Coolier - 新生・東方創想話

東方千一夜~the Endless Night  第一章「永遠に紅い幼き月・中編2」

2010/04/25 13:01:49
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 日の光が街を照らす。吸血鬼に襲われているなど夢としか思えない街で、輝夜と妹紅はカフェテラスに入っていた

 出されたアッサムティーにアプリコットを落とし、輝夜はティースプーンをゆっくりと回す

「しかし、あれから数日経つのに、誰一人として連絡してくる気配がないな」

 行儀悪く足を放り出しながら、妹紅は紅茶をすする

 先日のカジノでの一件以来、二人の似顔絵が街中に貼り出され、二人はお尋ね者になっている
 無論、警官に捕まるような二人ではないが、お陰で宿も満足に取れなかった

 指名手配に掛かるリスクを犯してまで、目立つ騒ぎを起こしたというのに、永琳も優曇華もてゐも、誰一人連絡をよこす気配もなかった

「ひょっとして、もうこの街にはいないんじゃないか?」

 妹紅が言った

 二人の似顔絵は、街中に貼られている
 この街にいるなら、否が応にも二人に気付くはずなのだ

 輝夜は妹紅には顔を向けず、まだティースプーンを回している

「馬鹿ね、知り合いがいる訳でもないこの世界で、どこに行こうっていうのよ
 不測の事態が起こったときは、慌てて逃げ出すより、落ち着いて救助を待つほうがいい…
 そんなこと、基本中の基本でしょ」

 輝夜が静かに言った

「だったら、なんで連絡がこないんだよ」

 ムッとして妹紅が聞き返す

「さあね。怪我でもして動けなくなっているか…。保護された家で気に入られて愛玩動物にされているのかもね」

 輝夜は、静かにカップを口に近づける
 冷静を装っているが、アプリコットの混ぜすぎでフレーバーが完全に消えてしまっている

 輝夜も心の内では、相当に不安になっている

 本当に怪我をしていたらどうしようか

 永琳がいない今、輝夜には怪我の治療もできない

 もしも、誰かに気に入られて飼われていたら…

 そこを、永遠亭よりも気に入ってしまっていたら…

 苦味のある紅茶を口に含みながら、輝夜は自分の頭の中に浮かんだ考えを必死で振り払う

 気付けばすぐに連絡が来る…

 そう思っていた輝夜は、言い知れぬ寂しさと恐怖心に、徐々に蝕まれている
 夜に野宿する時も、散々文句を言いながら、妹紅の毛布に潜り込んで来る

 一人で居る…ということを、極端に寂しく思っているからだ

 妹紅も、そんな輝夜の気配を察知して、何も言わないでいる

 元々は宿敵同士、慰める謂われはないが、それでも自分が傍にいなければいけないような気がした

「あの…、あの白い光はなんだったんだろうな?」

 輝夜の気分が沈んでいくのを感じて、妹紅は話題を変えた
 あの例月祭の夜、永遠亭を襲ったあの白い光

 一撃で永遠亭の兎達を吹き飛ばし、永遠亭を半壊させた

 そして、二人は一日前の人間の里にタイムスリップした

 今回の異変の元凶である

「さあね、私が知ってる訳がないじゃない。ただ…」

 話題を変えた所で、輝夜の気分が晴れるわけではない
 輝夜が小さな声で答えた

「ただ…?」

「あれは、幻想郷の物ではないような気がする
 相手を時空間移動させるような能力の持ち主なんて、幻想郷にはいないもの」

 輝夜が言った

 時間を操るメイドはいるが、相手を別の時代に送る事はできない
 それは、輝夜にしても同じなのだ

「あのスキマババアはどうなんだ?、アイツの力は、いわばナンデモアリだろう?」

 妹紅が聞き返す
 スキマババアこと、八雲紫

 幻想郷の長老で、妖怪の賢者とも呼ばれる

 彼女の能力である『境界を操る能力』は、あらゆるものの境界を歪め、結びつけることができる
 それは、物理的な境界だけでなく、概念的なものにまで及ぶと聞いた事がある

「彼女の力で、時空間移動が可能なのかどうかは分からないけど、ただ彼女は幻想郷を誰よりも深く愛していると聞いた
 あの例月祭の会場には、霊夢もいたことだしね。そんなことをしでかすとは思えないけど」

 輝夜は自分が起こした永夜異変の事を思い出す
 紫は、かつて月の都に攻め込み、月の最新兵器の前に惨敗を喫したことがあるという

 だから、月の都の最新兵器の威力と、月の都の民の強さをよく知っている

 恐らく、異変の中心に月の都の出身者がいることを察知して、異変の解決に自分の力が必要だと感じだのであろう

 それは、異変を解決するのは勿論だが、万が一、相手が月の都の最新兵器を持ち出した時に、霊夢を守るためだったのだ

 普段はどこにいるのかも分からず、寝てばかりいて、それでいて神出鬼没に現れては霊夢をからかって帰るだけの妙な妖怪だが、実際には誰よりも幻想郷を愛している妖怪なのだ

「しかし…、そうなると、どうなるんだ…?。幻想郷の物でもない。外の世界でも、あんな物を開発したなんて話は聞かないしな…」

 妹紅はそういった瞬間、ふとある可能性に気付いた

「まさか、月の都の連中が…!?」

 気付いてしまえば、何故いままで気付かなかったのかが不思議なくらい、それがしっくり来る

 輝夜は月の都を追放された罪人なのだ

 ついでに言えば、永琳は月の使者のリーダーでありながら、月の都を裏切り輝夜を逃がした裏切り者である

 慧音は、月の都の最新技術が時の光を解析したと言っていた

 相手を強制的に時空間移動させる技術なんて、月の都の人間しか持っている可能性はないではないか

「残念だけど、それはないわね。私が月の都にいたときには、すでに時の流れの解明は進んでいたけど、そんなものは聞いた事がない
 それに、月の都では、もう何千年も前から兵器の開発は行われていない
 そんなものを開発しなくても、地上の人間や妖怪が月の都の住人に勝てる訳がないと思われていたからね」

 輝夜は、妹紅の気付いた可能性をあっさりと否定した

 穢れの存在しない月の都の住人は、基本的にのんびりしていて争うことをしない

 月の最新兵器のほとんどは、月の賢者が作ったものである

 だが、その月の賢者は、自らが禁忌に触れる蓬莱の薬を作って以降、その罪の意識から新しい物を作ろうとはしなかった

 その月の賢者とは、言わずと知れた八意永琳である

 穢れを忌み嫌う月の都の住人が、好き好んで穢れた地上を侵略するはずもなく、その為の兵器など作ろうとするはずもない

 永琳が作っていない以上、そんなものは存在するはずはないのだ

「そ、そうか…。まあ、どっちにしても、あの白い光がなんなのか、現状では分からないってことだ…
 しかし…、そうするとだ…

『私の家にいた慧音はどこに行った』

 …んだ?」

 妹紅が思い出す

 あの時、妹紅の家には慧音もいた
 一日前にタイムスリップした後に会った慧音は、例月祭の最中に起こった事を知らなかった
 つまりは、妹紅の家にいた慧音とは別人ということになる

 もしも、あの時、永遠亭にいたみんなが違う時代に飛ばされたとしたら、慧音も同じように違う時代に飛ばされてしまったのか

 それなら、いま永遠亭にいる慧音はどうなるのか?

 もしも、慧音を元の時間に戻せたとしたら、同じ時間に慧音が二人居ることになってしまうのか?

「分からないわ…。月の都では、穢れがタイムパラドックスの原因であるとされた
 穢れのある者が時空間移動をすれば、時間の流れを変えようとしてしまう
 例えば、競馬の万馬券を大量に購入したり、自分が過去に犯した過ちを修正しようとしたりね…」

 時間の流れを変えて、金を儲けようと思ったり、自分の都合の良い歴史を造り上げようとするのは、心に穢れがあるからだとされた

 時間の流れには、一切の穢れがない。だから、その流れに穢れを持ち込むことで、タイムパラドックスが起こるのだ

 時の光は、穢れのない者しか通ることができない。もしも、穢れのある者が時の光を通ろうとしたら、その者は永遠に時空の迷子になってしまうだろう

「慧音は…、やっぱり地上の妖怪だから穢れがあるんだろうな…。だから、タイムパラドックスが起きる…」

 妹紅は、慧音を思い出す

 蓬莱の薬を飲み、絶望に暮れ、孤独に過ごしていて妹紅は、いつしか幻想郷に辿り着いてしまった
 相手は何一つ悪いことをしていないというのに、自分よりも早く死んでしまうというだけで、相手を信じられなかった

 幻想郷に来てからも、妹紅は自分の殻に閉じこもっていた

 だが、そんな自分を理解し、救ってくれたのが慧音だった

 誰よりも聡明で、妹紅が忘れてしまっていた、人と触れ合うことの温かさを思い出させてくれた

 誰よりも清らかな存在だと思っていた慧音にも、やはり穢れがあったのだろうか…?

 ただ蓬莱の薬を飲み、不老不死になっただけの自分よりも、はるかに慧音の方が穢れは少ない気がする

 少なくとも、いま目の前にいる輝夜よりも、慧音の方が清らかな存在に思える

 自分の中の偶像が壊れてしまうのが怖い。だが、慧音が心配なのも事実だった

「結局、何も分からないことだらけかよ。こんなんじゃあ、みんなを見つけられるのも、いつになるかわからないな」

 紅茶を飲み干した妹紅が言った

 輝夜を励ますつもりはなかったが、いつの間にか自分の気持ちも沈んでしまっている
 大切な人に会えないということは、どうしてこうも辛いのだろう

 蓬莱の薬を飲んだときだって、こんな辛く悲しい気持ちにはならなかったというのに

「いくら悩んでも、答えは出ないわ。こうなったら、町の人にでも聞き込みをしましょう
 何か一つくらい、情報が入ってくるかもしれないわ」

 輝夜が立ち上がろうとした、その時

「なんだとコラ!、もういっぺん言ってみろ!」
「へ!、なんだ、やろうってのか!、上等だ!」

 カフェの反対側で、二人の男が掴みあっていた

「チッ、また喧嘩かよ!」

 妹紅が立ち上がる

 どういうわけだが、この街ではつまらないことで喧嘩が起きる
 普段は放っておくのだが、今回は屋内で、周りに他の客もおり危険である

「お前も、気晴らしにいっちょやるか?」

「下々の者の痴話喧嘩になんか興味がないわ」

 輝夜は妹紅の誘いを断り、頬を膨らませた

 妹紅は一人で、二人に近づいた

「お前達、いい加減でやめとけよ。言っておくが、私は機嫌が良くないんだ
 手加減はできないぞ」

 妹紅が拳をポキポキ鳴らす
 妹紅は英語を話せないが、喧嘩の売り文句というのは万国共通らしい

「なんだぁ、姉ちゃん。やろうってのか?」

「俺たちゃあイラついてんだ。余計な口を挟むと怪我するぜ」

 陳腐な下っ端らしい台詞を張りながら、男たちが妹紅に近づく

「ふん、このドサンピンが、喧嘩は口でするもんじゃねえだろ!」

 妹紅の言葉に、二人の怒りがピークに達した
 意味は通じなくとも、妹紅の言いたいことは伝わるようだった

「このー、ふざけやがって!」
「やっちまえ!」

 二人は、勢いよく妹紅に襲い掛かった…



~10分後~



「すいません、もう許してください…」
「もう喧嘩はしません、仲良くしますから…」

 顔面の表面積が倍近くなるほど殴打された二人は、生きているのが不思議なくらいだった

「ああ!、てめえら、てんで弱ぇじゃねえか、こんなんじゃあ、私の機嫌はよくなんないんだよ!」

 そういいながら、妹紅はさらに二人を足蹴にする

「ヒィィィ!、許してください!」

 自分のイライラを全てぶつけるかのように、妹紅は二人を散々どつき回した

「ふう、まったく、育ちが知れるわねえ」

 その様子を見ながら、輝夜はため息をついた

 こんなことをしていても、輝夜の気分は晴れない

 二人の悲鳴が響くカフェで、輝夜は冷えた紅茶をすすった

「くそ~、なんでこんな目に…」

「俺達、この間からツイてないぜ。この間だって…」

 妹紅が二人の財布を抜き取り、中身を改めている最中、二人は自分の境遇を慰めあっていた

「もう、その話はするなよ。でも、この姉ちゃん、あの赤い髪の女よりも容赦ないな」

「ちくしょう、こうなったのもあの二人のせいだ…」

 妹紅も輝夜も、もう二人の話など聞いていなかった
 だが、男が次に発した言葉に、二人は素早く反応した





「あの赤い髪の女と、ウサ耳ヤロー」





「…!?、おま…」

「今なんて言った!」

『ウサ耳ヤロー』の言葉に反応した妹紅が振り返るよりも早く、輝夜が男の胸倉を掴み上げた

「な、なにを…」

「答えなさい!、何処であなたはその二人にあった!、いつ、どこで!、その首が繋がっている間に答えなさい!」

 二人に脅迫文句を浴びせながら、輝夜は二人を激しく揺さぶった

 この二人は、数日前に美鈴とてゐが出会った時に喧嘩をしていた二人だった

 こうして、二人はてゐに一歩近づいた






~某時刻・某所~





 空は薄曇、日の光の射さない日は吸血鬼にとっては絶好の外出日和だった

 悪魔の妹…、フランドール・スカーレットは、生まれて初めて一人で外を自由に飛びまわっていた

 そこで見る風景は、どれも違って見えた。姉と二人で外出するときは、常に姉の監視下でしか行動できなかったが、いまは自分の好きなままに飛べる

 少女にとって、初めての自由だった

 紅魔館の地下室とは、なにもかもが違った

 空はどこまでものび、雲は常に形を変えていく

 図鑑でしか見たことがなかった、花、鳥、虫、なにもかもが少女が知らないものだらけだった

 紅魔館を囲む森を抜けると、小さな集落がある

 その集落を越えた所には、様々な花が群生している

 名も知らぬ花が咲き誇る野原に、少女は降り立った

 これほど美しい野原に、人間は誰も来ていないようだった

 紅魔館の周囲にある集落では、吸血鬼を恐れて遠くには外出しない

 それも好都合だった。少女は天然の花畑に飛び込み、思うさま花と戯れた

「ウフフ、くすぐったい」

 小さな花の綿毛が、少女の肌をくすぐる

 こうしてみれば、人間の子供となんら変わらない

 飛ばない時は、七色に光る不思議な羽はしまえるようになっている

 少女が腕を伸ばすたびに、色とりどりの花びらが宙に舞い、少女の世界を彩った

 硬い、冷たい部屋の壁しか知らなかった少女の世界は、明るく彩られ、その世界はどんどん広がっていった

 そこら中にあるもの全てが珍しく、ありとあらゆる色に彩られ、少女は花畑に埋もれ込んだ

 紅魔館の地下室しか知らなかった少女にとって、目に見える全ての物が新鮮だった

 後で調べようと、いくつかの花を摘んでポケットに入れた

 花と戯れた後は森へ向かった。先日、てゐと美鈴が通り抜けた森である

 森の中に棲む怪物は、この間、美鈴がほとんどやっつけてしまった

 その森は鬱蒼としいて、先ほどまでの美しい森とは違った

 歪に曲がった木や、毒々しい色に染まったキノコ

 しかし、それでも少女の心は躍った

「外の世界には、なんて私の知らないものが多いんだろう。お姉さまは、こんなにたくさんの物があるのに、私をずっと地下に閉じ込めていたのね…」

 今まで知ることのできなかった世界を、もっともっと知りたいと思った

 少女が視線を上げると、そこには小さな栗鼠がいた

 少女は素早く翼を広げ、その栗鼠を捕まえた

「ねえ、貴方はどんなことを知っているの?。私の知らないことをいっぱい知っているんでしょ
 私にも教えて」

 栗鼠を両手で掴むフラン。栗鼠はその手から逃れようと必死で暴れる

「ウフフ…、ダメだよ…、逃げちゃあ…」

 フランは右の手の人差指を栗鼠に向けた…

「痛!」

 フランの指が栗鼠に触れた瞬間、フランの指先に鋭い痛みが走った
 栗鼠の鋭い歯が、フランの指に噛み付いている

「このー!」

 あまりの急な痛みに、フランは感情が抑えられなかった
 思いっきり両手で栗鼠を握り締め、そして力を込める

 小さな栗鼠が、吸血鬼の力に叶うわけもない

 栗鼠が苦しみのあまりに悲鳴を上げる

「いけない!」

 不意に、森の中に人間の声が響いた
 その瞬間、一瞬の空白の時間ができたような気がする

 不思議な感覚から抜け出したフランの手から、栗鼠が消えていた

「え!、なんで!?」

 驚くフランが、あたりを見渡す

「ダメじゃないの…、こんな酷いことをしちゃあ…」

 フランが振り向いた先には、一人の女性が立っていた

 銀色の髪をサイドで三つ編みにし、丈の長いスカートに白いエプロン、頭には白いヘッドドレス
 西洋人にも、東洋人にも見える不思議な女性だった

「ほら、こんなに震えている。貴方に怯えているのよ…」

 女性の手の中には、さきほどフランが握りつぶそうとしていた栗鼠が居る
 女性の手で優しく包まれている栗鼠だが、酷く震えていた

 フランは訳が分からなかった

 吸血鬼であるフランが、栗鼠を奪われたことに全く気付かなかった
 普通の人間には、絶対にできないことである

「ちゃんと謝りなさい…、どんなに小さくても簡単に命を奪ってはいけない
 命って、とっても大切なものよ」

 女性が言った
 その表情は、怒っているようでもあり、優しく微笑んでいるようでもある

 紅魔館の住人以外で、誰かに話しかけられるのは、もちろんフランにとって初めてのことである

「ご、ごめんなさい…」

 フランは女性に言われたように、栗鼠に謝った

 女性が栗鼠を地面に置くと、栗鼠はフランに向かって走りだし、フランの足元で走り回った

「よかったわね、許してくれたみたい…。貴方、お名前は?」

 女性はにっこりと笑い、フランに聞いた

「フラン…」

 フランはどうしていいか分からずに、下を向いたまま答えた

「そう…、フランちゃん…、あなたはとってもいい子ね」

 そういうと、女性はフランを優しく抱きしめた

 フランは驚いた顔になる

 今まで姉以外の人に、こんな風に抱きしめられたことなどなかった

 その肌から伝わる温かさ、甘く優しい匂いがフランを包んだ

(この人…、いい匂い…。お姉様みたい…)

 フランの目が、トロンと蕩けたようになる

 人間の女性であるはずの彼女から、姉と同じ匂いがしたからだ

「あ、あの…、貴方は…」

 もじもじと、フランが聞く

 ほとんど言葉にはなっていないが、それでも女性には伝わる

「ごめんなさいね、私は自分の名前を覚えていないのよ…」

 女性は言った

 彼女は、この近くのソフィー村で暮らしているという

 といっても、その村で生まれたわけではない。今から数年前、ボロボロに傷つき倒れていたのを、村の人間に助けられた
 生きているのが不思議なくらいの重傷を負っていた彼女だが、奇跡的に一命を取り留めたが、その代償として記憶を失っていた

 彼女は村の離れにある小屋を借りて、村の人たちの仕事を手伝いながら暮らしているという

「今日はね、この先にあるキンセンカを取りに来たのよ」

 女性が言うのは、フランが先ほどまで遊んでいた花畑のことだった

「キンセンカ…、このお花はキンセンカっていうの?」

 フランは自分のポケットから、さきほど採取していた花を取り出して見せた

「そう、グレートブリテン島からずっと南に行った地中海沿岸が原産地。食用にもなるし、お薬にすると火傷や皮膚の病気に良く効くの」

 女性はそう言うと、フランが見せた花びらを少し手に取り、手の甲で軽くすりおろしてみる

 ハーブの一種であるキンセンカは、すり潰すといい匂いがする

「本当は日当たりの良い所でしか育たないのに、この辺りは一年中日当たりが悪いの。それなのにこんなに自然に群生しているなんて不思議ね
 この辺りには、本当は育たないはずの花が沢山群生しているのよ」

(お姉様の力だ…)

 フランは思った

 姉であるレミリアは、運命を操る能力を持っている
 レミリアと出会った者は、その日から数奇な運命を辿るという

 ここに咲いている花も、本来は咲いている筈のない花なのだ

 それが、レミリアによって花の運命は変えられた

「あちらの湖に咲いているのは喇叭水仙、ウェールズ公国の国花ね。あちらはアマリリス。根に毒があるから気をつけて」

 実に咲いている花の種類も、咲いている時期も見事にバラバラである
 これも、レミリアの力なのだろうか

「ねえ、ねえ、じゃああれは?」

 女性は花に詳しかった。フランは目に付く花を次々に聞いて行った

「あれはローリエ、月桂樹ね。あれはカモミール。どちらもハーブやお薬としても使われるわ」

 女性はフランの質問に全て答えた

 フランにとっては、初めての外の人間との交流であった
 花畑の中で、遊びつかれたフランは女性の膝の上で眠ってしまった

 女性はフランの頭を優しく撫でる。色とりどりの花の中で、フランは今まで感じたことのないような安息感に包まれる

「おい!、なにをやってるんだ!」

 それは、突如訪れた

 乱暴な男の声で、フランは目を覚ました

 手に鍬を持った農夫が、二人を睨みつけていた

「まだ仕事は終わってないんだぞ!、なにを遊びほうけているんだ!」

「す、すいません。ちょっと…」

 女性は慌てて立ち上がる

 彼は、女性がかくまわれている村の農夫だった

 男の目が、フランに留まる

「なんだ、その子供は?」

 厳しい目つきで、男はフランを睨んだ
 フランは、女性の後ろに隠れる

「ちょっと森で出会いまして…」

 フランを守りながら、女性は答える

「ふん、そんな見ず知らずの子供と遊んでいるヒマがあるのか!
 仕事はまだたっぷり残っているんだぞ!、さっさと戻って来い!
 記憶を失って行き倒れになっているのを助けてやったのは誰だと思ってるんだ!
 本来なら、すぐにでも出て行ってもらいたいくらいなんだ
 恩を感じているんなら、さっさと働け!」

 男は容赦ない口調で怒鳴り散らす
 どうやら、女性はかくまわれている村では酷い扱いを受けているようだった

「は、はい…」

「む~!!」

 フランが拳を強く握る

 男が誰なのか、なんで怒っているのかは分からなかったが、男が女性に酷いことを言ったのは分かった

「ダメよ!」

 女性が、フランを止めた

 フランの能力のことは知らないはずだが、それを察知したかのようにフランを制する

「なんだぁ?」

 男が冷酷な視線で女性を見る

 とても、同じ人間を見ている目じゃない

「なんでもありません、すぐに戻りますから」

 女性がそういうと、男は散々悪態を吐きながら森へ戻っていった

「どうして、あなたはあの人のいいなりになっているの?
 あなたは、もっと強いはずでしょ」

 フランが言った

 どういう方法を使ったのかは分からないが、彼女は吸血鬼であるフランから栗鼠を奪っているのだ
 普通の人間には、到底できないことである

「強いからといって、人を自分のいいようにしていいという訳ではないわ。それに、あの人たちは私を助けてくれた
 とても貧しい村で、余所者を食べさせる余裕なんてないのに、あの人たちは私を匿ってくれているの
 そんな人たちに、酷いことができる訳がないでしょう。
 命は、大切なものなのよ」

 そういうと、女性はフランの手を握った

「もう、あんなことをしちゃあだめよ。どんなに弱くても、どんなに小さくても、みんな頑張って生きているの
 どんなに自分の力が強いからといって、簡単に命を奪ってはいけないわ
 だから、約束して。もう簡単に命を奪ったりしないと
 そうすれば、今度はもっと沢山のことを教えてあげるわ」

 女性は、優しくにっこりと笑った

「う…、うん…」

 フランは頷いた

 心の中に、姉の顔が浮かぶ
 また、月が出ている夜に、姉は自分を誘うだろう

 そうすれば…

「いい子ね、フランちゃん。また逢いましょう」

 そういうと、女性はフランの額にキスをして、森の方へ去って行った

 フランは翼を広げ、家路についた

 そろそろ姉が戻ってくる頃である

 フランの心には、姉と先ほどの女性の顔が浮かぶ

 顔立ちも声も全く似ていないのに、フランには二人の顔がだぶって見える

 姉は街を壊せと自分に勧め、その通りにすると優しく抱きしめてくれた

 女性は命は大切だといって、命を奪わないように約束してキスをしてくれた

 今まで、フランの世界はレミリアが全てだった

 姉の言う通りに暮らし、姉の言う通りに破壊していた

 むしろ、フランがレミリアの一部だったと言えるのかもしれない

 それが、初めてフランの世界に姉以外の存在がやってきた

 幼く、未熟で、自分の力をコントロールできないフランは、自分がどうすればいいか分からなかった






~紅魔館・地下図書館~




「月の満ち欠けは…、海の満ち引きと密接に関わり…、月の軌道を計算すれば、容易に世界の潮の流れを知ることができる
 かつて神の民、ヘブライ人を導きしモーゼはこれを利用し海を割った…」

 てゐは、パチュリーの大図書館で分厚い本を読んでいた
 自分がフランの部屋の鍵を掛け忘れ、フランが外に逃げ出したことなど露知らず、床に茣蓙をしいて座っている

「あ~、まったく訳がわからんウサ、何が書いてあるのか珍粉漢粉ウサ」

 てゐは、読みかけていた本を投げ出す
 まだ十ページにもならない内に、てゐは読むのを諦めてしまった

「ここにある本は、ほとんどが魔導書だもの。魔法の知識がないものに分かるわけ無いわ」

 同じように分厚い本を読みながら、パチュリーが答える

 二人とも、フランが出て行っていることには毛ほども気付いていない

「もっと楽しい本はないウサか?、英語と妙な図案の本ばかりでつまらんウサ」

 美鈴自慢の翻訳コンニャクを食べたとはいえ、英文を読み取るのは難しい

 ましてや、内容が魔導書となればなおさらである

「さぁ、そちらの棚にはジパングや清国の書物もあるけどね、竹取物語とか」

 パチュリーが指差す方向には、見たことがある表紙の本が並んでいる
 全て英訳された本であるが、その本に書かれている輝夜姫の絵は、ちっとも実物の輝夜には似ていなかった

「うん…」

 その棚に並んでいた本を眺めながら、てゐは一冊の本に目が留まる

『時空間移動における粒子存在確率』

 タイトルの意味は分からなかったが、時空間移動という単語がてゐの心を揺さぶる

 ちょうど何日か前に、てゐはそれを体験したばかりだった

「魔法の力では、時間を移動することもできるウサか?」

 てゐが聞いた

 もしも魔法の力で時空を移動できるというのなら、てゐも今すぐ幻想郷に帰れるかもしれない

「ああ、なにを読んでいるのかと思えば、その本ね…」

 パチュリーは、自分の呼んでいた本を片付け、その本を自分の手元に呼び寄せる

「確かに、この本は時空間移動における研究を綴ったものだわ

 同一の時間軸における空間移動の魔法という物は、さして難しい物ではない
 量子力学の世界では、全ての物質を作っている粒子は、確率的にしか存在できないとしている

 粒子の存在する確率を変化させることができれば、同じ時間軸の上ならどこに存在していてもおかしくない
 自分の肉体を素粒子レベルで変化させ、粒子の存在確率を操作する公式を作り出せば、いくらでも空間転移は可能

 でも、時空間移動となるとそうはいかない。物質が存在が確率的にしか捉えられない以上、異なる時間軸で座標を固定することはできない
 仮に、その条件下で座標を固定する公式を見つけ出せたとしても、タイムパラドックスの問題がある

 一人の人間が時空を移動するだけでも、相当な時間の流れのズレができてしまう
 その時間の流れのズレを解消する公式を見つけなければ、仮に無理やり時空間移動の魔法を発動したとしても、術者は永遠に時空間の迷子になってしまうだろう…」

 パチュリーが説明するが、てゐにはパチュリーがなんと言ったのかさえ分からない

「難しすぎるウサ、もっと分かるように言って欲しいウサ」

 てゐが言った。量子力学が人間の世界で誕生するのは20世紀に入ってからだが、魔法使いの世界ではすでに常識として定着している

「ごめんなさいね。まずは、量子力学というものを説明しないとね。

 量子力学というのは、物体を構成する要素の中で最も極小の単位である粒子が如何なる働きをするかという事を調べる学問よ
 しかし、人間が感知できないその粒子は…

『観測者が観測するまで、対象は確率的にしか捉えられない』

 …という結論を出した。観測者が観測するまで、対象が存在しているのかさえ分からないということよ
 この世の全ての物質を構成する最小の単位である粒子は、実は偶然の確率によって存在している

 だから、私と貴方が出会うまで、貴方が存在していることは確率的にしか捉えられない
 貴方が存在しない確率というものもあるということよ」

「自分が存在しない確率…」

 パチュリーの言葉に、てゐの顔が青くなる
 パチュリーに悪気はなかったのだろうが、事実、本来ならてゐはこの場には存在しないはずの存在なのである

「アハハハハ…、そんなに気にしないで。例えばの話よ。

 しかし、この量子力学によれば、この世に存在している全てのものは、観測者が観測するまで確率的にしか捉えられない
 同一の時間軸にいるのなら、対象を観測することはできるけれど、異なる時間軸にあるものを観測することはできない
 これもタイムパラドックスの一つだけどね」

 ドラクエのルーラで、行ったことのない町に飛ぶことができないのと理屈は同じだ
 観測しようのないものを観測することはできず、よって移動する時空間の座標を固定できない

「まあ、これだけの事を全て解析し、公式化することができなければ、時空間移動の魔法は使えない

 そして、タイムパラドックスの問題もある。有名な命題では…

『自分が生まれる前の時代に行き、自分の両親を殺したら自分は存在しなくなるのか?』

 …というのがある。自分の両親でなくとも、アダムとイブのどちらかを殺せば、人類そのものが存在しなくなる

 ノアに箱舟を作らせなければ、人類は死滅していたのか?。モーゼが十戒を受ける前に殺せば、古代イスラエル王国は存在しなかったのか?
 …とか、いろいろと考える事ができるけど、これらの矛盾もすべて解消しなければならない」

 タイムパラドックスの問題は、てゐにも理解できた
 てゐがオオクニヌシに出会う前に兄弟神に殺され死んでいたら、国譲りの神話は成立しなかった
 日本と云う国そのものが存在しなかったことになる

 とにかく、時空間移動の魔法はとてつもなく難しい魔法であるということは理解できた

 しかし、てゐはなんと言われようと、実際にタイムスリップしてしまったのである

「でもね、確かに時空間魔法は、数ある魔法の中でも最高難易度の魔法だけど、まったく成功例が無いわけではない

 古代ソロモン王は、悪魔の力を借り時空間魔法に成功し、未来を予言したという
 他にもイングランドの偉大なる魔法使いマーリン、アルバス・ダンブルドア、フランスの錬金術師サンジェルマン伯爵

 日本でも安倍清明や役小角、それと何とかという悪霊の魔法使いが時空間移動に成功したという記録が残っている」

 安倍清明と役小角の二人は、てゐは知っているどころか面識さえある
 しかし、彼らが時空間移動を行ったとは知らない

「だから、私もいつかは時空間魔法を成功させてみたい…。そうすれば…」


「どういうことなの!!」


 パチュリーの話を、とてつもなく大きな声が無理やりに止めた

 図書館の扉が、大きな音を立てて開いた

 レミリアが、フランの頭を掴み強引に引っ張っている
 フランは涙をいっぱいに浮かべながら、必死で姉に許しを乞うているようだった

「いったいどうしたの?。レミィ、乱暴はやめて!」

 驚いたパチュリーがレミリアをなだめるが、レミリアの怒りはそんなものでは収まらなかった

「うう…、許してお姉様…。うえぇぇぇん…」

 図書館に入ると、フランは一層に泣き出してしまった

「フラン、訳を話しなさい。貴方はこの私に何と言った…

『もう人間を殺したくない、だからもう一緒に街には行かない』

 …これは、どういうことなの!」

 レミリアが、フランを激しく問い詰める

 レミリアは、街の偵察を終えて帰ってきた。そして、今度の満月の晩に再び工場を襲うことをフランに告げたのだ

 そして、フランは答えた。もう人間を殺したくないと…

 レミリアは烈火の如く怒り、フランをこの図書館まで連れてきた

「うう…、だって…、だって…」

 フランは泣いたまま答えない

 人間を殺してしまったら、またあの女性と遊べなくなる
 だが、そのことを喋ったら、自分が勝手に外に出たことがバレてしまう
 そうなったら、きっと姉はさらに怒るだろう

 だから、フランは何も言えなかった

「泣いてたんじゃ分からないでしょう!。ちゃんと私の目を見て答えなさい!」

 ずっと答えず、泣いたままのフランの態度が、さらにレミリアの怒りを加速させる

「ちょっと待つウサ、そんなに捲くし立てたんじゃあ答えられないウサ」

 てゐがレミリアを宥める

「そうよ、レミィ。落ち着いて。妹様、泣いてないでお姉様に説明しなさい
 どうして人間を殺したくなくなったの?」

 穏やかな口調で、パチュリーが聞いた

「だって…、人を殺すことはいけない事だもん…。命は、とっても大切なものだもん…」

 涙声になりながら、フランが答える

 何故人を殺してはいけないのか、何故命が大切なのか

 それは分からないが、フランはもう人を殺したくなくなってしまった

 人を殺してしまったら、もうあの人とは会えなくなってしまう…

「フラン!、貴方は高貴な吸血種でありながら、下等な人間に情けをかけようというの!」

 レミリアがてゐを押しのけ、手を上げた

 ぶたれる…!?

 …そう思ったフランが、目を閉じる

「やめて!、レミィ!」

 パチュリーが、レミリアよりもさらに大きな声で止めた
 身体が弱っているはずのパチュリーとは思えない、強い声だった

「もうやめて、レミィ。何があったかは知らないけど、妹様も自分で考えたのよ」

 パチュリーが言った

 今まで、姉が言うままに地下に閉じ込められ、人間を殺してきたフランが、自分の意思で考え、姉に反抗している

「私も、本当は貴方には破壊をやめて欲しかった。でも、言えなかった。怖かったのよ、貴方の怒りに触れてしまうことが
 でも、妹様は貴方の怒りに触れることが分かっていながら、貴方に自分の考えが言えた
 偉いわ、妹様。貴方は私よりも勇気がある。流石は闇の種族の王である吸血鬼の血を引いていることはある

 もうやめましょう…。私の病気は、自分でなんとかしてみせる。鈴仙(てゐ)だって来てくれたんだもん、きっと今までよりいい薬が作れるわ」

 パチュリーが言った

 今までは。レミリアの怒りを買うのが恐ろしくて、言いたくても言えなかった
 それが、フランの姿を見て、ようやく言える決心がついた

「レミィ…、分かってあげて。妹様は…、フランは貴方の手を離れて、一人の力で立ち上がろうとしているの…
 悲しいけれど、寂しいけれど、それは誰にでも訪れるものなのよ…
 これ以上、貴方がフランに自分の考えを押し付けることはできない
 貴方がどれほどフランの事を思ってやったことだって、これからはフランは自分で考え、自分で答えを出す
 私も貴方も、そうやって成長してきたはず。分かってあげて…」

 人も妖しも、いつかは子供から大人に成長する
 それは自分で考えること、自我の目覚めによるものだ

 実に400年を超えて訪れた反抗期だった

「言いたいことはそれだけかしら…?」

 静かな、落ち着いた口調で、レミリアが言った
 つかつかとパチュリーのベッドへ近づく

 その表情は、泣いているのか怒っているのか窺い知れない

「貴方が、私に破壊活動をやめてもらいたがっていることくらい知っていたわ
 でも、私はそれを知っていながら、破壊をやめなかった
 …どうしてか分かる?」

 レミリアの拳が震えていた
 怒りによるものか、悲しみによるものか…

 その拳が突如開き、パチュリーのベッドから布団を剥ぎ取った!

「吸血鬼である私が、血の匂いに気付かないとでも思ってたの!」

 レミリアが布団を剥がしたベッドの上には、夥しい量の血の跡があった
 色水の入ったバケツを引っ繰り返したかのように、ベッドは赤く染まっていた

「貴方はもう分かっているんでしょう!、自分の命が、このままだともう半年も持たないことに!」

 レミリアの言葉が厳しくなった

 パチュリーは何も言えず、俯いてしまった

「貴方は、自分の身体の変化に気付いていながら、それを隠していた
 人間の毒に冒されながら、私に気付かれないように!
 私が気付いた時には遅かった。もはや魔法の力でも治癒できないほどに
 だから、私は破壊を始めた。地下に幽閉していたフランまで連れ出して
 無駄なことだと分かっていながら、それでも人間が許せなかった
 貴方の両親を奪い、私の両親を奪い、いままた貴方まで奪おうとする人間が!」

 レミリアが一気に捲くし立てる

 レミリアが破壊を繰り返すのは、単なる人間への復讐ではなかった
 それは、親友に死期が迫っていることを知ってしまったが故の、悲しみの発露だった

 そして、それに気付いたことを、レミリアは言えなかった
 レミリアもまた、パチュリーに本当の気持ちを隠していたのだ

「ありがとう…、でも、いいの…。鈴仙が来てくれてから、随分と身体も良くなった
 自分の身体は、自分で治してみせる。そんなことより、貴方が悲しみに暮れ、破壊を繰り返す姿を見るほうが、私は辛いわ…

 だから、もうやめて…」

 パチュリーの目から、涙が溢れた

 てゐの薬も、結局は耳学問で作った薬に過ぎない
 永琳が調合した薬ならともかく、てゐの薬ではパチュリーは救えない

「イヤよ!。フラン、見なさい!。これが貴方が人間に情けをかけた代償よ!
 このままでは、我々夜の種族はこの世の全てから居場所を奪われる
 だから、人間を殺しなさい!、もう犠牲の大きさなど考える必要はない!
 あの街に住む人間の全てを!、いえ、世界中の人間さえ滅ぼすのよ!」

「うわぁぁぁ~ん、イヤだぁ~!!」

 レミリアは怒鳴り、フランは泣き喚いた
 このままでは、パチュリーの寿命は尽きてしまう

 フランはもう人を殺したくはないと思っている

 レミリア一人の力では、とても全世界の人間を殺すことなどできないだろう
 もはや、彼女達には、この世界での居場所はなくなってしまっているのだ

「………」

 てゐは、そんな三人の姿を見ながら動けなかった
 しかし、身体は動かなくとも心は動く

 てゐの心がざわつく

 寿命が尽きかけているパチュリー、この世に居場所がなくなった吸血鬼姉妹…

 この三題囃の最後のピース…

 てゐの視線が、パチュリーの持っていた本に注がれる

「あ~!!!!」

 突然、唐突に、てゐはその場にいた誰よりも大きな声で叫んだ

 三題囃の最後の一つは、さきほどパチュリーが説明した時空間移動の魔法だった

「そうウサ!、なんで今まで気付かなかったウサ!」

 てゐが場違いなくらいに明るい声でいうので、三人は狼狽する

「みんなでこの館ごと幻想郷に移動するウサ!、幻想郷は外の世界で居場所を失ったものが流れ着くとこウサ
 それに、人間の建てた工場もないから空気も綺麗ウサ。腕のいい医者もいるウサ

 あんた達は、幻想郷に行くのにピッタリウサ」

 てゐが言ったのは、紅魔館の幻想郷移転の提案だった

 スキマ妖怪の妖怪拡張計画のお陰で、幻想郷では外の世界で幻想となったものが流れ着くようになった

 この世界に居場所がなくなった三人にはぴったりの世界である

「あなた、なにを言っているの?。私の説明を聞いていなかったの?
 そのゲンソウキョウという場所の存在を観測できないのに、その場所に移動できる訳無いでしょう」

 パチュリーが言った

 確かに、先ほどのパチュリーの説明からすれば、幻想郷の正確な座標は、幻想郷を観測するまで測れない
 幻想郷を観測できない以上、幻想郷への移転は不可能である

「幻想郷の位置は、私が知っているウサ。私は幻想郷にいたウサ。今日の日付から逆算すれば、正確な座標も掴めるウサ」

 てゐが言った

 確かに、本来ならてゐは、同じ時代の幻想郷にいるのである
 それはつまり、すでにてゐによって同じ時代の幻想郷が観測されているともいえるかもしれない

「そんな、確かにそんな仮説は成り立つなもしれないけれど…、そんな大きな魔法が使えるかどうか…」

 パチュリーが言う

 数ある魔法の中でも、最高難易度の時空間魔法
 それを自分が成功させることができるなど、到底思えなかった

「心配要らないウサ。あんたはちゃんと魔法を成功させるウサ。私が保証するウサ」

 てゐが自信たっぷりに答える

 何故なら、てゐの知っている歴史では、紅魔館は幻想郷に確かに移転してきているからである

 ただそれだけが、てゐの根拠だった

「パチェ…、どうなの?。貴方に出来るの?」

 レミリアが聞いた

 てゐよりも魔法に詳しいレミリアは、てゐの提案が如何に馬鹿げているかが分かる

「分からない…、けれど、鈴仙の言っていることにも根拠がある
 実際の所は、やってみないと分からないけど…」

 パチュリー答える

 この紅魔館全体を時空間移動させるとしたら、相当の魔力を消費するはずであるし、準備にもかなりの期間が掛かる
 パチュリーに残された時間を考えると、もうこれが最後のチャンスかもしれない

「でも…、私はやってみたい。可能性に懸けてみたい
 もう、貴方が誰かを傷つける所を見たくわない。それに、私も幻想郷という新しい世界に行ってみたい
 残された時間を、最後の時間を懸けてみたいの」

 パチュリーの答えに、レミリアは目を閉じる

 全員に背を向け、離れる…

「ゲンソウキョウ…、それがどんな世界なのかは知らない
 でも、私達はもうこの世には居場所が無い…」

 レミリアが言った
 全員に背を向けたまま、まるで自分に言い聞かせるように…

「フラン…、貴方はどう?。貴方はこの世界に未練はないの…?」

 レミリアがフランの意見を聞いた
 今まで、自分の考えだけを信じさせてきたフランに、その考えを聞いた

「私は…、ずっとみんなと一緒がいい。パチュリーが助かるなら、ゲンソウキョウに行きたい…」

 フランが答えた

「そう…、なら決まりね…
 パチェ…、フラン…、そして鈴仙…」

 レミリアが振り返った
 その表情は、誰よりも明るかった

「幻想郷に行きましょう。私達の、新しい世界へ」

 こうして、紅魔館の幻想郷移転計画が始まった
結婚式等あって休んでました

いよいよ折り返しを過ぎました

輝夜と妹紅はてゐと出会えるのか、紅魔館の連中は無事幻想郷へ辿り着くことができるのか、そして、フランちゃんのであった女性の正体は?

いろいろ謎を詰め込んで後編に突入します

東方二次創作です
東方以外の作品のオマージュがあります

文章構成は気にしない

キャラ崩壊あり
オリジナル設定あり

後編1のリンク張ります
ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1275480200&log=115
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コメント



0.560簡易評価
3.10金欠削除
アプリコットを紅茶の中にぽっちゃんするとは。
何故もこたんは外の世界の話を知っているような口ぶり?競馬って月か幻想郷にあるのか?

これらの事から推察出来る事は一つ……。
この作品の中に出て来る幻想郷は幻想郷じゃないんだよ!!(ナ、ナンダッテー!

という感じで読むとわりとすんなり……うーむ。
直す気がないなら欠点も米できないし……。
4.10名前が無い程度の能力削除
これはひどい
8.無評価ダイ削除
>金欠さん

アプリコットはジャムですね

河童や天狗が外の世界の技術を真似てカメラとかロボとか作ってるんだから、もこたんが外の世界を知ってても不思議でないと思います

東方競馬譚では輝夜は穴馬狙いという性格付けになっていますので

そんな感じであまり深く考えずサラっと読んでください
10.無評価名前が無い程度の能力削除
内容自体は悪くないんだが…


此処まで言われても変えないその根性、別の方に向けたらどう?
15.10削除
ストーリーは良いと思います。
思い切ったテーマでありながら設定の丁寧さを伺えますし、こう言う遊び心を利かせた二次創作は個人的に好きです。
ですが正直に申しまして、「ストーリーは良い」「ここは好きだ」と言う風に良い部分のみを書き出して評価する事は私にはできません……。
私としては創想話は作品の投稿場所・閲覧場所であると同時に、双方のコミュニケーションの場であると思っています。
ですので、貴方のそのスタンスには閉口せざるを得ません。

>料理屋に入って、料理の味が気に入らないからと厨房に怒鳴り込んで味付けの方法を変えさせたりしますか?

と、前回のコメントにて述べられていましたよね?
貴方が出された料理が「人を不愉快にさせるような悪ふざけがなされている」と言う状態なのを理解されてます?
もうね、味付けは良いよ!とかそういう以前の問題なんですよ。
ちょっと感情的な人なら厨房に怒鳴り込んでも不思議じゃない状態ですし、それでなくとも店員さんに「これおかしくね?」って尋ねるのが至極当然の反応です。

ひょっとして勘違いなされているのかもしれませんが……
貴方が今置かれている状況は「匿名者から謂われ無き誹謗中傷を受けている」訳ではなく、ごく自然な事の帰結であり、至極当然の評価ですよ?
あくまでここは匿名での書き込みが許された場所です。貴方にとってどうか、という以前にここでは当たり前の事なんです。
何より匿名なことにより言い回しが横暴になっている部分はあると思いますが、その多くが貴方の作品、或いは対応に対する至極当然の反応です。
少なくとも私はそう思いました。

そして何より、自分の書き方を理解してくれない人に無理して読んで欲しいとは思わない、と仰ってますが、
それなら何故不特定多数の人間が必然的に目にする創想話に投稿しているのでしょうか?
ここは公共の場所です。誰もが作品を投稿でき、閲覧できる場所です。
そんな場所でそこを間借りした上で、「嫌なら見るな」なんて我儘な考えが通ると思っているんでしょうか?
本当にそれが実行なさりたいのなら、ご自分のサイトか何かで為さるべきではないでしょうか?

もしかすると意固地になられているのかも知れませんが、少し冷静にお考えになった方が良いかと思います。
そしてその上でご自分のスタンスを貫くのであれば……まあ、止める理由は何もありません。
ただ、私個人としてはとても残念に思いますし、内心で「余所でやって欲しいな」と思います。間違いなく。
愛する創想話にあえて荒れる原因がある事は非常に悲しいです。
17.無評価名前が無い程度の能力削除
『嫌なら読むな』という命題を語る以前に、まずあなたが『嫌なら投稿するな』という命題をクリアしているのか否か、ですね。
不特定多数の人がやってくるこの場所に作品を晒す、ということは、覚悟をする、ということ。どんなひどい反応が返ってくるかもしれない、と。
それはこの場所では匿名の発言が許されているからであり、ここの主はあなたではないから。
料理屋に入って~の発言からあなたはご自分が店主の立場だと思っているようですが、店主は管理人さんです。あなたはここを利用している客に過ぎない。
他の客から顰蹙を買うような客は、たとえ出て行けといわれてもおかしくはないと思います。
そこだけ、ご理解ください。
19.10名前が無い程度の能力削除
前にも似たような人いたなぁ。

多分何を言っても無駄なんだろうけど、読み手の真剣な意見を蔑ろにするならここに投稿するより自分のサイトでやった方が幸せになれますよ。
20.無評価名前が無い程度の能力削除
まあ貴方の考え方は分かりました。
別に読み手の考えに従うルールはありませんし、別に良いんじゃないでしょうか?

あと、すでに作者の考えが分かってるのにまだ批判している人は
それだけ書くなら自分の気に入った作品の評価に当てた方が良いと思うんだが…間違ってるかな。
21.無評価名前が無い程度の能力削除
そそわは読者が自由に意見を言える場であるのと同時に
書き手も常識と規約の範囲内なら自由に投稿する権利はあるのですから
投稿は今後も自由にしていけばいいと思います

読み手の言う事に従うかどうかなどは作者が決めることで読者が決めることではないですから
それでどのような反応を得たとしても作者の自己責任ですし
23.無評価名前が無い程度の能力削除
他の投稿者の迷惑ならなければ好きにやればいいよ。匿名で書かれたコメントに関してはどうせ読んでないだろうし。
名前付けないと返信しないとか読者舐め腐ってるよね。
コメに対してコメするのはルール違反だけど、
>24
その言い方が気に入らないんだよ。多分。
指摘をされて直せることを直さずに、半ば開き直り気味に「これが自分のスタンスだ。嫌なら読まなくて良いよ」って上から目線な言い方をされたから批判しているんじゃない?多分
26.10MR削除
最近の若輩者は礼儀を知らんのだな。
27.90ずわいがに削除
ようよう面白くなってきました。フランが地下から抜け出したことでどんな被害が起こるのかと危惧していましたが、良い意味で裏切られましたね。
空間転移について難しい説明のとこは俺にはなかなかわかりませんでしたが、てゐの根拠のある自信満々なセリフにはニヤリとしてしまいました。
輝夜と妹紅のようやくの進展、紅魔館の転機、そしてフランの出会った人物…続きが気になります。
28.無評価半病人削除
24はその批判すら時間の無駄だって言いたいんでしょ。
異論、反論の有る奴はもう読むなって前回書いてるんだし。

まあ話自体は面白かった、どんどん引き込まれる感じ。
ただ地の文の内容が少々稚拙かと思った。
評価はあんまして欲しくなさそうなのであえてフリーで。
29.無評価名前が無い程度の能力削除
ここまで言ってくれる人達が居ると言うのに、何が不満なのですか?

そこまでして貫き通したい自分のやり方って何ですか?
30.無評価名前が無い程度の能力削除
何か勘違いしていませんか?
ここは「作者が書いて楽しい」ものを書く場所ではなく、「読者が読んで楽しい」ものを書く場所です。
書いて楽しいものを書きたいなら自分のサイトでも作ってください。

>料理屋に入って、料理の味が気に入らないからと厨房に怒鳴り込んで味付けの方法を変えさせたりしますか?
更に上の発言についてですが、料理人というものは客に美味しい料理を提供してその対価としてお金を貰う職業です。
最初から客のことを考えていないあなたに料理人を名乗る資格はありません。
31.10名前が無い程度の能力削除
おっと、点数を入れ忘れました。
勿論、10点です。
読み手を蔑ろにする作者にはこれしか入れられません。
34.無評価W.R.削除
せっかく話が面白いのに作者の態度で台無し。
匿名で書こうと思ったけど、名前を入れないとまともに返事も貰えそうにないので名前付きで。

「。」や「、」を付けないのは容量削除のため、注意書きを前書きではなく後書きに書く。
これについて何故直さないのかが聞きたいのに、自分の考えとやらを語り始める。しかも微妙に答えにはなってない。
挙句の果てには異論反論があるなら読むなって本当に自分勝手も良いところじゃないですかねぇ?

結局指摘された箇所を直さない理由って何?「それが私のやり方だ」ってのは無しで。
別に考えを語るのは良いが語る前に、答えないといけないと思われる質問に答えてから考えを語ろうよ。
自分個人として、貴方に答えてほしいのは『考え』じゃなくて『理由』。

批判することが時間の無駄って意見もあるけど、中にはここを直した方がもっと面白くなるんじゃない?
と良かれと思って匿名とはいえ指摘してくれてる人もいるわけじゃん?いないかもしれないけどw
それに対する答えが「これが私のやり方だ。嫌なら読まなくて結構」は無いよね。そりゃあ批判したくなる。
あと作者は匿名でコメント出来る場所なのに、名前がないと返信する気がないみたいだね。
何故匿名の意見を無視するのかな?匿名で書き込める意味がないじゃない。

>遠まわしな言い方では伝わらない方が多いようですので、率直な書き方をさせていただきます
なら初めから率直に書いてください。こういう場所で回りくどい書き方して全員に伝わると思ったら大間違いですよ。
あと軽く読者をバカにしてるような発言にしか聞こえないんですが?

>料理屋に入って、料理の味が気に入らないからと厨房に怒鳴り込んで味付けの方法を変えさせたりしますか?
味付けうんぬん以前に、ここは貴方の料理屋じゃないことを理解していますか?
36.無評価名前が無い程度の能力削除
何の返答も無しか。
こいつは逃げたな。
45.無評価名前が無い程度の能力削除
なんで皆さんはそんなに批判してるんですか?問題点なんて一つもない良い作品じゃないですか。何がだめなんですか?
49.90ほうじ茶削除
ここまで月の連中の仕業かと思っていたのですが…見事裏をかかれましたね。さすがです!^^
しかし致命的なミスがあったので一言。もこたん、英語話せませんよね? チンピラの台詞に突っかかる場面を適当な形に修正なされるといいと思います。
ここから先は未読なので、じっくりと、楽しく読ませていただきます!!


申し訳ありませんが、ここからはちょっとした独り言です。
作者様は無視してください。

しかし、六年経ってもこのような目立ちやすい指摘がないというのも不思議な話だと思う。
これまでにコメントしてきた人の多数が本当に作品を読んでいるのかが疑わしく思えてくる程度に。
ここは作文添削教室ではないし、単に作者さんの頭にある東方ストーリーを楽しめばいいはず。自分に合わないと思ったならそっと身を引けばいい(少なくとも俺はそうしている)。万人向けの作品なんてプロの作家にだって作れっこないんだから。
文法がなっていない、だから10点。俺たちの言うこと聞かない、だから10点。原作に忠実じゃない、だから10点…は違うでしょう。むしろそのせいで、こういう不可思議で自由な作品を読者が狭めちゃってどうするのさ(実際に更新止まっちゃったじゃないか!)。
第一、作品を一つでも書いたことがあるなら、これだけのクオリティーのものに仕上げるための時間と労力は痛いほどわかっているはずだし、どんな作品でも(余程のことがない限り)安易に10点なんてつける気にはならないと俺は思うよ。ましてや文体如きで…書き手にはルールではあるけど規約違反ではないじゃん。
むしろ、自分たちの『指摘してあげた』ことに対する作者さんの反応にムキになっているのは読者の方だと思う。それは完全に荒らしの一つでしょう。表面の体裁だけ指摘して作品の中身にはロクに言及していないんだから。
我が道を行く、それでも俺のようにストーリーを楽しんで読める読者がいればそれでいいじゃん。
それに、匿名コメを読んでいなかったら前回(だっけ?)のような返信はできないだろうに。

規約違反だし、こんなこと書きたくなかったけど、あまりにもこの作品の扱いが酷過ぎるので書かせてもらいます。
一度、自分たちのもつ東方観とは違うパラレルな東方だと思って読んでみてほしい。きっとその世界に引き込まれるはずだから!

少なくとも自分にはこの作品が「もっと多くの人に読んで欲しい!」、そう思えるシリーズだと思うんだ。

コメントの場を借りる形で規約違反を犯し、申し訳ありません。
お手数かけて申し訳ありませんが、削除していただいても結構です。