拝啓、神綺様。幻想郷は冬の気配がまだ色濃くて、まだ春の訪れが感じられず寒い日が続きます。そちらはどうでしょうか?魔界はこちらとはまた違う気候で神綺様のお力も有り、暖かいのかも知れないですね。
私がそちらを出て、こっちで住むようになって何年か経ちました。私は元気に暮らしています。みんなも元気にしていますか?また今度、時間が取れたらみんなの顔も見たいので一度帰りたいと思っています。
そういえばこの間、魔理沙が私の焼いたクッキーを食べて「うまいぜ、やっぱアリスの焼いたクッキーは最高だな!」と言ってくれました。この間もふらっと私の家に寄ってくれて、上海達をひとしきり弄った後「すごいなー、ほんとどうやって動かしてるのか知りたいぜ」と、私の作った人形達を褒めてくれました。それから魔理沙が、魔理沙は、魔理沙に、魔理沙と――
「はあ……」
今日はこんな調子で自宅に篭って椅子に座り、机で頬杖を突いて魔理沙のことを考えていた。何を考えても結局魔理沙に行き着いてしまう。結構最近はこんな感じの日が続いて、悶々としていた。
机の上で湯気を上げていた筈の紅茶は既にその温かさは無くなっていて。冷えてしまったものを一口啜って、そこで初めて紅茶が冷めていることに気が付いた。
そもそも私、何で魔理沙のことがこんなに好きなんだろう?
どうしてかな――
魔理沙と出会った頃は、そんなに意識もしてなくて、ただ彼女も同じ魔法使いなんだ、くらいにしか思っていなくて。それから向こうからだけど、一方的に何度も顔を合わせるようになって……
永夜異変の時、私は初めて魔理沙と二人で異変解決に出掛けたっけ。最初は二人で意見の食い違いなんかもあったりして喧嘩みたいになりながらも先に進んでいって。夜雀に視界を奪われて、さて、どうしようかと思ってたら魔理沙がマスタースパークを放って相手を退散させて。魔理沙は八卦炉を私に見せて「どうだ? 見えなくてもこれなら嫌でも当たるぜ。アリスの出番は無かったな」なんて言って強がってたけど、箒を持ってる左手は震えてたのよね……
その手が隠してる魔理沙の本心な気がして。その手を握ってあげたくて――
ぐふふふ。
「やっぱりそうゆうとこよねー! 見た目が可愛らしいのはもちろんだけど、なんて言うか憎み切れないって言うか!?たまに見せる強がってるとことか、ギュッてしたくなるって言うか!?」
もう堪え切れなくてキャーキャー言いながら足をバタつかせて、ばしばし机を叩く。ふと、視線に気付くと、上海がオロオロしながら見ているのに気付いた……
こほん。わざとらしく咳払いを一つ。
危ない危ない、つい取り乱してしまったわ……しっかりしなきゃね。私。
こちらを見ている上海に「大丈夫」と笑い掛け、そっと頭を撫でてあげる。すると上海も安心したのか机から離れて行った。
もう、ほんと、こんな調子なのも魔理沙が悪いんだから……
頬杖を突いて窓の外を見る。空模様は、見てると気持ちも沈みそうなダークグレーの雲がどこまでも続く冬の空。まるで今の私の心みたい。今日は雪になるのかな? 魔理沙への想いも雪になって、降って積もれば魔理沙は気付いてくれるかな……?
どんなに振り払おうとしても私はいつも魔理沙のことばかり考えちゃうなあ……どうしても私の心の中には魔理沙ばかりで――
新しい魔法が完成したのを教えてくれる嬉しそうな魔理沙。
図書館から本を借りるのを失敗して膨れる魔理沙。
霊夢に弾幕ごっこで負けて悔し泣きしてた魔理沙。
宴会でみんなの中心で楽しそうに笑う魔理沙――
「ああ!もうこうしちゃいられないわ!」
私は勢い良く立ち上がり、右拳を胸の前でぐっと握り締める。
決心した。魔理沙に、自分でこの想いを伝える。家に篭って考えてたって健康上良くないし、上海に心配されちゃうし、雪は魔理沙に想いを伝えてはくれないし。
「魔理沙は、絶対、絶対。私が射止めるんだから!」
そうと決まれば善は急げね。
「うふふふ……魔理沙、待ってなさい!」
コートを着て、すぐさま冬の空に向かって飛んで行く。
出て行く時、物陰で上海が溜息をついたような、そんな気がした。
◆
「おかしいわね……」
魔理沙がどこにもいないのだ。魔理沙がいそうな所、行きそうな所に足を運んだのだが、どこにもいない。
まずは魔理沙の家――霧雨魔法店へと行ってみた。そこには魔理沙はいなかった。まあこれは想定内。最近暇なんだよなーと言っていたので、研究とかで篭っていなければ寝る時以外、ほぼいないと思っていい。
なので博麗神社に行ってみる。そしたら霊夢が縁側で一人、座って茶を啜っていた。
「魔理沙なら来てないわよ」
と、顔を会わせるなり聞いてもいないのに言われたのはなんでだろう……? ほんと勘が鋭いわね。異変でもないのに。
次に行ったのが紅魔館の図書館。
門番の人は私がパチュリーの友人だと知っているから笑顔で通してくれる。起きていればだけど。
図書館にも魔理沙は来ていなかったようで、パチュリーがいつものように本を読んでいただけ。小悪魔に紅茶を勧められたけど、遠慮しておいた。
その後、にとりの所に行ったけど、忙しそうに工具を使って何かガチャガチャやっていて、「最近来てないよー」とだけ。
先輩の魔法使いで尼でもある聖白蓮がいるお寺にも行ってみたけど、やはり結果は同じで……
想いを伝えようと意気込んではみたが、当の魔理沙がいなくては伝えられない。他に行きそうな所……思案を巡らせて考える。もしかしたらいつもと違う所に行っているのかも知れない。薬品が欲しくなって永遠亭に行ったかもしれないし、山の神社かも……花畑は無いわね。季節的にも、何より場所的にも。
特定の場所に留まっているのならいいけど、適当にぶらぶらされてたら更に探すのが困難になるわね……てゆうか、もし他の誰かがいる場所にいたとして、そこで想いを伝えるなんて出来るのかしら……? 今になって思えば私何やってたんだろう……
気持ちが盛り上がって、そこまで考えて無かったことに気付いたら急に頭が冷めて来る。ついでに体も冷えてきた。
ダークグレーの空からは予想通り雪がちらりちらり降り始めていて、しっかり着込んでいても冬の空は体を芯から冷やす。
「寒いなあ……」
魔理沙を探して色々飛び回ったけど、今日はもうやめようかな……と思い始めていた時。ちょうど眼下に一軒のお店が見えた。
古道具屋、香霖堂。
ガラクタみたいな物ばかり売っているけど、よくよく探すと役に立つ物が売っていたりして、私も数えるくらいなら行ったことがある。物静かな半妖の男性が店主のお店で、まあ、店の雰囲気の割りに店主の感じは良いかな。ちょっとね? ちょーっとだけ。
魔理沙も訪れたりしているらしいし、外よりは遥かにマシだろうし休憩ついでに寄ることにした。
地面に降り立って、入り口の戸に手を掛ける。
「ごめんくださ~い……」
何かこの店はおかしな物も多いけどやけに古めかしい物が多いせいなのか、静かにしなきゃいけないような気がして小声で遠慮がちに挨拶しながら、静かに戸を開けた。
店内に入ると、暖房が効いているみたいで予想していたより遥かに暖かい。入った時と同じ様に静かに戸を閉める。何かの機械を使って暖めているのかしら? 油みたいな燃料の臭いがした。でも何か安心するような、そんな匂い。
入ってすぐ、目の前に私の身長より高い、所狭しと相変わらずガラクタばかり並べられている棚に出迎えられた。いきなり棚とか、お店としてどうなのかしら……と思う。
お店が暇で色々配置なんかを変えて今に至ったのだろうか、とか考えてしまった。すると、聞き慣れた声が耳に入って来た。
「でな、この時期だってのに家はまるで真夏日和だぜ。おかげで家の中じゃ半袖で過ごせるぜ?」
「火事にならないといいけどね」
棚の向こう側から聞こえたのは魔理沙と店主の森近霖之助の声。まさかここに来てたなんて。
棚の陰から顔を出して奥を覗くと、二人で喋っている。
「魔理沙」
声を掛けるとこちらに気付いたのか、魔理沙が体を半分こっちに向けてひらひら手を振りながら応えてくれた。
「おう、アリスじゃないか。まあゆっくりしていってくれ」
「魔理沙、君が言うのは違うんじゃないかな……」
「まあそう言うなよ。香霖だって久しぶりの客で嬉しいだろ? アリスが来てくれたのも奇跡だぜ」
奇跡――そう聞いて胸が跳ねる。そう、きっと奇跡で運命よね、これは。魔理沙もそう思ってくれるんだ……そう思うと、暖房のおかげもあるけど嬉しくて外の寒さなんて忘れられる。
「お客さんがウチに来てくれるのは奇跡なのかい……でも、誰かと違ってこの人は良客だからね。いらっしゃい。何かお探しかい?」
店主の森近霖之助が柔らかに微笑んで挨拶した。
「えっ? あ、ああ、そうね……」
でも、特にこれと言って欲しい物があるわけじゃなく来ていたのでそう言われると困ってしまう。目的は魔理沙だった訳で、計らずも叶ったんだし。
「なんだー?欲しい物が無いのに来たのか?」
何か適当な物が無いか考えていると、魔理沙が茶化して来た。あんたを探してたのよ……と言う言葉が出掛かったが、流石にそれは言えない。
「何となく来てみたのよ。いいわよ、適当に探すから」
それだけ言って私は店内を見て回ることにした。
香霖堂の中は、入ってすぐ並べてあったようなガラクタばかり目に入る。外界からの品と思われる物なんかは用途不明だったりして物珍しく、たまに見ているだけなら時間を忘れて見ていられそうだった。
「しっかし、このストーブも不便だよな。燃料が無いと動かないなんて。その点、八卦炉は優秀だよな」
「元々、そうゆう用途で作られてあった物を改良したんだしね。しかしさっきも言ったけど暖房に使うには火事になりそうだし、威力が強すぎないかい?」
「そこはこの私が魔力を制限してあるから大丈夫だぜ。暑すぎて困るくらいだ」
「だからそうゆうことを言ってるんだけどね……」
「へへ、そんなに褒められると照れるぜ」
「褒めてはないよ」
私が商品を見ている間、二人は私の後ろでとりとめもなく喋っていた。
てゆうか……魔理沙がたまに店主のことを話すけど、話で聞くより魔理沙と彼の仲がやたら良いような気がするんだけど……
「まあ、また燃料が切れそうになったら持ってきてやるぜ」
「それはどうも」
背後から私の知らない情報が次々に飛んで来る。そんなの初耳なんですけど。魔理沙、そんなことしてあげてるんだ……
「それより香霖、ちゃんとメシは食べてるのか?」
「ああ。確か昨日の晩には食べたよ」
なんか、やけに魔理沙が彼に対して優しい気がする。いや、気のせいね、きっと、気のせい……と自分に言い聞かせる。
「昨日の晩!? もう昼も過ぎたし、次の晩になるぜ!?」
「いや、忙しくてつい忘れてたな……」
「ああもう! そんなんじゃ体壊すぜ? また何か持ってきてやるよ」
え? え? 魔理沙が他人に何か食べさせてあげてるの!?
あまりの事実に思わず振り向いてしまう。
「いや、いいよ。まだ備蓄もあるしね」
「てゆうか香霖、お前なんかやつれてないか? ほら、前に来た時より……」
魔理沙が彼の頬に手を伸ばす。片手は彼の膝の上に置いて。その姿はまるで恋人同士みたいで……肩越しに見る私なんかまるで視界に入ってないみたいで――
そう思った時、胸が急にそこだけ冷水を浴びせられたみたいに縮んだ。冷えて縮んだ胸の代わりに涙が溜まって目が熱くなって来る。
なんだ――そうゆうことなんじゃない。魔理沙にはもう相手がいて、それが彼で――
「ごっ、ごめん、私、帰るね」
涙を零さずにそれだけ言うのが精一杯で、私は急いで戸を開けて外に出た。
「お、おい、アリス!?」
外に出る一瞬前に魔理沙の声が聞こえたけど、振り向くことなんて出来ない。こんな顔、誰にも見せたくない。その声を無視して、とにかく急いで戸を閉めて私は飛び立った。
ダークグレーの空から降る雪は店に入る前より強くなっていて、深々と景色を白く染め上げていた。
お店の暖房で温まった体も、全速力で飛ぶせいですぐに冷えてしまった。でも、体なんかより、心の方がずっと、ずっと寒かった――
気持ちになって降り積もって気付いてもらうはずの雪も、今は涙の透明と雪の白が混じってなんだか良くわからない。
ほんと、私、バカみたい。家でずっと考えて、一人で舞い上がって、一人で傷付いて……
涙で混じった白がもっとぐちゃぐちゃになって、前が全然見えなくなって右手で両目を押さえる。
そうしたら、横から強い突風が吹き抜けた。
何だろうと思って前を見てみたら、目の前数メートルに箒に跨った魔理沙の姿。
すごくびっくりして慌てて急ブレーキを掛けて止まろうとしたけど、急すぎてぶつかりそうになる。
「おっとと」
避けられない1秒先の未来の衝撃を予想して身を縮めたけど、待っていたのは優しく両肩を押さえてもらった感触だった。
「余所見運転は危険だぜ? いや、余所見ない運転か? あれは……?」
そんなどうでもいいようなことを言って笑い掛けてくれる魔理沙。
その顔をじっと見てしまってから、はっと自分がひどい顔なのを思い出して魔理沙から離れる。
「ど、どうしたのよ、お店にいなくて良いの?」
こんな顔を見せたくなくて、魔理沙の笑顔が眩しくて背を向けてしまう。
「どうしたってのはこっちのセリフだぜ? その……私何か、悪いことしたか……?」
「ううん……」
「それとも、香霖に何かされたのか……?」
「ううん、それも違う……」
「じゃあどうしたんだぜ?」
そう言われても、困る……そんなこと言えるワケないじゃない。
何も言えずに背を向けて塞ぎ込む私。
「ごめんな、アリス……」
予期せぬ、魔理沙の謝罪の言葉。
「誰にだってあまり触れられたくないことだってあるよな……」
ううん、そんなことじゃなくて、悪いのは私なんだから。
「友達なのに、アリスのこと気付いてあげれなくて……」
違うの。謝らないで魔理沙……
魔理沙の優しい言葉でびっくりして引っ込んだ涙がまた溢れそうになる。
でも、ダメ。泣いてちゃダメ、アリス。
目尻を拭って、笑顔で振り返る。
「もう、全然そんなことじゃないってば」
魔理沙とは「友達」なんだから。大事な、友達なんだから。
魔理沙に心配されてちゃダメよ、私。
「だから心配しないで。ただ、急にお腹が痛くなったってゆうか……」
「本当にか? そんな風には見えなかったが……」
「うん。ほんとに、それだけ」
そう言ってとびきりの笑顔を作る。
「けど、もう大丈夫だから。だから私こそごめんね、魔理……えあ゛っ?」
ふと、首筋に目をやると、赤く腫れた跡。魔理沙の白い首筋に赤桃色の横に走る痕。大人の男女が情事の際に付けて残る、その後。
キ、キスマーク……!
終わった、何もかも終わった……遠くなっていく思考の中、そう思ったのを最後に私は意識を手放した。
◆
「枕ってこんなにあったたかったんだ……」
ベッドの上で膝を抱えて、その間に枕を抱えて座る。
あの後、朦朧としてまともに飛べない私を魔理沙が心配してくれて家まで送ってくれた。
ドアの前で別れ際、ぼやけた頭では「今までお世話になりました……」と言うのが精一杯だった。
「また、心配させちゃったなあ……」
魔理沙の顔を思い出す。途端に涙目になる。
服をくいくい、と引っ張られて、見てみると上海が心配そうにしていた。
「ありがと、大丈夫だから……」
そっと頭を撫でてあげる。少しその場に留まってくれたあと、上海は離れていった。
魔理沙に恋人がいたのかあ……
あれだけ魅力的な子なんだもん、全然おかしなことじゃないよね。でも、そこまで進んでたなんて……私に話してくれたっていいじゃない……
いつだったかの春の日。私と魔理沙が外でお弁当を食べた時のことを思い出す。確かあれは、あまりにも春の陽気が良くて、突然魔理沙が言い出したんだっけ。
「こんな日は家にいちゃだめだぜ! アリス、外に行こう!」
また突拍子も無いことを言い出したわね……なんて思いつつ、人形作りに忙しかったけど、確かにその通りな気もして急いで準備して。
湖から少し離れた、若草とお日様の匂いの広がる小高い丘のある場所。そこに二人して行く。ちょうど日よけになる大きな木があって、そこに二人で座って。柔らかい風が心地よくて、私の隣には寝転がった魔理沙。
「やっぱり外に出て良かっただろ? ずーっと春なら良いのにな」
「それは良いけど、それって異変じゃない?」
「そんな異変なら歓迎だぜ」
なんて会話をしながら、お昼近くになって。私は用意して来たお弁当を広げる。魔理沙が起き上がって、二人でそれを食べる。
「やっぱりアリスの料理は最高だぜ~。私の好みを知り尽くしてるな」
「どういたしまして。急いで作った物だけどね」
「いや、それでもすごいぜ。嫁に欲しいくらいだ」
「えっ……? それって……」
「アリス……私は、お前のことが……」
突然真面目な顔で私の目を見つめる魔理沙。速くなる胸の鼓動――
その時、急に木陰から出てくる森近霖之助。
「やあ」
「香霖……」
突然の彼の登場だったが、魔理沙は何だか少し嬉しそうな感じで。
「どこに行ってたんだい? 探したよマイハニー」
「ア、アリスとお昼を食べてたんだぜ、それで……あっ」
近寄った彼がふいに魔理沙の肩を抱く。
「もう、勝手にどこかへ行っちゃだめじゃないか」
「香霖、照れるぜ……」
彼の腕に抱かれた魔理沙は少し赤面して、でも少しも嫌そうじゃなくて。
「そう言えばアリスには言ったのかい?」
「あ、ああ……まだ、だったな」
何の……はなし……?
「僕達、結婚するんだ」
そんなの嫌ああああああああああああ!!!
抱いていた枕を思いっきり壁に投げつける私。ドアの前で淹れたての紅茶を持った上海がビクッと身を震わせた。
ふふ……あの男が、魔理沙に相応しいかどうか、確かめてやろうじゃないの……
「上海……よく聞いて……」
――最初は震えていた上海だったが、私がよくよく内容を話すとコクリと力強く頷き、ランスを構えた。
「行くわよ……」
一夜明け、ダークグレーの空は嘘のように晴れ渡っていた。
◆
マッチを擦り、ストーブに火を点ける。灯油に火が移ると、ボッ、ボッ、と音を立て、赤橙の炎をその中枢に広げ始める。このストーブは僕の宝物だ。寒い冬の時期、これが無いと生きて行けない。
店内の掃除を軽く済ませ、冷えた店内もストーブのおかげで暖かくなってくる。ストーブの上に置いた薬缶が蒸気を出し、その温まったお湯でお茶を沸かす。
ああ、お茶が美味しい……
昨日の雪も既に止んで、最近見なかった青い空が広がる。この天気なら昨日と違ってお客さんも来てくれるだろう。僕の心もこの空のように晴れやかな心持ちだ。
しかし、昨日は何だったのだろうか。魔理沙の友人のアリス・マーガトロイドが来店してくれたかと思ったらすぐに帰ってしまって。あの様子も気にはなる。きっと魔理沙が原因なんだろうとは思うが……
ふと、入り口の近くの棚に目が行く。
「これも邪魔かも知れないな。場所を変えてみようか」
最近は少し店が暇になったり、思いつきがあったりすると店内の模様替えをしたりしている。ただ何もしないでお客を待つのも苦痛だし、いい時間潰しにもなる。
「まずは、商品をどかさないと……うわっ!?」
棚に手を掛けようとした時、横から幽鬼のような人影が現れ、腰を抜かしそうになる。
「き、君だったのかい、驚かさないでくれよ」
昨日の不可思議なお客、アリス・マーガトロイドだった。どうやったのかは知らないが、音も無く店内に入ったらしい。
「貴方に訊ねたいことがあって来たの」
雰囲気が昨日とはまるで違い、何というか魔界神がいたらこんな感じなんだろうとか、少しでも間違ったことを言ったら塵にされそうなオーラを放っているというか、とにかくルナティックだった。
心なしか彼女が持っているグリモワールからも黒紫色の何かが出ているようにも見えた。
「魔理沙とはどうなのかしら」
……魔理沙? 何故魔理沙の名が出てくるのかはわからないが、幻想郷の様々な人妖と関わって来た僕の直感が警告している。間違ったことを言ったら非常にまずいことになるぞ、と。ここは正直に事実だけを述べた方が都合が良さそうだ。もし、嘘を言ったりしたらその場で殺されかねない。
「魔理沙、かい? 彼女とは、何だろう、友達に、なるのかな」
一言一言を心の中で確かめながらしっかりと話す。
「と、友達ですって!?」
何かおかしいことを言ってしまったのだろうか……急に声を荒げる彼女。
「か、彼女とは友達だし、これからもそういった関係だと思う」
「そう……『友達』の関係を続けるのね……」
目の前の彼女が何を考えているのかわからないが、何かが決壊寸前でやばい。グリモワールから放たれる黒紫色が今ははっきりと僕の目にも見える。
「いや、もしかしたら友達以下かもしれない! 良いお客さん! そう、彼女は僕にとっては良いお客なんだよ!」
「友達以下でお客さんね……良く解ったわ」
「そう! そうなんだ、それだけの関係さ!」
「なら、お客にキスマークを付ける店主には天罰が必要ね」
「えっ、何の話だい!?」
「問答無用!!」
次に僕が見た光景は、視界一杯に広がった彼女の背後に現れた無数の人形と、彼女が放つ七色の弾幕だった。
衝撃が体中を走り、ボロ雑巾のように吹き飛んだ僕……
四つん這いになった僕の背後で上海人形がその身に似合わぬ巨大なランスを構えて近付いて来る。
「何か言い遺すことがあれば聞いてあげるわ」
悪魔が後ろで辞世の言葉を聞いてくれるらしい。でもそう言われても理不尽すぎて意味がわからない。
「ぼ、僕は無実だ……」
「散らされた純潔の痛みをその身で知りなさい!」
上海人形の持ったランスの先端が僕のお尻に向かって来るのが見え、次の衝撃で僕は気絶した。
薄れ行く意識の中、悪魔が頬を上気させ恍惚とした表情を浮かべているのが見えた……
◆
パチンッ
手を叩く音が一つ、霧雨魔法店に響く。
「お、やーっと被弾させてやったぜ、こいつめ」
手の中で潰れた蚊を見て、魔理沙が得意気にそう言った。
「まったく、冬の最中に家がこれだけ暑いのも考えものかな」
八卦炉を使って真夏さながらの暑さがあるこの家の中では、季節外れの蚊が出ていたのだ。蚊に刺された首元を掻きながら、魔理沙は一人、そうごちた。
自分が気付かぬその裏で、様々なことが起こったとも知らずに。
創られていますね。できれば続編を希望です。
八卦路は八卦炉、更に言うならミニ八卦炉ですね。もう一つ「上記させ」は上気させでしょう。
ありがとうございます!続編ですか・・・とりあえずここで完結してしまった話ですが、また何か浮かべば書いてみたいと思います。
御指摘ありがとうございます~、誤字、急いで修正しました。こんなイージーミスしてたとは思いもよりませんでした・・・一発変換できて脳内で八卦炉になってしまってました・・・
アリスの突っ走りっぷりが面白かったです。
非18禁タグはいらないかな。ここは全作品そうなので。
ありがとうございますー!アリスは魔理沙の事になると何も見えなくなってしまう子・・・っ
そんな感じで書きました。
>非18禁タグはいらないかな。ここは全作品そうなので。
ですよね~・・・一応書いておこうかなと思って・・・
ついでにタイトルにアリマリとあるのでそのタグも消しておきました!
でも方法がわかったので何とか無事に完了しました。
御指摘ありがとうございました。