Coolier - 新生・東方創想話

大地に咲いた喧嘩華、ふたつ -上-

2010/04/08 21:21:42
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※ガチバトル成分に飢えた方はようこそ。楽しんでくださったら幸い。

 そうでない方も、暇つぶしにはなりますから、よろしければどうぞ。






 その日、守矢神社はやけに静かであった。境内には人影もない。普段なら風祝、『東風谷 早苗』が
掃除などしていたりするものだが。果たして神社の中、普段より住まいにしている早苗の私室を見れば
その原因は明らかとなる。

「ずびばぜん、神奈子さま、諏訪子さま……けふっけふっ」

「あぁもう謝らなくていいから、じっとしてなさい」

「……ずびばぜ、けほっ」

「うーむ、こいつはひどいねぇ」

 風邪、である。いくら奇跡を起こせる娘とはいえ人の子、病気の一つや二つくらいはするもの。
つい昨日、買い物帰りに最強を自負する氷の妖精に目をつけられて弾幕勝負とあいなったわけで
あるがその冷気にやられてしまったらしい。勝負には勝ったと早苗は言っていたが、ある意味で両者
ノックアウトである。

 さて、この守矢神社では家事の一手を早苗が引き受けているわけである。ここに住まう神二柱は、
祀られるものとして飯風呂寝るの準備をどっしり待っていればいいのだが……今日ばかりはそういう
わけにもいかない。

「諏訪子ー」

 思案顔した『八坂 神奈子』が相方の『洩矢 諏訪子』に声をかける。が、返事がない。怪訝な
顔をして早苗の側にいるであろう諏訪子のほうを向く。

「ほーれ早苗。私の掌は冷たくて気持ちいいだろー」

「あー……ぎぼぢいいでずぅ。これが諏訪子さまの神徳なのでずで……ずずっ」

 神とは思えない阿呆な事をやっていた。神奈子はもう一度名を呼ぶ代わりに絞った濡れタオルを
件のちびっ子神の顔めがけて投げつける。

 命中。

「あぶっ!? な、何するのさ神奈子ぉ!?」

「アホな事やってないでさ、それを早苗の額に乗せたげて。あんたの掌よりよっぽど神徳極まった
ありがたい一品だよ」

「タオル以下か私は!!」

 まるで夫婦漫才のようなやりとり。ふてくされながらも諏訪子はタオルを優しく早苗の額にかけた。

「で、諏訪子」

「あによー」

 神奈子の側にめんどくさそうに寄る。

「早苗のために花でも買ってきてあげなさい。お駄賃あげるから」

「わーいお駄賃、って。ちょっと神奈子ぉ。私はこれでも神様だよ? 神様を小間使いにしようっての?」

 一瞬本気で喜んだっぽい諏訪子だが、すぐさま神としての威厳を思い出す。思い出さない限り
出ない威厳というのもどうかと思うが。ともあれ非難の声に、神奈子もひとつため息をついた。

「あんたが小間使いなら、私は今から炊事婦になるのよ。早苗があんなだからしょうがないじゃない」

「え。神奈子が飯炊くの? 粥しか作れないじゃん」

「粥でいいじゃないのよ、早苗のためなんだもの。……って、粥以外も作れるわよ! その、本気を
出したら」

「まぁじでぇ」

 明らかに小バカにした声色と表情の諏訪子をひと睨みしつつも、懐からがま口を取り出す神奈子。
そこから現れ出たるありがたい小銭を諏訪子は恭しく受け取る。もちろんこれはそういう神の
おふざけに他ならない。暇を持て余した神々というのはしょーもないことをしたがるものである。

「ほい、寄り道とかするんじゃないよ」

「ねぇ神奈子。あんたさぁ、ちょっと私を子ども扱いしすぎてない?」

 姿格好で見ればそりゃぁ完全無欠のちびっ子諏訪子、しかし中身は完全無欠の祟り神。その気を
出せば幻想郷全土を恐怖のどん底に叩き込むことさえ容易であると豪語している。もっとも神奈子は
その諏訪子をねじ伏せるほどの神ではある。彼女を子ども扱いすることもあるかもしれない。しかし
今の言にそういうニュアンスは含まれていなかった。

「違うって。早苗が心配するじゃないか」

「……あぁ、うん。まぁ、そうね」

 病床の早苗をちらりと見るふたり。早苗が二柱の神を深く敬愛しているように、神奈子と諏訪子も
またこの一生懸命な風祝を愛してやまない。諏訪子としても早苗の名を出されては大人しくせざるを
得なかった。

「しょうがないなぁ、そんじゃ夕飯は期待してる……いや、やっぱやめた。どうせ粥だし」

「だから本気出したら作れるってば!! あぁもう、さっさと行きなよ!」

「うへー、はいはいはいはい」

 ぴょんぴょんと跳ねるようにしてその場を逃げ出す諏訪子。ぽーんと大きくひと跳ねして境内へ。

「そんじゃ行ってくるよー」

 山の神社から、どこまでも明るい祟り神様が飛んでいった。






 すやすやと一人の女性があまりにも無防備に寝ている。色とりどりの花咲き乱れる丘、太陽の畑に
程近い場所。空は中秋の晴れ空で、爽やかな風が通り抜けている。昼寝には絶好のロケーションでは
ある。だが、普通の神経を持っているものならここで眠りこけることは絶対にしない。この辺りは花の
大妖怪『風見 幽香』の縄張りだからである。もっともその眠っている女性が幽香本人ならば話は別
だった。

 強大な力持つ妖怪とはとても思えぬその寝顔。穢れを知らぬ乙女の面影を残した美貌。穏やかな
寝息とともに上下する豊かな胸。眠ってさえいれば彼女の内にある残虐な嗜好も目を覚ますことは
ない。しかし、いつかは眠りというのは覚めるものだ。

「……ん……っ」

 気だるげな息とともに蝸牛の歩みさえ速く思えるほどゆるゆる目蓋が開いていく。やや強い日差し
に目を慣らしていく幽香。慣れたそのはずなのに、覚ましたはずの幽香の目が、すっ、と細まった。

 半身を起こした幽香からやたら剣呑な気配が広がる。辺りを遊んでいた暢気な妖精どもですら、
それに気づいて慌てふためきその場を離れていく。眉間にひとつしわを寄せた幽香。怒りを微笑みに
昇華する彼女にしては珍しい表情だ。誰に言うでもなく、小さく呟く。

「誰? 私の花畑に侵入したヘドが出そうなゲス野郎は?」

 珍しく言を崩しながら幽香は億劫そうに立ち上がる。花の柔らかな香りを楽しむための彼女の鼻が
先から感じるのは、いうなら腐食した土や金錆びの臭い。そんな雰囲気を振りまきながら自らの
テリトリーを踏み荒らす存在がいる。それに制裁を加えるために、幽香は歩み始めた。






「ひゃっほう! 噂には聞いてたけどすごいねぇここ! こんな時期に向日葵が満開だなんて!」

 秋とはいえ向日葵はタフな花だ。日の当たりが良く暖かい日が続けば師走近くにまで花をつける。
今年は好条件に恵まれて、太陽の畑は夏と遜色ない彩りを広げている。その向日葵の中を縫う小道を
諏訪子ははしゃぎながら歩んでいた。

 はて、彼女は小銭を握り締め里に花を買いに行ったのではなかったのか。神社を離れてしばらくは
彼女もそのつもりであった。花、花、花、と考えるうちに脳裏に浮かんだもの。それは求聞持の娘、
『稗田 阿求』の書き記した幻想郷縁起。幻想郷に早く馴染むため、と写しを貰ってより暇があれば
読んでいた。それには向日葵咲き誇る”太陽の畑”の記述と、その周辺に住む花を操る妖怪のことが
書かれていた。

 そこで諏訪子は閃いた。この妖怪に頼んだらタダで花が手に入るじゃん、と。貰った小銭は? 
もちろん諏訪子のポケットに収まり、行く末は菓子にでもなるのだろうか。だが、しかしである。
幻想郷縁起ではその花を操る妖怪、もちろん幽香のことであるが、その危険性はばっちり記載されて
いた。機嫌を損なえば一切の容赦もなく相手を叩き潰す残忍無比な妖怪。おおむね、その認識は
正しい。

 そんな危険を賭してまで、たかだか甘味処で腹いっぱい食えば吹き飛びそうな小銭を得たいのか。
普通では考えられない愚行といってもいいはず。もちろん洩矢諏訪子は普通ではない。暢気に遊び
呆けているが、見た目と裏腹に強力で凶悪な神である。ゆえに諏訪子は幽香を恐れてはいない。
ちょっと話せば花束の一つや二つは貰えると思っているし、戦いになったとしても引けを取ることは
ないと思っている。

 それは果たして驕りであろうか。力無きものが強者に向かって不遜であることは驕りであろう。
そうでないのなら驕りとはいわない。

 強者の強者たる確固たる自信、といえる。



「動くな」

 外の世界の流行歌を鼻歌で奏でつつ歩いていた諏訪子。その後ろから不意に冷たい声がかかる。
背中越しに今にも爆発しそうな霊力と殺気を感じている。探そうと思った相手が自分から来てくれた、
と諏訪子は内心ほくそえんだ。

 ぴたりと歩を止めた彼女の姿に脅しの効果を見て取った。声の主、幽香はそう勘違いをした。
相手の小さな背に突きつけた閉じた日傘の先を下ろし口を開こうとした。その瞬間。

「やぁや! こんにちはっ! どうやらあんたがここに住む花の妖怪だね? 会えて嬉しいよー!」

 いきなりくるりと振り返り、にこやかに諏訪子が挨拶をぶっぱなした。

「え、あ、お。え、えぇ、私は確かにここに住む花の妖怪風見幽香よ……って。う、動くなと言った
でしょう」

「あ、そだっけ。あはは」

 若干狼狽しながら傘を構えなおす幽香に、諏訪子は悪びれもせず快活な笑顔を見せている。幽香は
目の前の相手に油断などしていなかった。小さな姿格好には明らかに不釣合いな不気味な霊力。それを
感じ取っていたからである。

 しかし脅しをかけ、次の言葉を発しようとして生まれたわずかな、本当に一瞬の間隙をついて
にこやかに語りかけられてしまった。ついうっかり応えてしまって幽香の心が一瞬緩みかけた。だが
しかし、すぐに元のように、もしくはそれ以上に幽香の心が昏く燃え盛り始める。相手の瞳に一切の
恐れの色が見えなかったからである。

「あのさー……」

「黙りなさい。お前は何がしか私に用があるようだけれど、一切聞く耳は持たないわ」

「え、いやあのね」

「さっさとここから消えなさい」

「ちょっと待っ」

「でなければ殺す」

「あ……あー、うー」

 諏訪子が笑顔のままに困り果てる。目の前の花の妖怪は心底腹が立っているらしく突き刺さりそうな
視線を叩きつけてきている。何故だかその原因が自分であると気づかない諏訪子は、ひょっとして
女性特有のデリケートな日なのかなぁ、などととぼけたことを考えていた。いささか逡巡して、
諏訪子は一つの望みを諦めようとする。

「……しょーがないなぁ。あんたにそう言われたんじゃ頼み事もできそうにないや。うん、自分で
ここいらの花を適当に見繕って持っていくから、そいじゃぁね」

「いや、ちょ、ちょっと待ってよ!?」

 きびすを返して足早に去ろうとする諏訪子に逆に驚かされた幽香。どうにも、さっきから妙に自らの
間を外されている気がする。

「お?」

「人の話聞いてた? ここはね、私の庭みたいなもの。その私を前によくもいけしゃあしゃあと。気が
変わったわ。今すぐ殺してあげる」

 言うが早いか構えた傘を銃のように構える幽香。諏訪子が反応するより早く矢のような閃光が
放たれた。光の弾が諏訪子の髪をかすめて丘の向こう、青空へと消えていく。身じろぎ一つできない
相手に、凶悪な笑みを向ける幽香。だが、諏訪子はそこへ優しい笑みを返す。

「うん。思ったとおり、あんた優しいやつだね」

「……はぁ?」

 予期せぬ言葉に幽香が眉をひそめる。それに構わず諏訪子が語りかける。

「今の弾はどうやったって私に直撃しない。だから避ける必要もない。その理由はあんたが一番よく
知ってる。向日葵を背負って話してるもんね。私が避ければあんたの大好きな花たちが傷つくからねー」

「じゃあもう一回、試してみる?」

 額の血管がブチ切れそうになるのを何とか抑えて、幽香は霊力を傘に再チャージし始める。

「うんにゃよしとこう。あんたが心を痛めながら花を弾幕でなぎ倒しながら攻撃してもね、無駄に
終わるからさ。うん、そう、神様はそう簡単に殺せやしない」

 諏訪子が言葉を紡ぐたびに幽香の怒りの炎に燃料が投下されていく。怒気に圧されそうなその心に
一つ、やけに気になる言葉が引っかかった。

「神? お前が?」

「うむ! 紹介が遅れたね。私は洩矢諏訪子。つい先日こっちに引っ越してきたばかりの神様さ。結構
話題になったんだけど、知らない?」

「知らないわ。有象無象の神だなんてどうでもいい……けれど、そうね。お前みたいなのでも殺せば
私にも”神殺し”って箔がつくのかしら。それには興味あるかもしれないわね」

 幽香がようやくいつものペースを取り戻しつつある。怒りの炎をうまくコントロールし、闘争心と
いう名の刃を熱する。押さえられぬ加虐心が刃を鍛える槌といったところか。闘気を漲らせる幽香を
尻目に、諏訪子は暢気な口調を変えない。

「あー。悪いけどチェーンソーを持ってこられても無駄だよ? ”モリヤノカミ”はバラバラにされた
くらいじゃ祟ることをやめやしない。むしろ逆だね」

 けらけらと笑う言葉の半分も幽香には理解はできてないが、たった一言で幽香を驚かせるには十分
だった。

 ”守矢の神”。

 かつて諏訪に存在した祟りを為す強大な神。目の前のちびっ子がそうだとはにわかに感じられないが、
その内包する霊力は確かに並大抵のものではない。先から延々と腹の底がムカついている原因も分かった。
その気になれば太陽の畑全てを腐らせ全滅させる存在。花を愛する幽香には到底見過ごすことのできない
相手だ。そんな存在は叩き潰すしかあるまい。

 そう、神を、叩き潰す。その思いが引き金となって怒りとは別種のどろりとしたモノが身体の内で
蠢き始めた。そんな幽香をよそに腕を組みつつとぼけた顔で考え込むフリの諏訪子。

「それにしても困ったなぁ。私はあんたに花を見繕ってほしい。あんたは私に一刻も早く消えて
もらいたい。このままじゃぁ平行線だぁねぇ」

「なぁに、言いたい事は……だいたいわかるけど」

「そかそか。じゃあ話は早い。いっちょ弾幕勝負で……」

 ここに神奈子がいれば、諏訪子の悪癖がまた始まったか、とでも言うだろう。神を問わず、ではあるが
永らく生きたものは退屈しのぎを求めるもの。もちろん諏訪子もその例外ではない。

 諏訪子の性格はかなり享楽的である。神奈子に国を奪われ神社上殿という名の座敷牢に押しやられて
以来、爆発しそうな程退屈の虫を溜め込んできた。暇を潰しに潰しまくったせいで狂王の試練場は
隅から隅まで知り尽くしているし、緋蜂を片手間に葬り去ることも数え切れぬほど。電子機器から
与えられる刺激ではもう収まりがつかなくなっていた。

 ところが幻想郷に来てより弾幕勝負という素晴らしい暇潰しを知った諏訪子。ミシャグジ様の中には
武運を司るものも複数居り、それを束ねる諏訪子にも影響を深く及ぼしている。そう、諏訪子の悪癖
とは暇潰しに他人を勝負に巻き込むことだ。早苗のために寄り道するなという言葉は、とっくに頭の
片隅に追いやられている。

 そういうわけで弾幕勝負に引き込む言葉を発しようとした諏訪子。だが、その言葉は途中で遮られた。

「あぁ、ごめんなさい。私はアレ苦手なの」

「へ?」

 肩透かしを食らったような顔の諏訪子。幻想郷に来てこういうときはことごとく弾幕勝負で白黒
つけるものだと信じていた。しかし目の前の妖怪はまるきり本気の顔である。

「前にどうしても異変に関わることになって、仕方なく作ったけど、2枚で飽きたわ」

「うへぇ。じゃあどうしようか」

 肩をすくめる諏訪子に、幽香はひとつ宣言する。その言葉はおそらく、目の前の相手の予想の範疇
だと知りつつも。

「弾幕勝負だなんてかったるい事じゃなくていいじゃない。……ヤりましょう? 楽しい楽しい、殺し合いを」

「わたしとしちゃぁ、あんたを殺すわけにはいかないんだけどねぇ」

 諏訪子が笑った。今までのどこか軽薄なものではない。大黒天を思わせる、耳元まで避けるような
恐ろしい笑みだ。元が破壊神である彼と祟り為す神が似通ってるのは必然なのか。弾幕勝負ではない、
血で血を洗う戦いも諏訪子のお手の物だ。遥か太古の昔では、それこそが諏訪子のもっとも得意で
あるものであったがゆえに。

 諏訪子から発せられた気は貪婪に全てを食らい尽くす化け物のもの。幽香が、あろうことか一瞬
たじろいだ。それを知って幽香は己への怒りを闘志へと変える。額を伝う一筋の汗を、億劫そうに
ぬぐう。

「……場所を変えましょう。ここじゃ、本気は出せないから」

 帽子の下の笑みを変えず、諏訪子も頷いた。






 風吹く空の下に荒涼とした大地。太陽の畑からやや外れたそこは、どす黒くかすかに湿った土に
覆われていた。草一つ生えてないその上で、花の大妖怪と小さな祟り神が対峙している。

「説明してやる義理もないんだけど」

 風にはためく髪を押さえつつ、幽香が語りかける。

「ここはね、私の知り合いの毒人形の子が力を制御できずにこんな風にしちゃったの。以来、ここじゃ
草木が種を落としてもすぐに毒に侵され腐りはてるわ。……ま、しょうがないから私の”遊び場”に
してるんだけれどね。ここでなら本気を出せるから」

 しゃがんだ諏訪子が土をひとすくいした。

「うん、確かに土が死んでる。私の力を使えば元に戻すこともできるけど?」

「お前が生きてたら、頼むかもね」

 言葉を受けて、はは、と諏訪子が乾いた笑いを上げる。もちろん幽香が自分を殺しにきていることは
分かっている。うまい皮肉だと思いながら、楽しい戦いになりそうだと腰を上げた。

「一応確認するけど、あんたが勝ったら私は一目散にここを離れる。私が勝ったらあんたは私に花を
見繕ってくれる。それでいいかな?」

「あと、死んだら即座に負け、を追加してくれると嬉しいわ」

 麗しいほどの微笑みをもって血なまぐさい事を口にする幽香。諏訪子も穏やかな笑みを返し頷いた。
やはり、ふたりとも少しだけ、人間の常識の外で暮らしている生き物である。手についた土を払って、
諏訪子が口を開く。

「それじゃ、はじめ……」

 言葉が終わる前に諏訪子のいた場所が膨大な霊力と熱量に薙がれる。合図もなしに幽香は日傘から、
その径の数倍はあるビームを諏訪子に叩き込んだのだ。一見するとそれは『霧雨 魔理沙』の恋符にも
似た光条。しかしある意味遊びの弾幕勝負に使うそれとは明らかに違う。相手をただ灰すら残さぬ程に
滅するためだけの光。

 傘を前面に突き出し、しばし暴力的な光線を放ち続けた幽香。頃合を見て打ち切る。穢れた大地に
立っているのは幽香だけであった。……最初の一撃で諏訪子は消滅してしまったのであろうか。
彼女の立っていた場所は無残に抉れ、煙を上げつつ焼け焦げている。幽香が日傘を閉じた。

 次の瞬間。

 己の背後を傘で思いっきりブン薙ぐ幽香。

「うえっ!?」

 叫び声とやたら軽い打撃音。振りぬいた傘に跳ね飛ばされる特徴的な目玉の装飾付きの麦藁帽。
10メートルほども離れたところに落ちる。幽香は一切の警戒を解かずに仁王立ちである。と、
目の前の麦藁帽がいきなり地面からせりあがる。否、いきなり地中から生えてきた諏訪子の頭に
乗っかっているからそう見えたのだ。

「フン、土行術ってやつかしら。モグラみたいね」

「なんだよぅ! 蛙みたいって言えよぅ!」

 怒るのはそこなんだ、と思っても幽香は口にはしない。そんな悠長な会話を続けていい相手ではない。
もはや不意打ちであろうと幽香得意の極太ビーム射撃は通用しないことが分かったからだ。地中に
逃げられては相手を見ることは、出来ない。押し黙る幽香に諏訪子が声をかける。

「それにしても良く分かったね」

「後ろから襲いかかるだなんて、ゲスの基本だもの」

 ぶっきらぼうに答えた幽香に、不意打ちしてきたのはゲスじゃないんか、と諏訪子。そんな思いは
とりあえず捨て置いて、諏訪子は楽しげに笑う。

「まぁいいや、んじゃこっちの番だ!」

 そういいつつぴょん、と飛び上がる。それが引き金か、大地を裂いて巨大な岩が幽香めがけて飛来する!

 大きさは幽香の背の二倍以上。まともに当たれば大怪我でもすまないかもしれない。それを見て
幽香のとっさの反応は、逃げるでもなく身を固めるでもなく、左手を突き出しただけ。

 どん、と衝撃音がして、ばらばらに砕け散る……幽香でなく、岩が。崩れた小さな破片が当たるのを
ものともせず、幽香は手元に残った子供の頭ほど大きさのある残骸を 適当きわまる感じで投げつける。
適当、で投げられたその速度は文の全速力に匹敵した。当たれば、死ぬ。

「まとりーっくす」

 しかし軌道を見極めた諏訪子は、ブリッジしながら悠々と、なんか変な掛け声付きで回避する。結果、
天を仰いだ諏訪子の視界に、飛び上がって槍のように傘を構え、今まさに急降下してきた幽香が目に
入った。

「やばっ」

 妙な体勢のままの諏訪子。大地に潜って避けるのでなく、己の腕と足の力で無様ながら横に大きく
転がって逃げる。

 どう、と音がして一瞬前まで諏訪子のいた場所に傘が深々と突き刺さった。小さく舌打ちする幽香。
傘を引き抜く隙に、諏訪子も立ち上がり体勢を整える。戦う前は余裕綽々の諏訪子であったが、今の
攻防で少し気を引き締めなおす。気を抜いて土へと透過し潜って逃げようとしていたなら、今頃あの
傘で体を突き抜かれていただろう。

 視線が交錯すれば無愛想にふん、と鼻息を一つ鳴らされた。と、幽香の指が小さく動いた。

「ん……。って、うぉ!? おっとぉ!?」

 予期せぬ方向から花弁状の弾が諏訪子に浴びせかけられる。直撃は避けたものの右袖に大きな穴が
開く。

放たれる弾は一発で終わらない。それらを器用に、あるいは間一髪で避ける諏訪子。その視界の端に
写ったのは、向日葵。毒に塗れた大地に咲くはずのない花が咲いて、それらから弾が次々と生み
出されている。生み出されるたびに枯れていくのは、この大地が毒にまみれているからか。

 もちろん幽香の能力で花が咲き、それを攻撃に使っているのだ。横から、後ろから、縦横無尽に
飛び交う弾。横に飛び、前に転がり、後頭部を狙った光弾をしゃがんでかわす。その視線の先に
薄い影、赤い靴。はっ、と顔を上げれば目論見通りにいったとばかりの幽香の顔がある。

 幽香はスピードが無いことを自覚している。だが彼女はそれを悲観してはいない。ちょこまか
動き回るのは弱っちい相手のほうでいいと思っているからだ。今も花の射撃を上手く使い、諏訪子を
自分のすぐ近くにおびき寄せたのだ。思惑が見事に成功した、その喜びに傘を手にした拳を握り締め、
大きく横に振りかぶる幽香。

「ちょ、タンマ!」

 待つわけがない。が、空を切り裂くように迫り来る傘と諏訪子の間に一瞬にして岩壁がそそり立つ。
諏訪子の”坤を創造する程度の能力”を使えば岩壁で守りを固めることなど余裕である。しかし視界を
岩に覆いつくされ殴る相手が見えなくとも、幽香の腕が止まることはなかった。

「しゃぁッッッ!!」

 フルスイングで幽香の傘が岩壁にめり込む。瞬間、爆発音と共に壁が粉々になり吹き飛ぶ。破片は
散弾のように辺りに飛び散った。湧き上がる土煙をかき分けるように幽香が二、三歩前に踏み出せば
足元にうずくまる影。飛んできた岩にでも当たったのか、諏訪子が横たわり小さく痙攣している。
幽香はそれを一瞥し、憐れ……むこともなく更に歩を進め、諏訪子の上で思い切り足を上げる。表情の
無い冷たい顔のまま。

「死ね」

 ぐしゃり、踏み潰した。



 そう思ったのもつかの間、である。踏み殺したはずの相手の体が粘性のある液体へ変化し、右足の
自由を奪う。歪めた顔に影がかかる。とっさに左の裏拳。狙い過たず宙に浮いた諏訪子の体深くに
めり込んだ。しかしその諏訪子もまた粘つく液体と化し、破壊の衝撃で爆ぜながら幽香の半身へと
降り注ぐ。

「きゃ……!? う……」

 力づくで剥がそうとしても、剥がそうとした腕が粘液に囚われもがき続ける幽香。しかし、肝心の
諏訪子本人はどこへ?

 その疑問に答えるように、幽香の足元すぐの地面からひょっこりと現れる目玉付き帽子。幽香も
それに気がついたが、どうする事もできない。いや、何かする暇さえ与えてはくれなかった。

「どぉっかーん!」

「っ……っげふぅっ!!」

地面から飛び上がり、蛙飛びアッパーの諏訪子。その拳は幽香に掠りもしない。代わりに一瞬で
伸び上がる一本杉が幽香の鳩尾を正確に抉り、上空に高く高く吹き飛ばした。更に諏訪子は動く。
力を使い果たし今まさに枯れ落ちようとする杉の幹を軽快に跳ね回り、その頂上へ。交錯して
落ちていく幽香を見るや宙に舞い、
「よいしょお!」
追い討ちとばかりに一瞬で具現化した鉄の輪を三つ、思いっきり投げ落とす。

「がっ! うっ、くふぅっ……!!」

 地面に叩きつけられ、無防備な幽香の胴体に喰らい込む鉄の話。苦しげな声を上げるほどに、
連続で食らったダメージは幽香にしても大きいらしい。倒れ付した幽香から少し離れて諏訪子が
着地した。人差し指をくい、と招くように動かせば鉄の輪が幽香の体を轢き潰しながら手元へと
戻ってくる。ついでその指を下に向ければ、吸い込まれるように三つのリングが地中に沈んだ。
腕を腰に当て、えへんと一つ、諏訪子。

「どうだい。水も、樹も、鉄も、大地にまつわる物なら自由自在ってもんさ」

 岩壁を出した一瞬に水でできた分身を放ちつつ地中に潜る。そして今しがたの反撃。並大抵の存在
ではできない事が、並大抵でない神だから楽にできてしまう。それを幽香に思い知らせるように
諏訪子は笑顔で言い放った。ぱちん、と指を弾けば、糊のように幽香にひっついていた諏訪子の
分身が水に戻り、しとどに幽香の体を濡らす。倒れ伏した相手にに酷い仕打ちではある。しかし
それを意に介した風もなく、幽香がゆっ……くりと、立ち上がる。濡れた髪を手でひと拭いし、
大儀そうに口を開いた。

「花も」

「ん?」

「花も、自由自在と、この私の前で言い張るのかしら?」

 一見冷たい幽香の表情に、幾ばくかの怒りの色が見える。いかに大地にまつわろうが、花は己の領分
だとそう言っている。対照的に諏訪子は一瞬おっ、と驚いたような表情から一転、口を笑みの弧に変えた。

「試してみるかい?」

 聞くや聞かずや、幽香の右腕が何かを招くように上がる。それに応えて諏訪子を取り囲むように
向日葵が咲き誇る。幽香は花たちに一斉射撃の命を下そうとした。

「や……」

「やっちまいなぁっ!」

 遮って諏訪子が大きく叫ぶ。途端に向日葵の花弁がくるりと幽香のほうへと向き直った。一斉に弾幕が
主であるはずの幽香へと殺到するが、日傘を広がり全て受け止める。諏訪子は思う、日傘の向こうから
幽香の顔が現れれば、それは激怒の色に染まっているのだろうと。

 横倒しの日傘を頭上に差しなおした幽香。その顔は不機嫌そうではあったが、意外にも怒気は
押さえられたままだ。あれ、と思いつつもう一度諏訪子が号令をかけようとする。もはや花たちは
自分の支配下にあるのだからと。

「や……」

「殺りなさいッッッ!!」

 幽香の声が先に響き、号令の声を半ばで中断された諏訪子に改めて花が向き直る。幽香と違って
いるのはその全てが至近距離に咲いているという点。避ける間もなく諏訪子は360度全周囲から
射撃を浴びせかけられた。

「うわあああっ!?」

 小さい体が弾に撃たれるたびに痛々しい舞いを踊る。十ほども数える時間を置いて、幽香の合図で
ようやく光弾の滅多打ちが終わる。自由になった諏訪子の体だが、地面へと倒れ付すしかなかった。
ゆったりと歩みつつその姿を見下ろし、そこでようやく幽香の顔に小さな笑みが灯る。

「試してみたわよ。悪いわね、花を操る事だけは、お前なんかに任せられないもの」

 いつもなら加虐心から来る愉悦の笑みなのだろうが、今回ばかりはそれとは違う。花の妖怪と
してのプライドは相手がいかなるものであろうと踏み荒らされるわけにはいかない。誇りを含む
その笑みは清々しさすら感じるものであった。その眼下、うずくまりつつ諏訪子が小さな声を上げる。

「なんだよぅあんたは。もしかして花の神様なのか?」

 ふん、と鼻を鳴らす幽香。

「神様? そんなめんどくさいものになるのはごめんよね」

 相手がその”神”である事を含んで揶揄する。しかしその言葉に答えは返ってこない。ぐっ、と
諏訪子の体が大地に沈み込んだ。舌打ちした幽香が行動を起こすよりも早く、諏訪子は体を大地へと
透過し姿をくらました。二、三度と無意味に傘の先端が地面を抉る。

 諏訪子がその身に負ったダメージはそう酷いものではない。むしろ内心で巻き起こる動揺を鎮める
意味で逃げを打ったというのが正しいだろう。幽香の能力が自分に全く通用しないと知らしめて、
早い段階で降伏を迫ろうなどと暢気に考えていた。それが覆されるなど完全に予想の範囲外だ。
諏訪子が支配したはずの花々が、幽香が放った一瞬の霊力であっさりと支配権を上書きされた。いくら
力があろうとたかだか妖怪が神の力を上回った。これは神奈子とやりあったときくらいの覚悟を
せにゃならんかな、そう諏訪子が考え出した矢先。

 地面が、動く。

「へ?」

 相手は花を操る妖怪。地面をどうこうする力などないはずだ。不可解に思いつつも諏訪子は身を
よじり、そこで違和感に気づく。諏訪子の周りの土は、植物の根に覆われていた。即座に理解する。
植物の根を張り巡らせ、土ごと自分を地表へと運んでいるのだと!

 それらを枯らす事より何より、諏訪子は具現化した鉄の輪に霊力を注ぎ防御の姿勢をとる。

「そォら!」

「へぐぅ!!」

 土を断ち割って、幽香の日傘が襲い掛かる。真っ向唐竹割りの勢いのまま地面に叩きつけられる
諏訪子。神具であるはずの鉄の輪は、霊力を込めていたにも係わらず真っ二つにひしゃげ折れて
いた。防御していなければ真っ二つになったのは諏訪子の体であったろうか。

 ただ叩きつけられ背中を襲った痛みは別物。さすがに堪えたのか息がつまり動けない諏訪子。
そこににじり寄った幽香のした事は、彼女らしい非常にえげつないものであった。

「痛っ、だぁ゛―――――ッ!? あい、いで、いだたたただっ! こ、こんにゃろ……ひぐぅっ痛い痛い
痛いってばぁぁぁ!」

「そりゃぁ、痛くしてるんだもの」

 幽香が踏みしめるのは諏訪子の左の掌。ピンポイントに責めを加えるその表情は、サディスティックな
愉悦の笑みである。もちろんただ踏むだけではない。全体重をかけたまま、磨り潰すようにぐりぐりと
踏みにじる。妖怪の力で、しかも容赦なく行われる責め苦。血に塗れた靴の下、掌は見るも無残な状態に
なっているだろう。あまりの痛さに逃げる事も忘れて呻き回っていた諏訪子ではあったが、
「痛い痛ぁっ……、……畜生、図に乗るなよなッ!!」
怒りを顕わにして右の拳を地面に叩きつける。

 それを合図に地中から幾本もの槍のように鋭く尖った岩が幽香を串刺しにしようと迫る。幽香も
その場に留まってはまずいと、背後から迫る岩の槍の集団を左腕で一払い。当たった全てを砕き
折りながら軽やかなバックステップで回避した。ちぇ、と小さく呟いたのは、もちろんもっと
痛めつけたかったからであろう。右の頬を打たれたら、勢い余って全殺し。そういう彼女である。

 幽香の愉しみを遮った無粋な岩の槍が地面に没すれば、改めて対峙しなおすことになるふたり。
諏訪子は神力によって掌を完全に治癒はしてはいたが、今の今まで見せなかったむすっとした表情。

「あんた、私は神様だよ!?」

「それがどうしたの?」

「……ちょいと今の所業は神様にしでかすにゃ不遜すぎる、って言いたいんだよ!」

「そりゃぁどうも、お褒めに預かり光栄ですわ」

 怒気を滲ませて声張り上げた諏訪子に対し、完全におちょくった言葉込みで笑顔を一つ。わざと
恭しくお辞儀をする幽香。もっとも相手が神であろうと幽香の態度は変わりはしない。しかし、
殴りゃ痛がり、踏みゃ痛がりするのなら普通の敵と変わらぬと認識し始めている。何より当初の
諏訪子のなめきった態度を覆す事ができて、機嫌は良くなる方に右肩上がりだ。

 幽香の眼前で、そのまま怒りを沸騰させるかと思いきや諏訪子。何故か嫌な薄笑いを浮かべる。

「あんたはちょいと、まだ私の怖さをわかってないねぇ」

「えぇ。別にもう怖くは……」

「黙って聞いてな」

 凄みを利かせた幼な声に怖気づいたわけではないが、まぁ喋りたい事があるなら喋らせてやろうと
幽香。背中を一筋伝った汗はきっと、冷や汗ではないと信じて。

「大地に生きるものはおおむね私を崇めるべきなのさ。ほら、見てみろよ。……大巨人だいだらぼっちで
さえ、私に手を合わせて拝むくらいだからねぇ!!」

 その声とともに地を割る轟音が幽香の左右から巻き起こる。はっ、として幽香が左右を見渡せば
巨大な影二つ。己の背の倍、いや三倍はゆうに超えるほどの、巨大な岩で創られた掌が今まさに
幽香の身体を挟み潰そうと押し迫る。

「な……っ。く、なめるんじゃ……ないわよぉっ!!」

 日傘を放り出し、幽香はそこから微動だにせず、横に大きく両の腕を突き出すばかり。逃げ出すこと
より幽香は、
「ふゥッ……く、あああああああッッッ!!」
受け止めることを選んだのだ。ごつごつとした感触が掌を痛めつけ、万力で締められるかごとくの
力に腕の骨や筋が悲鳴を上げる。それでも確かに幽香は、巨人の破壊的な拍手をしっかりと阻止
していた。額に脂汗をかきながら、それでも幽香は壮絶に笑んでみせる。おお、と驚く諏訪子に
虚勢混じりではあるが言い放つ。

「フン、巨人にしちゃぁ随分とか弱いんじゃなくて? これじゃぁ花一輪摘み取ることもできそうに
ないわねぇ」

「言うねぇ。だけど……まだ私のばとるふぇいずは終了してないよ、っとぉ!」

 外の世界の者にしか分からないような軽口を叩きつつ、ひと跳ねして幽香に迫る諏訪子。そこから
繰り出されるのは巨岩の槍か、それとも鋭い鉄の輪の投擲か。いずれにしてもこの体一つで乗り切って
みせる、と体を強張らせ目をぎゅっと閉じ、幽香は来たるべき衝撃に備える。

 1秒。

 2秒。

 3、4、5。

 10秒になるかならないか、そこまで待っても一向に攻撃が加わる気配がない。幽香は閉じた目を
思わず開く。その視界は、黒ずんだ帳が下りたかのごとく、暗い。

「!?」

 驚きに目を見張る幽香。そして小さく息を吸った。それがまずかった。一瞬にして幽香の気道に
入り込み、べっとりと張り付く”なにか”。

「……っか、げほっ、こ、れ……は!」

 それは煙よりも毒よりも、もっと性質の悪いものだと幽香は気づく。が、もう遅い。それこそが
幽香が諏訪子から感じた最大の悪寒、”祟り”そのものである。幽香が目を閉じた瞬間に諏訪子は
大きく息を吸い、己の体内に渦巻く祟りを黒い煙のように吐きかけたのである。吸い込んだものを
吐き出そうと咳き込む幽香だが、当然その程度で体から離れてくれるわけではない。それどころか、
幽香の体を蝕んだ祟りは、すぐさまその力を発揮し始める。

「うぁ……く、そ……。う、うううううっ!? ああああああああ!!」

 先までしっかりと掌を受け止めていたその腕が、じり、じりりと押し潰されはじめる。”力”を
奪われたのだ。それは単純な筋力に留まらず、霊力、生命力、精神力、数多幽香を構成する全ての
”力”。必死に掌を押し返そうとしてもままならず、幽香は苦悶に満ちた声を上げる。

 幽香の苦しむ様を眺め、諏訪子はへへっ、と笑う。それは無邪気に遊びにふける少女のようでも
あり、骸の上の玉座に腰掛ける狂った女王のようでもあった。幽香は、もうなりふりかまっては
いられないのだろう。掌の片方に背を付け、両の手と片足を使って押し潰されるのを耐えている
ところ。それでもしかし、ゆるゆると巨大な岩の掌は、幽香を圧殺しようとにじり寄っていた。

 声にならない声を喉から絞り出しつつ幽香は耐える。すでに腕も足も我慢の限界が来ている。
このまま惨めに押し潰されるのかと、血みどろになった己の姿を考えたとき。

 ふ、といきなりその圧力が消えた。

「え!?」

 思わずバランスを崩し、たたらを踏む幽香。今の今まで幽香を潰そうとしていた掌が急に空に
浮いた。もしや情けをかけられたのかと、怒りが幽香の心を一瞬で満たす。射抜き殺せる視線を
諏訪子に放とうとして……相手がこの期に及んで情けをかけるような慈悲深い神でないことを知る。

 諏訪子の両にひかえた巨人の掌はその指を一本一本折りつつ、形作るのは”拳”。今から諏訪子が
自分をどうするかが幽香には容易に想像がついた。ぞくりと冷える背筋。しかし、心の裡にそれとは
全く逆の甘ったるく熱されたものがふつふつと湧き上がってくる。もうそれを、抑えることが、
できそうに、ない。

 身じろぎ一つしない幽香に一つ視線をやって、諏訪子がにやりと笑って告げた。

「早苗って私に仕える子がいてね、その早苗が読んでた漫画だとこういう時は、こう、やるんだよねぇ
……覚悟しな」

 大きく息を吸う諏訪子。弓を引くように、巨岩の右拳が後ろへと動く。それを見た幽香が戸を閉める
ように腕でガードを固めた、その瞬間!

「オラァ!」

 風切り音も高らかに、巨大な拳が叩きつけられた。ぐしゃりとひしゃげるような音、酷い衝撃。
幽香のガードの上から、重すぎる打撃が一つ。続けざまに、左。

「オラァ!!」

 響き渡る破滅的な衝突音。すぐさま、右。左。右。左。右……壮絶なラッシュが開始される!

「おぉおぉぉぉおぉおオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」

 数十の拳を叩き込み、最後に取って置きの、星をも砕きそうな勢いのストレートが、
「……オラアッッッ!!」
幽香の体に突き刺さる。しかし、人智を超える脅威の連続攻撃を、そして必殺の一撃を叩き込まれた
はずの幽香は、それでもなお立っていた。

ラッシュの凄まじさは幽香の惨状を見れば分かる。ブラウスの袖は左右とも千切れ飛び、スカートに
至ってはスリットのように裂けて、幽香の左の足は股下まで見えている。扇情的? もちろんそんな
ことは言ってられないだろう。腕も足もあちこちに擦過傷と打撲跡が刻み付けられていた。その体は
立っていた場所から大きく後ろに下がらされており、足元は踝まで土に埋まっている。そんな姿で、
幽香は微動だにせず立っている。

 ぴしり、そんな音がしただろうか。岩の拳にひびが入り、一瞬で拳全体を覆うように亀裂が入り、
粉々に砕けた。強烈な衝撃に先に音をあげたのは殴っていた方であった。諏訪子も目を丸くして驚く。

「や……やれやれ、こっちの自信ってやつがこわれちまいそうだよ。……ん?」

 しかし、まだ幽香が動かない。防御を固めたままのその姿。諏訪子は、最初のひと歩みがやたら
長い豪腕ボクサーの構えか、それともとある覆面被った超人王子の肉の鎧の防御方法なんてのを
思い出した。早苗が読んでた漫画の影響が計り知れない。もちろん目の前で起こっていることは
漫画ではない。

「……っく」

 幽香の体が小さく傾ぐ。呻いて、幽香は膝をついた。彼女にとっては屈辱だろうが、誰がどう
見ても立っていられたのが不思議なくらいだ。その美貌は額でも切ったのだろうか、左の顔は
幾筋かの赤い血のラインで染め上げていた。くずおれた身体を腕をついて支え、荒い息を吐き
出している。

 だが、諏訪子はその姿を見ても煮え切らない表情をしている。今のラッシュで完全に倒せると
確信していたからだ。諏訪子は考える。途中で祟りの効力が消えてしまったのだろうかと。

 幽香の”力”ががくりと衰えたのは当然知っている。もし、今の今までその状態であったのなら、
幽香はとっくにどこかで倒れていたはずだ。あるいは……あるいはただ、気力だけで立っていたの
かもしれない。どちらにしろ、これで自らの優位は動かない。そう思って諏訪子は近づこうとする。
見やるその先、幽香の肩が小さく震えていた。

「……ふ、ふ」

 いぶかしむ諏訪子だが歩を進め始める、だが。

「ふふ、ふ、ふふふふふ……」

「む……!?」



 まさか、と思ったが。笑っていた。幽香が嬉しそうに笑っていた。
続きます。

諏訪子様のCVは金田朋子で。

yorumungarudo@hotmail.com
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コメント



0.680簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
諏訪子様が一瞬ケンシロウに見えた件について。
4.100名前が無い程度の能力削除
後編読ませて頂きました~
ので、感想は向こうに。
14.80ずわいがに削除
諏訪子CCOと呼ぼうかしら

ちなみに俺のイメージでは諏訪子のCVは小桜エツ子さんですね