Coolier - 新生・東方創想話

忘れ傘は誰がために。

2010/04/16 08:25:21
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このお話はプチ創想話作品集61に投稿した「本当は怖い幻想郷物語」と時系列上は続いていますが、別に読まなくても大丈夫かと思います。

あらすじ……慧音は森の中で小傘に脅かされて、泣いて、綺麗にされてしまった。









「……もう、夜か……」

 月明かりが差し込む畳敷きの部屋がある。
 淡い光に照らし出された部屋の中央。
 敷かれた布団の上に横たわる二つの人影があった。
 声を漏らしたのは青い髪の獣人で、隣に眠る青い髪の妖怪の腕の中で彼女の胸に顔を埋めるようにして布団に横たわっていた。
 獣人は穏やかな寝息を立てる妖怪を一瞥し、

「何が落ち着くまで一緒にいてあげる……だ。ぐっすり眠り込んでるのは君じゃないか」

 無垢なその寝顔にため息をつく。
 獣人がこうして妖怪と一緒に眠っているのには訳がある。
 数刻前、森の中で泣かされて、綺麗にされた獣人は妖怪の肩を借りながら自宅へと戻ってきた。
 少し休ませて欲しい、という獣人の言に従い、妖怪が布団を敷くのを手伝ってくれた所までは正常だった。
 妖怪が先の言葉を口にしながら、獣人が入ろうとした布団に潜り込んできたことから事態は急変する。
 添い寝と腕枕を押し売りしてきた彼女は、すぐに寝入ってしまい、獣人は身動きが取れなくなってしまった。
 獣人も泣き疲れていたこともあり、人肌が心地よくもあり、不覚にもすぐ寝入ってしまい今に至る。

「ふぁ……けーね、もぉたべられないよぅ……」

 むにゃむにゃと妖怪が幸せそうに呟く寝言に、獣人は再度ため息をつく。

「小傘……君は夢の中でまで私を辱めているのか。だいたい子供達も、君も何故発音を間違える。私は慧音、け・い・ねだと言ってるだろう」

 慧音と名乗る獣人は、小傘と言う妖怪の腕の中で頬を膨らませたが、小傘の幸せそうな寝顔を睨んでいるとすぐ萎んでいく。
 まあいい、と諦め気味呟くと、慧音は視線を彼女から逸らし、部屋の中へと廻らせる。
 月の青い光に照らし出される室内で、一際違和感を放つ傘が入り口に立て掛けられているのが目に入った。
 その傘は小傘の持ち物であり、茄子色の傘布に真紅の目が描かれ、何故か大きな舌が垂れ下がっている。

「……失礼だが、あの傘ではからかさお化けになっても仕方ないな」

 使われなくなった忘れ傘が化けて成るというからかさお化け。
 付喪神の一種と考えられているが、生まれた経緯の所為で、神性は無いと考えられ妖怪とされていることが多い。
 慧音は自分の知識を頭の中で整理してから、目の前の小傘へと視線を戻す。

「自分を忘れた人間達への復讐に……君は人を脅かすことを選んだのだな」

 食べることを選ばなくて良かったと、慧音は思う。
 人食いの妖怪だった場合、こうやって言葉を交わすような関係になれなかったかもしれない。
 今日の出来事を無しにできるならば、それもありかな? と慧音は首を捻る。
 頬を赤らめながらぶつぶつと呟く慧音を余所に、小傘は規則正しい寝息を立て続けている。
 その無防備な寝顔を恨めしそうに見た慧音はこう呟く。

「まったく……そんな無防備に寝られたら、君じゃないが私も悪戯がしたくなるじゃないか」

 ふむ、と獣人は思案の後に、そうだな、と笑みを浮かべながら、

「君には私の恥ずかしい所を見られてしまった。だからお返しに私も少し覗かせてもらおう――」

 瞳を閉じて、彼女の胸に顔を埋めるように身を寄せながら、自分の歴史に関わる能力を行使する。

「――君が人間を驚かすことを選んだ契機を。君の歴史を」

 慧音は夢としてみる。
 
 小傘の歴史を。











「待っててね。すぐに出来るから」

 ソレはその時初めて意識を持った。
 自分の体を濡れた何かが這う感覚。
 自分の体を高い音が震わせる感覚。
 ソレは自分が自分の体のことを知覚している事に気づいた。


 土でできた壁に囲まれた空間がある。
 農具等の道具が所狭しと置かれた蔵の中だ。
 埃が舞うその中で声を発した人影がある。
 空色の髪に空色の双眸を持つ少女だ。
 少女は先端を紅く濡らした筆を持ち、茄子色の傘に這わせている。

――くすぐったいよ、くすぐったいよ。

 まだ触覚と聴覚しか目覚めていない傘は声の主が自分に何をしているのかを知覚できない。
 問いかける口も無いため、傘は心の中で問いかける。

――何をしているの?

「目を描いてあげれば、あなたにも私のことが見えることになるよ」

――なるほどー。

 少女は傘の問いかけに答えたつもりは無いのだろうが、傘は偶然にも返された答えに満足する。
 少女は筆で紅い円を描くと、その中を紅く塗りつぶしていく。
 暫くの間、筆が茄子色の傘の肌を這う音だけが蔵の中を支配する。
 元より動くことはできない傘はこそばゆさにじっと耐えていた。
 歪ながらも紅く染まった丸が出来上がると、少女は満足そうに鼻を鳴らし、

「よしっ、ひとつめ出来たよっ!」

――ありがとー。

 傘には目は無い。
 しかし傘は自分の肌に描かれた紅い丸を目と認識した。
 すると最初は赤く靄がかかった世界が見え始め、靄は徐々に晴れていく。
 そして最後には蔵の中の世界と、満足そうに胸を張る空色の少女の姿を見ることが出来た。

「どーかな?」

――よく見えるよー。

「待っててね。もうひとつもすぐに描いてあげるから――」

 声を弾ませて筆を持つ手を伸ばした少女の行動は遮られることになる。
 少女の背後、蔵の扉が音を立てて開き、夕焼けの色が差し込んできたからだ。
 肩を竦ませて振り返った少女の視線の先には、こめかみに血管を浮き上がらせた女性が立っている。
 彼女は日差しを背に、少女へと歩み寄り、

「こらっ! 蔵の中は危ないから入っちゃだめって言ったでしょ? 紅も持ち出したりして……」

 少女の細い腕を掴むと、立ち上がらせた。
 そして蔵の中にある傘に気づくと、眉間に皺を寄せて、

「それに祠の忘れ傘じゃない。気味が悪いし、誰かの忘れもの何だから持ってきちゃだめって言ったでしょ?」

 放たれる言葉に、少女は悲しそうに俯いてしまう。 

「うん……」

 沈んだ声色を反省と取ったのか、女性は幾らか表情を緩めて窘めるように言う。

「ほら……すぐに片付けて。傘は祠に戻してきなさい。それは貴方の物じゃないのよ?」

「はぁーい……」

 不服そうな少女の言葉を聴きながら、傘は状況を理解できずに心の中で無い首を傾げていた。











「ごめんね、ひとつしか描いてあげられなくて」

――ひとつでいいよ。見えるようになったし。

 夕焼けに照らされる道を、傘は少女に抱えられながら行く。
 目的地は道中で聞かされた、道の先にあるという古びた祠だ。
 賑やかな集落から外れる方向に運ばれながら、傘は外界を眺めていた。

「お母さんてばひどいよね。あなたの色って綺麗なのに……」

 呟きながら少女は、傘の茄子色の肌を寂しそうに撫でる。

――くすぐったいよ。

 傘が心の中で呟いても、少女には伝わらない。
 傘の方もこそばゆくはあっても、少女の手つきは優しいもので、不快ではなかったので別に伝わらなくても良かった。
 少女はため息を漏らしながら呟く。

「それにしてもさっきはびっくりしたね。お母さんってば、いきなり来るんだもん……驚いちゃうよ」

――へえ、人間はいきなり来ると驚くんだ。

 先程の状況を思い出したのか、ぶるっと肩を震わせていた少女の足が止まる。
 道の脇には古びた祠があった。
 もう信仰する者もいないのか、古びた祠は風雨に晒されて半ば朽ちかけていた。
 少女は祠の現状に身震いしながら、抱えていた傘を元々あったであろう場所に立て掛けた。
 そして少女は祠、周辺、人里の方角と視線を廻らせた。
 人里からは離れ、隣町へとつながる道沿いにあるわけでもない祠の周囲は荒涼としている。
 それを確認してから少女は傘の視線の高さに合わせるように屈んだ。

「こんな寂しい場所より……私のお家のほうがいいよね?」

――昔のことを覚えてないけど、貴方がそう言うならそうかもね。

 傘は心の中で呟くが、それは少女への応えにはならない。
 少女は応えが返って来ないことに眉尻を落して力なく笑うと立ち上がる。

「それじゃあ私は帰るね。……また来てもいいかな?」

 少女は応えを求めていない問いかけを発して、

――いいよー。

 傘も背を向けて帰る少女に聞かせるでもなく心の中で呟いた。




 その後、少女は幾度も傘の元を訪れた。
 少女は雨が降っていなくとも、傘を差して散歩に連れ出して、傘に色んな風景を見せてくれた。
 怒られちゃうから、人里の方にいけなくてごめんね、と少女はよく呟いた。
 変わり映えのしない祠以外だったらどこでもいいよ、と傘は心で思っていた。
 問題は言葉を交わせないことだったが。
 少女は応えを求めていたわけではないし。
 傘も応えを伝えたいと思っていた訳ではなかった。



 少女と傘の日々は緩やかに過ぎていった。



 しかし別れは突然訪れた。



 近年まれに見る嵐が一帯を襲ったのだ。




――あーれー。

 吹き付ける風雨に祠に立て掛けられているだけだった傘は、いとも簡単になぎ倒されてしまう。
 小石交じりの濡れた地面を傘は転がされる。
 叩きつけるように容赦なく降り注ぐ雨が茄子色の肌を打ち、荒れ狂う風に転がされて当たる地面が骨に響く。

――あいたぁ!? あれ、何だかよく見えなくなってきた……。

 傘は目まぐるしく変わる視界が徐々にぼやけて来たことに気づく。
 少女によって描かれた紅い目は、雨に濡らされ、泥にまみれて薄れてきていた。
 外界との繋がりが薄れていくのを感じながら、傘は少女のことを思い出す。
 
――あの子、まだかなー。また目を描いて欲しいなー。

 嵐の為か訪れていない少女の事を考えていた傘は、一際大きな石に当たって跳ねた拍子に風の煽りをもろに受けてしまう。
 風に巻き上げられて、傘の軽い体は宙を舞った。
 初めて体験する浮遊感に傘は戸惑ったが、視界の片隅で馴染みの祠がぐんぐん遠ざかっていくのを見て、自分が何かに運ばれていることに気づく。

――あれ、まだ目を描いてもらってないのに……。

 嵐の中を茄子色の傘は飛ばされていく。










 生い茂る木々が青々とした葉をつける森の中、木漏れ日に照らされる茄子色の傘がある。
 傘は傘布が何箇所か破れて、骨が何本か折れてはいたが意識を保っていた。
 視覚を失った傘は少女のことを思い出しながら、心の中で呟く。

――雨も止んだし、あの子早く来ないかな。紅い目を描いて欲しいなー。

 傘は少女を待っていた。



 木々の葉が赤く色づき始めた森の中、紅葉した落ち葉に埋もれた茄子色の傘がある。
 少女はまだ来ていない。
 人里離れた森の奥では、行き交うのは獣達ばかりだった。

――もしかして凄い遠くまで来ちゃったのかなー。

 それでも傘は少女を待っていた。



 木々の葉が落ちきって閑散とした森の中、降り積もる雪に白く彩れた元茄子色の傘がある。
 傘はもう少女を待っていなかった。
 傘は少女が蔵の中で見せたびっくりした顔を思いながら心の中で呟く。

――そうだ。またこないだみたいに運んでもらって、あの子に会いに行こう。いきなり行って、驚かせたいな。

 傘は嵐を待つことにした。
 そしてこのとき初めて傘は目的を持つことが出来た。



 季節が巡り青々とした葉をつけた森の中、木漏れ日に照らされる茄子色の傘がある。
 傘をここまで運んできたような嵐はまだ来ていなかった。
 傘の心の中では、少女をどうびっくりさせるかで一杯だった。

――あーしよう、こーしよう。

 それでも傘は嵐を待っていた。



 幾度と無く季節が巡った森の中、変わらず茄子色の傘がある。
 傘はもう何を待っているかわからなくなっていた。
 傘は心の中にぼんやりと浮かぶ少女のことばかり考えていた。

――紅い目が欲しいな。あの子みたいな体が欲しいな。そうしたらきっとまた会える。

 会ってどうしたいか、傘はわからなくなっていた。



 そして更に季節は巡って――










 緑生い茂る森の中。
 傘は違和感に気づいた。
 自分の体を風が撫でる感覚が違う。
 森の中の微かな音の聞こえ方が違う。
 世界は色んな匂いに満ち溢れていることに気づいた。
 自分で自分の体を動かすことが出来ることに気づいた。


 傘は妖怪としての体を手に入れていた。


 落ち葉の海に大の字に寝そべっていた傘の妖怪は恐る恐る瞼を開いた。
 視線の先には木漏れ日が漏れる生い茂った枝葉がある。
 眩しいな、と妖怪が思った時、無意識に片手をかざしていた。
 そしてかざした手をまじまじと見つめると、拳を作ってみる。
 自分の意のままに動く手を見ながら、妖怪は自分の顔がにやけていくのを感じる。
 妖怪は手を大地について体を起こす。
 すると森の中を見渡すことが出来、地面に投げ出された自分の足を見ることが出来た。
 下駄を履いた足をバタつかせると、腐葉土につもり枯れ葉が舞い上がる。
 自分の行動が何かに影響を与えることが新鮮で、妖怪は暫くそうやって枯葉で遊ぶことに興じていた。

――なんでここに居るんだっけ。

 ふとした疑問が妖怪の動きを止める。
 思案するように俯くが、彼女には自身の問いに答えられる記憶が欠落してしまっていた。
 助けを求めるように視線を周囲に廻らせると、傍らに茄子色の傘があることに気づく。
 茄子色の傘には紅い一つ目と口が描かれ、口からは長い紅い舌が垂れていた。
 そっと手を伸ばすと妖怪は傘を抱きかかえるように引き寄せた。
 
「そうだ……傘だった私は、どこかへ行きたくて……ずっと体が欲しいって思ってたんだ」

 聞き覚えのある声で、自分の記憶を整理すると傘の柄を撫でるように触る。
 思い出すのは傘だった頃の自分を差して歩く少女の姿だ。
 その少女が誰だったかも、自分がその少女に何をしたいかも妖怪はわからない。
 
「何だろう。この子のことを考えると不思議な気持ちになる……」

 唯一記憶に残る少女の姿を思い浮かべながら、しかしその少女の姿以外は思い出せないことに、妖怪は胸にぽっかり穴が開いているような気持ちになる。

――会えば、満たされるのかな。

 妖怪は誰にでもなく心の中で問いかける。
 当たり前のことだが応えを返すものはいない。
 しかし妖怪は問いが生まれたことに満足そうに笑みを浮かべると立ち上がった。

「……会ってみればわかるかな」

 妖怪は茄子色の傘を差しながら歩き始める。
 当ても無い旅路へと。











 歩き始めて初めて巡る季節。
 妖怪は鴉天狗に出会った。
 鴉天狗は妖怪を見て興味深そうに詰めより、

「からかさお化けとは珍しいですね。大きな傘に小さな少女の対比もなかなか。名前はなんて言うんですか?」

 問われて妖怪は自分の名前が無いことに気づく。
 鴉天狗の言葉を借りながらこう応えた。

「この傘が大きな傘なら、差している私は小さな傘、小傘だよ」

 妖怪は今後、小傘と名乗ることにした。



 鴉天狗と別れて次に巡る季節。
 小傘は小高い丘の上で何だか懐かしい風景を見る。
 そこは過去に傘が少女に抱えられた訪れて場所だった。

「……何だろう、不思議な気持ち」

 何故懐かしいのかを思い出せずに、小傘は気分が沈んだことに気づく。
 哀愁の念に駆られながら、小傘はまた歩き出す。 
  
「……いいや、行こう」

 不思議な気持ちに駆られる場所が増えてきていた。



 そして――











 小傘は荒れ果てた道を歩いていた。
 人が通らなくなって久しいと思われる道には名も無い草花が生い茂っている。
 からんころんと下駄を鳴らしながら、小傘はくるくると差している傘を回す。

「この先にあの子は居るのかなっと……」

 誰に聞かせるでもなく言葉を紡ぐ彼女の声は沈んでいた。。
 からっぽの心は満たされないまま、徐々に彼女は体が衰えてきているのを感じていた。
 最初の季節は特に気にならなかった。
 その次の季節からお腹が減るようになって来たのだ。
 樹に生った果実などを口にしてみたが、お腹が満たされることは無かった。
 
「お腹減ったなぁ……」

 満たすすべが分からない為、小傘の気持ちは更に沈んでしまう。
 沈んだ気持ちを体現するかのように俯き加減に歩いていた小傘は道端にあるものに気づく。
 何だろう、と歩み寄ってみれば、それは朽ち果てた祠の土台だった。
 信仰を失い、手入れをされなくなった祠は風化したのか、人の手により壊されたのか見る影も無かった。
 祠の前で立ち止まっていた小傘は、膝を抱くように屈むと辛うじて残っている土台に手を伸ばす。
 朽ちた木材は小傘の指が触れただけで崩れてしまい、倒れると土煙を舞わせた。

「けほっけほっ……」

 小傘は口元を押さえながら咳き込むと、目尻に涙を溜めて立ち上がる。
 そんなに煙たかったかな、と目尻に浮かんだ涙を拭うと、小傘は祠を後にまた歩き出した。
 からんころんと下駄が鳴る。
 小傘は道の脇に広がる風景が変わってきた事に気づく。
 変わらず荒れ果ててはいたが、田畑の跡やあぜ道など、一度は人の手が加えられたことが見て取れる。
 人里が近くにあるのかな、と小傘がぼんやり考えていると、道の先、湖の畔に集落と思しき建造物の集まりが見えてきた。
 
「あの子は居るのかな……」

 ポツリと呟くと、小傘の足取りは自然と軽くなっていた。
 徐々に集落の影が近づいてくると、その全貌を把握できるようになる。


 一言で言えば廃墟だった。 
 
  
 荒らされた形跡は少ないが、人の生活の匂いがしない集落を小傘は見て回る。
 争いがあったわけではなく、ただ人々が去り、使われなくなって忘れられた集落と言う印象だった。
 何で人間は捨てちゃうんだろう、と集落の家屋を一つ一つ覗き込みながら小傘は思う。
 小傘にとって持ち物は着る物と、自分の分身ともいえる傘だけ。
 必要なものだけを持つが故に、何かを捨てると言うことは理解の範囲外だった。
 何故かまた瞳が潤んで来た為、小傘は手の甲で目元を擦る。


 手を下ろして視界が晴れるてくると小傘は一筋の煙が空に立ち上るのが見えた。


 方角は集落の外れ、湖の畔。
 人気の無い集落に飽き飽きとしていた小傘の興味はすぐに煙へと移った。
 からんころんと下駄が鳴る。
 小傘はすぐに歩き出すと集落を抜けて湖の畔へとやってくる。
 青く澄み渡った湖だけは、荒れ果てた土地の中で異彩を放っていた。
 その湖の畔で、焚き火を前に座る人間の青年の姿がある。
 彼は集落を背にするように座って、忙しなく手を動かしていた。
 傍らには膨れ上がった荷物が毀れそうな籠が置かれており、それほど遠くない場所では馬が湖に口をつけていた。
 同じ人間なら何か知っているかもしれない、と小傘は彼の背後に歩み寄る。
 馬は小傘に気づいたのか視線を向けてくるが、青年は小傘が背後に立っても気づく様子は無い。
 小傘は逡巡の後に彼に声をかける。

「あのー」

「――っ!?」

 一声掛けただけで青年は大きく背を仰け反らす。
 手には茶碗と箸を持ち、食事中だったらしい彼は口に含んでいたものを喉に詰まらせたらしく、しきりに胸を叩いていた。
 そんな様子を見て、悪いことをしたかな、と小傘は一瞬脳裏を掠める。
 しかしすぐに小傘の頭の中から青年のことを考える余裕は無くなってしまった。

 満たされることが無かったお腹が少し膨れていたのだ。

 張ったお腹を摩りながら小傘は不思議に思う。

――何も食べていないのに。

 怪訝そうに小傘が首を捻る中、ようやく落ち着きを取り戻した青年が振り返る。

「お、驚かすなよ、死ぬかと思ったぞ……」

「驚かす……?」

 青年の言葉を小傘は反芻する。

 遠い昔に聞き、遠い昔に望んだ言葉。

 空っぽだった心が少し満たされた気がした。
 小傘の応えが不満だったのか、青年はやや声を荒らげて、

「そうだよっ。いきなり後ろから来たらびっくりするだろっ! まったく……」

「びっくり……したの?」

 問いかけの言葉を返されて、拍子抜けした様子の青年は小傘のことを下から上へと視線を巡らせてから、ぎょっと目を丸く見開く。
 驚いた様子の青年に、小傘はお腹が満たされていくのを感じていた。
 
「あ、あんた……妖怪、かい? 俺を食うつもりなのか……?」

 青年の問いかけに対し、小傘は一度頷き、一度首を横に振って、

「天狗さんはからかさお化けって言ってたよ。私も最初は何を食べれば満たされるのかわからなかったんだけど……」

 一息。

「私はどうやら誰かを驚かせたかったみたいなのさぁ」

 曖昧な応えを返されて、青年は戸惑いの表情を浮かべて、

「どうやらって……へ、変な妖怪だな。今日は俺が選ばれたって訳か……」

「そうなのかな? 貴方が驚いてくれたおかげで、気づくことが出来たんだけど」

 俺の所為かよ、と呆れた様子の青年に対し、今度は小傘が問いかける。

「それでね。人間を脅かして驚かせたいんだけど……人里はどっちなの?」

「え? ああ、あっちだけど……って妖怪に仲間は売れねえよ!」

 人里の方角を指し示そうになった青年は、慌てて伸ばしかけた手を引き戻す。
 えー、と小傘は不満そうに声を漏らし、自分で探すからいいよ、と怒ったようにそっぽを向く。
 じゃあ、と前置きしてから小傘は青年の顔を覗き込んで問いかける。

「空色の髪に空色の瞳の女の子を知らない?」

 唯一おぼろげに思い出せる昔の記憶。
 同じ人間なら知っているかもしれないと、期待を込めての問いかけは。


 青年の笑いを誘った。

 
 膝を叩いて苦しそうに笑う青年を見て、小傘はあっけに取られたように目を丸く見開いた。
 青年は笑いすぎて乱れた呼吸を整えながら、小傘を指差してこう言った。

「あ、あんた……自分の顔見たこと、ないのかよ」

 言い放ってまた笑い出した青年に対し、怪訝そうに眉を潜めた小傘は鏡の様に空を映す湖へと歩み寄り。
 湖面を覗き込んで、青年と同様に笑みを浮かべた。

「――何だ。貴方はこんな近くに居たのね」

 湖面に映るのは茄子色の傘を抱く少女の姿。
 空色の髪の下、空色の瞳の片割れが紅色の瞳になっていること以外は――



 ――記憶通りの少女がそこに居た。










「けーね……泣いてるの?」

 静寂の中、間近で囁かれた言葉に慧音は瞼を開く。
 潤んでぼやけた視界の中、心配そうに慧音を見つめる小傘の顔があった。
 彼女の瞳に映る自分の顔を見て、慧音はようやく自分が泣いていることを理解する。
 

 動けぬ傘の身でありながら、長い年月を掛けて言葉と体を得た、からかさお化けの歴史。
 

 動ける妖怪の身を得るに至った、本当の目的を取り違えた、からかさお化けの歴史。


 好奇心で覗き見した歴史は慧音の予想を裏切るものだった。
 嗚咽を漏らしながら、慧音は小傘の背に腕を回して、強く力を込めて抱きしめる。
 結果、慧音の顔が小傘の胸を圧迫することになるため、小傘は苦しそうに身を捩じらせる。
 しかし彼女はすぐに手を慧音の頭に置くと、自らも抱き寄せるように抱きしめた。

「けーね、怖い夢でも見たの? 大丈夫だよ、私でよければここにいるから。だから泣き止んで?」

 ちがう、と慧音は全てをぶちまけてしまいたかった。
 出掛かった言葉は飲み込んで、震える声で慧音は問いかける。

「わ、私は驚かされて、泣いたわけ、じゃないのに……。小傘、君は何故、優しくしてくれるんだ」

 えー? と首を傾げた小傘は、思案の後に笑ってこう返す。

「もちろん、泣き止んで落ち着いてぐっすり寝てから、笑って驚いて貰うためさぁ。どう、名案でしょ?」

 返答を聞いて慧音は呼気を漏らすように笑う。現実の小傘は予想通りの応えを返してくれた。
 だからではないが、慧音は彼女の予想を裏切ってやろうと思う。

「そ、そうだな……名案だな」

「えっ、ほんとうに? けーねもそう思う!?」

 賛同を得てはしゃぐ小傘を見上げるために、慧音は彼女の胸から顔を離して。

「ああ、本当に。私でよければいつでも驚かせに来るといい――」

 涙を零しながら笑みと共に宣言した。

「――私は記憶力がいいんだ。君を忘れたりなんかしないから」
 
 
小傘が慧音を驚かす話を書いていたとき。

本当は驚かせたかった誰かがいたんじゃないかって思いました。

最後までお読み頂き誠に有難うございます。

4/16 誤字修正
4/21 誤字・表現修正

>>皆さん
読んで頂き有難うございます。

時間がたってしまいましたが、累計10作目の自分記念に後日談を。
リンク先になります。
はちよん
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1280932275&log=121
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コメント



0.1330簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
・・・正直、泣きそうなくらい切なくて、それでいて、温かい話だと思いました・・・。
やっぱり小傘ちゃんは癒し系ですね。けーねとそのままいちゃいちゃしれてばいいと思うよ!!
6.100名前が無い程度の能力削除
おぉう!! 一転して感動ストーリーになっている。
プチのコメントで、慧音先生を綺麗にする役を譲ってくれと言ったが、こりゃあ無理だなwww
2人の邪魔はできんなぁ……
7.100名前が無い程度の能力削除
女の子とのやりとりが優しくて良いなぁ
14.100v削除
何度も読んで浸っていたい空気。
あぁ、前が見えづらいッ……!!;
少女は一緒に'い'るんですよね……。
よし、始まりのプチ見てきます。
15.100名前が無い程度の能力削除
淡々と書かれる小傘の歴史に塩水が漏れ出そうだよ!

救われてない昔の小傘が、今みたいになるまでにもまた歴史があるんだろうな。
同じ型の文を連ねて切なさ強調するのずるい。

あとあらすじもずるい。
17.100名前が無い程度の能力削除
涙脆くなったかと思ったが、そんなことはなかった。
ただただあの少女を驚かせたい小傘の姿に心をうたれただけで
23.90コチドリ削除
この小傘ちゃんのイノセントさは反則でしょう。
私も彼女を抱きしめたくてたまらなくなりました。

「周辺の土地とは異彩を放っていた」→周辺の土地とは違い、異彩を放っていた
の方が、意味がわかりやすいかと。
30.100名前が無い程度の能力削除
これは……
慧音が覗かなければきっと語られなかったであろう過去ですね
最後の二人の優しいやり取りにも心を打たれました
31.80名前が無い程度の能力削除
その誰かを驚かすという願いは、もう叶わないんでしょうか。
それでも小傘は、さえないやり方でこれからも人を驚かそうとするんでしょうね。
32.90ずわいがに削除
どれだけの時間が経っていたんでしょうかねぇ。数十年、数百年?
友情とかそういうのとは違う、何か信頼のようなものが少女とからかさお化けの間にはあったんですね。
34.100とーなす削除
しっとりとしたいい話でした。思わずうるっと来てしまう。
貴方の書く小傘は本当に可愛いですね。こう、「無邪気」って言う感じがひしひしと伝わってきて、無性に抱きしめたくなる。いや、抱きしめられるのでもいいけど。

ここぞという場面で、ばしっと印象的な台詞を決めてくれる話というのはやっぱりいいね。

「――何だ。貴方はこんな近くに居たのね」

この台詞は思わず鳥肌立った。
39.90名前が無い程度の能力削除
過去の話がよかった。