Coolier - 新生・東方創想話

Andante

2010/04/20 22:07:42
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 振り返る。浮き立つ心を抑えられず、何度も、何度も。
 そのたびに、紅魔館の門の一直線上にある時計台をじっと仰ぎ見る。
 毎日十四時を過ぎると行う、もはや習慣となってしまった動作。
 館を守る門番として、しっかり前を向いていなければいけないのは分かっているんだけど、この時間帯はついつい後ろを振り返ってしまう。振り返って時計台を仰ぎ見て今何分かを確認する。
 振り返った瞬間十五時になってしまったら楽なのにっていうくらいうずうずする心を抑えて、我慢して我慢して振り向いたら、まだ十分しか経っていなかったというのはざらにある。
 けれどこの状態も短針が五十分を回ると一変して、今度は逆に振り返れなくなってしまう。
 十五時きっかりに訪れるあの人に時計を見上げている姿を見られようものなら、恥ずかしくて、気まずくて、ばつが悪くて、それこそ死にたくなってしまうからだ。
 前に一度ばっちり見られてしまったことがあって、そのときは「何、おなかでもすいてるの?」とからかわれて、その場から消えてしまいたくなった。
 我ながら大げさだと思うけど、それくらい、あの人が好きで好きでたまらない。
 あの人のことを想うと、一気にテンションが上がって、思考回路がおかしくなってしまう。
 かぁっと顔が熱くなって、頭が真っ白になって、どくどく心臓がその存在を主張する。
 あーもう、好きです。どうしようもなく好きなんです! と言えたらどんなに楽だろう。
 悲しいことに、そんな大それたことを言う自分は、まだまだ想像もつかないけど。


 今日も今日とて、おかしなテンションを持て余しているうちに、十四時五十分が過ぎた。
 ここから先は振り返れない。声をかけられるまでは振り向けない。
 その間、目の前の真っ直ぐに伸びた林道や生い茂る木々を眺めながら、色々と考えてしまう。
 今日は緊張せずに上手く話せるかな? とか、ひょっとしたら今日は来ないんじゃないかな? とか、変なテンションになっているのに気付かれたらどうしよう、とか、このじりじりと身を焦がすような待ち時間はまるで拷問みたいだ! とか……。
 不毛なことだと思いつつも、先のことに思いを巡らせながら手を握り合わせて立っていると、背後から靴の音が聞こえてきて、もう一瞬にして心拍数が跳ね上がった。心臓が壊れてしまうんじゃないかと、毎回本気で思う。
 ぴんと伸びた足を無理やり動かして振り返りたくなるのを、ギリギリのところで堪えた。
 今振り返ってしまったら、きっと切羽詰まった表情を見せることになると思うから……。

「美鈴」
「……咲夜さん」

 声をかけられて、ようやく振り向いた。
 まるで罪を許されでもしたかのような解放感と安堵感が、胸に押し寄せる。
 私を見つめる咲夜さんの表情は相変わらず淡々としたもので、少しだけ気分が落ち着いた。

「ちゃんと仕事してた?」
「もちろんです! 庭の世話もきちんとしましたよ」
「そう、なら良いけど。じゃあ行きましょうか」

 それだけ言うと、咲夜さんはくるりと背を向けた。
 その後ろについて行きながら「門の番をお願いします!」と空に向かって叫ぶと、「はーい」と慣れた様子で返事をしながら、どこからともなく妖精たちが門の周りに集まってきた。
 彼女たちは、私が休憩を取る間や庭園の世話をする間、代わりに門を守ってくれる。

「妖精たちも、慣れたものね」

 そう言って咲夜さんが歩調を緩めたので、横に並ぶ格好になった。

「そうですね。咲夜さんが来るの、いつも同じ時間ですからね」

 隣に並んで歩くことに気恥かしさを覚えながら答えた。
 答えた後、何でこんなつまらない言葉を返してしまったんだろう、と自分の会話センスのなさに肩を落とした。テンションを抑えるために、素っ気ない口調になってしまったのも気になる。
 あぁ、もう、どうしてこう上手くいかないんだろう。
 夢の中のように客観的な視点で自分を眺められたら良いのに。
 そうしたら少しは会話の流れを気にしながら話せるのに。
 これじゃ、まるで同じ時間に来る咲夜さんを責めているみたいだ。

「そのほうが、貴女も時間を合わせやすいかと思って」
「あ、確かに、そうですね……。ありがとうございます」
「別に礼を言われるほどのことでもないけど」

 僅かに苦笑されて、反射的に「すみません」と謝ってしまった。
 ここで謝っちゃ駄目でしょう! と言うか、一体何に対して謝っているんだろう、私……。
 泥沼に嵌り、二進も三進も行かなくて思わず俯きたくなるのを、すんでのところで堪えた。

「別に、構わないわよ」

 前を向いたまま、話の流れを変えるように咲夜さんは言った。

「あぁ、そうだ。休むのは、今日も私の部屋で良いわよね?」
「はい。伺ってもよろしければ、お邪魔させて頂きます」
「えぇ、大丈夫よ。気を遣わなくても、全然、よろしいから」
「え……?」

 よろしい、の部分を強調して言われて、何のことかと首を傾げたけれど、すぐに言葉遣いをからかわれたんだと気付いて、かぁっと顔が火照るのを感じた。それを隠すように視線を落とした。
 確かに、こんなふうに固い言葉遣い、毎日一緒にお茶を飲むような間柄じゃ使わないよね。
 こんなふうになってしまうのは、極度に緊張しているからだってばれたらどうしよう。
 それは困る、と弱り果てながらも、その一方では親しみのこもった声に俄かに心が浮き立つのも感じていた。咲夜さんとの距離がぐっと縮まったような、そんな幸福感が胸を満たす。
 緊張感を覆い尽くすほどの高揚感に浸りながら、あぁ、やっぱり好き……としみじみ思った。


 咲夜さんの部屋は、今日も今日とて一分の隙もなく整頓されていた。
 元々、必要最低限の家具しか置かれていないから、余計にそう見えるのかもしれない。
 窓と垂直に置かれた木製の寝台や、廊下側の壁際に置かれた木製の棚など、部屋には深い色合いをした木製の家具が多く、部屋に落ち着きと温かみを与えている。
 二つある窓の左右には、濃紺色の遮光カーテンと白いレースのカーテンが一纏めに括ってあり、麗らかな日の光が、ガラス窓をきらきら光らせながら部屋へ真っ直ぐに降り注いでいる。

「紅茶淹れてくるから、ちょっと待ってて」
「はい」

 窓から咲夜さんへ視線を移して頷くと、咲夜さんは慣れた様子で部屋を出ていった。
 その間、私は、普段は私用で使われている小さな木製のテーブルと椅子、そしてガラス棚の横に置かれた来客用の椅子を日の当たる窓際まで運んだ。それからガラス棚の下の引き出しから花模様の白いレースのテーブルクロスを取り出してかけた。
 お茶の準備を終えると少しだけ窓を開けて椅子に座った。さすがに部屋の中まで来てしまうと、緊張よりも開き直りのほうが強くなり、テーブルに肘を突いて窓の外を眺める余裕が出来た。
 しばし春の緩やかな風を頬に受けながら自分が世話をしている庭園を眺めていたけれど、ふいに思い立って後ろを振り向いた。咲夜さんの部屋は、初めて来たときと何も変わらずそこにあった。


 二人で休憩するようになったきっかけは、ある日お嬢様が唐突に「今日は和菓子が食べたい」と仰ったことにある。普段お嬢様が召し上がるお菓子はすべて咲夜さんのお手製だけど、さすがに和菓子は作れないということで、その日咲夜さんは人里にある有名菓子店の和菓子を買ってきた。
 菓子店からの帰りに門の前でその話を聞いて「実は今日の分のお菓子はもう作ってて、良ければ一緒に食べない?」と誘われ、二人で咲夜さんの部屋で休憩がてら食べることになった。
 咲夜さん曰く、そのときの私は、それはそれは美味しそうに食べていたらしく――実際、頂いた和栗のモンブランは、びっくりするくらい美味しかった――その食べっぷりを気に入られて、以来、毎日十五時に、休憩を兼ねて咲夜さんお手製のお菓子を一緒に食べるようになった。
 元々私は、咲夜さんの完璧な立ち居振る舞いに憧れていたから、二人で過ごす時間が出来ると、一気にその想いは燃え上がった。静かで少し硬質な声や、青く鋭い眼差しを独占出来る時間は、一日の中の特別な時間になった。それこそ、特別になり過ぎて苦しくなるくらいに……。


 重苦しい思いを断ち切るように勢い良く立ち上がって、再び部屋を見渡してみた。
 注意して見ても、やっぱり真新しいものは何もない。歩いてみても見つからない。
 何だか、変わったのは自分だけだと言われているようで、恨めしくなる。
 立ち止まった瞬間、ふいに寝台が目に入り、躊躇した後、そっと確かめるように触れて腰かけてみた。
 柔らかな感触にどきどきと胸が高鳴る。火照る頬を手で押さえた。
 私は、一体何をしているんだろう。身を焦がすような想いが思い出したように胸の奥から迫り上がってきて、溢れ出た瞬間ため息が零れた。
 その瞬間がちゃりとドアの開く音がして思わず肩が跳ね上がった。
 金縛りにでもあったように動けずにいると、銀のトレーを持った咲夜さんと目が合った。

「どうしたの?」
「すみません。勝手に座っちゃって……」
「それは別に構わないけど」

 怪訝な表情をしながらも咲夜さんはそこで言葉を切ってテーブルへ向かったので、助かった、と胸を撫で下ろしながら立ち上がり、テーブルへ戻った。

「今日は、林檎のタルトタタンよ」
「わぁ……美味しそうですね」

 タタン、って何だろう、と思いながら席につくと、甘く香ばしい林檎とカラメルの香りが鼻腔をくすぐった。お菓子を目の前にするとテンションが上がって、ついつい表情が緩んでしまう。

「今日はタルトタタンに合わせて、アップルティーを淹れたの」
「良い香りですね。頂いて良いですか?」
「どうぞ」

「じゃあ、頂きます」とアップルティーを一口飲むと、さっぱりとした瑞々しい香りが広がった。「美味しいです」と一息ついてカップをソーサーに戻したところで、何にも手を付けずにこちらをじっと見つめている咲夜さんの視線に気が付いた。

「どうしましたか?」
「ねぇ、そのままで美味しい?」
「え?」
「アップルティー、そのまま飲んで本当に美味しいのかって聞いてるの」
「……」
「やっぱりね」

 そう独りごちると、咲夜さんは納得したような顔になった。
 私は予期せぬ言葉にすっかりうろたえてしまって、声を出すことが出来なかった。
 やっぱり、って、ひょっとして気付いているんだろうか。いや、でもまさか……。
 全身に冷や水を浴びたように血の気が引いて黙り込んでいると、咲夜さんは軽くため息をついた。

「ねぇ、貴女にはこれが必要なんじゃないの?」

 そう言うと、咲夜さんはテーブルに置かれた砂糖の入った白い陶器をコツリと指先で叩いた。

「初めてここで一緒に紅茶を飲んだとき、砂糖を多めに入れてたのが目に付いて覚えてたのよ。それなのに次からはまったく入れなくなった。前からずっと気になってたの。甘党なのに、突然砂糖を入れなくなったら美味しくないんじゃないかって」
「美味しいですよ。お菓子が甘いから、このほうがちょうど良いなって思ったんです」
「嘘つきね」
「嘘じゃないです」
「私はね、貴女が美味しそうな顔してお菓子を食べるのを毎日見てるの。紅茶やハーブティーを飲んだとき、微妙に物足りなそうな顔になってるのにも気付いてるのよ。何で砂糖を入れないの? こうしてちゃんと持ってきてるのに」
「……だって」

 そんなの、決まってるじゃないですか……。

「そのほうが、咲夜さんが淹れてくれたお茶本来の味が楽しめると思って。それに咲夜さんは砂糖はまったく入れないから……」

 俯いてそう言うと、咲夜さんは小さく息を呑んで押し黙った。
 顔を上げることが出来ずに私も黙っていると、陶器を叩いていた細長い指が動いて陶器の蓋を開け、あっという間にカップに砂糖を入れてしまった。それから私のティースプーンを取ってゆっくり丁寧に砂糖を溶かす咲夜さんの指を、呆然と見つめた。

「どうしてですか?」
「私は美味しくアップルティーを飲んで欲しいだけ」
「でも……」
「砂糖を入れないようにしたいなら、少しずつ減らしていけば良いじゃない。初めから入れなくしようとするからいけないのよ。毎日、少しずつで良いのに」
「……」

 言われて、すっかり砂糖が溶けきったアップルティーに視線を移した。カップを手に取って恐る恐る口をつけると、ほんのり甘みが増して、さっきよりずっと美味しかった。
 その瞬間、喉の奥から熱いものが込み上げてきて涙が滲んだ。
 ……あぁ、もう。こんなことをされたら、ますます好きになってしまう……。
 衝動に任せて泣き出したくなるのを、ぐっと堪えた。

「美味しい?」
「美味しいです」
「それは良かった。前に貴女が入れていた量より少なくしたから、一歩前進したわね」
「そうですね……」

 熱い想いに胸が焼かれて、上手く言葉が出てこない。心臓の音がうるさくて頭が働かなくなる。
 でも、私には今、言いたいことがある。言わなくちゃ、前に進めない言葉がある。
 上手く伝えられないかもしれないけど、声が震えて、裏返るかもしれないけど、ほんの少しでも良いからこの想いを伝えたい。呑み込まずに、きちんと言葉にしたい。

「……あの、咲夜さん」
「何?」

 搾り出した声は掠れていて、早くもくじけそうになったけど、心を奮い立たせた。
 こちらを真っ直ぐに見つめてくる涼しげな瞳を見据えて、息を吸い込んだ。

「あ、ありがとうございます。あの、咲夜さんはお礼を言われるほどのことじゃないって思うかもしれませんけど、でも、私は嬉しかったので……だから、ありがとうございました」
「……どういたしまして」

 僅かに目元を細めて微笑みながら、咲夜さんは短くそう言った。
 その表情にどきりと胸が高鳴りつつ、言いたいことを言えたことに心の底からほっとして、私は甘いアップルティーでからからに乾いた喉を潤した。

「……じゃあ、食べましょうか」
「あ、そうですね」
「このタルトタタン、味見した限りでは、すごく良い出来だと思うのよ」
「本当ですか? 楽しみです!」

 促されて、嬉々として銀のフォークを手に取った。タルトタタンのつやつやとしたカラメルが食欲をそそり、目が釘付けになった。やっぱり私は、咲夜さんのお菓子に弱い。さっきは堪えるほどだった涙は、奥のほうに引っ込んでしまった。別に、色気より食気ではない……と、思いたい。
 ようやくカップに口をつけた咲夜さんをちらりと盗み見ながら、明日はもう少しだけこの砂糖を減らして、そして、もう少しだけ、素直に想いを伝えようと思った。
 
片想いの話は今まであまり書いたことがなかったので、この二人で書いてみました。
片想いをする女の子の雰囲気が出てれば良いなぁ、と思います。


■修正にあたり、少しコメント返信させて頂きます。

>>コチドリ様

誤字のご指摘ありがとうございました。
咲夜さん視点で書くのも面白そうですね。
気長にお待ち頂ければ! m(_ _)m
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
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コメント



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5.60コチドリ削除
甘ぇ…霊夢の腋より、チルノのアイシクルフォール(easy)より、村紗の名前よりも甘酸っぺぇ。
と、いう感じですが、咲夜視点の物語もぜひ見てみたいですね。彼女が内心どう感じているかが
とても気になりますので。

>十五時になってしまったら楽になのにって→楽なのに、又は楽になるのに、ですかね。
9.90名前が無い程度の能力削除
いいなぁ。
片想いしてる女の子って本気でかわいい。
13.100名前が無い程度の能力削除
美鈴がかわいすぎて生きるのが辛くない
咲夜さん視点も是非
14.80名前が無い程度の能力削除
乙女ーりんもわるくないわね
15.100名前が無い程度の能力削除
是非、咲夜さん視点も投稿してくだせぇ~
17.90夜空削除
毎回初デートのような神剣な面持ちで望む美鈴が何かと可愛いですね
お礼の一言にだって、美鈴の思いがぎゅっと詰まってる感じが端的に表現されていて
とても素晴らしかったです
18.100名前が無い程度の能力削除
良いです
21.80ずわいがに削除
あなたはどうしてこういつもいつもロマンスたっぷりなんですかー!
いくら甘党の俺でも流石に胸やけ起こしちゃいますょ!?
いえ、砂糖は減らさなくて結構です(キリッ