Coolier - 新生・東方創想話

さらばストロードール・パニック

2010/03/15 12:28:12
最終更新
サイズ
23.84KB
ページ数
1
閲覧数
4678
評価数
41/141
POINT
8720
Rate
12.32

分類タグ

 いままでのあらすじ。


 博麗アリス爆誕。








「アリスちゃん!? アリスちゃんどういうことなのこれ! 出てきなさい!

出てきてお母さんにちゃんと説明して! なんなのこの写真!?」

 魔法の森にあるアリスの家、通称人形館のドアを激しく叩いているのは幻想郷では見慣れぬ人物だった。

 魔界神、神綺である。

「ツッコミどころ満載なのよこの写真! もうどこから突っ込んでいいのかお母さんわからないの!

お願いだから出てきてアリスちゃんーっ!」

 はらりとポケットから落ちる写真。

 仲良くファイティングポーズを取る霊夢とアリスの下に丸っこい文字でこう書かれていた。


『わたしたちけっこんしました』


「なんで全部平仮名なの!? 血みたいなインクで滴る演出までした丸文字で何を伝えたいの!?

なにか悩んでるならお母さん相談に乗るから話し合いましょう!? あーりーすーちゃ――んっ!!」

 砕かんばかりにドアを叩けど格言通り響きはしない。

 このままでは鉄の拳が完成してしまう。ボディ2発でアリスちゃんをマットに沈めることも可能か。

 取り乱した神綺の思考は四次元的角度を以って暴走していた。

「いいパンチですね」

 突然の声に神綺は身構える。

「どうも。重量挙げ自己記録190kgでお馴染、命蓮寺の聖白蓮です」

「は、はぁ……」

 宗教の人かと神綺は警戒した。

 しかし普通宗教の人は重量挙げの自己記録を申告しない。

「どうなされました? お困りのようですが」

 柔和な笑み。それを見て即座に泣きついた。

「娘が! 娘が家に入れてくれないんです! 急に変な写真送ってきて心配なのに!」

 この神、警戒心が足りてない。

 泣きつかれた白蓮はよしよしとあやしながら記憶を遡る。

 ちょっと思い出すのに時間がかかるお年頃だった。

「ええと……確かこの家の方は引っ越されましたよ。ご結婚なされたとかで」

 神綺は卒倒した。

「ちょ、大丈夫ですか!?」

 慌てて抱き上げ揺するも反応なし。

「……あら? 息をしてない」

 脳波と心拍も停止していた。

「あ、え? もしかして私のせいですか? 私が殺したことになるんですか?

いけない! このままじゃうちの子たちが通り魔の子として後ろ指さされてしまう!

しっかりして! 息をしてくださいたくましい髪型の方! 起きて!

だ、誰かーっ!!」

 白蓮の叫びは誰にも届かず、ただ森の中に消えていく……


 きっかり一分後、神綺は自力で蘇生した。

 人工呼吸寸前で目を覚ましたため一悶着あったがそれはまた別の話である。















 かちゃかちゃと食器の奏でる音だけが響く。

 博麗神社社務所の居間。霊夢とアリスの食卓であるのだが会話は一切無かった。

 二人とも食事に専念している。

 といっても二人とも美味いと感じているわけではなく、何を話せばよいかわからぬ故の苦肉の策だった。

 当然料理の味など微塵もわからない。霞を喰っているのと同じだ。

 二人だけで結婚式を挙げ即座にアリスが引っ越してきて一週間。毎日がこんな感じだった。

 間がもたぬ。なにかしら会話せねばと霊夢は決心する。

「アリス」

ぱきんっ

「なに?」

 アリスの持っている茶碗に罅が入った。

「いや、ええと、その……ふ、服。似合ってるわよ」

 ばりん、と茶碗が握り潰された。

「あ、あああああああありがとう霊夢」

 発熱しているのがよくわかる程にアリスの顔は真っ赤に染まる。

 今着ている服は結婚式の翌日霊夢が里で買ってきた和服だ。

 ばりばりに西洋人である己には似合わないと思いつつも霊夢に悪いと無理をして着ていた。

 それを褒められるとは思っていなかったアリスの動揺が如何程か容易に窺い知れるところである。

 しかし動揺しているのは霊夢も同じだった。

 朝っぱらから何を浮ついたことを言ってるんだ他に話すことだってあっただろうと頭を抱えている。

 顔面が味噌汁に浸かっていることにも気付かず霊夢は唸り続けた。

「れ、霊夢」

「はひゅい!?」

 上げられた霊夢の顔は目がグルグルと回っており混乱しているのは一目瞭然だったがアリスは気付かない。

 服を褒められ舞い上がりこちらからも話しかけねばならぬといっぱいいっぱいなのだ。

 霊夢はちゃぶ台の端を握り締めてなんとか平静を保つ。そうでもせねば飛び上がりかねなかった。

「顔が味噌汁塗れよ」

 そっとアリスは台ふきんで霊夢の顔を拭う。

 ちゃぶ台の端が毟り取られた。

「どどどどどっどどどどどうも」

 頬に触れたアリスの指の冷たさ。

 初めて知るそれに鼓動は乱れ息が上がる。

 アリスは静かに台ふきんを絞る。ちゃぶ台の上で。

 ぼたぼたと味噌汁がちゃぶ台に落ちているが構わず絞る。


 ――なにしてんの? なにこっ恥ずかしいこと堂々とやってんの私!? うああああぁぁぁっ!!


 などと心中でもんどり打っていれば奇行にも走るというものだ。

 絞られ過ぎた台ふきんがぶちぶちと破れていくが止まらない。

 台ふきんの命運はここに尽きた。

 台ふきんが二分されたところで二人は食器が空になっていることに気付く。

 食事は終わり――また無言が不自然になる時間が始まる。

 アリスの行動は早かった。霊夢が声を掛ける前に食器を片づけ食後のお茶を用意する。

 お茶を啜っている内は無言でもおかしくないと考えたのだ。

「ありがとう」

「うん」

 気分を落ち着かせる緑茶の香り。

 しかしまだ味がわからない。

 なんでこんなことになっているのかと――霊夢とアリスは沈思に入った。

 アリスは考える。


 どうしてこうなったのか本気でわからない。

 名前まで変わってしまったというのにそれでいいのだろうか。

 アリス・マーガトロイド・ハクレイ。アリス・M・ハクレイ。

 ああミドルネームなだけにMってか。

 HAHAHAナイスジョーク。


「じゃあないわよっ!」

がしゃあんっ

 ちゃぶ台に亀裂が走った。

「ど、どうしたのよアリス」

「え、あ、ううん。な、なんでもないわ……」

「……そ、そう?」

 熟考を邪魔されたが霊夢は気を害する余裕もなく再び考え始める。


 元はと言えばやはり丑の刻参りか。

 これは呪いか? こんな呪い聞いたことないけど。

 縁結びの呪いとかあんのかしらねー……

 いやいやいや。女同士だって。おかしいって。なんで効果発揮すんのよ女同士で。

 老後とかどうすんのよ。いやでも子作りに励めばいいか?

 なーんだ夫婦として当然じゃん。


「生物の原則無視すんなやぁっ!」

ばごんっ

 ちゃぶ台が割れた。

「ひゃ!? ななななによ霊夢!?」

「あ、その、蚊がね?」

「……ふ、ふぅん?」

 まだ春である。

 二人は割れたちゃぶ台に目を落とす。

 哀れ三代目ちゃぶ台は就役五日目にして絶命した。

 彼の眠る場所は壁際ではなくなった。ゴミ捨て場となったのだ。

「……まだ寒いし、薪にしようか」

「そうね……後で切っとくわ」

 楽には死ねなかった。

 彼にはまだ等活地獄と焦熱地獄の責苦が待っているのだ。

 前世で何をすればこんなことになるのだろう。三代目ちゃぶ台は心で泣いた。

 だがちゃぶ台の嘆きなど少女たちは知ったことではない。

 そんなことよりまた中途半端に会話が途切れたことの方が気になってしょうがない。

 不自然な沈黙に相手が気分を害するのではないかと恐れ、どうしてそんなに気を遣うのかともんどり打つ。

 当然、それは結婚しているからだという答えに至り二人は頭を抱えた。

 もう気晴らしに破壊できるものが残ってない。

 これ以上悶々としていたら社務所そのものを破壊してしまう――

 霊夢が動く。

「そ、それじゃ仕事に行ってくるわ! がっぽり稼いでくりゅわよぉっ!」

「い、行ってらっしゃい! 気おつけてネっ!」

 噛み噛みだった。声が裏返っていた。

 それに気づいてはいたが過程などどうでもいい。

 この息苦しさから抜け出せるという結果が大事なのだと振り返らずに霊夢は走る。


 ごめんアリスちょっとだけ時間をちょうだい。頭を冷やしてくるから待っててね。

 靴を履く際つっかかりその勢いのまま玄関をぶち抜いたりもしたけれど私は元気です。


 轟音にアリスは玄関に向かう。

 引戸は破壊され血痕が点々と外に向かっていた。

 霊夢の姿は――ない。そのことに安堵の息を吐きアリスは掃除を始めた。

 一人の時間。今となっては唯一の安らぎの時間である筈なのに、アリスの心はざわざわと落ちつかない。

 掃除に専念せねば、無心に掃除せねばと意識しなければならないほどに。

 血は、落ちにくい。

 そういえばと――赤黒く染まった雑巾を絞りながらアリスは思索に耽る。


 仕事に行くって巫女の霊夢が外でどんな仕事があるのかしら。

 扉も修理せねば……いっそ洋風にしてしまおうか。引戸は色々と面倒だし。

 部屋を一つ人形工房にさせてもらえないかなぁ。仕事は続けたいし……

 ああもう血の跡なかなか消えないな……


 並列に五つくらいの案件を考える。

 魔法使い故の器用さではあったがそれ故にアリスは無防備だった。

「板についてますね若奥様」

 心臓がヤバい鼓動を刻んだ。

「どうも。素潜り自己記録16分でお馴染、命蓮寺の聖びゃくれ」

 ショックによる心肺停止。

「アリスさん!? しっかりしてアリスさーん! 私が殺したことになるんですかこれ!?

誰かー! 誰か助けてくださぁぁぁいっ!!」

 一分後アリスは蘇生した。自力で。

 人工呼吸は許していない。貞操は守ったのだ。

「びっくりしました」

「吃驚したのはこっちよ……」

 まだ乱れてる呼吸を整えながらアリスは白蓮を睨みつける。

 寺の住職が神社に何の用だというのだと警戒心を顕わにするのだが白蓮は動じない。

「心停止してましたからねぇ。今朝の方と同じリアクションで二度びっくり」

 さらりと世間話を始める――不信感はあったが、ここでごねても話が進まない。

 どうにも苦手なタイプだなと感じながらもアリスには世間話に応じることしかできなかった。

「は? なんの話?」

「今朝森で見かけぬ方と会いましてね。なんというか、たくましい髪型をされた方でした」

「たく、ってまさか……おか、神綺様?」

「今お母さんと言いそうになりましたね?」

「言ってない」

「なりましたね?」

「っしゃあ!!」

「ッシ!!」

 唸るフリッカージャブをショットアッパーが迎撃した。

「――っく」

 アリスは左手首を庇う――筋肉が軋み骨に響く打撃痕。

 技巧派魔法使いと肉体派魔法使いの差だった。

「キレのあるパンチだ――流石は親子、よく似ています」

「……!? おか、神綺様に何を……!」

「案内してあげましょうアリスさん。人を殴り倒して称賛される世界へ――」

「え、いや結構です。主婦ですから」

「えー」

 結婚していてよかった。アリスは初めてそう思った。

「そうそう。朝のお方は里までお送りしておきましたので」

「あ、ど、どうも……」

 忘れていたかったことを告げられアリスは渋い顔をする。

 来てしまったか、あの人が。

 何の報告も無しじゃあんまりだと思ったから写真だけは送ったのだが、早まったかもしれぬと顔を顰める。

 これからの騒動を思うと気が遠くなる――

「ところでアリスさんは正式な結婚式は挙げられてないそうですね?」

「はい? ええ、まぁ……」

 何の話かと首を捻る。略式にも程があるような結婚式だったのは確かなのだが。

 それでも白蓮が関わってくるような話ではないとアリスには思えた。

 そもそもアリスと白蓮は付き合いが殆ど無い。同じ魔法使いということで挨拶を済ませている程度だ。

 どうも白蓮の態度はアリスに用があって来たようなのだが……

「命蓮寺では冠婚葬祭に合わせた種々様々なプランを用意しておりまして」

「ちょっと待て」

「もちろん檀家の方の予算に合わせてご要望に沿った形で」

「待たんか」

 きょとんとした顔をする白蓮。

 再びフリッカージャブを打ち込みそうになるのをアリスは必死で抑えた。

 誰が檀家だ。

「あのね……今更結婚式をやりなおせと?」

「いえ、早苗さんに聞いた話によると外界では入籍だけ済ませて、余裕が出来てから結婚式。

という方も少なくないとか。ですからアリスさんたちもそういうのをお考えになってはいかがかしらー。と」

 何余計なこと吹き込んでんのよ脳天お花畑。

 ゴリアテ人形重装型で神社焼き払うわよ。

 アリスは森の館に置いてきた兵器じゃなくて人形たちを取りに戻ろうかと考える。

 本当にあのお花畑は余計なことばかり広めている。アリスは嘆いた。

「……というか、白蓮さん? あなたの寺ってそんなことしてたっけ?」

「最近始めたんです」

 さらりと言われて逆に突っ込めなかった。

「ええと……なに? そんなことしなきゃいけない程困窮してるの?」

 思わず失礼なことを口走ってしまった。アリスは己の口を抑える。

 みょうちきりんな女だが、だからといって何を言ってもいいというわけではないのだ。

 うかつな己を恥じる。アリスのプライドが許さない失態だった。

「はい。実は飢えた妖怪たちに食料を分け与えたりしていたのですが」

 ところが白蓮はあっさりと頷いた。

「分け過ぎて台所事情が火の車でして」

 滔々と語る。

「私は一月や二月の絶食も平気なんですが他の者たちはそうもいかなくて……

ですからこうしてお金の工面をと」

「そ、そう……お疲れさま……」

 本当に困窮していた。主に同居してる妖怪たちが。

 金勘定に聡い尼というのも嫌だが徹底的に疎いというのも嫌なものだなぁと勉強になった。

「あー……そういう事情なところ悪いんだけれど、うちもそんな裕福ってわけじゃないから……

それに、やり直す気なんてないわ」

「お気になさらず。……でも、本当によろしいのですか? 聞いた話ではお二人だけで済ませたとか。

ご友人たちを招いてやり直すのも悪くないと思いますけれど」

「……あまり、お祝い事って好きじゃないのよ」

「結婚式だ葬式だというのは、当事者以外がバカ騒ぎするためのものですよ。

己と縁を持ってくれたことへの感謝に、酒の肴になってあげるのです」

 流石は尼か、とアリスは僅かに感心した。そういう見方はしたことがなかった。

 それでも頷くつもりにはならない。だって。

「私たちでは、美味い肴にはならないでしょうから」

「――幸せな結婚ではなかったようですね?」

 俄かに白蓮の表情が硬くなる。

 怒られている。アリスにはそう感じられた。

「ならとっとと三行半叩きつけて別れればよろしい。だらだらと決断を先延ばしする方が間違ってます。

偽りの関係などいくら続けても空しさを積み上げるばかり。一度まっさらに戻さねば先に進めませんよ」

 一息に告げられ、アリスはその内容を理解するのに数瞬を要した。

 言葉にされてしまえば――頷くしかないことだった。

 告げられた言葉は、アリス自身が思い悩んでいたことなのだから。

「……含蓄あるお言葉ね。結婚していたことあるの?」

 ふぅと息を吐き観念する。

 白蓮の言葉は正論で、アリスが求めていた答えだ。

 少女は、それを否定してしまえる程恥知らずではなかった。

 アリスの観念を見届け問いに答える気になったのか、す、と白蓮は目を閉じ――

「いいえさっぱり。修行修行で恋したこともございません」

「なんじゃあそりゃあ!!」

 ちゃぶ台をぶん投げたかった。

 しかし四代目はまだ就役していない。

 やり場のない拳をアリスは震わせるしかなかった。

「あ、でも娘のように思っている子たちなら居ますよ? ええと、早苗さんに聞いた……

そうそう。いわゆるひとつのシングルマザーです」

「今のに関係ないでしょ!? 今は結婚の話でしょ!? いやちょっと待ってなんで写真取り出してるの。

別にあなたの家族自慢とかいいから。いいってば! 熱っぽく語り出さないでよお願いだから!」

 なんとか止めると白蓮は口を尖らせる。

 大人なのか子供なのか、アリスは頭を抱えることしかできなかった。

「まぁ、うちの寺で結婚式云々は置いておいて――もう一度考え直すことをお勧めしますよ」

「……いいの? 火の車なんでしょう?」

「思い悩む方からお金を取るなんてあこぎなことは出来ません。

一応パンフレットは置いていきますけど……今のままなら、うちに来ないことを祈りますよ」

 それでは、と白蓮は去っていく。

 目的は結婚式を挙げさせてお金を得ることだろうに、真逆のことを告げて去った。

 アリスは小さくなっていくその背を見送る。


 ――――きっと、稼げないんだろうなあの人。


 アリスはそっと――命蓮寺の妖怪たちの為に十字を切った。

 宗派が違うからきっと祈っても成仏は出来ないだろうけれど。













「…………仕事って何処に何しに行きゃいいのよ私」

 霊夢は諸手で顔を覆っていた。

 行く当てもないので原っぱに体育座りをしている。

 何故だろう。際限なく空しさが募る。

 小川のせせらぎがどこか遠くのことのように聞こえた。

 もう帰った方がよいだろうとも思うのだが腰が重くて動けなかった。


 ――ああ。空、青いんだろうな……見上げる気力もないや……


 霊夢の気分はどん底だった。仮に誰かが話しかけてきたら血祭に上げてくれんと思う程に。

 ふと傍に気配を感じる。最初の生贄か。さぁ話しかけてこい。

 手に覆われた顔はどんどん凶悪に歪んでいく。現実逃避もここまでくれば犯罪に等しい。

 しかし霊夢の期待をよそにその気配は去りもしなければ寄ってくることもなかった。

 これでは殴りかかる口実が出来ない。霊夢は臍を噛む気持ちだった。

 なにか負けたような気になったが、気配の方を見る。

 顔の半分程が包帯に隠されている文が居た。腕も三角巾で吊られている。

 見なかったことにして霊夢はもう一度諸手で顔を覆う。

 しかし文が去る気配はない。ずっとそこに居る。

 なんだろうこの状況。こわい。おうち帰りたい。

 話しかけるまで動かない気なんだろうかと霊夢は慄く。

 このままではうちまで憑いてきてしまうかもしれない。

 気は進まないが話しかけるしかないようだ――霊夢は顔だけ文に向けた。

「……なんか用?」

 声を掛けるとぎしりと文の首が霊夢の方に向いた。

 こわい。

「どうも、文々。新聞社特派員、射命丸です」

 新聞社って社員おまえ一人じゃないか。

 とは流石の霊夢でも言えなかった。本当に傷つけてしまうようなことを言える程鬼ではない。

「いや知ってるけど……何?」

「射命丸です」

 こわい。はっきりこわい。

 正気なのかこの妖怪。呂律は回っているようだがパンチドランカーみたいな言動しおって。

 知らず霊夢は腰を浮かせていた。いつでも逃げれるように備えている。

 次の瞬間飛びかかられてもおかしくない気配を発している気がするのだ。

「……どうしたのその顔……」

 なるべく刺激しないように話を続ける霊夢。

 完全に腰が引けていた。

「いえ別に。チョッピングライトから膝蹴りのコンビネーションを喰らっただけです」

「なんで生きてんのあんた」

「借金踏み倒そうとしたのがばれましてね」

 話を聞いていなかった。

 文はどこか遠くを見る。ダメージでどこかが壊れたのかもしれない。

「『今月は欲しいおもちゃがあるんでさっさと金返せクソカラス』と詰め寄られましてね。

5ラウンド2分44秒でタオルが投げ込まれるまでサンドバッグでした」

「うんまああんたが有罪じゃないかなそれは。金は返せ」

「私とおもちゃのどっちが大事なのか」

「金じゃないかなぁ」

「ふ、霊夢さんにはわかりませんよ……1/144DX非想天則に負けた私の気持ちなんて」

「男児向け玩具に負ける気持ちなんて理解したくないわよ」

「これでも――椛のこと、理解しているつもりだったんですがね――」

「借金どこまで返さずに済むかのチキンレースは理解とは言わない」

 ぎしりと文の首が音を立てた。パンチの貰い過ぎでムチウチなのだ。

 間違いなくこいつはパンチドランカーだと霊夢は警戒を深める。行動が全く読めない。

「同情してください」

「無茶言うな」

 すごい無茶振りだった。

「慰めてください」

「……いやらしい言い方するな」

 じりじりと下がる霊夢。もう座ったふりもしていない。

 文は等間隔にじりじりと詰め寄っていた。

「思春期なんです」

「何百年続いてんのよ……!」

 会話が成立していない。

 打ち倒すも已む無しと霊夢は左拳を突き出したオーソドックススタイルで構える。


 こわいよう。おうち帰りたいよう。なんでこんなことになってんのよ。

 これじゃまだうちの無言の重圧の方がマシじゃない。うう……

 アリスに会いたいよう……


 泣きたい気分だった。実際目には涙が浮かんでいた。

 しかし――はたと気付く。

「霊夢さぁぁぁぁぁんっ!!」

 カウンター一閃。

 テンプルからぐしゃりと卵を潰すような音を立てて文は倒れ伏した。

「……アリス……」

 追い詰められて、己は誰に縋った? どうして真っ先に、アリスの顔が。

 ゆっくりと考え――霊夢は答えを出した。

 ぴくりとも動かない文を小川に蹴り落とし歩き出す。


 答えは出した。あとは、行動を起こすのみ――


 脱力と疲労に緩んでいた顔は引き締まっている。

 アリスの元へ向かわねば――霊夢の血塗れの拳が、握り締められた。



















 再会は夕暮れ。

 いつぞやの焼き直しのように……神社の境内で二人は向かい合っていた。

 霊夢が神社に戻ると、アリスは待っていたかのように社務所から出てきた。

 その服は今朝の着物ではない――見慣れた魔法使いとしての洋服。

 ある種の決意を感じさせる佇まいに霊夢は身構える。

 ――きっと、彼女もなんらかの答えを出したのだ。

 されど切り出すのは先に告白した己の責務だろうと霊夢は口を開いた。

「ねぇアリス」

 アリスは動じない。予測できていたと言わんばかりに涼しげな表情を崩さない。

「私たち、このままでいいのかしら」

 最後まで告げても――アリスは動じなかった。

 知っていた。

 この結末は必然だった。

 いずれ……破綻する日常だったのだと、アリスは理解していた。

 そっと、アリスはポケットに詰められていたものを取り出す。

「――霊夢。これ、憶えてる?」

「その藁人形……」

 忘れられよう筈もない。

 この藁人形から全てが始まったのだ。この小さな人形一つから、全ての歯車が狂ったのだ。

 霊夢が二の句を告げぬ内に、アリスは藁人形をぶちりと千切る。

「一度――ゼロに戻しましょう」

「――……そうね」

 ああ、彼女も同じ答えに辿り着いていた。

 当然だ。彼女は昔から聡明な魔法使いだったのだから――

 ところであれ私の藁人形よね。気のせいか胴が痛いんだけど呪われてないわよね。

 腹を輪切りにされたような痛みを無視しながら霊夢は一歩を踏み出す。

 アリスもそれに続いた。

 少女たちは同じことを考えていた。

 もう一度、初めから――――


「拳で来いっ!!」

「参るっ!!」


 空を裂く霊夢のジャブをダッキングして躱しアリスは霊夢の懐に飛び込む。

 オープニングヒットは私だと左拳を振り被り――

 がしゅ、と、霊夢のカウンターに顎を貫かれた。


 一撃で、一撃で脳と体を切り離された――

 これ、が……霊夢の、カウンター……!

 あ――左が、来る。あれをもらえば、終わる。

 いつものように本気を出さずに、やれやれと肩を竦めて負けを認めれば……

 ……終わる? まだ、なにもしてないのに? まだ何も伝えられてないのに?

 ふざ、けるな。

 動け。一歩でいい。前に進め。霊夢が飛び込んでくる。一歩近づければ私の拳が先に当たる。

 動け。動け、動け私の足――っ!!


 霊夢は勝利を確信していた。

 左フックに合わせたライトクロスは確実にアリスの顎を貫き、脳を揺らした。

 10カウント以内に立ち上がれるものではない。

 それでも興醒めとは思わなかった。単に、これが覚悟の差なのだと噛み締めていただけ。

 さよならも言えなかったわね、と感慨深げに左ストレートを放ち、その瞬間。

 霊夢は空を見ていた。


 なに――? 顎が跳ね上がって、アッパーを、もらった?

 捨て身で――来た? 〝あの〟アリスが――――本気になった。

 本気で、私を倒しに来た。

 私に……本気を、出した?

 私の知ってるアリスじゃない。誤魔化さないで突っ込んできた。

 捨て身で、掛け値なしの本気で私を。

 本気を、私に向けた。

 私、に。

 ――私にっ!!


 離れた距離は一歩分。手を伸ばせば届く距離で二人は対峙する。

 共に受けたパンチは一発ずつ。しかし二人とも膝が笑っており動けない。

 どちらも一撃必倒の――本気の拳だった。

 それが、少女たちには嬉しくて堪らなかった。

 言葉では到底言い表せない想いの籠った拳の応酬。

 舞い上がる隙さえ与えない緊張感の中で確実に伝わってくる相手の心。

 勘違いしようがない程に――相手の気持ちが、わかる。

「あ……りす……」

「……れい、む……」

 がくがくと震える膝を無視して少女たちは半歩近寄る。

 あと少し、あと少しでまた殴り合える間合いに入る。

 また、アリスの、霊夢の気持ちを理解出来る――びたりと、足の震えは止まった。

 これから始まるのは拳の応酬。きっと、もう言葉を交わす機会はないだろう。

 だから今、言葉を此処に置いていく。


「死んで頂戴、愛しい人」

「殺してあげる、私のアリス」


 また、好きだと言えるようになる為に――少女たちは迷わず拳を振りかぶった。


「アリィィィィィィスッ!!!」

「霊夢ぅぅぅぅぅぅっ!!!」



 どう見ても心の病です。本当にありが

























「ほらほら、もうすぐ結界の管理人さんが来てくれるからね」

「うぇ、ぐす。ちがうのちがうの……」

「もうすぐおうち帰れるから」

「ちがうのぉ……」

 慧音は淡い灰色の髪の少女をあやす。

 里に連れてこられて以降ずっと泣いているのだ。

 見かけぬ顔だから結界の外から迷い込んだ迷子なのだろうと慧音は紫に連絡を取った。

 たまたま里に買い物に来ていた藍に伝言を頼んだだけなのだが。

「大丈夫。ここには怖い妖怪はいないよ」

 慧音は安心させるようにそっと少女の頭を撫でる。

 先程から何度もそうやっており――その度に少女のプライドはずたずたに切り裂かれた。

 当然である。少女の正体は魔界神、神綺なのだから。

 ショックで身動きとれなくなった後、白蓮に連れられ人間の里で保護されていたのである。

「ほら飴をあげよう」

 美味しかった。

 プライドの残量が一ケタを切っていた。

「うっくひっく」

 泣いている少女に見えないように慧音は衝立の位置を動かした。

 神綺と同じように運び込まれた妖怪が寝ているのだ。

 寝ているだけなら問題はないがどざえもんもかくやの様相を呈していれば隠したくもなる。

「すいません。釣り人に釣られた天狗を回収しに来ました」

「御苦労さまです椛殿」

 ほっと一息つく慧音。正直迷子の相手をするのに精一杯だったのだ。

 大八車に乗せられて文は去っていった。

「……なんであんなことになってるのかなあの記者は」

 パンチドランカーだからです。

「うぇ、ひっぐ」

「おっと、飴食べるかい?」

 美味しかった。

 こうして慧音が気をまわしてくれるおかげで神綺は伝えたいことを伝えられない。


 ――違うんです私子供じゃないんです。これでも母親なんです。子供を探してるだけなんです……


 しかしアリスのことを思い出すとどうしてもしゃくりあげてしまい、上手く言葉に出来なかった。

 慧音のフォローも悉くが裏目に出てしまっていたのである。

「ハクタクの。来たわよ」

「おお賢者殿。ご足労かけまして」

「迷子の類は霊夢に任せてあるって言ってるでしょうが」

「あちらも忙しいようですから……」

「だから私はその忙しい新婚家庭にちょっかい出そうと忙しいのよ」

「自嘲してください」

「誤字よね。流石に誤字よねそれは」

「そんな捻くれた己を自嘲してください」

「ひどい」



「うぅ……ありすちゃあん……」

 神綺の涙はまだ止まらない。
雨降って地固まる

五十一度目まして猫井です

夢の続きを見たんだから書かないわけにはいきませんよね

見たのは神綺様の部分だけですけど

ここまでお読みくださりありがとうございました
猫井はかま
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.4720簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
まさかの殴り愛
面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
このひとたちなにしてんのおぉぉぉぉぉぉぉ!?
6.100名前が無い程度の能力削除
もう…
どこから突っ込んだらいいのか…
7.100名前が無い程度の能力削除
どうしてまたこうなった…
ゼロからって殴り合いからかよ!w
9.100名前が無い程度の能力削除
熱いレイアリもいいものです
11.90アイス削除
殴り合い宇宙思い出した
カラー的に霊夢がサザビーだな
16.100名前が無い程度の能力削除
夜は布団の中でファイトするわけですね、わかりま(ry
22.100ぺ・四潤削除
言いたいことは色々あるのに何を言ったらいいのかわからねえww
とりあえず重量挙げ自己記録190kgはお馴染じゃねえwww
25.100名前が無い程度の能力削除
> しかし普通宗教の人は重量挙げの自己記録を申告しない。
あたりまえだちくしょうwwwww
27.90名前が無い程度の能力削除
そしてあんたはどうしてそのような夢が見れる。羨ましすぎるぞ
28.100高機動型ユボン3号削除
殴り愛っていうか、殺し愛?www
この二人、いささか情熱的に過ぎるんじゃないでしょうか?www
皆いいキャラしてますねホントwww
31.100名前が無い程度の能力削除
>博麗アリス爆誕。

もうここで駄目だったwww面白すぎるwww
32.100名前が無い程度の能力削除
本当に続きが来るとは!!
貴方は夢の続きを早急に見るべきだ
35.100名前が無い程度の能力削除
もうやだコイツらwwwww

さぁ今夜にでも夢の続きを!
37.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれwなんだれこれw
41.100名前が無い程度の能力削除
何かおかしいww
突っ込む所が多すぎるぜwwww

とりあえず作者は寝て続きを見るんだ!!!
46.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい殴り愛!!全ての想いを拳に乗せて顎とハートを撃ち貫く!!
続き読みてー!
47.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷の皆さんは乙女(グラップラー)ばかりですね
49.100名前が無い程度の能力削除
どうしよう…突っ込みどころが多すぎて
何を言ったらいいのかわからない、だから

GJ
52.100名前が無い程度の能力削除
この尼は身内は守備範囲外なのかよwww
58.70名前が無い程度の能力削除
なんだこれ
60.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれ


なんだこれwwwwwwwwwwwww
64.100奇声を発する程度の能力削除
さーて、どっから突っ込もうかwwwwww

もっと、広がれ霊アリの輪!!!!!
68.100名前が無い程度の能力削除
ちゃぶ台とふきんが悲しすぎる。
というか、アリスも肉体派じゃねぇか。
照れ隠しが恐いけど初心なレイアリGJです。
69.90夕凪削除
初っ端から吹いたw
文が大丈夫なのか、ちょっと心配です。
73.無評価名前が無い程度の能力削除
幻想郷はグレイフォックスみたいな奴ばっかなのかw
ってかナチュラルに台拭きで顔拭くなw
76.100名前が無い程度の能力削除
ちゃ、ちゃぶ台いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!
77.90名前が無い程度の能力削除
もっと拡がれ、レイアリのリングw
78.100名前が無い程度の能力削除
前作より悪化してんじゃねーかwww
80.100名前が無い程度の能力削除
ちゃぶ台がなにをしたぁぁぁぁ
81.100名前が無い程度の能力削除
俺は逃げ出せって言ったんだ、あんな所で鎮座するなんざ、死にに行くようなもんだって
そしたらあいつは「料理や湯のみそんな物が置かれて団欒する風景を作るのが夢なんだって」そう言ってあの神社の畳の上に立ってたんだ…っ!
俺はお前を忘れない…っ!!!!
(三代目)ちゃぶ台ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!

あと、常識は捨て去る事が大事って山の風祝がいってた

何はともあれ、もっと広がれレイアリの輪ww
85.100名前が無い程度の能力削除
>博麗アリス爆誕
どういうことなの・・・って思いながら読んでいき、霊夢とアリスの朝御飯風景で2828して、
まさかの殴り合いに ΣΣ(゚д゚lll)ってなりました。

しかし聖さんあなたいつの間に重量挙げなんてやってたんですかwww
87.無評価ぺ・四潤削除
>81
ちゃぶ台に対して涙する日が来るとは思わなかった。
布巾とちゃぶ台の感動ストーリーを読みたくなったww
92.100名前が無い程度の能力削除
こんなに熱いレイアリは初めてだ
普段本気を出さない二人だからこそ、本気の殴り愛のシーンは感慨深いなぁ
93.100名前が無い程度の能力削除
まてまてこれの続きは!?w
殴り愛熱いな。
94.100ずわいがに削除
あらすじからかっ飛ばしてる……
バカだ――――――――ッ!!バカがいるぞ!?
……でも、こんなバカが、わしは好きや
103.100名前が無い程度の能力削除
霊夢もアリスも漢女(おとめ)だ
112.100名前が無い程度の能力削除
あれ、いつはじめの一歩読みだしたんだろ?

という、はい、うん、え~と

血沸き肉踊り、腹筋がわれました。

ていうかツッコめねーー!!
119.90名前が無い程度の能力削除
あらすじで既に吹いた
結局神綺さまアリスに会えてないww
122.100euclid削除
ああもう畜生イイハナシダナー!!!!
123.90名前が無い程度の能力削除
出オチで吹いて終始血の臭いがするラブコメに頭を抱えるしかなかった。
俺の中のレイアリのスタンダードはもうこの作品でいいよ!
131.100名前が無い程度の能力削除
さて、どこから突っ込もうか…。
142.100うそっこ大好き削除
面白かった