Coolier - 新生・東方創想話

Bad to the Future ?

2010/05/11 22:07:04
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 埃臭い香霖堂の中から騒がしい声が聞こえてくる。
 白髪の店主と金髪の少女がなにやら言い争いをしているようだった。

「今、胸触っただろ!」
「いいがかりだ……! 僕の手にはそんな柔らかな感覚残ってな──ごふっ」

 魔理沙は遠慮なく霖之助の脇腹を突いた。

「正直に言えば軽く済まそうと思ったが」
「女の子が乱暴をするもんじゃない。とりあえず振り上げた右手を下ろしてくれ……」
「こういう時ばかり女の子なんて言葉使いやがって、お前は……」
「ま、魔理沙が浴衣が欲しいって言うからこうして採寸してるんじゃないか! 少し触れたくらいで殴られたんじゃ身が持たないよ」
「まず言い訳をする前に一言謝れないのか……!!」
「だから身に覚えがないと言っているじゃないか! 大体、どこからどこまで胸かハッキリしない魔理沙が──ぐふっ」

 再び魔理沙の右腕が動く。それはまるで吸い込まれるかのように霖之助の脇腹を抉った。
 霖之助が膝をつく。今度のはなかなか効いたようで、小さく声を漏らしながら脇腹を押さえている。

「い、いいい言ってはならないことを……香霖のあほっ!!」

 そして魔理沙は逃げ出した。




















               ── Bad to the Future ? ──




















「──ってことがあってさ、お前どう思う?」
「そうね。それ飲み終わったら帰ってね」

 場所は変わって紅魔館。
 優雅に紅茶を啜りながら、魔理沙はレミリア相手に愚痴をこぼしていた。

「仮にも私だって女の子だぜ? 香霖の奴、失礼しちゃうよな」
「そうね。人の家に押し入ってあまつさえ紅茶を要求するなんて失礼よね」
「なんの話をしてるんだ?」
「こっちのセリフだ」

 かみ合わない二人だった。

「まぁ私には胸のことなんてよくわからないけど」
「ちゃんと聞いてるんじゃないか。お前は見てくれがそんなだからいいけどさ、私くらいの年頃になると多少は意識するもんなんだぜ」
「ふーん、そうなの? 咲夜」
「そ、そうですねぇ……女性の皆が皆気にしているわけではないと思いますけど、少なからず気にするものだと思いますよ。……それよりも意外ね、魔理沙なんか一番気にしなさそうな感じなのに」

 後ろに侍していた咲夜が紅茶を注ぎながら答える。一瞬、自分の胸を見たような気がしたが気のせいだろう。
 注がれた紅茶は、強い香りと湯気を振りまきながら二人の口へと運ばれていく。

「私だって人並みには気にするさ。多くは望まないけど、やっぱり女の子らしいに越したことないからな」
「それはギャグか? 普段あんな振る舞いをしていてよくそんなセリフ吐けるわねぇ」
「……ん?」
「遊び盛りの男の子だってもう少し慎みがありますね」

 相槌を打つように咲夜が言う。どうやら周囲の者にとって魔理沙とはわんぱく少年のような位置づけらしい。
 それを聞いて魔理沙が目を伏せる、そして演技がかった調子で言った。

「裏切ったな咲夜、お前は私サイドの人間だと思っていたのに……」
「どういう意味かしら?」
「ちょっと魔理沙、咲夜とも喧嘩しないでちょうだいよ」
「いや、別に喧嘩なんか……」
「そうですよお嬢様。喧嘩するほど仲が良いと言うでしょう? 私達は喧嘩ができるほど仲が良いわけじゃないですもの。まあ霖之助さんとは仲が良いでしょうけどね」

 酔ったように言う咲夜とは裏腹に、魔理沙はどこか気に障ったかのように声色を下げる。腕を組み、考え込むような素振り。どうやらデリケートな話題だったようだ。

「べ、別に否定はしないが……」
「へぇーまぁ魔理沙も女の子だものね」
「残念ながら女の子ですからね。男の子だったらモテたでしょうに……」
「お前ら……。絶対ヘンな意味で捉えてるだろ、勘違いも甚だしいぜ。だいたいなぁ、香霖とは昔から顔を付け合せてるんだぞ。それこそ兄妹のようにだ。仮に! そこに愛情があったとしよう。だがしかし、それは美しき兄妹愛と呼ばれるものだぜ」
「ふーん。魔理沙、私の能力がなにか知ってるわよね?」 

 レミリアが無い胸を張って偉そうに言う。まあ、実際そこそこ偉いのだが。

「占いだろ」
「そう、運命が操れるのだ。操れるということは未来が視えるのと同義」
「ハッタリだってもっぱらの噂だけどな」
「……いいのかな? そんなことを言って」
「なんだよ……」
「いくら誤魔化そうとも、魔理沙の未来を見さえすれば答えはわかるのだよ。つまり、お前があの男を好いているのならそれ相応の未来が視えるはずなのさ。また逆も然り」
「好いてるって……お、お前まさか……っ!!」

 勢いよく立ち上がり身構える魔理沙。狼狽する魔理沙と反比例するかのようにレミリアは表情を変え、ニヤリと笑う。幼い容姿のレミリアだが、その表情からはいやらしさしか感じさせない。
 まだ夏入り。さほど暑くもないのだが、この暑苦しい展開には居合わせた誰もが汗をかかずにはいられなかった。

「なんて陰湿な能力なんだ。プライバシーもへったくれも無いぜ……っ!!」
「安心しろ。お前のつまらない人生、そうじっくり見る気はないわ。ただどれくらいお前の生涯にあの男が出てくるのかを大雑把に見るだけ。恋慕でも抱いていない限り恥ずかしがる理由はないじゃない」
「ぐっ……暇人め……」

 魔理沙がなにかを噛み殺すようにくいしばる。
 それは羞恥心にも似た感情だったが、魔理沙がそれに気付くことはなかった。
 レミリアが身を乗り出す。魔理沙が後ずさりしようと足を動かすが、椅子がつっかえて満足に下がれない。

「さて、よぉ~く目を見せてちょうだい」
「……っ!?」

 それはまるで呪文のように……いや、呪文だったのかもしれない。魔理沙の目はレミリアの目と合った瞬間、なにかに支配されたように硬直する。視線を逸らせない。まるで飲み込まれるように魔理沙の意識が沈んでいく。

「…………ふむふむ、ほうほう」
「お嬢様?」
「ん、これは……」

 なにか視えているのか一人頷くレミリア。それとは対照的に魔理沙は瞼を重そうにしている。これは未来を視るということとは別の部分、魔理沙を拘束するという点での作用だろう。
 しかし次の瞬間──その視線を遮るように空間が割れた。

「あっ!?」

 にゅい~んと傘が突き出て来て、次にはドレスを纏った女性が現れた。
 八雲紫、プライバシーを侵すという点ですらレミリアを凌駕する大妖怪である。彼女は一度辺りを見渡すと何故か眉をひそめた。

「仕事熱心な私がただならぬ気配を感じて来て見れば、小さな吸血鬼がにらめっこしてるだけじゃない」
「嘘つけ、退屈してただけだろ。お前といい魔理沙といい、どうしてこうも不法侵入が多いのか」
「まあそれは置いといて、なにをしてたの?」
「教えるから帰れよ? 魔理沙の未来を視てたのさ。ほらお前の後ろ」
「……魔理沙?」

 先ほどまでぼんやりしていた魔理沙だったが、身体を椅子に預けふるふると頭を振っていた。紫のスキマが視線を遮ったおかげで束縛が解けたようだ。
 
「レミリア、お前なあっ!!」
「だってああでもしないと逃げるじゃない」
「当たり前だぜ! 誰が好き好んで自分の未来を他人に晒したがるんだよ!!」
「大声出さないでよ暑苦しいわね。ただでさえ暑いんだからさ」

「霖之助さんのことを好きか確かめるために? へぇ、御宅のお嬢様も良い性格してるわねぇ」
「そうやって紅茶飲んでる貴方もなかなかですよ」

 なにかに好奇心をそそられたのか、紫は帰ることなく紅茶を啜りながら二人を傍観していた。

「誰にも言いやしないわよ。思ったより面白くなかったしね、お前の生涯」
「勝手に覗いといてなんて言い草だよ…………まぁ、視てしまったものは仕方ない。……そ、それで? どうだったんだ……?」
「なにがよ」
「私の未来だよ!!」
「だから面白くもなんともなかったって言ったでしょ。大きな異変が起きるわけでもないし、あの男も途中から出てこないし」
「……香霖が? どういうことだよ」

 魔理沙にとってそれは予想外だったらしい。声こそ平静を装ってはいるが、表情は驚愕の色を隠しきれずにいた。
 同様に、レミリアも魔理沙の反応が予想外のものだったので、どうしたものかと表情を変える。

「しばらくしたらアイツは外の世界に行くのさ。そしてそれっきり戻ってこない……お前が生きてるうちはね。だからお前の人生に深く関わることは無いのよ」

 レミリアは極めて真摯に言ったつもりだったが、やはり魔理沙は信じられないようだった。

「…………この性悪吸血鬼」
「あー?」
「どうせまたホラ吹いてるんだろ? 香霖が外の世界に興味を持ってるのは知ってるが、行く手段が無いじゃないか」
「それじゃあ私が嘘を言ってるって言うの? この高貴な私が?」
「私もお前くらいの頃は嘘しか言わんかったからな」

 くしゃくしゃとレミリアの頭を撫でる魔理沙。普通なら微笑ましい行為だが、五百年生きてきたレミリアにとっては見下されたように感じるのだった。
 魔理沙の手を叩いて跳ね除ける。髪を手櫛で整えるが、元々癖の強い髪質のため大して乱れていなかった。

「見せてやれないのが残念だけど、お前の人生は寂しいものだよ。家庭を築くわけでもなく、惨めに一人で死んでいくのさ。まあ妖怪とつるむ女なんかを嫁にもらう物好きな男はいないってことね」
「…………し、信じられるかよ……そんな話」
「まあ信じなくてもいいけどさ」

 そう言ってこの話は終わりとばかりに踵を返した。喋って喉が渇いたのか暢気に紅茶を啜っている。
 魔理沙にとってそれが決め手だった。レミリアが調子よく喋ってる間はまだ良かったのだ。何故なら、レミリアは騙すことよりも騙された奴を笑うことに楽しみを見出すからである。
 少なくとも魔理沙はそう認識していた。あまりのショックにうな垂れてしまう。まだ完全に認めたわけではないが、それでもそんな自分の未来を聞かされて笑えるほうがどうかしているだろう。
 
「もう仕方ないわねぇ」
「…………なんだ、紫、いたのか」
「そんな顔、霊夢が見たら心配するわ。ここはお姉さんに任せなさい」
「…………ありがとう、笑わせようとしてくれてるんだよな。自分のことをお姉さんだなんて」
「……ごほん」

 紫は一つ咳払いをしてから指で空間をなぞる。するとそこから割れ目が生まれ、あっという間に人を飲み込むほどのスキマができた。
 そこに腕を突き入れる。それと同時にレミリアが"ひゃっ!?"という素っ頓狂な声を上げた。レミリアの頭上にもスキマがあり、そこから伸び出た手が頭を掴んでいた。

「……ちょっと、なんのつもり?」

 その問いに答える前に、紫は魔理沙の頭ももう片方の手で掴んだ。

「これから魔理沙に貴方と同じものを見せるのよ」
「どういうことだ?」
「そこのお嬢様が視たという魔理沙の未来、記憶を頼りにもう一度構築するわ。それに魔理沙と私が干渉するのです」
「む、無茶苦茶言うな!! そんなわけのわからないことに付き合う気は──」

 ──…………。

 意識が暗転する。まるで糸が切れた人形のように、三人は頭を垂れて動かなくなる。

「「「…………」」」
「……はぁ」

 咲夜のため息だけがやけに大きく響いた。 










          ※          ※          ※










 ただ薄暗く、無機質な世界に魔理沙はいた。
 レミリアと紫の姿は無い。離れた場所にいるのか、それともどこかまったく別の場所にいるのか。

「…………あ」

 暗転していた意識が覚め始める。身体に違和感は無いが、意識は終始ぼんやりとしていた。

「どこだ……ここ。紫とレミリアもいないじゃないか」

 起き上がる。何も無い、ただ平坦な道がどこまでも続いている。続いているとは言っても僅かな先までしか見通せない。霧にも似た薄暗さが奥に行くにつれて濃くなっていた。
 とりあえずじっとしていても事態は好転しないので適当に歩くことにした。
 黒い霧を掻き分けて進んでいく。しかし景色という景色が無いので進んでいるという感覚は希薄だった。
 
「おーい、紫」

 レミリアはまだしも、紫なら呼べば出てきてくれそうな気がしたが特に反応は無かった。一気に寂しさと不安が押し寄せてくる。
 ただ、止まっているのは嫌なので足だけは前へと動かした。
 
 しばらくして、視界の端になにか柔らかな光りが見えた。

「なんだ……?」

 不気味さこそ拭いきれなかったが、それでもこの空間で初めて見つけた物体に対する興味が勝った。
 急いで駆け寄る。光りを放っていた正体はサッカーボールくらいの水晶のような球体だった。
 覗いてみると何かが薄っすらと映っているようだが、薄暗さもあってよく見えない。

「それはレミリアが視た貴方の未来よ」
「……っ遅いぞ、紫」

 背後からの声に僅かに肩を震わせた魔理沙だったが、その見知った顔に紫と言えど安堵した。

「聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずここはどこなんだ?」
「精神を基礎として私が構成した空間ってところです。まあ夢を見てるのと同じようなものよ」
「本当かよ……胡散臭いなぁ」
「あら、レミリアはいないの?」
「お前と一緒だったと思ってたんだがなあ。それよりこれが私の未来なのか? えらく映りが悪いが」 
「そう?」

 紫が水晶らしき球体に触れる。そして覗いたか思うと指を鳴らした。
 ──パチンッ!! 次の瞬間、球体だったソレは水風船のように破裂し、薄暗い地面に水溜りを作った。
 
「覗いて御覧なさい。それが貴方の未来です」
「これが……私の……」

 膝をつき、覗き込む。水溜りに映し出された人影は紛れも無く魔理沙のものだった。
 映し出された姿は今よりも背が高い。顔つきこそ幼さを残しているが、腕も脚も伸び切っていて大人らしさを感じさせた。

「髪も結構長いな、これが私か?」
「そうでしょう?」

 服装はやや地味めのドレス、それを揺らしながら歩いている光景が映し出されていた。










『おい、香霖』
 金色の髪を風に泳がせて、魔理沙が呼ぶ。
『……来てくれたのか』
 白髪の後姿、霖之助が振り返る。
『昨日散々宴会で大騒ぎして、ちゃんとお別れしたから来ないと思ってたんだけどね。わざわざ無縁塚まで……』
『当たり前だろ、今までずっと一緒だったんだ。それに……どうせもう帰ってこないんだろ?』
『わからないよ。すぐに戻ってくるかもしれないし、魔理沙の言うとおり戻ってこないかもしれない』
 こんなにも風は軽々しく吹いているのに、二人を囲む空気はどこか重い。
『……そうかい』
『前々から興味はあったんだ。年々幻想郷の住民は増えてるし、やっぱりもっと外の技術が必要だと思う。河童達も行き詰ってばかりみたいだ』
『それは昨日聞いたぜ』
『えっ、そうだったかな? なんせ君達が酒をどんどん進めるもんだから色々あやふやでね、今もちょっと頭が痛い』
 ははは──と乾いた笑い。
『そうか、聞いた話だったか。それじゃあ別の話をしよう』
『笑って見送りたいから面白い話を頼むぜ』
 面白いかわからないけど──と前置きをしてから霖之助が話し出す。
『昔……もうどれくらい前かな。魔理沙が勘当したと聞いてすごく慌てたよ』
『……ああ』
『でも魔理沙は明るいし、すぐ誰とでもすぐ仲良くなれる、そこまで心配はしてなかったけど……それでもやっぱり心配だった。魔理沙は危なっかしいから』
『へぇー……』
『だから親父さんと仲直りしてくれて安心したよ。もう僕がいなくても安心だ。今度から香霖堂の代わりに向こうの店に顔を出すんだよ? つまらないかもしれないけど、親孝行はできるうちにしたほうがいい。本当なら一緒に住むのが正しいんだけどね、言っても聞かないだろうから』
『正論過ぎてぐうの音も出ないぜ』
『今のを正論だと捉えられるようになったなら、魔理沙ももう大人だな。それじゃあ僕はもう行くよ』
 霖之助が踵を返す。
『紫、いるんだろう? もう大丈夫だよ』
 呼びかけに答えるようにスキマが現れ、八雲紫が顔を覗かせた。
『あら、もういいの?』
『昨日たくさん話したしね、あんまり覚えてないけど』
『そう……ごめんなさいね、無理に外界に行ってくれなんて頼んで』



「「えっ?」」



『いやぁ、僕もこういうきっかけを待ってたから』
 紫はいつもの傘を持っていなかった。代わりによくある大きさの扇子を手にしている。服装も見慣れたドレスに比べたら落ち着きのあるものを着ていた。
『なんだその服は』
『だってあのドレスだと目立つんですもの、同じく傘もね。まあ、金髪や白髪ってだけでも若干目立つけど』
『紫、そんな話僕は聞いてないぞ。この服は目立たないのかい?』
『さあ? 知りません』
『…………』
『それじゃあ参りましょう』
 紫が扇子を振る。すると空間に無数の光りの軌跡が現れ、扉の形をかたどった。
『この日の為に私がわざわざ用意した通り道ですわ』
『なかなか神々しいな。どこに通じてるんだい?』
『さあ? 知りません』
『なんか不安になってきたな…………』
 霖之助が扉の前まで来ると、
『じゃあ魔理沙、気をつけて帰るんだよ』
 それだけ言って紫と共に姿を消した。










「…………見れるのはここまでか」
「これはレミリアの記憶が元になってるから。彼女は結構大雑把に見てたのね。でもこうして鮮明に映し出されたところを考える記憶力はいいみたいだわ」
「それよりもどういうことだ、紫。なぜ霖之助を外界に追いやるんだ」
「さぁ……未来の私がしたことだしねぇ……」
「……でもレミリアの言ったとおりだった。ここに映ってた私はおそらく二十歳前後、つまり今から数年後に……香霖は外に行っちゃうのか……」

 魔理沙が落胆の色を浮かべる。それを隠す余裕も無いほどに強烈だったようだ。

「……寂しい?」
「べ、別に……」
「本当?」
「ああ……」
「ちょっと待ってね」
「えっ?」

 ──パチンッ!!……パチンッ!! 再び指を鳴らす紫、それも二回。

「なんだよ、さっきの手品の続きか?」
「いいから」

 言われたとおり大人しく待っている魔理沙。
 しばらくすると、今さっき破裂した水晶と同じような球体がいくつも飛んできた。それは一箇所に集まるとそれぞれが同じように水溜りを作る。

「これで全部ね」
「ど、どういうことだ……?」
「運命とは一つではないのです。もちろん生涯に得る結果は一つだけど、可能性としては無限にあるわ。それはもう膨大な数のはず、レミリアだって可能性の一つをつまんで未来を視たなんて言わないでしょう」
「つまりこれはなにか? この水溜りの一つ一つが私の身に起こりえる未来だって言うのか? ざっと数えても二十はあるぜ?」
「そうです。そしてこれは推測だけど、水晶の大きさが記憶の量。言い換えれば水溜りが大きければ大きいほど、その未来について多く視れるのかもしれません」

 それを聞いて改めて水溜りを見てみると、先ほどの水溜りを上回るものもあれば半分にも満たないものもある。

「そうか……」
「でもあまり期待をしないほうがいいわ」
「……なぜに?」
「確かに異なる未来はたくさんあります。しかし、その未来を作る人物、環境が同じである以上大きな差は生まれ難いの。例えるなら木、どんなに多くの葉があっても幹が同じならばどれも同様。だからさっき見た未来とは違うと言っても根本的には似たような未来しか……」
「……これから見ようって時に嫌なことを言うなよ。でも、絶対ではないんだろ?」
「もちろん。まあ、今見た未来が"稀に起こりえる未来"の方かもしれないしね」
「そうだぜ。香霖はあれで寂しがりやなんだ、一人でどっか行くなんて……ありえないぜ」

 会話はそれで終わった。










          ※         ※          ※










 結果から言ってしまうと、紫の言うとおりだった。
 いくつもの水溜りを覗いた魔理沙だったが、その表情が晴れることはなかった。

「これも……」

「……っ……これも……」

「な、なんでだよ……」

 そして最後の水溜りも期待したものではなかった。
 覗く未来のどれもが霖之助の外界への旅立ちを映し出した。一番大きな水溜り、それには魔理沙の死ぬまでが映し出されており、レミリアの言うとおり霖之助が戻ってこないことはもちろん手紙すらも来ない未来だった。
 さらに言ってしまえば、最初に視た未来はまだマシな方だったのだ。あれは魔理沙が親との関係を修復したことに対しての安堵、紫も強く影響しているようだったが何よりもそこが霖之助を動かしたように感じられた。
 だが他の未来は違う。もっと険悪な未来ばかりで、見送りにさえ来ない未来だってあった。
 なぜそんなことになってしまうのか? それは未来ごとで細部が異なるが、根本的には同じである。
 霖之助は外界に対して大きな関心を抱いている。それは自分自身の知的探究心でもあるが、幻想郷にとっても技術や知識を持ち帰ることは今後の発展に多大な影響を与えるであろうと考えているからだ。
 対して魔理沙はその考えが納得できない。元々寿命、重ねてきた年月が違うのだ。見据えるものが違って当たり前だが、素直に一言『行くな』と言えない魔理沙にも原因があるだろう。納得できないというのはその辺の気持ちが引っかかるから。

「違うんだ……香霖が正しいことはわかる。それでも、今までずっと一緒にいたんだぞ。気が付いたら側にいて、いるのが当たり前になって、なのにいきなりもう会えなくなるかもしれないなんて…………」

 未来の事とはいえ、何度も見てきた展開に魔理沙はすっかり感情的になっていた。
 
「……ごめんなさい、魔理沙。正直、好奇心からの行いだったけど、まさか貴方がそこまで落ち込むなんて思わなかったから……」
「本当に、こんなような未来しか私にはないのか……?」
「どうやら霖之助さんが外界に行くという現象は、とても強い因果律を帯びているようね」
「ど、どうしようないのかよ……?」

 紫は答えない。だがそれが十分すぎるほどに明確な答えだった。
 沈黙、ただでさえ静かなこの空間。お互いに話さなかったらこうなることは必然だが、紅い軌跡がそれを破った。

 ──風を切る音。次に轟音。地面に突き刺さる紅い槍は紛れも無くレミリアのグングニルである。

「見つけたぞ……八雲紫……」

 声と同時に刺さっていた紅槍が消える。気が付けば再びレミリアがソレを握っていた。

「いきなりこんなわけのわからない場所に飛ばされて、ずうぅ~~~~っとひとりぼっち。お前らも私を探してるかと思えば、なんだそれは水遊びか? 散々飛び回ったんだぞ……やはり貴様とは決着をつけなければならないようだね……ッ!!」

 投擲されたグングニルは不可思議な軌跡を描いて、紫を貫く……かと思われたが空振りに終わった。

「空気を読みなさい。今はもっとシリアスな場面なのです。五百年も生きてて心に響くような言葉の一つも言えないの?」
「お前がシリアスとか言うと全部胡散臭くなるのよ、少しは自覚しろ……ッ!!」

 曲線を描くグングニル。それでも空間を自在に移動できる紫にとってはどうとでもなる攻撃だった。
 案の定、グングニルの切っ先は紫を捉えきれず、魔理沙の近くへと突き刺さる。

「ちょっと、あんまり暴れるとこの空間そのものが壊れるわよ?」
「知るか。……ん? おい魔理沙、なにやってるのさ?」

 銀色の粉塵舞う中、魔理沙は声を張り上げて言った。

「もういいっ!! 帰る……っ!!」 

 返事を待たずに魔理沙が歩き出す。

「ちょっと魔理沙」
「あ、おい、まだ終わってないぞ」 

 紫が魔理沙の側まで寄ってくる。その紫を追いかける形でレミリアも並んだ。

「いいの? 本当に?」
「なにがだ」
「だからあの未来でいいの?」
「いいも悪いも、どうしようもないだろ。あれだけ見せられたら」
「そうじゃなくて、納得できたの?」
「…………」
「あの未来に……魔理沙の望むものなんて無いでしょう?」
「あー……」

 レミリアがここに来て魔理沙の違和感に気付く。

「あるわけないじゃないか……あんな未来に」
「…………」
「好き合ってとか、いつまでも一緒にとか、そんなことまでは望まないよ。だけどさ!! なんの救いもないじゃないか、あの未来には」
「……まあ、その、悪かったわね、魔理沙」
「お前に謝られても気持ち悪いだけだぜ」

 魔理沙が走り出す。追う者はいなかった。










          ※          ※          ※










 振り向いて、二人とも追ってこないことに気付くと走るのをやめて歩き出した。

「……ぐずっ」

 いつのまにか泣いていた。しかし魔理沙は気にすることなく歩き続ける。
 目的地は無い。ただ自分を落ち着かせるためだけの時間稼ぎだった。
 しばらくすると魔理沙は座り込んでしまう。別に歩き疲れたわけではない。なぜかどうしようもなく気力が湧かないのだ。

「そんなに外界がいいのかよぉ…………ずっと一緒にいたじゃないかよぉ…………"いってきます"とか"いってらっしゃい"とか、そんな言葉だけでお別れできるような仲だったのかよぉ!! 違うだろぉ、未来の香霖と私っ!!」

 いつも勝気で、口が達者な魔理沙が情けない声しか漏らせない。それは彼女を知る者が見たら、胸打つ光景だったに違いない。

「…………ぐずんっ」

 仰向けに倒れてしまう。天を仰いでみてもどこまでも真っ暗だった。
 弱りきった魔理沙にとって、そんな暗闇でさえも目を背けたい。首を動かして視線を横へと移した。

「…………あ……」

 それは本当に淡い、涙で滲んだ目で見えたのが不思議なくらいのか細い灯り。

「…………」

 四つん這いになりその灯りへと無言で這う。まるで灯りにすがる虫のように。

「…………」

 手にとっても無言。だがしかし、それは間違いなくあの未来を映す記憶の水晶だった。
 しかし今までに見たもののどれよりも小さい。ビー玉くらいの歪な欠片。
 魔理沙が覗いてみてもなにも見えない。当たり前だ、この状態では見ることができないのだから。





 ──……ッ!! …………どこか遠くで…………指が鳴ったような気がした。





 弾ける欠片。それは水溜りと呼ぶにはあまりにも可愛らしい、まるでコップからこぼれ出たような小さな水溜り。
 魔理沙が息を呑み、恐る恐るそれを覗き込む。



「あっ……」

 

 それは安堵の呟き。
 ほんの一瞬だけ映った未来。それは────















 ────身体を寄せ合い、幸せそうに腕を組む白髪と金髪の────















「どれどれ」
「随分小さいわね。よく見えないじゃない」
「お、お前ら!? あ、あっあっみ、見るな……っ!!」

 魔理沙が二人の腕を引き、その場から離れようと走り出す。

「あ、ちょっとまだ見てないわよ」
「同じく」
「み、みみ見なくていい……っ!!」





 ────なんだ、ちゃんとこんな未来もあるんじゃないか。





 心なしか魔理沙の頬が赤く見えたが、気のせいだと思うことにした二人だった。










          ※          ※          ※










「あ、ああ……おかえりなさいませ、お嬢様」
「咲夜、主の非常事態に寝てたわね?」
「滅相もございません。この十六夜咲夜、そのような不始末は毘沙門天に誓って──」
「まずはよだれを拭け」

 瀟洒の欠片も無かった。

「ねぇ魔理沙、あの水晶にはなにが映ってたの? 結局見れなかったのよ私達」
「えっ? あ、まあ、なんだ、大したことない未来だったよ。はっははっ」
「ふーん。それにしては機嫌がいいじゃない」
「紫、お前ほど年を重ねてもまだ生き急ぐのかい? より良い未来を作るために、私達は今を力いっぱい生きるべきだと思うぜ!?」
「ふん、奇遇ね、私も同じ意見よ。咲夜、生きるために早く夕食を用意しなさい」

 はい──と短く答えて咲夜が消える。外はすっかり薄暗くなっていた。

「咲夜さーん……ありゃ?」
「美鈴、咲夜なら飯炊きに言ったわよ」
「ああ、そうですか。まあお嬢様がいるなら構いませんね」
「なにがよ」
「お客様です。お通ししますね」

 美鈴の後ろから現れた人影は、先ほどまで何度も見ていた件の男だった。
 
「魔理沙、迎えに来たよ」
「……こ、香霖」

 心なしか頬が赤い魔理沙を見て、紫とレミリアは小さく笑った……ような気がした。

「ちょっと魔理沙」

 紫が魔理沙に歩み寄る。嫌な予感がしないでもなかったが、不思議と押しのける気にはならなかった。

「今日はごめんなさいね、疲れたでしょう?」

 そう言って紫の手が魔理沙の腰に触れた。

「──へっ!?」

 途端、魔理沙が尻餅をついた。まるで腰が抜けたように起き上がれずにいる。

「紫、お前なぁ!!」
「あら、大変だわ。さっきまで激しく動いてたからきっと腰に負担がかかってたのね。霖之助さん? 重いでしょうけど負ぶって行ってくださる?」
「えっ? ああ、構わないよ。迎えに来たんだしね」
「わ、私はそんなに重くないって!!……多分」
「というか、紫の能力はなんでもありなのね」

 霖之助が優しく魔理沙を負ぶると、特に会話も無く部屋を出て行った。





「ところでレミリア」
「なんだ、紫」

 お互いに目を合わさないまま、言葉を交わす。

「本当はあったんでしょう?」
「なにが?」
「魔理沙が頬を染めてしまうような……」
「…………」

 肯定を意味する沈黙。

「未来視の最中、お前が出てくる前になにかを見たような気がした。それはほんの一瞬、数秒にも満たない刹那の欠片。もしあの世界にそれがあったのなら、きっとそれは思い出すこともできない、記憶とは程遠い私の無意識の底にあるのかもね」
「言ってあげれば良かったのに」
「…………私は面白いものが好きでね」
「うん?」
「面白くないもんは忘れちゃうのさ。僅かな瞬間とはいえ、あんなん見せられていい迷惑だよ」
「……あっそ」










          ※          ※          ※










 二人が紅魔館を出た頃には完全に夜だった。
 負ぶられている魔理沙はどこかぎこちないが、霖之助のほうは慣れたようにスイスイ進む。

「お、重くないか?」
「そうだね、随分と重くなっ──ぐふっ」

 魔理沙の右足が脇腹を蹴る。

「お前って奴は……」
「ち、違う! ほら、魔理沙を最後に負ぶったのはもっと小っちゃかった頃だろう? それと比べたらって意味だよ」
「……そうか」

 会話が途切れる。魔理沙は霖之助の背中で揺られながら、ぼーっとしていた。
 日が暮れて夜となったが若干蒸し暑い。それでも、魔理沙が霖之助から感じる温もりに嫌な感じはしなかった。

「魔理沙、ごめんよ」
「なんだいきなり」
「だって今朝怒ってたじゃないか」
「あー……そうだったな」

 思い出したように魔理沙が言う。実際今思い出したのだろう、昼間のごたごたが強烈過ぎて忘れていたのだ。

「あのあと紫に話したら、色々言われてね」
「紫が? そうだったのか……それで、なんて言われたんだ?」
「魔理沙」
「な、なんだよ」

 立ち止まる霖之助。改まってなにを言い出すのかと、神妙な面持ちの魔理沙。

「知らなかったんだ、世の中には胸の小さな女性を好む人がいるなんて。それなのに、なんか馬鹿にしたように言ってしまってごめんよ。まあ僕は大きい方が──げふっ」 
「そんなんで謝る気があるのか? ええ!?」
「あ、あるとも!! だからこうして迎えに来たんじゃないか」

 しばらくジタバタと暴れていた魔理沙だったが、疲れたのか飽きたのか静かになる。
 
「なぁ、魔理沙。今のを含めてもう一度謝るから……ごめんよ。これで仲直りしてくれないかな?」
「………………まあ、仕方ない。今回は無罪放免にしてやるぜ」

 優しい夜の風が二人を撫でる。そんな二人の姿はとびきり優しげな光景だった。愛情を感じさせる光景だった。
 もし、何十キロもある荷物を運ばなければいけないからといって、それをいつまでも負ぶっていられるものではない。必ずどこかで降ろしてしまうだろう。
 だからこそ、魔理沙をずっと負ぶっていられる霖之助には少なからず愛情があるのだ。……まあ霖之助の腕力がどれほどかは置いておいて。
 
「……そうだな。今はまだ、喧嘩し合えるくらいの仲でいいか。それで香霖が謝って……たまには私も謝ってやる、今はそんな関係でいいぜ」
「えっ? なにか言ったかい?」
「喧嘩するほど仲がいいんだよな」
「……?」



 ──今は大人しく負ぶられてやるさ。だが、私を負ぶっているその腕をいずれは捕まえて…………ひゃっ!?



「尻を触るなっ!!」
「──ごふっ」




 
初めまして、松木と名乗らせて頂きます。
まずは読んで頂きありがとうございました。

何か書こうと思い立ったのはかなり昔ですが、元来浮気性なもので思うように作業は進みませんでした。
なので、こうして一つの形として書き上げられたことがとても嬉しいです。

最後になりますが、皆様に評価とご指摘を頂いて、これからの作品の糧としようと思いますのでよろしくお願いします。
松木
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コメント



0.4230簡易評価
10.50名前が無い程度の能力削除
登場人物が皆、ちゃんとキャラが立っていて、
良かったです。
物語も派手な展開はなくても、ちゃんと起伏にとんでいて
ダレずに読めました。
次回作も楽しみにしています。
14.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。話の長さやテンポがよく読みやすさを感じました。所々で笑いのポイントもあったしキャラが良いひねくれ者で好ましかったです。
33.80名前が無い程度の能力削除
紫やレミリアの能力が唐突に過剰に表現されているのはねぇ未来視は・・既に原作である程度底が見えてるし
それに世界はループしてしいないと言う香霖堂の最終話の接合性が
でも文章は面白いから別にいいか
36.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。短編のSSらしいよくまとまった話でした。

>────なんだ、ちゃんとこんな未来もあるんじゃないか。

魔理沙がホッとしたのが良く分かるフレーズですね。良いフレーズだ。
レミリアも紫もらしくて、文章は良い意味でテキトーでよかったです。
あと、タイトルが好きですね。
39.100名前が無い程度の能力削除
いいお話でした。
魔理沙の未来に幸あれ。
42.100名前が無い程度の能力削除
読了後に温かい気持ちになれる、素晴らしいSSでした。
この文章表現は文句なしに上手いです。
キャラの能力の幅を広げたのも、まさに創想話という場を活かしたアレンジでした。
47.80コチドリ削除
物語を創作される上で、参考にされているお話、というか作者が、個人的には
透けて見えるのですが、「作者様はその方を好かれているんだろうなぁ」とか
「設定を上手に東方の世界に生かされているなぁ」と思いこそすれ、嫌な感じは
全く受けませんでした。

こういうものを、『リスペクト』と言うのだと私は思います。
48.無評価コチドリ削除
誤字ですよー

>八雲紫、プライバシーを侵すという点ですらレミリアを凌駕する→お話の流れ的には、プライバシーを侵すという点でレミリアすら凌駕する、と表現されたかったのでしょうか。
>なんせ君達が酒をどんどん進めるもんだから→勧める、の方が自然かと。
>魔理沙が勘当したと聞いて→魔理沙が勘当されたと聞いて、かな。
>でも魔理沙は明るいし、すぐ誰とでもすぐ仲良くなれる→どちらかの『すぐ』を取られては如何かと。
>でもこうして鮮明に映し出されたところを考える記憶力は→考えると、又は考えるに、でしょうか。
>「ど、どうしようないのかよ……?」→「ど、どうしようもないのかよ……?」、でしょうね。
54.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしき哉、人生!ってね。
58.100名前が無い程度の能力削除
なんというか、若いっていいなあと思いました。
59.100名前が無い程度の能力削除
>「まずはよだれを拭け」
>瀟洒の欠片も無かった。
コーヒー吹き出して机が大変なことに…w

いい話でした。
60.100名前が無い程度の能力削除
グッド!
101.100名前が無い程度の能力削除
楽しい物語ですね。