Coolier - 新生・東方創想話

続・永遠亭の詐欺師

2005/02/03 11:35:41
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※作品集11の「永遠亭の詐欺師」の続きです。必読。


 展望は当たり、敗色濃厚。
 なんて強さだろう。
 ここの兎たちが束になっても敵わないわけだ。

「――まだまだっ!」

 焦りと、諦めは完全に内に秘める。
 てゐは――私自身は、逃げろ、これ以上の怪我は嫌だ、とさっきから叫んでいる。
 それすら騙す。自分を騙す。
 まだ負けない。負けられない。
 だって“鈴仙”が、負けるわけにはいかない!

 眼を輝かせる。見た目だけ。
 しかしその合図を見て、何処かから狂気が叩きつけられる。

 ――散符「真実の月(インビジブルフルムーン)」

 これが最後のスペルだ。
 これを破られれば、負けを認めることになっている。

(くぅぅ……!)

 幻視に惑わされているのは、相手をしている二人だけではない。
 私だって同じだ。慣れている、慣らしているだけ。
 既に足の感覚など無い。
 どっちが上でどっちが下かなんてわからない。
 姿勢制御なんて誤魔化しだらけだ。
 それでもふらふらしそうになる身体を制御する。

 痛い、痛い!

 ――五月蝿い!
 今の私は鈴仙なんだ!

 弱音を吐く“てゐ”を叩き伏せる。
 限界が近い。もう“鈴仙”が消えかけている。
 自分すら騙せないんじゃ、詐欺師失格だ。

 世界がずれ、戻り、またずれる。

 目が回る。
 もう、避ける動きすらできない。
 なんとか姿勢を保つだけ。



 棒立ちになった私を、敵が見逃すはずがなかった。



(駄目だ。畜生……っ!)

 悔しくて、情けなくて、泣きそうになる。

(鈴仙が負けるなんて――)

 違う。
 負けたのは私、因幡てゐだ。
 だけど、その私が、鈴仙になって、それで負けて――

 痛みと幻視で思考がまとまらない。

 ただはっきりしてるのは、負けたことと、それに納得できない自分がいること。

(ごめん、鈴仙……――ごめん!)

 変化が、解けかけていた。
 ばれる前に、落ちなくては。

 でももう、どっちが下なのかわからない。
 落ち始めてるはずなのに、どこに落ちるのかわからない。

 ――怖い、とは思わなかった。

 そんなことよりも、悔しくて堪らなかった。
 ただ、ただ、鈴仙に謝っていた。


「――――てゐ!!」


 だから、鈴仙の声が聞こえたときは、幻聴だと思った。
 あまつさえ、彼女が私を抱きとめるなんて。

 馬鹿鈴仙。出てくるなって言ったでしょ。
 ぼんやりと思った。
 感覚が遠い。夢を見ているみたい。

 ――ああ、きっと夢だ。
 私がやられて、それで鈴仙が辛そうな顔をしているなんて。



 背中に硬い感触。廊下の床に寝かされたのか。
「…………」
 何か言わなくては。
「……馬鹿鈴仙」
 違う。そんなことを言いたいんじゃない。
「私の仕事、台無しにしたら許さないんだから」
 違うのに、馬鹿な鈴仙は私の言葉を真に受ける。
「このまま変化が解けたらそれこそ台無しじゃない」
 苦笑している調子。顔は良く見えない。
 鈴仙の綺麗な紅い眼だけ、はっきり見える。
「あ……」
 急に睡魔が来る。催眠幻術だ。直視したから抵抗なんてできない。
 すぐ戻ってくるから、と言い置いて、鈴仙は飛んだ。

 ――行くな!

 叫びたかった。

 亜光速で世界が落ちていく最中さなか


 ――月眼「月兎遠隔催眠術(テレメスメリズム)」


 鈴仙がスペルを発動させたことだけわかった。












 彼女と出会ったのは、私が散歩を兼ねた見回りの最中だった。



 散歩は日課。適度な運動と森林浴は身体にいいのだ。
 見回りと言っても、屋敷――永遠亭の周りの竹林は深く、迷い込んでくる人間も妖怪も稀。
 私は悠々と散歩をするこの竹林、他の兎たちはそうもいかないらしい。
 育ちの早い竹は、森の姿を変えるからだという。
 毎日少しずつ見て回れば、把握できると言うのに。
 そう私が言うと、変わり者扱いされた。
「…………」
 どうも、他の兎たちとは合わない。
 別に嫌いというわけではないのだけれど。
 彼らの、のんびりとしたテンポについていけない時がある。

 ――長く生き過ぎたのか。それとも異端なのか。

 他の兎はごく普通に妖怪兎だ。私みたいに元普通の兎ではない。
 兎としての性質は、私のほうが強いはずなのに。
「…………」
 考えても詮無い事だ。
 違うからこそ、知恵を買われて、兎たちのリーダーをやっているのだし。
「それでも、永琳様たちにはついていけない」
 あの方たちは、違いすぎる。
 他の兎たちは気づいていない。興味すらない。
 別に悩む必要はない。だからといってどうということも無いのだから。
 精々健康に気遣って生きていけばいい。これまでそうしてきたように、これからも。
「…………」
 平和は時として退屈に変ずる。
 退屈だから、仕様が無いことを考えてしまう。
「つまんないなー」
 口に出しても変わらない。
 変わらないゆえに、永遠亭。

 ――がさり。

「――――」
 物音を、兎の耳が拾った。
 遠い、が、竹林の中だ。
(迷い込んだ?)
 静かに、音のほうへ向かう。
 妖怪であれば適当に追い返そう。
 人間であれば道案内をしてやろう。
 親切に教えてやれば、騙されてくれる。馬鹿だから。
「…………」
 もうすぐだ。
 どうやらもう移動していないらしい。
 呼吸が小さい。寝ているのか、弱っているのか。
 休憩中だろうか、それとも死にかけか。
(死体に遭うのは嫌だな、気分が悪くなる)
 やがて、その姿を捉える。
「――――!」
 少女だ。倒れている。
 長い銀髪と、珍しい服。
 いやそんなことより――
「兎?」
 彼女は兎の耳を持っていた。

 詳しいことはわからないが、簡単に診ると、過労のようだった。
 伊達に健康に気遣っていない。多少の心得はある。
 大きい怪我はしていないようなので、安心してあとを永琳様に任せることにする。
 念のために他に侵入者や異常がないか、耳を澄ませてから、推定兎の少女を永遠亭へと運んだ。



 永琳様に推定兎の少女を見せた。
「――――!」
 一瞬、永琳様が驚いたのを私は見逃さなかった。
「……私が診るから、後は任せていいわ」
 そう言って、戸を閉じた。閉じられた。封印だ。
 部屋の中には姫も居たが、姫は別らしい。
 つまり、あの二人と所縁のある人物ということか。
「…………」
 いつまでも閉じられた戸の前に居ても仕様が無いので、散歩の続きにでも向かう。
 記憶を反芻する。長い銀髪、変わった服、変わったカタチの耳。
「――ヘンな耳」
 人のことは言えない。
 妖怪変化してしまえば、元の兎の耳から変わってしまうことは多い。
 永遠亭の兎たちでも、千差万別なのだ。
 というか、そんなことを言いたいわけではないのだが。
「わくわくするというのは」
 人生に張りを与えるという面で、良いことだ。


 翌日、姫が新しい仲間だと紹介した。
「イナバよ」
 姫は兎なら何でもイナバと呼ぶ。
「優曇華院ですわ」
 永琳様、凄いセンスだ。
「……レイ、……鈴仙です」
 つまり、鈴仙・優曇華院・イナバというわけらしい。
「というわけで、うどんげ」
 早速、略した。相変わらずよくわからない。
 永琳様が私を示す。私は一歩前に出た。
 このとき初めて、鈴仙と目を合わせた。
「――――」
 銀髪もそうだけど、紅い眼が、もっと綺麗。吸い込まれそうな眼だ。
「てゐがここのリーダーだから、色々教えてもらいなさい」
「わかりました。師匠」
 ――師匠? 弟子入りしたのか?
 背中を押されるように、鈴仙が私の前に来る。
「えーっと、よろしくお願いします。てゐさん」
 緊張しているようだ。右も左もわからないのだろう。
「てゐでいいわ」
「じゃあ私も鈴仙で」
「わかった」
 さて、楽しいことになってきた。







 ――数週間後。

「たーすーけーてー」
 間の抜けた声で、畳に仕掛けられた落とし穴に落ちた鈴仙が、助けを求めていた。
 それを聞いた兎たちが、私が仕掛けた罠に嵌った鈴仙を救出する。
 私はこっそりと覗う。ああ、面白い。
 鈴仙は馬鹿だ。頭は悪くないけど、素直すぎる。
「ありがとう」
「てゐは悪戯とか好きだからねー」
 救出が完了し、鈴仙は兎たちに礼を言う。兎たちは慣れたものである。
 最初に引っ掛けたとき、鈴仙は本気で困惑していた。
 二度三度と罠に嵌るうちに慣れてきて、そろそろ耐性もついたのだろう。
 助けを呼ぶ声に緊張感が無くなっていた。
「…………」
 その後の鈴仙は不機嫌になる。
 そりゃそうだろう。訳もわからず、一方的に罠に嵌められているのだから。
 堪忍袋の緒もそろそろ限界だろう。
 なので今回、私はもう一つ、罠を仕掛けた。
「――――なっ!」
 歩き、踏みいれた畳の片側が沈み、反対側が浮かび上がる。
 軸を与え、両端の支えを取り外した、“回転畳”が遠心力で以って鈴仙に襲い掛かった。
 ばんっ、と景気のいい音がして、畳が鈴仙の顔面にぶち当たった。
「あははははは!」
 ここぞとばかりに私は大笑いする。実際に面白いし。
「てゐーーーー!!」
 よし、ぶちきれた。
 その怒声を確認するや否や、まさしく脱兎のごとく、私は逃げ出した。




 跳ねて、跳んで、竹林に逃げ込む。
 決して撒いてしまわないよう、後ろを確認しながら。
 よしよし。予想通り。
「待てーーーー!」
 ああもう、素直だなぁ。
 待てと言われて待つ奴がどこに居るのだろう。
 しかし、私は竹を蹴ってブレーキをかけた。待ってやることにする。
 そろそろ頃合だ。
「え」
 待てと言われて待ってみて、意表を突かれるのは失礼じゃないのだろうか。
 好機であるので、不意打ちに弾幕を吹っ掛けた。
「わっ!?」
 驚きながらも鈴仙は躱してみせた。やはり動きが良い。
「――知らない? 弾幕ごっこって」
 一応説明しておく。
「……ああ、師匠が言ってたわね。最近流行りの決着手段だって」
「なら話は早いわ」
 弾幕を追加する。あっさりと躱し、鈴仙は不敵に笑って、言った。
「初めてだから、手加減できないよ――!」
 鈴仙の、綺麗な紅い眼が、輝いた。



 ―――なんだ、これ。

 世界が、把握できない。
 ずらされている。

「う――あ――」
 戸惑い、混乱し、そして――可笑しくなった。

 なんてことだ――
 騙されている。

「あはははっ」

 この私が、騙されている!
 右も左もわからないのは、私のほうだ。

「凄い、これが――」

 ――鈴仙の力。

 やっぱり、私の眼に狂いは無かった。
「いや狂わされてるんだけどね」
 ずれて、戻され、またずれる。
 真っ直ぐに飛んでいられない。
 弾丸が迫り、消えたと思えば目の前に現われる。
 凄い――わけが、わからない!
(凄いよ、鈴仙)
 喝采を上げながら、私は、久方ぶりの弾幕ごっこを楽しんだ。





 もちろん結果は私の惨敗だった。
 地面に寝っ転がる私を鈴仙が心配そうに覗き込んできた。
「ごめん」
「……何で謝るの?」
「やりすぎた、かなって」
 ったくもう。
「そんなことないよ。鈴仙はあれこれ気にしすぎ」
「そう?」
「そうよ。だから、しなくてもいい悪戯しなきゃいけなかったじゃない」
「――え?」
 しなくてもいいというのは半分は嘘だ。
 新しい標的で遊びたかったのは本当なのだから。
「あんな悪戯でも、切欠にはなったでしょ。兎たちと仲良くなる、さ」

 鈴仙は永遠亭で浮いていた。
 兎は寡黙で、そのくせ暢気だから、下手に頭が良いと、逆にずれる。
 のんびりとした兎のテンポについていけてなかった。

 ―――私みたいに。

「じゃあ……」
「知り合いになれたでしょ」
 切欠が作れれば、なんでもよかった。
 鈴仙は馬鹿じゃない。
 ただ、戸惑っていただけなんだから。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 一丁あがり。
 馬鹿な鈴仙。貴女は素直すぎる。
 きっと貴女は普通の兎じゃない。あの二人に近いんだ。
 でもあの二人ほどでもない。だからきっと私に近い。



 思えば、初めて会ったときから、私は惹かれていたのかもしれない。




 その後も、私は無意味にしばしば彼女に悪戯を仕掛けた。
 ただ私の楽しみのためだけに。











 根っからの詐欺師というのは便利なのか損なのか。
 素直になれない私。素直すぎる鈴仙。

 でもたまには――素直になってもいいよね。








「てゐ、大丈夫?」
 いつかの再現のように、鈴仙が私を覗きこんだ。
「…………」
 やられたのか。あちこち服が破けている。
 段々と、目が覚めてきて、眠りに落とされる前の記憶が浮かび上がってきた。そして――

「――――このっ、馬鹿鈴仙!!」
 私は、心の底から怒鳴りつけた。

「何で、よりにもよってあのスペルなの! 月からの援軍なんて、台無しにするつもりなの! 月からの遠隔支援幻術なんて、私はここにいるって、伝えるようなものじゃない!」
 何のために、永琳様は地上の密室を作ったのか。
 何のために、私が必死になったのか。
「鈴仙は、鈴仙は――っ」
 息が切れる。

「――――本当は、月に帰りたいの!?」

 答えなんて聞きたくなかった。
 ただ、抑えられなかった。
 自分でも訳がわからない。
 ああもう、詐欺師失格だ。
 なんだ、この水――

「――よくわからないんだ」
「――――」
 殴ってやろうかと思った。この馬鹿兎。
「最初は月に戻ろうと思ったし、そうするつもりだった。でもなし崩しで地上に隠れることになって。でもそれは私の意思じゃなかったから」
「…………」
 率直な言葉はストレートに私を抉る。
 もういい、聴きたくない。
「――でもそんなことはあんまり関係ない」
 ――――。
「単にほら、てゐがさ、がんばってたから。がんばってたのに、やられて、なんか凄く――――頭にきた」
「――――」
 だから、つい。ごめんね、と鈴仙は困ったように謝った。

「…………」
 そんなこと言われたら、もう何もいえないじゃないか。
 途方に暮れる私を気にしないのか、気づかないのか、鈴仙は薬を取り出した。
 私の治療ということだろう。よく見なくても、傷だらけだ。
 我ながらよくがんばったほうだと思う。
「てゐ、少し起きれる?」
「ん」
 鈴仙に支えられて、身を起こす。
「鈴仙」
 チャンスは今しかないだろう。
「何?」
 私の意図に気づかない、馬鹿な鈴仙は、さらに私の顔を覗き込んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 あの時の再現。今度は逆だけど。
 でも、続きがある。
 今なら、素直になってもいいよね。
「――――大好き」




 ――――キス。




 お互い、真っ赤になった。
 鈴仙は大慌てだ。予想もしていなかったに違いない。
 その様子をみて可笑しくなった私は笑う。真っ赤になりながら。
 きっと、きちんと伝わってなかったんだろう。
 詐欺師とは不便なものだ。たまに本当を言っても信じてもらえない。
 もう一度。


「――――愛してるわ、鈴仙」
 最萌支援に突っ込みましたが、創想話作品の続編なので……。

 合言葉は「こんなのてゐじゃない!」
 もとい、「固定観念を覆せ!」
峰下翔吾(仮)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kiwami/th/
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コメント



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12.90転石削除
固定観念を覆せー。
まぁ、私的にはとてもしっくり来ましたが。
氏は素敵です。 軽やか華麗、かつ所々で重い一撃。
これからも頑張って下さい、しいてはてゐに頑張って貰いましょう。