Coolier - 新生・東方創想話

降り落ちる言の葉の夢~東方香霖堂外伝~

2005/02/05 03:21:04
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「……これは、また随分な」
 すっかり霜がついてしまった表面を払って、僕はその道具を懐に収めた。

 日に日に厳しくなる寒気は空に染み渡り、水分を含んで重たげな雲からはいまにも雪が降ってきそうだった。秋の残滓はもはやなく、幻想卿は冬の中へ埋没しつつある。
 実際、本格的な冬が来れば舗装されていない道などひとたまりもなく雪に埋没してしまう。特に僕こと森近霖之助が営む『香霖堂』の周辺は舗装されているはずもないので、冬支度は早めにしないと面倒なことになるのだ。
「僕一人の分なら大したものじゃないんだけどな」
 うちには客でもないのに居座る赤いのと黒いのが頻繁に現われるのだ。頻度が下がるにしろ、それは冬でも変わらない。
 もしかしたら、いまも主の留守などお構いなしに上がり込んでストーブで暖を取っているのかもしれない。
 そう、知れないといえばこの道具……。
「最近、外の世界は流行り廃りが激しいらしいけれど……」
 僕は大きくふくれあがった買い物袋を担ぎ直すと、懐に収めた硬い感触を確かめた。大きさはいわゆる単行本(新書ともいう)サイズで、例のプラスチックという金属でも木でもない材質で作られている。どうやら、手鏡のように開閉できるらしかったが、少々凍てついていたので店に帰ってから慎重にやることにしたのだ。
 しかし、気になるのは別のことだった。

 ──カランカラン。
「お、香霖か? 店はすっかり暖めておいてやったぜ」
「それは家宅侵入と言うんじゃないかな?」
「だったら、もっとしっかり鍵を閉めておくんだな」
「? 閉めておいたはずだけど……」
 案の定。居座っていた魔理沙の返答に僕は眉をひそめる。香霖堂は店であると同時に自宅でもある。それなりに長く空けるときは、物理的な鍵以外の鍵を二重三重に掛けるのだ。
「そうか? 少なくとも私が来たときには霊夢がいて『やっぱり、霖之助さんは商売する気がないのね。客が来ても開いてない店なんて片手落ちじゃない』とか言ってたぜ」
「そういうことか」
 納得がいった。霊夢のことだから「鍵を掛けたまま居眠りしているのかもしれないわ」とか言って、適当に手探りして隠してある鍵を見つけて、なんとなく施錠の呪法を解いてしまったのだろう。
 結局のところ、僕の術なんてものはたかが知れているから、霊夢の勘相手じゃひとたまりもない。だから、古道具屋を営むことにしたのだけど……。
「あー、あとな、『頼んでおいたものは受け取ったから』だそうだぜ」
「ああ、予想は付いているよ」
 荷を解きつつ棚を見てみると、修繕を頼まれていた服の類は無かった。
「しっかし随分と買い込んできたなー」
「冬は何かと入り用だからね。そんなことより、霊夢は忙しいのかい?」
「ん、どうしてだ?」
「いや、僕がいないならいないでお茶でも飲んでいると思ったからだよ」
 微妙に皮肉を込めてみたのだが、魔理沙は気にもせず僕が買ってきた物を手に取ったりしている。
「あいつはあいつで冬支度があるらしいぜ」
「そう言う魔理沙は良いのか? 君の家は作りはしっかりしているようだけど、雪は甘く見ると危ないぞ」
「ふふん、私はいつでも万全の対策を練ってるさ。そんなことよりこの店の心配をしたらどうだ?」
「それなら心配は要らない。いま、いちばん厄介な対策を済ませたところだからね。──さて、」
 どうせこの皮肉も気にされないだろうから、僕は魔理沙を置いてお茶を淹れることにした。もちろん自分の分、魔理沙は既に飲んでいる。
 すると、妙なところで気のきく魔理沙は「茶なら私が入れてやるよ」と滑るように台所へ消えていった。彼女は昔からこうなのだ。気持ちの切り替えも早いが、集中まで至る速度も速い。それで力余ってはみ出すこともしばし……だけど。

 魔理沙がお茶を淹れている間、僕は例の道具を取り出してみていた。
 僕の能力。すなわち『道具の用途を見定めることができる』程度の能力によれば、これは何種類もの言語を内包しその意味・用法を解説してくれる道具らしい。要するに、手軽く携帯できる辞書だろう。
 だが、少しひっかかるところがある。
 確かに便利かもしれないが、辞書なんてものはいちいち携帯するものだろうか。以前、とある妖怪少女が「いま外の世界ではなんでも携帯するのが流行りですの」とか言っていたが、流行だからと言って辞書なんてものを好きこのんで持ち歩くのだろうか?
 いや……。
 僕は思い出した。ちょうど彼女と出会った頃、あの白い携帯音楽演奏機(使い方はわからずじまい)に触れて垣間見た光景。
 目も眩むような光の洪水。不自然に暖かく汚れた空気。聞いたこともない耳障りな喧噪。そして、それに交じって聞こえる日本語と言えないような言葉。
 そう、もしかすると外の世界では、想像も出来ないほど日本語の多様化が進んでいるのかもしれない。それこそ多くの他言語の要素を取り込み、とても把握しきれないほどになっているのかもしれない。普通に生活するのにも辞書を携帯しなければならないほどに……。
「そら、お茶が入ったぜ。驚くべきことにお茶請け付きだ」
 威勢良く割り込んできた魔理沙の声に、僕の思考はそこで中断された。
「お茶請け? 一体どこから何を出したんだ。ああいや、別に構わないんだが」
 そう言うと、魔理沙はしたり顔を作り、
「驚くのはそこじゃないぜ香霖。この乾燥芋は霊夢が置いてったんだ」
「ほう」
 思わず感嘆の声が出た。ツケを付けっぱなしにしたままの霊夢が、対価めいたものを置いていくなんていつ以来のことだ? もしかして初めてだろうか……。
 と、そこまで考えて思い直した。霊夢のことだ、それを「対価」などとはこれっぽっちも考えてないのだろう。気楽にお裾分け程度なのかもしれない。そしてそれは、今度ここに来たとき彼女も食べるつもりだろう。
「? なに一人でにやけてんだ?」
「……いや、」
 ストーブの上に置かれた乾燥芋を一つ取り、小さくちぎって口に運ぶ。魔理沙は「生で食うなよ」と顔をしかめたが、これは焼いても焼かなくても食べられて、かつ保存が利くところがミソなのだ。
「うん、なかなかいける」
 などと言うと黒い魔法使いはやれやれと肩をすくめ、その拍子に例の『携帯辞書』に目を付けた。好奇心を隠そうともせず、それを手に取り「ん、新入りか?」などとためつすがめつ見ている。
「新入荷と言って欲しいな。それも商品なんだから」
 黒と紺の間のような色合いは、同じく外の世界のストーブがもたらす暖気の中にあってなお凍てついた白さに覆われていた。どうやら相当長く放置されていたらしい。
 結界を越えて外の世界から流れ着いた道具は、見つけた端から回収しているものの、すべて網羅しているわけではない。僕の他にもっと効率よく集めている妖怪もいる。だが、その方法を知ろうとは思わない。
 ……商売人としては問題かもしれない。
 ともかく、この道具はその両者が、たまたますぐに発見できなかったものということになるわけだ。
 いや、そんなことより。
「ところで魔理沙」
「んー?」
 ちょうど彼女の興味が向いているので、僕はさっきの考えを聞かせてみた。複数の言語を吸収し多様化していく言葉。個々の特性よりも、表面的な性質を拡散させていく変化について……。
 魔理沙はしばらく考える眼をしていたが、やおら『携帯辞書』を僕に突き返してこう言った。
「そりゃ長い年月の中で言葉は変化していくものだろうけど、その本質までは変わらないんじゃないか? そんなことになったら、ちょっとした歳の差で言葉が通じなくなるし、言葉そのものが消滅しかねないぜ」
「そうだな」
 確かにその通りだ。幻想郷で使われているのはおおむね日本語だが、それも幻想郷が隔離されてから変化と無縁だったわけじゃない。少しなりとも魔法を囓ったことのある人間なら、その辺りの事情には嫌でも通じてしまうので、魔理沙の論は納得できることだった。
「ま、私は外の事情なんて知ったこっちゃ無いがな。──お、そろそろ良いみたいだぜ」
 この話題は終わり、とばかりに言い捨てると、魔理沙はキツネ色に焼き上がった乾燥芋を箸で皿に取る。さすがに素手では熱いようだ。
 と、その時だ。
 ──カランカラッ。
「霖之助さん、さっき預けといた物があるんだけど……ああ!」
「やぁ霊夢、そっちの冬支度は終わったのかい?」
 一応、乾燥芋の礼を言おうと思ったのだけど、それは勢いが良すぎる霊夢によって封じられてしまった。
「ちょっと魔理沙! どうして私の預け物を食べてるのよ」
「ああ? これは置いていったんじゃないのか?」
「違うわ。ちょっと『置いて』行っただけよ」
「そうなのか? 紛らわしいなぁ……。香霖なんて霊夢の差し入れだって感涙にむせび泣いていたぞ」
「……霖之助さん、そんなに赤字酷いの?」
 一瞬、霊夢が心配そうとも取れる顔をしたので、僕は慌ててそれらすべてを否定した。僕は泣いてなんかいないしそれにお金がないことについては……いや、よそう。
「まぁこうなった限りは仕方ないだろう。一度焼いてしまったものは戻せないわけだし」
「そうね……。それはあの時間メイドでも無理な芸当だわ」
「どうぜ居座るつもりなんだろ? 霊夢のお茶は僕が淹れてこよう」
 僕が席を立つと、霊夢はいつ引き寄せたのか木箱入りの百科全書の上に坐るところだった。
 台所に入った頃には、いつもの微妙にずれつつ通じ合っている会話がはじまっていた。
「霊夢。これ、戻すことは出来ないが返すことは出来るぜ。現に返してるからな」
「魔理沙が言いたいのは『返す』じゃなくて『孵す』でしょ。だいいち、藷(いも)を孵しても……」
 僕はその先を適当に聞き流し、霊夢の為にお湯を沸かしはじめた。窓にうっすらと霜が張り付いている。今夜あたりは雪が降るのかもしれない。
 
 まったくの余談になるがあの『携帯辞書』は、結局売り物にもコレクションにもならなかった。やはり状態が悪かったらしく手を滑らせた拍子に、百科全書の木箱に当たって砕けてしまったのだ。
 それはもう見事にこなごなだった。
 さすがに原型をとどめないようになってしまっては、いくら僕でも戻すことも返すこともはできない。何かに溶かし込んでマジックアイテムを作ることも難しい。できないわけじゃないが、これは『死』だと思ったからだ。
 道具の死。
 誰にも口にしたことはないが、僕にはそれがあると思う。そしてそれに立ち会ったとき、僕は少し淋しいような切ないような気分になる。
 ただ、最後に気になったのは、言葉の変遷を別にしても辞書にまでそんな激しい流行り廃りがあるのかということ。あれは言葉の意味を教えるほかに、それを解説する機能もあるようだった。
 もしかすると、外の世界では既に『調べる』という手順を取らないでも、ただ『知りたい』と言えば自動で教えてくれるような道具が産み出されているのかもしれない。
 だとしたら非常につまらないことだと僕は思う。それは、知る楽しみをほとんど味わえないも同じことだから。
初めて投稿させて頂きます。
第二回最萌、霖之助支援の為に書いた物なのですが、書こうと思ったのが投票終了三十分前だったので案の定間に合いませんでした……(萃香の時もそうだった)。
思いつきで行動するのはダメですね。

時間的な位置付けは、本家『東方香霖堂』の新連載版第二話『紫色を超える光』の直後くらいです。
実は東方のSSを書くのは初めてなので、魔理沙がちゃんと魔理沙っぽく見えるかが不安です。
あおぎり
http://homepage3.nifty.com/studio_shisiki
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コメント



0.2050簡易評価
24.60名前が無い程度の能力削除
某トーナメントですっかりはっちゃけた(笑)霖之助ですが、本当はこういう渋い大人なんですよね。まったりとした香霖堂の日常、この雰囲気が好きです。
ちなみに、個人的には違和感ありませんでしたです>魔理沙
29.70名前が無い程度の能力削除
某所で「漢」らしかった香霖もステキなんですけど、むしろ大好b(スキマ
こういう幻想郷の、霊夢達の日常っていいものですね。

>複数の言語を吸収し多様化していく言葉
まさに日本語がこれに当てはまると思うんですが…
実際、日本語には様々な外来語があり今も増え続けているし、漢字にしても元は大陸から渡ってきた物ですし。
日本人って本当、良くも悪くも異文化を取り込みやすい民族だと思います。

それにしても、電子辞書の利便性は携帯出来る事よりも、検索の早さが売りだと思うのだけれど、どうだろうか?
長文レス失礼^^;
34.無評価あおぎり削除
 フリーレス機能にいまさら気付きました(^^;
 コメントありがとう御座います。なるほど、魔理沙は大体こんな感じで書いてOKなのですね。

>まさに日本語がこれに当てはまると思うんですが…

 その通り、正解です。
 ちょっとした皮肉なのですよ。霖之助から外の世界へ対してと、作者から霖之助に対しての(^^;

>それにしても、電子辞書の利便性は携帯出来る事よりも、検索の早さが売りだと思うのだけれど、どうだろうか?

 そうですね。ただ霖之助の基準で考えるとこういう形が自然かな、と思いました。
 本家・香霖堂でも(我々から見ると)微妙にずれた観点で「外の世界」について考えることがあるので、その辺りもなぞってみたわけです(^^;