Coolier - 新生・東方創想話

【阿礼流護身術奥義】早見表

2010/05/18 06:18:12
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 午と黄昏の間の光を含んだ風をうけて、白い布がはためいている。
 ぱたぱた。
 ばさばさ。
 それはまるで、ただの人間のようで、でも私たちのようでもあって。

「必殺技がほしいのです」
「はあ」

 そんな彼女から、稗田からそんな話を聞いた。

「なんでもこの徳川天下の初め頃に活躍したとある剣豪は『燕返し』なる技を会得していたそうじゃありませんか!」
「そう、ですけどね」

 またこの少女は妙ちくりんな本でも見つけて、それに感化されてしまったのだろうか。
 屋敷の近衛にでも言って、書庫への出入りを禁じてもらおうなどと一瞬本気で考えてしまう。
 それほどまでに、この稗田という少女は知と識に貪欲で、敏感なのだ。

「む、巫女様はまーた始まったなどとお思いですね!」
「そんなことはありませんよ。 すばらしいじゃありませんか、燕返し」

 日が傾きはじめる前に、洗濯物を取り込むことにする旨を稗田に伝えると、彼女は少しつまらなさそうにして小さくお礼を言ってくれた。
『燕返し』とやらにさほど興味を持ってもらえなくて拗ねているのか、あるいは私にかまってほしいのか。
 どちらにせよ、可愛らしい。
 妖怪の癇癪に比べれば、ずっとずっと。
 普段の神社とは違う、余所行きの仕草で、ゆっくりと縁側から降り立った。
 例え心を許した稗田の前とはいえ、『博麗の巫女』を見る目がいつどこにあるか、わからない。
 籠に、どれも高そうな衣服を放り込みながら、稗田の様子を伺う。

「ほうほう……」

 枕元からでも取り出したのか、いつもに比べればまだ控えめな厚さの本を読みふけっていた。
 ばさばさ。
 稗田は洗濯物であって、風でもあるらしい。
 機嫌を直したようだし、とりあえず放っておくことにする。
 ああなっては最低でも半刻はこっちに戻ってはこないだろうし。
 今のうちに夕飯の支度もしてしまおうか。

「武蔵め……遅い……」

 稗田は完全に本に熱中しているようだ。
 最近になって、彼女が興味を持ち出したのは有り体に言えば『強さ』。
 物理的な、肉体的な強さ。
 彼女の運命を考えれば、今さらのような気もする羨望。
 幻想郷縁起の編纂を終えた彼女は、どうしてそこまで必殺技とやらが欲しいのか。



「霊夢」
「なによ」
「必殺技がほしいのです」
「帰れ」
「れいむぅー」

 ええい、うっとおしいという思いをお祓い棒に込めて、阿求のやわらかそうな頬をつっつきまくった。
 いきなり神社にやってきたと思えば開口二番にそれか。

「お賽銭払いなさい、お・さ・い・せ・ん」

 阿求は随分の金持ちだと聞いたから、こいつが神社に来ると割と期待してるのに。
 幻想郷の金持ち全員に言えることだけれど、この阿礼乙女も決して入れてはくれない。

「お賽銭入れたら必殺技を会得できるのですか?」
「全然?」
「じゃあ入れません!」
「じゃあお茶飲んで帰りなさい」
「むぅ、つれないです。 そういうところは五代目にそっくりですね」

 物腰は彼女の方が圧倒的にやわらかでしたが、などと言いながらお茶をすする阿求。
 やっぱり紅茶のがおいしいですね、じゃないわよ。
 閻魔さまの前に私がこき使ってやろうかしら。

「てかアンタ、幻想郷縁起に関係すること以外は忘れちゃうんじゃなかったの?」

 代々の阿礼男阿礼乙女、それぞれの友人関係なんて私の知る範疇じゃないけれど。
 少なくとも私の記憶が正しいならば、先代の阿礼乙女の記憶を阿求はほとんど受け継がないはず。

「やー、それがですねぇ。 昨日の晩ご飯は焼き魚だったんですが」

 不味そうに緑茶を啜りながら、薄そうな胸元から阿求が取り出したのは、一冊の古い手帳だった。

「たまーに魚をこっそりと焼くんですが、何かを思い出すことがあるんですよね」
「あとで女中さんに言いつけてやろうっと」
「……お賽銭いくらですか?」
「あんたの気持ちよ」

 うわぁ、という阿求の声は、私への呆れか、それともその手帳のかび臭さに向けられたものなのか。
 傷みを感じさせるものの、軽快にめくれるページ。
 それを見て、阿求は顔をほころばせる。

「これ、私たちみたいですよね」
「阿礼乙女?」
「そう」

 ああ、確かに阿求たちだ、なんて思ってしまう。
 古い記憶を連綿と受け継ぎ、記録し、時という風に軽やかに命を流されていく。
 でもそれは阿礼乙女だけの専売特許じゃない。
 私を含めた博麗の巫女だって、そうだ。
 何代も続けて知識と技術を受け継ぎ、時には風に身を任せ、運が悪ければ阿礼乙女のように命ごと流されていく。
 風に対する選択肢がどこから来るのか。
 とても簡単な答えが浮かぶ前に、阿求が再び口を開く。
 彼女のか細い指は、手帳のあるページの何かを指していた。

「ああ、ありました。 これです」
「……なにこれ」
「阿七が晩年描いていたものだと思いますが」
「えー……」

 さっきまでの会話を台無しにしてしまいそうなそれは、落書きにしか見えなかった。
 丸い頭の棒人間が、これまた棒のような何かを構えている、幾通りもの図。

「阿七編纂、阿礼流護身術奥義早見表だそうです」
「……奥義?」
「ええ、まあ……」

 阿求も、七代目の意思を理解できなかったようだ。
 私の問いかける瞳から一生懸命に目を逸らす。

「阿礼流護身術?」
「そんなものはありませんね……」
「奥義?」
「これはともかくそれなんです!」

 仮にも故人の遺品を『これ』呼ばわりして、阿求は再び元気を取り戻した。
 そして膝立ちになって私の方へすり寄ってきた。

「奥義なんです! 必殺技なんです!」
「なによ、誰か恨みでも晴らしたいやつでもいるの?」

 眼前の大きな瞳を見据えて、また尋ねた。
 紫とかなら喜んで協力するんだけどね。

「そう、じゃないんですけどね……」

 不意に、瞳が遠ざかったと思ったら、また阿求の小さな顔がすぐ近くまでやってきた。
 その手には、阿七とやらの落書き帳。

「んー……」
「あによ」

 阿求は、何か面白そうな事を伝えようとしている子供のようだった。
 教えたいけど、教えたくない。
 そんなところだろうか。

「まあ、必殺技と五代目と、いろいろあったんですよ。 阿七も」

 そう言って阿求は縁側に座り直し、再び不味そうにお茶をすすりはじめた。

「なによそれ?」

 さっぱりわからない。

「意地があるんだそうですよ? 女の子にもね」

 そう悪戯っぽく笑って、阿求は先ほどまで自分をつっついていたお祓い棒を手に取った。

「ねえ、霊夢」
「ん?」
「チャンバラ、しません?」



「ねえ、巫女様」
「なんですか、稗田」

 暗闇の中を貫く月の光の中で、稗田阿七は私の名前を呼んだ。
 いつからこの名で呼び合うようになったかはわからない。
 ただ、いつの間にかこうしないと落ち着かなくなったのは覚えていた。

「巫女様も必殺技持ってるんですよね」

 もう既にまたか、なんて思うことはなくなっていた。
 彼女の『必殺技』探しには何かがある。
 そう確信したときから、稗田の様子を注意深く見てきた私だからこそ、断言できること。

「ええ、持っていますよ」
「見せてくれませんか?」
「……そうですね」

 本来なら秘伝のこの技も、彼女になら見せてあげてもよかったのだけれど。

「稗田がまた元気になったら考えてあげます」
「あらら、意地悪ですね……」
「忘れる前に死なれて、幻想郷縁起に書かれたらたまりませんわ」

 それは、方便。
 本当は、本当ならもっとあなたが元気な時に見せてあげたかった。
 でも、それは叶わない。

「ごめんなさい、ウソですよ」
「ひどいです。 泣いちゃいますよ」
「泣いたら、鬼がきますよ」
「鬼にさらわれても、助けてくれるんですよね?」
「ええ」

 誰よりも大切な友人である、あなたのためなら、龍神様だって怖くない。
 そのための、この技でもある。
 稗田の冷たい体を抱きしめる。

「寒くないですか、稗田?」
「あなたは、暖かいですから」

 段々と、日を追うごとに衰弱していく稗田の体。
 医者の見立てでは、一時の、でも『五代目博麗の巫女』にとっては永遠の別れも近いだろうとのこと。
 それまでの、この幾ばくかの貴重な時間と、彼女の冷たさを体に刻み込む。

「巫女様、私……強くなりたかったんです」
「そうなのですか」
「幻想郷縁起の編纂中に、何度も、助けられましたよね。 妖怪が屋敷に侵入してきたときも、鬼にさらわれたときも」
「ええ」
「その度に、巫女様は何度も、何度も危険な目に合われて、私は見ていられませんでした」

 私の装束の袖に、弱々しい力が込められた。
 弱い。
 あまりにも弱い。
 本当にこれは十八の少女の手なのか。
 阿七の顔は、泣くといったときのまま、うつむいていた。

「私は、自分が情けなかった。男として生まれた私だったなら、なんて考えたこともありました」
「そう、なのですか」

 阿七は本来なら阿礼男となるはずが、閻魔の手続き違いで少女として生まれた、というのは幻想郷の有力者しか知らない重大な秘密。
 阿礼男なら確かに、阿礼乙女より多少は頑丈だし、私もその乙女と男の違いを補うためにこうして護衛として、先代の巫女の命で、幼い頃からつきそってきたのだけれど。

「でもやっぱり、阿礼男だろうが、乙女だろうがそんなことは関係なく、私は弱かった」
「それは、仕方ないことなのです。 代々の阿礼男の方々も……」
「そうですけど!」

 思ったよりも大きな力を受けて、阿七を抱きしめたまま、私の体は仰向けになった。
 私を押し倒した稗田は、涙こそ流していなかったものの、それがないことで余計に沈痛な顔をしていた。

「幾度となく切り刻まれ、苦しめられ、時として辱められた貴方を、私は見ているしかできなかった!」
「稗田……」
「寿命のすくない私より、あなたの体の方がはるかにボロボロだなんて、おかしいですよ!」
「おかしくなんか、ないですよ」
「そんなこと……!」
「私は、博麗の巫女であり、あなたの護衛です」

 私の装束にシワを作りながら震える、氷のような右手を両手で包んだ。

「あ……」
「私は、これでも稗田のことを守れて幸せなんですよ?」

 そう言って、笑みを見せた私に稗田は呆気にとられたようだった。
 上半身だけ体を起こして、膝の上に稗田を載せた。

「ちょっと、行儀悪いかしら?」
「いえ……あの」
「稗田? 顔が赤いようですが……」
「だ、大丈夫……熱いだけです」

 もうそろそろ、部屋に入った方がいいかもしれない。
 まだ雪も降ってないとはいえ、もう霜月なのだし。

「あの、ですね巫女様」
「なんですか? 稗田」
「その……必殺技、見せてくれるんですよね?」

 まだ諦めていなかったのか。

「そうですね……見たら、もう今日はお休みしますか?」
「や、約束しますけど……あの、もう一つだけ、お願いいいですか?」
「ちゃんと、約束して下さるのなら、なんでもお聞きしますよ?」
「な、なんでも……じゃない」

 一瞬邪な気が見えたが、すぐに消え去った。
 そして、顔をさらに赤くした稗田が要求を口にした。

「稗田?」
「その、阿七って、呼んで、ください」
「あら、じゃあ私のことをれ……」
「み、巫女様は巫女様なんです!」
「そんな、阿七だけ……」
「い、いいんです! 私は偉いの! 阿礼乙女ですよ!」

 なんだそれ。
 まあ、いいや。

「それでは、阿七。 ここで少々お待ちを」

 丁重に、稗田、阿七を床に降ろして、一人庭に出た。
 精神を、集中。

「では、参りますよ」
「はい……!」

 阿七が息を呑んだのがわかった。
 そう、これはあなたのアイディアが詰まった、私と阿七だけの必殺技。

「夢想転生、礼!」



「夢想転生斬りっ・集!」
「あいたっ!?」

 私の博麗剣(元文々。新聞)が阿求の脳天を捉えた。
 これで十五本目が決まった。
 何を思ったのか、唐突に阿求が提案したチャンバラごっこがはじまってはや三刻。
 すでに日は沈みかけていた。

「はい、おしまい」
「う、うううー……」

 悔しそうに頭を抑える阿求。
 残念だけど、箱入りお嬢様に負ける気はしないわよ。

「ほら、もう帰りなさい。 黄昏時の妖怪は怖いわよ」
「うぅ、そうしますよー……」

 いそいそと荷物をまとめる阿求は本当に悔しそうだった。
 何がそんなにシャクに触るんだか。

「阿七の時よりは鍛えてるはずなんですけどねー……」
「何をわけのわからないことをブツクサ言ってんのよ。 送ったげるから感謝しなさい」
「結局守られるとか……」
「阿求、今日のアンタ、何かおかしいわよ」

 急に落ち込んだり思い出したり元気になったり。
 遊んだりニヤニヤしたり無茶したり。
 ったく、どっかの魔法使いを思い出してヒヤヒヤするわよ。

「はいはい、今度勝負して勝ったら、なんでも言うこと聞いてあげるから元気だしなさいな」
「!」

 阿求の上半身が、跳ね上がった。

「……霊夢?」
「な、なによ」

 なんでも、は言いすぎだっただろうか。

「なんでも……言うこと聞いてくれるんですか?」
「あ、でもお金とかそういうのはダメよ!?」
「そういうのじゃないですから大丈夫ですよ! ただちょっと一生私に捕まってもらうだけですから!」
「ちょ! なによそれ!?」

 急に元気を出した阿礼乙女は、私の問いを無視して駆け出した。
 私がちょっと甘い顔見せたらすぐこれだ。
 本当、あいつにそっくりだわ。

「約束ですよー霊夢ー!」

 十数歩先から、夕日をバックにして叫ぶ阿求。

「あーもう、勝てたらねー!」

 そいつの顔は女の子というよりは、男の子みたいだった。



 今でも、二枚の布は揺れている。
 激しい風に今にも飛ばされそうな布は、必死に飛ばされまいとしている。
 もう一枚の、自由な人といるために。
 阿求が魚をこっそり焼いているのは食事制限の関係だったりじゃなかったり。
 阿礼乙女の七代目と、五代目の博麗の巫女の話でした。
 阿礼の子どもたちが120~130年単位、巫女が30~50年単位で交代する計算です。
 阿七に関して、ですが彼女の魂は、男の子だったりします。
 だからギリギリ百合じゃない。
 阿七で【あな】と読むか【あしち】と呼ぶか、賢者たちの間で激しい口論があったとかなかったとか。
 色々他にも言いたいことはあるけれど、とりあえずここまでで。
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

@おまけ@
 霊夢「そういえば阿七の幻想郷縁起ってどんな感じだったの?」
 阿求「全英雄・妖怪必殺技特集号! だったそうです。 特に男性の間で人気が出て、今ではプレミアがつくそうですよ!」
 霊夢「ないわー」

コメ返し
>>コチドリ様
 巫女さんは巫女さんでそれぞれの関係があって、阿礼の子らにも彼ら、もしくは彼女らの関係があってもいいですよね。
 夢想点睛……自分自身まとめきれたか不安ではありますw
 誤字報告ありがとうございました!
 修正いたしましたー。
 うわおwまだあった……ありがとうございました!
>>11様
 れいあきゅ……なのでしょうかw
>>12様
 楽しんでいただけたなら嬉しいですー。
リーオ
http://lieolieohumansong.blog76.fc2.com/
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コメント



0.580簡易評価
3.90コチドリ削除
霊夢がそっくりだと感じる『あいつ』
まあ、普通に考えればどっかの魔法使いなんでしょうけど、
代々の博麗の巫女にも記憶の残滓が受け継がれるとするならば……

これが所謂、夢想点睛(く、苦しい)のハッピーエンドかなぁ、と。
6.無評価コチドリ削除
こめんなさい、誤字追加ですよー

>久に元気を出した阿礼乙女は→急に、ですね。
11.90名前が無い程度の能力削除
よきほのぼのでした。
もっと流行れよれいあきゅ。
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです