Coolier - 新生・東方創想話

不死と不生、食を語るのこと

2005/02/03 07:41:42
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 パリポリパリポリ・・・・・・

 ずずーーーーっ・・・・・・ごっくん

「・・・ふぅ。結構いけるわね、これ」

 お茶を啜って息一つ吐き、今しがた食べた漬物の感想を妹紅が洩らす。それを聞き、隣に座る幽々子が満足げに微笑んだ。

「でしょう?何しろ西行寺自慢の一品ですもの」

 ・・・不死と不生、永遠に生き続ける者と永遠に死に続ける者。はっきり言って対極に位置する存在である。そんな二人がこんな風に仲良く茶なんぞ啜っているなどと奇妙以外の何者でもないのだが、その理由は存外単純なものだ。
 不死だろうと不生であろうと、結局は永遠の時間を持つもの同士。時間を持て余して色々な事に手を出してきたものの、飽きもせず共通して続けていることは、“美味しいものが食べたい”という食への追求だった。で、こうしてお互い食べ物を持ち寄って食べ比べている、という訳である。


「でも、本当に美味しいわね、この・・・・・・西行寺漬け?まぁ、名前はどうかと思うけど、本当にどうしたら大根でこんな味を出せるのかしら・・・」

 言って、再び妹紅がお茶を啜る。と、幽々子が反応した。

「あら、それ大根じゃないわよ」
「ふーん」

 幽々子の言葉に、お茶を啜りながら妹紅が軽く返事をする。

「・・・“元”白玉楼の住人なんだけど」
「ぶーーーーーーーーーっ!!!!」

 盛大に妹紅がお茶を噴き出した。

「あら、はしたない」
「って、どうすんのよ!?食べちゃったじゃない!!」

 隣で涼しい顔をしている幽々子に、妹紅が掴みかかる。が、幽々子は顔色一つ変えずにポツリと呟いた。

「冗談。・・・でも、大根じゃないって言うのは本当、それカブよ」
「・・・へ?カブ?・・・ああ、そう。・・・・・・全く、アンタの冗談は冗談に聞こえないのよ」

 妹紅が毒気を抜かれて、ぶつくさ言いながら再び腰を下ろす。
 その後、二人揃って、あれが美味しかったとか、それ食べてみたい等と話していたのだが、いくら色気より食い気とは言っても、女が二人話していれば自然と“色気”の方にも話がいく訳で・・・・・・もっとも片方は“食い気”オンリーだったのだが・・・


「そういえば、あんたの所の庭師も結構美味しそうよねぇ」

 妹紅が何かを含んだような笑いを浮かべながら、幽々子に言う。

「ええ、美味しかったわよ」

 そんな妹紅に、にっこりと答える幽々子。

「・・・って、食べたのっ!?」
「ええ、食べたの(はぁと)」

 満面の笑みを浮かべる幽々子に、妹紅が詰め寄る。

「で!?で!?で!?どうだった!?どうだった!?」

 瞳を輝かせながら、幽々子ににじみ寄るその姿は年相応・・・・・・訂正、見た目相応の少女のものだ。熱い視線を一身に受けて、幽々子は恍惚の表情を浮かべながら口を開いた。

「・・・それは、もう、素晴らしかったわ。白くて、すべすべして、滑らかで、ほんのりと甘くて、そして儚く融けていく・・・・・・本当に美味しかったなぁ、妖夢・・・・・・・・・・・・・・・・・・の半身」
「・・・って、本当に食べたの!?(物理的に)」
「えぇ、本当に食べたの(物理的に)」

 この間顔を見せたょぅむが、みょんに小さく見えたがまさかそんな裏があったとは。・・・恐るべし、西行寺 幽々子。
 ・・・妹紅も不死となったことで、大切なもの、大切に思うようになった人を何度も失ってきた。だが、不生になるというのも随分色々と失うらしい。何か失うものの方向性が間違っている気がしなくも無いが。
 妹紅は、ああはなるまい、と心の中で固く誓いを立てた。・・・っていうかなれない。だって不死だし。

「・・・で、元に戻るの?」
「・・・・・・」

 妹紅の問いに、答える声は無い。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 気まずい沈黙がしばらく続いた。




「・・・・・・あんたは裏切られたこと、ある?」

 やがて沈黙を破り、妹紅が虚空を眺めながら幽々子に尋ねた。その表情は先程のやり取りを無かった事にしたかのように真剣だ。

「え?」

 質問の意図が読めず、幽々子が疑問の声を上げる。だが妹紅は、そんな幽々子の声を気にも留めずに、言葉を続けた。

「・・・私は、あるわ。・・・まあ、一般に言う裏切りとは違うかもしれないけど。助けた相手に掌を返したような態度で返される、それを裏切りというのなら、間違いなくあの行為は私に対する裏切りよ。・・・たとえ相手に悪気が無くても、ね」
「・・・・・・・・・」

 相変わらず、妹紅が何を言おうとしているのか分からない幽々子には、黙って聞くことしか出来ない。あるいはそれで良いのかもしれなかった。妹紅は単に、話を聞いてくれる相手を求めていたのかもしれないから。そうして、妹紅は独白のように言葉を続けてゆく。

「もう、随分前の事になるわ。私が幻想郷にやって来て、まだここに慣れてなかった頃の話。私は毛色の変わった、変な妖怪に会ったの・・・・・・」

 そうして舞台は妹紅の過去へと移る。

             ・
             ・
             ・

 それはとても昔の話。不死となった妹紅が居場所を求め、幻想郷にやって来て間もない頃の物語。
 林を散策していた妹紅の視界に、一人の男の姿が入って来た。見れば、男は酷く弱っているようでまるで生気が無い。
 生きているのか、と疑問に思って妹紅が声をかけると、かすかに反応があった。そのまま見過ごす事も出来ず、とりあえず男の様子を見ようと顔を覗き込み、妹紅は気付いた。男が人間ではなく妖怪だという事に。男の瞳に浮かぶ縦に長い虹彩は、人間では持ちえない。
 幻想郷に来て間もないとは言え、妹紅にも妖怪がどういった存在なのかは分かっていた。何しろそこは幻想郷、人外のもので満ちているのだから。
 人間ならばともかく、妖怪を助ける義理も理由も無いと、妹紅は立ち上がり妖怪に背を向けた。理由は分からないが、妖怪は相当衰弱していた。放っておいても、もう先は長くないだろうと判断しての事だ。

 だが――、と数歩進んだところで妹紅の歩みが止まる。
 少し触れただけとはいえ、妖怪が並ならぬ力を持っている事を妹紅は感じ取っていた。そう思わせるだけの何かを、妖怪は持っていた。もし妖怪がこの場をやり過ごすような事があれば、後でどれ程の被害が生じるか分からない。
 妹紅は踵を返して妖怪の前に立つと、無言で掌を妖怪に向けた。妖怪が顔を上げ、妹紅を見つめる。・・・妹紅を真っ直ぐに見つめるその瞳は、とても、澄んだ色をしていた。
 妹紅の中に、ためらいが生じる。妖怪とはいえ、抵抗できないほど衰弱している相手を容赦なく殺せるほど、妹紅は冷徹ではない。その相手に真っ直ぐに見つめられて、平常でいられる筈がなかった。
 自分の甘さに呆れそうになりながらも、それでも掌を下げる事はしない。せめて見つめる瞳から逃れようと目を閉じ、顔を背けて、掌に力を込めた。妹紅の掌に霊気が溜まってゆく。
 緊迫した空気の中、一匹の妖怪がその生を閉ざそうとしていた。
 そして、次の瞬間・・・

 ぐうぅぅ~~~

 緊張を破って、間抜けな音が林に響いた。思わずコケた妹紅の掌から解放された霊気が、あらぬ方向へ飛んでいく。
 妹紅は照れ隠しに一つ咳払いをして、音を立てた相手に顔を向けると、

「・・・で?あんたはこんな所で何やってんの?」

 今度こそ自分の甘さに呆れながら、口を開いた。
 問われた妖怪は、真っ直ぐ妹紅を見つめ、

「は、はらが、へった・・・・・・・・・」

 言って、その生を閉ざした。

「・・・・・・って、死ぬなーーーーーっ!!!」

 妹紅が妖怪の頬を張る。ビタン、ビタンという景気の良い音が辺りに響いた。

「・・・・・・うぅ」

 妹紅の努力が実を結んだのか、妖怪が微かに息を吹き返す。が、依然として予断を許すような状況ではない。

「ったく、しょうがないわね・・・・・・」

 呟いて妹紅は自らの指に傷をつけ、その傷口を妖怪の口に押し付けた。指から流れる血が、妖怪の口の中へと吸い込まれていく。指を押し付けながら、一体何をやっているんだか・・・、と自分の行動が分からなくなる。

「・・・だって、しょうがないじゃない。こんだけ強そうなヤツが、怪我してるわけでもないのに弱ってて、オマケに最後の言葉が“はらがへった”なんて・・・・・・こんなの放っといたら気になって、夜も、朝も、昼も眠れなくなるもの」

 誰が聞いてる訳でもない林の中、自分自身に言い訳をする。
 やがて妖怪が目を開け、不思議そうに口を開いた。

「・・・・・・ぁ、わ、私は確かに死んだと思ったが・・・・・・一体、何故?」
「私の血を飲ませてあげたのよ。・・・特別製だからね、結構効いたでしょう?」

 不思議そうに呟く妖怪に、妹紅が答える。
 改めて妖怪を観察する。
 外見は人間で言うならば三、四十歳ぐらい。もっとも、そこは妖怪。実際には何百年生きているのか分からない。
 細身の長身といった出で立ちだが、決してひ弱な印象は受けない。その身体を覆う筋肉は、体積がない代わりに、鋼を思わせるほどに密度を高められている。いかにも“鍛え上げられた”といった印象だ。
 眼光は鋭く、機動性を重視した服装は妖怪が直接戦闘を得意とすることを感じさせる。
 だが、全体を通して何より不思議なのは・・・・・・

(・・・・・・なんていうか、悪い奴に見えないのよね~)

 妹紅は目の前にいる妖怪から、邪気や害意といったものをまるで感じなかった。強力な力を持った妖怪が食料となる人間を前にして、攻撃意欲さえ見せないのはどういった訳なのか、と頭を捻る。
 と、妹紅の視線を気にする風でもなく、妖怪が口を開いた。

「・・・何故、貴女はこんな事を?」
「だって先刻の答え聞いてなかったもの・・・・・・で?何であんた程の妖怪が、こんな所で行き倒れてんのよ?」

 問われた妹紅の答えに、妖怪が驚いて目を見開く。

「はっ?そんな理由で妖怪である私を助けたのか!?変わった人間もいるものだ・・・・・私が行き倒れた理由か?何、単純な話さ。人を喰らって生きていくのが嫌になった、だから止めた。・・・・・・それだけの事だ」
「はぁ?妖怪が人を喰うのを嫌になった?あんたこそ変わってるじゃない・・・人のこと言える義理じゃないわよ」
「全くだな・・・・・・ははは」

 妖怪が乾いた笑いを漏らし、それきり二人とも黙り込む。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 と、妹紅が沈黙を破り口を開いた。

「・・・私を食べれば、後二、三百年は生きられるわよ?」
「・・・それを聞かせてどうしようというのだ?まさか私に、襲え、と言っているのではないだろうな?」

 呆れて言う妖怪に向け、更に言葉を続ける。

「その、まさか、よ。たった一人の人間を犠牲にするだけで、あんたは百年以上の時を手に入れる。・・・そう悪い話じゃないと思うけど?」
「馬鹿な事を・・・。命を無駄にするものではない。それに、もう決めた事。・・・・・・私はこのまま、死を待つ」

 妖怪の答えに、妹紅が満足したような笑みを浮かべて、とんでもない命令をした。

「ふぅん・・・その気持ち、本物みたいね。気に入ったわ、あんた。私を食べなさい」
「なっ!?・・・話を聞いていたのか、貴女は!?私は、もう・・・・・・」

 素っ頓狂な声を上げて抗議をしかけた妖怪の言葉を遮って、妹紅が口を開く。

「ふぅ・・・やっぱり素直に言う事聞く訳ないか。本当はこんな事したくなかったんだけど・・・・・・ちょっとおとなしくしといてもらえる?って、今の状態じゃロクに動けるわけもないか」

 言った妹紅の右手が妖怪の顎に添えられる。妖怪が疑問に思う間も無く、妹紅が顔を近付けてきた。

「なっ!?何をしてるんだ貴女はっ!?」

 妹紅の行動に妖怪が戸惑い、声を上げる・・・・・・言っている自分の顔が柄にもなく赤面しているのが、手に取るように分かった。
 慌てる妖怪に妹紅が顔をしかめ、

「うっさいわねぇ、ちょっと黙っててよ。喋られたら、ヤりづらいでしょう?」

 言って、尚も顔を近づける。互いの顔は見る間に近付いていき、そして・・・・・・妹紅が左手を妖怪の額に当てた。

「?」

 予想とは違う妹紅の行動に、妖怪が顔に疑問符を浮かべる。と、次の瞬間・・・・・・

 ガバッ!

「もがっ!?」

 妹紅が左手と右手に力を加えて強引に妖怪の口を開かせ、おもむろに頭を突っ込んだ。だが、それだけに留まらず、喉を掻き分け更なる侵入を試みる。

「むー!むー!むーむむーむむむーむむむっむ!!(無理!無理!そんな大きいの入らないって!!)」
「大丈夫よ、苦しいのは最初だけだから。すぐに良くなるわ♪」

 涙ながらに声にならない声で抗議する妖怪に、妹紅が答える。・・・既にその上半身は妖怪の口の中へと入っていた。

             ・
             ・
             ・

 更に葛藤すること数分間。妹紅の体はすっかり妖怪の腹の中に納まり、妖怪の見た目はまるで赤頭巾ちゃんの狼だ。あまりの陵辱っぷりに、地面に座り込む妖怪の姿は、魂が抜け切ったかのように放心状態。
 と、腹の中から妹紅が“じゃあねぇ♪”と妖怪に声を掛け、それを合図にしたかの様に妖怪の腹は見る間に元の大きさへと戻っていった。

「うぅ・・・誓い、破られちゃった・・・・・・・・・それもこんな形で」

 正気に戻った妖怪がガックリうな垂れ、さめざめと涙を流す。・・・・・・腹は膨れたが、その心には遥かに大きな穴が開いていた。
 と、ぽんぽんと肩を叩き、落ち込む妖怪に話し掛ける者がある。

「まーまー。そう気を落とさないで」
「五月蝿い!妖怪の気も知らないで、気安く話しかけないでくれっ!!」

 話しかけてきた人物に振り向いた、妖怪の動きが止まる。視線の先には先程食べた(というより食べさせられた)人間=妹紅が“はぁい”などと笑みを浮かべながらながら、呑気に掌を振っていた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 そのまま、世界が止まったかのように、お互い押し黙る。
 やがて、沈黙を破って妖怪がポツリと呟いた。

「・・・・・・ええと、テンコー?」
「脱がないわよ」

 笑みを浮かべたまま妹紅が即座に返す。

「いやっ!そうじゃなくて!何故、平然としている!?おかしいだろう!?」
「んー?別におかしくなんかないわよ?だって私、不死だもの」

 ようやく回転するようになった頭で問いかけてきた妖怪に、カラカラと笑いながら妹紅が答える。

「は?不死?そんな馬鹿な・・・・・・」

 思わず口にするものの、こんな光景を見せられては信じざるを得ない。

「とはいえ、信じる以外ないか・・・・・・まぁ良い。言いたい事は色々あるが、貴女は命の恩人だ。感謝する」

 突然真剣な表情になった妖怪が、妹紅に深々と頭を下げた。

「あー、別に好きでやったことだから、そんな畏まらなくて良いって」
「いや、そういう訳には参りません。ぜひ、御名をお聞かせください。貴女の事を子々孫々まで伝えさせて頂きたいので・・・」
「そんな大ゲサな・・・・・・別にそこまでしなくても・・・」

 妖怪の誠実さに、妹紅が思わず閉口する。正直、ここまで感謝されるとは思っていなかった。
 尚も執拗に尋ねてくる妖怪に、やがて妹紅も根負けして口を開いた。とはいえ内心、満更でもなかったが。

「私は妹紅。藤原 妹紅よ。それが私の名前」
「妹紅・・・様ですか、良い名ですね。貴女の事はずっと語り継がせていただきます・・・」

 妖怪がそこで一旦言葉を切り、妹紅に微笑む。それは妹紅が思わずドキッとするほど素敵な笑みで・・・

「・・・妹紅は食べてもいい人類だ、と」
「え゛?」

 続けた、妖怪の言葉に妹紅の動きが凍る。

「でわっ!」

 凍ったままの妹紅に一言かけて、妖怪は元気よく飛び去っていった。
 
「・・・・・・って、ちょっと待てーーーーーっ!!!!!」

 それから、たっぷり数分間、ようやく解凍した妹紅が叫んだ頃には、妖怪は影さえ見えなくなっていた。

             ・
             ・
             ・

 そうして、再び物語は過去から現代へと戻る。

「と、言う訳なのよ。酷いと思わない?」

 話し終えた妹紅が俯いて肩を震わせながらながら、幽々子に同意を求めた。

 ズッ・・・ズズッ・・・

 幽々子は答えない。ただ何かを啜る音だけが聞こえる。

「そう、あなたも同情してくれるのね。ありが・・・・・・って、涎を垂らすなーーーーっ!!!」

 顔を上げた妹紅の目に飛び込んできたのは、涙を流して鼻を啜っている幽々子の姿ではなく、物欲しそうな視線で妹紅を見つめ、涎を啜る幽々子の姿であった。

「全く・・・・・・アイツあれ以来見ていないけど、どうしたのかしら?・・・まぁ、今までそれっぽいのにも会わなかったから、子孫も残せなかったのかもしれないけど・・・・・・」

 幽々子の食欲に呆れながら、妹紅が妖怪の姿を思い出しながら呟いた・・・




     *    *    *




 所変わって紅魔館。

「くしゅん!」

 門番である美鈴がくしゃみをしていた。と、たまたま通りかかった咲夜に見咎められる。

「あら、風邪かしら?中国・・・・・・全く、門番なんだから体調管理ぐらいしっかりしなさい」
「いえ、そんな・・・・・・きっと、誰かが噂してたんですよー」

 照れ笑いを浮かべながら答える美鈴。一々名前の事に突っ込むのは諦めたようだ。

「そんな訳ないじゃない。誰があなたみたいに影も幸も薄い奴の噂なんかするっていうのよ」

 容赦なく断言した咲夜の言葉に、美鈴の笑顔が凍る。

「あ、でも昔から馬鹿は風邪を引かないって言うわよね。まして、あなたは格闘馬鹿・・・・・・風邪を引く確率と、誰かが噂をする確率、どっちが高いのかしら?」

 言って真剣に悩む咲夜。吐いた言葉の切れ味は、楼観剣も裸足で逃げ出すほどだ。
 そうしてしばらく悩んだ挙句、結論を出せずに投げやりに言い放った。

「・・・全く、中国なんて変な名前だから風邪なんか引くのよ」
「あ、あの・・・咲夜さん、私の名前は美鈴・・・・・・」

 抗議する美鈴の言葉に、咲夜が怪訝な顔をする。

「え?美鈴?何それ、誰かの名前?・・・・・・どうやら熱にうなされて、自分が何を言ってるのか分からないようね。本当に大丈夫?」

 美鈴を気遣う咲夜に悪意は感じられない。その事が、より深く美鈴を傷つける。と、咲夜が名案を思いついたというように、両掌を合わせた。

「そうだ!私が風邪なんかに負けないように素敵な名前を付けてあげる!」
「うぅ・・・もう何でも良いです」

 諦めたように呻く美鈴を、咲夜が品定めするようにじっくり眺めて、やがてポツリと呟いた。

「・・・イパネマ」

 咲夜の言葉に美鈴が思わず聞き返す。

「は?いぱ・・・ね・・・ま?」
「そう、イパネマ。あなたは今日から、中華なイパネマよ」

 言って満足げに咲夜が頷く。だが、名付けられた美鈴としてはたまったものではない。

「あ、あの咲夜さん、確かに何でも良いとは言いましたが、流石に・・・・・・」
『惑わされてはダメ!咲夜!!』

 反論しかけた美鈴の言葉を遮って、突如現れたレミリアが叫んだ。レミリアは静かに咲夜の隣に舞い降り、美鈴を、その身体の一点を眺めて口を開く。

「あれは・・・あいつは、イパネマなんかじゃないわ・・・・・・・・・中華なパイパイよ」

 言ったレミリアが悔しそうに顔を背ける。レミリアの言葉にハッとした咲夜がレミリア同様、美鈴の体の一点を見つめ、同じように顔を背けて同意を示した。

「確かに・・・あれはパイパイです・・・・・・私とした事が迂闊でした。・・・って、リアルタイムで見ていた私ならともかく、何でお嬢様が知ってるんですか?」

 何気に爆弾発言な咲夜さん。流れに乗れない中国は蚊帳の外だ。

「運命よ」

 あっさりと断言するレミリア。

「運命かぁ、じゃあしょうがないですね」

 これまた、あっさりと納得する咲夜さん。どうやら一欠けらの疑問も持ってないようだ。

「って、いいんですか!?」

 思わず声を上げたイパネマ≠パイパイ=美鈴を、二人が冷たい視線で眺める。

「五月蝿いわね、中パイ(仮)」
「そうよお黙りなさい、中パイ(仮)」
「あぁ、更に変な名前にぃ・・・・・・」

 滂沱の涙を流す美鈴を尻目に、二人は話を続ける。

「・・・・・・ねぇ咲夜、あなたサバよんでない?」
「さぁ、なんのことやら?・・・ところでお嬢様。中パイ(決定)は良いとして、完全で瀟洒な私としては、やはりナイルの方も揃えたいのですが・・・・・・」
「ん?トトメスね・・・難しいわねぇ、適当な人材はいたかしら・・・・・・」
「あうぅ、(決定)って・・・・・・」

 咲夜の言葉にレミリアが考え込む。・・・美鈴の魂から絞り出したような声も、二人には残念ながら圏外だ。

「・・・ナイルと言えばエジプト、エジプトといえばピラミッドよね・・・・・・」

             ・
             ・
             ・

「で、そんな理由で私を呼んだのか?」

 数刻後、紅魔館のロビーにはお呼ばれした上白沢 慧音の姿があった。

「ええ、そうよ。という訳で、あなたはこれからトトメスよ。よろしくね」

 にっこりと笑うレミリアと咲夜に、慧音が盛大な溜め息を吐く。それから二人を睨むような視線で見つめると、ゆっくり口を開いた。

「・・・お前達は歴史を知らなすぎだ。だからそんな事が言える・・・・・・良いだろう。私がこれから外の世界の分も含めて、キッチリ叩きこんでやる」

 言って二人の襟首を掴み、空いている部屋に連れ込むと二人を椅子に座らせた。



 ――少女講義中――

「・・・のピラミッドを始め、この国にも幾つかの・・・」

「・・・すこし話は逸れるが、海底遺跡などの高度な文明を示す建造物・・・」

「・・・とにかく、ここで注目すべきことは・・・」

「・・・楽園。あるいはそうだったのかも・・・」

「・・・だが、規模および地理的背景からピラミッド=エジプトというイメージが・・・」

「・・・ムーの遺産という説もあるにはあるが・・・」

「・・・ストピラミッドのピラミッドはエジプトとは何の関係も無い!従って、私がトトメスなどと呼ばれる理由も無い!!」

 ――終了――


 講義を終え肩で荒く息をする慧音に、レミリアと咲夜が自分達の無知を恥じながら呟いた。

「ごめんなさい、私達が悪かったわ・・・・・・」
「本当に・・・貴女ほどの知識人を捕まえてトトメスなどと、失礼にも程がありましたわ」

 うな垂れる二人に、慧音が優しく微笑む。

「いや、分かってくれればそれで良い。それで良いんだ・・・・・・」

 そんな慧音を、二人が涙さえ流しながら眩しそうに見上げた。・・・感動的なシーンである。

「え?こんな私達を許してくれるの?・・・・・・キバヤシ」
「本当に、本当にありがとう!キバヤシ!!」

 ・・・・・・更に屈辱的な名前が付けられた。




     *    *    *




 自分の友人が紅い屋敷でとんでもない扱いを受けている事など露ほども知らない妹紅の隣で、幽々子がのんびり口を開いた。

「心配ないわ。今は三分の二ってとこね」
「?」
「よぅむぐらいまでは回復してるから・・・」
「・・・・・・って今更!?」

 ・・・・・・どうやら幽霊は時々音速が遅い、らしい。




                           完
今年に入ってからは初めまして、TERです。

途中、前にUPした作品の影響かシリアス色が濃くなりかけましたが、何とか脱出して書き上げられました。
・・・んー、また分かりにくいネタを入れてしまった・・・・・・というかあまり語ってませんね、食。

今年も時々投稿させてもらいますので、またよろしくお願いします~。
あ、一応注釈いれときますね。


※“中華な~”:正式名称は“魔法少女ちゅうかなぱいぱい”“魔法少女ちゅうかないぱねま”。
         今から15年ぐらい前、毎週日曜朝に放送されていた実写魔法少女特撮番組。
         内容はサッパリ覚えていないが、その強烈なネーミングセンスのあまり、名前
         だけはしっかり頭に刻まれてしまった。
         同系統に、“不思議少女ナイルなトトメス”“美少女仮面ポワトリン”
         “有限実行三姉妹シュシュトリアン”と、どれも個性的な名前の番組があった。
TER
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コメント



0.2060簡易評価
11.50瀬月削除
とりあえず放送年を調べたところ・・・

魔法少女ちゅうかなぱいぱい(1989)
魔法少女ちゅうかないぱねま(1989)
美少女仮面ポワトリン(1990)
不思議少女ナイルなトトメス(1991)
有限実行三姉妹シュシュトリアン(1993)

あと、ついでに
うたう!大竜宮城(1992)

ふ~ん・・・咲夜さん、リアルタイムで見てたんだw