Coolier - 新生・東方創想話

二人旅。

2010/03/13 02:39:24
最終更新
サイズ
26.69KB
ページ数
1
閲覧数
987
評価数
9/67
POINT
3550
Rate
10.51

分類タグ


―――ザッ、ザッ、ザッ…………。

「…………」
「…………」

―――ザッ、ザッ、ザッ…………。

「…………」
「…………」

―――ザッ、ザッ、ザッ…………。

「…………」
「…………」

―――ザッ、ザッ、ザッ…………ゴツン。

「………痛い」
「………下ばかり向いてるからよ」

赤髪の女性が呆れた視線を声がした方へと向けると、銀髪の少女が自らの額を押さえて地面に座り込んでいた。その前には大きな木があり、考え事をしていたのか赤髪の彼女の言った通り下を向いていたのかは分からないが、どうやら強くぶつけてしまったらしい。
赤髪の女性は無表情のまま銀髪の少女の隣に座り込み、その額を押さえている手をどけて確認してみると、小さな額に大きな腫れが出来ていた。
銀髪の少女はその眼から溢れないように必死に涙をこらえていたが、みっともない姿を見せている自分の痴態に気付くと緊張の糸が切れたのか、つい涙を零してしまった。赤髪の女性は少し驚いた顔をしたが、涙で前の良く見えない銀髪の少女は彼女の表情の変化を知ることは出来なかった。
赤髪の女性は慌てている自分に気づいて苦笑した後、「見せなさい」と言いながら銀髪の少女の額へと手をかざした。銀髪の少女は慌てて隠してあった『それ』を反射的に取り出そうとしたが、赤髪の女性に空いた片手でそれを静止させられた。

―――殺される……っ!

直感的に銀髪の少女はそう思い、恐怖から眼を閉じた。本来ならいきなり殺されると思う人間は少ないだろうが、今自分の目の前にいるのは人間ではない生き物である。それに、数日前自分が殺そうとした生き物の部下なのである。周りには誰もいないし、殺すなんて容易いだろう―――。
しかし、いつまで経っても衝撃は何もやってこない。それどころか、先程まで痛んでいた額の痛みがゆっくりと消えていることに気づいた。
銀髪の少女が眼を開けると、目の前には小さな光があった。その明るさにもう一度眼を閉じたが、もう一度開けると光は消えていた。

「……痛みが、無い」
「ほら、行くわよ」
「あ、う、うん…………ありがとう」

赤髪の女性はそう言うと、先程と同じように歩き始めた。銀髪の少女は何が起こったのかも分からなかったが、最後に小さい声でありがとうと呟いた。
その声が彼女に聞こえたかどうかは分からない。しかし、後ろを歩く銀髪の少女には分からないが、赤髪の女性は―――嬉しそうに、小さく微笑んでいた。



―◆―



―――話は数日前の夜中までさかのぼる。

赤髪の女性……紅美鈴は、ある部屋の前へとやって来ていた。普段なら主の護衛として常に付いている美鈴ではあるが、今日は主の命令のため数日前から滞在している人間の銀髪の少女を迎えに来ている。

―――コン、コン………。

来訪者の少ない館ではあるが、普段ならこのような役回りは美鈴には与えられない。その理由の一つとして、彼女の人格が挙げられる。
主には絶対の忠誠を誓っている彼女ではあるが、考え方は非常に冷酷である。主の妹が気にいらないものをすぐに破壊するなら、彼女は主にとってのゴミは容赦なく破壊する。館内で怠慢な妖精メイドがいれば主のためを思い痛めつける。主へと襲撃をかけようとやってきた妖怪がやってくれば排除する。
なので、館の主……レミリア・スカーレットが側に常にいるよう言い伝えてある。レミリアの一言で剣となり盾となる彼女は、悪く言えばレミリアという使い手のいない限りはただの剣にしかならないのだ。
しかし彼女はレミリアの命令を受け、今はその横から離れている。『数日前やってきた人間を連れてこい』と命令されたためだ。

―――ガチャ………。

ノックをしても応答が無かったため、美鈴はドアノブを掴むとゆっくりと回した。そしてドアを開いていくと、明かりのない真っ暗な光景が目の前に広がっていた。

「…………」

暗さもあって普通なら何も無いようにしか見えない部屋の中。しかし、美鈴にはそこに何かが存在しているのかが分かった。それと同時に、主の護衛である自分が何故ここへと呼ばれたのかも理解した。
それに気づいた瞬間、身体が自然に動いていた。開いたドアを突き飛ばした反動で横に飛ぶと、今まで彼女が立っていた場所を一本のナイフが通り過ぎたのである。しかし―――。

「なっ……!?」

彼女には珍しく、焦りを感じる声が出た。何故なら、真っ直ぐに飛ぶはずのナイフが今まで自分が立っていた場所を起点に曲がって、更に自分へと向かって来たからである。
不可解な現象に思考に入りかけた美鈴だったが、ナイフの後ろに銀色の髪の毛が見えた瞬間、今自分が迎えに来た少女の攻撃だと理解することが出来た。なので、今の状況を理解する事よりも相手を迎撃する方法を考えることにした。
そしてナイフを避けようとしたが、先程のようにいきなり曲がっては対応ができないと感じた美鈴は、目の前にあるナイフを硬気功によって殴り、粉砕した。

「…………!」

その瞬間、後ろから息を飲む気配が伝わってきた。それが敵だと感じた美鈴はそのまま肘を突き出した状態で気配のある方へと突進すると―――そこにいたのは彼女の主、レミリア・スカーレットであった。もちろん、自分の思い切った一撃が急に止められるはずもなく………

―――ゴスッ。

「あ」
「げぶほぉっ!?」

そのまま美鈴の本気の一撃を食らったレミリアは、廊下の突き当たりまで吹き飛ばされた。美鈴はいきなり殴りつけてしまった自分を殴りつけたい衝動にかられたが、今まで主がいた場所よりも少し横にずれた場所に銀髪の少女が立っていたため、まずは敵を排除しようと手を突き出した―――が、その瞬間自分よりも細い手に押さえ込まれた。

「いきなり殴るなんて酷いじゃない。来るのが遅いから何かあったのだろうとは思ったけど」
「お、お嬢様………」
「ほら二人とも、こちらへ来なさい。そのために呼び出したんだから」

先程までの悲鳴が無かったかのような振る舞いをする主に、大きな怪我が無いと理解した美鈴は少し安堵した。
そして、先頭を歩くレミリアの後を少し遅れて美鈴が、更に遅れて銀髪の少女―――咲夜がついて行く。美鈴は咲夜がいつ攻撃を仕掛けてきても良いように注意をしていたが、ついに彼女が攻撃してくることは無かった。





「………さて」

妖精メイドが紅茶の準備を終えて出て行くと、それに口をつけたレミリアが口を開いた。
普段なら後ろに控えている美鈴ではあるが、今はレミリアに言われて席に付いている。そしてその横に咲夜が座る形となっている。

「とりあえず、まずは何か聞きたいことでもあるかしら?」
「お嬢様。この人間は?」
「ただの人間よ」
「ただの人間が、何故この館……紅魔館に?」
「彼女が数日前私の寝首を狩りに来た。本当なら殺してしまっても良かったのだけれど……良い力を持ってたから生かしてるのよ」
「寝首を狩りに来た? 私が気づかないはずがありません」
「貴方、私の能力を知っているでしょう?」
「…………」
「そこの……名前は私が決めたんだけど、十六夜咲夜ね。咲夜がこの館に来ることは運命が告げてくれた。それを私が何の障害も無く出会えるように運命を導いた。それだけの話よ」
「…………」
「不服そうね?」
「当たり前です」

普段にも主であるレミリアの気分的な行動には多少不満な気持ちもある美鈴だが、それでも主は主である。
もちろんレミリアが危険な目にあうとなると、自らの身体を犠牲にしてでも守りぬく意志は備えてある。今回の件でいうと、自分に黙って勝手に運命を弄ったことではなく、自らの娯楽のためにレミリア自身に危険が及ぶように運命を弄った事が美鈴には不満だったのである。
しかし、それはレミリアには言わない。レミリアの行動を否定することは、忠誠心の低さにあると美鈴は考えているからである。しかし、レミリア・スカーレットは自分の主であるため、彼女がそう簡単に危険な目にあうとは考えたくないのも事実ではあるが。

「さて、咲夜。貴方からは何かあるかしら?」
「…………」
「そう」

咲夜はレミリアの言葉に返事をするわけでもなく、ただ目の前に出された紅茶へと視線を向けている。美鈴はその表情を注意深く伺ってみると、紅茶に対して警戒心を持っているのだと理解することが出来た。
どうやら彼女は自らの紅茶に毒が混じっているのだと思っているらしかった。見て分かるような物かは分からないが、注意深くそれを観察しているようである。

「毒なんか混じってないわよ?」

レミリアはそんな彼女を見るとそう言ったが、その眼は何故か笑っていた。もしかすると毒が混じっているかではなく、別のことに悩んでいると感じたのかも知れない。美鈴自身は、そんな彼女の考えている事など普段から良く分からないのではあるが。

「………血」

そう美鈴が考えていると、咲夜の口が―――本当に小さな声で―――何かを呟いた用な気がした。

「………え?」
「だから、血。この紅茶には血が入っているの?」

思わず間抜けな声が出てしまった美鈴ではあるが、咲夜は真剣な表情でレミリアに問いかけている。レミリアは最初からそのことに咲夜が不安を覚えていると分かっていたようで「血は私のだけよ」と軽く言った。そして、更に咲夜が考えていることが分かる用な口ぶりで「それを飲んだって吸血鬼になったりはしないわよ」と付け足した。
その言葉に少し驚いた美鈴ではあるが、咲夜を見てみると少しだけ安心したような表情をしていた。レミリアの言ったことが咲夜の知りたかったことなのだと、彼女は理解することが出来た。それでも咲夜は紅茶に口をつけなかったが。

「あ、そうそう。美鈴」
「はい?」
「さっき咲夜と手合わせしたみたいだけど、どうだった?」
「………すみませんでした」
「私を吹き飛ばした事はどうでも良いのよ。とりあえず、彼女の能力見たんじゃない?」
「…………」

レミリアに言われて思い返してみると、確かに気になる点があった。先程の手合わせて見た「ナイフが急に曲がる」といった現象である。
あの時はトリックよりも迎撃することを考えていたために深くは考えていなかったのだが、改めて「能力」と言われると納得出来ることがあった。

「そういえばナイフが急に曲がりました。物質に何らかの影響を与える能力ですか?」
「そんな面白みの無い能力じゃないわよ。そうだ……咲夜。もう能力は使えるかしら?」
「………少しなら」
「それじゃ、説明しやすいことをお願い」

そうレミリアが言うと、美鈴は何が行われるのかを見極めるために眼を凝らそうとして―――眼を疑った。

「………ティーセットが」
「さて問題。ナイフが急に曲がったり、カップが他人のものといきなり入れ替わったり、咲夜が瞬時にして貴方の背後にいるこの状況。どうやって説明するかしら?」
「………思いつきません」
「思考力はもっと養わないとダメよ」
「じゃあ、頭の壊れた妖怪のような発言をしても良いですか?」
「少し茶目っ気が出てきたわね貴方。どうぞ」
「………運命を操れる?」
「それは私の能力。ちなみに私でもいきなり物理学を無視した力を生み出すことは出来ないわ」
「………なら、時間を操れるとしか」
「正解」

美鈴は今度は耳を疑った。しかし、それでも今も前も見た光景を考えると、それ以外に思いつかないことが分かった。
彼女は時間を操れる。もしかすると、自分以外の時間を止めて静止した物体を自らが移動させたのかも知れない。そう考えれば、彼女と、彼女が動かせる範囲のものだけが別の場所にあることと合点が行く。

「まぁ、制限はもちろんあるけれども。使用頻度とかいろいろね」
「………人間じゃ無いみたいですね」
「今はまだ数秒だけ時を止められる程度。おまけに一回使うとしばらくは使えないって感じかしら」
「将来は?」
「もしかすると、本当に寝首を狩られちゃうかもね」
「そうですか」

とりあえず、レミリアの言いたいことは概ね美鈴には理解出来たようで、もうすっかり冷め切った紅茶を口に含んだ。どうやらレミリアは、咲夜を紅魔館のメンバーの一員として迎えるための教育係を自分に押し付けようとしているようだ。

「というわけで、少し日を置いたらふたりだけでしばらく旅行してきて頂戴」
「ブッ!? ………ゲホッ、ゲホッ!」
「さっき殴ってくれた仕返しよ。普段無愛想だから余計に楽しいわね」
「そ、そん、ゲホッ………ま、まあ。二人で仲良く旅行でもしてこいって事ですね」
「ええ、貴方がいなくても大丈夫よ。しばらくは誰も来ないみたいだし………楽しんできなさい、二人とも」


―――そういうわけで………。

旅行と言う名の美鈴と咲夜の二人旅が、その数日後から始まったのである。



―◆―



――紅魔館を出てからさらに数日後。
最初の頃は警戒心剥き出しで寝る時間も取らないほどにお互いを探り合っていた二人ではあったが、妖怪である美鈴とは違い、人間である咲夜は数日間の疲労のせいか倒れ込んでしまった。時間を操れる化物とは思っていても所詮は人間だということを実感した時だった。見た目だけなら人間と間違えられる美鈴は、その容姿をいかして人間の医者に咲夜を見せようと思ったのだが………突然起きた咲夜が「人間だけは嫌だ」と言い始めたため、医者に治療法を簡単に教わり少し離れた洞窟で咲夜の看病を行った。ちなみに、咲夜が美鈴に初めて言葉を発したのがこの一言である。
看病を続けて分かったが、どうやら衰弱した咲夜は能力が使えないようで、常に美鈴の動きを観察し警戒していた。美鈴が近づくと少し臆病な表情をしながらも精一杯睨んできたり、限界が訪れると恐怖した表情を浮かべながらも荒れた呼吸を繰り返しながら眠りに付いた。
その表情を見てると、何だかただの人間の子どもが目の前に寝てるようで不思議な感覚になっていた。妖怪である自分は人間社会に馴染もうにも、長期滞在など全く成長しない身体では出来るはずが無い。もちろん周りの妖怪は人間は食料と考えているし、少なくとも人間を食料とは思えない美鈴はどちらにも馴染めずにいた。だからこそ、今のレミリアの様な独立した地位にいる吸血鬼に仕える事で、安定した暮らしを手にいれることが出来たのである。
だからこそ、実を言うと先程の「人間だけは嫌だ」といった咲夜の言葉が引っかかっていた。もしかしたら彼女は自分と同じなのではないか―――同じ種族を嫌い妖怪である自分やレミリアを襲った咲夜が、自分のようにどちらにも馴染めない生き物ではないのだろうか―――そう思ってしまうのである。
同族嫌悪というわけではない。もしかするとだが………似たもの同士、もしかすると将来仲良く慣れるのかも知れないと、初めての友人になってくれるのではないだろうかと、希望を持ってしまっている自分がいることに気づいた。

「……すー……すー………」

そう考えると、今の彼女の寝顔が何だか可愛く思えてくるから不思議である。まさか彼女の寝顔がそう見えるなんて………最初出会った頃が夢だったのではないだろうかと思ってしまう。
そんなことを考えながら看病をしているうちに、咲夜はゆっくりと体力を戻していった。元より疲れがたまって体調を崩したため、疲労がとれてくると顔色も大分良くなってきたように思える。途中から少しは信頼してくれるようになったのか、咲夜自身美鈴に対しての警戒心を少しといてくれたかもしれない。あくまで少しだが。
さらに数日後、美鈴は咲夜がもう普通に動ける程度まで体力が回復した頃、彼女が寝ている時に美鈴は咲夜に自分にしているように気の力で疲労が取れないかどうかを試してみた。すると………失敗しては困るのだが、意外と良い効果が現れた。人間に対して試してみるのは初めてだったのである程度体力が回復した頃を見計らったのだが、今度また疲労で倒れたら気の力を使えるという事実に、美鈴は少し安堵することが出来た。
その後咲夜が起きると、何故だか普段よりも自分の体調が良いことに気づいたのか、美鈴に「看病してくれてありがとう」と、出会ってから二度目の言葉をかけた。美鈴は「別に」と言いながら咲夜の元を離れて、嬉しさに微笑む頬を隠すことに必死になっていた。もしかすると、笑顔を作るなんて憶えていないほど昔の話だったかも知れないと、美鈴は人知れずそう思った。





咲夜の体調がほぼ完璧に戻ってきた頃、二人は旅を再開した。最初のような警戒心は殆どなく、美鈴が前を歩き咲夜がその後ろを歩く。そして咲夜が疲れた辺りで休息を取ることの繰り返し。一度咲夜は美鈴が疲れるまで頑張ろうと意気込んでいたこともあったが、結局は自分の疲労に気づいた美鈴が休めそうな場所を見つけて座り込んでしまった。美鈴はずっと表情を変えずに無愛想な態度で振舞っていたが、咲夜にはそれが彼女なりの優しさなのだと途中で気づいた。もしかしたら途中で倒れてしまった自分のためというよりは、倒れられたら面倒なお荷物が増えると思われているのかもしれないが。
咲夜は今まで他人と関わったことが一度も無い。生まれた頃から両親は既にいなかったし、今も腰に下げている一本のナイフだけで生きてきたようなものである。ちなみに、前に美鈴に奇襲をかけたときに粉砕されたナイフは何故か部屋に置いてあった物である。もしかすると、レミリアは運命とやらを初めから知っていてあの様なステージを準備したのかもしれない。考えすぎかもしれないが。
そんなことを咲夜が考えながら歩いていると、何かが彼女の額にぶつかった。とても大きな木が目の前にあり、それに思いきりぶつけたのだと分かった頃には額には鈍痛がやってきていた。

「………痛い」
「………下ばかり向いてるからよ」

あまりの痛さに思わず額を押さえつけたまま座り込んでしまった。前を歩いていた美鈴がこちらを呆れたような声を出しながら振り返っている。咲夜は思わぬ失態に羞恥と痛みから我慢していた涙をつい流してしまった。それに気づいて涙を拭おうにも、額が痛すぎて手をどけれない。そのせいか涙が余計に溢れでてしまった。
その後、近寄ってきた美鈴が普段からは想像出来ないほど優しい声で「見せなさい」と小さな声で囁いてきた。咲夜は少し驚いたが、涙で視界がぼやけているため美鈴の表情は分からない。もしかすると、優しい声で囁いたのではなくて、絶好の機会に喜びが声に出てきたのではないだろうか。だから、自分が無防備なのを良いことに殺すんじゃ―――でもチャンスなら前倒れた時だってそうだし………元気な人間が食べたくなったのだろうか………?
一度そう考えてしまうと、先程までの楽しい考えが一気に冷めてしまう。あまりの恐怖からつい手が腰に下げてあるナイフに伸びて―――しかし、咲夜の手がナイフに届く前に美鈴の手がその手を押さえた。
そのまま美鈴は空いた手を咲夜の額へと持ってくると―――咲夜は額に何か温かいものが触れていることに気づいた。
ゆっくりと眼を開こうとしたが、目の前には不思議な光が広がっていてつい眼を閉じてしまった。そして、少ししてもう一度眼を開けると、そこには既に立ち上がって前を向いている美鈴の姿があった。
何が起こったのか分からない咲夜は、とりあえず自分の額に手を当ててみた。しかしそこには先程までの痛みも腫れも無くなり、怪我をしていたことが夢だったのではないかと思わせられた。

―――彼女は………美鈴は時間を巻き戻せるのかな?

咲夜はそんなことを思ったが、それではあの日に時間を操れる自分を「化物」と表現したりはしないだろう。だが、怪我を直してくれたのは彼女なのだろうと分かったので、疑った事も含めて「ありがとう」を伝えた。既に美鈴は「行くわよ」と言って歩いている。ただ、気のせいかもしれないけど彼女が何だか笑っているような気がした。





咲夜はその日から、美鈴とのコミュニケーションを取ろうと考えた。今まで人との付き合いに興味を示さなかった彼女ではあるが、今眼の前にいるのが初めて信頼できる「友」だと理解したからである。疑い続けて終わるぐらいなら、裏切られて終わった方が良い―――咲夜はそう思ったのである。
初めこそ驚いたような表情をしていた美鈴だったが、咲夜が自分のことを話したりするにつれて返事ぐらいはする様になってきた。咲夜が「あれは何?」と聞くと「ひまわり」と言った感じで簡単にでも答えてくれるようになったのである。
そんな日が続いてくると、咲夜には一つだけ分かったことがあった。美鈴に植物の話しを聞くと、普段無愛想な彼女がたまにだが笑ってくれるようになったのである。最初は喜びのあまり「美鈴が笑った!」と柄にも無く叫んでしまったが、真っ赤になった美鈴に殴られてからはなるべく言わないように心がけている。
そんな日が続いて行くと、美鈴は普通の会話でも微笑んでくれるようになった。咲夜はそれがとても嬉しくて「美鈴、最近笑ってくれるね」と殴られることを覚悟しつつも問いかけたとき、微笑みながら「咲夜も笑ってくれるようになったじゃない」と言い返してきた。この時初めて名前で呼ばれたのだと気づいた時、思わずこっそりと涙を流してしまった。
そんな日がしばらく続いて行くと、もちろん旅の終わりも見えてくる。それが咲夜にはどうしても悲しくて「美鈴は館に戻らないといけないの?」と聞いたことがある。美鈴はそんな咲夜に「あそこが私の家だから」と言っていた。その時の私はどんな顔をしたのか分からないけど、美鈴は前まで見慣れていた無表情のまま歩き出した。そんな美鈴と昔みたいな距離に戻った気がして咲夜はひっそりと涙を流した。





そのまま歩き続けて行くと、美鈴が振り返って「着いたわよ」と言った。咲夜は「もう紅魔館に着いたのだろうか」と思うと同時に、美鈴との日々が終わると感じて心臓の動きがこれまでに無いほど激しくなった。しかし、また涙の出そうな顔を上げてみると―――そこに広がるのは一面の花畑だった。

「………ここは?」
「驚いた? もう大分前に来ただけだったから無くなってたらどうしようと思ったけど………残ってて良かった」
「………紅魔館は?」
「ここからもう少しかかるわね」
「………そう。ねえ、美鈴…………」
「咲夜。あのね」

咲夜が美鈴に何かを告げようとした時、珍しく美鈴から咲夜に話しかけた。もしかすると、珍しいというよりも初めてかもしれない。普段なら嬉しい事のはずなのに、何故だか美鈴がこの旅の終わりを知らせるような気がして思わず身体が強ばってしまった。
そんな咲夜を見た美鈴は「少し座って」と言うと、今自分が示した横に座り込んだ。咲夜は言われるがまま彼女の横へと同じように座り込んだ。

「咲夜って夢とかある?」
「………え?」
「夢。将来何をしたいとか、どうなりたいとか………そんなこと考えたこと無いかしら?」
「…………」
「んー、そっかー。実はね」

美鈴は咲夜が下を向いて黙り込んでしまったのを見て、きっと彼女には夢を持ったことが無いのだろうと思った。人間を嫌って身を守るためにナイフを持ち歩いている彼女は、きっと生きることに必死になるばかりで、夢なんて考えたことすら無いのかもしれない、と。

「私ね、夢があるんだ」
「………妖怪なのに」
「妖怪なのに」
「人間になりたいとか?」
「それは………無いとは言えないけど、お嬢様を守るためって考えるなら妖怪のままが良いかな」
「………私も守ってくれる?」
「お嬢様を主としてくれるなら」
「美鈴の部下なら喜んで」
「あれ、私は咲夜のこと友人だと思ってたんだけど。上下関係何て持ちたくないなあ」
「…………」

―――ああ、また涙が出てきた。

咲夜は下に向けた顔をさらに下げて、膝へと埋めた。一人で友達だと決めつけて頑張ってたはずなのに、いつの間にか美鈴も自分を友人だと思ってくれていたというが素直に嬉しかったのだ。その言葉だけで、今まで頑張って美鈴と話してきたことが報われたのだと思えることが出来た。

「咲夜、泣いてるの?」
「教えて」
「え?」
「美鈴がこんなに話してくれるのも嬉しいし、美鈴に友達だと思ってくれてるのも嬉しいし………だから、美鈴の夢も聞いてみたい」
「………ありがとう」
「ううん」
「あのね、私―――お花屋さんで働くのが夢だったんだ」
「………え?」
「こら、驚かない」

そう言った美鈴は、初めて自分のことについて教えてくれた。
まず美鈴は昔、人間の里に住んでいたらしい。妖怪は人間を食料だと思っているけど、美鈴は同じ姿をした人間をどうしても食料だと思えなかった。だから、人間の暮らす場所で、人間と交わろうと思ったらしい。
しかし見た目が人間そのものでも、時間が経てば成長しない自分のことを訝しむ人間が出来たらしい。だから美鈴は、人間にも妖怪にも深く交われず一人で旅を続けていたらしい。自分の持つ気を操る能力を使って格闘技を極めたり、人間に妖怪だと知られるのが怖くて自分自身で気が治療に使えないかどうかも試行錯誤したらしい。
そうして更に月日が経って、どうやって生きていけば良いのか分からなくなってきた時………今座っている花畑に来たそうだ。甘い香りを運んでくれる涼しい風、空に広がる綺麗な花びら、横になると今までの苦労が洗い流されるように思えたらしい。
そしてその花畑で過ごしていると、近くに吸血鬼の館があると近くに住む妖怪の会話が聞こえてきた。そして興味本位でその住処である紅魔館へと訪ねに行った。それがその妖怪………吸血鬼であるレミリアとの出会いだそうだ。

「お嬢様は寂しいお方で、私が行くと警戒心むきだしで睨みつけてきたわ。それで帰ろうとしたら『この館に自ら来たのは貴方が初めて。私の部下になってみない』なんて言ってきたのよ」
「………私が殺そうとした時なんか余裕そうな表情で見下してきたけど」
「殺してたら私が貴方を殺してたわ」
「それもそうね」
「まあ、そんなわけでしばらくの間通い続けてたんだけど………あの頃はもう誰も信用出来なくてね。お嬢様の近くに行ったのだってただの興味本位だったし」
「で、今に至ると?」
「それまでにいろいろあったけどね。簡単に言うと、あなたに逢うまではお嬢様以外は信用出来なかったわ。だから、お嬢様から裏切られるのが怖くて冷酷になってたのかもね」

咲夜は美鈴が自分のことを包み隠さず教えてくれて、何故だかとても誇らしい気持ちになっていた。レミリアは美鈴のことを主従という関係で知っているかもしれないが、自分は友人として彼女の事を知れたのだと思ったからである。
だからこそ―――さっき美鈴に言えなかった自分の夢を、彼女に伝えたいと思った。自分には絶対につかめないと思っていた夢が一つだけ………美鈴といれば、いや、紅魔館に入れば叶う気がしたのである。

「ねえ、美鈴」
「何、咲夜」
「私、夢があるの」
「あれ、無いんじゃなかったの?」
「あるわ、一つだけ………ずっと昔に捨ててしまってたけど」
「教えて上げるわ。貴方がこれからもずっと一緒にいてくれるなら………紅魔館の一員として」
「それならもちろん。貴方が私と同じぐらいの背丈になるのが楽しみだわ」
「ふふっ、胸は分からないけど」
「でも、きっと素敵な女性になるわよ」
「ありがとう」

そして咲夜は、一呼吸置いて………今までの辛さを吹き飛ばすような笑顔で、これからの楽しい生活を思い浮かべながら自分の夢を大きな声で叫んだ。


「私の夢は―――!」





―◆―




「ただいま戻りました」
「お久しぶりです、レミリアお嬢様」
「あら、お帰りなさい二人とも………あら?」

レミリアは眼を疑った。二人に旅をさせると運命的には良い方向になるのだと分かってはいたのだが………。

「美鈴、貴方………」
「どうしました、お嬢様?」
「いえ、美鈴にも笑顔が作れたのね」
「当たり前です」
「さ、咲夜も………あれ、レミリアお嬢様?」
「はい、お嬢様。私、十六夜咲夜はお嬢様の側でこの命尽きるまで使えさせて頂きます」
「まだ私と同じぐらいの背丈なのに………大人びたわね」
「有難うございます」

レミリアは二人の変化に戸惑っていたが、二人とも笑顔なのを見ると今回の成果は予想以上に素晴らしい結果を残してくれたのだと分かると、何だか嬉しくなっていた。少しだけ自分が外れ者にされているような気がするが………二人とも楽しそうなら、主として我慢するのが良いのかもしれない………でも、それでもやっぱり寂しい。

「あ、お嬢様」
「な、何かしら………美鈴」

美鈴に声をかけられて、レミリアは思わずうまく返事がすることが出来なかった。ほとんど美鈴から声をかけてくれる事が無かったので、喜び半分寂しさ半分のせいか、もしかしたら別の理由かもしれないが。

「咲夜と私、夢を叶えたいんです」
「夢?」
「はい」
「………良いわよ、もちろん。でも出て行くなんて許さないわ」
「そんなことする訳ないじゃないですか」
「当たり前です」

レミリアはつい「出て行って欲しくない」と本音を零してしまったことから恥ずかしさに顔を真っ赤にしていたが、美鈴と咲夜が笑顔で肯定してくれたので、何だか嬉しい気分になっていた。自分の力が強すぎて周りからは相手にされず、妹も地下でひっそりと過ごしている。
だから、二人の夢ならできるだけ叶えたい―――心からそう思ったのである。

「まずですね、私を門番にしてください」
「………え? ちょ、ちょっと待って! 貴方が私の側から離れるの!?」
「もちろん、お嬢様の元から離れることなんてしませんよ。ただですね………ガーデニングがしたいんです」
「え、が、ガーデニング?」
「実はですね、私は植物を育てるのが夢だったんです。花屋さんとか」
「………意外ね」
「それで、紅魔館の敷地内に花壇を作ろうかと。それのついでに門番です」
「………じゃあ、食事の時ぐらいは戻ってきなさい」
「あはは、もちろんです」

少し………いや、実際は今まで一番長い間一緒にいた美鈴との時間が減るのはとても残念だが、彼女の夢を叶える手伝いをしてあげたい。そんな気持ちがレミリアの心に大きくなっていた。こんなに素直になってくれているんだから、食事の時ぐらい一緒になってほしいってお願いしても罰は無いだろう。でも、離れてしまうのはどうしても寂しい。美鈴も両親のようにいつかいなくなるのでは―――そんな不安が急に出てきたので、レミリアは少し頭を振って強引にその考えを振り払った。
そして一呼吸置いて、今度は視線が同じぐらいの咲夜へと向き直った。

「それと、咲夜ね」
「はい」
「咲夜の夢も、実現出来るように頑張るわ」
「じゃあ、言いますね」
「ええ」
「私を―――紅魔館の家族として迎え入れて貰えませんか?」
「………へ?」

レミリアは思わず眼が点になっていた。
彼女の考えでは、当主は多くの部下を従え、逆に言えば家族など血縁の物でしか無い。そんなことなのに咲夜は「家族にしてほしい」と言ったのだ。血縁はおろか種族すら違う彼女を家族に出来るはずが無い。
そんなレミリアの表情に咲夜は苦笑し―――言葉を続けた。

「簡単に言いますと、私は家族というものに憧れていたんです。親も知らず、兄妹も知らず、人との繋がりも知りませんでした。でも美鈴が………「家族は想いの繋がり、私はお嬢様や紅魔館の住人の家族」と教えてくれました」
「え、ええと…………」
「お嬢様。私はお嬢様の事を支え続けます。美鈴や他のメイドのように、紅魔館の一員として………一人の家族として、お嬢様の『娘』として館に迎え入れてください」
「あの、その」
「―――お嬢様」

狼狽しているレミリアに、その光景に苦笑していた美鈴が声をかけた。
咲夜は不安そうな視線を向けているが、美鈴が目配せをすると安心したように微笑んだ。

「私は、お嬢様の従者ですが………それ以前に友人であり、家族でもあるんです」
「………美鈴」
「だから、私たちの家族に、咲夜を迎え入れて上げませんか? 本当の家族って訳ではないのですから、簡単に考えましょう」

レミリアは、そう言いながら笑っている美鈴を見て、そして横で同じように笑っている咲夜を見た。

―――家族みたいな関係か。

そう思うと何だか咲夜の言葉が、美鈴の言葉が腑におちた気がする。本当の家族になる必要は無いのだ、ただ自分たちだけの家族を作れば良い………そう考えると、何だか家族になることがとても楽しくなってきた。
だからこそ、これからの生活に期待と不安を抱えつつも、レミリアは二人に向き直ってこう言う事にしたのである。

「甘いわね、二人とも」

二人は少し驚いた用な顔をしていた。きっと自分がとても良い顔で笑っているからだろう………今までの人生で初めてこんなに笑ったかもしれない。

「良く聞きなさい………家族を真似るんじゃないわ」


そして、声を大にしてこう宣言した―――。



「―――誰もが羨ましがる家族になるのよ! 貴方達は世界で一番良い母親の、世界で一番可愛い娘よ!」





(終)
「美鈴、なんで最近敬語なのよ!」

「いや、咲夜さん………ほら、なーんかそんな感じがしっくり来るようになってきまして」

「上下関係は嫌だって言ってたじゃない!」

「ああ、分かった分かった! 今日の夜、またプライベートで会いましょう?」

「ええ、お嬢様も呼んで久しぶりに昔の話をしましょう」

「咲夜さん、ホント良い笑顔で笑うようになりましたね」

「さん付けは禁止!」

「はいっ」





ネタ突っ込もうとしたけど突っ込めなかった………何てことだ………?

久々にネタ以外書いたのでかなりおかしくなってる部分あるかと思いますが、こんなにネタ入れないの「狸寝入り。」以来かもしれないです。

では、読んでくれて有難うございました。


3/15 誤字訂正しました「以外ね→意外ね」
   
ぜくたん
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2730簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
お嬢様が愛されている・・・だと・・・・・?
14.80名前が無い程度の能力削除
二人旅をする動機というか、導入部分の話の展開が、少々唐突だった様に思えました。
それと「寝首を狩りに来た」は、「寝首を掻きに来た」かな?
もし、狩るに意味があって用いているなら、ご免なさい。

最後のお嬢様のデレっぷりは満点w
23.90名前が無い程度の能力削除
お嬢様が何を思って二人を送り出したのか知りたかったなあ、恥ずかしくて言えなかったのかな
24.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様は美鈴の運命も操ったのかが気になった
36.90名前が無い程度の能力削除
つんつんした美鈴と咲夜さんがかわいくて仕方がない。
少々描写が細かすぎた気もしますが……
驚きを隠せないみんなのかわいさに、もう幸せです
41.80ぺ・四潤削除
お嬢様はなんで唐突に二人を旅させたのかがずっと読みながら気になってた。
咲夜さんが従者になる運命が見えてたのかと思ったけど、二人のとった結論に素で驚いてたので多分違うんだろうな。
きっと可愛い子には旅させろって思いつきでやったんじゃないのかww
「上下関係は嫌」「夜プライベートで逢いましょう」なるほど。どっちが上になるでもなく、お互いに添い寝し合う形になるということですね。
42.100名前が無い程度の能力削除
美鈴って皆にイジられて涙目になってるようなお話が多いですが、個人的には、こんな風な格好良い美鈴が好きです。面白かったです!
46.100ずわいがに削除
「らしい」の連発など、同じ言葉や表現が連続してある箇所がいくつかあったのが少々気になりました

なんてこったい……ぜくたんさんがシリアスじゃない話を書いてるッ(ドウイウコッチャ
美鈴と咲夜の過去話は腐る程読んできましたが、未だに飽きませんねぇ。いや、この作品のストーリーが良かっただけですかねww
突っ張ってた美鈴が、咲夜とお互いに良い影響を及ぼし合うってのが気に入りました。
おぜうもなんだか忠誠を誓いたくなるようなキャラで、いやぁ、ほっこりしますなぁ!
48.90名前が無い程度の能力削除
ぜんたくさんの作品で美鈴がかっこいいのはいつもの事だが、レミリアの扱いがまともだと?!
これは天変地異の前触れか……
あの紅魔館を追い出された挙句に誰からも心配されなかった
笑えるおぜうとはまた別の話なのか
50.無評価ぜくたん削除
超簡単にですがコメ返信でも

>14様、ぺ・四潤様、ずわいがに様
文章の扱い方の注意、有難うございます。また、内容に関する未熟な点の指摘、有難うございます。
以降の作品ではなるべく同じ言葉を続けて使ったり、内容に不明な点が少なくなるよう心がけているつもりですが、またなにか有りましたらよろしくお願いします。

>よんでくれた方々
コメント有難うございます。あれです、自分れみりあ嫌いって思われてるそうですが別に嫌いじゃないです。ええ、むしろめーりんとふらんが好きなんです、だから二人がカッコヨク描かれるのは仕方の無いことでry