Coolier - 新生・東方創想話

異邦人

2010/04/17 14:11:47
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慧音の家に遊びに行ったら、輝夜がいた。
お前に会いに来たわけじゃないのに、何でここにいるんだよ。

「これからしばらく家に居候が来る事になった。仲良くしてくれとは言わんが、せめて喧嘩はしないように」

慧音がとんでもないことを言ってくる。
居候…? 慧音の家に?

「不束者ですが、しばらくの間ご厄介になります」

厄介者が折目正しく三つ指付いてお辞儀をしてくる。
長い黒髪に隠れてその表情は窺い知れない。
一体、何を考えているんだ。




「永遠亭が普請中でね、邪魔だからって追い出されたのよ。
 今は永琳が指揮を執って、兎と鬼を使って改築中。似たり寄ったりのちびっ子達が駆け回ってる様は中々に壮観だったわ」
「だからって何でここに来るんだよ」
「他に知り合いいないもの」

なんでもないことのようにさらりと言ってのける。
確かに友達いなさそうだけど、それなら永遠亭からわざわざ出てくるなよ。

「慧音、こいつ追い出していいか?」
「まあそう言うな。永琳の薬にはいつも助けられてる、ここらで義理を果たしておきたいんだよ」
「そんなこと言ってもさ…、    輝夜だよ?」
「お気に召さなかったかしら」
「当たり前だ。せっかく慧音と食べるつもりで竹の子持ってきたのに…」
「タイミングがいいな、輝夜の歓迎会にぴったりだ」
「だから歓迎してないって」
「ご馳走になります」

ぺこりと頭を下げる輝夜に舌を出してから、竹の子を持って台所に消えた慧音を追いかける。
輝夜は料理なんか出来ないだろうし、そこで一人で座ってろ。






とんとんとん。
              しゅんしゅんしゅん。
         かたかたかた。


「後で説明しに行こうと思ってたんだがな、手間が省けたよ」
「こっちも、まさかあいつが来てるなんて思いもしなかったよ」

竹の子の下拵えをしながら慧音に愚痴る。
愚痴っても仕方ないし、慧音の決めた事なら私が口出しすることじゃない。
それでも、やっぱり納得できないものはある。

「輝夜の事は嫌いか?」
「当然だよ」
「そうか」

慧音は優しく笑っている。
母親の笑みとはこんなものだろうか。
思い出そうと記憶を辿ってみたが無理だった。

「お前達にとっては殺し合いが必要なのかもしれないが、それだけでも飽きてしまうだろう。
 たまには、こうやって一つの卓を囲んで話してみるのも悪くはないんじゃないか?」
「無理だよ」
「試しみなければ分からないさ。どっちにしろ、今日は夕飯を食べてくつもりなんだろ?」
「まぁ、食べてくけどさあ…」
「うん、なら大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだよ」


慧音はもう気付いてる。
私の中で、輝夜への憎しみが微妙に揺らいでいる事に。



・・・


もくもく。もぐもぐ。

正直な所、何を話して良いか分からない。
なにせ殺し合い以外では、ほとんど顔を合わせたことすらないのだから。
それに殺し合いの時ですら、罵声と悪態以外ろくに喋らないのだから。

慧音に助け舟を出してもらおうと視線を向けても、自分でどうにかしなさいと微笑まれるだけ。
私が困ってるのを見て楽しんでるらしい。
さっさと飯を済ませて帰ってしまおうか……。



結局ろくな会話もないまま夕飯が終わる。
慧音は私と輝夜を見て面白がってるし、輝夜は我関せずでしゅくしゅくと食べていた。
どんな神経してるんだよあいつは。

「さて、私は洗い物をするから二人は好きにしててくれ」
「私は少し外を歩いてくるわ」

迷わないようにな、と声をかける慧音に手を振って外に出て行く輝夜。
あいつらしくもなく気を遣ったのだろうか?

「妹紅はもうしばらく寛いでいくか?」
「どうしようかな」
「時間はたっぷりある。好きにするといい」

慧音が台所に行き、部屋に一人残される。
本当にどうしようか……。




・・・・・・・・・・・・・



朧な灯に照らされた暗い夜道を一人で歩く。
いくら人里の中とはいえ、あまり感心できた行動ではないだろう。
町の治安がどの程度のものかは知らないが、ここでも人攫いは出るのだろうか?
まあ、普通のか弱い女子ではない私には関係のないことだけど。

今日の夕餉を思い出す。
竹の子の姿焼きに、山菜の煮物、野菜の漬物、竹の子のお吸い物。
簡素ではあるが、中々に美味しかった。里の者はそこそこの生活をしているらしい。
今度永琳にも食べさせてあげたいくらいだ。


妹紅の事を考える。
想像していたよりも、私は憎まれていないのかもしれない。
顔を合わせれば一度殺し合いになると思っていたのだが、些か拍子抜けである。
ここが人里であること、慧音がいることが抑止力になったのだろうか。
まさかそのまま一緒に食事する事になるとは。
あの娘の不服そうな顔を思い出すと、頬が緩む。
イナバ同様、いい玩具になってくれそうだ。
これからの数日間、思う存分楽しむ事にしよう。





寄宿先に戻ってくると慧音が一人で書を読んでいた。

「あら、結局帰っちゃったのね」
「明日も来ると言ってたぞ。一緒に食事をしただけでも大進歩なんだ、そう焦る事もあるまい」

この半妖は私達が睦び合うのを期待しているのだろうか?
お互いがそれを望んでいるわけではないし、そう上手くいくとも思えないけど。

「何も聞かないのね」
「聞く必要もないしな」
「後で永琳に返礼の品を持ってこさせるわ」
「気を使わなくていい。その代わり、あまり妹紅を虐めてくれるなよ」
「あなたが言えた事かしら?」
「それもそうだな」

目を合わせ、控えめに笑う。
どうやら、私達の関係に首を突っ込むつもりはないらしい。
きっかけは作ってやるが、後は自分達でどうにかしろということか。

この半妖が何を考えているかは、正直な所よく分からない。
しばらく泊めてくれと言ったら、二つ返事で了承されてしまったし。
思い人とその仇敵を一つ屋根の下に納めて太平楽を決め込むとは、中々の大人物だ。
今回の行楽で一番厄介なのは、もしかしたらこの半妖かもしれない。
永琳とどちらが面倒だろうか?
しばらくは退屈できそうにないわね。



・・・



「慧音は?」
「こんにちわ。慧音なら寺子屋に行っているわよ」
「そっか」


縁側で涼んでいたところに妹紅がやってくる。
相変わらず不躾な態度だけど、向こうから話し掛けてきただけマシかしら?

話をするには遠い距離、それ以上近付いてこようともしない。
だからといって立ち去るわけでもない。こちらの様子を窺ってぐずぐずしている。
殺し合いをしているときには決して見られない仕草だ。
放っておいてもいいのだけど、こちらも一人で退屈していた所。
暇つぶしの相手になってもらうとしよう。

「妹紅、火を貸してちょうだい」
「何するつもりだよ」
「煙管を吸いたいの」

袖から煙管筒を出し、そこから煙管と刻み煙草を取り出す。
火を点ける手段が無いわけではないが、妹紅に頼むほうが早い。
火をねだれば、彼女も近付いてこざるをえないでしょう。

「そんなもん喫んでるのかよ」
「時間つぶしには最適よ。貴女も覚えたら?」

少しの間逡巡したあと、観念して近付いてくる。
やっぱり、話がしたかったんじゃないの。




「何を考えてる」
「別に何も」

妹紅の質問に、煙を吐きながら答える。
実際、何も考えていないのだから仕方ない。
何も考えずに、ただ時間が過ぎるのを待つ。
それが出来なければ、永遠の時間の前に精神が壊れてしまう。
永琳は逆に、常に探究する事で時間を潰しているようだけど、私には無理だ。
隣のこいつはどうやって時間潰しをするのか、少し興味が湧く。


「はぁ…、本当に何も考えてないんだけどね」

睨みつけてくる妹紅に根負けし、知りたがっていそうなことを教えてやる。
実際、大それた理由など何もない。

「暇潰しには人間観察が一番だって、てゐに教えられてね。たまには里の人間と親交を深めてみようと思ったのよ。
 永い永い時を生きるのだから、たまにはこういうのも気分転換になると思ってね。
 それだけ。たったそれだけの気紛れよ」

彼女は納得してないようだけど、本当にそれだけなんだもの。

煙管を吹かし、里の雑音に耳を傾ける。
子供の遊ぶ声、怒鳴り声、商人の掛け声、足音、かすかな話し声。
その一つ一つを判別する事は至難だが、俗っぽく、それでいて何故か耳に心地よい。
竹林に居てはとても感じる事のできない旋律だ。


煙管に詰めた煙草が燃え尽きる頃、ふと隣の娘に視線を向ける。
そういえば、一緒にいたんだったか。
相変わらずこちらを睨んで何か考えているようだ。
攻撃するでもなく、無視するわけでもなく、ただそこにいる。
不器用な娘だ。


「お茶でも淹れてくれないかしら?」

喉が渇いた。
永琳だったら頃合を見計らって持ってきてくれるのだけど、ここでは頼まないと出してくれないだろう。
いや、頼んでも出してもらえないかしら?

「何で私が」
「甘いものが食べたいわ。餡蜜なんかよさそうね」
「あるわけないだろ」
「それじゃあ、茶屋にでも食べに行きましょうか」
「……。何でこっちを見てる」
「美味しい茶屋の場所を知らないもの。案内してたもれ」

小首を傾げ、にっこりと微笑みかける。
お前が何もしてこないからこちらから誘っているというのに、察しの悪い奴だ。慧音の気苦労が知れるわね。

里に興味があるとはいえ、ここに居つくつもりはない。飽きてしまう前に永遠亭に戻るつもりだ。
だから、この数日間のうちに見るべきものを見て、いろいろと行動する。
愛想の悪い女といつまでも日向ぼっこをしているわけにはいかないのだ。


「どうせ暇なんでしょ。日本一の美女が誘ってるんだから、少しは付き合いなさい」
「自分で言うなよ」


頬を膨らませながらようやく腰を上げた。素直じゃない奴め。



・・・・・・・・・・・・


「それで、二人で餡蜜を食べに行ったのか?」
「そうだよ」
「ふむ。随分仲良くなったなぁお前達」
「そんなんじゃないよ」

慧音と夕飯を食べながら今日の顛末を話す。
輝夜はというと、「疲れた」と言ってすぐに寝てしまった。夕飯もいらないそうだ。
これだから甘やかされたお嬢様は。

「代金はどちらが払ったんだ? ツケにしたなら後で払いに行かないとな」
「持ち合わせがなかったから、しばらく客引きしてそれでチャラにしてもらったよ。
 輝夜が高いもん頼んだから、午後ずっとこき使われて散々だったよ」
「それは災難だったな。輝夜も働いたのか?」
「働いたというか、ずっと三味線を弾いてたけどね」
「…ん? それはどういう意味でだ」
「三味線弾いてたんだよ。こう、べんべんべんって」

その時を思い出しながら身振りで伝える。
姫扱いされていただけあって、そういった技術を身につけているのは流石だと思った。
邦楽に明るくない私でも、その技術が卓越しているのがよく分かった。
上手いだけでなく、演者の世界に惹きこまれ、感情の機微すら伝わってくる演奏だった。
もし何も知らず竹林でこの音を聞いたら、仙界に迷い込んでしまったと勘違いしても無理ないだろう。
演奏中は独特の空気を身にまとい、その容姿とあいまって老若男女問わず見るもの全てを惹き付けた。
自分ですら、素直に美しいと見ほれてしまったくらいなのだから。


「言葉通りの意味か。『三味線を弾く』という慣用句に、相手に合わせて適当に話しをするという意味があるんだ」
「それで聞き返したのか。そっちの意味も当てはまるかもしれないけどね」
「評判はどうだった?」
「大盛況だったよ。一刻もしないうちに人だかりが出来てね。
 輝夜は三味線弾いてるだけで、私は給仕扱いでてんてこ舞いさ」
「いい経験になったじゃないか。たまには人里で働いてみるのもいいものだろう」
「当分は遠慮したいよ。あんまり人気が出るもんだから、日暮れまでみっちり働かされて疲れちゃった」
「今日はゆっくり休むといい。明日は頼みたい事があるから、あまり遅くならないようにな」
「うん、おやすみ慧音」
「おやすみ妹紅」



・・・・・・・・・・・・


日が昇ってから起き、水場まで行って顔を洗う。
その時ふと人の気配を感じたので、確認のため外に出る。
輝夜が朝もやに包まれた町を見て佇んでいた。
どうやら積極的に人里に関わろうとしているらしい。いい傾向だ。

「あら、起こしてしまったかしら」
「いつもこのくらいの時間に起きるんだ」

輝夜の視線の先にあるのは何の変哲もない朝の町。
豆腐や牛乳の配達、水を汲む女、朝の体操をする子供、棚の整理を始める商人。
朝の挨拶、鳥の声、荷車の駆ける音、水を撒く音。
人里に住んでいればいつでも見られるありふれた光景。
里の外に暮らす者にとっては、それだけのことでも興味を惹かれるらしい。

「妹紅と仲良くしてくれてるようで安心したよ」
「イナバの代わりの玩具よ。一人だと退屈してしまうもの」
「それでも、だ」

二人が話しをする。それだけのことでも安心してしまう。
どれだけ時間がかかろうと、二人が仲良く笑ってくれる日が来るのを願っている。

「あなたの寿命は、あとどれくらい?」
「100年か200年か、あるいはもっと短いかもしれない。もしかしたら、明日にもぽっくり逝ってしまうかもな」

明日の天気の話をするように生き死にについて話す。
輝夜は死なない上、永遠亭に引き篭もっているせいで死への感覚が鈍っているのかもしれない。
単に興味が薄いだけかもしれないが、下手に同情されるよりはいい。
だから、こちらもさばさばと話せる。


「やけに醒めた言い方ね。怖くはないの?」
「寂しいとは思うがな。だからと言って避けられるものでもない」
「蓬莱の薬に興味はないかしら?」
「遠慮させてもらうよ。私が蓬莱人になったとして、一番苦しむのは妹紅だ。それだけは避けたい」
「私はそうなってくれた方が楽しめるのだけど」
「長生きしすぎて性格が悪くなってるようだな。寺子屋で勉強し直すか?」
「元からよ。直す気もないもの。
 夕べ何も食べてないせいでお腹が空いたわ。何か作ってちょうだいな」
「すぐ作るよ。そろそろ中に入ろう」

妹紅のことを輝夜に託せるようになるのは、もう少し先のようだな。
気がかりは早めに解決しておきたいんだがなあ…。




・・・




子供達の楽しそうな声が響く。
今日は寺子屋で子供達と竹細工を作っている。実践教育というやつだ。
竹馬や竹とんぼの玩具から、籠やザルなどの日用品まで。子供達に色々作らせて見るつもりだ。
親へのプレゼントにするも良し、修練して職人となるも良し。技術を身に付けて損はないからな。

手伝いとして妹紅を呼んだら、輝夜もセットで付いてきた。仲がいいんだな。
案内役がいなくては町を歩けないというだけの理由かもしれないが、悪いようにはならないだろう。


「何でこっち来るんだよ」
「どこにいたっていいじゃない」
「邪魔だよ」
「けーねせんせー、もこたんがいじめるー」
「おいこらっ」

当の二人はあんな感じでずっといがみあっている。
弾幕を出すわけでも無し、放っておいても平気だろう。




「けいね先生、ここからどうするの?」

黙々と籠を編んでいた子が困り顔で尋ねてきた。最後の口を作るところが分からないらしい。
私が教えてあげてもいいのだが、こちらには竹を切ったり炙ったりしている子達がいて眼が離せない。
さて、ここは特別講師にお出まし頂くとしよう。

「妹紅、この子に籠の編み方を教えてやってくれないか」
「ん、分かったよ。こっち来な」
「ほら、あのお姉ちゃんのとこで教えてもらってこい」
「あ、 お願いします」




「随分綺麗に出来たなあ。これなら売り物にもなりそうだ。それでこの最後のとこはな」
「あ、そうやるんですか」
「簡単だからやってみな」
「はいっ」
「輝夜、お前も籠の編み方の一つくらい覚えろよ」
「嫌よ。そんなのは下々の連中がやればいいのよ」
「いい歳して家事の一つもできないこんなおばさんにならないように、今のうちにしっかり慧音のとこで学んでおけよ」
「はいっ」
「ちょっと妹紅、喧嘩売ってるのかしら」
「反面教師として役に立ってるんだからいいじゃん」
「もこ...」
「できましたー!」
「お、よくやった。偉いぞ」
「えへへ」
「……」


まあ、向こうは大丈夫そうだな。
こっちは小刀でチャンバラごっこを始めた悪がきにお仕置きしにいくとしよう。




「竹馬、竹とんぼ、竹ポックリ。昔と代わり映えのしない遊びをしてるのね」
「他に玩具もないからな。そんなに悪いものでもないだろう」

工作も終わり、刃物は片付けて子供達を好きに遊ばせている。
こうなってしまえば暇なものだ。適当なとこに座って、輝夜と麦茶を飲む程度には暇だ。
妹紅は子供達に混じって竹馬で競争している。あんまりはしゃいで怪我をしないといいのだが。

「随分とはしゃぐものねぇ」
「見てるだけじゃなく、お前も何かやってみたらどうだ?」
「あれに混ざる気にはなれないわねえ……。篠笛の一つもあれば別だけど」
「間に合わせでよければ作ってやろうか」
「お願いするわ。音が出るなら何でもいいわよ」
「そうか。少し待っててくれ」


適当な竹を選び、おぼろげな記憶を頼りに適当に削って形を作る。
本来なら他に細工をしなければならないのだろうが、今回は省略してしまおう。
輝夜も大して期待してないようだし、これで良しとしよう。
水ですすぎ、丁寧に拭いてから輝夜に渡す。

「本当に荒削りね」
「ちゃんとしたのが欲しいなら、いい楽器屋を紹介するぞ」
「面倒だからこれでいいわ」

息を吹き込み、穴を塞いだりと色々試している。
適当に作ったせいでかなり音程が怪しくなっているな。
果たしてこんなもので何か演奏できるのだろうか…。

「へたくそ」
「妹紅」

たしなめようとしたら舌を出して向こうへ逃げてしまった。
全く、輝夜に対してはいつまで経っても子供っぽいんだから。


笛の音を聞いていると次第に調律が出来上がってくる。
あんな粗末な篠笛でちゃんと音が出せるとは、これは才能かもしれないな。

「うん、よさそうね」

そう言って、一呼吸置いてから演奏を始める。





その音は空に染み渡り、大地に溶け、とても優しく耳に響き、どこか物寂しさを感じさせる演奏だった。
さっきまであれほど好き勝手騒いでいた子供達ですら顔を並べて聞き入っている。
その曲に同調するかのように世界が赤く染まる。
気が付けば、もう日が落ち始めている。いつの間にこんなに時間が経ったのだろうか。


「ご静聴ありがとうございます。妹紅、私の演奏はへたくそだったかしら?」

優雅にお辞儀をした後、意地の悪い笑みを浮かべて妹紅に尋ねる。
さっきの一言を根に持っているようだ。まあ、妹紅に非があるし仕方がないな。

「上手かったよ」
「物足りないけど、良しとしましょうか」

妹紅は口を尖らせながらも素直に腕前を褒めた。
気軽に文句のつけられるような演奏でなかったのだから当然だ。
それにしても、もう少し仲良くならないものかな、この二人は。


「さて、もういい時間だな。暗くなる前には家に帰るんだぞ」
「「「はーい」」」

片づけを済ませて子供達を見送る。
今日はいい経験になっただろうな。
今日の出来事をいつまでも覚えていて欲しい。
そうすれば、この二人の孤独も少しは紛れることだろう。



・・・



「今日は助かったぞ妹紅。また頼んでもいいか?」
「うん、いつでも呼んで」
「輝夜も、また来てくれると子供達も喜ぶよ」
「考えておくわ。あんまり期待しない事ね」
「ああ、気長に待つとするよ」
「妹紅」
「あ、何だよ輝夜」
「私に張り合うのは勝手だけど、夜に笛を吹かないでね。蛇が出るから」
「な、なんでお前!」
「あの篠笛を持って帰るところ見たもの。間接キスでもしたいのかしら?」
「~~~!!!」
「さて、私は夕飯の支度でもするかな」

二人を残してその場を立ち去る。
妹紅が顔を赤くしてどなっているが、輝夜は笑って適当にあしらっている。
姉妹に見えないこともないなあ。
そうなると私がお母さんか……。
三人の中で一番年下なんだがなぁ……。



・・・


数日は取り立てて事件のない日々が続いた。
輝夜が家に住み着き、妹紅がたまに家に寄る。
二人ででかけることもあれば、ずっと家にいることもある。
相変わらず妹紅は輝夜に牙を剥いているが、概ね平和な日々だった。

そんな時、里の人間が家に駆け込んできた。

「慧音さん!」



・・・


5人グループで山に入り、山菜取りの最中に熊に襲われたらしい。
皆でどうにか熊を追い返したそうだが、一人が食われ、一人が重体。
他の三人も怪我を負ったが、こちらは命に関わるほどではないらしい。
里の近くならば妖怪に襲われることはまず無いが、山での事故は後を絶たない。
食われてしまった者については後で弔おう。
熊の方は里に近付くようなら退治しなければならない。後で対策を考えよう。
それよりもまずは怪我人の治療だ。

重体の男は出血も多く、内臓も傷つけられている。酷い有様で、放っておけば数分も持たずに死んでしまいそうに見えた。
止血や薬ではもうどうしようもない。これだけの怪我を治せる医者は村にはいない、永琳を呼ぶには時間が足りなすぎる。
中途半端な措置では苦しみが長引くだけか。こうなってしまっては、せめて苦しまないように死なせてやるのが優しさだろうか…。


「慧音!  絶対どうにかする、だから諦めないで!」
「妹紅…」
「死なせないから。だから、もう少しだけ頑張って」
「ああ、頑張るよ」

妹紅に叱咤され我に返る。
努力もせずに最初から諦めてしまうなんて、私らしくなかった。
医者ではないが、私の持てる知識を全て使って助けてみせる。
絶対に死なせてなるものか。



・・・・・・・・・・・・


慧音の家へと奔る。
あいつはまだ家に居るはずだ。


「輝夜! 能力を貸してくれ」

輝夜に頼むなんて嫌だった。でも、これ以外に方法が思い浮かばなかった。
輝夜の能力を使えば、絶対に助けられるという確信があった。

「嫌よ」
「人が死にそうなんだよ、死なせたくないんだ」

一刻を争う事態。
焦る妹紅に対し、輝夜は焦らすかのようにゆったりと構えている。
そして退屈そうに溜息をしてから、言葉を紡ぐ。


「だから?」


感情を整理しきれず、妹紅の言葉が詰まる。
何を言いたいのか。何を言うべきか。
何を伝えるべきなのか。

「輪廻から外れた私達が、無闇に自然の摂理に手を加えるべきじゃないわ。
 生まれ、適度に死ぬからこそバランスが保たれる。無闇に栄えても妖怪の餌になるのが落ちよ」

「それでも、目の前で苦しんでる人くらいは助けてもいいだろ。それすら見殺しにしなければいけないなんて辛すぎるよ」

胸を掻き毟り、激情を抑える。
今にも殴り飛ばして引き摺って行きたいくらいだ。
だけど、そんなことをしても絶対に手を貸してはくれない。
殺すと脅しても、たとえ殺したとしても私の言いなりにはならないだろう。
だから、どんな条件と引き換えでもいい。輝夜を説得しなければいけないんだ。


「分を弁えろと言っているのよ。必要以上に人間に力を貸しても碌な事にはならない。
 それに、

 本音を言えば、心底面倒くさい」



我慢の限界だった。
輝夜の胸倉を掴み、引き倒し、炎を纏わせた拳を振り上げる。

「可笑しな話ね。人を救いたいと言っておきながら、貴女は今、私を殺そうとしている。
 貴女は人殺しの方が似合ってるわよ、妹紅」

輝夜の嘲笑と、ナイフよりも鋭い言葉に心を抉られる。
炎が掻き消える。
力が抜け、拳を握る事すらままならない。
自分の無力さに涙が零れてくる。
殺す事は出来るのに、人一人救う事が出来ないなんて。
人は簡単に死んでしまうのに、何で救う事がこんなに難しいのか。
私は、   私は……。


「貴女でも、その人を救える方法を教えてあげましょうか」


輝夜の言葉に思わず顔を上げる。
私でも、救える?


「どんなことでもする覚悟がある?」
「ある」


涙声でかすんではいたが、はっきりと思いを伝える。
歯を食いしばり、再び立ち上がるために力をこめる。
そして、おもむろに輝夜が口を開く。























「あなたの心臓を喰わせればいいのよ」



とても醜悪で、狂的で、艶麗な笑みを浮かべながら、そう言った。




・・・



心臓が粟立つ。
それは絶対にやってはならない。

「何でもするって言ったわよね。あれは嘘だったのかしら?」
悪魔が囁く。

そんなこと、出来るわけがない。
そんなことをするくらいだったら、いっそ死なせてやった方がいい。

「救いたかったんでしょ。何で躊躇うのかしら」

呼吸が苦しくなる。目の前がちかちかと明滅する。急がないと。慧音が待ってる。

「その人が救える。貴女にもお友達が出来る。悪くない話でしょ?」

息が出来ない。手足から力が抜けていく。
床に倒れこむ。
急がなきゃ。慧音に約束したのに。絶対助けるって。
なのに、何で私はこんなに無力なの。
私はただ、人を助けたかっただけなのに。
慧音、ごめん。
私には、誰も救えない。

























「少し虐めすぎたかしら」
その言葉を聞くよりも早く、妹紅の意識は途切れた。





・・・





「     こう、  もこう!」

体を揺すられ、意識が覚醒する。
まだぼんやりと霞がかっている視界の内に、慧音の姿が見える。
ああ、そっか。私、気を失ってたんだ。
どのくらい時間が経ったのかは分からないけど、手遅れな事だけは分かる。

「慧音、ごめん。    ごめん」

涙が止まらない。絶対助けるって約束したのに。

「慧音があの人を殺そうとして、そんなこと絶対にさせたくなくて、それで、それで、絶対助けるって言ったのに、
 私、何も出来なくて、輝夜が、輝夜に、」
「分かった、大丈夫だ、安心しろ。落ち着いてゆっくり息をしろ。そして、私の話を聞いてくれ」
「うん…、   うん」

慧音に抱かれ、泣きじゃくりながら輝夜との会話を思い出す。
私は何も出来なかった。
あの人を救う事も、慧音を助ける事も。






「少しは落ち着いたか?」
「…うん」
「それじゃあ、あの後どうなったかをゆっくり説明する。落ち着いて聞いてくれ」
「……うん」

また泣きそうになる。慧音の服を握り締め、顔をうずめる。

「あの人は助かったよ。今は永琳の所で入院中だ。今は絶対安静だが、一月もしないうちに動けるようになるとの話だ」
「良かった…」

安堵して力が抜ける。倒れないように慧音が抱き直す。

「薬を使ったり傷口を押さえたり、素人知識で四苦八苦しているところに輝夜が来てな。能力を使って患者の時を止めてくれたんだよ。
 それから永遠亭に運んで緊急手術。永琳は渋っていたようだが、輝夜の能力に気付くと手術を引き受けてくれたよ。
 輝夜に、妹紅が倒れたと聞かされたんだが、向こうを放っておくわけにもいかなくてな。来るのが遅くなってすまない」
「私は大丈夫だよ。それより、輝夜が手伝ってくれたんだね」
「一度きりの気紛れだと言っていたよ。次は無いと釘を刺された。
 だが、よく説得してくれた。ありがとう、妹紅」
「私は何もしてないよ。    何も、出来なかった」
「お前が動いて、現に一人の命が助かったんだ。それでいいじゃないか」
「よくない」
「そうか。  今日はもう寝ろ。疲れただろう」
「…うん」
「ゆっくり休め、妹紅」
「うん。おやすみ、慧音」


後で、輝夜にお礼を言わないと……。




・・・・・・・・・・・・



泣き疲れて寝てしまった妹紅を布団まで運ぶ。
何があったかは知らないが、相当参っているようだ。
しばらくはちゃんと面倒を見てやらないと、どうなってしまうか分からない。
「遊びすぎて壊れちゃったわ。後はよろしくね」と言っていたが、無責任にも程がある。
仲良くしていたと思ったのだが、私の眼が節穴だったのだろうか。
輝夜の本質を見抜けなかった私のミスだ。
だからといって、二人を近づけたのは間違いだとは思わない。
間違いだったのは、輝夜を普通の人間と同じだと思っていたことだ。
月の民、そして私よりも遥かに永い時を生きた蓬莱人なのだから。
……。


「死ぬまでの宿題が出来たな。全く、手のかかる子達だよ」

思わず自嘲の笑いが漏れる。
恨むべくは、面倒ごとに首を突っ込みたがる自分の性格だ。



・・・・・・・・・・・・


面倒くさいわね、人間って。
たかだか一人救ったぐらいじゃ何も変わらないでしょうに。
人間は簡単に死ぬ。
それを見るたびに、泣いたり、怒ったり、助けようと奔走したり。
あいつは誰も死なせないつもりなのかしら?
それこそ無理な話だ。人間は簡単に死ぬ。
それこそ、蓬莱人にでもならない限りは。


「まあでも、変に達観されても遊び甲斐がないけどね~」

「お戯れが過ぎますよ、姫」


適当に夜道を歩いていただけなのに、いつの間にか永琳が後ろに付いて来ていた。
甲斐甲斐しいことだ。もしかして、ずっと監視されてたのかしら?

「助けてあげたのね」
「姫の意志を尊重しただけです。ただ、あまり感心できたことではありませんね」

怒っているのだろうか?
月明かりだけでは判別できない。
ま、どうでもいいけどね。永琳のお小言なんて耳に蛸だし。

「今回だけよ。二度とこんな真似はしないわ」
「そうだとよろしいのですが。姫は気分屋ですからねえ」
「姫ってのはそういう生き物なのよ」
「それはそうと、いつ頃お戻りになられるのです?」
「数日のうちには戻るわ。なんか居辛くなっちゃったし、人間に情が移ると何かと面倒よね」
「それが分かっただけでも上出来です」
「そうね~」


適当に時間が経ったら妹紅の様子を見に行こう。
一体どんな顔で歓迎してくれるのか、今から楽しみだ。



・・・・・・・・・・・・



「ごきげんよう」

先の怪我人の見舞いにいく途中で、輝夜に会った。
最近見なかったから、このまま二度と顔を合わせないつもりだったのに。
いつかは会わなければならないとしても、今は会いたくはなかった。
醜態を晒した記憶が鮮明な事もあるけど、それよりも、まだ何も答えが見つかっていないのだから。


「あら、無視するとは随分ね」

顔を背け、逃げ出したくなる衝動を抑える。
逃げる前に、言わなければならないことがある。

「あの人を助けてくれて、ありがとう」

「礼はいいわよ。その分楽しませてもらったし」

口元を隠し、おかしそうに目を細める。

「人間に近付けば、必ず人の死を見ることになる。それでも、貴女は人間と仲良くしていたいのかしら?」

「私は人間と一緒に生きたい」

「貴女は親しき者に先立たれ、泣いて、悩んで、未来永劫苦しみ続けるがいい。
 私はそれを見て愉しむ事にするわ。

 とても憎くて目障りで仕方がないけど、それと同じくらい愛してる。
 私の永遠の暇つぶしになってね、妹紅」

「悪趣味。いつか再生出来ないくらい殺してやるよ」

「その時を心待ちにしているわ」

思い人の来訪を待つ乙女のような、優しく甘い笑い方をする。
こいつにとっては、愛情も憎悪も同じなのかもしれない。
それがお互いを繋ぐ感情なら、全て等価値なのかもしれない。
全く気味の悪い事だ。


「それから、どうしても辛くなった時はいつでも永遠亭にいらっしゃい。
 喋るだけでも、一緒に食事をするだけでもいいわ。私達はいつでもそこで待ってるから」

「…うるさい」

「あらあら。随分涙もろくなっちゃったのねえ、もう歳かしら?」

「うるさい。用が済んだならさっさと行けよ」

「永遠亭に用があるんでしょ。私も帰るところだから、一緒に行きましょうよ」

「……」

「ねっ?」

「分かったからもう少し待って。それと、こっち見るな」

「嫌よ。あなたの泣き顔なんて滅多に見られるものじゃないし、何より可愛いもの」

「一回死ねよ」

「はいはい」



輝夜なんか大嫌いだ。
でも、私に永遠に付き合ってくれるのはこいつしかいないらしい。
ムカつくけど、いつまでも近くに居てくれよ、輝夜。


・・・・・・・・・・・・



「あれでも姫は、妹紅の事を気にかけてるのよ。永遠に付き合ってくれる唯一の遊び相手なんですから」
「少しはやり方を選んで欲しいものだがな」
「不器用な娘なのよ」

永遠亭の診療室で、永琳と茶を飲みながら話している。
お茶は旨いのだが、ビーカーで飲ませるのは流石に風情がないと思うぞ。

重体だったあの男も今は峠を越え、意識も戻っている。流石は永琳の医術といったところか。
里の人間がここまで見舞いに来るのは大変なので、私が変わりに様子を見に来ている。
村人を襲った熊は、マタギが退治した。これで山の危険も多少は減るだろう。
だからといって山での事故が無くなるわけではない。気休め程度のものだ。
出来れば、人の死ぬところなど見たくはないのだがな。


「彼女が本当に壊れそうなときは私がフォローするわ。廃人になってしまったら姫が悲しむもの」
「そうしてくれるとありがたい」
「私としても蓬莱人の精神構造について論文を纏めたいと思っているから、一度彼女の歴史を聞いてみたいのよね」
「研究対象、か」
「気にかけているだけいいと思いなさい」
「そうだな。お前達は月の民だからな」

この者達が幻想郷の人間をどう思っているのかは分からない。
少なくとも、私達が感じるような感傷的なものではないだろう。
それはこの者達のスタンスを見ていれば分かる。
非常識な存在だから、そうあるのが正しいのかもしれないが。
私には与り知らぬ事だ。


「私に頼むより、自分で世話をした方がいいんじゃないの?」
「永遠には付き合えないさ」
「子供を作って、その子に後を託せばいいじゃない」

思わぬ方向に水が向けられ、茶を吹きそうになる。
子供…?

「そんなに意外なことかしら?」
「いや、まあ、それなりには」
「いい話の一つや二つはあるでしょ。寺子屋の子供に唾つけて、光源氏計画とかもいいんじゃない?」
「怒るぞ」
「あなたも少しは自分の幸せを考えろってことよ。あんまり他人のことばかり気にかけてると、婚期を逃しちゃうわよ」
「むぅ…。まあ、考えておく」
「それがいいわね。美しく見せる化粧品や一撃必殺の媚薬の試供品なんかはいくらでも提供するわ」
「試供品じゃなくて、試作品だろ」
「ばれたか」

全然悪びれずに舌を出して茶化してくる。
この医者も大した役者だよ。

お互いがビーカーに口をつけ、静寂が流れる。
自分の幸せも考えろ、か。確かに尤もなことだな。
いつまでも他人にかまけてばかりもいられないか。
だが、少々ひっかかる事もある。


「自分のことも考えろと言ったのは、自分の経験を踏まえた上でか?」
「どうかしら。私は姫と一緒にいられることが一番の幸せだもの」
「ふむ」

こいつらの腹の中はよくわからん。



「師匠~、姫が戻られましたよ。それと、妹紅さんも一緒です」
「そう、ここまで通して」
「はい」





鈴仙に連れられてやってきた二人は酷い有様だった。

「また殺し合いをしてきたようね」

「「こいつが悪い」」

お互いを指差し、人のせいにする。
こういうところはそっくりなんだな。

「はいはい。分かりましたから、まずはその格好をどうにかしましょうね。
 姫は湯浴みでもなさいますか?」
「そうするわ」
「私は姫に付いてくから、こっちはうどんげに任せるわ。客人に粗相のないようにね」
「はい、任されました」

ろくに話もせずに立ち去った輝夜を追って、永琳も場を後にする。
さて、私は妹紅の世話をしないとな。

「慧音、この間の人は」
「まずは着替えろ。血だらけで見舞いなんて出来ないだろ。
 鈴仙、悪いが体を拭くものと着替えを用意してもらえないか」
「今お持ちしますね」


・・・・・・・・・・・・



「それで、何で輝夜と喧嘩したんだ?」
「言いたくない」

輝夜がしつこいからブン殴ったら、やり返されて、気が付いたら殺し合いになってた。
慧音に教えたら頭突き確定だ。

「お前達にとっては遊びの範疇なのかもしれないが、あまり心配かけてくれるなよ」
「……うん」
「こちらの病室ですね。一番手前の方ですよ」


「こんにちわ。この娘が前に話してた子ですよ」
「どうも……」

慧音に押され、ベッドの傍にあった椅子に座る。
20歳前後の男。腹に包帯を巻いて点滴を受けている。まだ絶対安静だそうだ。
若くて体力があったから、何とか一命を取り留めたらしい。
輝夜が来るのが遅くてギリギリだったらしいけど、永琳がどうにかしてくれたらしい。
救ったのは、私じゃない。


何を言うべきか迷っていると、男の方から話しかけてきた。

「まだ体が動かせなくて、寝たままですまない。
 俺を助けるために君が尽力してくれたんだってね。ありがとう。
 礼をしたいとこなんだが、あいにくこの様でね。
 元気になったらうちの畑で作った野菜を山ほど持ってくよ」

途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
まだ顔色は良くないが、じきに回復することだろう。永琳が担当してるんだから間違いない。

「私は、何も……」
「俺が死なずに済んだのは、君のお陰だよ。俺はそう思ってる。
 ありがとう」

ごつごつした固い手が私の頭に載せられる。
その手がとても優しくて、温かくて。
この人が助かってくれてよかったと、心の底からそう思った。
この人はいつか必ず死ぬ。
それでも、今生きている。
いずれ結婚し、子供を作る。
幸せに生きて、笑って死ぬ。
それを望んでいけないわけはない。



死なないでくれて、本当に良かった。















・・・



「なあ慧音。私は、人間の近くにいていいのかな」

寂しそうに、ぽつりと漏らす。
輝夜の言う事も一理ある。
人は必ず死ぬ。そして、異形である私達は無闇に人間に力を貸すべきではない。
死ぬはずだった者の命を救う。
そんなことを続けていては、すぐに里は人で溢れかえってしまう。
幻想郷にはそれだけの人を収めておく余裕は無い。
悲劇的な結果になるのは目に見えている。
それは分かっていても、目の前で苦しんでいる人を見捨てる事なんて出来ない。
助けようとあがいても、あっけなく死んでしまう命もあるだろう。
それならばいっそ、永遠亭で死なない者達と共に暮らすのがいいのだろうか?
私は永遠に一人で生きていくべきなのだろうか?
慧音なら、なんて答えてくれるだろうか。


「私には分からないな。妹紅が自分で答えを見つけるしかない」
「そっか……」

分からない。
薄情にも聞こえるが、蓬莱人でもない慧音に答えられるはずもないか。


「だが、個人的な意見を言わせて貰えば。
 妹紅は人間の傍にいて、いつまでも悩んで、人間臭いままでいて欲しいな」
「酷い言い草だな、それ」
「全くだな」

二人で声を揃えて笑う。

いつまでも悩め、か。
そういえば、輝夜にも似たような事を言われたっけな。
そうやってぐずぐず悩んで生きていくのがお似合いなんだろうな、私は。



・・・



「輝夜、笛の吹き方を教えてくれないか」
「別にいいけど。まさかそれを使う気?」
「駄目か?」
「……。難儀するでしょうけど、時間は幾らでもあるものね。構いやしないわ」
「ありがとう」
「それを形見にでもするつもりなの?」
「どうだろうね。その時になったら考えるさ」
「ふぅん。まあいいけど。練習は厳しいから途中で諦めたりしないでね」
「頑張ります」
「よろしい」




・・・








私は人間で、蓬莱人で、罪人で。
永遠亭と人里、両方に触れて自分なりの答えを探そうと思う。
答えなんて無くて、ずっと悩み続けるのかもしれないけど、それでもいい。
私は人間として、人間と一緒に生きていたい。
地の民で、蓬莱人。
月の民で、蓬莱人。
元人間で、半妖。

それぞれが微妙に違う立場で、考えがあり、都合がある。
妹紅はその中でどんな選択をするのでしょうね。



長文をここまで読んでくれた方に感謝。
みをしん
http://tphexamination.blog48.fc2.com/
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コメント



0.980簡易評価
6.60名前が無い程度の能力削除
各キャラの造形が、ちょっと私にはしっくり来ませんでした。

独特の価値観を持つ輝夜や、いまだに生き様に迷いのある妹紅など、それぞれの人格の奥行きを表現しようとしているのはわかるのですが、
いまいち描写不足なせいで子供っぽさや青臭さといった印象ばかりが先立つように思えました。

逆に慧音の方は年の割にちょっと老成しすぎかな、と。
すでに孫を見守るおばあちゃんのような目線になってますが、慧音もまだまだ少女なのだから
妹紅と一緒になって悩んだり苦しんだりしてもいいと思うんですよね。
16.100ずわいがに削除
かなり気に入りました。なんやかんやでみんな仲良し――そういうのが好きなんですょ。
19.80名前が無い程度の能力削除
妹と輝夜は簡単には仲良くなれないし、慧音がそれに気を病むのも慧音らしい。
永琳の達観ぶりが永遠の時を生きる月の民っぽい。
四人それぞれの立場や考え方の違いがよく伝わってくる良いお話だと思いました。