Coolier - 新生・東方創想話

佐藤家の食卓

2010/05/13 22:20:40
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 ある日、「住ませて」と魔理沙がやってきた。

「好きにすれば」

 特に断る理由は、無かったから。そっけなく許可し、そっけなく食事を用意し、そっけなくお小遣いを与えたのだった。

 あれから数ヶ月。
 気が付けば魔理沙の占領する部屋が六つで、私が自由に使えるスペースはトイレのみ。

「おかしいわよね?」
「そうかな」
「家主は私の筈なんだけど」
「……ごめんなアリス。不安にさせて」

 これで許してくれないか。甘い囁きと共に、優しい抱擁。それで全てを悟った、この子は純粋なのだと。

「まだ文句が有るのか?」
「ううん。きっとただの考え過ぎね。それよりビスケット焼いたんだけど、食べる?」
「おう!」

 口の周りに食べカスをつけながら、魔理沙は微笑んだ。

「美味い」
「みっともないわよ。拭いたら?」
「あっ。こりゃ恥ずかしいな」
「んもう。私しか見てないし、今後とも他の誰かに見せるつもりはないけど、女の子なんだから身だしなみには気を配った方いいわよ」

 魔理沙が最後に外出したのは、三ヶ月前になる。外は危険がいっぱいだ、直射日光で死んでしまうかもしれない。だから家に閉じ込めておくのだ。
 
「ハンカチで拭こうかと思ったんだが。失くしたみたいだぜ」
「また?」

 ちょっとハンカチ買って来る、と魔理沙は外に出ようとした。すかさず、完全自立式人形で取り押さえる。
 近頃の魔理沙は、二時間に一度のペースでハンカチを失くす。
 
「凄いな。完全に自立した人形、実用化したのか」
「ええ」
「魂はどうやって与えたんだ?」
「最初から持ってたわ」
「それ、人間じゃないか?」
「人形にして下さい、と志願してきたんだもの」

 里の若い男は、流し目を送るだけで奴隷に出来る。これは大発見。

「アリスは賢いな」

 魔理沙の顔は、どこまでも涼しげ。しかし足元は別、凄まじい勢いで貧乏揺すりしている。

「何か不満でも有るの?」

 テーブルが引っくり返る規模の貧乏揺すりなんて、初めて見た。

「別に不満なんて無いぜー?」

 そう言って、魔理沙は唇を尖らせる。キスをねだってるのかしら、と一瞬興奮した。でも、ぴゅひゅーと下手糞な口笛が漏れてきたので、変に意識するのは止めた。

「魔理沙!」

 心地よい空気を打ち破る、雑音。私と魔理沙の生活音以外は、全て雑音なのだ。

「今だ、早く!」

 庭で、男の人が声を張り上げている。うるさい。そして弱い。二秒で倒せた。

「この人、香霖堂の店主さんよね」
「ああ」
「さっきの口笛、もしかして脱出のタイミングを知らせる合図? この男と組んで、家を出る気だったのね」
「アリス、ヘアバンド変えたろ。いつもより似合うな」

 深く追求しない事にした。ついでにお菓子をあげよう。

「美味しい?」
「美味いよ」

 気分がいいので、今日のお昼は魔理沙の好物にする。
 特上寿司だ。
 そういえば、昨日のランチもこれだったっけ。出費がかさむわ。

「ま、いっか」

 支払いは実家に押し付けちゃう、罪な私であった。

「~♪」

 トントントン。金銭問題から開放された今、包丁捌きも軽やか。
 思わず鼻歌も出るというものだ。曲名はヤンデレの象徴、『悲しみの向こうへ』。
 他の女に色目使ったら、この出刃包丁を遠慮なくぶち込むからね、という牽制も兼ねて口ずさんでみる。

「調理中に悪いんだけどさ」
「何?」
「幻想郷に無いよな、海」
「そうね」
「どうやって作ってるんだ、寿司」

 これは魚だ、と聞かされて食べた獣肉は、まるで魚肉のように感じる。
 思い込みの力とは恐ろしい。

「そういうの気にしなくていいから。はい、あーん」
「あーん」

 至福の時。魔理沙の小ぶりな口へ、トロに偽装した熊肉を持っていく――

「――おい」
「?」
「なんか鳴ってるぞ」

 呼び鈴ったらいけず。
 来客なんて殺しても構わないけど、魔理沙の前ではレディーでいたい。だから、精一杯の愛想笑いを浮かべて玄関に向かう。

「はーい。御用はなあに」
「アリスちゃん?」

 ドアを開けると、おさげ髪。その下に女の子が生えている。

「違う! 女の子の上におさげ髪が生えてるのっ」

 どっちでもいいよ。

「母さん……どうしてここに」

 多忙な魔界神が、こんな所に来ていいの?
 畑仕事が溜まっているのでは?

「魔界に、凄い量の請求書が届いてるんだけど」

 ああ、それで来たんだ。

「どういうつもり? 説明しなさい」

 金使いの荒い女、と魔理沙にバレたら嫌われる。内々に処理しなくては。
 幸い、魔理沙は寿司モドキに夢中。何かしでかしてもバレそうにない。
 これはチャンス。
 こっそりと母さんを家に上げ、我が最後の領地トイレへ案内。ここなら騒がれても、それほど音は漏れない。と思いたい。

「え、これがアリスちゃんの部屋? 便器の上に枕と布団が有るけど、まさかここで寝泊りしてるの……?」

 外側から鍵をかける。どんどん監禁スキルが洗練されていく、自分が恐ろしい。

「なにこれ? 出してよ! 出してってば! アリスちゃん!」

 外に出してぇ、とアニメ声で連呼。このままでは私の名誉がヤバイ。
 早いとこ魔理沙と、話をつけなくては。
 鏡の前でギギギと唇を吊り上げ、とびっきりの笑顔を作る。魔理沙にお願い事をする時は、いつもこの顔だ。大抵、断られるのは何故かな。目が血走ってるせいかな。

「ね。お母さんを大事にする子って好き?」
「なんの話だよ。それに、さっき来たの誰なんだ」
「ただの訪問販売員よ。追い出しといたわ」
「トイレから絶叫が聞こえるぞ……?」

 お手洗を発生源とする騒音は、怒声からマジ泣きに変化しつつある。罪悪感が半端じゃない。

「もしもの話よ。お母さんにやたら優しい子がいたら、どう思う?」
「さっきからどうしたんだよ」
「答えて」

 親孝行な娘って素敵だぜ。押し倒したい。
 そう言ってくれると、

「マザコンなんて、ありえないだろ」

 信じてたのに。

「母親にべッタべッタな奴なんて。自立できてないとしか思えないな。きもい以外の形容詞が見つからないぜ」
「……だよねー」

 これは一刻も早く、母さんを追い返さねば。
 
「ちょっと、おトイレ行ってくるわね」
「頻繁だな」
 
 不審げな目で見られた。どうしてこうなった。
 
「ん。マグロって毛なんか生えてたか……? なあアリスー、おーい」

 寿司の言い訳も考えておかないと。頭痛くなってきた。眉間に手を当てつつ、トイレに向かう。
――カラカラカラ。
 凄まじい勢いで、トイレットペーパーを消費する音がした。おそらく私の足音を聞き、急いで涙を拭いているのだろう。

「母さん?」
「泣いてないわよ」

 鼻声なのはスルーしてあげる。これぞ親子愛。

「あまり大きい声、出さないでよ。同居人が変に思うでしょ」
「同居人? アリスちゃん、友達が出来たの?」

 しまった失言だ。

「やだ、ご挨拶しないと! えっとお化粧も直さないといけないし、それからそれから」
「いいから、そういうのいいから!」
「アリスちゃん、いっつも一人で過ごしてたじゃない。それが、こんな立派になって」

 神様はきちんと見てらっしゃるのね。と、母さんは大粒の涙を零した。自身も神だというのに、敬虔なクリスチャンなのはどうかと思う。

「で、そのお友達って誰」

 そりゃあ、勿論。

「魔理」
「昔、魔界に侵入して暴れ回った子じゃないわよね」
「まり……マリリン・モンローのせいで、金髪の女は頭が悪いという偏見が生まれたのよ。嫌ねえ」

 上手く誤魔化せた。間違いなく誤魔化せた。

「まりちゃんって子と、同居してるのね」

 しっかり耳に入れてるぅ。

「じゃ、挨拶してくるわ」
「待ってよ!」
「おみやげ用意してて良かったぁ」

 私の制止を振り切り、母さんは飛び出す。
 駄目、止めきれない――あ、かわいい、魔理沙ったら虫眼鏡で寿司を見てる。探偵みたい。

「なあ、この寿司ホントにトロか? 調べてみたら明らかに獣肉だぞ。それとこっちのエビ、匂いがザリガニ……って、誰?」
「こんにちはー……あら?」

 バッチリ母さんと魔理沙の眼が合った。戦争の予感。

「……あっそー。ふーん。そうねー。アリスちゃん、昔っから悪趣味だったものねー」
「これアリスの母さんか? 他人の母親と同居なんて、絶対に嫌だからな! 私は出てくぞ!」

 眩暈がする。
 何かと理由をつけて外出したがる魔理沙、お土産に怪しげな加工を始めた母さん。この二人を一度になだめるなど、難題にも程が有る。

「うふふ。アリスちゃんがいつも、お世話になってますぅ」
「なんだよ?」
「おはぎ作ってきたの。よかったら食べて」
「あ、ども」

 条件反射でタッパを受け取る魔理沙に、待ったを出す。

「中身を拝見させて貰うわよ」

 先ほど母さんが行った、不穏な細工が気になってしょうがない。

「まさか、おはぎに裁縫針を入れたんじゃないでしょうね」

 母さんの必殺料理その一である。その二以降は存在しない。なぜなら、その一で仕留め切れなかった獲物はいないのだから……。

「う。酷い」

 案の定、おはぎには裁縫針が仕込まれていた。というか針が主成分に見える。表面積の許す限り針を刺され、ウニの如き外観。殺る気まんまんだ。

「これは食べ物か? 現代アートと言われた方が納得できるぜ」
「つまらないものですが……喉に詰めて死んでぇ!」

 母さんは主婦の顔をしたまま、殺しのモーションに入った。
 瞬間、魔理沙は死角に潜り込む。ここまで僅か一秒。
 魔理沙は最近、体術が向上した。魔法でドアや壁に穴を開けて逃げないよう、八卦炉を取り上げたら筋トレし始めたのだ。おそらく、素手で壁を破壊する気であろう。そこまで腕力を鍛えずとも、脱出する方法は有るのに。そう、窓から出ればいい。未だ気付いてなくてチャーミング。

「魔界じゃ、和菓子の感覚でサボテン食わせるのか? 物騒だな」
「やるわね」

 対峙する両者。母さんの切り札はウニ状のおはぎ、魔理沙は徒手空拳。弾幕もスペカも、気配すらない。

「東方成分が少なくて、不安になってきたぜ。ここは一つ、幻想郷らしい決闘でいこうじゃないか」
「なんですって?」

 魔理沙はスペカを取り出した。物騒なものは全て差し押さえた筈だが、一枚だけ隠し持っていたようだ。
 タイマンという大義名分が有る今、家を破壊する気ではないか……?
 脱出口を作る気ではないか……?
 反射的に、私も身構える。
 一方、母さんは頭上に疑問符を浮かべていた。

「すぺるかあど?」
「そっか。母さんは知らないのね」

 博麗の巫女が普及させた、スペルカードルール。細かく説明すると長くなるので、要所のみ語る。

「博麗神社で販売している、スペルカードが必須。15枚入りで500円よ」
「トレカ?」

 どうも霊夢は、この商売を軌道に乗せるため、スペルカードルールを流行らせた節が有る。

「あれほどカードゲームには手を出しちゃ駄目って言ったでしょ! 交換でトラブルが起きるから禁止だって、PTAからも言われたじゃない!」
「で、でも流行ってたから」
「言い訳は聞きたく有りません。没収!」
 
 しばらく母さんの説教を聞くはめになった。





「アリスちゃんには、もっと相応しい子がいると思うの」

 謎の迫力で私と魔理沙を正座させ、延々と愚痴を吐き続ける。これが母というものか。姑というものか。

「例えば……大妖精ちゃん。フランドールちゃん。早苗ちゃん。こういう子達の方が、品位も有ってアリスちゃんと気が合うんじゃないかしら」

 全員、おさげ髪だった。昔からこうだ、自分と共通点の有る子しか認めたがらない。
 ちなみに魔理沙はというと、寿司の正体を教えてから機嫌が直らない。

「どうしても、この子と一緒に住みたいの?」
「当然よ。そもそも事実婚状態だし」
「な」
「魔理沙は既に、マーガトロイド姓を名乗ってるわ」
 
 マーガトロイド魔理沙って、いい名前よね? 
 と睡眠学習で洗脳したら、そう名乗るようになったのだ。夜毎、枕元で囁くという単純な方法の割によく効いた。目を覚ましても囁き続けた甲斐があった。

「へ、へえ。でもね、お母さんは分かるのよ。世の中には、お付き合いしちゃいけないタイプの子がいるって」

 母さんは秋茄子を強奪する姑の目で、魔理沙にガンを飛ばす。

「貴方。どうして私とアリスちゃんの苗字が違うか、分かる?」
「もしや、お前達は義理の親子」
「違うわ。アリスちゃん、佐藤姓はありふれ過ぎてて嫌だからって、自分で考えたカッコイイ苗字を勝手に使ってるのよ」
「えっ。本名、佐藤アリス?」
「更にもう一つ。アリスちゃんの髪、染めてるだけで地の色は黒」
「なんだと……妙に日本通な訳だ……やっぱり日本人か……」
「ちょっと母さん!」

 間違いない。私の恥ずかしい秘密を暴露して、破局へ追い込むつもりだ。

「これでもまだ、アリスちゃんと上手くやっていける? 私はそう思わない」
「ああうん、同意するぜ」

 非道な脅しによって、魔理沙は屈服させられた。許せない。

「私達の問題に、母さんは口を挟まないで!」
「言わせて貰いますけどね。この魔理沙とかいう子が、魔界の環境に適応できると思って?」
「そ、れは」
「いずれは実家に帰って、家業を継ぐのよね? いいでしょう。仮に貴方達が、魔界で同居したとする。だけどテレビもない、ラジオもない、たまに来るのは回覧板。朝起きて、牛連れて、二時間ちょっとの散歩道。人々はズーズー弁で会話。明らかに限界集落。いかにも派手好きな魔理沙ちゃんが、耐えられるかしら?」

――東北?
 と魔理沙は呟く。

「私、こっちでは都会派で通ってるんだけど? 余計なこと言わないでくれる」
「見栄っ張りねえ。……背伸びしなきゃ、付き合えない子といて楽しいかしら」
「どう言われても、魔理沙を諦めるつもりはないから。東北の女はしぶといの。母さんも知ってるでしょう」

――今、東北の女って言ったよな? 
 再び魔理沙が呟いた。「騙された」と言いたげな顔をしているが、構ってられない。

「さすがにここまで馬鹿にされると、腹が立つぜ」
「謝ってよ母さん!」
「いや。アリスにも怒ってるぞ私は」

 あれ?

「とりあえず話し合いは後だ。とっとと、このうざったい母親を追い払ってくれ」

 分かってる。
 魔理沙に命じられたからには、絶対に追い出して見せる。豪雪と田植えで鍛えられた、魔界女の底力を見せてやろうじゃない。

「あまり口うるさいようなら、私にも考えがあるわ。母さんの実年齢を」
「覚えてる? アリスちゃん、四歳の冬に酷い熱出したでしょ」
「それが何よ」
「あの時、魔界中を回ったの。夜中だったから、どこの病院も閉まってて。大変だったわぁ」

 卑劣。力押しでは適わないと知って、泣き落とし戦法で来たか。

「やっと診てくれる病院を見つけたんだけど、時間が時間だから。そこのお医者さん、凄く機嫌が悪くて」
「いい加減にしてくれない? 情に訴えてるつもりなんだろうけど、あざとくてイライラするわ」
「私を見るなり言ったの。胸を触らせてくれたら、治療してもいいって」
 
 お母さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

「魔理沙は少し、自重すべき。母さんと上手くやっていけないようなら、ご飯抜きよ」
「なに一瞬で態度変えてるんだよ」

 二人、向かい合う。
 しばしの沈黙。
――先に目を逸らしたのは、魔理沙だった。

「アリスの馬鹿! マザコン! 佐藤!」
「魔理沙!」
「こんな家、出てってやる!」

 魔理沙は一瞬、はっとした顔になって窓を開けた。

(綺麗)

 無駄な筋トレへ費やした時間の価値に、打ちひしがれながらも。割り切って、新たな一歩を踏み出す美少女――その姿は、ギャルゲのイベント画の如く秀麗。美麗。華麗。萌え。
 
「ビューティフ……あ」

 更なる美辞麗句は無いかと思考を巡らせているうちに、外へ逃げられてしまった。

「どうしよう魔理沙が花粉症で死んじゃう、連れ戻さないと」
「落ち着きなさい」
「だけど!」
「あの子、しっかり財布を持って行ったわ。遊ぶ気よ」

 そういえば私の財布が見当たらない。

「これでハッキリしたわね。あの子の本質は泥棒なの。ろくでなしよ」
「知ってる。でも可愛いから許してる」

 地獄の沙汰も顔次第である。

「嫌なところばかり親に似るのね。まるで若い頃の私みたい。……ねぇ、イケメンだけど無職で無能な男に嫁いだ見本が、ここにいるのよ。結果、どうなるか分かるでしょう?」

 雑談している時間がもったいない。早く見つけないと、魔理沙が他の女に拾われてしまう。
 ネグリジェもやしに河童エジソン、ライバルは無尽蔵にいる。
 善は急げとばかりに、全力で飛び立つ。
 天狗もドン引きの速度が出た。Gで顔が大変なフォルムになるため、女の子なら自重するスピードだ。

(神社)

 魔理沙の向かいそうな場所と行ったら、ここしかない。霧雨邸は廃墟と化しているので、帰る筈が無いし。





「な。貴方、マッハで飛べたの?」

 ゴウン。風を伴いつつ、着地。腰を抜かしている霊夢の元へ、駆け寄よった。

「魔理沙を見なかった!?」
「……見たわ」
「どこ」
「知りたい?」
「知りたい」
「じゃあ、この賽銭箱にお金を入れて」

 硬貨を投げ入れた。

「魔理沙はまず、トイレに向かったわ」

 神社の隅っこにある、傾いた厠へ足を進める。

「いないじゃない。どういうこと」
「知りたい? なら、お賽銭をそこに入れて」

 トイレにまで賽銭箱を完備。この露骨な守銭奴ぶりが、参拝客を減らしている一因と自覚すべきだ。

「魔理沙はトイレを済ませた後、手を洗いに行ったわ」
「その次は?」

 何を言われるか予想していたので、先にお賽銭を渡しておいた。

「魔理沙は……貴方の名を呟きながら、再びトイレへ向かったわ」
「そ、それで?」
「しばらくしたら、トイレから熱っぽい声が聞こえてきたの」

 霊夢の目が告げる。続きを語って欲しければ、賽銭をよこせと。

「アリス、アリス……! そんな切ない声が、周囲に漏れていた」
「詳しく」
「陽光が柔らかく降り注ぐ、昼下がりの出来事だった。魔理沙の白い指は……」

 それは耽美な愛に溢れたエピソード。情感溢れる描写のせいで、涙が止まらない。
 私は何度も賽銭を差し出し、聞き続けた。
 やがて所持金を八割ほど消費した後、気付く。――話が出来すぎ。これ、作り話だ。
 
「無駄な時間を過ごしたわ」

 霊夢の驚異的なストーリー作成能力に釣られた。悔しい。でも、あのお話は後で書籍化して欲しい。






「どこにいるのかしら」

 幻想郷中を脅迫して回ったが、誰も魔理沙の居所を話さない。
 ここでふと気付いた。もしかして魔理沙は、とっくの昔に帰宅しているんじゃないか。そしてエプロン姿で夕食の支度を済ませていて、三つ指ついて私を出迎えるんじゃないか。
 盲点だったわね……!
 その線が有ったわね……!
 魔理沙の愛を信じ、さっそく自宅へ引き返す。そこには、

「あら、お帰り」

 母さんしかいなかった。
 
「って、おま」

 なに如何わしい本を整理してんの!?

「散らかってたから」

 母親がそっち系の本をサーチする能力は異常と聞いていたが、身をもって実感させられるとは思わなかった。

「アリスちゃんも年頃だもの。こういうのに興味が有るのは、仕方ないわよね」
「それ多分、魔理沙の本じゃないかしら。うん。そうよ。きっと。絶対」
「じゃあ捨てていいのね?」
「駄目ッ!」

 叫んでから気付いた、墓穴を掘ったと。

「やっぱりアリスちゃんのなんでしょ。……失礼かと思ったけど、中身を読ませて貰ったわ」

 穴があったら入りたい。そうだ、さっき自分で掘った墓穴に入ってしまえ。

「どの本も、金髪で巻き毛の女の子ばっかり載ってるわねぇ」

 ハハハ上海を作る時の資料にしたのデスよ。嘘じゃないヨ。

「時々、黒髪ポニーテールの子も混じってた」
「食わず嫌いはいけないと思って……」

 性癖がどんどん晒されていく。
 羞恥に耐えかねた私は、より深く穴を掘り下げた。わあ、マントル層ってあったかい。
 
「まさか、魔法の森が穴だらけなのって、アリスちゃんのせい?」

 恥ずかしい目に会うたび、トンネル開通して中で悶えるのが日課。おかげで霧雨邸が地盤沈下起こして倒壊したけど、問題ない。魔理沙が私の家を頼るきっかけになったし。

「がっかりよ。幻想郷で何をしてるのかと思えば、掘削工事のプロフェッショナルになってるんだもの。まったく。卵の頃は、あんなに純粋で可愛かったのに」

 私、卵で産まれてきたの?

「ショックだわ。実の娘がこんな風になっちゃうなんて」

 こっちだって相当ショックだ。これからは有精卵相手に、仲間意識を感じなきゃいけない。どういう人生。

「お母さんもね、貴方が憎くて叱る訳じゃないの。心配なのよ」
「母さん」
「まさか、女の子が好きだなんて思わなかったから」

 私だってよく分からない。自分でも止められないのだ。庭に生えてたピンク色のキノコを食べて以来、同性を魅力的に感じて仕方ないのだ。

「辛かったわよね。今まで隠してたのよね。言えなかったのよね」

 優しいハグ。鼻腔をくすぐる柔らかな母の匂いに、強張った体が解されていく。
 
「あれから色々、考えてみたの。色恋沙汰に、親が口を挟むべきじゃないって」
「え」

 それは、つまり。
 魔理沙との交際を、認めて――?

「その変わり、同居させて」
「あ?」
「それと魔理沙ちゃんには、生命保険に加入して貰うわ」
「おい」
「食事もぜーんぶ、私に支度させてくれないかしらぁ」

 毒入り味噌汁で昏倒する魔理沙が、脳裏をよぎる。
 ……いいわ。
 愛する人を保険金に変換されるくらいなら、神をも殺して見せよう。

「はーん。奇遇ねぇ。実は言うと私も、母さんとこっちで同居する準備はしてあるの」
「!」
「育ててくれた恩を、仇で返す訳にはいかないでしょう?」
「アリスちゃんったら」
「本邸は私と魔理沙の愛の巣だし。母さんには、庭に建てた別邸へ住んで頂こうかしら」

 アホ毛を引っ掴み、ぐいぐいと目的の地へ案内。
 さあ、その目で確かめなさい。これが自慢の二世帯住宅!

「ここが、別邸」
「そうよ」
「ちゃんと表札も貼って有るでしょ、『神綺』って」
「うん……でも……でもね……これ……」

――犬小屋よね?
 母さんは、目に涙を浮かべながら言った。

「四つん這いで入り込むのが前提だから。どんなに足腰が弱っても、転倒の危険性は無いでしょ。バリアフリーよ」
「そうね。最初から地べたに手をついてるんだもん。これ以上転びようがないわね」

 手で顔を覆って、母さんはその場に座り込んだ。

「アリスちゃんが、私をどう思ってるのかよっく分かりました」

 暗に「帰れ」と告げているのだ。察してくれると嬉しい。

「お母さんをペットにしたいなんて、変態ね。わん、とでも鳴けばいいのかしら」

 そう言って母さんは、首輪を受け容れた。魔理沙のために用意した筈が、母さんにもサイズが合うとは思わなかった。
 じゃらじゃら。
 じゃらじゃら。
 首輪から伸びる鎖が、けたたましく金属音を立てる。それは犬小屋と母さんを繋ぎ止める、滅びのさえずりだった。

「わん」
「母さん……」
「わん」

 熱い雫が、頬をつたう。思い出が溢れて、止まらなくなった。

「お母さん覚えてる? 遠足の時の話よ。他所の子は、豪華なお弁当持って来てた。だけど、私のは日の丸弁当だったわよね。見た目ガイジンなのに」
「わん」
「綺麗なお弁当を作ってくれないお母さんなんて、いらない。そんな事、言っちゃったよね」
「わん」
「あれ、今でも後悔してるの」

 あの後。母さんが徹夜で料理を練習してたの、本当は知ってた。母さん、目にクマが出来てたのに平気なフリをしてた。それが凄く可哀想だった。でも、恥ずかしくて言えなかった。

「今なら言えるわ」

 確かめるように、呟く。

「ごめんね。お母さん」

――返事は犬の鳴き声だった。
 もう、あの母はいない。言葉さえ失ってしまった。ここにいるのは、母の形をした抜け殻なのだ。いずれ、私の顔も名も忘れる。そうなる前に、いっそ。

「さようなら、母さん」
「わん……アリスちゃん? 今、シリアスもどきな空気に任せて、私を埋めようとしたわね」

 せめて綺麗な別れ方にしよう、という子心である。黙って受け取ってちょうだいな。

「そんなに私が邪魔な訳」

 親離れはとっくに済んでいる。今の私は恋に生きる女、ましてや両思いの婚約者がいる身。
 母親など。障害物以外の何でもない。

「少し、甘やかし過ぎたかしらね」
「なんですって?」
「そもそも、ミュージシャンになりたいと言って魔界を飛び出した時点で、引き止めるべきだったわ。延々と仕送りを催促してくるし。……だけど、夢を追ってるんだから。仕方ないんだって、大目に見てきた。それなのに。いつの間にか、魔法使いとフリーターの狭間をさ迷う、親不孝者になって」

 だって私には音楽の才能が無いって、気付いちゃったんだもん……。

「あげく、どこの馬の骨とも知れないじゃじゃ馬に、お熱とはね。ふふ。うふふふ」
「魔理沙を悪く言わないで」
「ね、アリスちゃん」
「なに」
「親子の時間は、もうお終い」
「!」
「これより先は、魔界神として振舞わせて頂くわ」
「母、さん」

 目の前には、一個の神がいた。母の顔を脱ぎ捨てた、邪悪で強大な魔の創造神だった。
 ここに来て私は。
 人知を超えた、神の脅威と対峙する事になったのである。
 





「どうやら失敗作のようね、アリスちゃん!」

 薙ぎ払うアホ毛は暴風雨。振り下ろすアホ毛は、落雷と見紛う。
 それは天災の域に達した暴力。

「直撃したら最後。肉片さえ残らないわよ」

 上下左右、全方位からのアホ毛攻撃。その変則的な軌道を見切れぬ者に、生還は許されない……!
 でも私には届かない……!
 だって母さん、首輪つけたままだからね!
 
「あれっ!? あれれっ!?」

 犬小屋から続く鎖が、母さんの行動範囲を大きく狭めている。
 私まで残り2メートルの距離で、虚しくアホ毛を振り回す神様。
 かっけー。
 
「貰ったわ!」

 スパリと一閃。遠距離からのドールクルセイダーで、母さんの象徴たるアホ毛を切断せしめる。

「なんてこと。こんな、こんなことって」

 最大の攻撃手段を失った魔界神は、力なく倒れた。

「ああ。完敗だわ。単なるボケかと思ってた首輪が、私の動きを拘束する為の伏線だったとね。恐れ入ったわアリスちゃん、とんだ策士よ貴方は」
「え? …………ま、まあねー。こういう展開になると、予想してたしねー」

 母さんこそ。

「どうして弾幕を放たなかったの?」
「?」
「アホ毛じゃなくて、通常弾なら……離れた相手にも、攻撃が届いたでしょうに」
「あ」

 気まずい空気が漂う中、一陣の風が舞い込んだ。
 金色の髪、出かける前より豪華になった黒白衣装。
 最愛の人だった。

「魔理沙」
「すまんアリス。どういう訳か、ポケットにお前の財布が入っててな。店員に進められるがまま、服を新調しちまった。その、断りきれなくて」
「いいのよ分かってる。貴方は悪くない」

 騙されないで、を連呼する母さんの口を塞ぎつつ、いい雰囲気を維持しようと精一杯のスマイル。

「もう帰って来ないかと思ってた」
「言わなきゃいけない事があるんだ。それで、戻ってきた」

 なんだろう。そわそわしてしまう。

「霊夢に説得されてさ。アリスみたいなカモは、滅多にいないって。間違えた、アリスみたいなお人良しは滅多にいない、だった。うん」

 本音出たよね?

「結婚しよう」
「嬉しい!」

 確かに魔理沙は、私からお金をせびる。
 この結婚だって、打算かもしれない。
 でも、ずっと一緒にいれば。いつか、本気の愛が芽生えて――

「さっそく式をあげなきゃ! えっと、神父いない……あ、ちょうど母さんがクリスチャンじゃないの」
「えー? 誓いの言葉、私が読み上げるの?」

 結婚には、祝福が必要なのだ。
 
「いいやもう。ツッコミ切れないって分かっちゃったし」
「それでこそ母さんよ」
「さと……ゴホン、アリス・マーガトロイド。貴方は魔理沙を生涯の妻とし、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 『健やかなるとき』が抜けてると思うんだ。

「だってアリスちゃんの精神が健やかなる時なんて、無いでしょ」

 母さん、後で話し合おう。

「これで、霧雨姓とは本当にお別れだな」

 感慨深そうな顔で遠くを見つめる魔理沙の顔に、微かな迷いを感じ取った。
 マリッジブルーかもしれない。

「大丈夫よ、魔界はいいところだから。すぐに慣れるわ」
「おい、何時の間にお前の実家で暮らす流れになったんだ?」

 ああ、目を閉じれば鮮明に蘇る、懐かしの故郷。
 麗しき魔界。
 どこまでも真っ直ぐな農道に、人影は無く。
 米は豊かに実り、イナゴはそれを食い荒らす。
 畑のド真ん中で叫ぶのは、アルツハイマーに脳をファックされた徘徊老人。彼が青年期(二次大戦時)に意識のみ時間旅行し、エア米兵との銃撃戦に突入するや否や、第一発見者が優しく家族の元へ送り届ける。もちろん、送迎手段はイカしたトラクター。

「なんだろ……私にはこう、高齢化の進んだ末期の田舎としか思えないな」
「住めば都だべさ」
「それ魔界訛りか? イミフだから止めてくれ」

 頭を抱える魔理沙とは対照的に、母さんは満面の笑みを浮かべていた。

「アリスちゃん、こっちに帰ってきてくれるの?」
「ええ」
「そうよね。やっぱり母親と離れ離れなんて、嫌に決まってるわよね」
 
 ていうかお前のせいだよ。さっきアホ毛振り回したせいで、私の家倒壊したじゃない。嫌でも実家のお世話になるわ。

「まぁ細かいことは置いといて。そうねぇ。帰ったら久々に、新鮮な野菜が食べたいかな。魔界自慢の、有機野菜が」
「ごめん」
 
 ?

「今の魔界はね。田も畑も、荒れ地なの。有機野菜はおろか、ぺんぺん草も生えてない」
「まさか」

 冷害で、作物が全滅したとでも?

「そのまさかよ」
「そんなっ!」
「そう。ミミズが怖いんで手入れサボってたら、荒れ地になってたの」
「それで農村の主婦が務まるの!?」

 そら見た事か。やめようぜ、このまま幻想郷で暮らそうぜ。囃し立てるように騒ぎ始めた魔理沙をシカトしながら、七色の脳細胞で解決策を練る。

「うん」

 何も思いつかなかった。
 でも、二人ならやれる。私と魔理沙の、二人なら。

 瘴気漂う森の中。
 佐藤家は、新たな一歩を踏み出したのだった……。














   
  

 二日後、キノコの毒が抜けたアリスは魔理沙に離婚を申し入れた。
紳士的ロリコン
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コメント



0.3350簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
魔界って東北地方だったのかー
4.90名前が無い程度の能力削除
ロリコン成分が無いので90点
8.90ケチャ削除
これが私の目指すべき百合か
9.100名前が無い程度の能力削除
まさかあなたの作品が無印で読めるとは……
10.100名前が無い程度の能力削除
思いっきり笑うような作品ではないけれど、へんてこりんなリズムがあるからなんか好きです。
11.100名前が無い程度の能力削除
まさかアリスが裏秋田出身だったとは…
16.100佐藤厚志削除
私の妻です
17.90名前が無い程度の能力削除
みんな(気)違って、みんな良い
20.100M99削除
大いに笑わせていただいたので
22.100名前が無い程度の能力削除
うわぁ……
23.90名前が無い程度の能力削除
これは酷い。いい意味で
26.90名前が無い程度の能力削除
頭がどうにかなりそうだった
27.90名前が無い程度の能力削除
なんだこれひどいw
31.100Ninja削除
あいかわらずアリスがダメな子すぎて愛しい……。

>「そう。ミミズが怖いんで手入れサボってたら、荒れ地になってたの」

でも神綺様も超かわいい。

参ったな、フフ……。
35.100名前が無い程度の能力削除
>>外に出してぇ、とアニメ声で連呼。
思わず変な想像をしてしまった・・・・・・
36.80名前が無い程度の能力削除
次は佐藤家の開墾ストーリーですね、わかります
39.90名前が無い程度の能力削除
恋はビョーキね…
41.100奇声を発する程度の能力 in 携帯削除
もう何処から突っ込めばいいのか分からないwwwww
42.60名前が無い程度の能力削除
すっげぇホラーでした
43.80名前が無い程度の能力削除
なんだこのカオス展開……
45.100名前が無い程度の能力削除
すごい。ひどい。意味不明。カオス。佐藤。
46.100名前が無い程度の能力削除
えっ
後書き酷い
48.100名前が無い程度の能力削除
佐藤家まじぱねぇwww
50.70名前が無い程度の能力削除
東北バカにすんなww
52.100名前が無い程度の能力削除
どうしてこんなになるまで放っておいたんだ…
58.100名前が無い程度の能力削除
これはひどい
59.90名前が無い程度の能力削除
何気に霊夢もひでえwwww
60.100名前が無い程度の能力削除
なん・だと
63.100名前が無い程度の能力削除
これはひどいwww
64.100葉月ヴァンホーテン削除
まともな人がいないw
いやー、訳30kbがあっという間でした。
72.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったー
73.100名前が無い程度の能力削除
ひたすらに「なにこれこわい」状態でした。サイコホラー...
78.100名前が無い程度の能力削除
謝れ!東北地方の方々に謝れwww
80.100名前が無い程度の能力削除
私の頭は弾けとんだ
82.100名前が無い程度の能力削除
原因は魔理沙かいw
83.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず全国の佐藤さんに謝れ!!
86.100デン削除
一気読みしてしまいました。
なにこれ……いやなにこれw
ちくしょう卑怯だぞ、こんな深夜に爆笑させるなんて!
90.100名前が無い程度の能力削除
霊夢の商売上手さに吹いたw
ウルトラレアのスペカとかは香霖堂で買取とかやってんのかな
101.80名前が無い程度の能力削除
このカオス具合、おもしろい。
102.80名前が無い程度の能力削除
外道魔理沙…、最悪やぁ…
107.100名前が無い程度の能力削除
アリスの壊れっぷりと
魔理沙の外道っぷりが面白かったですw
118.90名前が無い程度の能力削除
神綺様の畑に種蒔きたい……