Coolier - 新生・東方創想話

はろーわーかー

2010/04/19 01:23:41
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日も暮れた頃、目を覚まして部屋から出た私は、廊下を掃除する老婆とばったり出くわした。

「あら、またそんなことして。無理しちゃダメじゃない」
「無理なんてしてません。私はこの通り元気です。それに掃除でもしてないと、暇で暇でしょうがないんですよ」

呆れてしまう。私が休めと言っているのだから、大人しく休んでいればいいのだ。
一時は彼女がこの館のメイド長でもあったのだが、すっかり老いてしまった彼女にはもはやメイドの、いや、それ以外の仕事も辛いだろう。
彼女はパチェ同様、私の友人として居候になった。だから仕事なんてしなくていいのに、彼女は「これが趣味なんですよ」と言って働く。以前メイド長の仕事をこなしていた“あの子”が復帰したというのに。
「やらせて下さいよ」と笑う彼女の顔には何本もしわが刻まれていて、本当に楽しそうに見えるから、もう何も言えなくなってしまう。
少々曲がってしまった腰では、かつての凛とした姿勢も取れず、身長も若干小さく見える。細くなった手脚はどこか頼りなく、鮮やかさの失われた髪は、時に言葉に出来ない感情を抱かせる。
それでも彼女の笑顔はあたたかいのだ。それはまるで太陽のようで、私が忌み嫌うべき筈のその輝きでもって私の、そしてこの館の皆の心を優しく包むのだ。

(やれやれ、こいつは私の手にも負えないな)

ため息さえついてしまいそうな私の心境を、彼女はわかってくれないのだろうか。……多分わかった上でわがままを言っているのだろう。困ったものね。

ここは紅魔館。吸血鬼であるこの私、レミリア・スカーレットを主とし、一癖も二癖もある輩が集まっている洋館だ。
館は特殊な構造になっている。外からの見かけよりもその内部は遙かに広大で、巨大な図書館まで備えている。ちなみに日光が苦手なので窓も少ない。

かつて私の妹であるフランが閉じこもっていた地下室も、今は使われていない。最後にあの扉が開いたのは、もはや数十年も前のこと。
私の起こした紅霧の異変を解決しに来たお節介な巫女と、図々しい魔法使いによってフランは外へ興味を持ち、次第に活発的になっていったのだ。
それ以来、館の皆がその巫女や魔法使いと交流を持つようになった。もちろん私も。そして彼女も。
それからまた何度もまた別の異変が起こり、その度に新しい知り合いが増えていった。彼女らと過ごした日々はとても楽しく、たまにだが無性にあの頃に戻りたくなる。
こんな感情を抱くのも、人間と接し過ぎたせいだろうか。

あぁ、懐かしい。
あの博麗の巫女はもういない。黒白の魔法使いはもういない。守矢の風祝も逝ってしまった。……数年ほど前のことだ。
私が興味を持った人間で残っているのは、冥界にいる半人半霊の庭師と、この館にいる――私の「眷族にならないか」という誘いに対し、「人間のままでありたい」と、そう断った――唯一の人間。それだけ。

現在門番には、部隊を組んだ妖精メイドたちが就いている。美鈴が直々にしごいたやつらだ。そんじょそこらの妖怪相手なら決して引けを取らない。
そして元門番であった当の美鈴は現在、館内にいる。
咲夜は――





咲夜が倒れたのは数年前だ。霊夢や魔理沙、早苗の方が咲夜より先に逝ってしまったのは正直意外だった。
しかし人間の寿命なんてそんなに差があるもんでもない。すぐに彼女も寿命が近づいてきた。
ベッドに横になり、紅魔館に住む多くの者に見守られる中、彼女は幸せだと言った。
年を取り、しわが増え、腰が曲がり、能力も徐々に弱まってきていた彼女だが、それでも「私は幸せです」と言った。

――力も弱り、もうすぐ死んでしまうというのに、私は全くそれが怖くありません。これだけ死を間近にしても、やはり私は『人間で良かった』と思うのです。だってこんなにも大きな愛情を感じられるのですから。

咲夜は私たちの顔を順々に見ていきながら、本当に嬉しそうに笑っていた。
気づけば、皆がその目に涙を浮かべていた。私でさえ、その例外ではない。

その晩、せっかくの満月の夜だというのに出かけることもせずベッドで横になる私のもとへ、美鈴が訪れた。

「何の用かしら?」
「久しぶりにお嬢様と二人っきりで話がしたくなりまして」
「そう」

彼女もまた、感傷に浸りたい気分なのだろうか。ならば丁度良い。
とにかく誰かと話がしたかった。しかしフランには“強い姉”でありたい。パチェには“頼れる吸血鬼”でありたい。妖精メイドなどには“偉大なる主”でありたい。
だとすれば、残る相手は“かつての育ての親”である、美鈴ぐらいしかいない。彼女になら、泣き言をこぼすことも許してくれるだろう。
そもそも誰の許可がいるというのか――変にプライドの高い、厄介な私の心だ。

「咲夜がさ、もうすぐ逝ってしまうよ」
「そうですね」
「何度も何度も眷族にならないかと誘ったのに。吸血鬼にならなくても、魔女や蓬莱人でも良いからと言ったのに。断られた」
「はい」
「人間って、そんなに良いもんかしら?」

私は美鈴とは顔を合わせずに問い掛けた。しかしこの問いは無意味だ。何故なら――

「それはお嬢様自身、よくわかっているじゃないですか」

そう。私は知っている。限りある生命の強さと輝きを。人間という種族の、私たち妖怪にはない魅力を。そして人間と過ごすことの楽しさを。
答えのわかりきった問い。それをあえてしたのは、たんに確認したかっただけだからだ。自分以外の口から、人間は人間であるべきだと改めて聞きたかった。それだけだ。

「ありがとう、美鈴」
「いえいえ、お礼なんて」

それから私たちは、これまで咲夜や、今はいない人間たちとの思い出を語り合った。私も美鈴も、酒も入っていないのにやけに饒舌で、会話は途切れなかった。
そしていつの間にやら私は眠っていたようで。

だから次に目覚めた時、館内が何故騒がしいのか全く見当もつかなかった。

「お姉様!」

バンッと大きな音を立て、フランが慌てた様子で部屋へ飛び込んで来た。

「どうしたの? 何だか騒がしいけど、咲夜が寝ているんだからもっと静かに――」
「咲夜が……美鈴が!」

私の声を遮ったフランの叫びに、背筋が冷えるのを感じた。





「ではお嬢様、私はこのままお掃除を――」
「させられないわね」
「……あちゃー、見つかっちゃいましたか」

思考に耽っていた私の前からそそくさと逃げようとした老婆を、長身の若い女性が捕まえた。何の前触れも無く突然彼女が現れたことには驚きはしない。
当然だ。こいつは――咲夜は“時間を操る能力”を持っており、私たちはそれを知っているから。

「見逃して下さいよ咲夜さん。私退屈なんですよ。咲夜さんならこの気持ち、わかってくれるでしょう?」
「えぇ、今ならよくわかるわ。私が寝込んでいる時、あなたやみんなが私に仕事をさせてくれなかった気持ちがね」
「あ、あうぅ」

腕を掴まれる紅髪の老女――美鈴だ。
こっそりと館の掃除やらをしては、毎回こうして咲夜に捕まっている。いい加減飽きないのかしら。





数年前のあの日、フランが私に伝えに来たのはこれだ。
結論から言うと“咲夜は若返り、代わりに美鈴が年老いた”のだ。
ベッドで眠る咲夜に、美鈴は自分の生命の気を分け与えた。おかげで咲夜は人間のまま、再び若い肉体を得た。飛び起きた彼女は活気に溢れる己自身にたいそう驚いたそうだ。
そして気を送った方の美鈴は一気に老けた。見た目は人間で言えば六十は超えているだろう程に。
いくら何でも、人間の肉体を若返らせるのはかなりの無茶だったのだ。
変わり果てた美鈴の姿を認めた咲夜は、それはもう怒りに怒った。あの時の騒ぎは、どうやら咲夜が暴れていたらしい。
もちろんこのことについて意見があったのは咲夜だけではない。私を含めた館の皆が美鈴に詰め寄った。
「勝手なことをして」「どうしてこんなことをした」「自分が身代わりにでもなるつもりだったのか」と、各々の追求に苦笑を浮かべながら、美鈴は説明した。

私もこの時初めて知ったのだが、美鈴は一定の姿を維持する妖怪らしい。
幼くなれば成長し、老いればまた若返り、自身が最も力を発揮出来る状態へ向かうのだそうだ。
だから自分の若さを咲夜に与えても、いずれ自分も若返るから大丈夫だと。
しかしそのスピードは非常に遅く、少なくとも咲夜が改めて寿命を使い果たすまでは美鈴も老いたままで、他者を若返らせる術も使えないという。
つまり次の咲夜の寿命こそ、本当に“最期”だ。

「私が咲夜さんともっと一緒にいたかっただけですよ。どうしようもない、私個人のわがままです。ごめんなさい咲夜さん。もうしばらくこの館に付き合ってあげて下さい、ね?」

若干しわがれた声で、ゆったりと話す彼女を誰も責めることは出来なかった。そして咲夜は小さく、ぽつりと「ありがとう」と礼を言うと、その場から消えた。恥ずかしかったのだろう。
私からも礼を言おうとしたが、その前に美鈴に「これは、“私のわがまま”ですよ」と先手をうたれてしまった。本当、癖のあるやつだ。
しかし――





「お嬢様からも何とか言ってやって下さい」
「さ、咲夜さん、私はお嬢様の友人なんですよ? 私のことも敬って下さいよ」
「敬ってるからこんな掃除なんてさせるわけにはいかないのよ!」
「うぅ~、お嬢様~」

今ではこんなありさまだ。全く、揃いも揃って面倒なやつらだ。世話を焼かせる。

「美鈴、掃除は禁止。別の趣味を探しなさい」
「そんな~」
「咲夜、あなたも少しは美鈴の自由にさせてあげたら?」
「……善処します」
「よろしい。じゃあ私はパチェのところへ行くから、後で紅茶を持って来て。クッキーも」
「かしこまりましたわ」
「あ、私も手伝いますよ」
「もう、しょうがないわね。ちょっとだけよ?」

そして彼女ら二人に背を向け、私は図書館の方へと足を向けた。今の時間、そこにはパチェと使い魔とフランが魔道書について談を交わしている筈だ。
せっかくだから久しぶりに皆でティータイムを楽しもう。
十年経とうが、二十年経とうが、紅魔館は変わらない。私たちは変わらない。

咲夜は再び仕事に就いた。
美鈴は現在、皆に止められないような仕事を探している。
私の仕事は、そんな彼女らを傍から眺めることだ。この二人だけではない、館に住む者皆を、私は見守っていく。
それは仕事じゃないって? そんな細かいことは気にしない。

楽しいわよ。どう、羨ましい? でも譲らない。


これは“私の”仕事だ。これからもずっと私のよ。



私だけの、大切な、仕事。
読了、ありがとうございました。

※誤字を修正しました。ご指摘、ありがとうございます。 >コチドリ 様
なまこ
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コメント



0.2210簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
紅魔館組の絆の話は素晴らしい。
2.無評価名前が無い程度の能力削除
うーん、なんだろう、この読後感。
よかったなと思いながら次はないという切なさ。

なにはともあれごちそうさまでした。
3.100名前が無い程度の能力削除
↑感想考えてたら点数入れ忘れてました。
6.100奇声を発する程度の能力削除
これは新しい!
とっても良かったです。
10.90名前が無い程度の能力削除
まあ騙されたわけですが。
主だけでなく門番もまた、大層なわがままさんですねえ。
まあいいじゃんか、もうちょいだけ。さあ、仕事仕事。
11.100砂時計削除
話は良かった
でも、現人神である早苗さんは死なんぞ?
33.70コチドリ削除
お前、それはないだろう。みたいな展開でしたが、
美鈴婆ちゃんがかわいいから、うーん、問題なしです!

>何故騒がしいのか全く検討もつかなかった→見当も、ですね。
43.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
44.90名前が無い程度の能力削除
こういう絆は老いても美しい。老いてこそ美しいと感じられますなあ
あと早苗さんは死んでも神霊になるんじゃないかと思ったり
47.50名前が無い程度の能力削除
中国の身勝手な行動で運命をねじ曲げられた咲夜さんが可哀想
本当に使えねえやつだな中国は
52.80名前が無い程度の能力削除
これも一つのハッピーエンド
54.100とらねこ削除
最初「?!」と思いましたが。そうきましたか。
ハッピーエンドでよかったと思う反面、運命の時を先延ばしにしただけとも言えるし、
でも紅魔館の面々には幸せな時を過ごしてほしいです。
57.70名前が無い程度の能力削除
そうきたか