Coolier - 新生・東方創想話

さとりが地上に慣れた後

2010/05/01 03:52:20
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※この話は作品集100の『さとりが地上に慣れるまで』の続きです。
 先にそちらの方を読んでおく事をお奨めします。






















さとり妖怪、再び地上に出没す。


そんな見出しで始まるニュースは、瞬く間に地底中に広まった。
地底へと住処を移した妖怪達の中でも、特に異質で関わり難い能力を持つさとり妖怪。
ある者は自らの種族を否定してしまう程、他人との関わり合いを避けていた、あのさとり妖怪が、と。
そのさとりですら心惹かれる地上とは一体どの様な楽園なのか、僅かな記憶と伝聞と憶測が飛び交い、地底都市は異様なまでの熱気に包まれた。



橋姫も嫉妬疲れするほど地底都市から騒ぎが絶えなくても、いつもと変わらない所も有る。
この騒ぎの元である地霊殿は、その一つ。

「随分と大仰に書いてくれたわね」
「はい。 これで地上と地下の行き来も大分やり易くなりますから」

そのニュースの中心である私、古明地さとりは、我が家とも言える地霊殿の一室にてお気に入りの柔らかい椅子に腰掛けて、渡された紙を手に何度も溜息を吐いていた。
一面にはでかでかと掲載された一枚の写真、博麗神社で私と霊夢がのんびりお茶を啜っている姿が写っている。
そしてその周りは、全てその写真についての記憶と伝聞、憶測が書き連ねられている。
文々。新聞の号外は、そのたった一つのニュースの為に、割と貴重で無い紙を丸々一枚分使い果たしていた。

「この為に、わざわざ地底へ来たの?」
「はい。 私がちょっと怖い想いをするのと、さとりさんに少し我慢して貰えられれば、地上と地下の交流は増えて、地底にも活気が戻る。
地底の妖怪と縁の有る地上の者も気兼ねなく会え、人妖の選択肢が幅広く増える。
正に誰も損をしない、画期的なアイデアだとは思いませんか!?」

お客様用の椅子に座って筆を握り締めて力説する天狗の記者、名前は射命丸文。 彼女は唯一地底との交流を持つ鴉天狗だ。
塒である妖怪の山だけに留まらない彼女の行動力が遂に実を結んだらしく、地底のネタを殆ど独り占めという、途轍もないリターンを手に入れる事に成功したと握り拳を作って語っていた。
それは、記者として取材対象の前では口に出してはいけないのだと思うのだけれど。

「……一つ抜けていますよ。 『地底の特ダネを独り占め』って」
「あやや、やはりバレてしまいますか」
「私の能力を忘れた訳ではないでしょう。 どんな隠し事をしたって無駄ですよ」

むしろバレる事を前提でそこを省いたのかもしれない。
冷静に、かつ威厳を含ませて、地霊殿の主として私は答える。

「地底の益になる事なら受けると思いますが、まずは私に了承を得るのが先ですよね?」

勿論、写真は無断使用。
しかし文とて負けてはいない様で、我に秘策あり、と考えているみたいだけど、そう簡単に頷く私ではない。

「ええ。 ですが、この新聞は早ければ早いほど、貴女にも十二分に得が有るのではないでしょうか?」

その一言だけ伝えられて、本題を切り出さずに文は言葉を止めてしまう。
私にとっての得とは何なのか、噤んだ口を抉じ開けようと心を覗き――その秘策に気付いてしまった。

「え……あ……う……!!」

顔が、もの凄く熱い。
秘策を発動していた文に視たのは、縁側でお茶を嗜む博麗の巫女の姿。
ただそれだけなのに、その紅白を見ただけでもう、私の意識が釘付けになってしまったかの様。

……どうして、この鴉天狗はその事を知っているの?
相手は一介の新聞記者、いくら一度会った事が有るとはいえ、それだけで知り得る筈は無いのに。

「どうやら図星だったみたいですね」
「な……なんで……」
「私の知り合いに勘の鋭い方が居ますので」

そこで思い出した。私に心を気付かせた、あのもう一人の巫女の事、そしてその隣にこの鴉天狗が居た事を。
あの巫女が文に話した、としか考えられない。

「わ、私は……その……ち、違うんです!」

咄嗟に出てしまった言葉は、その言葉に自分で裏付けを与えてしまった。
事実は記者の手の中、本人の確認も取れた今、記事にするなら申し分は無い。
結果、しどろもどろになってしまった私を、文はにやにやしながら眺めている。

「そんなに興奮しないでください、この事を記事にする気は有りませんから」
「信じられません! というか興奮なんてしてませんっ!!」
「貴女が信じないでどうするのですか」
「……うぅ」

文の言葉に嘘偽りは無い、それは何よりも私の眼が証明している。
だけど無断で号外を発行した鴉天狗の事、そう簡単に信用してはいけないと、何となく感じていた。 自分自身の心を騙す詐欺師も居るのだから。

「私だって馬に蹴られたく有りませんし、ネタさえ貰えれば邪魔は一切しません、ですから――」
「~~~~~~!」

文は畏まって話を続けるが、文の心は今も巫女の姿を映し出している。
言葉の裏を読みたい、だけど心を読めば読むほど私が追い詰められていく。

いや、私は。

「――なので、私としては地霊殿と――――」
「…………」

気が付けば、邪魔な目を閉じていた。
本来の眼で見る鴉天狗を視界から消して、第三の眼で視る巫女の姿に、見蕩れていた。
暢気な仕草も、落ち着いた表情も、全部私の知っている霊夢の姿と同じ。
それだけに、私の中で何かが込み上げて来る。


そして、巫女が私の方を向いて、突然大きなハテナマークに変身して……。

「さとりさん?」
「は、はいっ!?」

その衝撃で、ようやく第一と第二の眼が開いてくれた。
私を見つめていた巫女は鴉天狗へと姿を変えて、それに合わせて私の中の気持ちの昂りが急激に冷めていくのが分かる。
我が事ながら、本当に分かり易くなってしまった。 とても滑稽で、馬鹿らしくて、幸せになれる。

「それで、この件は了承してくださいますか?」
「あっ、は、はい」
「ありがとうございます。 それでは、今後はお互いに協力を惜しまない様にしましょう」

……殆ど聞いていなかった、明らかに私の落ち度。
でも、地底に悪意を向けている訳ではないのなら、協力をするに越した事は無い。
名残惜しくも眼に残った巫女の姿に見ないフリをして、目の前の話に意識を傾ける。


「明日、地上では雨が降ります。 恐らく博麗神社には誰も来ませんよ」


――心が、跳ね上がったと思った。

心を介さないで直接言葉にするなんて、不意打ちも良い所なんじゃないか。
暴れ出す気持ちを無理矢理自制して、天狗の心を暴いてみる。 だけど、本人の意思は『協力したい』という一つだけ。
つまり、この記者は私の事を……。

「……もしも記事にしたら、金輪際地底への出入りを禁じますよ」

話を切り出した者が胡散臭いだけに、こちらも相応の警戒をもって答える。
真面目に答えているつもりなのに、記者は相変わらず笑顔のままだ。 

私の言葉への返事は無く、それではの一言で立ち上がり、天狗は取材道具を手に踵を返す。
しかし、ああそういえば、という心と一緒に私の方に振り向いて、

「今日のさとりさん、恐ろしいさとり妖怪なんかじゃなくて、ただの可愛らしい女の子でしたよ」

それだけを言い、地上へと飛び立っていってしまった。


「……」

鴉天狗に情報と弱みの自由を握らせてしまう、言い知れない不安が自責と後悔になって私の心に押し迫る。
ただ、それ以上に湧き上がるのは、高揚感と幸福感。
今にも膨れ切って爆発してしまいそうな想いを、息を荒げて押さえ込まなくちゃ、いけない。

「私は……」

去り際に残していった文の言葉が、私の心に火を点けたからだ。
ずっと燻ったままにしておこうと決めていた、私の恋心に。






不完全燃焼、なんて生易しいものじゃない。
すぐ近く、隣り合わせに有るはずなのに、決して手に入れる事の出来ないもどかしさや悔しさに、とても似ている。
それも、心の底から燃え上がる心地良さを経験してしまった、その後で。
その心地良さは毒の様に私の中を蝕み苦しめるだけじゃなく、幸せも暖かささえも、吸い取っていく。

地霊殿に戻ってからの毎日は、その事を強く身体や心に刻み付けていた。
以前の私なら何も思わず日常を過ごせたのだけど、地上の眩し過ぎる色を覚えてから、少しずつ地底の生活に疑問を抱き始めてきていた。
それこそ、地底での、地霊殿の主としての生活に支障をきたしかねないほどに。

だから、私はその毒を原因ごと身体から消し去ってしまう事にした。
地上の事を忘れて、巫女の事を忘れて、元の私に戻ってしまえたら気にする事は何も無くなると、そう考えて。
そうすればもう一度、お燐やお空の主で居られるから。


(……全部、あの鴉天狗の所為よ)


なのに今、私は地上へ向かう道を、一人進んでいた。

鴉天狗の取材を受けた次の日、つまり今、博麗神社には住人一人しか居ないという。
そんな信憑性の無い情報でも、熱に浮かされた今の私にとっては、確信を持てる情報と大差は無い。
きっかけ一つ有りさえすれば、頭の中では迷っていても、心が我慢してくれないから。

全ての原因は、博麗霊夢を思い出させたあの鴉天狗。 博麗神社に行けるとタレこんだ、あの鴉天狗。
そう信じて、私は地上へ向かう。
博麗霊夢に、会いたいが為に。





「あら。 いらっしゃい、さとり」

懐かしい言葉と一緒に、霊夢は私を招き入れてくれた。
洞窟から出て来た時に、服が少し雨に濡れてしまっていたけど、霊夢に気にする素振りは無い。
ただのんびりと縁側に敷いた座布団の上で、座してお茶を飲み降り続ける雨を眺めている、自然の様な姿。
そんな『雨空』という景色の心を視て、少しだけ安心して霊夢の隣に並んで座る。

差し出されたお茶を啜り、じっと霊夢の心に耳を傾ける。
何か会話の糸口を見つけてくれないものかと、ささやかに期待して。

「…………」

何しに来たの、と霊夢の心が私の方に向く。
でも、私には特に理由なんてものは考えてなかった。 ただ霊夢に会いたいと、思っただけで。
そんな事を言うのも恥ずかしくて、ちょっと顔を伏せて顔色を窺わせないようにした。

「ふーん?」

湯飲みを置いて霊夢が呟く。 その心に何か怪しげな陰りが見えた気がした。
……霊夢には、もうあたりが付いているのかもしれない。
時々、霊夢こそさとりではないのかと思う時も有るくらい、霊夢の勘は当たる。

「やっぱりさとりって、顔に出易いのよね」

――霊夢が言うには、私の方に原因が有るらしいけど。

「今日だって、久しぶりに会うのに用件の一つも言わないで、ずっと黙っているじゃない」

霊夢の言葉が、真っ直ぐに私に向けられて、私はより強く口を噤む。

用件は、有る。 とても大切な、伝わっているのに伝わっていない言葉を、伝える事。
伝える事そのものへの抵抗も無い。 どうせ、もうバレてしまっているのだから、恥ずかしがった所で笑われるのは予想が付く。

だけど、伝えた所で状況が悪くなるだけだというのも、分かっていた。

「……いえ、気にしないでください」

私には、口を噤む事しか出来ない。
何も言わず何も伝えず、今此処に居られる幸せを受け入れて満足出来るなら、それが一番。
だから、伝える必用は無い。

「気にするわよ」

ふらつく私の気持ちを、支えてくれる暖かさが、身体に伝わる。
霊夢が、私の身体を後ろからそっと抱きしめて、耳元で優しく囁いている。

「そんな泣き顔見せられたら、気にするなって方が無理な話ね」

そう指摘されて、熱くなっていた頬を一筋伝うものが有る事に、気が付いた。
何故とは考えるまでもない。 私の心が感情の昂りに耐えかねて、泣いてしまっているだけ。
熱いものが身体から頭に上ってきて眼から流れ出る。 霊夢の優しさを背中に受けて、溢れる感情は止まる事無く私の顔を濡らす。

この涙が嬉しさのあまりの涙なら、どんなに幸せな気持ちになっていたのだろう。
霊夢の腕の中で、私はやりきれない想いが募るのを感じて、その束縛から逃げ出そうと霊夢の想いを払った。

「……すみません、今日はもう帰ります」

地上に出てきてまだ一刻も経っていない、短い博麗神社での滞在。
たったそれだけの時間でも、私自身の気持ちに気付くには、十分過ぎる時間だった。
半分程お茶の残る湯飲みをお勝手に返して、ありがとうございましたと一礼、それ以上話す事をせず博麗神社を後にする。


「さとり」

今だ雨降る森に足を踏み入れようとして、後ろから霊夢が私を呼び止める。
力無く進めていた私の足が、ぴたっと止まる。

「また、来なさい」

そのまま振り向かずに、私は霊夢の言葉を心にしまって、地霊殿への帰路に付いた。
雨に濡れて顔に張り付く髪が、熱くなり過ぎていた頭を程好く冷ましてくれる。
ぐしゃぐしゃになった体と心で、私は地底に降りて行った。

地上が嫌いだという訳ではないし、霊夢の事を嫌いになった訳でもない。
霊夢の優しさは心地良かったし、お茶を飲む暢気さは一時だけでも心のゆとりを思い出させてくれた。
それでも、長居する訳にはいかなかったし、再び訪れるには辛い気持ちが勝る。
他の何物でもない、霊夢の心に映る空が、あまりにも愛しかったから。








戻って来た地霊殿には、数匹のペット以外にはお空もお燐もこいしも、誰も居なかった。
半ば自棄になりかけた今の私には、この静けさが丁度良かった。 誰かに心配されでもしたら、邪険にしてしまうかもしれないから。
ペットに構う元気も無ければ、お風呂に入るのも煩わしいくらい、良い感じに疲労が身体に溜まっている。
このままぐっすりと眠って、幸せな事も辛い事も全部、忘れてしまおう。


誰にも合わないまま私室に戻って、雨に濡れた服を脱ぎ捨ててベッドにばふっと倒れ込む。
柔らかいベッドに沈み込んでいく身体から、頭から、余計なものが全部染み出して行く様な感覚。
殆ど露出させている肌に心地良いシーツをぎゅっと抱きしめて、頭の中で最後の整理を付ける。


私は、霊夢の事が好き。
それも、友達や仲間、ペットといった者に向ける好きではなく、恋人想い人として、好き。
それは霊夢に感じて、もう一人の巫女に気付かされた、私の正直な心。

だから私は、この気持ちごと捨て去ってしまわなければならない。


霊夢の心の中は、幻想郷の景色で一杯だったから。


初めて地上で会った時も、私が私の気持ちに気付いた時も、私の気持ちが霊夢に気付かれた時も。
霊夢の意識の大半は、幻想郷の事で一杯だった。
博麗の巫女とは幻想郷の結界維持の要と聞いた事は有るけど、そういうものなのかもしれない。

あの中に私が入り込める余地が有るかと言われれば、無い。
霊夢の心の中に在る景色は、私の愛した景色でもあるから。
だから、私は霊夢との関係を絶っていたし、今またこうして離れようともがいている。

それでも、霊夢と一緒に居て幸せだった時間は、本物。
そして私は、あの時霊夢の心に視た想いを信じたい。 のに。

「霊夢……」

口にする度にあの優しい笑顔や温かさを思い出して、感情が溢れて身体が熱くなる。
そしてその心の中に、私が居られない事が悔しくて、切なくなる。
そして、私の気持ちが抑えられなくなる。

私はかつて無いほど、自分の能力を激しく呪った。
この能力が無ければ、こんなに悩む必要も、掴み掛けた幸せを手放す事も、なかったのかもしれないのに。
霊夢の心を知らないまま、想いのままに霊夢と共に居られたのかもしれないのに。

「霊夢……!」

シーツに涙の濃い染みを広げて、力の限り呻く。
頭に血が登って、クラクラして、やりきれなくてまた思いっきり呻く。
呆けてくる思考に意識を預けて、枕に頭を埋めて仰向けに転がった。









起きたのは、大分時間が経ってからだった。
昼夜の区別が無い地底では、時間に関しては大分ルーズなのではあるけど。

「……うん、大丈夫」

ほんのちょっとだけ思い返してみても、昨日の出来事は遥か昔の事のように、小さくなった。
後は地霊殿での生活を思い出していけば良い、時間はいくらでも有る。
身だしなみを整えて部屋を出ると、お燐とお空が戻って来ていた。

「あ、さとり様!」

二人が気付いて、急いで走り寄ってくる。
迷いの無い思考が可愛らしい、私のペット。 そして怨霊と火焔地獄の管理者。
そうだ、私はこの地霊殿の主だ。 主なら、主として居なくちゃいけない。

「今日は姿が見えなかったんですが、もしかして地上に行ってたんですか?」

見た目はよりはっきりとした笑顔で、心の中はとびきりの期待感で、二人は返事を待っている。

ふっと一息、私は二人の頭に手を置いて、私の決めた事を伝える。


「大丈夫よ、私はもう地上には行かないわ。
心配かけたわね、お燐、お空。もう地上に現を抜かす事なんてしないから」

太陽の無い地底の住人が慣れない太陽に手を伸ばしたって、狂ってしまうだけ。
全てに平等に降り注ぐ日の光は、忌み嫌われた地底の者には眩し過ぎるから。




「……嫌っ!!」

黙っていたお空が、否定の言葉を叫ぶ。
私に向けて叫んだのに、一番驚いたのはお燐だった。

「お空!?」
「だって! 私がさとり様のペットだからって理由でさとり様がそんな顔しちゃうなら、今すぐペットなんてやめてやるっ!!」

――予想以上に、私の顔は酷いものみたい。
私自身割り切れていないとは思っていたつもりだったけど、お空にも分かってしまう程だったらしい。
お空は心の底から滅茶苦茶に怒って、恨んで、悲しんでいる。 他でも無い、私の心に向かって。

泣き出してしまったお空に、かけてあげられる言葉が何も見付からないまま、呆然としている他無かった。
私は地霊殿の為、お燐やお空の為、何より自分の為にこの選択をした、はずなのに。
現実はお空を泣かせて、お燐を心配させて、私も、心が痛い。

「さとり様……、ごめんなさい……」

止め処無く流れる涙を両手で押さえて、お空は必死に私に謝っている。
お空は悪い事なんてしていないのに、まるでそこに居る事が悪である様に、何度も何度も謝っている。
感情のままに動く事が多いお空の事だから、その心が直接第三の眼を通じて私の心に響いた。

「……地霊殿の事なら大丈夫です、私とお空で何とかしますから。
ただ、私達のご主人様は、後にも先にもさとり様だけです」

お燐も、そう言って泣き崩れていたお空を立ち上がらせて、何処かに行ってしまう。

「あたいもお空も、さとり様の事が大好きですから」

最後にその一言を、私の心に残して。









あの子達は、私の事をどれだけ見ているのだろう。
地底での生活の中で、私と一緒に居た時間は妹のこいしと同じくらいかそれ以上に、とても長い。
そんなお燐は、私に何を見ているのだろう。
そんなお空は、私に何を求めているのだろう。
今日の二人はまるで私の心の底を知っているみたいに、その先の事で怒って泣いて心配して、私の事を想ってくれている。
その心が心地良く、申し訳ない気持ちで私を苦しめる。

今だけは、地霊殿に居辛い。
私はあの二人に何も弁明していないから、今あの二人に鉢合わせたら、また同じ事の繰り返しだ。
だからといって、地底世界に地霊殿以外の私の居場所は無い、さとり妖怪は何処へ行っても爪弾き者だから。
本来の居場所を失った私の足は、無意識の内にこの場所へと向かっていた。


「博麗神社……」

もう見慣れた神社の背中に、私の心は落ち着きを取り戻していく。
まだあの場所には霊夢は居るのだろうか、いつもの様にお茶を飲んで空を眺めているのだろうか。
居場所を求めて、私はいつもの縁側へと漂う。

「あっ……来てくれたのね、さとり」

やっぱりそこに居た霊夢は、私の事を待っていたような口ぶりで、迎えてくれた。
相変わらず霊夢の心は、幻想郷を見つめている。
ちくりと心に棘が刺さった様に痛んだけど、臆せず霊夢の隣に座る。

「何だか、さとりがもう来ない様な気がして、心配だったのよ」

その為にあの時言っておいたんだけど、と次いで、前回の帰り際に聞いた言葉を思い出す。

……霊夢は、酷い。
こんなに優しい言葉を貰って、忘れられる事なんて、出来ない。



「……霊夢。 私、霊夢の事が大好きです」

マイナス方向に傾いた心で、私の心を正直に伝えた。
もう霊夢も知っていると思うけど、言葉にするのはまた別。

「でも、霊夢は私の事を好きだと想っていませんよね」

心が読めてしまうから、それも分かっていた事。
どうせ叶わない恋なのに、想いだけが積もり積もって、私を苦しめているのだから。

「……だけど、私は好きで居続けてしまいました。 それも、地霊殿よりずっと此処に居たくなるくらいに。
こんなのでは地霊殿の主として失格だと言われても、何も言い返せません」

最近の私は、涙もろくなったんじゃないかって、つくづく思う。
こんな大事な時に、泣いてしまうなんて。

「それでも、私は霊夢が好きです。 何よりも、霊夢の傍に居たい」

これで、私の心は全部。 
泣いた所で卑怯だと罵られるだけだから、しっかりと気を持って、真正面から霊夢に心を渡す。




話し終えて一息、霊夢は何も言わないまま湯飲みを傾けていた。
既に答えが有ったのか、ずっと心の中を見ていても揺らがない心として、私の不安を煽る。
やがて、霊夢は空になった湯飲みを置いて、真っ直ぐに気持ちを伝えてきた。

「私は、さとりの事を好きだとは、きっと言えない」

霊夢の一言は、一縷の望みだったものを、あっけなく粉々に打ち砕いた。
絶対に届く事は無いと分かっていたのに、胸がズキズキと痛む。
だけど、それと一緒に、苦しんでいた私の心が、すっと軽くなった様な気がした。

「……だから、私はさとりを受け入れるわ」

そんな剥き出しの心ごと、霊夢の腕が包み込む。
あったかい、やさしい、うれしい、ここちよい。 だからこそ、苦しい。

「どうして、こんな……」
「どんなに取り繕ったとしても、さとりには嘘はつけないわ」

嘘だと証明してしまうのは、私がさとりたる理由。
地霊殿の主として在る為の重要な能力が、私の枷になっているから。

「だけど、私はさとりに幸せで居て欲しいの」

好きにはなれないけど、気持ちには応えたい。 霊夢の心に、微かに私が見えた。
まるで、あの時霊夢の心に視た、私の気持ちへの応えである様に。
霊夢と一緒に居る事が出来る、私の心を優しく受け止めてくれる。
だけど、それ以上を求める事は出来ない。


地上と地底の距離は、近くて遠い。
それ以上に、霊夢の心が、隣り合わせの様に近くて、何処までも遠かった。




「……酷いです」
「嫌、だった?」




「嫌だなんて、言える訳無いじゃないですか……!」





胸のつかえが無くなって、そこから気持ちが溢れてくる。


心に見える言葉は、その人の本音。 だけどその人の言葉は、その人の希望。
そう教えてくれた霊夢の希望に抱きしめられて、私は霊夢の本当の心に触れられた気がした。

本当に、散々教えられてきた私自身の心は、単純なものだった。
私は、それだけで満足出来てしまうのだから。

「…………」

霊夢の身体に包まれて、私の心は溶けきっていた。
今この時だけ妖怪としての誇りも、地霊殿の主としての威厳も全部投げ捨てて、霊夢の傍に居られる事実を噛み締める。
こんな事で何もかも忘れてしまえる程自分が単純な心を持っているのだと、素直にそう思えた。

曖昧だった心の向く先がはっきりと分かって、私の想いを吐き出せる人が居て、気持ちの整理が付き地底での生活での安心にも繋がる。
きっとこれが、皆が幸せになれる結果、だと思いたい。

終わりの無い、求めても決して得られない、何処までも好きという感情に溺れていける、嬉しさ。
好きで、好きで、好きで、何処までいけば良いというものは無い、底無しの泥沼みたいなもの。
一度身を浸せば、もう二度と忘れる事は出来ないだろうけど、この優しさに触れられるならもうどうなっても構わないと誓える。




その幸せに、涙が溢れて止められなかった。





  
揺るがない心に恋をした罰。


※誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます
ライア
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コメント



0.2150簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
本当に地上に慣れた後がキタ!
思わず前回を読み返してしまいましたぜ…

霊夢の心の大きさは凄いものがある…
4.100名前が無い程度の能力削除
霊夢さんを好きになったら大変そうだなぁ。覚り妖怪ならなおさら。
霊夢さんに好きになられたら更に大変そうだ。
16.80コチドリ削除
このような二人の関係も良いんじゃないでしょうか。
現状維持が最善の方法、という場合もありますしね。
この物語の博麗霊夢は幻想郷の世界そのものに近い存在だと、私は思います。
世界に恋して、その答えを求めるのは、お互いに切なくなる可能性が高いですものね。

今のさとり様の苦悩と幸せ、ある意味同じ立場の紫様なら、きっと理解してくれるよ。
22.100名前が無い程度の能力削除
霊夢の心に幻想郷が抱かれているということは、そこにさとりんも含まれているということですよね
ただ、霊夢は大きすぎたんだ……
27.100名前が無い程度の能力削除
さとり様を応援せざるを得ない
34.100名前が無い程度の能力削除
さとりんが可愛すぎていきてるのがツライ
39.90ずわいがに削除
ウォォォオオオオン!なんじゃこりゃあーッ!
こんなことなら恋なんてしなければ良かったでもやっぱりあなたを好きになれて良かったそんな展開がどうしても俺の心を抉ってゆくのぉorz
俺もさとりさんの幸せを願ってるょ…
40.100名前が無い程度の能力削除
創想話には泣ける話が多すぎる••••••
50.90名前が無い程度の能力削除
いいかも。いいですね。この関係。
52.90名前が無い程度の能力削除
博麗の巫女としてではなく、霊夢としてさとりを好きになるまで編はまだか
54.100名前が無い程度の能力削除
うん