Coolier - 新生・東方創想話

花結び

2010/05/09 19:07:41
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生ぬるい風が頬を撫でる。
春も終わり、最近では朝夕でも涼しいという事がない。
ここは山奥で、多少の避暑は出来ているはずなのだけれど。
そろそろチルノの一匹でも攫って来るべきだろうか?

水分を含み、まとわりつくような重たい空気。
その中に、ふと馴染みの無い香りを見つける。
この空気のように肌にまとわりつく、甘ったるい匂い。
紫の香水に似た、忘れがたい香り。
どこから漂ってくるのか、その香を辿ってみる。



香りの出所は庭だった。
そこで女が一人、背中を向けてしゃがんでいる。
香りの元はその女性らしい。
土を掘る音がする。
周りにも何箇所か、掘り返したような跡がある。
じょうろを傍に置いているから、何かの種を植えているのだろう。
私に断りも無く。
不法侵入と土地の不法占有といったところか。
さて、どんな制裁を加えてやろう。
少し様子を見ていると、女が急に立ち上がる。
じょうろを持ち、水を撒いている。
鼻歌まで歌っている。
それらが一段落してから、ようやくこちらを振り向く。

「こんにちわ、霊夢」
「こんにちわ、幽香」

しれっと笑顔で挨拶してくる。
強者は常に笑顔と言うけど、少しは悪びれてもいいだろうに。
それとも、園芸がそんなに楽しかったのか。

幽香の胸元に、一輪の花が挿してある。
ラッパ型の、白くて大きな花。
匂いの元はどうやらこれらしい。

「その花は」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は?」
「百合の花」
「正解。百合の女王・カサブランカよ。いい香りでしょう」
「そうね。少しくどいくらい」

離れていてもその香がはっきりと分かる。
たった一輪なのに、場の空気を劇的に変えてしまう。
私はもう少し穏やかな香りの方が好みだけどね。
幽香の赤い洋服に、白い花が映えている。
私の服にも似合うだろうか?
いや、やめておこう。
あの香りをずっと嗅いでいたら、鼻がおかしくなってしまいそうだ。

「ここにアサガオを植えさせてもらったわ。後で竹格子を持ってくるから、ちゃんと育ててね」
「事後承諾な上に、管理は人任せなのね。なんで私に頼むのよ」
「神社とアサガオはお似合いだからよ」
「そうかしら?」
「それじゃあ、また来るわね。ごきげんよう、また会う日まで」

日傘を差し、石段を下りていく幽香の後姿を見送る。
やりたい事をやって、言いたいことだけ言ってすぐ帰ってしまった。
まだ百合の香りがしつこく漂っている。

朝顔ねえ。
別に育ててやる義理もないんだけど…。
庭の様子を確認する。
思ったよりも広範囲に植えていったようだ。
順調に行けば、夏には朝顔の壁が出来てしまうだろう。
朝顔と神社。
それも良いかもね。
打ち水のついでに水をやろう。
幽香が植えたのだから、きっと綺麗に咲くことだろう。

朝の日課が一つ増えた。


・・・


百合の香りに気が付いて、目が覚める。
見回してみるが、百合の花などどこにもない。
幽香が残り香を撒いていったのだろうか。
惰性で百合の香を追い、庭まで出る。
今度は幽香はいなかった。
変わりに目に入ったのは、土から顔を出した朝顔の芽。
か細いが、ようやく何株か顔を出した。
これから庭先が賑やかになりそうだ。

ふと縁側に目をやると、妙なものが置かれていた。
『アサガオ観察日記』と銘打たれた和綴じのノートと、色鉛筆。
ノートの中身は真っ白。
私に絵日記でも書けってか。
ノートの隣に饅頭が入った箱と、五円玉が置いてある。
……。
物で釣られたようで気に食わないけど、しばらく付き合ってあげてもいいか。

お茶を淹れて、饅頭をつまみながら絵日記に取り組む。
そういえば、こういうことってあんまりやったことがなかったわね。
幽香が何を考えてるのかは分からないけど、こういうのも悪くないのかも。

朝の日課がまた一つ増えた。


・・・


絵日記をつけ始めてしばらく経った。
毎日欠かさずつけ、今ではそれなりの量になっている。
最近では、日々成長する朝顔を見るのが楽しみになっている。
朝顔は竹格子に蔦を巻きつけ、元気に育っている。
案の定、独特な葉を広げて緑の壁を作ってしまった。
花が咲くのはもう少し先かな。


幽香は種を植えたきり姿を見せない。
余分な葉を切ったり肥料を与えたりと、たまに朝顔の世話をしに来ているらしい。
私はその姿を見たことが無いんだけど。
時には百合の香りを残し、お土産を置きに来ることもある。
私が知らない間にこっそり来て、こっそり帰っているらしい。
もしかしたら、香りを残さずにこっそり来てる事もあるかもしれない。
もしかしたら、縁側に置きっぱなしの絵日記を見ているかもしれない。
もしかしたら、これは幽香以外の誰かの仕業かもしれない。
あいつが何を考えているかはよく分からない。
会いに来たら、お茶の一杯くらい淹れてやるのに。


・・・


梅雨に入った。
幾分涼しくなったものの、この湿気は勘弁して欲しい。
いっそ天界か地底にでも逃げ込んでしまおうか。

下駄を履き、傘を差して外へ出る。
朝顔は元気に育っている。
中には花が咲いている気の早いものまである。
雨のお陰で水遣りの手間が省けていい。
曇りがちな空と違い、鮮やかな花の色。
花弁を叩いて水を跳ねさせる。
憂鬱な曇り空も、これで清算できる思いがする。

朝顔の列をひとしきり眺めた後、別の場所へ足を向ける。
不覚にも最近まで気付かなかったのだが、幽香が植えたのはどうやら朝顔だけではなかったらしい。
赤紫の紫陽花を眺める。
雨に濡れ、官能を覚えるような美しさを醸し出している。
下に死体が埋まっていると、花の色が変わると聞いた覚えがある。
あれは青だったか、赤だったか。
確かめるのは止めておこう。
本当に死体が埋まっていたら洒落にならない。
幽香の事だから、首の一つ二つ埋めていてもおかしくは無い。
知らぬが仏とはこのことか。
くわばらくわばら。


神社周辺を歩いてみる。
他にも幽香は夏の花を植えているらしい。
私に気付かれずに、大したものだ。
雨の中、のんびりと神社を一回り。
赤や青や紫、それに白の花が多いだろうか。
向日葵がないのは少し意外だった。
自分のとこで育てて満足してるのだろうか。
どうせなら、食べられる花を植えてくれればいいのに。
ここを植物園にするつもりはないし、徒花なんて何の役にも立たないじゃない。
まあ、綺麗なのは認めるけどね。

幽香も、この花を見に来るのだろう。
私と顔を合わせないようにしてるのが不思議よね。


・・・


梅雨はまだ明けない。
移り気な紫陽花はその色を変え始めている。
朝顔は蕾が膨らみ始め、直に一斉に咲き誇る事だろう。
雨が多く、引き篭もりがちになるこの季節。
庭に咲いた花はいい慰めになっている。
縁側に座り、雨音に耳を傾け、紫陽花の赤や紫を眺める。
朝顔をじっくりと見つめ、緻密な絵を描く事もある。
憂鬱にならず、いい気晴らしとなっている。


幽香は相変わらず姿を見せない。
時折百合の香を残して行くが、その香も長続きはしない。
まめに手入れをしに来ているようだが、いつやっているのかはさっぱりだ。
百合の強い香りも、時折幽かに漂っているだけならば飽きも来ない。
幽香に会いに行きたい気もするけど、この雨では出かける気にもならない。
そのうち顔を見せに来るのを期待するか。


・・・


百合の香りで目が覚める。
今日は一段と強く香が残っている。
長いこといたのか、出て行ってから間もないのか。
朝顔の様子を見るため、布団を抜け出して庭へと向かう。
縁側には先客が一名。
百合の香が強くなる。

「おはよう、霊夢」
「おはよう、幽香」

相変わらずの笑顔。そして胸元に挿した一輪の百合。
いつもは姿を見せないのに、今日はどういうつもりなのか。

「絵日記、ちゃんと毎日つけているようね」

観察日記の中身を見ている。
日付と絵、それに一言書き添えただけの簡単なもの。
他にすることもないので、絵には多少時間をかけてはいるけれど。

「ただの暇つぶしよ」
「そんな良い子のために、今日は紅茶とクッキーを持ってきました。一緒に食べましょう」
「着替えてくるから、紅茶を淹れておいて」
「はーい」




雨に煙る庭を眺めながらのティータイム。
何でわざわざ紅茶を持ってきたのか、すぐに合点がいった。
百合の香と緑茶では、不調和もいいとこだ。
クッキーを齧る。
甘く、ほんのりと温かい。
この天気では、すぐにしけってしまうだろう。
量もそんなに多くないし、さっさと全部食べてしまうとしよう。


さくさく。
もぐもぐ。

「食い意地張ってるのね。最近では食べる物にも困ってるのかしら?」
「しけったら美味しくないでしょ。一番美味しいうちに食べてあげてるのよ」
「そう、それは嬉しいわね」
「そうよ」


クッキーを食べ終え、紅茶を飲んで一呼吸。
もう百合の香りも気にならなくなってしまった。

「お粗末様でした」
「ご馳走様。これって幽香が作ったの?」
「どうしてそう思うの?」
「何となく。作りたてみたいで温かかったし」
「気に入ったのなら、また持ってくるわ」
「よろしく」
「はいはい」



雨。
雨音のせいで、余計に静寂が身に沁みる。
幽香はずっと庭を見ている。
そして思い出したように、『絵日記』を開いては微笑んでいる。
あんまりじっくり見るな、恥ずかしい。

「思ったより気にかけてくれてるようで安心したわ」
「朝顔のこと?」
「ええ」
「何でここで育てようと思ったの?」
「この場所が好きなのよ。風情があって、適度に寂れてて、花見にはちょうどいいでしょ」
「どうせ寂れてますよ、ここは」
「それに、あなたが好きだから」
「……は?」
「菓子折一つで簡単に懐柔できるんですもの。ペットみたいなものよね」
「さいですか」
「まあ、一番納得できる理由を適当に考えてくれていいわ。
 私はただ、綺麗な花が見たかっただけだもの」
「そうね。理由なんてそんなものよね」




「梅雨が明けて、アサガオが咲く頃にはまた来るわ。それまでごきげんよう」

雨の中、ピンク色の傘を差してふらふらと飛んで行く。
太陽の畑に帰るのだろう。
向日葵は今どうなっているか、聞いておけばよかったかな。



・・・


翌日。
部屋に百合の香が漂い、例によって縁側に手土産が置いてあった。
幽香の仕業に違いない。
しばらく来ないようなことを言っておいて、昨日の今日でやってくるとは。
そろそろ本気で空き巣用の結界でも張るべきだろうか。

空を見ると、久方ぶりの青空と白い雲。
庭では露に濡れた朝顔が一斉に花開いている。
幽香はこれを見に来たのだ。



最後の日記をつけるべく、アサガオ観察日記を開く。
今日の分のページに、既に絵が描かれていた。
赤と紫の色鮮やかな朝顔の絵と、押し花が作ってある。
そして一言、『お疲れ様』と書かれていた。

何だか悔しかったので、文を呼んで朝顔の写真を撮ってもらう事にした。
その写真を貼り、横に種の絵を描いて『また来年』と書き添える。
種を採って和紙で包み、絵日記と一緒にしまう。
今年の宿題はこれでお終い。
花の世話はほとんど幽香がやって、私はたまの水遣りと花を見ているだけだった。
もしかしたら、私に花を見て欲しいだけだったのかもしれない。
幽香の意図を考えるだけ時間の無駄かな。
とりあえず、綺麗な花が見れて満足だ。



昼になり、朝顔も萎んでしまった。
百合の香も失せてしまった。
幽香はこれからも神社に来るのだろうか?
……。
直接聞きに行けばいいか。
ついでにカサブランカも貰ってこよう。
向日葵が咲いているなら、しばらく眺めてこよう。
秋の花を教えてもらうのもいいかもしれない。
よし。
暑くなる前に、気紛れな花の精を捕まえにいくとしようか。
花咲かゆうかりん。
二人は即かず離れずの距離で全然違う方を見てるような関係が良いです。


以下蛇足
花言葉豆知識
『朝顔』:儚い恋、私はあなたに結びつく
『紫陽花』:浮気、あなたは冷たい
『白百合』:純潔
らしいですよ?

百合と聞いて百合を連想する輩は幽香様に踏まれてしまえばいいんだZE☆
みをしん
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コメント



0.3240簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと踏まれてくる。
2.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと踏まれてくる。
梅雨はいいね、堂々と籠もれる
6.90コチドリ削除
『良き酒は水に似る』と言いますが、この二人の醸し出す雰囲気は
まさにそれだと私は感じました。
……下戸ですけど。

甘口や辛口も、もちろん好きなのですが、偶にはこのような銘酒で
気分良く酔いたいですよね。
……下戸ですけど。
7.100v削除
花は良いですね……本当に心があらわれます。
最後にまたほっとするようなお話でした。
8.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
読みながら星新一の「繁栄の花」を連想した俺も幽香様に踏まれてしまえ

紫陽花豆知識
アジサイは毒があるから、食べると嘔吐、痙攣、麻痺などを起こして死ぬ場合がある
らしいですよ?
11.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと踏まれてきます。
12.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気だなあ
16.100名前が無い程度の能力削除
しっとり~
17.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと踏まれてくる。
観察日記なんてしたこと無かったなぁ
19.100名前が無い程度の能力削除
心穏やかになりました。
霊夢と幽香の距離感が凄くいい。
20.90名前が無い程度の能力削除
ほど良い空気感。
観察日記なんか小学生以来やってませんな。
26.100名前が無い程度の能力削除
ほのかに甘くてさっぱりした良質な幽香分を摂取できました。
これで明日からも仕事頑張れる
28.90名前が無い程度の能力削除
幽霊は漂うように香る、それこそ百合の花のよう。

これはいいですね
39.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと踏まれてくる。
香りを残すというのが良いなあ。
44.100名前が無い程度の能力削除
いやされます
46.100賢者になる程度の能力削除
さて踏みにじられてこよう。

なんとも穏やかな時間。
落ち着いた気持ちになれました、ありがとう
47.100名前が無い程度の能力削除
付かず離れず、これがいい。
雰囲気と香りを楽しませていただきました。
49.100名前が無い程度の能力削除
きっと俺は踏まれる為に生まれたんだな…
55.100名前が無い程度の能力削除
私は花になりたい。
56.100名前が無い程度の能力削除
あとがきを見るまでそんなこと考えられない程良かったです
60.100名前が無い程度の能力削除
此処のところ鬱屈としてたけど読んだら元気が出た。
素敵です、幽香お姉さま。
65.100名前が無い程度の能力削除
あら素敵、初夏の空気がしますね。
さて、私もちょっくら踏まれてきますか。
67.100名前が無い程度の能力削除
踏まれてもいいさ、叫んでやる。
ゆうかれいむは、俺のジャスティス!!
70.100名前が無い程度の能力削除
例え踏まれたとしても我々の業界では御褒美です。
まっすぐな霊夢とお姉さんな幽香が素晴らしい作品でした。
76.100名前が無い程度の能力削除
\すげえ!/
89.90名前が無い程度の能力削除
>二人は即かず離れずの距離で全然違う方を見てるような関係が良いです。
全くその通り。
一緒にいるけどそれぞれ自分の目線を持ってるって素敵だよなぁ。
91.100名前が無い程度の能力削除
百合の香りがこちらまで漂ってきたw
アジサイの描写では花言葉が「移り気」なだけに、別の話で梅雨時にミディスンを囲うものがあったので、ゆうかりんはそっちに行っちゃったのかと思った。