Coolier - 新生・東方創想話

紅い記憶 ①

2010/04/24 07:48:27
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※捏造設定満載の過去話です。
※しかもオリジナルキャラとか出てきます。秋姉妹的な意味ではなく。
※そうしたものが苦手な方はご注意下さい。

















 レミリアとフランドール。この二人が人間だった頃の情景は、500年近くの時を経た現在、最早姉であるレミリアの記憶の中にしか存在しない。妹のフランドールは既に忘れて久しいようだと、レミリアは考えている。そのレミリアの記憶も、本来の姓が思い出せないほどに朧なものだ。2人とも衣食に不自由しない、由緒のある家柄の子で、父と母と大勢の使用人があったことは覚えている。父母や当時既に他界していた祖父は冗談好きな人で、自分の家は実は魔法使いの家系なのだとか、ご先祖様の冒険が云々などと、寝物語に聞かされていたように思う。自分は同じような家柄の子の中ではさばけた人格であったように思うが、具体的にどのような言動を取っていたのかは忘れてしまった。対して、妹フランドールに関する記憶の中には、未だ鮮明なものが残っていた。人間であった頃から、フランは攻撃的で容赦が無く、言動も浮世離れしたものが多かった。レミリアはじめ同年代の少女が興味を示す煌びやかな飾り物よりも、騎士物語や御伽噺に興味を示し、宝物は御守りとして祖父から貰った玩具のような銀のナイフだった。また、他の誰にも線を引く一方、子供とは思えない精神力や攻撃性を見せることがあった。

 どういう経緯かは忘却の彼方だが、一度、レミリアが大型犬に襲われたことがある。犬ではなく狐だったかも知れないし狼だったかも知れないが、イヌ科の動物だったのは間違いない。多分、屋敷の近くの森へ出かけた時のことだろう。今の姿よりも更に幼かったレミリアに襲い掛かった獣に、姉よりも年下である筈の妹は、横合いから鼻っ柱をぶん殴ることで応えた――丁寧なことに重く硬い石ころまで握りこんで。幼い少女とは思えない、丸で誰かを殴るためだけに生まれてきたかのような、堂に入ったパンチだった。怯んで後ずさった獣が唸る間もなく、フランは逃げるどころか更に踏み込み、その石の尖った部分を目に叩き込む。流れる血に構わず、更に一発、二発、三発。当然、獣は恐ろしい唸りを上げながら電光石火の動きで喰らい付こうとするのだが、丸でフランは獣のやりたいことが全て見えているかのようにかわし、顔に集中して打撃を与え続けた。結局、獣はその動きを止めるまでに、フランに掠り傷を少々与えた代わり、耳を破られ鼻血を流し、片目を失うことになった。疲労と傷で立ち尽くす獣を、フランが凄まじい形相で睨み付けると、獣は、睥睨するフランに恐れを為したように逃げ出した。

 その時に見せ付けられたフランドールの暴力への才覚は、いっそ美しいものとしてレミリアの記憶に焼き付いている。ぎゅっと握っていた石を離し、

「大丈夫? お姉さま」

とうっすら笑って問いかける彼女は、妹や恩人というより、触れ難い神話の怪物めいて感じられたものだ。

 だが、フランドールが常に凶暴な人間であったかというと、決してそうではないことをレミリアは知っていた。フランは、感情を大きく表に出すことをしない。それは怒りにおいても例外ではなかったし、幾度かに渡って発揮され、その度大問題に発展したはずのあの暴力ですら、家族や使用人たちの生命や誇りを守るというもの以外の理由では、ただの一度も振るわれることはなかったのだ。朧な記憶の中で、それだけは、レミリアに断言できた。具体例は覚えていないが、間違いない。姉の自分が確信しているのだから、そうに違いないのだ。

 だから、人間であった頃の二人は、概ね幸せであったと考えることができる。顔も思い出せないが包容力のある父母、少し変わり者の妹、ちょっとだけしっかりものだが幼さゆえに結局我侭な姉、忠実でおおらかな使用人たち。友人たちにも恵まれ、日々が楽しかった。全てが上手くいっていたのだ。




 全てが崩壊したあの日のことを、レミリアははっきりと覚えている。使用人と一緒に出かけた祭りの帰り道で、珍しくフランも頬を上気させて楽しそうにしていた。二人は旅芸人の見せてくれた手品にすっかり虜にされてしまっており、どうしてあんな魔法みたいなことができるのかしきりに話し合っては、それじゃできないと考察を重ねていた。

「簡単よ。糸を使ったのよ。そうすれば、何かが浮いているように見えるなんて簡単じゃない」
「でもお姉様、それではあの輪っかが通り抜けた時に引っかかっているはずだわ」
「あら、そうね? う~~ん……じゃあ、その一瞬だけ離したのよ。きっと」
「すぐに落ちてしまうと思うわ」
「わかった! 魔法よ! やっぱり魔法使いだったのよ!」
「うん、私もそう思っていたの」

 二人はくすくすと笑い合い、すぐに話は他の奇術の種明かしに及んだ。が、ふと気付くと、一緒に歩いていたはずの使用人の姿が無い。二人は使用人の名前を呼び、駆けた。この辺りは野道に近く、人通りが無いのだ。大人がいないとなれば不安……なのはレミリアだけで、フランは怖がる様子も無く周囲を見回していた。そのフランが、不意に「静かに!」と小さく叫んだので、レミリアは驚いて口を噤んだ。

「……どうしたの、フラン」
「……何か聞こえる……」

 小声のやり取りの後、黙ると、確かに何かが聞こえる。帰路の左方に広がる森の中から微かに響くそれは、うめき声のようにも聞こえた。

「***かな?」

 フランは使用人の名を言って、即座に森の中へ駆け出した。同胞の危機を見逃すことなどできない彼女をその時止めれば良かったのか、今でもレミリアは考えることがある。そうすれば、自分は兎も角、フランはもっと楽だったのではないかと思うのだ――詮無きことと、すぐにレミリアの思索は終わるのだが。兎も角、この時レミリアが選んだのは「フランを追う」というものだった。結果、その光景に突き当たったのである。
 
 はたして使用人はいた。だが、彼女は一人ではなかった。

 彼女は黒衣の男に抱きかかえられるようにしていた。辛うじて地面に足をつけていたが、手はぶらりと力なく垂れていた。そしてその黒衣の男は、使用人の首筋に齧り付いていたのだ。使用人の空ろに開かれた目は虚空を見つめ、瞼は出鱈目に開閉を繰り返していた。時折、手足がびくんと非人間的に跳ねるのを、現実感が喪失した世界で姉妹は直視していた。

 どのくらい自分たちは凍り付いていたのか。実際には数秒といったところだったのだろうが、その時は永遠にも感じられた。男が手を離すと、使用人の身体はどさりとモノのように地面に落ちた。否、既に死体(モノ)となっているのだった。

「ハズレか……」

 男が呟いた瞬間、レミリアは総毛立った。丸で地獄の底から響いてくるかのように、冷たく、硬く、鋭い響きだったからだ。そしてその男が振り向き、紅い眼をこちらに向けるに至っては、最早レミリアは気絶せんばかりだった。だが、隣にフランがいるという思いが身体を動かした。レミリアはフランを庇うように前に出た。

「あ……あなた、何……***をどうしたの……」
「子が欲しかったんだが、思ったより適性が無くて、死んじまったよ」

 ガンと頭を殴られたように感じた。その野卑な言葉で、先程から脳裏にちらついていたが余りに非現実的で眼をそらしていた可能性が顕わになる。どう見ても、この男は生き血を啜っていた。しかも、その行為で子を作ろうとしていたという。嗚呼、それでは、伝説に謳われる吸血鬼そのものではないか! 奥にいる***の変わり果てた姿に対する悲しみと恐怖とで、レミリアはぼろぼろと涙を零した。

 しかし、フランドールは違った。

 ***が死んだと聞くや否や、前に立つレミリアを押しのけ、咆哮を上げて飛び出した。滑らかな動きで進行方向上の石を拾い、殴りかかっていったのだ。

「フラン! だめ!」

 レミリアの制止は間に合わない。突っ込んでいったフランを男が即座に蹴り飛ばすと、物凄い音と共にフランの身体は人間とは思えないほど吹っ飛び、近くの樹に激突した。

「フラン! フラン! ……フラン!!」

 倒れたフランに我を忘れて駆け寄るレミリアの背後に、男はゆっくりと近づいて来る。その長身が月光を遮って生まれた影に包まれ、レミリアは振り向いた。歯の根が噛みあわず、それでも、頭から血を流して倒れた妹を庇うべく、その身に自分の小さな身体を被せた。

「度胸のあるガキだな。……似てねえが姉妹か?」

 懸命に頷くレミリアに、男はにやりと笑う。

「まあ、さっきの女がダメだったからな。ガキはすぐ死ぬから面倒なんだが……根性あるみてえだし、やるだけやってみるか」

 今度こそ、背中に鉄棒を突っ込まれたような悪寒に襲われ、レミリアは咄嗟に叫んでいた。

「だ、ダメ! ダメ! フランはダメ!! わたし……血なら私あげるから、フランはやめてください、助けてください……!!」

 自分でも驚くほどはっきりと言葉にできた。フランは、姉のために獣に立ち向かってくれた。なら今度は自分の番だ……そんな冷静さすら、頭の何処かにあった。

「ほう、見上げたお姉ちゃんだなあ。良いぜ、来い」
「あ、ありがとう……あっ」

 男はあっさりとレミリアの懇願に頷き、乱暴に彼女の腕を掴むと引っ張り寄せた。にやりと笑んだ口元に覗く長すぎる八重歯は、彼が間違いなく夜の王たる吸血鬼の証。レミリアは、ぎゅっと目を瞑った。身体が軽々と持ち上げられるのが解る。吸血鬼の鉄錆くさい息が顔に届いた。それが首筋に当たるか当たらぬかという所で、不意に、吸血鬼の口は耳元に寄せられた。

「やっぱりお前の妹も食うわ」

 覚悟を決めた矢先の絶望的な先刻に、レミリアは絶叫を上げた。

「うそつき! そんな! さっき、いいって!!」
「さっきはさっきだよ! 良い顔だなあ、お姉ちゃん!」
「このっ! はなせ! フラン! 逃げて! フラ――」

 声は途切れた。
 吸血鬼の牙が、レミリアの繊細な首筋に突き立っていた。




 血を吐くような絶叫で、フランドールは目を覚ました。ぼんやりとした目覚めではなく、緊急時の瞬間的な覚醒。叫びが、姉のものだったからだ。飛び起きようとしたが、身体がすぐに動かない。痛みが全身から押し寄せてくる。何処かの骨が折れたようだ。

 一瞬で状況を思い出しながら、動く首をめぐらせると、その光景が目に飛び込んだ。

 姉のレミリアが、先程の使用人と同じように喰らい付かれ、空ろな目で痙攣を繰り返している。

 瞬間、フランの頭の中で何かが爆ぜた。痛みが吹き飛び、景色が色を無くす。意識に上ったのは殺意だけだった。即座に立ち上がると、獣のように駆ける。武器は有った。祖父から渡された宝物。魔除けの、小さな銀のナイフ。首から提げていたそれを走りながら取り出し、声すら出ないほどの憎悪と敵意を込めて、姉の血を啜ることに夢中になっている吸血鬼の背中に突き立てた。

 背中に奔った激痛に、吸血鬼は悲鳴を上げた。レミリアを取り落とし――小さな身体は朽木のように倒れる――身を捩る。その間に、フランドールは生来の苛烈さでもって、次の攻撃を敢行していた。ナイフを即座に引き抜くと、痛みに前かがみになった男の背中に飛び乗るや、今度は延髄にナイフを突き立てた。更なる絶叫に、断末魔にも似た響きが混じる。しかし、人間ならば即死の状態でも、吸血鬼の異常な生命力は行動を可能にした。男はフランを振り落とすべく、身体を滅茶苦茶に振り回したのだ。木や地面に叩き付けられる度、どこかの骨が折れた。しかしもう、痛みなど感じはせず、しがみつくことを止めもしなかった。左腕でしっかりと男の肩にしがみついたまま、ナイフを横に動かす。人間は緊急時に、通常では考えられないほどの力を出せるというが、この時のフランドールはそれを考慮に入れても常軌を逸していたに違いない。銀の刃で吸血鬼を斬っているためか、刃が予想以上に滑らかに動いてくれたのも、フランの攻撃を手助けしてくれた。半分ぼろ雑巾のようになりながら、フランは懸命にナイフを動かす。動かしながら囁いた。

「許さないわ。許さない。お姉様を返せ!!」

 一瞬、男は怯えたように顔を強張らせたが、其処から先の表情を見ることはできなかった。
 フランのナイフが遂に一周し、男の首が斬り落とされたからだった。




 その一部始終を、レミリアは倒れたまま朧な視界に収めていた。男の体がゆっくり倒れると同時に砂に帰っていくのも見届けた。その背に乗っていた妹が地面に落ち、動かなくなるに至って、漸く、レミリアの体は多少の自由を取り戻した。

 取り戻したのだ。常ならば失血死していても可笑しくないほどの血を失ったのに、意識は逆に鮮明となっていき、体は妹の所まで這って行けるほどに力が戻りつつあった。

 そうやって這いずり辿り着いた先のフランは、酷い有様だった。元の可憐さと刃物めいた危うい美しさは既に無く、泥と血にまみれていた。数箇所、骨が飛び出ているところも見られる。間違いなく、致命傷だった。

「だ……だめ。だめよ、フラン。死んではだめ……」

 虫の息のフランドールが、何処か笑んでいるように見えたのは気のせいだったのだろうか? 
 しかし、そこでふと、レミリアは自分が動けることの不可思議に思い至った。先の吸血鬼の異常な生命力にも。
 レミリアは、自分の歯に触れた。鋭い。自分の歯は、こんなに鋭く尖ってはいなかったはずだ。
 ああそうか、とレミリアは納得した。
 自分は吸血鬼になったのだ。
 抱いたのは、安堵だった。
 私がフランを救えるかも知れない。フランを吸血鬼にしてやることで。
 其処に、甘い肉親の血への誘惑などなかったと、レミリアは断言できる。
 同時に、後悔もしていない。
 当時から今に至るまで、レミリアに、フランドールを殺すなどという選択肢は決して存在していなかったのだから。




 そうして、瀕死の妹の首筋に接吻し、二人は姉妹であると同時に、血の親子ともなったのだった。

 まだ生きている。人間でなくとも。その確信と共に、レミリアもまた意識を失う。

 二人は折り重なるようにして、眠りについた。
















「あらぁ。はぐれ者を狩りに来てみたら、思わぬ見つけものねぇ」

 夜明け前。森で倒れる姉妹二人を前に発された若い女の声を、レミリアは夢うつつの中覚えている。

「可愛い子たちだこと。ふふ、お世話してあげなきゃねぇ」

 その女の紅い瞳を見た時に感じた不穏な予感は、最悪の形で的中することになるが、近い未来のことを、当時の彼女たちはまだ、知らない。
 お久しぶりですor初めまして。熊の人です。
 先日久々に紅魔郷を再プレイした際、自分なりにスカーレット姉妹を書いてみたいという欲求が天界に翔け昇ろうかという勢いで湧き上がって来たので、書いてしまいました。
 少し続く予定です。宜しければ、お付き合い下さい。
熊の人
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コメント



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8.100名前が無い程度の能力削除
続きを楽しみにしています
9.70名前が無い程度の能力削除
読点が多すぎて読みづらい
誤字脱字が目立つ
10.80ずわいがに削除
なにこれ凄い面白い。スカーレット姉妹は元人間、なかなか興味を引く設定じゃありませんか。続きも期待してます!