気まぐれで行った屋台でたまたま隣同士だった。釣りをしていたらたまたま近くで同じことをやっている人がいた。友人が何気なく面白い人を紹介してくれた。
人と人が出会うきっかけなんて、大抵そんな何気ないことから始まるだろう。
『機会があったら行ってみるといい。アイツの考えてる事なんて、私には10分の1も理解できないからな。』
---私と彼の“きっかけ“はそんな一言からだった。
その日、地霊殿の主である古明地さとりは珍しく暇を持て余していた。管理者という名目上、一昔前までは多忙な日々を送っていたが、最近はペットが自分たちのことから地霊殿の管理までしてくれているのでだいぶ自分の時間が増えてきたのだ。
しかし逆に暇つぶしを探そうにしても、そうそう急に楽しいことが見つかるわけもない。
そうなると自然に頭の中で様々な人との会話が蘇ってくる。一番記憶に新しいのは黒白の魔法使いと呑んだときの会話だった。
『お前の能力が効かなそうな奴を一人知ってるぜ』
「へぇ~。そんな人がこいし以外にはいると思えないんだけど」
『まぁ、アイツは滅多に店から出ることなんてないからな。知るはずもないだろ』
「どんな人なの?」
『一言でいうなら私の兄貴みたいなもんだな。年中引き篭もってる眼鏡だぜ。ついでに半妖』
「ふむ・・・その人がどうして私の能力が効かないのかしら?」
『会えば分かるさ。機会があれば行ってみるといい。魔法の森の入り口に『香霖堂』ってデカイ看板が掛かってる小さい店の店主やってるからさ』
「そう・・・気が向いたら行ってみようかしらね」
『そうしてみな。アイツも客が増えたって喜ぶだろうからな』
「・・・・今から、行ってみますか」
---あの人間の言ったことは“嘘”ではなかった。自分の能力が効かない半妖・・・実に興味がある。
きっと想像より楽しめるかもしれない。そんな期待を抱き、地霊殿をあとにした。
「あそこね・・・」
目的地は思ったよりあっさり見つかった。魔法の森の入り口とは分かっていたが、そもそも入り口の範囲自体が広すぎるため十数分は探すかと思っていたが、上空から見下ろすと明らかに周りの風景から浮いている建物があったからだ。
建物の前にゆっくりと降りていくと、段々と【香霖堂】という看板が見えるようになった。まず此処で間違いないだろう。
地上に着地し、扉の外まで歩くと一旦止まるさとり。
---どうせなら1対1で話してみたいし。誰か居るようならまた後できましょ。
神経を集中させ、店内の“声”を確認する。
「・・・・・・・・」
扉越しであるためよく聞き取れないが、どうやら一人のようだ。それならば都合がいいとばかりに勢いよく扉を開ける。
---カランカラン
「んっ・・・初めてのお客さんだね。いらっしゃい、ここは珍しい物から生活必需品まで揃ったり揃わなかったりしてる古道具屋だよ」
随分と饒舌に店の説明をしたかと思うと再び読んでいた本に視線を戻す店主。客を放っておいてその態度はどうかと思うが魔理沙曰く、これもこの店の特徴らしい。
「(顔立ちはいいのに随分と癖がありそうな人ね・・・。悪い人では無さそうだけど)」
「今僕のことを『面倒そうな奴』だと思ったね」
「!?」
彼の心を読もうとしたつもりが逆に読まれてしまった。
おかしいわね・・・。あの魔法使いからは「道具の名前と用途が分かる程度の能力」と聞いていたのに・・・。もしかして私と同じ種族の妖怪?いや、彼は半妖の筈----。
「別に君のような能力は持ってないよ。これでも接客商売なんだ。相手の顔見れば何考えてるかなんて分かるさ。というか普通は誰でも出来るんだけどな・・・君は自分が心を読む能力を持っているからこそソレ以外の方法を知らなかったんだろうね」
「・・・そうね、参考にさせてもらうわ。・・・あれ?なんで私の能力を知ってるのかしら?」
「あっ、それは「そう・・・あの魔法使いに私の特徴と能力聞いてたのね」
霖之助の言葉を遮り言い放つ。先程の仕返し・・・という意味も少なからずあるのだろう。さとりは見るからに満足そうな顔をしていた。
「ああ、紫色の髪と・・・その胸にある目とかな」
「・・・あの魔法使いには私の能力は貴方には効かないと言われたのだけど」
「効くさ。魔理沙はあることないこと言いふらす癖があるんだ。なんでもかんでも信じているとその内痛い目をみることになるよ?」
心底面倒そうに溜息をつく霖之助。心を読まなくても過去になにかあったことは明白だ。その様子を見ていたさとりがくすりと笑う。
「なるほど・・・貴方の言う通り、確かに人の顔を見れば何を考えているか分かるわね」
「だろ?・・・で、結局のところ君は魔理沙の言葉を真に受けて冷やかしで此処に来たのか?それとも珍しい道具が置いてあるからと聞いて冷やかしに来たのか?」
「冷やかしを除けば9;1の割合で両方ね。そういえば・・・自己紹介がまだだったわね」
スッ・・とさとりがカウンターで腰掛けている霖之助に手を差し出す。
「地霊殿主、古明地さとりと申します。以後、お見知りおきを」
その華奢な手を握る。
「香霖堂店主、森近霖之助だ。よろしく」
「「・・・・」」
---二人の呼吸音だけが店内を流れていた。
挨拶はスムーズに済ませたものの、二人共基本的には無口だ。さとりはもの珍しそうな道具達を眺め、チラッ・・・と霖之助の方を向くと、そこには接客など皆無でカウンターの椅子に座り読書に耽っている店主の姿があった。
「(なに考えてるのかしら・・・)」
霖之助に気付かれないよう、道具を眺めながらも能力を発動する。
---あぁ・・・なるほど・・・。確かにコレは効かないわ・・・。
「(まさか、地底のさとり妖怪までこの店に来るようになるとはな。これは魔理沙に感謝すべきか?いや、一歩間違えれば幽香より危ない奴も来たかもしれないし、これは僕の運を褒め称えるべきか。そもそも覚妖怪とは人間の姿をとるが本当は実体が無い妖怪だとか大きなサルの姿で二足歩行する妖怪だとかも言われているが・・・幻想郷の九尾が人型である以上そんなに珍しくもないか。それに覚妖怪はこちらが山中や人気のない場所で休憩していたりすると現れるという説もあったな。なんだ、あの文献全然当ってないじゃないか。こちらの思っていること全てを見透かし、こちらが口に出すよりも早くソレを喋って楽しむっていうのは本当みたいだが・・・こちらが何も考えないでいると退屈して消えるとか、何も考えない人間に恐れをなしてにげるとか、苦しみもがいて死ぬとかは・・・まぁ嘘か。こんな平和な場所だ。日中は日向ぼっこで何も考えてない人間なんていくらでもいるだろう。そういえば覚は山神の化身とも言われているらしいな。それなら何で彼女は山じゃなくて地底で高い位にいるんだろうな。まぁ、覚は河童と同じく人間と仲がいいから怖がる必要はないがどうだろう・・・魔理沙は彼女は鬼とも仲がいいからもしかしたら連れてくるかもしれない。彼女はよくても鬼っていうのは真っ直ぐな性格以外良いイメージないからなぁ・・・。いやしかし鬼が来た店となればこの店の知名度も一気に上がるんじゃ)・・・・あっ。」
「安心・・して・・・。『覚妖怪とは』って辺り・・から・・・あんまり聞く余裕・・・なかったから・・・」
---気がつけば霖之助の目の前には辛そうに頭を抱えている覚妖怪の姿が。
「それにしても・・・口に出す言葉は少ない割に・・・頭の中は随分元気ね・・・」
「わ、悪いな。何事も深くまで考えてしまう性分なんだ・・・。」
ジト目でこちらを睨んでくるさとりの視線から逃れるように目を背け、バツが悪そうに答える霖之助。
「あの魔法使いの言う通りだったわね。確かに、貴方みたいに一気にそんなに考えられたら私も処理しきれないわ。まだちょっと頭痛い・・・」
「そんな僕のせいみたいに言われてもな・・・。能力を使わなければいいじゃないか」
なんだかんだ言いながらカウンターの上に二人分のお茶と和菓子を出す。先程の失言(?)を気にしているのが丸分かりだった。その意図を察しているのか、さとりが霖之助をみつめたまま黙って湯のみに手を伸ばす。
「私の能力はお嫌い?」
「・・・好きにはなれないな。特に僕のように頭でなんでもかんでも考える者にはね」
「私の能力は怖い?」
「怖いよ。」
二人揃ってお茶を飲みながらの短い会話。これだけの言葉だが、そこにどれだけの意味が込められているかは分からない。
「ただ・・・」
霖之助が空になった湯のみをカウンターに置き、呟く。
「それはあくまで裏面の真実だ」
「裏面の真実?」
さとりが霖之助のあまりに唐突な言葉に思わずおうむ返しした。
「人間もだが、精神の弱い妖怪にとって・・・心を読まれることは常に心臓を握られているのと同じだ。表面がどうだろうが、深層意識では怖くないわけがない。」
「そうね・・・私もそれはよく知ってるわ」
「大抵の者はその恐怖に支配されて真実の向きを変えることができない。嘘をつくことができないということ、それはつまり・・・『自分の本心をちゃんと伝えることが出来る』という意味でもあるのにな」
「・・・それが表側の真実?」
霖之助がコクリと頷いた。
「他の奴らがどうだか知らないが・・・僕は、君の能力は嫌いじゃないよ」
カウンターに置かれた煎餅を口に放りこみながら、なんの迷いもなくさらっと言ってのける.
否、それが本心だからこそ迷いなどないのだろう。
「そう・・・嘘でも嬉しいことを言ってくれるのね」
「嘘だと思うなら僕の心を読んでみればいいじゃないか」
「・・・・貴方はもうちょっと場の空気と洒落の勉強をした方がいいわね」
「・・・考えておこう。」
二人が笑いあう。それが本当の笑みか嘘の笑顔か・・・論議するだけ無駄だろう。
---いつのまにか時間は夕方になっており、二人の場所がカウンターから奥の居間に移っていた。
思えば・・・ペットと妹以外の生物を相手にここまで腹を割って話したの久しぶりかもしれない。あれだけ時間を持て余していたというのに、気がつくと夕日が西側の窓から差し込んでいた。
「では、私はそろそろ・・「え?」・・はい?」
「いや、もう二人分の夕飯作ってしまったんだが・・・」
先程から台所で何をしてたかと思いきや料理を作っていたらしい。彼が料理中にも夢中になって日頃の愚痴などを吐き出していたので全く気付かなかった。
「どうせなら食べていくといい」
「む・・・では、お言葉に甘えて」
さとりが少し考えたあと渋々了承した。自分の愚痴まで聞いてもらった上に手料理まで出され、妖怪とはいえ女として後ろめたい気持ちもあるがここで黙って帰るのも失礼と判断したのだろう。
「貴方は良いお嫁さんになれそうね」
「たまに言われるよ」
霖之助が手馴れた動作で卓袱台の上に和食の入った皿を二人分置いていく。衣装さえ違えば執事と間違うかもしれない。そのあまりにも秀逸な動きを見てさとりがからかうように呟いた。
「「いただきます。」」
二人揃って手を合わせたあと、さとりがまず一番に煮物に箸を伸ばした。
「んっ・・・この煮物・・・私の作ったのより美味しい・・・」
「ずっと一人で生活していると嫌でも上達するさ。たまに霊夢と魔理沙が作りきてくれるがね。それよりも・・・」
「私が和食作れるほうが驚きですって?失礼ね。今の時代は主が先頭になって何事も行うものよ」
へぇ・・・とあまり興味なさそうに相槌を打つ霖之助。レミリアや幽々子といった家庭的なイメージのない主をよく見掛ける分、あまり信憑性がないのだろう。
「全く・・・なら次は私が作ってさしあげますよ」
「・・・機会があればな。」
「ごちそうさまでした」
丁寧に皿や茶碗を重ね手を合わせるさとり。やはり地底とはいえお偉いさんであるため、基本的な行儀や作法は心得ているようだ。料理の件も恐らく本当だろう。
「今日はお騒がせした上に夕飯までご馳走になってしまい申し訳ありませんでした。このお礼は近い内に・・「あぁ、そういうのはいいから。」
さとりの言葉を遮り、霖之助が続ける。
「別に下心があって君と接していたわけでもないし、僕も久しぶりに常連以外と話が出来て楽しかったんだ。そんな他人行儀な態度でお礼とか言われるより、友人になってくれたほうがいいな。ついでにちゃんと等価交換ができる常連客。」
「・・・ッ。」
ホントに少し間・・・嬉しくて喉から声が出なかった。今ならあの魔法使いに心から感謝できる。人を幸福にする神様がいれば信じられる気がした。
「・・・ホントに久しぶり・・・いや、初めてですかね」
「ん?」
「私と『友人になりたい』・・・と言ってくれた人がですよ。」
さとりが自分の左胸にある“目”を指差し言う。
「・・・この能力のおかげで私は種族問わず恐れられています。中には同情する方もいますが、それでもその心の中は絶対に恐怖なり軽蔑なりの感情が混じっていました」
立ち上がり、机を挟んでいまだに食事をしている霖之助と目を合わせる。
「けれど貴方は、差別も同情も下心もなく・・・心の底から、ただ私と友人になりたいと言ってくれた。・・・と、貴方に言ってもいまいちパッとしませんかね?」
少し小馬鹿にしたようにくすりと笑うさとり。それが冗談と分かっているのか、霖之助もつられるように微笑した。
「幻想郷は・・・君が思っている以上に常識が通用しない。誰も彼も君を恐れるわけじゃないよ」
「そうかもしれませんね。・・・でも、それでも貴方と出会えてよかったと心から思いますよ」
それだけ言うと襖型の扉を開け、霖之助に向けて最後に一言だけ言い放った。
「地底には貴方の好きそうな珍しい物も沢山ありますし、今度は私が招待しましょう。友人として・・・ね」
「・・・そうか。なら期待して待っておくよ」
---襖から廊下に出ると、そこにはあの魔法使いの姿があった。
「今更、彼を私に紹介したこと後悔してるの?」
「・・・今、初めてその能力が嫌になった」
「まぁ、いいけどね。それに・・・遅かれ早かれ、彼は頂きますよ?」
「私が死ぬまでは待ってろよ」
「さぁ・・・?」
たったそれだけの、小さくて短い会話。
さとりが店の出口へ・・・魔理沙が霖之助が食事している居間へと・・・お互いが交差するように歩を進めた。
外に出ると、店の中からやけに楽しそうな二人の“会話”が聞こえた。
「ふふ・・・帰ったらすぐ準備しないと・・・」
---彼の気持ちを知ってしまった。彼女の気持ちを悟ってしまった。
「皆なんて言うかしらね・・・」
---今は退こう。私と彼にはまだまだ時間があるのだから焦る必要はない。
「半妖に恋をしたなんてね。」
---彼の全てを手に入れるその時まで・・・
了
人と人が出会うきっかけなんて、大抵そんな何気ないことから始まるだろう。
『機会があったら行ってみるといい。アイツの考えてる事なんて、私には10分の1も理解できないからな。』
---私と彼の“きっかけ“はそんな一言からだった。
その日、地霊殿の主である古明地さとりは珍しく暇を持て余していた。管理者という名目上、一昔前までは多忙な日々を送っていたが、最近はペットが自分たちのことから地霊殿の管理までしてくれているのでだいぶ自分の時間が増えてきたのだ。
しかし逆に暇つぶしを探そうにしても、そうそう急に楽しいことが見つかるわけもない。
そうなると自然に頭の中で様々な人との会話が蘇ってくる。一番記憶に新しいのは黒白の魔法使いと呑んだときの会話だった。
『お前の能力が効かなそうな奴を一人知ってるぜ』
「へぇ~。そんな人がこいし以外にはいると思えないんだけど」
『まぁ、アイツは滅多に店から出ることなんてないからな。知るはずもないだろ』
「どんな人なの?」
『一言でいうなら私の兄貴みたいなもんだな。年中引き篭もってる眼鏡だぜ。ついでに半妖』
「ふむ・・・その人がどうして私の能力が効かないのかしら?」
『会えば分かるさ。機会があれば行ってみるといい。魔法の森の入り口に『香霖堂』ってデカイ看板が掛かってる小さい店の店主やってるからさ』
「そう・・・気が向いたら行ってみようかしらね」
『そうしてみな。アイツも客が増えたって喜ぶだろうからな』
「・・・・今から、行ってみますか」
---あの人間の言ったことは“嘘”ではなかった。自分の能力が効かない半妖・・・実に興味がある。
きっと想像より楽しめるかもしれない。そんな期待を抱き、地霊殿をあとにした。
「あそこね・・・」
目的地は思ったよりあっさり見つかった。魔法の森の入り口とは分かっていたが、そもそも入り口の範囲自体が広すぎるため十数分は探すかと思っていたが、上空から見下ろすと明らかに周りの風景から浮いている建物があったからだ。
建物の前にゆっくりと降りていくと、段々と【香霖堂】という看板が見えるようになった。まず此処で間違いないだろう。
地上に着地し、扉の外まで歩くと一旦止まるさとり。
---どうせなら1対1で話してみたいし。誰か居るようならまた後できましょ。
神経を集中させ、店内の“声”を確認する。
「・・・・・・・・」
扉越しであるためよく聞き取れないが、どうやら一人のようだ。それならば都合がいいとばかりに勢いよく扉を開ける。
---カランカラン
「んっ・・・初めてのお客さんだね。いらっしゃい、ここは珍しい物から生活必需品まで揃ったり揃わなかったりしてる古道具屋だよ」
随分と饒舌に店の説明をしたかと思うと再び読んでいた本に視線を戻す店主。客を放っておいてその態度はどうかと思うが魔理沙曰く、これもこの店の特徴らしい。
「(顔立ちはいいのに随分と癖がありそうな人ね・・・。悪い人では無さそうだけど)」
「今僕のことを『面倒そうな奴』だと思ったね」
「!?」
彼の心を読もうとしたつもりが逆に読まれてしまった。
おかしいわね・・・。あの魔法使いからは「道具の名前と用途が分かる程度の能力」と聞いていたのに・・・。もしかして私と同じ種族の妖怪?いや、彼は半妖の筈----。
「別に君のような能力は持ってないよ。これでも接客商売なんだ。相手の顔見れば何考えてるかなんて分かるさ。というか普通は誰でも出来るんだけどな・・・君は自分が心を読む能力を持っているからこそソレ以外の方法を知らなかったんだろうね」
「・・・そうね、参考にさせてもらうわ。・・・あれ?なんで私の能力を知ってるのかしら?」
「あっ、それは「そう・・・あの魔法使いに私の特徴と能力聞いてたのね」
霖之助の言葉を遮り言い放つ。先程の仕返し・・・という意味も少なからずあるのだろう。さとりは見るからに満足そうな顔をしていた。
「ああ、紫色の髪と・・・その胸にある目とかな」
「・・・あの魔法使いには私の能力は貴方には効かないと言われたのだけど」
「効くさ。魔理沙はあることないこと言いふらす癖があるんだ。なんでもかんでも信じているとその内痛い目をみることになるよ?」
心底面倒そうに溜息をつく霖之助。心を読まなくても過去になにかあったことは明白だ。その様子を見ていたさとりがくすりと笑う。
「なるほど・・・貴方の言う通り、確かに人の顔を見れば何を考えているか分かるわね」
「だろ?・・・で、結局のところ君は魔理沙の言葉を真に受けて冷やかしで此処に来たのか?それとも珍しい道具が置いてあるからと聞いて冷やかしに来たのか?」
「冷やかしを除けば9;1の割合で両方ね。そういえば・・・自己紹介がまだだったわね」
スッ・・とさとりがカウンターで腰掛けている霖之助に手を差し出す。
「地霊殿主、古明地さとりと申します。以後、お見知りおきを」
その華奢な手を握る。
「香霖堂店主、森近霖之助だ。よろしく」
「「・・・・」」
---二人の呼吸音だけが店内を流れていた。
挨拶はスムーズに済ませたものの、二人共基本的には無口だ。さとりはもの珍しそうな道具達を眺め、チラッ・・・と霖之助の方を向くと、そこには接客など皆無でカウンターの椅子に座り読書に耽っている店主の姿があった。
「(なに考えてるのかしら・・・)」
霖之助に気付かれないよう、道具を眺めながらも能力を発動する。
---あぁ・・・なるほど・・・。確かにコレは効かないわ・・・。
「(まさか、地底のさとり妖怪までこの店に来るようになるとはな。これは魔理沙に感謝すべきか?いや、一歩間違えれば幽香より危ない奴も来たかもしれないし、これは僕の運を褒め称えるべきか。そもそも覚妖怪とは人間の姿をとるが本当は実体が無い妖怪だとか大きなサルの姿で二足歩行する妖怪だとかも言われているが・・・幻想郷の九尾が人型である以上そんなに珍しくもないか。それに覚妖怪はこちらが山中や人気のない場所で休憩していたりすると現れるという説もあったな。なんだ、あの文献全然当ってないじゃないか。こちらの思っていること全てを見透かし、こちらが口に出すよりも早くソレを喋って楽しむっていうのは本当みたいだが・・・こちらが何も考えないでいると退屈して消えるとか、何も考えない人間に恐れをなしてにげるとか、苦しみもがいて死ぬとかは・・・まぁ嘘か。こんな平和な場所だ。日中は日向ぼっこで何も考えてない人間なんていくらでもいるだろう。そういえば覚は山神の化身とも言われているらしいな。それなら何で彼女は山じゃなくて地底で高い位にいるんだろうな。まぁ、覚は河童と同じく人間と仲がいいから怖がる必要はないがどうだろう・・・魔理沙は彼女は鬼とも仲がいいからもしかしたら連れてくるかもしれない。彼女はよくても鬼っていうのは真っ直ぐな性格以外良いイメージないからなぁ・・・。いやしかし鬼が来た店となればこの店の知名度も一気に上がるんじゃ)・・・・あっ。」
「安心・・して・・・。『覚妖怪とは』って辺り・・から・・・あんまり聞く余裕・・・なかったから・・・」
---気がつけば霖之助の目の前には辛そうに頭を抱えている覚妖怪の姿が。
「それにしても・・・口に出す言葉は少ない割に・・・頭の中は随分元気ね・・・」
「わ、悪いな。何事も深くまで考えてしまう性分なんだ・・・。」
ジト目でこちらを睨んでくるさとりの視線から逃れるように目を背け、バツが悪そうに答える霖之助。
「あの魔法使いの言う通りだったわね。確かに、貴方みたいに一気にそんなに考えられたら私も処理しきれないわ。まだちょっと頭痛い・・・」
「そんな僕のせいみたいに言われてもな・・・。能力を使わなければいいじゃないか」
なんだかんだ言いながらカウンターの上に二人分のお茶と和菓子を出す。先程の失言(?)を気にしているのが丸分かりだった。その意図を察しているのか、さとりが霖之助をみつめたまま黙って湯のみに手を伸ばす。
「私の能力はお嫌い?」
「・・・好きにはなれないな。特に僕のように頭でなんでもかんでも考える者にはね」
「私の能力は怖い?」
「怖いよ。」
二人揃ってお茶を飲みながらの短い会話。これだけの言葉だが、そこにどれだけの意味が込められているかは分からない。
「ただ・・・」
霖之助が空になった湯のみをカウンターに置き、呟く。
「それはあくまで裏面の真実だ」
「裏面の真実?」
さとりが霖之助のあまりに唐突な言葉に思わずおうむ返しした。
「人間もだが、精神の弱い妖怪にとって・・・心を読まれることは常に心臓を握られているのと同じだ。表面がどうだろうが、深層意識では怖くないわけがない。」
「そうね・・・私もそれはよく知ってるわ」
「大抵の者はその恐怖に支配されて真実の向きを変えることができない。嘘をつくことができないということ、それはつまり・・・『自分の本心をちゃんと伝えることが出来る』という意味でもあるのにな」
「・・・それが表側の真実?」
霖之助がコクリと頷いた。
「他の奴らがどうだか知らないが・・・僕は、君の能力は嫌いじゃないよ」
カウンターに置かれた煎餅を口に放りこみながら、なんの迷いもなくさらっと言ってのける.
否、それが本心だからこそ迷いなどないのだろう。
「そう・・・嘘でも嬉しいことを言ってくれるのね」
「嘘だと思うなら僕の心を読んでみればいいじゃないか」
「・・・・貴方はもうちょっと場の空気と洒落の勉強をした方がいいわね」
「・・・考えておこう。」
二人が笑いあう。それが本当の笑みか嘘の笑顔か・・・論議するだけ無駄だろう。
---いつのまにか時間は夕方になっており、二人の場所がカウンターから奥の居間に移っていた。
思えば・・・ペットと妹以外の生物を相手にここまで腹を割って話したの久しぶりかもしれない。あれだけ時間を持て余していたというのに、気がつくと夕日が西側の窓から差し込んでいた。
「では、私はそろそろ・・「え?」・・はい?」
「いや、もう二人分の夕飯作ってしまったんだが・・・」
先程から台所で何をしてたかと思いきや料理を作っていたらしい。彼が料理中にも夢中になって日頃の愚痴などを吐き出していたので全く気付かなかった。
「どうせなら食べていくといい」
「む・・・では、お言葉に甘えて」
さとりが少し考えたあと渋々了承した。自分の愚痴まで聞いてもらった上に手料理まで出され、妖怪とはいえ女として後ろめたい気持ちもあるがここで黙って帰るのも失礼と判断したのだろう。
「貴方は良いお嫁さんになれそうね」
「たまに言われるよ」
霖之助が手馴れた動作で卓袱台の上に和食の入った皿を二人分置いていく。衣装さえ違えば執事と間違うかもしれない。そのあまりにも秀逸な動きを見てさとりがからかうように呟いた。
「「いただきます。」」
二人揃って手を合わせたあと、さとりがまず一番に煮物に箸を伸ばした。
「んっ・・・この煮物・・・私の作ったのより美味しい・・・」
「ずっと一人で生活していると嫌でも上達するさ。たまに霊夢と魔理沙が作りきてくれるがね。それよりも・・・」
「私が和食作れるほうが驚きですって?失礼ね。今の時代は主が先頭になって何事も行うものよ」
へぇ・・・とあまり興味なさそうに相槌を打つ霖之助。レミリアや幽々子といった家庭的なイメージのない主をよく見掛ける分、あまり信憑性がないのだろう。
「全く・・・なら次は私が作ってさしあげますよ」
「・・・機会があればな。」
「ごちそうさまでした」
丁寧に皿や茶碗を重ね手を合わせるさとり。やはり地底とはいえお偉いさんであるため、基本的な行儀や作法は心得ているようだ。料理の件も恐らく本当だろう。
「今日はお騒がせした上に夕飯までご馳走になってしまい申し訳ありませんでした。このお礼は近い内に・・「あぁ、そういうのはいいから。」
さとりの言葉を遮り、霖之助が続ける。
「別に下心があって君と接していたわけでもないし、僕も久しぶりに常連以外と話が出来て楽しかったんだ。そんな他人行儀な態度でお礼とか言われるより、友人になってくれたほうがいいな。ついでにちゃんと等価交換ができる常連客。」
「・・・ッ。」
ホントに少し間・・・嬉しくて喉から声が出なかった。今ならあの魔法使いに心から感謝できる。人を幸福にする神様がいれば信じられる気がした。
「・・・ホントに久しぶり・・・いや、初めてですかね」
「ん?」
「私と『友人になりたい』・・・と言ってくれた人がですよ。」
さとりが自分の左胸にある“目”を指差し言う。
「・・・この能力のおかげで私は種族問わず恐れられています。中には同情する方もいますが、それでもその心の中は絶対に恐怖なり軽蔑なりの感情が混じっていました」
立ち上がり、机を挟んでいまだに食事をしている霖之助と目を合わせる。
「けれど貴方は、差別も同情も下心もなく・・・心の底から、ただ私と友人になりたいと言ってくれた。・・・と、貴方に言ってもいまいちパッとしませんかね?」
少し小馬鹿にしたようにくすりと笑うさとり。それが冗談と分かっているのか、霖之助もつられるように微笑した。
「幻想郷は・・・君が思っている以上に常識が通用しない。誰も彼も君を恐れるわけじゃないよ」
「そうかもしれませんね。・・・でも、それでも貴方と出会えてよかったと心から思いますよ」
それだけ言うと襖型の扉を開け、霖之助に向けて最後に一言だけ言い放った。
「地底には貴方の好きそうな珍しい物も沢山ありますし、今度は私が招待しましょう。友人として・・・ね」
「・・・そうか。なら期待して待っておくよ」
---襖から廊下に出ると、そこにはあの魔法使いの姿があった。
「今更、彼を私に紹介したこと後悔してるの?」
「・・・今、初めてその能力が嫌になった」
「まぁ、いいけどね。それに・・・遅かれ早かれ、彼は頂きますよ?」
「私が死ぬまでは待ってろよ」
「さぁ・・・?」
たったそれだけの、小さくて短い会話。
さとりが店の出口へ・・・魔理沙が霖之助が食事している居間へと・・・お互いが交差するように歩を進めた。
外に出ると、店の中からやけに楽しそうな二人の“会話”が聞こえた。
「ふふ・・・帰ったらすぐ準備しないと・・・」
---彼の気持ちを知ってしまった。彼女の気持ちを悟ってしまった。
「皆なんて言うかしらね・・・」
---今は退こう。私と彼にはまだまだ時間があるのだから焦る必要はない。
「半妖に恋をしたなんてね。」
---彼の全てを手に入れるその時まで・・・
了
えらく男前な霖之助を見た
それと---をダッシュ二回の――に、・・・を三点リーダ二個の……にして、
会話中に応答を差込まずに外に描写すると、もっと読み応えのある作品になるかもです。
内容も展開も面白かったです。ただやっぱり後半部分がちょと急でした。
これは内容不足なのはちょと残念。
直ぐに顔に出る霖之助にとって、覚りはそれ程脅威と感じないのかも
紫の様な何を考えているか分からない相手には、いくら思考しても明確な答えが出せないから。
これは良い三角関係
さとりが地上に出てくるかという点のみ気になりますが、話の流れもテンポもいい感じです。
さてさてこの後さとりはどんなアプローチをかけていくやら……
そして魔理沙が慌てていくやら……