Coolier - 新生・東方創想話

少女には戦わなければならない時がある

2010/03/09 15:56:23
最終更新
サイズ
16.3KB
ページ数
1
閲覧数
2628
評価数
16/99
POINT
5510
Rate
11.07

分類タグ

輝夜が作ってくれた月見うどんをゆっくりと啜っていると、入り口に付けられたままになっていたドアベルが、カランカランと来客を告げた。
いつものお昼といえば聞こえはいいが、実際には僕は一人で食事をする事が多い。
今日はたまたま輝夜が来ていたので、彼女の言葉に甘えたという訳だ。
そんなところに、来客のベル。

「誰かしら?」
「誰だろうね」

僕と輝夜は、お互いの顔をみて、首を傾げた。
はてさて、今頃に僕を訪ねてくる者なんているのだろうか。
物取りの類でなければ良いのだが。
僕が腰を上げ様とすると、輝夜がすっくと立ち上がって先に行ってしまった。

「やれやれ」

まぁ、先に行かれてしまうと、どうにも立ち上がる気力は削がれてしまう。
しょうがない、とばかりに僕はうどんへと向き直った。
2、3本くらいをずぞぞぞぞっと啜ったところで、輝夜は戻ってきた。

「霖之助さん」

輝夜の言葉にそちらを見ると、氷の妖精が俯いたまま立っていた。
スカートのをギュッと握っており、皺になっている。
顔は俯き加減で、伺う事が出来ない。
それでも、彼女がチルノである事は簡単に分かる。
少しだけヒヤリとした空気が流れてくるしね。

「霖之助……」

少女が呟く言葉は、僕の名前。
少しだけ震えて、泣き出しそうなそんな声。

「おやおや、最強の妖精がどうしたんだい?」

僕の言葉に、チルノは顔をあげた。
すでに目が少しだけ赤い。
どうしたのだろう。
彼女の涙を、僕は初めて見た気がする。

「おいで」

僕が手招きをすると、彼女はゆっくりと僕の元へ来た。
僕はチルノの頭を撫でてやり、そのまま僕の膝へ座らせてやった。
少しだけヒヤリとした冷気を感じるが、これ位はどうという事はない。

「あたい、弱くなったよ……」
「泣いたからかい?」

こくん、とチルノは頷く。
泣かない者は強い者。
なるほど、妖精らしい理論だ。

「そんな事はないね」

僕はニヤリと笑い、彼女の頭をポンポンと優しく叩いた。

「弱い奴は泣くのを恥ずかしいと思っている。強い奴は泣けないのが悔しいと思っている。チルノ、君はようやく涙を見せた。君はやっぱり最強だよ」

弱い者は涙を見せる。
それが恥だと思っている。
強い者は弱さを見せられない。
それが苦しみでもある。
だから、涙を流さないと決めた者が、涙を流したのだ。
立派な事だと、僕は思うんだけれど。
さてさて、これで機嫌を直してくれたらいいのだけれど。
そうはいかないみたいだ。

「はい、おろし醤油うどん」

と、ここで輝夜が新しい器にチルノの分のうどんを作ってきてくれた。
相変わらず仕事が速い。
温かいうどんじゃなくて、冷たいうどんだ。
大根おろしが乗せてあって、さっぱりとした印象を受ける。

「うん」

チルノはチルチルとうどんを1本づつ啜っていく。
僕と輝夜はそれを見てから、食事を再開させた。
まぁ、僕はチルノの頭に汁を零さない様にするのが、大変だったけど。


~☆~


「それで、どうしたんだい?」

春一番が吹き、もうすぐ春になるだろうと思われる空。
それを縁側で眺めながら、僕、チルノ、輝夜はまるで親子の様に座っている。
僕と輝夜の間に、しょんぼりと落ち込んだチルノ。
さてさて、僕達親子に少女の悩みを解決する事が出来るだろうか。
無駄な経験が多い僕と、無駄に経験が多い輝夜。
な行の1つ目と2つ目で、まるで意味が変わってくるな。
なんて事を思っていると、チルノがポツリポツリと喋り始めた。

「レティがね……友達になってくれない……」

チルノは少しづつ、ゆっくりと語ってくれた。
チルノの言い分は、こうだ。
いつも一人でいるレティ・ホワイトロックは可哀想。
だから、友達になろうとした。
かつて自分が一人きりだった事。
それは、とてもとても寂しいという事。
そう、だから、友達になろうと声をかけた。
でも。
でも、レティは拒絶した。
友人になろうとしたチルノを拒絶した。
そして、拒絶された少女は、涙を流すしかなかった。

「そう。それは寂しいわね」

輝夜はチルノの頭をなでる。
以前の彼女なら、輝夜の手を振り払っただろう。
甘んじて慰めを受け入れる。
やはりチルノは強くなったな。

「だから、霖之助に聞きに来た。どうすればいい? どうすればレティと友達になれる?」

ふむ、と僕は腕を組んだ。
友達になる方法か。
本来は、友達になるのなんて、簡単なはずだ。
一言、声をかければ良い。
知り合いになれば良い。
一緒に遊べば良い。
友達とは、所詮は、その程度だ。
難しい話ではない。
もし、恋仲になりたいというのなら、それは難しい話だけれど。

「一度拒絶された相手と友達になる方法か」

それは、まるで恋仲になる位の難易度だ。
ふ~む……難しいな。

「レティは何て言ったの?」

僕が悩んでいるのを見かねてか、輝夜がチルノに質問する。

「……友達なんかいらないって。私は一人がいいんだって言ってた……」

なるほどね、と輝夜は呟く。

「雪女らしい言葉ね」
「雪女?」
「えぇ。レティ・ホワイトロックは雪女っていう種族よ」

雪女。
一番有名な話が、小泉八雲という人物が描いた話だろうか。
彼は元々、パトリック・ラフカディオ・ハーンという名前だったそうだが、小泉八雲に改名したそうだ。
そんな小泉八雲の描いた雪女は、結構な面食いだ。
猟師の2人が山小屋で寒さをしのいでいると、雪女が現れる。
老人は殺してしまうが、若い男は見逃した。
その代わり、この事を誰かに言うと、お前を殺すという呪いを残して、彼女は姿を消す。
数年後、この青年はほっそりとした女性を妻にする。
たくさんの子供に恵まれ、幸せだった青年だが、ふと雪女の事を妻に言ってしまう。
すると、妻は自分が雪女だと告げた。
ただし、雪女は青年を殺せなかった。
自分達の子供を思うと、夫を殺す事が出来なかったのだ。
そして、雪女は再び姿を消す。
そんな物語だが、これは雪女の一目惚れなんだろうな、と思う。
青年と恋仲になりたいが為に、呪いを植えつけた。
自分を一生を忘れない様に。
そして、青年が口を滑らしたが為に、呪いは実行しなければならない。
だが、それは出来ない。
子供たちを思うと、殺してしまうという呪いなど、とても実行できるものではない。
だからこそ、雪女は消えてしまった。
この雪女の物語は恐ろしさを語った話ではなく、悲恋を描いているのだ。

「雪女っていうのはね、元は月世界のお姫様で、退屈な日常から逃げる為に雪と共に地上に降りてきたの。でも、月に帰れなくなったから、雪の降る月夜に現れるそうよ」
「へ~、レティはお姫様だったのか」

僕がそんな事を思っていると、輝夜は一般的ではない知識を披露している。
あれは極一部の地域の伝説だ。
まぁ、輝夜が語るには一番適した逸話かもしれない。
もしかしたら、事実の可能性もあるのだけれどね。
何にしても、全ての雪女に共通するのは『儚さ』だ。
物悲しさ、そんな物が漂ってくる話が多い。
それは、レティにも通じるものがあるのだろうか。
雪女は幸せじゃない。
そんな事は、あるのだろうか。

「う~ん、チルノとレティ……まるで男女の恋みたいね……あ~、それじゃ夜這いっていうのはどうかしら?」
「夜這いって……えっちな事か?」

なんという暴論を吐くんだ、このお姫様は……
と、思ったが、輝夜のいう夜這いとは、本来の意味の夜這いだ。
現在は、夜這いと言えばチルノの言った通りの強姦的な意味になる。
しかし輝夜の生きて来た経験からは、夜這いの意味は元来のものとなる。

「違う違う。元々夜這いっていうのは、『呼ばい』なのよ」

輝夜は説明していく。
ある時代、男女が結婚する為のプロセスは、まず歌から始まる。
男性が歌を送り、女性がその返事を歌で返す。
それを何度か繰り返した後、男性は夜に女性の元へと訪れるのだ。
最初は断られるが、そこで無理に入ろうとせず大人しく帰るのがマナー。
そして交際が始まり、結婚へと繋がる訳である。
当時の平均的な結婚年齢は男子が17歳、女子が13歳と言われているが、もっと低年齢化が進み、ほとんど子供の夫婦がいたそうだ。
まぁ、想像するに、何とも微笑ましい感じがするね。

「つまり、手紙を出したらどうかしら」
「おぉ、手紙か」
「なるほど、それはいい」

僕は早速とばかりに、便箋とペンを持ってきた。
輝夜はお茶と煎餅を用意している。
僕と輝夜は熱いお茶を、チルノには冷たいお茶を用意してくれた。

「う~ん、何て書けばいいかな」

チルノは紙を前にして、僕と同じ様に腕を組んで考える。

「単純な方がいい。そうだな……『ともだちになってください』でいいんじゃないかな」

僕の言葉にチルノは、分かった、と答えてペンを取った。
緊張の為か、少しだけ震えた文字で完成した手紙。
僕は封筒も用意してやり、便箋を折り畳んで封をした。
よし、とばかりにチルノはお茶を飲み干す。
そして手紙を持って早速とばかりに、縁側から飛び立とうとした。

「あ、待って待って」
「お?」

輝夜はチルノを呼び止め、リボンとタイをきちんと整えてやった。
それから、チルノの口元に人差し指をあてて、くいっと上にあげてやる。

「いぃ、笑顔よ笑顔。それから、手紙はその場で破られる可能性もあるから。読んでもらえたら、チルノ、あなたの勝ちよ。レティは『呼ばい』に答えた。つまり『読ばい』よ。分かった?」
「うん。分かった」

チルノは神妙に頷く。
それから、ありがとう、と輝夜と僕に言ってから飛び去った。

「はぁ~、それにしても妖精相手に夜這い論とはね」
「あら、誰かさんが全く行動を起こして下さらないんだもの。待ちくたびれた思いを、チルノに託しただけよ」
「はっはっは、それはすまなかったね。どれ、今からでも歌でも送ろうか」
「もう遅いわよ」

ドスっと輝夜の肘が僕のわき腹に刺さった。
あいたたた、と大げさに痛がって見せる。
ツンと済ました輝夜だが、慌てて僕に駆け寄ってくれた。
うん、まぁ、これくらいが丁度いいかな。

『抱き合う 向かいし僕と 彼女には 恋仲よりも 親子の如く』

いだきあう、と、痛きあうを掛けて、向かいし、と、昔、を掛けてみたのだが……
そんなに上手くないな。

「はぁ、やっぱり年は取りたくない」


~☆~


次の日。
僕はいつも通り、ストーブの仄かな温もりを楽しんでいた。
お気に入りのロッキングチェアーを揺らしながらの読書。
まだまだ春が遠い昨今は、これが僕の生活スタイルの大半を占めている。
静かな読書は、僕が一番好きな時間だ。
ただ、それも賑やかな時間があればこそ。
たった一人になれる読書という行為は、誰かと一緒にいる事があるからこそ、価値が出てくる。
体を揺すられながら読む文庫本は、それなりに面白く、黙々と読み進めていた。
丁度、章の移り変わりになったところで、ドアベルが来客を告げる。
また藤原妹紅でもやって来たのか、と思ったが……
炎を纏う彼女とは正反対の、チルノだった。

「あぁ、そうか……チルノ、手紙はどうだった?」

僕の言葉に、チルノは、

「受け取ってもらえたよ」

と、答えて僕の膝の上へ乗ってきた。
やれやれ、読書はお終いだな。
チルノは、まるで子供みたいだ。
いつかの魔法使いの少女を思い出す。
僕は優しく、ポンポンと彼女の頭を叩く。

「破られるかと思ったけど、受け取ってもらえた。中身は読んでもらったか分からないけれど」
「ふむ……本当に嫌っていたら、その場で捨てるか、破るか、だからね。案外、レティは君を気に入ってるのかもしれないよ」

どうだろう、なんてチルノは腕を組んだ。
まったく、微笑ましい限りだ。

「それで、今日はどういう理由で来たんだい?」
「あ、そうだった。えっとね、レティが月のお姫様なら、輝夜も月のお姫様でしょ。だったら、私は霖之助と同じだから、どうしたんだろうと思って」

少し難解な氷精の言葉。
噛み砕くと、こうだ。
レティが月のお姫様というのなら、輝夜と同じという事になる。
だったら、輝夜と仲の良い僕とチルノの立場は同じだから、僕が輝夜と仲良くなった切欠を聞きたい、という訳だ。
さてさて、どういう理由で僕は輝夜と知り合ったのだろうか。

「そうだね~。僕と輝夜はずっと昔に知り合ったんだけど、どういう切欠かは忘れたな~。ん~、もしかすると、輝夜がお客さんでやって来たのかもしれない」

うん、そうだった気がする。
僕がまだお店を、香霖堂を営んでいる頃の話だ。
優雅で豪奢な、いつまで経っても変わらない彼女を、僕は恐らく、覚えている。

「ふ~ん。霖之助は輝夜が好きなのか?」
「好きか、嫌いか。それで答えると、好きだね」
「おぉ~。結婚する?」
「残念ながら、彼女と結婚しようとすると、とんでもない物を要求されるんだ」
「とんでもない物?」

うん、と僕は頷く。

「宝物さ。幻想郷には存在しない、いや、外の世界にも存在しない凄い宝物。それを持ってきたら、輝夜と結婚できるよ」
「霖之助は探さなかったの、宝物」

宝物か。
果たして僕は……探さなかった、のかな~。
もう記憶が曖昧となっている。
付き合いが長いと、人と人との出会いなど希薄になってしまうのだろうか。
もっとも、僕の半分は妖怪だし、彼女は宇宙人だ。
一般的な事が全く当てはまらないのかもしれない。

「探さなかったのかな。というより、僕は意気地なしだったのかもしれない。チルノみたいに勇気がなかったんだ」

まぁ、蓬莱山輝夜を嫁に貰うには、まだまだいっぱいの勇気が必要だ。
覚悟とも言い換えれる。

「そうなの?」
「あぁ。だから僕はいつまで経っても、こうやって本を読んでいる」

そうか、とチルノは首を傾げながらも頷いた。

「そういうチルノはどうだい? レティ以外で好きな子はいるかい?」
「大妖精の大ちゃん! あと、サニーとルナとスターも好きだよ!」
「誰かと結婚したいかい?」
「ん~、ん? ん~……霖之助、結婚って何だ?」
「うん、何だろうね。実は僕も結婚した事ないから、良く分からないんだ」

ほんと、結婚って何だろうな。
新しく家族を作ること?
愛の最終段階?
理論は知っている。
でも、事実は知らない。

「そうか。霖之助でも知らない事があるんだね」
「あぁ。僕は以外と何にも知らないんだよ。だから一生懸命考えるんだ。そうすると見えてくる物がある。だから、チルノ。君も考えてみればいい。いずれ、君は異変の中心になれるかもしれないよ?」
「え~。レミリアにも勝てなかったのに?」
「あはは。また協力してやるさ」

エクストラボスが僕だったら、博麗の巫女も驚くに違いない。
歴史上最弱になってしまうのは、何だか申し訳ない気がするけど。
さてさて。

「ところで、チルノ。レティの所に行かなくてもいいのかい?」
「うん、でもドキドキしてて」

ほら、とチルノが僕の手を取り、胸に当てさせる。
妖精の小さな鼓動は、言葉通り早かった。
なるほど、立派に緊張しているらしい。
少女も二の足を踏む、という事か。

「なに、友達なんてのは、成ってから気づくものさ。いつも通りの君でいい。だから、恐れずに話しかければいい。君は、チルノは、最強の妖精なんだろ?」

くしゃり、とチルノの髪をなでてやる。
僕の言葉に、勇気を持ってくれたのだろう。
チルノは笑顔を浮かべた。
そして、

「うん!」

と、力強く頷く。
それから、ドアベルを鳴らして駆けて行った。
まったく……いつまで経っても、彼女は元気だ。
それも妖精の特権だろうか。
いつまでも変わらず、いつまでも無邪気で、いつまでも存在する。
その生涯を終えてもまた元の存在となる妖精。
羨ましくもあり、怖くもある。

「下手をすれば、永遠の地獄だ」

もっとも、陽気で暢気な妖精には、地獄は似合わないのだけれどね。


~☆~


さて、僕は今、家の外にいる。
吹きすさぶ風は、春一番にも似た強さを持っていた。
いよいよ冷たい冬が終わろうとしている。
いよいよ温かい春が来ようとしている。
春は喜ばしいものだ。
春は歓迎するべきだ。
春は生き物を活性させる。
春は全ての始まりを表している。

「さてさて、どういう心変わりをしたんだい?」

僕は隣に立つ雪女に声をかけた。
腕を組み、ただただ空を見上げるレティ・ホワイトロックは少しだけ笑う。
春を憎む者。
春を恐れる者。
春を歓迎しない者。
彼女はいつだって、春の訪れを疎んでいるのだろうか。

「心変わり、というよりかは、心が折れた、ね」

レティはそう答える。
なるほど。
チルノに根負けした訳か。
いや、もしかしたら、やはり寂しかったのかもしれないな。
雪女は儚い存在。
心は、それほど強くないのかも知れない。
妖精という陽気で暢気な存在は正反対になる。
しかし、チルノは妖精の中でも異端だ。
そんな彼女に何か思う事があったのかもしれない。
それは、僕の、勝手な想像だけれど。
本当は殴り合いのケンカをしたのかもしれない。
本当は、最初から仲が良かったのかもしれない。
本当は、愛し合ってるのかもしれない。
他人の気持ちなど、欠片も分からない僕には、想像するしかないのだけれど。

「何にしても、仲が良いのは、そのまま良い事だ」

僕の言葉に、レティはツンと済まして再び上空を見つめる。
穏やかな風は、いよいよ持って春を予感させる。
雪女の怨敵だろう。
リリーホワイト。
彼女もまた、陽気で暢気な妖精だ。
あぁ、もしかすると……それでチルノの事も嫌っていたのかもしれない。
坊主憎けりゃ袈裟まで。
リリー憎けりゃチルノまで。

「本当に行くの?」

レティが声をかける。
彼女の隣には、準備運動をしているチルノがいた。
屈伸したり、腕を伸ばしたり、体を捻ったり。
少しだけ震える足を誤魔化しながら、パンパンと頬を叩いて気合いを入れている。

「あったりまえさ! せっかくレティと友達になったんだもん、1分1秒だって長く一緒にいるんだ!」

チルノは、啖呵を切る。
見栄を……張る。
本当は逃げ出したいはずなのに。
本当は怖いはずなのに。
本当は、笑顔を浮かべる余裕もないはずなのに。

「また来年の冬、ちゃんと私は来るわよ。もちろん、あなたのお友達として」

少しだけ頬を朱に染めながら、レティはチルノの頭を撫でた。
ありがとう、とチルノは微笑む。

「ううん、でも、あたいは今、レティといたいんだ。レティが少しでも長くいれる様に。だからあたいはあいつと戦う。でも、見ててね、レティ。応援しててね、レティ。あたい、頑張るから」
「えぇ。分かったわ。頑張って、チルノ」

にひひ、とチルノはカチカチと震えそうになる歯をみせて笑う。
まったく、酷く愚かな行為だ。

「いいのかい、チルノ。リリーは春に限り、幻想郷最強にも近いよ。妖精種最強の君では――」

僕の言葉を、チルノは手で制した。
そして、空を見上げて、彼女は言う。

「少女には、負けると分かっていても戦わなきゃならない時がある!」

あぁ。
なるほど。
その通り。
その通りだ、チルノ。
もう、僕には、君を応援する権利も無い。
君の身だけを案じていた僕には、もう君を見守る事も出来ない。
君が撃墜されたら、レティが助けてくれるだろう。
君の心まで、ちゃんと理解しているレティが。
僕は、もう、傍観者にすぎない。
語り部は、大人しく幕を引こう。

「じゃ、レティ、霖之助、行ってきます!」

空に、リリーの姿が見えた。
それを確認して、チルノは飛び立つ。
負け戦に、勝ちに行く様に。
彼女は笑って飛び立ち、彼女は笑って見送った。

「それじゃレティ……チルノをよろしく」
「えぇ。お爺ちゃんの役目は終わりね」

僕はニコリと笑って頷いた。
老兵は静かに去るとしよう。
まぁ、僕は兵士になった覚えもないし、戦った記憶もない。
ゆっくり静かに、善行を積みながら、後の余生を楽しむとしよう。
チルノはもう、大丈夫。
さてさて。
僕は、果たして、大丈夫なのかな?
それを考えるだけでも、あとしばらくは生きていられそうだ。
香霖堂に春が来ないのは、がっちりチルノが守っているからさぁ!
おはこんばんちわ、久我拓人です。

今回は、『ただただ、優しくなってしまいました』の続編みたいな感じです。
シリーズ化する気はないですが、霖之助爺ちゃんが似合う話だと思いましたで。
ちなみに前回の『リリーホワイトの特に何でもない日々』とのセット作品。
表裏一体という感じです。
お暇がありましたら、そちらもどうぞ~♪
参考は、かかし朝浩氏『暴れん坊少納言Ⅳ【蓮の巻】』と、ウィキペディアの『雪女』です。

さて、そろそろ花粉の季節です。
私は役立たずになってしまいますので、今のうちに何本か書き上げたいな~。
早く書ける人が羨ましい~。

でわでわ、皆様のもとに素敵な春が訪れる様に祈ってます♪
久我拓人
http://j-unit.hp.infoseek.co.jp/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3950簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりあなたの輝夜と霖之助はいい。チルノも可愛かった
いいお話をありがとうございます
11.100名前が無い程度の能力削除
最後の方で少し胸が切なくなってしまいました。
14.100名前が無い程度の能力削除
ちょとせつないけど、四季の移り変わりは誰にも止める権利も権限も無いからね
18.100名前が無い程度の能力削除
これなんかの続きか?と思ったら、あのSSか!と知った瞬間胸がシュワッってなった
22.100屋根裏カタパルト削除
こういうコーリンみたいに生きてみたい。
36.100名前が無い程度の能力削除
きゅんときました。
37.100名前が無い程度の能力削除
このチルノにはガイナ立ちが似合いそうだw
『雪女』の月姫説は始めて知ったなぁ。すげぇ。
38.100名前が無い程度の能力削除
いい話なのに、なんでこんなに切ないのだろう、、
40.100名前が無い程度の能力削除
今の人間の方が雪女より心が冷たくなってしまったと思える。
春の日差しのような優しい物語に、最近強張っていた肩の力が少し抜けた気がした。
42.100名前が無い程度の能力削除
これは10000点行くはず
イイハナシダナー
50.100名前が無い程度の能力削除
素敵な話だったんですが、香霖堂に春が来ない原因と思うと泣ける
58.100名前が無い程度の能力削除
霖之助爺ちゃんのお話に続きがきた!
シリーズ化しなくとも時々でいいから書いていただけるとうれしいです。
59.70名前が無い程度の能力削除
チルノの子供っぽさや
雪女や夜這いなどの対比させての物語の描写が良かったです
67.90名前が無い程度の能力削除
あ、あの霖之助か!!
68.100名前が無い程度の能力削除
EXボスが霖之助というのもやってみたいなぁ。
香霖堂に春が来ないで思ったんですが、霖之助がフラグクラッシャーなのもまさか……。
99.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい