Coolier - 新生・東方創想話

Level0 『咲き誇る大花を撮影せよ』

2010/04/30 00:20:49
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 カメラを片手に弾幕をすり抜ける文のすぐ横を、一本の光の柱が駆け抜けた。
 凄まじい霊力が凝縮されたそれは、紙一重で避けたはずだというのに、服の端を焦がしていく。
 なんとかやり過ごせたことに安堵したのも束の間、反対側からも膨大な力が迫ってきた。
 咄嗟に身体を捻りながらそちらを見れば、二本目の光の柱が伸びてくるのが見える。
 めいっぱいに加速して射線から逃れつつ、文は光線に沿うようにして発射源へ向かった。

「頂きましたッ!」
 文のカメラが正確に被写体を捉え、シャッターが切られた。
 カメラに収められたものは、例外なく霊力を奪われる。
 撮影範囲の弾幕は掻き消え、スペル展開中の術者を捉えればその耐久力を削るのだ。
「何を頂いたの? 温いわよ」
 しかし、収めたはずの姿はふっと消え失せてしまう。
 背後からの特大レーザー照射に鳥肌を立てながら、文は空気を蹴ってその場を離れた。
 一瞬後に通過した光が、轟音を伴って辺りを揺らす。
「こちらは虚像でしたか……!」
 文の視線の先には、たったいま消えたものと全く同じ、二人目の被写体。
 日傘を構えて特大の光線を発射し続ける、風見 幽香の姿があった。


 幻想郷、太陽の畑 上空。
 文は大量の向日葵と戯れていた幽香をつかまえて、撮影戦を申し込んでいた。
 条件はいつもと同じく、通常回避不能の禁止スペルカード解禁である。
 最初は文を鬱陶しがっていた幽香も、その条件を聞くと少し考えてから態度を変えた。
 勝負にあたってルールを定め、それを遵守することで互いを守る妖怪達にとって、
 禁止スペルカード解禁というのは滅多に設定される事のないものである。
 互いに徒で済まない状態を引き起こすに十分な要素と成り得てしまうからだ。

 そんな禁止スペルの使用を許可し、全ての責任を自分が負うとまでいう文の言葉は、
 普段から形式的な決闘をしている妖怪には非常に魅力的な提案であると言えよう。
 勿論、文の方も霊力干渉するカメラを用いるという特殊な条件がある。
 禁止スペルを用いても、文がそれに対応できるのであれば決闘の体面は保たれるのだ。


「くぅ……これ、半端じゃない……!」
 辺り一面を覆い尽くさんばかりの巨大な光の柱。
 横を掠めただけで、霊力が引き起こす振動に呑まれて平衡感覚を失ってしまう。
 ビリビリと全身が痺れて回避運動に影響を生み、尚更に回避を難しくさせる。
 これは長引けば長引くほどに身体への影響が積み重なり、いずれ致命的なものとなるだろう。

 幽香が宣言したスペルの名は『デュアルスパーク』。
 虚像を生み出し二人掛かりでレーザーを照射する、禁止も納得の凶悪な攻撃だった。
 しかしたった今、文のカメラによって虚像は消え失せた。
 文を狙うのは巨大光線が一本と、それが辺りに撒き散らす弾幕だけ。
 虚像の撮影を成功させるまでの間、文は単純に二倍の攻撃を捌いてきた。
 現状の弾幕を掻い潜って、幽香を写真に収めるなどそう難しい事ではない筈だ。
 歯を食いしばって身体中を突き抜ける痺れに耐え、文は更に前進する。
「ふぅん、回避能力は相変わらずね。面白いわ」
「どうもですッ! さぁ、今度こそ頂きましたよ!」
 幽香が文に向かって傘の向きを変えると、ぐん、と光線の軌道が変化する。
 呑み込まれないように横へスライドするように疾走し、カメラを操作し続けた。
 すぐ隣に迫ってくる光の奔流。震える指先に力を込め、何とかフィルムを巻き終える。

 文はそのまま懸命に接近し続け、ある程度まで近付いたところで前進を止めた。
 無理な接近は余計に体力を消耗し、被弾の危険性も高まる。
 そんな危険を冒さずとも、文には心強い武器があった。カメラの望遠機能である。
 遠目ながらも幽香を正確にファインダーに捉え、慎重にピントを合わせた。
 そしてすぐさまシャッターを切り、今度は幽香本体を写真に収める事に成功する。
「やったッ! まず一枚……」
 光線が途切れ、周囲の弾幕も全て消える。カメラの効果によるものだ。
 凄まじい猛攻が一時的に止んだことで、文は一息つくように移動速度を緩めた。
「おめでとう。それで、次はどう捌くつもりかしら?」
 幽香はそんな文を見て、妖しい笑みを浮かべた。
 文の頬を冷や汗が流れ落ちる。改めて全身に霊力の波を感じ、また鳥肌が立った。
「……ッく!」
 加速。出来る限り、先ほどまでの位置から離れるように上昇する。
 一瞬あとに、背後からの巨大光線が文のつま先を掠めた。
 チラリと背後の様子を窺ってみれば、そこにはやはり幽香の姿がある。
 先ほど撮影した方の幽香も、文から見て前方で、再びゆっくりと傘を持ち上げた。
 虚像が復活し、挟み込まれた状態になってしまったのである。
 文はまた強烈な痺れを感じながら、追いかけてくる光線から逃げ始めた。
 程なくして、幽香本体からも光線が照射される。
 交差するように追いかけてくる二本の破壊光線と無数の弾幕。
 カメラを抱えて、強大なプレッシャーと戦いながらも堅実に回避を繰り返す。

 流石は百戦錬磨の鴉天狗と言ったところだろうか。
 時折危ない場面もあれどまだ被弾には至っていない。
 しかし、この苛烈な攻撃の前では、それも長くは続かなかった。

「あら。そっちに逃げて良いのかしら」
「しまった……これ、不味いっ……?」
 飛び散る弾の間を抜け続けるうち、挟み込むように迫る光線に追い詰められた。
 全速力を以ってしても、範囲が広すぎる光線の交差から抜け出すには足りないだろう。
 霊力を掻き消して緊急回避しようにも、フィルムの装填がまだ終わっていない。
 撮影戦を始めた時は虚像の撮影にこぎ付けたが、それはフィルム装填が大きな要因だった。
 文のカメラは、フィルムの装填にそれなりの時間が掛かる。
 撮影開始直後は準備が済んでいた為に回避に集中できたが、戦闘中はそうはいかない。
 空撮りにも頼れない上、カメラ操作に余計な気を回さなければならないからだ。

「あぁ……ッ、や、間に合わな……!」

 逃げ場を失った文を包み込むように、二本の光線がゆっくりと重なっていく。
 こうなっては、致命傷を避ける為、全力で障壁を展開することくらいしか出来ない。
 全身に襲い来るであろう痛みを想像し、文はきつく目を閉じた。
 耳に突き刺さる轟音が、光線の接近をはっきりと感じさせる。
 それが身体の両側すれすれまで迫った時、聞き慣れた音が微かに聞こえた。
 その音と長い付き合いである文が、聞き間違う筈もない。
 自分のものではなかったが、それは確かに、カメラのシャッター音であった。


「はい、貸し一つっと。割り込んでゴメンねー」





 §





 形はどうあれ勝負は終わり、思い思いの表情で三人は太陽の畑に降りた。
「全く。とんだ邪魔が入ったものね」
 勝てる勝負を止められた幽香は、当然ながらやや不機嫌であった。
 事前に取り決めたルールに従って戦っていたのだから、彼女には一点の非もない。
「ええ、本当に……と言いたいところだけど、正直助かったわ……」
 文もまた決着の仕方には良くない顔をするものの、安堵のほうが大きかったようだ。
 あのまま被弾していたら、まずかすり傷程度では済まなかっただろう。
「勝負はついてたし、いいかなぁと思って。文ってば完全に諦めた顔してたし」
「むぅ……いやまぁ、うん。覚悟完了してた……」

 被弾直前の文を救ったのは、駆けつけたはたてのカメラだった。
 交差する光の奔流を撮影して掻き消し、その隙に文の手を引いて離脱したのだ。

「ともあれ、今回は私の負けです。申し訳ありませんでした。ほら、はたても」
 文が幽香に向き直って、深々と頭を下げた。
 隣のはたても、文に頭を押さえられて同じ姿勢になっている。
 他人の援護を受けるのは、先の勝負においてはルール違反だ。
 いかに勝ち負けが確定していた状況であっても、違反には違いない。
「はぁ……いいわ。懐かしい感覚も味わえたし、納得しておいてあげる」
 幽香は手の中のカードに視線を落としながら、静かにそう呟いた。


「で、はたて。あんたはどうしてここに?」
「さっき文ん家に寄ったんだけどさ。これ見つけたから、ちょっと敵情視察にね」
 はたてが取り出したのは、文が机の上に放置してきたメモ書きであった。
 今日の日付と幽香の名前、そして『太陽の畑』と、しっかりと書き記してある。
 基本的に突撃取材な文だが、相手の予定を考慮する事だって皆無ではない。
 会える日が決まっている相手のことや、空いた日にどこに行くかの予定など、
 こうして書き残してスケジューリングすることもままあるのである。
「家捜しとは感心しないわね……まぁ、はたてに見られて困るものも無いけど」
「来てみたら驚きよ。何かとんでもないスペル相手に直撃寸前なんだもん」
 からかう様にそう言ってから、はたては幽香の方を見た。
 その視線に気付き、幽香は穏やかな笑みを浮かべる。
「何よ。お友達の代わりに焼き鳥をご希望かしら?」
 手の中のカードを軽く持ち上げた幽香に対し、はたては元気に頷いてみせた。
「よっし、挑戦させて貰えるなら是非。ただ焼かれるつもりはないけどねー」
 早速カメラの準備を始めるはたて。幽香は表情を崩さずにそれを見つめている。
 そして、はたての準備が終わるのを見計らって声を掛けた。

「ルールは?」
「文の時と同じ、弾幕の取材で。私のほうはカメラを使うわ」
「こちらは禁止スペル解禁ね。全責任は貴女持ち、間違いない?」
「うん、間違いない。それじゃあ、始めましょう!」


 地を蹴って浮かび上がった二人を見上げて、文が寂しげな声を上げる。
「敗者は置いてけぼりですねぇ。仕方ない、下から観戦させて貰いますよ」
「見てなさいよ、文! きっちり撮りきって見せるわ!」
 文が撮影失敗したスペルが相手とあって、はたてが妙に張り切っている。
 やはり対抗意識を抱えているのだろうが、文から見れば微笑ましいものだった。
 自分が失敗した撮影をもし成功されたら、どんな気分になるだろう。
 そんな事を一瞬考え、すぐに頭から追い出して笑顔で手を振った。
「はいはい。頑張れ、頑張れ」
「なにそれ、投げやり。ふんだ、せいぜい悔しがれば良いのよー」
 適当な文の反応に口を尖らせて、さっさと飛び去ってしまうはたて。


 その後についてゆっくりと上空へ向かう幽香に、文は少し抑えた声で呼び掛けた。
「幽香さん、幽香さん。あの子、実戦経験浅いんで……その」
「だから何? 手加減なんてしないわよ」
 上昇を止めて、けれど振り返らずに厳しく言い放つ。
「それは勿論。取材にあたって、手加減なんてして貰う訳にはいかないです!」
「あぁ……分かったわよ、被弾直前なら手出しを認めるわよ。それで良いんでしょう?」
 やっと振り返って文と目を合わせた幽香は、面倒臭そうに溜め息を付いてそう答えた。
「すみません。お気遣い感謝します」
 安心したように笑う文。幽香は苛立たしげに眉をひそめる。
「何がお気遣いよ。あんたが鬱陶しい視線送るからでしょう」
「それでもですよ。ありがとうございます」
「ふん。面倒臭い奴」
「よく言われます」





 §





 幽香がスペルを展開し、本体と虚像が並んで傘を構えた。
 はたては身構えると、すぐさま傘が指し示す射線上から離脱する。
 それとほぼ同時に『デュアルスパーク』が解き放たれ、二本の閃光が一直線に伸びた。
 光線発射と同時に生まれた霊力の波動は衝撃波となり、空気を激しく振動させる。
「ひぅッ……?」
 身体を包み込んだ尋常じゃない圧力に、一瞬意識が持っていかれそうになった。
 文を助けに照射される光線へと近付いた時にも、この圧迫感や振動は感じていたが、
 発射の瞬間に生まれる衝撃は予想以上にはたての全身を揺さぶった。
「きっつ……! のんびりしてらんない……ッ」
 何とか踏み止まって、自分に向けられる光線から逃れるように移動を開始する。
 霊力の干渉によってビリビリと痺れる感覚に襲われるが、まだ耐えられる程度だ。
 しかし、長時間この状態が続くと危険なのには変わりがない。
 のた打ち回る二本の巨大な光の柱から逃げ続けるのにも、限界があるだろう。
 先に文が追い詰められてしまったのがいい例である。
 となれば、狙うは短期決着。はたての本分である速攻撮影が生きる筈だ。

「経験の浅いひよっ子と聞いたけど……基礎は出来てるみたいね」
 光線と弾幕に染まる空間の向こうから、幽香の声が重なって聞こえる。
 本体と虚像、どちらも同じく喋っているのだ。
 まずはどちらが本体なのかを見極める必要がありそうなものだが、
 はたてはカメラを構えたまま二人の幽香の居場所を注意深く確認する。
 どちらが本体かは、多少観察しただけでは判断が出来ない。
 正確に見切ることが出来ないとなると、どうにも作戦が立て辛いものだ。
「馬鹿にしないで、出来てるのは基礎だけじゃないよっ! 」
 はたてはそう言い返すと、怯む事無く光線の発射元へと飛び込んでいった。
 光線に直接触れていないというのに、奔流に伴う霊力の流れが服の袖を引き千切る。
 そんなギリギリの位置取りながらも、はたては光線に沿って幽香へ肉迫した。
 幽香の周囲には尋常ではない霊力の渦が生まれている。
 一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな程だ。
 二人の幽香が、同時に光線の軌道を変えた。はたてを挟み込むように光がうねる。
 はたても移動の方向を変え、二人の幽香の頭上を飛び越えるように上昇した。
 傘の向きが調節され、光の柱が空を薙ぎ払うようにして、はたてに迫ってくる。
 光線から距離を取りながら、はたては幽香を飛び越えた位置から急降下を始めた。
 そして二人の幽香と高度が合った瞬間に、カメラを一人目に向ける。
 シャッターが切られ、撮影対象となった幽香が消えた。どうやら虚像だったらしい。
 だが、そのことを認識するよりも早く、はたてはカメラをもう一人の幽香に向けた。

「この通り。応用もバッチリなの」
「へぇ。さっきの鴉とは性質が違うのね」

 鳴り響くシャッター音。
 はたてのカメラに備わった機能と、本人の撮影技術。
 それらを併せて初めて成し得る、脅威の速写技術である。
 本体と虚像を続けざまに撮影された幽香は、はたてから距離を取りつつ感心して見せた。
「よし。これなら、時間が稼げる筈!」
 この方法であれば、本体と虚像の区別をつける必要など無い。
 どちらも一気に撮影してしまえば攻撃は止み、虚像の再生までに撮影準備も整えられる。
 これならば幽香を一人ずつ撮影するよりも遙かに楽になるだろう。

 しかし幽香は、特に動揺するでもなく笑みを浮かべて傘を持ち上げた。
「そうね、同時に対応されるとは思わなかったわ」
 重たい発射音と共に、幽香からまたも光線が放たれる。
 次の撮影準備が整うのと虚像が再生されるのと、どちらが早いかの勝負だ。

「……来たッ!」
 一本だけの光線から逃げ惑ううち、無事に撮影準備が完了する。
 痺れて上手く動かない指に力を込めて、カメラを構える。
 見れば、既に幽香の隣にもう一人の幽香が現れ、傘を構えてはたてを狙っていた。
 二本目の光線の照射が始まり、はたての自由を奪っていく。
 だが状況としては、撮影開始の時とほぼ同じ。十分に勝算はある筈だった。
「当たり前だけど、手の内を見たからには対抗するわよ?」
 嘲笑うかのような言葉と共に、二人目の幽香がはたての後ろに回り込んだ。
 しかも、はたての動きに合わせて十分な距離を取りつつ攻撃を仕掛けてくる。
 はたてを中心として、二人の幽香が常に挟み込むように動き始めたのだ。

「うそー……もうバレた?」
「この距離は苦手? あぁ、だからさっき、随分と無理に突っ込んできたのね」

 はたてのカメラは速写に優れる反面、遠距離の撮影に難がある。
 この状態を維持されると、先のような同時撮影は不可能だ。
 標的を片方に絞った急接近を行うことで撮影はできるだろうが、それでは意味が無い。
「は、はははー。なんかすっごい悪寒が」
「あら大変。こんがり暖めてあげましょうか」

 容赦の無い猛攻に晒されて、はたてはすぐに追い詰められた。
 すぐ傍で唸りをあげる霊力の音、視界を奪う閃光、身体を突き抜ける重圧。
 弾幕だけでなく、それら全てが敵となってはたてに重く圧し掛かってくる。

「やば……ジリ貧だぁ……死にそー……」

 焦りと緊張から、はたての動きは精彩を欠いていた。
 飛び散る弾幕を読み間違え、幽香の宣言どおりこんがり暖められてしまう時がやって来る。
 無駄な足掻きと知っていても、恐怖から身体は勝手に回避行動を取る。
 それでも避けきれないと理解が追いつき、はたては身を守るように小さくなった。
 視界がくるりと回り、遥か眼下には綺麗な向日葵畑。
 そこから最高速でこちらへ向かってくる文の姿も見えた。


 助かった、と実感できたのは、シャッター音が聞こえてから十秒ほど経った頃だった。





 §





「不甲斐ない奴らね。意気込んでいた割にこの程度だなんて」

 まだ少し震えているはたてと、苦笑しながらそれを落ち着かせる文。
 そんな二人を見ながら、幽香がどこか不満げな声をあげた。
「面目ないです。でも何度だって挑戦して、いずれは撮り切らせて頂きますよ」
 キッパリとそう宣言する文。これから通い詰めるということだ。
 彼女に支えられながら、はたても涙目ながらコクコクと頷いている。
「なによ、また来る気? うざったいわねぇ……」
 禁止スペル発動を十分に堪能した幽香としては、これ以上の取材は迷惑なのだろう。
 あくまで合法的にスペル発動を楽しみたかっただけで、取材は元よりどうでも良いのだ。

 しかし文からすると、撮影失敗のままで諦める訳にはいかない。
 記事を書き、新聞として発行したいという想いも勿論だが、それと同じくらい、
 数々の困難スペルを攻略してきた実績に泥を塗りたくないという些細なプライドがあった。
 かつて、恐ろしい波動を前に一歩も引かず、見事に撮影を成功させた事だってある。
 先のスペルカードも恐ろしいものだったが、決して不可能ではないはずだ。
 はたても、成り行きとはいえ取材を試みておいて、失敗しっぱなしではいられないだろう。

「じゃあ、これから最後の勝負をしましょう」

 唐突に、幽香が一つの提案をした。
「今すぐ再戦よ、それで取材とやらも終わり。もう二度と来ないこと」
 文とはたては顔を見合わせる。
 幾らなんでも、今すぐの再戦で勝てるとは思い難い。
「後日にはなりませんか。最後となると、対策を練る時間が欲しいです」
「ならないわ。但し……あんた達の協力を認めてあげる。それで良いでしょう?」
 事も無げにそれだけ言うと、幽香はカードを片手に二人から距離を取った。
 返事を待つ事無く『デュアルスパーク』の展開準備が着々と進められる。

「……文、どうする?」
「いや、どうするもこうするも」
「焼き鳥になりそうになったら助けてよね」
「あ、それ私の台詞だから。よろしく」
「善処する」
「お互いね」



 文とはたてが、二手に分かれて飛び出した。
 幽香がスペル展開を終え、凄まじい霊力の渦と共に分身する。
 二人の幽香達がそれぞれスパークの射出をすべく、傘を構えた。

「今度は撮るわよ、はたて!」
「ヘマしないでよねっ、文!」

 そんな掛け合いを合図にして、幽香の元から光線の照射が始まった。
 何度経験しても慣れそうにない物凄い衝撃波が、文とはたてを巻き込んで拡散する。
 衝撃に耐えると次は、自らを付け狙う光線が迫り来る。
 文とはたてはすぐさま、それを撒くべく飛び回った。
 闇雲に避けるのではなく、二人は全く逆方向へ展開するように動いている。
 多少回避が難しい弾幕に晒されても、お互いが近付かない方向への移動を試みるのだ。
 そうすることで二人の幽香の攻撃を分散し、一対一の状況を作り出すことが出来る。
 自分を追いかけてくる光線が一本だけであれば、飛び散る弾幕の絶対量も減ることになり、
 回避の難易度は劇的に下がる。集中力さえ切らさなければ大丈夫な筈である。
 不安要素があるとすれば、光線に伴う莫大な霊力の影響だ。
 耳が痛くなるほどの轟音、突き抜ける衝撃に痺れる身体、失われていく平衡感覚。
 これにどこまで耐えられるかが勝負となる。

「これなら!」
「撮れるっ!」
 ほぼ同時に、二人がそれぞれの幽香をカメラに収める事に成功する。
 はたての傍にいた幽香が煙のように消え、虚像であることを伝えた。
「こっちは偽者……えと、どうすれば」
 自分を狙う攻撃が止んだことで、はたてが完全にフリーになる。
 となれば、次に狙うのは本体だ。注意深く幽香へ接近しつつ、撮影準備を進める。

 文は一定の距離を保ちつつ、幽香の周りに留まっていた。
 光線や弾幕の回避を考えると、やはりあまりに接近し続けるのは危険だ。
 自分へ攻撃してきている幽香の背後に、はたてが近付いてきているのが見えた。
 幽香はずっと文への攻撃に集中しており、はたてへの弾幕は手薄である。
 これなら二人掛かりでの本体撮影も可能だろうかと思ったその時。
 幽香の唇の端が、微かに上がったのが分かった。

「はたて、警戒ッ!」

 周囲の轟音に掻き消されないようにと、文が大声を張り上げる。
 はたての耳にもちゃんと届いたようだが、理解に至るのが一瞬遅かった。
 文と向かい合う幽香。その背後に近付いていたはたて。
 そして、そのはたての背後に現れるもう一人の幽香。

「ぅぐッ!」
 シャッター音と共に背後から突き飛ばされ、はたてが姿勢を崩した。
 その衝撃は、虚像の幽香が光線を発射した際の衝撃波だった。
 すぐさま文が限界まで望遠し、虚像を撮影して消し去ったのだ。
 そのため、はたては背後から光線に焼かれるのを免れることが出来た。

 はたては文の機転に気付き、心の中で感謝しながら体勢を立て直す。
 撮影準備を終えたカメラを構え、文と対峙する幽香を狙った。
 幽香の舌打ちとシャッター音が重なり、また一つ本体の撮影に成功した。
 そして、慎重に周囲の様子を伺いながら幽香から距離を取りつつ次の撮影準備にかかる。

 幽香が文を振り払おうと、攻撃と移動を繰り返した。
 しかし文は粘り強く幽香の後を追い、一定の距離を保つ。
 ぎこちなくフィルムの装填をしながら、ひたすらに弾幕を避け続けた。
 文の背後に虚像が現れて挟撃状態になるも、はたての素早いフォローにより事無きを得る。
 突き抜ける霊力の塊に幾度と無くバランスを崩されながらも、その度に懸命に立て直した。


「はぁっ……目、霞んで、きた……」
「文ッ! 諦めないでよ、頑張って!」
 幽香の放つスパークの傍では、想像以上に体力を奪われる。
 撮影開始からずっと光線に晒されてきた文は、限界を迎えつつあった。
 はたてが役割を交代しようにも、それは不可能だった。
 幽香本体もその事を分かっている為に、文だけを執拗に付け狙うからだ。
 虚像ははたてのフォローですぐに消されてしまうが、
 出現と攻撃動作による霊力の波によって、文のバランスを崩すには十分だった。
 文が崩れて被弾するのが先か、二人の撮影が幽香のスペルを削りきるのが先か。


「呆れたしぶとさね、全く」
 幽香が冷たい表情で傘を振り上げた。
 光線がしなる様にうねり、消えた。代わりに、辺り一面に弾幕が撒き散らされる。
 それらに紛れて、文とはたてを見上げる位置へと一気に降下した。
 次いで、幽香のすぐ隣に現れる虚像。
 二人の幽香が、上空……文とはたてのいる場所へ傘を向けた。

 先ほど弾けた弾幕以外の攻撃は止んだものの、それに阻まれてすぐには幽香へ近付けない。
 文とはたては一旦合流すると、揃って弾幕を掻い潜り始めた。
 幽香の攻撃を受け続けた文は目に見えて反応が鈍かったが、
 はたてが引っ張るようにして回避の補助をする事でどうにか前進する。

 幽香が傘を構えたまま、霊力を一点に集中し続けている。
 スペルの耐久力はあと僅か。攻撃に利用できる霊力も多くはない。
 恐らくは、次の照射がこのスペル最後の一発となる。
 疲弊させた鴉たちを弾幕で足止めし、特大の一発を溜める時間を稼いでいるのだ。

 文とはたてが、弾幕を掻き分けて迫ってくる。あと、もう少し。
 間もなく、幽香の霊力集中が終わる。あと、数秒。


「でも……それなりに、楽しめたかしら」


 幽香がそうこぼし、二人同時に笑みを作ったと同時。
 太陽の畑 上空に『デュアルスパーク』の凄まじい炸裂音が轟いた。





 §





「……ぅん……あれ……?」

 文が目を覚ますと、微妙に見たことのある場所だった。
 上半身を起こして見渡してみると、そこははたての部屋である事が分かった。
 はたての布団に寝かし付けられていたようで、すぐ隣にはたてが眠っている。

 次第に頭がはっきりし始めて、文はようやく眠る前の出来事を思い出す。
 幽香のスペルを撮影していて、そのまま記憶が無くなっていた。
 慌てて自分の状態を確認したが、頭が少し痛むくらいで大怪我はしていない。
 最後の最後に光線に焼かれるという最悪の事態だけは回避できたらしい。
 安堵に胸を撫で下ろしていると、隣のはたてがむくりと起き上がった。

「あや、おきたの……」
「ええ。おはようはたて」
「ん、おはよ……」
「あのさ、何がどうなったの?」

 こしこしと眠い目を擦るはたてを急かして、撮影がどうなったかを尋ねる。
 すると、はたては欠伸を漏らしながら机の上を指差した。
 文が布団から這い出て机を確認すると、幽香の写真が綺麗に現像されていた。
「あ、撮れてる。これ、私の写真?」
「そうよー。撮影は何とか成功ねー」
 写真を一枚一枚見ていくと、確かに文が自分で撮ったものだった。
 そして最後の一枚に辿り着いて、文の手が止まる。
 今にも光線を発射せんとする幽香を、真正面から撮影した写真だった。

 それを横から覗き込んで、はたてが眠そうな声で説明する。
「最後の一発ね、文は発射直前、私は発射直後にシャッター切ったのよ」
 言われてみれば、確かに覚束ない手で望遠の調整をしたような覚えがあった。
 接近自体は、全く同時だった筈だ。何せ、文ははたてに支えて貰っていたのだから。
 シャッタータイミングが違ったのは、恐らくは望遠機能の差だろう。
「じゃあ、その時の衝撃で……」
「うん。とんでもないレーザーだったから、展開の衝撃波も半端じゃなかったわ」
 幽香が放った光線そのものは、発射直後のはたての撮影により無力化。
 そのままスペルそのものの耐久力を削りきった為、被弾は免れたという訳だ。
 しかし、衰弱していた文は、攻撃に伴う霊力の波に耐え切れなかったのだろう。

「何とかここまで連れて帰ってきて、そのまま揃ってばたんきゅー」
「面倒掛けたわね、ごめん……あ。そういえば、幽香さんは何か言ってた?」
「にこやかに『もう二度と来るな』って言われたわ」
「……にこやかに……むぅ……」
 
 しかし、このスペルについての詳しい話をまだ聞いていない。
 写真だけでなく、スペルカードについての情報も欲しいところである。
「はたて、このスペルについて何か話を聞いてこなかったの?」
「それどころじゃなくしたのは文でしょ。ぶっ飛んでって気絶しちゃってさー」
 死んだ訳じゃないんだから話くらい聞いてきなさいよ。
 そう言おうとして、文はぐっとその言葉を飲み込んだ。
 代わりに、ふと気になった事を尋ねてみる。

「……心配した?」
「はぁ? そりゃするよ」
「そっか。ありがと、はたて」

 文はどこか満足そうにはにかむと、逃げるように布団へと潜り込んだ。
「ちょっと。起きたんだったら帰りなさいよねー」
 いつまで人の布団を占領する気よ、という非難も華麗に聞き流す。
「一休みしたら、太陽の畑にお話聞きに行くわよ」
「二度と来るなって言われたばっかりなんだけど……あの人こわいし」
 尻込みするはたてに向かって、文は真面目な表情を作った。
「でもこのままじゃ記事が書けないわ。仕方が無いじゃない」
「……あぁもう分かった、付き合うわよ。共著だからね、これ」
「オッケー。それじゃあ、万全を期す為にももう少し休憩ね。おやすみなさい」
「いや、だから……あー、もういいや……うん、おやすみ」

「よし、お布団おすそ分けしてあげる。はい」
「ここ私の家だから。おすそ分けされるのは文のほうでしょ」


 何だかんだで二人とも相当に疲れていたのだろう。
 横になってから程なくして、静かに寝息を立て始める。
 難取材をやり遂げた達成感からだろうか、二人の寝顔は揃って幸せそうなものだった。
このあと幽香の所に行くも、物凄く嫌な顔をされて全然話を聞けなかった為、
あれだけ苦労して撮影した写真が新聞になることはとうとう無かったという。




Level0出揃いました。次の隠しレベルの出現方法を教えてください。
幽香さんのスペルですが、花の「幻想郷の開花」ではどうにもならなかったので、
俗称として有名な「ダブルスパーク」をスペルカードとして起用しました。何卒ご了承下さい。

>コメ2番の方
確かに、デュアルの方が紛らわしくないですね。
スペル名を書き換えさせていただきました。
風流
http://www.geocities.jp/kazeru_ss/index
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コメント



0.650簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
なんだかんだと元祖マスパと分身攻撃は幽香の代名詞ですよね。
ただ、「ダブルスパーク」だと魔理沙と被ってしまうので、俗称としては「デュアルスパーク」が適切かと。
3.100v削除
まるで戦隊モノや、日曜の魔法少女モノを見ているような……
爽快感、友情、飽きない、続きを読みたいッ!という感覚がうずうずと湧きますw
文、はたて……どんまい。

プレイ時間が9の倍数の時にどれかのスペカをクリアすると……とか。
8.100名前が無い程度の能力削除
流石は幽香さんだ。
前回のプリズムリバー三姉妹も厄介な相手だったけど、それとは比較にならない程の弾幕の派手さ、威力、避け難さw どれをとっても桁違いで素敵だ。
それと、相変わらずはたてと文の不屈の記者魂が素晴らしい。
10.100名前が無い程度の能力削除
光線の発射音が聞こえてきそうでした
ここまで上手に弾幕描写ができるとは羨ましい

次は…酒臭い親父を撮影せよ とか?w
12.100名前が無い程度の能力削除
巫女魔女相手の勝負のために作られたものでも
実際に霊夢魔理沙相手にして思いっ切りという訳にはいかない、という矛盾。
妖怪遊びだもんね
19.90ずわいがに削除
妖怪、特に鴉天狗が主人公ならではのスペル対戦ですからね、二人の取材にかける情熱も特別ですわ。
幽香さん何気に三連戦とかそのスタミナが怖すぎなんですけど;ww