Coolier - 新生・東方創想話

酒を飲む

2010/05/15 22:48:48
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 月の光をその身に浴びてから、幾年月が過ぎたのか。







 焼け焦げた臭いのする開けた竹林の中、月の姫である蓬莱山輝夜は過ぎ去った過去に思いを馳せる。
 だがそれも一瞬の事だ。永遠の前に過去に振り返る価値などは無く、須臾の向こうの未来には輝く意味など付随されていない。

 座ったまま、輝夜はゆっくりと体を後ろに倒した。背中に触れた温かさが、自分と他の、されど自己と同じ存在がそこにいると教えてくれる。
 







 永遠の夜を終えてから、幾年月が過ぎたのか。
 






 いつからこんな時間を過ごすようになったのだろう。
 今でも命の奪い合いをしている。いがみ合い、睨み合い、隙あらばその喉元を掻き切ってやろうと弾幕の花を咲かせている。それは変わらない。だがいつからか騒がしい花の宴を終えた後に、二人で静寂の時を流すようになった。数日前か、一年前か、それとも千年の夜を超えたのか、少しずつ背中合わせでいる機会が多くなっていった。
 
 見上げた空には、祈りを運ぶ星が狂気を呼ぶ月を中心にして騒いでいる。その光景は、いつかの神社での宴会を目に浮かばせた。騒がしい日々はもう思い出のものとなり、永遠にとってそれは価値のないものだった。

 月に雲がかかる。ゆらゆらと揺れる紫煙が輝夜の鼻孔をくすぐっていった。


「その香り、好きになれないわね」


 返事の代わりに、再度紫煙が吐き出される。月まで届けとばかりに、煙はゆっくりと高度を上げていき、視界から消えていった。
 十分過ぎる間を置いてから、返事が返ってくる。


「好きにさせてよ。至福の一時なんだからさ」
「勝手にすれば」


 自分が傍にいても、至福の一時となりえるのか。輝夜はその言葉を発する前に月に投げ捨てた。その発言は馬鹿らしすぎる。望む言葉が返ってくる事など無く、そもそも自分が望む言葉などないはすだ。

 そういえば、背中の少女はいつから煙草など吸うようになったのだろう。
 それがいつだったかは覚えていないが、初めて煙草を吸っている時に自分がした質問は覚えていた。「煙草なんて吸っていたかしら?」
 そう聞くとばつの悪そうな顔で「……いいだろ、別に」 と、返ってきた。結局その後追及する事はしなかった。

 実は、夢の中でも輝夜と弾幕をしていた妹紅がうっかり眠りながら炎を出してしまい、家が全焼。近くの住人に理由を聞かれた時に妹紅が、寝煙草がフジヤマヴォルケイノしたと嘘を吐き、それ以来、嘘に真実味を持たせようとしているのか妹紅は煙草を吸うようになった、というのが真実である。身体に良くないとされる煙草だが、不死人には関係無い。

 ちなみにこの事を妹紅は、墓の下まで秘密にして持って行くつもりである。 
 もっとも、入る墓などどこにも用意されていないのだが。


「なぁ、今何時ぐらいかわかるか?」
「あなたが竹林を燃やし始めてから一刻ってところかしら」


 ふぅん、とあまり興味なさげな声が背中越しに聞こえてくる。


「なんでわかる?」
「月を見ればわかるわよ」
 嘘である。
「なるほど。私には無理そうだ」
「何それ」
「月は嫌いだからね」


 それもそうか、と声を出さずに輝夜は小さく頷く。聞くまでもないことだった。月は彼女の願いを未だ拒み続け、彼女の父の願いを一蹴し人生を壊していった対象なのだ。好きになれるはずもない。
 輝夜は綻んだ口元を袖で隠した。クスクスと、わざとらしく小さく笑う。一途な所も、騙されやすい所も、妹紅はやはりおもしろい。
 

「何笑ってるんだよ」
「ふふ、笑ってなんかいないわよ」
「嘘つ―――」
「あら、何故かこんなところに兎が置いていったお酒とおつまみが」
「…………」


 背中から盛大に打ち鳴らされた舌打ちに、輝夜は杯を差し出した。すぐに奪われ空になった自分の手にも杯を持ち、徳利から酒を注ぐ。
 薄く広がる酒の海に、ぽっかりと浮かぶ狂気が一つ。輝夜はそれを一気に呷った。いつもと変わらぬ味に、ピリリとした刺激が混じったように感じられる。


「月見て一杯」


 言葉は返ってこなかった。代わりに無造作に突き出される空の杯。無言のままに注いでやる。
 音をどこかに置き忘れた世界で、ときおり突き出される杯に酒を注ぎ、自らの喉も潤おしていく。聴覚を捨て有限を捨て、今は一時、命の水を舌に乗せていく。

 いつだったか、一度だけ紅白の巫女と二人で呑む機会があった。なぜ今それを思い出したのかもわからない。強いて言うなら背中合わせの呑み相手が似たような色をした服を着ているからか。
 だがそれを覚えていた理由は多分、紅白と二人で呑むことがその時が最初で最後だったからだろう。






胆を試した人間達がいなくなって、幾年月が過ぎたのか。







 人間とは集に特化した存在だ。だから一つの個でできる事など少なくて、仮にその個が無くいなっても代わりはいくらでもいる。
 だから変わった事と言えば、隙間妖怪の眠る時間が少し増えた事と、人里で行われる色とりどりの人形劇の回数が一時期減った事、紅魔の主の紅茶を飲む量が若干減った事に、亡霊の姫の食事の量がほんの少しだけ寂しくなった事ぐらいだ。輝夜が知っている事はそれぐらいでしかなかった。もしかしたら、他の所でも何かあったかもしれない。
 それらの事を知る者は今ではもう少ないし、それを大事として受け取る者はもっと少ない。輝夜もそうだった。

 つまり、その程度の影響力しか無いのだ、人間には。生きる時間が短ければ、残せる物などもっと少ないのは当然の道理だった。
 悲しいとは思わない。だがつまらないとは思う。少なくとも、神の社で人間に妖怪、妖精に神まで交えた宴が行われる事は無くなった。

 何故人は死ぬのか。そんな下らない疑問など湧くはずもない。人は死ぬ。妖怪とてその命に限りがある。
星にも、季節にも、人間にも、道具にですら必ず終わりは訪れるのだから。それは絶対に逃れられないルールであり、生きるという事の本質でもある。

 では、決して朽ちる事のない自分はどうなるのだろう。
生きている。動いて、食べて飲んで、適当にやりたい事をして時の流れにその身を委ねてきた。終わりだけが存在しない。
 輝夜は自分の体を幸せに思った事はない。不幸に思った事もない。ただちょっと万物のルールの枠から離れた所にいるだけの事だ。
 そしてまた、背中の彼女も輝夜と同じくルールから外れた所にいる。死なず、老いないその体。
 彼女がそうなった大元の原因を作ったのは輝夜だ。だからこそ、今ここに二人は共に存在している。殺しても殺し足りない間柄をずっと続けている。終わりがこない事も知っている。なら、自分達の行いに意味はあるのだろうか?

 輝夜が思考の海に身を委ねている間に、用意されていた酒は全て空になっていた。無意識の内に口に運んでいたのかもしれない。それとも、背中の彼女が全て腹に収めたか。いや、見ればまだ妹紅の手元にはいくつかの酒が置いてある。どうやら自分の分を余分に確保しているらしい。意地汚いやつだ。
 
 妹紅は日々、何を思って生きているのだろう。漂うだけの生に、思う所はあるのだろうか。電気が走るように、いくつもの思考が頭を駆け抜けていく。そんなだから、くだらない言葉が口をつく。


「あなたは、何がしたいのでしょうね」
「はぁ?」


 手元の杯に残った雫を流しこむ。不味い。余計な事を考えた所為だ、きっと。
けれど、余計な考えが止まらない。
 最近の自分は、何をして過ごしていたのか。何を思っていたのか。


「ぷはー美味い! やっぱ良い酒持っへるねー!」


 妹紅を羨ましいと思った。彼女は日々を生きていた、自分よりももっと確実に。ありふれた事を楽しみ、なんでもない事に興味を持ち、ふとした事に涙を流す。そして酒に酔う。


「あぁ、最近は本当にわからないわ。私はもっといろんな事を知りたいはずなのに。どうして私は何も知らないのかしら」
「……お?」
「ねぇ、妹紅?」


 月明かりが眩しかった。


「……なによぉ」
「私たち、どっちが先に死ぬのかしらね」


 ありえない。自分の言葉が愚か過ぎて、思わず笑いが出た。天地がひっくり返ろうと、月が消え去ろうと、輝夜の命の灯が燃え尽きる事などない。妹紅も同じだ。だからこの問いに、答えなど存在しない。


「何言ってりゅの?」
「いいでしょ別に。あははは!」


 ひとしきり笑い声を響かせた後、聞こえてきた言葉はもっと愚かなものだった。


「あーー……、輝夜でしょ。らって、私が殺しゅもの」


 呂律が回っていない声で妹紅は言った。ふわふわと足元のおぼつかない言葉。腹を抱えて笑う輝夜を訝しむように見る瞳。
 顔が熱くなった。
 ポロっと、こんな言葉が出た。


「あぁ、そう、そうね。あなたなら、いいかもね……」
「…………は?」
「え?」


 間の抜けた顔で妹紅が顔を覗きこんでくる。何言ってるんだこいつ、という顔だった。それも当然、言った当人ですら理解していたのだから。果たしていったい、何がいいのか。それもこれも全て酒のせいだ、きっと。
 ついにボケたか、と眼で言ってくる妹紅の顔がおもしろくて、そのデコを指で弾いてやった。途端、見なれた憤怒を伴った顔でこちらを睨んでくる。

 これだから、ここに居る事を止められない。


「ま、あなた程度の力では無理でしょうけどね」
「言っはなへめぇ……なら今ふぐ試ひてみるか? お?」
「あらいいわね。そのタプンタプンのお腹で何が出来るのか、是非見せてほしいわ」
「人の事が言えるちゅらか。そう言いながら実は足腰しっかりひてないんじゃないの? ひょく立してみなよ」
「視覚に問題が発生しているんじゃない? そんな事じゃ飛んでいる時に竹藪に頭から突っ込んで、月が沈むまでおねんねしちゃうわよ」
「よく聞こえにゃいねぇ。呂律がひゃんと回っへないんひゃないの?」
「あなたじゃないんだから、まだまだ呑めるって言っているのよ」


 妹紅が持っていた杯を奪い取り、それを一気に飲み干す。
 美味い。


「にゃ! 輝夜!」
「くすくす。ほら妹紅、いらっしゃいな。夜はまだ永いわよ?」


 そう言って、自分で空にした妹紅の杯に酒を注いでいく。
 次からは、もっと持ってくる酒の量を増やそう。輝夜はそう思った。
ここには初投稿です、はじめまして。
そしてついでに、こうしてweb上にssを投稿するのが初めてですドキドキ。

なので読みにくい所やらなんやらあるかもしれませんが、一読してもらえたなら幸いです。
ガリアドネ
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コメント



0.470簡易評価
2.100涙もろい程度の能力削除
なかなかいい話ですね!二人とお酒を飲みたく


なりました
3.90ぺ・四潤削除
一生付き合っていける人がいるっていうのは幸せですね。いい雰囲気でした。
人間で変わったことが少し増えたとか若干減ったとか少しだけ寂しくとかサラリと言われてますけど、二人の蓬莱人にとっては霊夢達すら過去に出会い別れてきた数ある人間の一人として、特別扱いしないその言い方で逆に切なさが増してたまりません……
9.100名前が無い程度の能力削除
俺も姫様にお尺してほしいぜ(エロくない意味で
いい雰囲気でした
12.100名前が無い程度の能力削除
これは好きな雰囲気