星の声に反応したのか、他の寺のメンバーも続々と門の近くに集結し始めた。
 
「私たちはあなたが嫌いなわけではないのです。ただ、あなたがその寺の中に置くべきではない道具を持ち歩いているから仕方なく……」

 辛そうにナズーリンに視線を向ける聖だったが、やはり時間がたってもこの二人の意見は変わらない。それを再認識させられてしまった。
 それでも唯一の救いはナズーリンを嫌う意見がないということ。
 
「お願いだ、話を聞いてくれ! 二人は誤解しているんだ!」
「何も誤解などしていない! 正義の毘沙門天の代理たるこの私の元にこそ常に正義はあるのだから!」
「あなたこそ、正気に戻りなさい。ナズーリン、私はいつだってあなたを待っているのよ」

 望まない別れを強いられた、仲間たち。
 悲しみ、絶望、怒り。
 様々な負の感情が混ざり合いながらも、それ以上の暖かさがその三人の中にある。それなのに何故三人は引き裂かれなければならなかったのか……

 その真相を握る人物は、真剣な表情で言い合いを続ける星と聖の横までやってきて。
 びしっと天高く、右手を上げた。

「集合! はい、そこの寺の奴等みんなこっちに集まれ~」
「な、なんだいきなりこっちは取り込み中だぞ」
「え、えーっと、その取り込み中の問題を穏便に解決できる方法があると言っても、参加することはできませんか? ほんの少しだけのお時間で終わりますので」

 魔理沙の元気のいい呼びかけと、早苗の控えめなお願い。
 その後二人はさらに命蓮寺の奥へと歩いていき。

 ちょいちょい、っと。

 二人で一緒に手招きを始めた。
 そんな不信な行動が気にならない者がいるはずがなく。

「ちょ、ちょっとだけ待っていなさいナズーリン。すぐ戻ってきますから」

 槍持った星を筆頭に、ナズーリンを除く全員が小さい範囲に集中する。
 そして、どちらかが話し始めたのだろうか。
 耳を傾けるように全員が立ったまま上半身だけを更に二人に寄せて。

 びくっと、いきなり全員の体が震える。
 あまりにタイミングが揃っていたので、ナズーリンすら驚いてしまったほどだ。
 それほど衝撃的な事実が英語の辞典に隠されていたのだろうか。
 そんな情報であれば是非知りたい、と思うナズーリンであったが、二人が何とか皆との仲を取り持とうしていると考えると、どうしても邪魔をする行動を取れなかった。
 彼女ができることといえば、ソワソワと尻尾を左右に振りつづけるくらい。
 
 しかし――

 とうとうその生殺しの時間も終わりを告げる。

「はい、これで終わりだぜ」

 数分程度しか経過していないのほどの短い時間。
 その短時間で魔理沙たちが話した内容は、ナズーリンにはわからない。
 だが、わかることはある。

 はっきりと感じることがある。

 話を聞き終えた、命蓮寺の皆の視線がナズーリンに集中した瞬間に、何故か心が察したのだ。

「あ、あの、な、ナズーリン! 半日飛び回って疲れたでしょう! 雲山と一緒にほぐしてあげます。気持ちいいですよ♪」
「わ、私は、お昼用にチーズカレー作ってあげる。ナズーリン大好きだもんね!」
「ナ、ナズーリン、私は信じていましたよ。あなたにも正義があると、だから今日一日ずっと一緒にいましょう。耳の毛繕いだって、膝枕だって、お望みのままです」
「き、今日は一緒に眠りましょう、ナズーリン。そして仲間の素晴らしさを語り合おうじゃありませんか!」

 いきなり、猛ダッシュでナズーリンに駆け寄り、全員で一斉に抱きついたり、頭を撫でたりするその仕草で、察した。
 何が自分の身に起きたかを、わずかながらに察した。

「何かを誤魔化そうとしているね?」

 その一言に、盛大に固まる仲間たち。
 そしてその硬直がとけたら、さらに暑苦しい待遇でナズーリンを撫で回しながら、建物の中へと連れて行く。


 そんな光景を見つめながら、魔理沙は腹を抱えて大笑いし。
 なんとか我慢していた早苗も、最後のナズーリンの一言でダムが決壊するように笑い始めてしまった。



 そう、皆さんお気づきかもしれないが。
 この悲劇に繋がる現象は、すでに経験しているかもしれないのです。







 




 
 普段の生活に必要な単語そっちのけで。
 辞書の中のちょっとエッチな単語調べたくなるときって、あるよね。
 ぬえ「ぬえをひっくり返したらえぬだよね」

 という英語ネタから始まったはずなのにぬえさんの出番が消えた不具合について


 お付き合いくださりありがとうございました。
pys
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コメント



0.1360簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
>疲れたヤギの鳴き声以下
素で大爆笑しましたwwwwww

ありすぎて困るwww
7.100名前が無い程度の能力削除
ああ、それで調べて載ってなかったりすると、安心したような残念なような、微妙な気持ちになるんですよね(遠い目)

まあ、皆さんまだまだ若いってことで、ここは一つ。
8.100名前が無い程度の能力削除
だめだこの寺ww

辞書でエッチな単語は誰もが通る道であるw
18.70名前が無い程度の能力削除
英語むずいですよねぇ
20.100有利削除
もうやだこの寺www

私も昔はイニシャルが「S・M」の友人をからかったりしましたが
22.100名前が無い程度の能力削除
正体不明の種のいたずらかと思ったら黒歴史
23.100名前が無い程度の能力削除
昔友達に辞書貸したら、「S○X」(察しろ)から始まる単語全てが蛍光ペンでマークされて返ってきた。
腹立ったんで、そいつのと無理矢理交換させたら、既にマークされてた。
ぶちギレて大喧嘩した。

そんな高校時代を思い出した。
24.80ぺ・四潤削除
おばあちゃんってDを「でぇー」って言いますよn(滅っ☆されました)
いつでも出せる体液と聞いて一瞬アレを思ったけど、トロトロと聞いて即答で唾液と思いましたよ。
今度ビーカーを持ってナズーリンに尋ねてみよう。一体何だと思ったんだろうなww
ところで私辞書にそんなことしたこと無いですね。(ホントですよ?!)
27.100名前が無い程度の能力削除
ナズーも変な想像してたからお相子ということで。
29.90名前が無い程度の能力削除
>「うんざんっ!」(ゆるせるっ!)
おいこら雲山www
34.100名前が無い程度の能力削除
ぬえは事前に辞書にラインを引くかかりで出演ですね、分かります。

まぁ少女なら仕方ない。