Coolier - 新生・東方創想話

兎と兎

2010/03/23 03:00:43
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 夜の戸張が人や兎の瞼を重くする。
 しかし、因幡てゐは瞼ではなく頭を重くしていた。

 ここは永遠亭。不死の姫君とその従者、そしてたくさんの兎達の住まう場所。
 その一室で、てゐは月を見上げながら物思いに耽っていた。

「……てゐ、ちょっといい?」

 襖越しに声を掛けられる。
 鈴仙だ。

 返事はせず、ただ窓の縁に腰掛けて薄ら寒い月の光を浴びる。

 どうせあの月兎は勝手に入ってくるのだ。
 返事をする必要はない。

「……入るわよ」

 案の定、鈴仙は静かに襖を開き、部屋へ入って来た。
 私は窓を見上げたままの姿勢で応対する。

「ノックぐらいしなよ」
「声は掛けたわ」
「聴こえなかった」

 勿論、嘘だ。

「それで?」

 私は体勢を変える事なく話を促す。

「あのね、実は」

 相談があるの。

 御決まりの台詞。ここの所毎晩だ。
 それに、用事がなければ私の元になど来はしない。

「寒いからソコ閉めて」
「窓が開いてるじゃない」
「だからよ。外の暖かい空気が部屋の中に逃げちゃうわ」

 鈴仙は文句も言わずに素直に後ろ手で襖を閉め、そこに背中を預けた。

「師匠の事、てゐはどう思う?」

 私の発言には触れずに話を始める。

「どうってのは、何が“どう”なの? 質問が漠然とし過ぎていて何を聞きたいのかが分からないわ」
「だから、その……」

 無意識に早口で捲し立ててしまった。
 どうも鈴仙は萎縮してしまったらしく黙ったままだ。これでは話が進まない。

「なら、逆に聞くけど、鈴仙は“どう”思うの?」
「それは……」
「それは?」

 鈴仙が口ごもる。
 我ながら意地悪な言葉だと思った。



 一週間程前、永遠亭で身内だけの宴会が催された。
 そこで何かがあったのだろう。八意永琳絡みで。
 残念な事に私はその日、珍しく宴会に気が乗らず、私は外を出歩いていた。

 おかげで状況を殆ど把握出来ていない。

 兎達から情報を集めたものの、皆かなり酔っていた為、大した成果は上がらなかった。
 まぁ、全くないというわけでもなかったが。

 なにせ、宴会の後半から、二人の姿を見た者が誰もいないのだ。
 ……兎に角、その宴の翌日から毎晩、鈴仙が私の元を訪れる様になったのだ。
 原因がそこにあるというのは誰でも容易に想像がつく。

 …………と、鈴仙が口を開かないので暇潰しに思考を巡らせてみる。

 戸口に立ったまま黙りを続ける鈴仙相手に一体どうしろというのか。
 私は静かに欠伸を噛み締めた。

 いつもならば、この辺りで気まずくなった鈴仙が部屋から立ち去る。

 ふと、鈴仙が身動ぎする気配がした。
 ようやく帰ってくれる気になったのだろうか。

 正直、あまりこの手の話に関わりたくないので、とっとと自分の寝床に帰ってくれると嬉しいのだけれど。

 しかし、私のささやかな願いは当然の如く叶えられない。
 神様とか言う奴等には碌な奴がいないのだ。……一部を除いて。
 鈴仙は私の期待に反して、部屋を出るどころか私に近寄り、畳の上に静かに腰を下ろした。

「……私ね。嘘をついたの」
「何それ? 私への当て付け?」

 普通にイラッとした。

「え、いや、そうじゃなくて……。あのね、厳密に言えば嘘とは違うかも知れない。私ね、師匠に本当の事を言うのが怖くて……。誤魔化した」

 鈴仙は軽くテンパった後、ゆっくりと息を吐くよう語り出す。
 事の経緯が語られずに本題に入ると言うことは、私がある程度の探りを入れた事を知っているのだろう。

 永遠亭の兎達は怠け癖はあるが馬鹿ではない。情報を集めようと思えば出来ない事は無いのだ。
 鈴仙はその事をよく知っているという事だろう。兎達の言葉が分かれば、だが。

 とにかく、兎角同盟の名は伊達ではない。因みに、洒落でもない。

 私は黙って話に聞き入る。

「今の関係を壊してしまうんじゃないかって、それが怖くて、本当の事が言えなかった。……それはやっぱり嘘と同じよね」

 何かともったいぶるヤツだ。
 どうせ鈴仙は自分を責める様な笑みを浮かべているのだろう。

「あれから毎晩、師匠の部屋に呼ばれるわ」

 ……。

「あ、勘違いしないでね? その事は別に嫌じゃないの。
でもね、自分の気持ちがあやふやなまま、ああいう事をするのが、その……」

 独白はそこで止まってしまう。
 蓋を開けてしまえばなんの事はない。
 単純に惚れた腫れたの話の類いだ。

 ……まぁ、蓋を開ける前から想像は付いていたのだけれど。だから、関わりたくなかったのに。

 私は一度深呼吸をして、

「鈴仙はどうしたいの?」

 ここで初めて私は鈴仙に顔を向ける。

 今日、鈴仙の顔を見るのはコレが初めてだ。何故なら私が避けていたから。

 今、私はどんな顔をしているだろうか。ふと、そんな事が気になった。

「……分からない。だから迷ってるのよ。自分がどうするべきなのか」

 鈴仙はまたも俯いてしまう。それが私の表情のせいでない事を祈る。

「……鈴仙」

 私は出来るだけ優しく言葉を紡ぐ。

「とりあえずね、あなたは嘘なんかついてないわ。その程度で嘘つき兎の名を冠するのは千年早い」

 私はやんわりと笑う。
 いつの間にか、鈴仙は危うげで綺麗な間抜け面を不用心に此方へと向けている。

 こいつの瞳は人妖を狂わすのだそうだ。
 ……この眼は色々な意味でズルいと思う。

 私は少し視線を外した。

「それはただの罪悪感。あれね、あなたは少し考え過ぎ。頭を柔らかくしないと長生き出来ないわよ」

 鈴仙はまだこちらを見ているのだろうか。何だか視線を感じる。
 
「それに、悩みを他人に相談する時ってのはね。大概自分の中での答えは決まっているものなの」

 そうだ、だからアンタこんな所に居るべきじゃない。

「だから後押しだけしてあげる。がんばんなさい」

 それだけ言うと、私は窓の縁から腰を上げ、出口の方へとゆっくりと歩き始める。

「待って」

 襖を開き、一歩外へ出た所で鈴仙に呼び止められる。

「……ありがとう、てゐ」
「ん」

 私は振り返らずに短く相槌を打つと、軽く上げた右手をひらひらと左右に振りながら、部屋を後にし
た。

 鈴仙は開きっ放しの襖に向かって、もう一度短く礼を言っていた。

 残酷なヤツめ。











 私は竹林の中を彷徨っていた。当てはない。
 一つ屋根の下で、そういう奴らがそういう類の事をやっているかもと思うと……、何というか、帰りたくない。

 理由はそれだけではないが。いっその事、全てが嘘になればいいのに。

 所詮、只の兎がどれだけ月を目指して跳ねようと、決して月には届かない。
 水鏡に映った月をどんなに掬い上げようとしても、残るのは虚しさだけ。

 そんな事は分かっていた。分かっていたはずだった。

 私はいつも手に届かないものを欲しがってしまう。昔からそうだ。

 もう暫くもすれば、私は涙を流し、声を上げ、さぞみっともなく泣くのだろう。
 そら見たことか、もう月がぼやけて見える。

 月よ、見ているがいい。私は泣くぞ。

 本格的に涙が滲んで来た。畜生。

 しかし、涙が零れ落ちるよりも前に、突然私の視界が黒に染まる。
 宵闇の妖にでも捕まったのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。

「だーれだ?」

 聞き覚えのある声。それに私の目を覆っているのはただの人間の手だ。

「……何やってんの? 姫様」
「あら。バレたわ」
「そりゃ分かるわよ。どうしてここに?」
「ちょっと出かけててね。その帰り」
「お師匠さまがまた騒ぎ始める前に帰っちゃったほうがいいと思うよ」
「大丈夫よ。最近の永琳は別のことに御執心のようだしねぇ」
「それって」
「自室になんか籠もっちゃって。ここん所、毎日じゃない。……あら、どうしたの? てゐ」
「えっ?」

 ふと、頭に浮かんだ光景を振り切ろうとしていた所に話しかけられ、対応に遅れる。……えっと、何の話だったっけ? 
 
「何が、で、しょうか?」
「あなたがそんな顔するなんて、珍しいわね?」

 互いの頭に浮かぶ疑問符。先に解いたのは姫様だった。

「てゐ、あなた……もしかして」

 姫様が私の様子に気付き、一度キョトンとした後に、なにやらニヤニヤし始める。
 嫌な汗が背中に滲み出る。しまった。よりによって面倒くさいのに感づかれた。

「ああ、そうなの? あなたそうなのね? へぇー」

 死ねばいいのに。あ、死なないのか、この姫は。

「フフフッ、大丈夫よ。私の口は天岩戸ほども固いわ」
「アレって、周りで騒がれたら直ぐに開いちゃったじゃないですか」

 あまりにも心許ない。

「あ、やっぱり秘密なのね。なぁに? とっとと伝えちゃえばいいのに」
「私だって、馬に蹴られたくはない」
「そうなの?」
「……無責任に焚付けないでよ」

 溜息が漏れる。

「姫様は知ってたの? あの二人の事」
「えぇ、全て包み隠さず。ご存知かしら、永琳は私の忠実な僕なのよ? でも、内容は教えてあげないわ」
「それって越権行為」
「残念。その基準を決めるのも私なの」

 言葉とは裏腹に輝夜は可憐に微笑む。

「なんか……、もういいや」

 何だかどうでも良くなってきた。本当に。

「それにしても、貴女らしくないわね」
「へ?」
「私の知る限り、貴女って無償労働とか嫌いでしょう?」
「ええ、まぁ」

 姫様が顔を覗き込んでくる。

「それじゃ、対価くらい貰っちゃえば?」

 姫様はそう言うと、わざとらしく口角を上げにんまりと笑った。










 翌日、てゐは鈴仙が永琳の自室から出て来る所を見計らい、声を掛けた。

「あら? 珍しいわね。あなたがこの辺りを彷徨くなんて。用事押し付けられるのが嫌だって言って、いつも近寄らないのに」
「ちょっとね」

 不審に思った鈴仙がてゐの顔を覗き込む。
 それを合図にしたかのように、てゐは少し背伸びをして、

 ちゅっ

「……っ!?」
「昨日の相談料、これで負けとくわ」

 それだけ言うと、てゐは走り去る。
 その背中を、鈴仙は自身の赤い瞳に負けないくらいの赤い顔で見つめていた。
 





 



 八意永琳が自室の片づけをしていると、部屋を出ていったばかりの鈴仙が凄い勢いで戻って来た。

「何? 一体どうしたのよ? あ、そうだ、さっき言い忘れたけど、今日はいよいよ人里で初の講演会よ。昨晩までに教えた事は全て頭に叩き込んだわね?」
「勿論です! 任せて下さい! ……じゃなくてっ! 凄いですよ師匠っ! 私、八意式開運術を始めて良かったです! 早速、効果抜群ですよアレ」

 鈴仙が興奮気味に永琳に歩み寄る。
 一瞬、呆気に取られるも、すぐに不敵な笑みを浮かべる永琳。
 少し前まではあまり乗り気でなかった鈴仙が、せっかくやる気になってくれている。
 間違っても、水を注すような事は言えない。

「だから言ったでしょう? 実行すれば必ず効果は現れるって。女の子にはモテるし、お金はガッポガッポ、ついでに筋肉もムキムキになります」

「どうしましょう! 私ムキムキは困りますよぅ!」
「そんなのムキムキになってから心配すればいいのよ」
「それもそうですね!」

「「あははははははっ!」」

 二人の笑い声はしばらく止むことはなかったという。










 てゐが勘違いに気付いたのは鈴仙が鋼の肉体を手に入れてからだったと言う。
てゐ「…………(ゴクリ)」
輝夜「……あなた、案外そっちもイケる口なのね」



4/2 誤字修正しました。報告感謝します。心から感謝します。
頭がどうかしていたようです。今なら恥ずかしさで死ねる……orz
飛鳥落
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コメント



0.450簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
ぅおおい!?
2.60名前が無い程度の能力削除
う~~ん?何かオチきれていないと言うか、微妙な終わり方してるなぁ。
7.90名前が無い程度の能力削除
こんなに綺麗に騙されたのは久しぶりだ
なんか清々しい気分だ
10.80身も蓋も無い程度の能力削除
既に師匠は女の子(男じゃないのがミソ)にモテモテで、お金ガッポガッポでかつ
ムキムキというわけですね。わかります。
姫に「永琳が毎日自室にこもっている」といわれて、てゐが「えっ」という理由が
読んでいて思いつきにくい。永琳の部屋じゃないと思っていたのか、様子を語る姫を大胆に感じたのか。
・体「制」を・「始」めてだ・名を「を」・永「淋」(複数)・不「適」な笑みを
13.90ずわいがに削除
“永淋”の誤字は早めに直した方が良いですょ~。

いやぁ、良かった、ホッとしました!途中でブラウザバックしなくて本当に良かった!危うく嫌な気分のままになっちゃうところでしたょ;ww
俺は「AがBのことを想ってるのにBはCとラブラブしてる」とかってシチュエーションが苦手なんですよね。だからこのオチは俺の胃に溜まってきていたムカムカを一気にスッとさせてくれました。
うん、よろしおました。ただ、鋼の肉体はやめとこうぜwww
17.90名前がない程度の能力削除
ムキムキは嫌だぁぁぁ
19.90名前が無い程度の能力削除
最後まで読んで良かった…いやマジで