Coolier - 新生・東方創想話

メリーの居場所

2010/05/15 18:58:47
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「ねえメリー」
 私の対面に座る宇佐見蓮子は、言葉とともに手にした文庫本を電源の入っていない万年炬燵の机上に放った。その勢いを摩擦が殺しきるのに要した距離は、私、マエリベリー・ハーンと蓮子の物理的な距離と同一。
 蓮子の家――大学生の一人暮らしとしては広くもなく狭くもない、集合住宅の一角に存在する居住空間――の客間の照明が表紙を照らし出す。数世紀前の高名な物理学者の伝記のようだった。
「現実を物語りにする方法を知っている?」
 本に被せて放たれた問い。その意味を考え、私は返す。言葉を、本とともに。
「現実に起こったことを本にすればいいわ。たとえノンフィクションであろうと、それが活字に変換された瞬間にそれは「物語り」になってしまうもの」
 摩擦によって減速させられた本は向かいに据えられた蓮子の手に当たり停止。
「そうね。たとえば『彼』は実際に生きていた人で、ここには彼の言葉が記されているけれど――本に書かれた時点で彼の人生、彼の言葉は彼のものでなくなるわ」
「じゃあ、誰のもの?」
 唇からこぼれた疑問を蓮子が拾う。
「この本の、その中に記された『物語り』のもの。そしてそれを読んだ私たちは本の内容の記憶として彼の人生と 言葉を『本を読んだ記憶』として自分のものに出来る」
「じゃあ、私たちは『彼』から人生や言葉を奪っているのかしら?」
 違うわ、と蓮子は首を横に振る。
「私たちが得る事が出来るのは『物語り』の中の『彼』の人生。『現実』の『彼』の人生は彼がお墓まで持って逝ったわ」
 私たちの親の、いくつも上の世代の人間の『物語り』。それは『そのときの現実』であったもの。
「で、なにが言いたいの?」
「いや――なんとなく、ね」





 天上に煌々と満月が輝いていた。
 雲のない空、強すぎる光は地平線を起点とする半球に存在する数多の星々をかき消し、自らの存在を世界に主張している。
 まぶたを上げた途端にそれが視界に入り、反射的に目を細めた。一瞬光に飲まれた景色に夜の色が戻っていく。
 なぜ、と思う。
 自分の眼はこんなにも月の光に慣れていないのか?
 23時24分――とは蓮子が言っていたもの――に玄関まで見送りにきた蓮子と別れ、その足で自宅に向かって いたはずだ。つまり夜道を歩いていたのに。
 そして足元に違和感。
 照らし出される地面は、無機質なアスファルトではなく踏み固められた土。
 見回せば、街灯一つなく、辺りを照らすのは月の光のみ。どうりで月が明るく見えるわけだ、と妙なことに納得してしまう。
 そして、最大の、それゆえに細かいところに眼が行き過ぎて気づかない、とても大きな違和感は空気。
 私たちの世界のものではない、この空気は――。
 背後、す、と襖が滑る音。
「……だれだ? 満月の晩に来るとは、妖怪ならいい度胸だと褒めてやるが」
かけられた声に振り向いた私は、そこにあった『角の生えた』人影を見、不思議と安心した。
 ここは夢の中。
 ある意味、私がもっとも良く知っている世界。





 性別や見かけの年齢、服装から危険度は低いと判断したのだろうか、人影は白髪の中から生えた牛のような角を揺らし、家に入るように指示した。
 彼女――口調は男性のようだが、おそらく『彼女』だろう、服装からして――の立つ縁側に靴を脱いで畳張りの部屋に上がる。一般的な日本家屋の構造からして、私の立っていた場所は彼女の家の庭だったようだ。
「こんな時間に何の用だ?」
 室温よりも低い外の空気を遮るように襖を閉じ、開口一番に尋ねた。
「なんの用もない、というかなんというか」
 答えようもない。気づけばここにいただけなのだから。夢というやつはいつも理不尽で、わけのわからないことをする。
「……?」
 返答に、彼女は怪訝そうな顔をし――ああ、と手の平を拳で打つという大昔の漫画のようなのジェスチャーをした。
「お前は……外の世界から来たのか? ここは神社からだいぶ離れてはいるが、見かけない顔だし――」
 『外の世界』。夢の世界の住人は度々この単語を発する。そしてそれが私たちの世界を指す言葉であることを私は知っていた。だから頷きをもって答えた。
「そう、か……結界がまたゆるんでいるのか? 人里まで流されてくるとは――いや、まあいい」
 顎に手をあて考える動作をする。どうにも呟きの多い人だ。
「帰り方はわかるか? いや、どの程度現状を把握している?」
「ええと……ここは私の夢の中の世界よね? 幻想郷――だったかしら、そんな名前の。で、帰る方法はわかるというかなんというか」
 幻想郷、夢の世界の住人は自らの世界をそう称していた。
 そして帰る方法を尋ねられても答えようがない。いつの間にか来て、いつの間にか帰る。
 行き方や帰り方がはっきりしたら、ここもまた『現実』になってしまう。記憶だけにある世界、それゆえの夢の世界なのだから。

 ただ、もしかすれば、私の能力……境界を視、行き来する能力がさらに発展し、たとえば「境界を操る能力」になったりすれば――。
 そのとき、この世界も私にとっての『現実』になるのかもしれない。『彼』が彼の生きる時代の『現実』であったように。

「おい、どうした? 大丈夫か?」
 かけられた声が私をつかみ、思考の海から引き揚げてくれた。
「ああ、ごめんなさい。少しぼうっとしていて」
「今夜は冷えるからな。庭先にいて、風邪でも引いたのかも知れないな。……少し待っていろ」
 言い、彼女は腰を上げて奥へ入っていった。
 残されたのは私一人。心細さは感じないが、田舎の夜のような、なんの物音もしないがゆえに聞こえる『無音』が耳を刺す。
 手持無沙汰に部屋を見回す。燭台の蝋燭と月だけが光源。『現実』ではもはや絶滅した明るさだ。
 電灯とは比較にならないほど弱い、ほのかに柔らかさを感じる光に照らしだされるのは正座を前提につくられた低いテーブルと、その上に置かれた和紙。
 円筒形の巻物として小山を築くものと、広げられたものがある。近づいて覗き込んでみれば、白い生地に鮮やかな墨痕で文字が描かれていた。達筆と下手の違いなど、私には解らない。
 作業中なのか、面積の半分ほどを埋めたところで文字が途切れている。
 書かれている内容は読めない。印刷ではなく手書きの、しかも崩し書きを読めというほうが無理だ。
 だが、ここに書いてある内容は、
「『物語り』ね」
「歴史だ」
 振り返れば、白髪の彼女が立っていた。手には盆。畳に置かれたその上には湯気の立つ緑茶入りの湯のみが二つ。
「飲め。温まる」
 机にこぼして大惨事にならないよう、離れて湯のみを受け取り、中身をすする。適度に冷ましてあり喉を潤すのに支障はない。じん、と腹部が熱を発する錯覚を得た。味は――わるくない、大学の近くの茶屋でのんだものより美味しく感じた。
 ほっと一息。お茶を口にした日本人の反射行動だ。蓮子とつるんでいるうちに移った動作の一つ。
「歴史だ」
「え?」
 不意に飛んできた言葉に疑問符を投げ返す。
「そこに書いてあるのは幻想郷の歴史――実際に起きたことだ」
 どうやら私の見ていた紙の話らしい。
「でも、書かれたらそれは『物語り』になってしまうわ。じっさいに起きたことでもね。それは『現実』ではないもの。そう私の友達が言っていたわ」
 ふむ、と彼女は考えるしぐさをした。
「たしかに、その意味ではここに書かれた内容は『歴史という物語り』だな。そもそも、歴史は書かれなければ歴史にはならない。記されることによって歴史になる。そして書かれるのは過去形で語られる『現実だったもの』だ。では、現実とはなんぞ?」
「『いま、目の前にある光景』かしら。その時間がすぎればそれは『記憶の中の過去の光景』として『物語り』になってしまうわ」
 矛盾だ。私は今、夢という『物語り』の中で『現実』を見ていることになる。夢の世界の住人である彼女はこの矛盾を感じることがない。なぜならこの『物語り』は彼女にとって『現実』なのだから。彼女は物語の世界の住人なのだから。私はこの世界の住人ではない、筈。
 矛盾を解消するにはこの『夢という物語り』が実は『現実』である、と認めなければならない。そもそもここが夢の世界である、という仮定さえなければ矛盾は発生しない。だが、ここが現実なら、この私の知る『現実』とは異なる『ここ』が『現実』だとするならば、私の知る『現実』は『夢』なのだろうか? あの、『宇佐美蓮子』という人物は『物語り』の住人なのだろうか?
 否。
 二つともが『現実』なのだ。本来交わるはずのない二つの世界。その境界を行き来する私が『世界』にとっての異物なのだ。異物だから、『世界』に違和感を感じる。
 そう考えると、私は私の能力に気味悪さを感じた。私が異物たる理由。能力がなければ、私はどちらかの世界の住人で居られるのに。
 二つの世界を行き来するがゆえに、そのどちらの住人でもない『ゲスト』。それが私なのだろうか。
「おい、大丈夫か? 顔色がわるいが――やはり、風邪をひいているのか? 待っていろ、たしか薬が……」
 夢の世界の住人が語りかけてくる。いや、現実の世界か。夢の世界などはない。あえていうのなら、私こそが夢の世界の住人。どちらにもいて、どちらにもいない。
 私の、居場所は、どこなのか。




 目を開く。
 開くという動作が可能ということは、私の目は閉じていたのだろう。
 視界には見なれた光景。板張りの天井。見なれた、私の部屋。
 私の、居場所――?
 体を起こす。腰にはベッドと掛け布団の感触。
 わずかに頭痛がした。額に掌をあてれば高温。
 霞がかった脳裏に呼び鈴の音が響く。
「メリー? 起きてるー? って鍵開けっぱなしじゃない……おーい、生きてるー?」
 声がやけに遠くから、その割にはっきりと聞こえた。玄関から部屋まで距離はほとんどないはずだが。
ノブを回す音。
 視界に入る見慣れた顔。
「あれ、寝起き?」
 彼女はこの世界の住人、私は?
「おーい、メリー? ええと、マエリベリー・ハーンさん?」
 眼前でぶんぶんと振られる手。
「蓮子……?」
「起きた? 顔赤いよ? 熱、測ったら?」
「頭、いたい……」
「ああもうそりゃ風邪ね。昨夜そんな冷えてたっけ?」
「夢の世界は寒かったのよ……」
「また行ってきたの?」
「でも、夢の世界は現実で、こっちの世界も現実で、私はどちらの住人でもなくて……」
「ああ、こりゃ重症ね。とりあえずほら、布団被って寝てなさい」
「蓮子は、こっちの世界の住人で……私の居場所はどこにもなくて……」
「ぶつぶつ言ってないで。ほら」
「私は、どこの世界の住人……?」
「ええい、まったく。あなたは、こっちの世界の人! 私と同じ世界の住人! わかったら横になる! 腰の下から布団だして掛けなさい!」
「私の世界は、ここ……?」
「そうよ。夢の世界から、おかえりなさいメリー。……わかったら寝た寝た。今日は看病してあげるから、ひとまず寝てなさい。気持ち悪かったら風呂桶でも持ってくる――って寝てるし……」



 そう、私の世界は蓮子の世界。私はこの世界の住人。
 少なくとも今は。蓮子といる間は。
 私がマエリベリー・ハーンでいる限り。
ここまで戻らずに読んでくださった方々に感謝の念を送りつつ。


たぶん、きっと、おそらく初めまして、だという可能性はなきにしもあらず。
初めて(とってつけたような)オチのつく話を書いたので投稿してみんとす。
テーマがぶれぶれぶれぶれぶれまくって己の未熟さ(とか頭の悪さとか諸々)を確認したり。
あとがきで言うのも難ですが、雰囲気だけ楽しんでいってね! 楽しめない? すみません。
もともとは二人がちゅっちゅする話を書きたかったのに、ほとんどメリー一人に。ちゅっちゅ成分は風邪で寝込むメリーと看病する蓮子の光景を脳内補完してください。
ええと……以上。
またいつか。いつかがあれば。
螺旋
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コメント



0.320簡易評価
5.無評価名前が無い程度の能力削除
「物語り」じゃなくて「物語」では?
6.60名前が無い程度の能力削除
本当に雰囲気だけ楽しんでしまった
話のネタは好きだし秘封の会話もいいと思うので次回に期待
話のブレが気になるなら推敲しまくってから文章投稿するのがいいと思うよ!
8.80名前が無い程度の能力削除
胡蝶の夢ですね。