Coolier - 新生・東方創想話

猫の学校

2010/04/20 01:01:58
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 妖怪の山の中には、猫の集まる里がある。知っていたかい。

 深い森のそのまた奥に、もう人間の住んでいない打ち捨てられた里があるそうだ。崩れかけた建物が五つか六つ。森に囲まれて、昼でも暗い、おばけ屋敷みたいなところさ。
 その里はこの幻想郷のものではなく、外の世界で忘れ去られた集落が流れ着いたって話しもある。だから、その里の家々はこちらの里とはちょっと様子が違うとか。

 話がずれたね。 
 そこでは夜な夜な、頭領の化け猫が集まった猫を集めて秘密の学校を開いているんだ。
 「学校」って何かって?ああ、寺子屋の別名だよ。
 猫の学校で教える内容は様々さ。新しい餌場、ネズミ、小鳥の捕まえ方、人間への餌のねだり方。ほかにもどこそこの家で子猫が生まれた、あそこの家の子供が猫をいじめた、あの家で猫を捨てた。などなどさ。
 人間の言葉、あいさつ、人間がどんな仕事をしているのか、子供がどんな遊び方をしているのか、そんな授業もあるんだ。
 そんな人間のことを勉強してどうするって?まあ、今は少し我慢して、最後まで話をお聞きよ。
  
 もし、みんなが山に入ってゆく猫を見かけても、けして追いかけてはいけないよ。
 猫の学校を見たいと思ってはいけないよ。
 
 きっと、帰ってこれないだろうから。
 
 大人は、まず間違いなく殺される。子供は、捕まえられて猫の学校に連れて行かれる。捕まった子供は、殺されるよりもっとひどいことをされるんだ。
 猫の学校に捕まった子供は、まず猫裁判に掛けられる。
 猫裁判では、その子供が、今まで猫に対してどのような悪事を働いてきたか、集まった猫から次々と証言が出されるんだ。
 うそは付けない。隠し事はできない。猫達はどんなに人間が隠し切れていると思っているようなことでも知っていて、たちまち白日の下にさらしてしまうのさ。
 
 反論はできない。弁護してくれる者はいない。
 そして、判決が言い渡される。判決は一つだけ。

 ―――そう、有罪だ。
 猫をどんなにかわいがって、優しくしてきた子供でも例外無く有罪さ。だって、「猫の学校」を覗いてしまったことが、一番重い罪なんだから。
 
 ほらほら、話はまだ終わっていないよ。耳をふさぐんじゃない。
 有罪になった者には、罰が与えられる。
 なにをされるのかって?
 猫の学校の秘密は人間に知られてはいけない。秘密を守るのにはどうしたらいいかな?
 殺す?はは、確かにそれが一番手っとり早いね。
 でも、それじゃあわざわざ裁判を開いた意味がない。殺して口封じをするんなら大人と同じように見つかった瞬間に絞めてしまえばいいだけだからね。

 どんな罰を受けるのか。‥‥猫にされるのさ。

 まず、罰を受ける子供は猫の里の、とある建物に連れて行かれる。
 そこでまず、猫の間に伝わる秘薬を飲まされる。この薬を飲まされると、言葉を話せなくなってしまう。もう、人間と話すことは出来なくされてしまうんだ。声は出る。でも、獣のうなり声のような、ひどい声しか出せなくなるんだそうだ。
 そうされて、身ぐるみをはがされ、両手を鎖につながれて、天井からつるされるのさ。
 
 ――そして皮をはがされる。見たことないかい?猟師がウサギやイノシシを吊しているところを。あれと同じさ。どうして皮をはがすのかって?一番の理由は後から言うけれども、人間に皮をはがされて、三味線にされた仲間の恨みを晴らすためとからしい。意趣返しさ。
 皮をはがす役目は化け猫の役目さ。頭領の化け猫直々に手を下すんだ。頭領はすでに人間に化ける術を覚えている。長い爪の生えた手で、刃物を使わずにかわいそうな子供の皮をはいでいくのさ。
 皮をはがされたら、途轍もなく痛いだろうね。血もいっぱい出るだろう。殺されてから皮をはがされるだけまだウサギやイノシシの方が待遇がいいかもね。
 
 でも、吊された子供は死なない。多少は痛いらしいが。
 猫の間に伝わる秘薬。あれが、哀れな子供を殺さないんだ。罪人は生きたまま、皮をはがされていくのさ。
 
 すっかり皮をはがされた子供は、涙を流して、親を呼ぶ声が醜く変わり果てたうめき声を上げながら自分の皮を見下ろすことになる。
 その皮は猫たちがすっかりきれいに洗ってしまう。そして、着ぐるみを作るようにきれいに縫い合わせる。
 
 そんなことをしてどうするのかって?そこに、猫の学校で一番の成績の者が入るのさ。
 最初に、猫の学校でなにを教えているか話したね。そこで人間の仕事や言葉や子供の遊びのやり方を学ぶと言ったね。

 すべてはこのためさ。
 猫の学校はこのためにあるのさ。
 猫はそうして、捕まえられた子供の皮をかぶり、その子供と入れ替わってしまうのさ。
 
 当然、猫も自分の毛皮を着たままでは人間の皮をかぶれない。だから、猫もあの薬を飲んで、皮を脱ぐ。あの薬はもともとこのために作られたんだ。痛みもなく皮を脱げるように。そして、薬を飲んだ猫は人間が飲まされた時とは逆に猫の言葉を忘れ、人間の言葉をしゃべれるようになるのさ。あべこべの薬ってわけだよ。痛いが痛くなくなり、猫と人の言葉が入れ替わる薬さ。
 
 そうして準備万端整えた猫の優等生は、子供の皮をかぶる。猫が子供の皮をかぶったなら、つぎは子供が猫の皮をかぶる番さ。泣いたってだめだよ。助けなんか来ない。
 生暖かい猫の皮をすっかりかぶせられたら、背中を縫い上げられて一丁上がり。もう、脱ぐことなんかできないさ。

 さあ、これで猫人間と人間猫の出来上がりだ。
 猫人間は里へ行く。子供の皮をかぶってね。絶対にばれないよ。言葉も子供の遊び方も猫の学校で覚えている。それよりなにより、そのときの一番の猫の優等生が猫人間になるんだ。ヘマはしないのさ。
 
 ふふふ。どうしたのかい?なんだか顔色が悪いじゃないか、みんな。まだ話は終わっていないよ。おとなしく行儀よく座って聞いていてくれ。
 そうして子どもになりすました猫人間がどうするか。
 次の子どもを探すんだ。例えば、お父さんお母さんの言うことを聞かない、聞かん坊とか、自分で何でもできると思ってるような生意気な子どもなんか狙い目だね。「猫が夜な夜な山に入っていくんだ。見たくないかい?なんだ、怖いのかい?」とか、ちょっとの挑発ですぐに行ってしまう。ああ、かわいいモノ好きな女の子も簡単だ。「――― 一緒に見に行かない?すごくかわいいんだって!」はい、一丁上がり。

 そうして、里にはだんだん、猫人間が増えていく。気づかないうちに、子どもがそっくり猫人間になっているのさ。猫人間が大人になって、子供を作れば、猫人間の子どもが誕生する。
 そうやって、すっかり猫は人間の里を占領してしまうんだ。逆に、そのころ山からは人間猫にされた子供達が降りてくる。
 頭領から、ネズミや雀の捕まえ方を教えられて、マタタビを嗅がされてすっかり身も心も猫になってしまった子供達がね。
 
 わかるかい?今、里にいる人間の子供と猫が、中身だけそっくり入れ替わってしまうってことだよ。
 そうして、猫はなにをするのか。
 決まっているじゃないか。今まで人間にされたことを、そっくりそのまま人間猫に返してやるのさ。これからは猫人間が、人間猫にネズミをとらせ、可愛がり、イジメて、三味線にするのさ―――
 
 あはは、すっかり顔が青ざめたね。
 私の話を嘘だと思っているかな?そう思うなら、うちに帰って、飼っている猫に「猫の学校ご存じか」って聞いてみるんだね。きっと、知らないフリをするよ。目をそらしてね。耳を伏せるかもしれない。髭を揺らすかもしれない。それはみんな動揺しているからさ。
 ああ、でも、聞いたら最後だね。その晩、君は連れて行かれるね。猫の学校に。秘密を守るために、猫の頭領に。
 
 第一、みんなこの話をもう聞いちゃったからね。手遅れかなあ。ハハッ、今日は早く帰って、じっくりお母さんのご飯を食べるんだよ。きっと最後の夕ご飯になるからね―――








「―――くぉらあぁぁぁ!なぁぁに適当な話ししてんだこんのドブネズミがー!」
「ふっ」
「はへー!?」

 
 境内に集まっていた子供達をすっかり青ざめさせていたナズーリン。そこへ超高速で橙が体当たりを敢行し、あっさり避けられて寺のふすまに突っ込んでいった。
 今までの話しを聞いていた子どもたちは化け猫の、すなわち、「人の姿を取る術を覚えた化け猫の頭領」の出現に声も出せない。
  冷静な一人の子供は、「あ、パンツ丸見え」とかしっかり見ていたらしいが。

 ふすまの成れの果てが散らばる畳の上で犬神佐清と化していた橙は「うなぁぁぁぁ!」と叫んで起き上がると、努めて冷静な風を装い、背筋を伸ばしてビシッ、とナズーリンを指差して吠えた。
「たまに、里に出てきてあんみつでもと考えてたら、なに!?寺の中からとんでもない話しが聞こえてくるじゃない!あ、あ、あんたねえ!変なホラ話をいたいけな子供に吹き込むんじゃないよ!さっすがネズミだね!姿も薄汚けりゃやることも薄汚い!そんなことまでして猫の評判を落としたいの?この卑怯者!牛の頭に乗っかっただけはあるね!一族郎党、みんな同じだね!」

 ナズーリンは、やれやれ、と肩をすくめると組んでいたあぐらに頬杖をついて、ニヤニヤと黒猫を見上げ、口を開いた。

「元気のいい罵声をどうもありがとう。ただし、かっこつけるなら顔の血を拭いてからにしなよ。鼻からひどい量の血が出ている」
「え!?」

 慌てて鼻を抑える橙。しかしその手は少しも汚れなかった。

「っ!なぁっ!」

 一瞬、あたりの時間が静止した。橙の顔がじわりじわりと赤くなっていく。
 先程まで怯えきっていた子供達の間に、何とも言えない生暖かい空気が広がっていく。
 そんな橙と子供達を交互に見つめると、ナズーリンはおもむろに言った。

「フハハハハ。阿呆め」
「ふぎゃー!」

 そのまま二匹は寺の上空へ。弾幕勝負が始まった。

「今度という今度は許さないからね!猫の評判をあんなふうに貶めるなんて!」
「まあまあ、落ち着きたまえよ!――っと。私はただ、知っている童話をもとに、危なげな子どもたちが勝手に森に入らないように寓話を作ってレクチャーしていただけさ。誤解だよ。誤解」
「なにがレクチャーだよ!あんなえげつない話し、よくもまあペラペラと喋れたもんだね!―――いてっ!くっ、底意地がどす黒くなきゃあんな話なんかできるか!こんの腹黒ねずみ!」
「まったく、そうやってすぐ頭に血を登らせる。一旦興奮したら見境なしだ。だから猫はダメなんだよ。瞳孔をランランとだだっ開いて。ああ、みっともないみっともない」
「んだとー!」

 なおもギャアギャアと寺の上空で弾幕と罵声が飛び交う。その光景を見ていて、とりあえず子供達は理解した。
 ああ、さっきの話しは、「冗談」なんだな、と。

―――ああ、ナズ姉ちゃんて、さでずむだなぁ。と。



















「やれやれ」

 寺の屋根の上で。ナズーリンはパンパン、とスカートに付いた土ぼこりを払いながら、橙の走り去っていった方向を見つめてつぶやいた。
 結局、騒ぎに気がついた星が子供たちから事情を聞いた上でナズーリンを叱りつけ、とりあえず彼女が橙にあやまる、ということでその場は収められた。
 橙は「怖くないよ!猫は怖くないんだからね!」と必死に子供達の頭をなでさして、愛嬌を振りまいてから帰っていった。子供たちも笑顔で手を振っていた。
 とりあえず、今晩子供たちが沈鬱な表情で「猫がお迎えに来る前の最後のご飯」を食べることだけは回避されたようだ。
 そんな恐怖のどん底に落とされたり安心しきって笑ったりする子どもたちの様子が愚かで可笑しくて可愛くて、ナズーリンはくっく、と笑いを堪えるのに一苦労だった。‥‥こんな部下では寅丸も苦労していることだろう。



 もうすぐ日が落ちる。天空から闇が降りてくる。 

「まったく、困った子猫ちゃんだよ」

 そうひとりごちて、ナズーリンは妖怪の森の方角を見つめる。そして誰にも聞こえないような声で、ボソリと呟いた。









「――――自分が式になる前、なにをしていたのか全く覚えていないなんて、ね」








‥‥
‥‥‥‥
橙はもう少し化け猫アッピルしてもいいと思うんだ。
そしてナズ姉は腹黒。

原案:佐野美津男 著 「犬の学校」
個人的トラウマ本No.1だったり。

追記:2010/4/30
皆様お読み頂きありがとうございます。「怖い」と言って頂き誠に恐悦至極。
原本の挿絵の中村宏氏風の橙やナズーリンを妄想しながら書きましたよ。
復刊して欲しい、大好きな児童書です。

今さらですがホラータグ追加します。
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コメント



0.2350簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
怖っっ!!? トラウマになりそう…

……ん? 橙が式になる前から人里では盛んに取り換えっこがされてた……?
ということは……魔理沙や阿求が既に入れ替えられてる可能性もあるわけで…そうだとすればまさか……!?

みんなーよろこべー!!魔理沙や阿求に猫耳が生える日も近いぞーーーーー!!
2.90名前が無い程度の能力削除
これは怖ひ
4.100名前が無い程度の能力削除
橙怖い
6.90ぺ・四潤削除
これはいいトムとジェリー。
そうだよ橙は長く生きた化け猫なんだよ! 藍しゃま藍しゃまですっかり忘れてた。
ところで猫にされた人間のほうどうやって生きるんだ?
7.100名前が無い程度の能力削除
猫の学校は再び開かれ、餌の捕り方からまた学び始めるのだろう。
今度は猫に飼われる人として。

妖怪らしい橙だ
12.100奇声を発する程度の能力削除
うおお…橙が怖く感じる

>1氏
ポジティブ思考が羨ましいw
21.80名前が無い程度の能力削除
橙の化け猫アッピルに大賛成!!
25.100名前が無い程度の能力削除
それでこそ「凶兆の黒猫」!
26.90名前が無い程度の能力削除
うおおお
ラストでぞわっと来た…
28.80名前が無い程度の能力削除
ちぇんかわいいよちぇえええええええええええええええええええええん

とか言ってる場合じゃないな。
29.90名前が無い程度の能力削除
こわっ!?
30.100名前が無い程度の能力削除
こ、こわかったあ……
ああ橙は可愛いなあ……
と思ったらやっぱり怖ぇぇぇぇっ!
31.100名前が無い程度の能力削除
なにこれこわい
33.100名前が無い程度の能力削除
う・・うわぁ…
39.90ずわいがに削除
素晴らしい!これは本当に良い妖怪談です!
久しぶりに文章にぞくりとさせられました;ww
44.100名前が無い程度の能力削除
また一つ名作を発見。
48.100リペヤー削除
こ、怖かった……
安心させておいて最後にとびきりの恐怖を残していく。
怪談の定石を踏まえたSSだと思いました。