Coolier - 新生・東方創想話

ガラス玉

2010/04/12 07:05:10
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妖怪の山にも、春の陽気がやってくる。
暖かい日差しに緑は芽吹き、花を咲かせている。
山を流れる緩やかな渓流には、眩しいほどに太陽が輝いている。
現在、太陽は真上から少しばかり西へと傾いていた。

川の淵には、荒い網が掛けられている。
冷たい川の水の中で、瓶詰めのラムネが冷やされている。
そのほかにも、色とりどりの野菜も冷やされていた。

「今日もいい天気だねぇ」

ぐーっと背を伸ばし、首をぐるっと一回転。
澄んだ水色の髪が踊るように揺れる。

彼女の名は、河城にとり。 通称「谷カッパのにとり」
エンジニアで発明好きで、よく機械を弄っている。
が、今日はよく晴れている為、機械は触らずに、外でのんびりと過ごす事にしていた。

にとりは川の網からきゅうりを取り出すと、そのまま齧る。

「う~ん、よく冷えてるね」

うんうんと頷いては、音を鳴らして齧る。
冷蔵庫で冷やすのもいいが、やはり川の水で冷やした方が美味しく感じる。
にとりは小さな幸せに浸っていると、水面に影が映える。
上を見上げると、にとりの見覚えのある人物がゆっくりと見えてくる。

「おや、新聞はネタ探しはしなくていいんですかい?」
「今日はちょっとお休みです。あと、普通に喋っていただいて構いませんよ、にとりさん」
「じゃあ、私にも普通に喋ってよ文」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」

文は新聞記者であり、山の警備も行っているが、今日はどちらも休みらしい。
にとりの隣に座ると、突然下駄を脱いだかと思えば、素足をそのまま川の中へと運んだ。
細く綺麗な足は水に濡れて輝く。

「新聞の大会が近づいてるようだけど、ネタは集まってるのかい?」

その問いかけに、文は首を横に振って、

「全く持って駄目。幻想郷が平和過ぎる中で、人間達が読んで面白いと思う内容の新聞を書くってのは難しいわ…。自分で異変を起こしても自演でしかないからなぁ」

あぁ~!と文は唸ると、水中で足をばたつかせ、水が飛び散る。
案の定、にとりも文も飛び散る水に服が濡れる。

「何も面白いネタで勝負しようとしなくてもいいじゃないか。幻想郷の日常を、少し変わった視線から見つめてみた記事でもいいんじゃないの?」
「違った視線から、ねぇ。今まで考えても見なかったし、少し考えてみようかなぁ」

文は、眉間にしわを寄せ、顎に手をやり、う~んと考える仕草を見せる。
それを見ては、にとりが小さく笑う。

「な、何かおかしい事でも?」
「いやぁ、新聞記者として働いていないときでも、ネタの事を考えたりしてるなんて面白いなぁって。天狗様はいつだって忙しいね」
「天狗様だなんて言い方しなくていいってば」

ごめんごめんと、にとりは返す。
にとりも素足になると、川の中へと足を入れる。
暖かくなってきたとは言え、少しばかり冷たい。
にとりは、川の中にある、網の中からラムネを二つ取り出す。

「ほら、文にもあげるよ」
「ん、ありがと。冷えたラムネですか、いいですねぇ」

透明の、上部が歪んでいるのが特徴的なソーダの瓶。
透明の透き通ったガラス玉で蓋がしてある。
ラムネを買った際にそれを押し込む小物も一緒に貰ったので、にとりはそれも文に手渡す。

「なんだか懐かしい気がするなぁ、ラムネ。仕事とかいろんな用事で忙しかったから、あまりこうして落ち着いて呑む事なんてなかったからなぁ」
「ほんと、働きすぎなんだよ、文は」
「若いうちに沢山働くんですよ」
「若いって言ってももう何百年も生きてるけどね」
「それを言っちゃお終いよ」

おかしくなってにとりが笑うと、文もつられて笑う。

「では、お先に…えい!」

栓をしていたガラス玉を奥へと押しこむと、プシュッという心地よい音を立てる。
次に少量のラムネが吹き出し、文のスカートを濡らす。

「じゃあ私も…よっと!」

続いてにとりも同様にガラス玉を押しこむと、同様にプシュッという音を立てる。
瓶の内側に小さな泡がびっしりとこびり付き、小さく振ると、泡は上へと上っていく。
歪んだ部分にまで落ちたガラス玉が、ころころと音を立てて転がる。
何もかもが、懐かしく感じる。
夏の暑い日に呑むラムネもいいが、春の温かい日差しの中で呑むのもいいものだ。

瓶の淵に唇を合わせると、泡と共に透明なラムネが口の中を満たし、そして喉を付きぬけていく。
暖かい口と喉を、川の水で冷えたラムネで染められていく感覚。
少しばかり、焼けるような感覚が喉の内側を襲った。
そして、ほんのりと香るラムネの香りと爽やかな甘い口当たり。
ガラス玉がころりと転がり、瓶の蓋をすることで、その感覚とも離れる。

「ぷはぁ~。いやぁ、いいね、懐かしいわ」
「私はしょっちゅう飲むけど、文はそんなに懐かしいの?」
「だいぶ前の夏祭りの様子を見に行った時に呑んだラムネ以来ね。あ~いいなぁ」
「まぁ、私のところにくれば何時でも呑めるけど」
「また今度伺うかもしれませんね~」

にとりとしては、満足してもらったようで嬉しかった。
文はというと、ラムネの瓶をもってきゃっきゃと騒いでいる。
からんからんとガラス玉が瓶とぶつかり合い、澄んだ音を響かせる。
握る瓶は、次第に汗をかくようにして水滴が浮き出してくる。
その水滴は指に伝い、川へと一滴流れていく。
にとりは、なんだか、時の流れがゆっくりとしているような感覚に満たされていた。

他愛もない話を繰り返しているうちに、瓶を満たしていたラムネの量は減っていく。
そしてそれはついに無くなり、虚しくガラス玉の音だけが響く。
にとりは、キャップをくるっと回すと、ガラス玉をころんと手の上に転がす。
ラムネの甘い香りに包まれているガラス玉は、まだ冷たかった。
文も、にとりを真似てキャップに手を掛けるも、上手く回らない。
全身全霊を掛けて回しそうとしても、うまく回ってくれなかった。

「にとり、これ開けれる?」
「どれどれ…」

文はにとりに瓶を、期待の眼差しと共に手渡した。
にとりも、持てる力を出して回そうとするも、がっちがちに締められたそのキャップを取る事は出来なかった。
ごめんよ、とにとりが文にびんを手渡す頃には、期待の眼差しが羨みの眼差しに変わっていた。

「そんなにガラス玉が欲しいのかい?なら私のをあげようか?」
「いりませんっ!自分で呑んだラムネのガラス玉じゃなきゃ意味がないんです!!」
「はぁ、そうかい」

まぁ、わからなくもないなぁと、にとりは思う。
同じ工作のセットがあって、片方が既に出来てしまっていて、作り方もわかっている。
それで、自分がもしまだ出来ていなくて、出来た者が手伝ってあげようか?って言われても確実に断るだろう。
にとりがふと文を見ると、まだキャップと悪戦苦闘していた。

あれから何分経っただろうか。
額からうっすら汗を流し、息を荒げながらも命を持たないキャップとの戦いを繰り広げる文の姿がそこにはあった。
少々顔に絶望のような表情と共に、少しばかり考える仕草も見せている。
そして、彼女が口を開いた。

「もう瓶を割ってガラス玉を出すもん……。それしか方法はないわ」
「まぁいいけど。ちゃんと割れたガラスは回収してよ?」
「うん」

本当の最終手段をとる文の表情は、どこか悔しそうだった。
そして、瓶を持ち、勢いよく瓶を石の転がる地面へと放り投げる。
ガシャンという音と共に、ドボンという鈍い音も聞こえた。
文は嫌な予感がした。
辺りを探すも、ガラス玉らしきものが見えない。

「さっきの音、川に落ちたよね、ガラス玉」
「……ほら、これあげるから我慢しなさい」

にとりが握り締めていた為か、すっかり温まったガラス玉を文に見せる。
しかし文は

「いいえ、私は私のガラス玉を取るんです!!」

急に上着を脱ぎ捨てて、頭の帽子を取る文に、にとりは驚きを隠せない。

「な、何脱いでるのさ!」
「川の中を捜すのに、上着は邪魔だと思ったから脱いだのよ」
「スカートは脱がないのかい?」
「私だって女の子なので、流石にスカートを脱ぐのには抵抗が……」

何をこの天狗はもじもじしてるんだと、にとりは苦笑いを浮かべた。
文は、では!と言うと、川の中に入り込んで行った。
川は深くは無いので、背中から生える羽は少しだけ水に浸っているくらいだった。
水の冷たさ故か、羽を少しばかりばたばたと羽ばたかせている。
しばらくして、ぷはぁ!という声と共に文が水から出てくる。

「あった?」
「見当たらないわ……。落ちた場所も見てなかったから辛いわね」
「手伝おうか?」
「いいえ、一人でやります」

まるで子供のような文に、笑うが盛れる。
文はそれを気にせず、また川の中へと潜って行った。
何せ、透明なガラス玉なので、背景と馴染み、見えづらい。
河の流れが緩やかなので、きっと流れていく事は無いだろう。
見つかるのかなぁと、にとりは思いながら、きゅうりを齧った。


日が傾き、夕焼け空になっていた。
一向に見つかる気配がないため、文が割ったガラスの破片を集めていた。
その作業が終わったにとりは、川で冷やしていたトマトにかぶりついていた。
すっぱい果肉が口いっぱいに広がり、思わず目を細める。

「文も少し休んでトマトどうだい?」
「……じゃあ、少し貰うわ」

どこか元気が無い文が、川から出てきてにとりからトマトを貰う。
大きな岩に座り、はぁと一つため息をつくと、トマトに齧りつく。
新鮮なトマトの味は、口いっぱいに広がった。
文は、ふと川のほうを見る。
ずっと探し続けたけど、結局ガラス玉を見つける事はできなかった。

(変な意地を張らないほうがよかったですかね……って)
「あ!!」
「え?」

にとりが疑問の言葉を投げかけると同時に、思いっきり川へと文はダイブする。
いきなりの事でにとりが唖然としていると、川から文が勢いよく出てきた。

「ありましたよ!! ガラス玉見つけました!」

文の手には、水で濡れたガラス玉があった。
そのガラス玉を、夕日を透かして見る。
綺麗な茜色が、ガラス玉にも映って見えた。

「おぉ~。どうしてそこにあるってわかったのさ?」
「ふと川を見たら、太陽の川の底で輝くものが見えて、そしたらガラス玉だったって訳よ。いやぁ、視点を変えるって言うことは大事ね」
「その調子で視点を変えて新聞を書いてみることさね」
「ありがとう、にとり! なんだかいいヒントを貰った気がするわ!!」

それじゃ、また! と元気よく飛んで行く姿は、どこか子供っぽかった。
そして、岩の上にぽつんと置かれた文の上着。

「え、あ、ちょっと、文!! ちゃんと服着なよ!!」

にとりは、文の上着とガラス玉を持って、文を追いかけた。
一方文は、上着の事も忘れて、ただ嬉しい気持ちでいっぱいだった。

片手に、強く握り締めて暖かくなったガラス玉を持って。
はいどうも、へたれ向日葵です。
今回は、にとりと文のお話を書かせていただきました。
ラムネ…祭りでよく呑みますね、なんだか呑みたくなります。
ほのぼのとするような、そんな作品に出来あがっているのなら幸いです。

最後まで読んで下さった方々には、最大級の感謝を…

追記
ソーダじゃなくてラムネじゃないですか…。なんという勘違い。
指摘ありがとうございます、修正しておきました。
へたれ向日葵
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コメント



0.980簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
うちの地元ではラムネって言ってた
しかし完全ガラスの瓶は生産されなくなって
幻想入りしたのかと思ったら幻想郷でも割られる運命…
7.100名前が無い程度の能力削除
いつも思ってる事ですが、ほのぼのを書かせたら最強ですね貴方は!
綺麗な景色と懐かしい思い出が心に甦りました。
ちょっとラムネ買ってくるw
9.100奇声を発する程度の能力削除
もの凄く和みました!
最近はラムネはお祭の時にしか見かけないなぁ…。
12.80ぺ・四潤削除
ラムネをソーダなんて言うの初めて聞いた……
二人のときは友達としていられるっていうのはいいですね。和やかな雰囲気でした。
ただ、瓶を叩き割ろうとした時ににとりが何も言わないどころか同意していたことに物凄い違和感がありました。
川を愛するにとりだったら川を汚すなって言って絶対に止めさせただろうと思います。
13.100名前が無い程度の能力削除
俺もソーダ:缶入り ラムネ:瓶入り のイメージが有りますね
でも最近はラムネ瓶もプラスチック製がほとんどになって
ビー玉を転がしてもカランカランって音はしなくなってしまいましたね…
16.90名前が無い程度の能力削除
いいなぁ、この文。
まっすぐだ。
17.無評価へたれ向日葵削除
>6 様
評価ありがとうございます。
こっちでもラムネでした…何を思ってソーダにしたのか今でもわかりませんわ。

>7 様
評価ありがとうございます。
さいきょーだなんて、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうです。
自分もラムネ欲しいんですが…どこに行けば売っているのやら。

>奇声を発する程度の能力 様
評価ありがとうございます。
ラムネぜんぜん見ませんよねぇ…どこへ行ったのやら。

>ペ・四潤 様
評価ありがとうございます。
ラムネとソーダは勘違いです、お恥ずかしい限りです。
そうですね、確かににとりが何も言わないのはおかしいですね…。完全に意識の外でした。
非常に参考になる評価、ありがとうございました。

>13 様
評価ありがとうございます。
もうたくさん言われて…ビクンビクンッ
プラスチックとガラスとじゃぜんぜん違いますからねぇ。

>16 様
評価ありがとうございます。
ひねくれてるのもいいかもしれないけど、まっすぐの文もいいものです。
18.90喚く削除
ラムネが普通にスーパーで売っている我が家付近に隙はなかった(キリリリリリィッ
いいほのぼのでしたー
19.無評価へたれ向日葵削除
>喚く 様
評価ありがとうございます。
おうふ…周辺で売ってるかのぅ…。
22.80コチドリ削除
ゆったりとした雰囲気が良いですね。
鴉天狗でも光モノにはやっぱり弱いのでしょうか?
23.無評価へたれ向日葵削除
>コチドリ 様
評価ありがとうございます。
鴉天狗は…きっと大丈夫だと信じたいですw
25.70コメントする程度の能力(ぇ削除
一カ所誤字発見「ラムダを買った際」ってのがある
…サイヴァリアかw
瓶ラムネって玉がすぐ詰まっていらいらしますけど、やっぱりあの音ですよね
28.無評価へたれ向日葵削除
>コメントする程度の能力 様
評価ありがとうございます。
誤字指摘ありがとうございます、修正しました。
詰まるいらいら感というかじれったさもいいんですよねぇw
31.無評価ぺ・四潤削除
瓶の上の方にくぼみが3つ4つほどあると思いますけど、その内側の出っ張り二つに玉を引っ掛けるようにして飲むのですよ?
適当に飲んでるとすぐ玉で口が塞がってまた指で押し込んだりする羽目になりますけど。
それでも勢いよく傾けると塞がっちゃいますけどね。
32.無評価へたれ向日葵削除
>ペ・四潤 様
おぉう…、知識不足だったり描写不足ですね…。
まぁ、自分が飲んでる時は気にせず飲んですぐガラス玉で塞がれてましたけどね
34.100名前が無い程度の能力削除
このラムネのような爽やかな読後感。とってもいい気分になれました。
文殿、割ったビンは片付けないと危ないぜよ。裸足のガールも多いことだし。
35.無評価へたれ向日葵削除
>34 様
評価ありがとうございます。
爽やかな感じが伝わって良かったです。
片づける描写を描き足しておくべきでしたね…。
36.80ずわいがに削除
文の気持ち、なんとなくわかるなぁ
わかるんだけど、良い意味でちょっと子供っていうか、無邪気だなぁ
37.無評価へたれ向日葵削除
>ずわいがに 様
評価ありがとうございます。
無邪気な文が大好きですわ。
39.90天井桟敷削除
夏ですねえ。
ガラス玉、何に使う訳でもないのに、意地になって取ろうとしたりしてたけど、また飲もう っと。
ごちそうさまでした
40.無評価へたれ向日葵削除
>天井桟敷 様
評価ありがとうございます。
何気ないものだけど、欲しくなるものですね。