境内に出ても、冬の妖精、妖怪たちの姿は見えなくなった。
冬に散々暴れまわったため、疲れたのだろう。彼らは長い眠りに落ち、次に姿を見るのは季節がひとつ巡ってからになる。
それをさみしいことかと問われれば、答えは否だ。
季節は移ろうもの。その流れに住む妖怪達もまた、同じだ。自然の流れを止める事はできない。ならば待てばいい。望もうと望まぬと、必ず巡って来るのだから。
季節は春。
霊夢は縁側に腰掛けて、ぼうっとしていた。
「あー、あったかいなぁ」
ひとりごちる。
彼女は縁側という場所を割と好んではいたが、流石に冬まで居座ろうと思うほどではない。
縁側に出るには、久しぶりだった。
「ぬくぬくと、なにもせず。することもないし……平和ってことよね」
自堕落ともいうが。
温かい風。柔らかい日差し。その中で目を閉じれば、結果は見えていた。
逆らう必要も無い。霊夢は身体を横たえ、目を閉じた。まぶた越しの日差しは少し眩しいが、気にするほどでもない。
やがて思うことも、考えることも無くなり……
(居る)
はっとして、ぱちりと目を開ける。
霊夢は起き上がり、辺りを見回した。
気配……それとも勘か。どちらも曖昧なものならば、どうでもいいだろう。とにかく、それらが告げている。
居ると。
(めんどくさいなぁ。ほっといてもいいかしら。でもそうすると後々めんどくさいし……)
霊夢は苦味を飲み込むような面持ちをした。
とにかくもう一度見回す。境内、縁側、居間。姿は何処にも見えないが、やはり判るのだ。
小さく嘆息をして、口に出す。
「萃香、居るんでしょう? 出てきなさい」
まるで母親が、いたずらをした子供を呼び出すような口調だ。
とにかく、呼ばれた小鬼は出てきた。霧散した粒子が集まり、境内にて形になる。
萃香は項垂れていた。目尻には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。
「一週間ぶりぐらいね」
「霊夢……」
声もまた、震えていた。
その姿だけを見れば、本当に子供のようだった。実際、見た目は子供なのだから別段間違いではないだろうが。
霊夢はため息を堪えて、縁側から腰を上げた。
「まったく、正直なのは美徳だけど、少しは歯に絹を着せなさい」
宥めるようにいえば、萃香は俯いたまま手持ち無沙汰に指を弄った。
「だって、鬼は嘘を吐けないんだもん。しかたないじゃないか」
吐けないと言うわけではないだろうが。
嘘を嫌うのは確かだ。口に出すことを嫌うのならば、同じことなのかもしれない。
「そうなのかもしれないけどね、思ったことをすぐ口に出すのは止めなさい」
「なんとか堪えるんだけど、我慢できないんだよぉ」
すんすんと鼻を鳴らしている。
(このやり取りも、何度目かしらね……)
ため息混じりに思う。
とりあえず反省はしているらしい。改善は見られないが。
萃香がちらちらとこちらの顔色を窺いながら、恐る恐る聞いてくる。
「お、怒ってる?」
「怒っちゃいないわよ。あんたのそういうところは、嫌いじゃないもの」
萃香のいいところは、開けっぴろげなところだ。
大妖怪に見られがちな、私全部判ってますよ的な、言葉の含みがない。あれは聞いていてイライラする。また竹を割ったような性格でもあるので、陰湿な部分も無い。
そういうところは、付き合っていて気持ちよくさえある。ただちょっと開けっぴろげ過ぎなのは問題なのだが。
「本当に?」
「ええ、本当よ。ただちょっと自粛しなさ」
「うわーん! 霊夢ーっ!」
台詞の途中で、突然がばっと顔を上げた萃香が、涙と共に突っ込んでくる。ボディに来たが、受け止める。
背中をあやすように撫でれば、小鬼はぐじぐじと涙を流した。
「わーん、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「ああほら、泣かないの」
これが泣く妖怪の子も黙る伊吹萃香と言われて、誰が信じるだろうか。
子供を宥める心地でぽんぽんと背中を叩けば、小鬼はわんわんと声を上げた。
「もう二度と霊夢を攫ったりなんかしません! 攫ったりなんかしませんって言いたいけど、やっぱり攫いたいよぉ! 首輪つけて地底に連れて帰りたいよぉ……!」
「おい待て」
思わず止めるが。
鬼は嘘を嫌う。そういうことだった。
萃香は顔をぐりぐりと胸に押し付けてくる。サラシ越しに感じる冷たさは、涙だろう。
「許して霊夢。しばらくは自重するから許してよぉ! すんすん……いい匂い」
霊夢は拳骨を落とした。
すいかでいず。
境内を掃除するのは苦にならない。
巫女の仕事とは境内を掃除することであり、ならばこの仕事は天職だろうと霊夢は思う。実際は掃除だけではないが。
もうすぐ桜のつぼみが開くだろう。そうなれば境内は桜色に染まることになる。その分掃除の手間はかかるだろうが、霊夢としては別段構わなかった。散りたきゃ散ればいい。桜とはそういうものだ。
などと、少し先の未来に思いを馳せていると、
「霊夢ー、遊ぼうよー」
少し幼さを感じさせるが、よく通る声が響いた。
振り返れば、笑みを浮かべる居候の小鬼の姿を見つける。
霊夢は自分の行いを見せるように、箒を強調した。
「今掃除中よ」
「じゃあ、私が萃めて終わらせてあげるよ」
萃香が提案してくる。
彼女の能力を持ってすれば、掃除など一瞬で終わるだろう。霊夢もよく萃香に掃除を手伝ってもらっていたが、
「今日はいいわ。なんだか箒を握っていたい気分なのよ」
かぶりを振って、霊夢。
萃香は素直に頷いた。霊夢が少し変わっているのは、今更だった。
「わかった。じゃあ縁側で待ってる」
「ええ。適当にお茶でも飲んでなさい。もちろん自分で淹れるのよ」
「はーい」
などと快活な返事をして、ふらふらと千鳥足で縁側へと駆け寄っていく。
(また酔っ払ってる……)
後姿を目で追いながら、思う。
まあ、あの小鬼が酔っ払っているのはいつものことだが。
気にせず、掃除をすることにした。
「見ていて思ったんだけど……。やっぱりさぁ、よくないよ。そういうの」
適当に掃除を切り上げて縁側に腰掛ければ、萃香はそう言った。
妙に深刻な表情で、こちらに咎めるような眼差しを向けてくる。
別段非難されるような覚えの無い霊夢は、怪訝に聞き返した。
「よくないって、何がよ」
「それ」
巫女服を指差して、萃香。
霊夢は服をつまんで、
「これ? どうして」
「だって、丸見えじゃないか」
「丸見えって」
「脇とか」
まあ、その手の話はよく言われてきたことで。
霊夢としては、決められた答えを返すほか無い。
「またその話? わたしに言われてもね。それはこれを作った奴、もしくは設計した奴に言ってもらわないと」
「あれ、好きで着てるんじゃないの?」
「誰が好んでこんな衣装を着ますか。おかげで妙なことしか言われないわ。まあ、もう慣れたからどうでもいいんだけどね」
肩を竦め、かぶりを振るうが。
「いや、駄目だよ」
真顔で、キッパリと否定される。
見やれば、萃香は真剣な表情で穴が開くほど脇を凝視していた。
そういう視線には馴れてはいたが、流石にここまで堂々と見られるといかな霊夢とて恥かしい気持ちはある。
「ちょっと、そんなに見ないでよ」
若干頬を染め、視線から逃れるように身体を寄せる巫女。
その姿を見て、萃香は興奮したように捲くし立ててきた。
「霊夢は危機感が足りないよ。今霊夢の掃除中に、チラリズムの回数を数えていたけどね、三十八回だよ、三十八回。これは凄い数字だよ」
「何数えてんのよ」
「脇、よこちち、サラシ、鎖骨……それだけの数を霊夢は公衆の面前に見せていたんだ」
「えーと……」
えらく真顔で言われ、霊夢は何を言うべきか判らなかった。唸るしかない。
というか縁側から結構離れた場所を掃除していたのに、なんで見えてるんだ。どんだけ眼を凝らしてるんだ。
そんな霊夢に構わず、萃香は鼻息荒く続けてくる。
「駄目だ駄目だ! 霊夢、やっぱりそれはいけないよ。そんな破廉恥な服装は駄目だ! いいけど駄目だ! 幻想郷は平和かもしれないけどね、だからってそんな破廉恥巫女な服装をしていいほど安全じゃないんだ!」
「いや、わたしずっとこの服で過ごしてるけどね」
淡々と言うが。
萃香は聞いちゃいないようだった。大げさに手振り身振りを交え、
「霊夢は判っていない。どこぞの大妖怪らはおはようからおやすみまで、朝昼晩虎視眈々とチラリズムを狙ってるんだよ! もっと危機感を持たないと!」
「危機感なら今感じているところよ」
「だから私は心を鬼にして! 鬼だけどもっと鬼にして! 霊夢に啓蒙の光りを授けるために! あえて鬼柱となり、汚れ役を引き受けようぞ!」
「はあ……」
気の抜けた返事をする霊夢。ついていけない。そんな表情だ。
ひとりヒートアップした萃香はどろんとして、小鬼の群れとなった。高らかに宣言をしてくる。
「いざ往かん!」
「え、ちょっと? うひゃあっ!」
小鬼が、巫女服のあらゆる隙間から入り込んでくる。
霊夢は拒んだが、如何せん数が多い。あっという間に入られてしまう。
「ほら霊夢! そんな服装してるから私の侵入を許すんだ! 破廉恥巫女め! 反省しなさい!」
「あはは! ちょっとくすぐったいでしょ! や、やめ……てかちくちく痛い! 角! とっとと出なさい!」
「ここは桃源郷じゃ! 天界の桃はここにあった! おおう有頂天だーっ!」
「破廉恥はお前だ!」
霊夢は台所に立っていた。
袖をまくり、とんとんとリズムよく包丁を動かす。その音を聞けば、どれだけ手馴れているかは知れようものだ。
霊夢の後ろには萃香の姿があった。腰を下ろして、両手で頬杖を付き巫女の後姿を眺めている。
「えへへ」
にやにやと笑みを浮かべながら、萃香。
その表情はとろけてしまいそうなほどに緩んでいる。鬼の威厳もあったもんじゃない。
「いいねぇ。なんか新婚さんみたいで。良いお嫁さんを貰って、私は幸せだなぁ」
「馬鹿なこと言ってないで、手伝ってよ」
霊夢の返事はそっけないが、それはいつものことだった。
てきぱきと動く霊夢を見ながら、萃香は緩みきった返事を返した。
「いや、今私は忙しいんだ」
「嘘吐きなさない」
「嘘なもんか! 私は霊夢の揺れるお尻を眺める一心で、とてもじゃないが目が離せない!」
ひょこひょこと動く形の良いお尻を眺めながら、萃香。
霊夢はじと目で後ろを見やったが、小鬼はまるで動じる様子は無い。それどころか、その視線さえも楽しんでいる様子だった。
まあ、この鬼のセクハラ発言は馴れたことではあるが。
「そんなこと言ってると、またご飯抜きにするわよ」
「それは困る! 霊夢の愛妻料理が食べられないなんて、あまりにも酷じゃないか!」
「なにが愛妻か。それなら手伝え」
ばっさりと切って捨てる。
萃香は下あごを撫でつけながら、考えるように言葉を捜していたが、
「そうだなぁ。それじゃあ、手伝って、あ・な・た、って言ってくれたら手伝ってあげようかな。もちろん、あ・な・た、の部分は猫なで声で、ましてウィンクなんかもつけてくれると、萃香ちゃん張り切っちゃうなー」
うへへ、と馬鹿なことを抜かす小鬼。
霊夢は手馴れた手付きで傍らに置いておいたマスを掴み、
「痛い痛い! 豆投げないで!」
豆を投げつけた。
朝昼晩チラリズムを見せられ、揺れるお尻を見せ付けられ、萃香の理性は極限に達しつつあった。
だが、日夜霊夢に破廉恥な服装を止めさせようと、自らが鬼柱となり神経をすり減らしつつも、彼女は耐えていた。伊吹萃香は鬼である。極限に達しながらも、未だ踏みとどまっていられるのは、その矜持があってからこそだ。
しかし世の中には限界というものがある。風船が弾けるのと同じように、何処かで溜まった空気を抜かなければ、それが訪れるのは必然と言うものだ。
そして今――
「すやすや」
夜。言葉通り、すやすやと寝息を立てる霊夢を目撃した萃香は、己の限界を自覚した。
思い返せば、今回はよく耐えたほうだった。並の妖怪ならば一日と持たず巫女の色香に惑わされ、食虫植物に寄る昆虫のような運命を迎えていたに違いない。
「霊夢……」
枕元で、つぶやく。
口の中がカラカラで、上手くツバが飲み込めない。
巫女は気持ちよさそうに寝ていた。しなやかに身体を横たえ、あどけない寝顔を晒している。結ばれていた髪は解かれ、白一色の衣服が、彼女の身体の起伏を表している。少し熱いのだろうか、布団と衣服がはだけ、チラリズムを見せていた。
(うおおおおおおおっ!)
萃香は吼えた。月に。
また今日が満月なのがいけなかった。眠る巫女を前にして、萃香を繋ぎとめていた理性は一瞬で吹っ飛んでしまった。
今宵ここに佇むのは、一匹の古き鬼である。
(霊夢……! あれほどチラリズムは駄目だと言ったのに……っ! 目に良くないから、駄目だと言ったのに……っ!)
萃香はわなわなと身体を震わせた。
このような行い、断じて許せぬ。人間め、寝て尚、我が言伝を破ると言うのか。許せぬ、許せぬぞ!
萃香は激昂した。その憤怒たるや、巨岩をも砕こう。
「いくら私の忍耐とて、限りがあるよ……」
ほの暗くつぶやきながら、萃香の両手には鎖が握られていた。
じゃらじゃらと音を立てる鎖は月明かりに映え、危うげな光を発している。鎖の役割は、繋ぎ止めること。つまりは、
「もう許さないぞ、霊夢! 攫ってやる! 攫ってやるぞー!」
ぎらぎらと妖怪の灯火を眼に宿しながら、萃香は霊夢に馬乗りになった。
流石の霊夢も、これには眼を覚ました。
「わひゃあっ! なになに、なんなの!?」
突然の出来事に、霊夢は目を白黒させていたが。
構わず、萃香は断罪の口調で正論を突きつけた。
「妖怪をたぶらかす悪い巫女め! そうやって、一体いままで幾人の罪無き妖怪をその脇牙にかけてきた!! この伊吹の鬼が、すべての虐げられし妖怪に取って代わり天誅を下してやろうぞ!」
「は? え? ええ?」
事態が飲み込めないのだろう。霊夢はしばらく戸惑っているようだったが。
鎖を持ち、馬乗りなる小鬼を認めて、声を張り上げた。
「す、萃香? あ、あんたまた馬鹿なことして……!」
「うるさいうるさい! 今度こそ攫ってやるんだっ! 私のものにしてやるんだーっ!」
「ああもう、出て行けーっ!」
純白の光が闇夜を照らし、理性を失った鬼が境内に突き刺さった。
はじめに戻る。
だが可愛いから許す!
そして、己の欲望に正直すぎるその姿勢、しかし結局寸止めで終わるその生き様、
まさに、少年誌の助平主人公免許皆伝を授けるに相応しい器よ!!
ゆかりん(´;ω;`)
まあ霊夢の腋チラ臍チラを見せられて我慢できる妖怪なんていないですよね
ゆえにこの萃香は白
ちょっとだけイケナイ妄想してしまった
ほかの大妖怪の反応も見てみたいなw
だって、目の前で腋チラと臍チラされたら攫うよ普通。
いつもすいかでいず
あ、いや、下着のことじゃなくて。
そうであっても、なくても面白い話をありがとう
凄い良かったです
萃香暴走しすぎwwww
夜の月・・・月夜・・・腋
そう、つまり萃香もまた腋巫女の被害者なのだ
サラシの有無を聞こうか