Coolier - 新生・東方創想話

博麗伝綺――うぶめの事(3)

2005/02/18 04:57:05
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 ―――この作品は、作品集11の、『博麗伝綺―――うぶめの事(2)』の続編となっております。
 まずは、そちらを読んでからこの作品をお楽しみください。―――というか読まないと話が解りません。

 よろしいですか?
 ―――それでは、博麗伝綺、うぶめの事第三話をお楽しみください―――


 目の前で子供をさらわれてからおよそ一刻(二時間)。陽は傾きかけ、時刻は誰彼刻になろうとしていた。
「ねぇ、魔理沙」
 斜陽に全身を染めた霊夢が、不意に口を開く
「あん?」
「あの村を出る時、魔理沙『うぶめの家』とか言ったわよね?」
「言ったっけか?」
「……喧嘩売ってる?」
 半眼で睨む霊夢に、魔理沙は思わず「冗談だ」と諸手を上げた。
「まぁ、うぶめの家ってのは言い過ぎにしても、この事件の輪郭なら見えてきたぜ?」
「そうなの? ……私にはまだよく解ってないんだけど」
「霊夢は頭が悪いなぁ。手掛かりなんてそこら中にあったぜ?」
「……やっぱりあんた、私に喧嘩売ってるでしょ」
 再び半目になって懐から符(スペルカード)を取り出そうとする霊夢に、魔理沙は慌てて距離をとった。
「お、落ち着け、私が悪かった。だからそれ(符)を仕舞え。な?」
 ここまで慌てる魔理沙も珍しい。それだけ霊夢の実力を認めているという事か。
 小さく悪態をつきながら渋々取り出しかけた符を仕舞う霊夢を見ながら、少しやりすぎた、と魔理沙は内心で反省する。
 ……目がマジだったぜ。
 肝が冷えるとはこの事を言うのかと、何となく思う。
 内心ほっとしながら、魔理沙は霊夢の眼前に指を三本立ててみせる。
「ヒントは、3つだ」
 立てた指の内、薬指を折って、まずは一つ目。
「先ずはさらわれた子供達の共通点、だ。村で子供達の話を聞いてて何か気づかなかったか?」
 次に、と中指を折る。これで二つ目。
「これは一つ目と被るけど、さらわれた子供達の境遇を思い出してみな?」
 最後に残った人差し指を折り曲げて、三つ目。
「最後に、“うぶめ”ってどういう妖怪だったっけか?」
 腕を組んで考えていた霊夢だったが、魔理沙の言う“輪郭”にたどり着くまではさほど時間を要さなかった。
「……だとしたら、倒してお終い……とは行かないんじゃないかしら」
 霊夢の言葉に、魔理沙は「だろうな」と小さく頷く。
「なんたって、相手は“母親という概念”それ自体だもんなぁ……。幾らなんでも概念は倒せないぜ」
 参った、と魔理沙。
 いくら霊夢達とはいえ、“概念”を相手にした事は無い。
 吸血鬼のお嬢様とその妹も、櫻の亡霊も、萃める鬼も、月の罪人も、全てきちんとした自我を持った“存在”であった。それ故に説得も出来たし、力でねじ伏せる事も出来た。
 だが、こと“概念”となるとそうは行かない。殆ど“自然現象”に近いのだ。自然現象に説得や、力で無理矢理言う事を聞かせるという事は無理に近いし、仮に倒す事が出来たとしても、自然現象である故に再び同じ事件が起こる可能性は極めて高い。
例えるなら、レティ・ホワイトロックという名の妖怪がそれに近い。彼女は冬になると何処からとも無く現れ、春になるといつの間にか居なくなっている。そんな妖怪だ。
 うぶめもまた、それに近い妖怪である、という事だ。
 いや、厳密な意味で言えばうぶめは妖怪ではない。母親が死後変じたモノであるが、幽霊でもない。一言で言ってしまえば、『子供を残した母親の無念』というものが形になった、というだけのモノである。
 妖怪でもなければ幽霊でもない、ましてや人間であるはずが無い。
 そのようなモノ、どうやって退治しろというのか。
「どうしたもんかな……参ったぜ」
 腕を組んで呟く。
 倒せないからといって諦めるような思考は魔理沙にも、霊夢にも無い。そもそもここまで来て退くのは二人の矜持が許さなかった。
「どうしたもんかな……」
 再び呟く。
 自然現象が相手ならば、その“原因”をどうにかすれば良いだけの話だ。大雨で洪水が起きるのであれば、河に堤防を作れば良いのと同じ事。
 ……だけど。
 “それだけ”だ。
 いくらら堤防を作ろうとも河が氾濫するという事実は消えないし、そもそも大雨を防ぐ事は不可能だ。
 ましてうぶめの原因は“ヒト”である。洪水が起きるから堤防を作る―――という様に簡単にはいかない。“母親”が居なくなれば良いのかもしれないがそれこそ無謀の極みである。
 事件の輪郭は見えた。犯人は始めから解っていた。
 だが、解決の仕方が見えない。
 いつものように目の前の敵を薙ぎ払ってそれでお終い、とはいかないだろう。そもそもその“敵”が居るのかさえ解らないのだ。
「こんなやり難い事件は初めてだぜ……」
 頭を掻いて思わずこぼした魔理沙の呟きに、霊夢も同じ事を考えていたのか、「そうね」と頷く。
「何か、うぶめなんて居ないような気さえするわ」
「でも事件は起きてるぜ?」
「まぁ、ね。何となくそんな気がするだけよ」
 肩をすくめながらの霊夢の言葉に、魔理沙は「たいした理由だ」と苦笑する。
 だが霊夢の「何となく」は意外と馬鹿に出来ない。魔理沙が頭抜けた思考速度を持つように、霊夢の第六感はもはや殆ど未来予知の精度を持っている。その霊夢がそう言うのだ、或いは本当にうぶめなどという妖怪は存在しないのかもしれない。だが、魔理沙の言うとおり、子供が居なくなるという事件が起きているのも、また事実である。
「はぁ……」
 図らずも二人の溜息が重なる。
「二人で溜息なんて珍しいな。明日は雪かな?」
 唐突に聞こえた男声に、二人が顔を上げると、そこには、
「霖之助さん」
「香霖」
 二人に名前を呼ばれ、霖之助は「やぁ」と軽く手を上げて挨拶を返した。
「何で香霖がこんな所に居るんだ?」
「? 僕はこの先の村で外の品物があるって言うから、それを買い取ってきた帰りだよ。見るかい? 僕の見立てだとこれには沢山の音楽が入れられている筈なんだけど、いまいち使い方が解らなくて難儀してる。蓄音機と同じモノだとは思うんだけど、蓄音機の黒盤に比べると小さいし、」
「薀蓄は後で聞かせてもらうぜ。こっちはもっと難儀な状況なんだ」
 霖之助の長口上をさえぎった魔理沙の言葉に、霖之助は「何かあったのか」と怪訝な顔をする。
「香霖、うぶめって知ってるだろ?」
「諸国百物語の巻の五、だろう? それがどうかしたのかい?」
 いまいち状況が把握しきれていない霖之助に、「実は」と霊夢が説明を始めた。

「……まさしく、“よしなき物をおそれたりとて、人々大わらいしてかえりけるとぞ”だな」
 霊夢の話を聞き終えた霖之助は、開口一番そんな事を言う。それを聴いた魔理沙の、「笑い話にゃ程遠いがな」という呟きに、霖之助は小さく苦笑する。確かに、霊夢の言った事が事実だとすれば、とても“大わらいしてかえりける”とはいかない。昔話と違って、事は既に起きているのだ。
 ……しかし。
 霊夢の語った事件の輪郭。それに当てはまる事柄を何処かで見たような気がするのだ。それも今日の事―――。
 ……あ。
「霊夢、魔理沙、もしかしたらうぶめより先回り出来るかも知れない」
 霖之助の言葉に、考え込んでいた二人は同時に顔を上げる。
「この先の村に、さらわれる条件に当てはまる子供が居たはずだ」
 なんらかの障害を持っていて、かつ母親が死んだ子供。
 霖之助が訪れた村に、確かにその条件に当てはまる子供が居た。
「でかした香霖!」
 言うが早いか、霊夢は二歩三歩と助走を取ると飛び上がり、魔理沙も愛用の箒にまたがり魔力を込め、飛行の準備に入る。
「魔理沙!」
 風をまとい、今まさに飛び立とうとしていた魔理沙を、霖之助が呼び止める。
「僕も連れて行ってくれないか? 僕が居ないとどの子供がそうなのか判らないだろう?」
「戦闘になるかも知れないぜ?」
「その時は物陰にでも隠れてるさ。君らみたいな常識外れ人間達の万国ビックリショーに付き合う気なんて無いからね」
「誰が常識外れだ。私は幻想郷イチの常識人だぜ? ……まぁ良いや、乗れ、香霖」
 魔理沙の言葉に苦笑すると、霖之助は今まさに飛び立とうとしている箒にまたがる。掴んだ箒から伝わる魔力の波は、魔理沙の鼓動に等しい。何だか魔理沙の体を抱き締めているようで、少し気恥ずかしくなった。
「トばすぜ! 振り落とされても私ゃ知らん」
 本気なのか冗談なのか判らない事を言って、魔理沙と霖之助を乗せた箒は、風をまといバネのように中空へ跳ね上がる。
 先に空で待っていた霊夢は、魔理沙の箒の後ろに乗った霖之助を認めると、少し怪訝そうな顔をしたが、邪魔をしないように一言釘を刺しただけですぐに霖之助の事を思考から外した。追求している場合では無いと判じたのだろう。
 十分も飛べば霖之助の言う村は見えてきた。
 村の中心に降りる。霖之助の見た女性の屍は既にそこには無かった。村人達の手で何処かに埋葬されたのだろう。だが、残された子供だけは霖之助がこの村を後にした時と変わらず、母親が居た場所の傍らで、相変わらず虚空を見つめたまま、座り続けていた。
 その姿は、まるで誰かが迎えに来るのを待っているようにも見えた。
 いや、彼は実際待っているのだ。
 “うぶめ”という母親を。決して自分を捨てる事の無い、“永遠の母親”を。
 その姿を直視する事が出来ず、霖之助は辺りを見回す振りをして彼から目をそらした。
 村は静かだ。当たり前だ、妖怪の時間である夜に出歩くなど、こんな状況でもなければ霖之助だってしたくはない。
「来るかしら……」
 周囲を警戒しながら、霊夢が呟く。確かに霖之助の言う通り、この子供はうぶめにさらわれる子供の条件にあっている。だからといってすぐうぶめが来るとは限らないが―――
「かあさま」
 不意に、虚空を見上げていた子供が口を開きよろよろと立ち上がる。
 その視線の先には―――
「え?」
 母様と呼ばれた女性の姿に、霖之助は思わず声を上げた。
 そこに居たのは、村を離れた際、帰途の途中で出会った『子供を捜している』という女性。
 霖之助と目が合った彼女は、霖之助に僅かな笑みを浮かべると小さく頭を下げ、駆け寄ってきた子供の事をまるで自らの子供を扱うかのように大切に、本当に大切そうに抱き上げる。
「逃がさないぜ! 霊夢!!」
「合点!」
魔理沙の叫びに霊夢は素早く反応し、一瞬だけ袖の中に手を引っ込める。
 再び現れたその手の中には指の間に一枚ずつ、両手で計八枚の札が握られていた。
 鋭い呼気と共に両手を振るい、うぶめに向け札を投げる。
 放たれた八枚の札は、飛びながらそれぞれ二つに分かれ、それがさらに四つに分かれ、十六に分かれ―――やがてうぶめの周囲を覆い、彼女の動きを封じる。
「――――――ッ!」
 子供を抱いたまま、うぶめの表情が硬くなる。『八方龍殺陣』その名が示すとおり、霊夢の放った札は彼女の八方を取り囲み、彼女の退路を封じこむ。
「もらった!」
 うぶめが動けなくなったのを確認した魔理沙は叫ぶと、右手の人差し指をぴんと立て、素早くうぶめの頭に向ける。得意のマスタースパークで跡形も無く吹き飛ばすのが魔理沙の好みだが、うぶめが子供を抱いている事、また村のど真ん中である事を考慮して別の魔法を放つ。
『イリュージョンレーザー』魔理沙がよく使う魔法のひとつだ。マスタースパーク程の威力は無いが、その代わり精密性と速射性能は高い。
 うぶめに向けられた魔理沙の指先から、凝縮された魔力のまばゆい閃光が放たれ、狙い通りにうぶめの額を穿ち抜く。
「――――――――――――――――ッ!!!」
 まるで鳥の悲鳴のような声をあげ、うぶめの体は大きくのけぞった。
その衝撃で抱いていた子供は大きく宙へ放り上げられ、髪を結っていた朱いリボンは解け宙を舞う。それを認めた霖之助は素早く駆け寄り、地面に落ちる前に子供を受け止める。
 一瞬だけ、深、と空気が張り詰めた。
 その静寂を破ったのは、霊夢でも魔理沙でも、うぶめでもなく、霖之助の胸に抱かれた子供の泣き声だった。
 その声に反応して、うぶめが強引にその体を霖之助―――いや、泣いている子供―――へと向ける。封魔陣に体を縛られながらも、強引に体を捻り、自分の体を省みる事無く無理矢理子供の方へと歩を進める。その彼女の顔に浮かんでいる表情は、もはやヒトのモノではない。母親としての彼女はもはやそこには居ない。そこに居るのはただ、うぶめという名の、妖怪。
「無理矢理抜ける気?!」
 霊夢の驚愕に満ちた声が響く。八方龍殺陣は霊夢の持つ束縛系の術の中で最強のものだ。それを無理矢理抜けるなど、体が崩壊してもおかしくは無い。
「―――ちぃッ!」
 魔理沙は小さく舌打ちすると、再びうぶめにその指先を向ける。逃げられる前にトドメを刺すつもりだ。
 確実にトドメを刺すために術を換える。貫通力のあるイリュージョンレーザーではなく、爆発力を持った魔法。その名も、『マジックミサイル』。
 魔力を弾丸の形に錬り、素早く三連射。
 放たれたマジックミサイルは、うぶめの体に直撃するとその場で小さな爆発を起こし、その体を大きく仰け反らせる。
「やったか?!」
 期待に満ちた魔理沙の言葉を裏切るように、再びあの鳥の鳴き声のような甲高い声があたりに響く。
 爆煙が晴れると、そこにはぼろぼろになりながらもそれでも子供の方へ歩こうとしているうぶめの姿があった。そこにあるのは、子供への愛情ではなく、ある種の狂気にも似た圧倒的な妄執。
 その姿に、思わず霊夢も、魔理沙も、霖之助も、その動きを止めてしまっていた。
 それが隙になった。
 霊夢の術が緩んだ隙を感じたのか、うぶめは強引に体をねじると、体にまとわりつく霊夢の札を引きちぎり、八方龍殺陣から抜けると、うぶめは悲しげに―――霖之助にはそう聞こえた―――一声啼き、飛び去ってしまう。
「しまった!」
「阿呆!」
「何よ! 魔理沙がとっとと倒さないのが悪いんでしょう!!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人をよそに、騒ぎを聞きつけたのか、村人達が集まってくる。
 霖之助は事情を説明し、村人に子供を預けると、地面に落ちている朱い、まるで血のように朱いリボンを拾い上げる。
 ―――迎えに行きますの。
 こういう事だったのか。
 彼女が悪いと一概には言い切れない。強いて言えば幻想郷というこの空間のありかたそのものが、彼女を“母親”から“うぶめ”にしてしまったのだろう。
 ならばせめて、彼女を“うぶめ”にしてしまった原因を、この幻想郷から取り除く。
 それが或いは彼女に対し、自分が―――いや、今この幻想郷に生きている全ての人間に出来る事なのかもしれない。
 振り返り、霖之助は霊夢と魔理沙に告げる。
「―――追おう。彼女を、“母親”に戻すんだ」
しまった、長すぎた(挨拶)。どうも、ミコトです。
……と、いうわけで博麗伝綺、うぶめの事第三話で御座います。

短くまとめるのもまたひとつの才能だよなぁ…(閑話休題)

次で最後です。もう暫く、この妄想芝居とお付き合い下さりますようよろしくお願いします。

今回のBGMはCLOSED-UNDERGROUNDの「幸福論議」という事でひとつ。
ミコト
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