Coolier - 新生・東方創想話

上海アリス幻樂団 ~ Don't Be Afraid Of The Future

2010/03/27 22:10:53
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 魔法の森。原生林の森で薄暗くじめじめしており、幻覚作用を起こす茸が自生すると言われている。
 茸の幻覚作用が魔法使いの魔力を極める半面、茸の胞子が身体に害を及ぼすこともある為、魔法使いがこの森に住むことはあっても、他の者は妖怪であろうと此処を訪れることがあまりないという。
 この森を拠点としている者は、主に森の入り口で「香霖堂」と言う道具屋を経営している森近霖之助、何でも屋である「霧雨魔法店」を営業している霧雨魔理沙などいる。
 そしてもう1人、小さいけれどもまとまっている感じの白い洋館に住む魔法使いの少女、アリス・マーガトロイドがいる。
 彼女は属性を問わない魔法を使いこなし、自身が作った大量の人形を、あたかも生きているかのように操って戦う独自の戦闘スタイルを持っているという。
 性格は基本的に他人には無関心ではあるが、森に迷った人間を泊めてくれると言った世話好きな一面も持っているらしい。
 そんなアリスではあるが、今日は誰にも会いたくないと部屋に引き籠ってベットの上に横になっていた。
 何があったのかは良く分からないが、悩みが無いと断言できる彼女らしくはなかった。
外は雨が降り始めており、それがさらに彼女の気を暗くさせていた。
 雨音が五月蠅いせいで、眠れもしない。とにかく、深く考えずに瞳を閉じ、雨の音を訊き流そうとして、

コンコン

 雨音にかき消されていて小さな音ではあったが、ノックの音がアリスの耳に届いた。アリスは空耳だったということにして、速やかにそれを聞き流した。
 しかし、再びノックの音が聞こえてくる。それも、さっきよりも大きな音で。

(こんな時に誰かしら……)

 今日は誰も会いたくない気分だったが、ベットから起き上がって玄関に向かった。
 ふと廊下の窓から外を眺めると、雨は急激に強くなり、屋根を叩く音がさらに響くようになったかと思うと、雷まで鳴り始めたのだ。
 誰が来たのかは知らないが、流石にこんな天気の中にいる人を放っておくわけにもいかないだろう。
 玄関前まで来ると、三度ノックをする音が聞こえた。雨が強くなったせいで、至近距離にいてもそのノックの音が小さく感じられた。

「はい、どちら様?」

 アリスが窓を開けると、そこには見慣れた姿の人物が立っていた。

「よっ! 久しぶり」

 魔理沙だった。雨に当たったためか、服がずぶぬれで、ウィッチハットも水を吸って重くなったのか、外して右手に持っていた。

「魔理沙? こんな時に何の用なのよ?」

アリスにとって魔理沙は、今日みたいな日には会いたくないと思っていた人物であった。よりによってそんな人物が此処に来るなんて……

「いや、たまたま近くを立ち寄ったから来たまでだぜ」
たまたま?
「嘘をつくんならもっとまともな嘘をつきなさいよ」
「いやいや、これは本当だぜ。まぁ実際はそんな近くにはいなかったけどな。ただ急に雨が降ってきたからな。雨宿りするに丁度いいところを探してたんだ。そんな訳だ。悪いが中に入れてくれるか?」
「……」

 いくら魔理沙でも、こんな冷たそうな身体をしてるのに追い出すわけにもいかないだろう。
 何だって今日に限って雨なんか降るんだろうか……天気に対して恨みを持つなんてことが今までにあっただろうか。

「はぁ……分かったわ、入りなさい」
「そうか、すまないな。それじゃあ、お邪魔するぜ」

 魔理沙は一旦ウィッチハットを被りながらアリスの洋館へと入った。
冷 たい風と一緒に大粒の水が弾幕のように飛んでくる外と一転して、中はとても温かかった。風と土砂降りの雨によって奪われた体温を取り戻すまでそんなに時間はかからないだろう。だが……

「……この調子だと、夕方まで降っていそうね」

 窓の外から天気の様子をうかがいながら、アリスが溜息をつくように言うと、

「そうか。じゃあ今日は一晩泊めてくれるか?」
「はぁ?」

 魔理沙がそんなことを言い出したので、アリスはいきなり何を言い出すんだとばかりの反応を見せた。

「だって仕方ないだろ。夕方まで降ってるんなら帰るに帰れないんだし」
「傘なら貸してあげるわよ」

 傘なら念の為2本くらい持っているし。

「私に貸して、返せる保証はないけど、それでもいいのか?」
「……」

 その問いに、アリスは傘を貸す気が一気に無くなってきた。
 2本あるとはいえ、魔理沙に貸すと二度と帰って来なそうな気がしたのだ。どっちも気に入っている傘なのにそんな勿体ないことはできない。

「仕方ないわね。じゃあ今日は泊まって行きなさい」

前に一度、魔理沙の家に泊まったこともあるんだし、その借りを返すという想いで、アリスは魔理沙を泊めることを承諾した。

「本当か? 恩にきるぜ」
「ただし、勝手に家の中の持ち物を持っていかないこと。これが泊める為の条件よ、良い?」

 傘もそうだが、勝手に持っていかれていいような物は一つも置いていないのだし。

「そうだな。泥棒はいけないことだしな」
「……」

 微笑みを浮かべながらそう言う魔理沙だが、魔理沙が言っても全く説得力がなかった。

「……とにかく、部屋なら私の隣にある寝室を使いなさい」

 あんまり相手にすると疲れてくるような気がしたので、アリスは魔理沙用の部屋がある場所を指差した。
 さっさとあそこに魔理沙を入れておいて、自分は早く休もうと思ったのだ。

「あぁ、有り難な。そう言えば……今日は人形とかを連れていないのか?」

 ふと魔理沙が辺りを見渡すが、アリスの傍はおろか、辺りには人形がどこにもいなかった。置き物として飾ってあるような人形すら1つも見かけない。

「……いつも連れている訳がないでしょ?
ほら、いつまでもそんな恰好じゃ風邪ひくわよ。さっさと行った行った」
「お……!?」

 適当にごまかしながら、アリスは魔理沙の背中を押して寝室へと連れ込んだ。

「じゃあ、ゆっくりしていきなさい」

 どこか冷たくそう言い放って、アリスは自分の部屋の中に戻って行った。

「……」

 その様子がおかしく感じられたのか、魔理沙はウィッチハットを外して何かを考え込んだ。
 もしかして……魔理沙の頭の中に、ある予感が思い浮かんだのだ。

 魔理沙の予感は大当たりのようだった。そしてそれがアリスを苦しめていることも当たっていた。
 さっさと眠りにつきたいのに、これ以上大きくならないだろうと思っていた雨の音がさらに強くなって、なかなかアリスのことを眠らせてくれなかったのだ。つくづく今日は天気というものに恨みを抱きたくなる……
 ただでさえ今日はあんなことになって憂鬱な気分だっていうのに……ベットの上でアリスは静かに涙を流す。この天気にもらい泣きをしてしまったかのように。
 雨は止まない。にわか雨にしては長すぎる。これじゃあ眠ることすらできない。
お願いだから、今日は1人にして、ゆっくり休ませて…………!

コンコン

 懇願するアリスの耳に部屋のドアをノックする音が届いた。
このノックの仕方。もしかしなくとも、此処には私以外には1人しかいないのだから、誰が来たのかはすぐ分かる。

「失礼するぜ」

 アリスが声をかける間もなしに、魔理沙が勝手にドアを開け、アリスの部屋の中に入ってきた。部屋を間違えた、なんてことは100%ありえないだろう。

「ちょっと、何の用よ!?」

 アリスは慌てて涙を拭って表情をごまかしながら、ベットから起き上って魔理沙に怒鳴りつけた。

「いや、それが……」
「『部屋を間違えたんだぜ』なんて言うんじゃないでしょうね?」

アリスが先手を打って釘を刺した。

「いや、だからな……」
「何よ、勝手に人の部屋に入り込んで……」

 こっちは今1人になりたいっていうのに……2人いたら素直に泣けないんだから……

「あぁ、服ならもう乾いたから大丈夫だぜ」
「……そう言う問題じゃないでしょ?」

 乾いたからって何だっていうのよ、と心の中でそう突っ込む。今日はいちいち口で突っ込んでいられるほどの気力が無いのだ。

「ん……あれはなんだ?」
「何よ?」

 アリスは魔理沙が見ている物に目線を合わせた。それは机の上に置いてある上海人形達であった。
 それ自体は珍しくない。ただそれぞれの人形がそれぞれ違う楽器を手にしていたのだ。

「あぁ……今度の人形劇で活躍する音楽隊よ。その楽器自体が本物だから、
動かせればちゃんとした演奏が出来るのよ」
「ほぉ、そいつはなかなか凄いな……」

 魔理沙は興味深そうに、机の上にある人形を見つめる。それを見てアリスは再び溜息をついた。

「……さぁ、用が無いならもう部屋に戻りなさいよ」

 冷たく言い放って追い出そうとするが、

「なぁ、ちょっとこいつらが演奏するところ、見せてくれないか?」
「え……?」

 いきなり予想外な注文をされ、アリスは戸惑った。

「きゅ、急にそんなこと言われても、すぐに出来る訳ないでしょ?」
「ん、どうしてだ? 練習段階でもいいから聴いてみたいんだが……」
「きょ、今日はそんな気分じゃないのよ……」

 曖昧にそんなことを言って本音を隠そうとする。そんなアリスの様子をうかがって、魔理沙がやれやれとでも言わんばかりに微笑んで溜息をついた。

「な、何よ?」
「本当は、操れないんじゃないのか?」
「!?」

 図星を突かれたようで、アリスは激しく動揺したが、何とかそれを表に出さないように必死にこらえた。何でそのことを……!?

 「その様子だと、やっぱりそうみたいだな」

 動揺したことをなるべく隠そうとしたが、魔理沙には見抜かれてしまったようだ。

「……何のことよ? そんなこと、ある訳ないでしょ?」

 あくまでごまかしきるつもりで、アリスはベットの上に横になり、魔理沙から背を向けた。

「隠さなくてもいいぜ。私だって同じようなことになったんだし」

 言いながら魔理沙はアリスに近づいた。

「え……?」

 アリスがチラッと魔理沙の方を向く。
「よっ、と」

 魔理沙は勝手にアリスのベットに横になり、アリスとは背中合わせになる形で寝転んだ。

「朝目覚めたら、魔法が使えなくなったんだ、ある日……霊夢によると、どうやらそんな異変が起きてるらしい。原因は良く分かっていないが、私もその異変に巻き込まれたぜ。あの時は正直言って物凄く落ち込んでいたな……」
「……」

 魔理沙も、同じような状況に?

「でも、心配する必要はないぜ。私もそうだったが、みんな、力を失ったその日の夜か、あるいは次の日には能力が戻るんだそうだ。だから、そんなに悩みを抱える必要なんてないぜ」
「私に……悩みなんて」
「無い、と言えば嘘になるだろ? 嘘をつくのは良くないことだぜ」
「……」

 魔理沙が言うと相変わらず説得力がない。だが、確かに悩みが無いと言えば嘘になる。
 自分が操っていた幾つもの人形が、今日になって突然動かなくなったのだから。蓬莱人形も、仏蘭西人形も、どの人形も……
 それ自体も大きなショックであったが、特にショックだったのは、何度も練習してやっとか上手く出来るようになった上海人形達の演奏が出来なくなったことだ。今日練習すれば、きっと完成していたに違いない演奏が……
 それに、アリスは生粋の魔法使いだ。そのアリスが魔法を使えなくなったらどれほど落ち込むかは、同じ魔法使いである魔理沙が一番良く理解していた。自分も一度魔法が使えなくなったんだし。
 そのことで朝からずっと憂鬱な気分に浸っていたのだ。もしこのまま、能力が使えなくなったりしたら、どうなってしまうのだろうか。考え付く未来を想像してか、アリスは大きな不安と恐怖心を抱かされたのだ。自分の部屋にある人形たちがもう動くことが無いなんて、そんなこと、考えたくもない……それだけは絶対に嫌だった。

「まぁ、安心しろよ。アリスだけ例外があるなんてことは無いと思うし、すぐに能力が戻ってくると思うぜ」

 背中越しに魔理沙が話を続ける。

「……」
「私のことをどう思っても勝手だが、せめて相談くらいはして欲しかったぜ。同じ蒐集家なんだし、色々と分かりあえるところだってあると思うぜ」
「…………」
「それに、何だかんだ言って良く一緒に戦ってきた仲なんだしさ。もう少し頼りにしても良かったんじゃないか? 
私だけじゃなく、アリスにはまだまだ頼りになる奴が沢山いるんだしさ」
「………………」
「アリス?」

 振り向きもせず、チラッと見る程度にしながら、魔理沙がそう呼び掛ける。アリスはしばしの沈黙を挟んでからこう口にした。

「……まさか」
「ん?」
「……まさか、あなたにそんなことを言われるなんて、想像もしてなかったわ。ちょっと意外ね……」

 皮肉交じりに、だがどこか冷たさの和らいだ口調でアリスがそう呟く。

「失礼な……こう見えてもちょっとは詩人として活躍してた時期もあったんだぜ。
言葉を選ぶくらい朝飯前だぜ」
「はいはい、好きに言っていなさいよ……」

 適当に受け流して、アリスは瞳を閉じた。
いつの間にか雨音が静かになって来たようで、アリスは珈琲の効果が切れたかのように静かに睡魔に誘われていたのであった。 雨によって妨害され続けたが、ようやく眠りにつくことの出来たアリスは、無意識のうちに聞こえてきた声に導かれて、夢の世界へと足を踏み入れていた。

――アリス・・・・・・アリス――

 聞き覚えのあるようなないような、そんな懐かしい声が、自分の名前を呼んでいた。
声を辿って闇のように暗い平原を歩いていると、目の前に突然人の姿らしきものを見かけたのだ。

「アリス……こっちへおいで、アリス」

 目の前の人物が、優しくアリスにそう呼び掛け、手を差し出してきた。声質からして女性であろう。しかし、背が高い為、見上げないと素顔が伺いにくかった。
 アリスはその女性に導かれるままに近寄っていた。すると女性は、ほのかな微笑みを浮かべながら、左手でアリスの頭をさすった。

「アリス……泣いちゃダメよ。貴方はとっても優しくて強い子だもの。こんなことで挫けちゃダメ」
「あなたは……?」

アリスが女性の顔を見上げながら訊く。しかし、女性は答えずに続けた。

「あなたの周りには、あなたのことを大事に想ってくれる人がいるということを、忘れないで……」

 女性がそう言葉を残すと、突然辺りがまばゆい光に包まれた……

「……?!」

 アリスは素早く目を閉じ、目がくらみそうになるのを防いだ。数秒して光が弱まって行くのを感じると、警戒するようにゆっくりと目を閉じた。
 そこに見えたのは、いつも見慣れていた、自分の部屋の天井であった。

「……? 夢?」

 どうやら、自分でも気付かないうちに眠ってしまったようだった。ということは、さっきのはやっぱり夢? それにしては、随分変わった感じの夢だった。夢の中だから記憶があいまいで、自分に話しかけてくれた人の素顔が思い出せなかった。

「……」

 思い出せないものは仕方がない。それよりも、今は何時だろうか? 窓から差し込む光はさっきよりも明るそうに感じるけど……この感覚からするに、いつの間にか朝になっていたようだった。
 アリスはベットから起き上がり、そっと辺りを見渡した時だった。ベットに何か重みがかったような感覚がしたので、ふと横を見てみると、そこには魔理沙がいたのだ。自分の隣で、無防備そうにぐっすりと幸せそうに寝ていたのだ。

「なっ……!?」

 アリスは驚いてベットから飛び降りた。

「ちょ、ちょっと! 何してるのよ!?」
「……ん? 何だぁ、もう朝か?」

 アリスの叫び声に目を覚ましたのか、魔理沙はゆっくりとベットから起き上り、眠そうに目をこすった。

「ちょっと、いつから寝ていたのよ?」
「ん? いつって、ずっと此処で寝てたぜ」

 アリスが訊くと、魔理沙はしれっとそう答えた。

「ずっと、って、ちゃんとあなたの部屋を用意してたでしょ? なのに何勝手に私のベットで寝てるのよ?」
「固いこと言うなよ、服ならちゃんと乾いたって言ってただろ?」

 だからそう言う問題じゃないって言うのに……アリスは起きてそうそう溜息をついた。

「それで、どんなもんだ?」

 ベットの隣に置いてあったウィッチハットを被りながら、魔理沙が訊く。

「どんなもんって、何がよ?」
「能力が戻ったのかってことだよ」
「能力?」

 そう言えば、昨日とは何か感じが違うような気がしていた。もしかして……
 試しにアリスは、机の上にいる上海人形達のうち、ドラムを持っている人形だけにその能力を集中させた。すると人形は、その両手の鉢を元気強く振って、2人の眠気を覚ますかのように強い旋律を奏でてくれた。

「……!」

 行った……! 能力が戻った! アリスは人形を操るのをやめて、思わず微笑んだ。

「どうやら、戻ったようだな」

 安心した微笑みを浮かべて、魔理沙がそう言った。

「そうみたいね」

 アリスは今度はほっとした溜息をついた。本当に1日も立てば戻るんだ。正直言って気が抜けてしまった。昨日は一体何だってあんなに深く悩んでいたのかと思いたくなるくらい……
 
「なぁ、能力が戻ったんなら、折角だし聴かせてくれないか? その人形達の演奏を」
「え?」

 魔理沙がそんなリクエストをしたのを聞いて、アリスは戸惑った。演奏か……昨日は練習出来なかったんだし、上手く演奏できるだろうか……?
 でもまあ、こう言っては失礼だけど、魔理沙はそこまで上手い下手に拘るような人間じゃなさそうだし、昨日はあれでも世話になった方なんだから、此処はリクエストに応えるべきだろう。
 そう思い、アリスは人形達が置いてある机に近寄り、机についている引き出しから何かを取り出した。それは銀色の指揮棒のようだった。どうやらアリスはそれを使って人形を操り、自分はまるで指揮をするかのように振舞うようだ。
 アリスは机から少し離れたところで指揮棒を構え、ゆっくりと瞳を閉じると、指揮棒を四拍子に振った。
 その指揮に合わせて、人形達がそれぞれ楽器を構え、小さな楽器で力強い演奏を奏でた。

「おぉ……!」

 演奏が始まってから十秒も満たないうちに、魔理沙が驚きの声を上げた。
 あんなにたくさんいる人形を、それぞれが異なる楽器を上手く演奏しているその姿は、まるで1つ1つの人形に魂が宿っているかのように感じられた。とてもアリスが1人で全てを操っているとは思えない。しかしそれが真実だというところがまた驚きで、一種の感動を魔理沙に与えていた。
 小さな寝室が、一瞬にしてコンサートホールに変わる。能力が戻った記念にはもってこいの迫力ある演奏だった。
 アリスが力強く指揮棒を振り終えると、人形達はそれぞれが手を止め、観客側の方を向いて一斉にお辞儀をした。これが本番なら、この後で拍手の喝采が響いている頃だろう。

「上手に演奏できてるじゃないか」

 魔理沙は正直な気持ちを言いながらアリスに向かって拍手をする。これなら、音楽に関しては専門かと言われればそうでもない人にでも凄いと言わせれそうだ。

「……ありがとう」

 指揮棒を持つ手を下げて魔理沙の方を見ながら、アリスが微笑んだ。

「んじゃ、良い演奏も聴けたことだし、私は帰るぜ。いつまでもお邪魔しちゃ悪いしな」

 アリスの元気そうな姿が見れて安心したのか、魔理沙はもう充分だろうと思ってアリスの部屋を出ようとした。

「あ、ちょっと待って。帰るのはいいけど、外は雨が降ってるわよ」
「え?」

 アリスにそう呼び止められて、魔理沙は廊下の窓から外を眺めた。雨が屋根を叩くような音が聞こえなかったので、てっきりもうやんだかと思っていたが、外には霧雨が降っていたのだ。

「マジかよ……まぁ、これくらいの雨なら平気だと思うがな」
「それじゃあ何のために此処に来たか分からないじゃないの。だから、ほら」

 そう言ってアリスは、魔理沙に傘を差し出してきた。

「傘……? いいのか?」
「別にいいわよ、1本くらいなら。ただし、あげたんじゃないから、いつかは返しなさいよ」
「おう、それじゃあ死ぬまでの間は借りとくぜ」

 傘を受け取り、感謝の気持ちを込めて魔理沙がそう言った。

「死ぬ時って、何よ、縁起でもないことを……」
「別に。人間にとっては長い期間かもしれないけど、妖怪にとってはそうじゃないだろ。傘は持ってないし、しばらく貸してくれるとありがたいんだけどなー」

 傘を腕にかけながら、両手を後頭部に当てて、魔理沙が笑った。それを見て、アリスは複雑な気分になった。

「……何で、笑っていられるのよ?」

 アリスは首を横に傾けて魔理沙から目線を逸らした。両腕を力なく垂らしてはいたが、手には小さな力が籠められていた。

「ん?」
「怖くないの……? 人はいつ死ぬか分からないのよ?」
「……そうだな。人間は特にそうだろうな。だから、この傘だって案外早く帰ってくるかもしれないぜ」

 恐怖心のかけらもない明るい口調で魔理沙がそう言う。未来のことなど、少しも恐れていないと言った感じの表情だ。歳不相応な魔理沙の思考に、アリスは戸惑いを見せた。

「死んだら、傘も返しに来れないんじゃないの?」
「まぁな。私がそんな予感がした時に返しに行く、そう言うのでどうだ?」
「……ふざけないでよ」
「ん?」

 アリスは涙目になりながらも魔理沙の方を見つめた。

「そんなことになるなら、返しに来なくて結構よ。その傘は好きに使いなさいよ……」
「おいおい、何を怒ってるんだ?」
「魔理沙は、どうして怖くないのよ……!?」

 アリスが珍しい剣幕でそう怒鳴って来たので、流石の魔理沙も驚きを隠せなかった。
 そんなアリスの様子を見て、魔理沙は戸惑い、人差し指を頬に当てて考え込んだ。

「えーと……まぁ、何だ。私は特に未来を怖がらないと決めたんだ。
私も一度能力を失った時があるって言ったよな? あの時は流石に未来が怖く感じたんだ。
ずっと戻らないまま未来が訪れたりしたら、どうするんだろう、ってな。
でも、その時慰めてくれたヤツがいてくれたおかげで、気付いたのさ。
私がいなくなっても、私のことを覚えてくれるヤツがいるってことにさ」
「……」
「能力を失っても、私の全てが無くなった訳じゃなかった。そう教えてくれるヤツがいた。理解してくれるヤツがいた。
そいつがいてくれたおかげで、私は少し強くなれたんだぜ」

そう言って魔理沙は明るく幸せそうに微笑む。

「まぁ、そんな訳だ。あと、他にもいくつか理由はあるが、私は未来なんかに恐れをなしてる場合じゃないんだ。
本当の大魔法使いになる為には、未来に恐れて震えてる時間なんかない。人間ならなおさらだぜ。だからこそ、私はこんなところでおびえる訳にはいかないのさ」

 言いながら魔理沙は、アリスに背を向けて玄関へと向かって行った。アリスはそれを黙って見送る。

「じゃあ、傘はありがたく借りてくぜ。どうしても返して欲しかったら、後でうちに泊まりにでも来てみな。歓迎するぜ。それじゃあな」

 魔理沙は玄関のドアを開け、外でアリスの傘をさしながら、そっと洋館を後にした。
 1人残ったアリスは、部屋に戻り、再び指揮棒を手に取った。今回のは、人形劇で発表する為の演奏だった。
 だが、これから練習するのは、人形劇での演奏ではない。それはもう充分練習したんだし。
 今度練習するのは、いつか、いつか、魔理沙が大魔法使いになれた日に送る為の演奏だ。
 それがいつになるかは分からないが、せめて最高の演奏を魔理沙に送ってやりたい。そう思いながら、アリスはゆっくりと瞳を閉じ、そっと指揮棒を振り始めた。
まずはこの場をお借りして謝らせていただきます、皆さんに迷惑をかける行為をしてしまい、すみませんでした。
今後はこのような失態を犯さないように十分気をつけていきたいと思います。

今回のはマリアリが俺のジャスティスな方向けのお話になれるよう頑張りました。
タイトルの上海アリス幻樂団と東方projectを制作しておられます「上海アリス幻樂団」のサークルとは一切関係がございません。念の為……
アリスが楽曲を担当するとしたらこんな感じかなというのを想像してみただけです。
レイ
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コメント



0.800簡易評価
22.80ずわいがに削除
力が使えなくなる、ですか。普段からその力が身近であればあるほど、それを失った時の動揺は大きいんでしょうねぇ。
それでも変わらぬ態度で接してくれる人ってのぁ、ありがたいもんです。