Coolier - 新生・東方創想話

男の、戦い

2010/02/10 03:18:19
最終更新
サイズ
22.09KB
ページ数
1
閲覧数
1368
評価数
22/43
POINT
2650
Rate
12.16

分類タグ

「どうやら俺の勝ち、だな」
「そうみたいだな。ちくしょうめが」
 ドサッ、という音と共に大柄の男が倒れる。
 勝負の終わりを、俺は新たに出来た右肩の傷を押さえながら見ていた。
 倒れた男と俺の間に、健闘を称えるように一陣の風。
 男のために俺が出来たことといえばその姿から目を離さないことだけで、きっと男はそれだけでいいといってくれるだろう。そう思えるほどに、俺と男は拳を、弾を交し合ったのだから。
 今自分が立っていられるのは、ちょっとした幸運から。目の前で倒れているこの男が自分と会う前に右膝に傷を負っていなければ、倒れていたのは自分の方。
「お前の分まで、進んでやるさ」
 動かない男にそう一言だけ残して、俺は足早にその場を去る。
 なぜなら、まだ戦いは終わっていないからだ。
 この男一人だけではない。もう何人もこの手で倒してきた。始まって直ぐに出会った奴も、俺を罠にはめようとした奴も、馬鹿みたいにまっすぐぶつかって来た奴も、全て倒してきた。
 拳で、弾幕で、その両方で。俺の目の前に立ったあいつ等を、俺は倒してきた。
 だが、終わらない。まだ終わらない。最後の一人になるまでこの戦いは終わらない。
 ここはそういう戦場で、そんなことは俺も、先程の男も、そして、
「――――――」
 視界の先に見える、あの男も理解しきっている。



「きやがったな!」
 見る。目に映るあの男を見る。
 背丈は先程倒した男より尚大きく、目を血走らせ、身を包む筋肉を膨張させ、そして体のいたるところから血を流しながらこちらに走り来る男を見る。
 その男の姿は異様であり、ただただ恐ろしい。
 この男が他の奴らと戦っている姿を見て、正直俺は腰が引けた。
 大の大人である俺が、絶対に勝って見せると意気込んだ俺が、何度も修羅場をくぐってきた俺が、心の底からビビった。
 それ程に男は強かった。その強靭な体を用い、他の奴らを文字通りちぎって投げるのだ。抵抗することすら許す、馬鹿げた膂力で持ち上げられ、壁や地面に叩きつけられる。
 苦し紛れの弾幕などなんの意味もない。男から流れる血の道が一本増えるだけ。
 止まらない。この男は全てを捨てて、この場に立っている。
 バーサーカーの語源であるベルセルク。この男はまさにそれ。
 まるで獣そのもの。自分の命を省みず、ただ戦い続ける存在。
 この男はきっとこの戦いに勝つために祈ったのだ、あの勝利の女神へと。
 それが通じたのだろう男の通った後には、無数の屍。
「最後の相手はアンタかい? 申し分ないね!」
 俺はこの戦いに勝ちたい。いや、勝ち抜くつもりだ。だからこそこの男を後回しにし、他の奴らとの対決を急いだ。
 こんな男とやりあって、無事でいられるわけがない。
 こんな男とやりあって、最後まで勝ち抜けるはずがない。
 こんな男とやりあって、心が震えぬはずがない。
 だからこそ、こいつとは最後に戦うべきなのだ。
 最後の最後、全力で戦うのに申し分ない男。
「――――――」
 再度吼えた男が、俺に向かって突進する。地響きにも似た音を立てて向かい来る男。
 それに対し弾を撃とうとして、やめた。
「ただ撃つだけじゃあ、意味がないもんな」
 凄まじい速さで目の前まで移動し、自分に目掛け腕を振る男をしっかりと視界におさめながら右に回避。
 数瞬後それまでいた場所にできるクレーターを見ながら、俺は近距離で、自分が撃てる最大の弾を男の左肩へと叩きつける。
 が、
「――――――」
 効いていない。効くわけがない。
 裂けた皮膚から血が出るが、それだけのダメージしか与えない。与えられない。
「俺も祈ったらよ、アンタみたいになれるのかよ!」
 答えが返ってこないのを承知の上で、自分へと降り注ぐ拳を回避しながら言葉を投げかける。
 男は野獣であり、化物であり、嵐である。
 目の前で陥没させられる地面、隠れた途端に吹き飛ばされる壁。
 この男の前では全てが紙くずのように粉砕される。
 拳から、足から、一発で意識を刈り取るだろう一撃が繰り出される。
 それを俺は避ける。否、避けるしかできない。
 目の前で暴れ狂うこの嵐は、止まらない。止まるとすれば、動くものがこの男になったときだけ。
「俺は自分で掴みとりたいから祈らないけどさ、アンタみたいなのも面白そうだ!」
 男は答えを返さない。嵐に言葉など通じない。
 それでも俺はそれをやめない。途中で舌を噛んでしまうかもしれないがやめない。
 だって目の前に、こんな男がいるのだ。こんなに凄い男がいるのだ。
 女神に奉げる勝利のために、命を燃やして戦う男が目の前にいるのだ。
 これが語らずにいられるか。
「すげぇよ、アンタ。だから納得いくまで殴り合おうぜ!」
 手のひらに弾を用意。それをいつもの様に撃ち出すのではなく、拳と一緒に、そのまま男の脇腹に叩きつける。
 ぐらり、と揺れる男の巨体を視界の端で確認しつつ、手を休めずに続けざまに二発目の弾を同じ場所に。
 捕まえようとのびてくる腕をかがんで回避し、更にもう一発。
「――――――」
 流石に堪えたのか叫び声をあげ、無茶苦茶に腕を振り回す男。
 狙うのではなく、ただ振り回される腕は先程までと違った動きを見せ、
「っぁ!」
 回避しきったと思った俺の右肩に、しっかりとめり込んでいた。
 瞬間、回転。
 ぐるぐる回る視界に脳の処理が追いついたところで、背中に激痛。
 男の放った破れかぶれの一撃が自分を数メートルは吹き飛ばし、背中を壁に強かに打ち付けさせたのだ。
「おいおい、一発でこれかよ」
 あまりの衝撃にぷるぷると震える足を引っぱたこうとして、右腕が言うことを聞かないことにやっと気がつく。
 痛みはない。これといった外傷も見当たらない。だが動きもしない。
 今の一撃が、先程の男から受けた傷と相まって右腕の機能を停止させた。
「ははっ、こりゃあ無理かも分からんね」
 そういいながら立ち上がる。右腕をこんなにした男は、落ち着いたのかゆっくりとした足取りで自分へと近づいてくる。
 それを迎え撃つためになんとか立ち上がり、構えを取ろうとするが右腕はだらりと垂れ下がったまま。
 利き腕が使えない上に、今気がついたが足にも相当きている。
 ほんの数歩先に、男がいる。
「終わってたまるか」
 悲鳴を上げる体を無理やりに奮い起こし、動ける姿勢へと。
 さて、あの嵐のような猛攻を何度避けることができるか、と考えて笑う。いま少しだけ、諦めかけていたことに。
 そして思い直す。避けるんじゃなくて、凌ぐのだと。最後まで勝利を目指すのだと。
 男はそんな俺の目の前で、腕を振り上げ下ろせば当たる位置で、ジッと俺を見る。
 その姿が何故か、悲しみ惜しんでいるように見えて、
「まだ勝負は終わってねぇだろうが!」
 つい、発破をかけてしまう。
 それに反応したのか、男はほんの少しだけ戸惑うように身を震わせ、俺に向かって拳を振り落とす。
 なんだ、やっぱり通じるんじゃねぇか、などと考えつつ回避行動に移ろうとして、
「いつっ」
 痛みに気を取られ、失敗した。
 目の前に迫る拳が何故かスローに見える。
 ゆっくりと、自分の意識を刈り取るだろうソレが近づいてくるのを見て思うことは、一つ。
(あぁ、ここで終わりか。勝ちたかったなぁ)
 神が寄越した覚悟の時間。そうとも取れる一瞬。
 ゆるゆると伸びる拳が、顔に触れるか触れないかというその時、
「おい、まだてめぇとの勝負はついてねぇだろうが」
 不機嫌そうな声が聞こえ、それと同時に横殴りの弾幕によって目の前の拳が弾かれていた。



 顔面すれすれのところを通過する腕をその身で感じていながらも、視線は弾が飛んできた方向へ。
 その行動は何も俺だけではなく、目の前の男も同じように横に。
 そこにいたのは、ギラギラとした目でこちらを睨みつけてくるアイツ。
「そんなヤツに梃子摺ってんじゃねぇ」
 体のあちこちは傷だらけで、服は汚れ、そして破れ、綺麗に整えられていた髪形もボサボサで、しかし始まった当初に出会ったときと同じ強い眼光。
 もうやられたと思っていた。どこかで誰かに倒されているんだと思っていた。
 そんなアイツが、俺の前に再び現れた。
「お前を倒すのは、この俺だ」
 傷だらけで小汚い格好で、口元だけでニヤリと笑うアイツ。
 それをみて、俺は
「はっ、いいとこ持っていこうとすんなよ」
 純粋に格好いいと思った。
「――――――」
 目の前にいた嵐が再び動き出す。振るわれる豪腕をなんとか回避しながらアイツの傍へと。
 途中で痛みから何度かこけそうになったが、そこは意地でなんとかする。無様な姿を見せるわけにはいかないから。
 なんとか辿り着いた途端、頭に一発。
「いってぇ! 何しやがる!」
 いきなりの不意打ちにぐらつく体を御しながら文句を言うと、
「うるせぇ。あんな木偶にやられそうになってんじゃねぇよ。さっさと始末して勝負の続きだ」
 なんて言葉と共に、一瞥もせずに走り出す。
 ボロボロの癖にしっかりとした足取りで嵐へと飛び込むアイツを見ながら、俺は笑うしかない。
「面倒くせぇ奴にライバル認定されたもんだ」
 そう言葉を漏らす間にも、目の前で行われる戦闘は苛烈を極める。
 走りよるアイツ、迎撃する男。
 四方八方から撃ち出される弾幕と、それを意に介せず振り回される腕。
 弾を受け揺らぎながらも振るわれる手足、それを紙一重で避けながら撃ち出される弾。
 アイツも消耗が激しいのか、以前のような余裕のある回避ができていない。撃ち出される弾幕は正確に撃ち出されているものの、自慢のフットワークは鳴りを潜めている。
 男の方だってそうだ。一人で何十人もの相手をしたのだろう、飛び散る血に動きが鈍ってきている。
 だが、二人は止まらずに、ただ相手を倒すために必死に動く。
「俺も、忘れんなよ」
 その闘争に自分も参加がしたくて、その渦に飛び込んでいきたくて、ぐっと拳を握り締める。
 アイツが何の説明もなしに突っ込んでいった理由はとうの昔に理解している。スピード重視のアイツだと、男を倒すことなんて出来ない。
 なら誰なら倒せるか。
「俺だ。俺だけが奴を倒せる」
 言葉と共に、先程握り締めた左拳を自分の右肩へ叩きつける。
 痛い。途轍もなく痛い。だが気にしない。
 一発、二発、三発四発五発六発。
 六度叩いてやっと、右腕に感覚が戻ってきた。
 脳に迫る痛みを無視しながら右手を動かす。ゆっくり開き、ゆっくりと閉じる。
 動いた。なら問題ない。
 すぐさま右腕に弾を用意する。自分の出せる最高最大の弾を。
 ぐんぐんと大きくなるその弾を見ながら思うことは唯一つ。
「これじゃあまだ足りない」
 恐らく今の出せる最大の大きさ、手に収まりきらない大きさにまでなった弾だが、まだ足りない。
 目の前でアイツと踊り狂うあの男を倒すにはまだ足りない。
 女神に全て奉げたあの男の覚悟に比べれば、まだまだ足りない。
 途端、体から力が抜ける。
 どうやら余りの力の入れように体が限界に来たようだ。
 だが、そんな程度でやめられるわけがない。
 見ろ。目の前の闘争を。熾烈な争いを。
 必死に避けながら弾を打つアイツを見ろ。無数につけられた傷を一切気にせずに動き回るあの男を見ろ。
 今の俺の右手で浮かぶ弾が、それに参加できる程のものか。
「まだ、足りない」
 力をこめる。力をこめる。使い切ってもいいと、力をこめる。
 弾は応えるように大きさを増し、今やその大きさは自身の半分ほど。
 今度はそれを縮める。右手で掴める大きさまで。
 頭は痛く、いつの間にか鼻からは血が出て、右肩からの信号は止まらず、足は先程から諤諤と文句を垂れている。
 だが気にしない。自分も、アイツも、あの男もとっくの昔に限界など超えている。
 後はどれだけ突っ走れるか。そんな中で格好など気にしていられない。

「格好つけるだけじゃ、格好悪いもんなぁ!」

 握りつぶす。それくらいの意識で弾を小さく、より小さく纏める。
 今すぐ破裂しそうな弾を、制御を離れて飛び出していきそうな弾を必死で押しとどめる。
 撃つ者と撃ち出される物との勝負。
 それを制したのは勿論、自分。
「準備は万全。後はやるだけだ」
 右手で包めるほどまでに縮まった弾を見、そしてそれをぶつける相手を見る。
 右手の中で爛々と主張する弾こそが、自分の全身全霊。
 もしこれが通じなければ、それは相手がそれだけ強かったということ。
「逝くぞこらぁぁぁぁぁぁ!」
 声を上げて男の元へと走る。一直線に、ただ男だけを視線を定めて。
 一歩、二歩、三歩。
 自分でも驚くほどにしっかりとした足取りで、俺は男の下へと駆ける。
「――――――」
 それに気がついたのだろう男も、アイツから視線を逸らし、俺を見る。
 交錯する視線。近づく身体。
 何の小細工も用意せず、俺はただ右手を前に突き出して走る。
 それを迎撃しようと男が腕を振り下ろし、
「おい、俺を無視してんじゃねぇ」
 という言葉と共に弾幕によって弾かれる。
 木偶が、と吐き捨てるように言い放つアイツの言葉を何処かで聞きながら、俺は辿り着く。
 男の眼前。目の前巨体。
「――――――」
 叫びと共にもう一度腕を振り下ろそうとするが、
「それより、俺のが早い」
 右手の弾をぶつける。俺の渾身の弾をぶつける。
 押しとどめられた力は、やっと解放されたと怒涛の勢いで男の体へと殺到する。
 対する余波もそれは酷く、撃つ側の俺も吹き飛ばされそうになるが、踏ん張る。
 ここが決め時。もう一度同じ弾を用意しろといわれても不可能。
 ここが決め時。これがダメならお手上げ。
 ここが決め時。男を見せる、時が来た。
「自慢の筋肉だかなんだかしらねぇけどよぉ」
 耐えている、男は耐えている。じわじわと弾によって体を削られながらも耐えている。
 凄い男だ。本当に凄い男。
 こんな男に出会えて、戦えて、俺は本当に幸せだ。
 だが、負けるわけにはいかない。
 俺は勝つために、ここに来た。
「そんなもんで、俺の魂、防ぎきれるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――――――――――――!!」
 俺と男の声を掻き消すように、轟音。
 周りにあった石や破片が吹き飛ぶ。その爆風の中心にいるのは俺と男。
 動かない。動けない。
 俺は男の腹に突き出すようにして右腕をだしたまま。
 男は俺を叩き潰そうと右腕を空に掲げたまま。
 時が経つ。それが一秒なのか一分なのか。
 時の流れに体を任せていると、男が動いた。
 掲げていた右腕をゆっくりと下ろし、俺の眼を見る。
 そこには先程までの血走った目はなく、意思ある瞳。

「後は任せた」

 そんな言葉に、
「おう」
 俺は小さく言葉を返す。一切迷わずに、口から飛び出した言葉。
 俺の言葉に満足したのか、男はゆっくりと頷き、そのまま意識を失った。



 ボッというジッポーの音を聞きながら煙草に火をつける。
 吸うのは俺だけじゃなくて、となりのコイツも。
「まじぃ」
「安もんだ。気にすんな」
 二人して壁に身を任せ、ゆったりと煙草を吸う。
 本当は今頃戦っている頃なんだろう。下手するとどちらかが倒れ、勝負も決まっていたかもしれない。
 なのに俺たちは今、仲良く並んで煙草を吹かしている。おかしな話だ。
「それで? どうするんだ?」
 いつやるのか、と言外に告げるが、コイツは空を見ながら一言。
「慌てなくても一本吸い終わったらやってやるよ」
「そうか」
 コイツの性格なら、あの男を倒したその瞬間に勝負を仕掛けてくると思ったが、そういうわけでもなかった。
 もしかしたら、本当にそうだという確信はないが、コイツはこう思っているのかもしれない。
 もうすぐ終わるな、と。
 ジリジリと短くなる煙草。それが勝負を急かしているようにも見えて、何故か笑ってしまう。
「なに笑ってんだよ、気持ちわりぃ」
 そんな言葉に、なんでもないと返しながら、口に咥えた煙草を見る。
 既にフィルターの部分まで火はきている。つまり、俺は吸い終わった。
 それを確認した後、隣でゆっくりと煙を出す煙草を見る。
 あと少し。あと少しで最後の勝負。
 それに対し、何かをいおうと口を開け

「どけっ!」

 俺は何故かつき飛ばされた。
 と、同時に俺の傍を走る弾。
 何故、どうして、何が起きた、そう頭を働かせる俺の目の前で、アイツの胸に、弾が当たる。
「っ――――」
「おい、大丈夫か!?」
 傍に駆け寄りながら俺は思った。誰が弾を放ったとか、まだ生き残りがいたのかとか、そんなどうでもいいことではなくて、なんで俺を庇ったのかと。
 弾の動線から考えて、狙いは明らかに俺であった。なのに、コイツは、今目の前で蹲るコイツはどういう理由か俺を庇った。
「まだてめぇとの勝負はついてねぇだろうが」
 そんな俺の疑問に答えるように、ニヤリと笑いながら立ち上がる。胸を押さえながら、そしてこちらに弾を飛ばしただろう新たな敵を睨みながら。
 視線の先を追えば、そこにいたのは小柄の少年。傷という傷も見当たらない、万全ともいえる姿。
 しかしその表情には、思い描いていた通りの結果と違ったのか、驚きが浮かんでいる。
「ちょっと待ってろ。ぶっ潰してくる」
 そういいながらフラフラと少年に向かって歩くその姿に、
「おい。俺とやるんじゃねぇのかよ」
 と声をかけてしまう。
 そんな俺に向かって、何を言ってるんだと笑いながらソイツは一言。
「お前とは、最後にやりてぇんだよ」
 それによ、と続けながら煙草に指をやる。
「吸い終わったらって話だろうが」
 ソイツの口にはまだ吸い終わっていない煙草が一本。
「あのガキの弾は俺に当たった。俺が喧嘩買うのが筋ってもんだろ」
「だが、」
 なおも言い募ろうとした俺に対する返答は、足元への狙撃。
 それだけで何もいえない。もうコイツは少年を倒すと決めてしまった。
 ならそれを待つことしか、俺には出来ない。
「この先に広場がある。そこで最後の戦いだ。覚悟してろよ」
「お前もさっさと終わらせてこいや。待ってるぞ」
 誰に物を言ってやがる、と笑うソイツと拳をガツンと合わせ、俺はその場から背を向ける。
 最後の場所を指定されたのなら行くしかない。
 たとえ、約束した相手が来なくとも。



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ぼんやりと空を眺める。
 一分かもしれないし、もしかしたら一時間かもしれない。
 長くて短い時間の中で待ち続けた俺の目の前には、さっきとは違いいくつもの傷を負った少年の姿。
 そうか、そうなったのか。そう思いながら、俺は少年が来たときに聞こうと思っていた質問を投げかける。
「なぁ、アイツは強かったか?」
 そんな俺の問いに、少年は少し戸惑いながらも、しっかりとした目と声で答えた。
「はい。とても強かったです」
 その言葉に、つい笑ってしまう。
 そうか、強かったのか、俺も戦いたかった、と。
 だがそれももう無理。目の前にはこちらを真剣な目で見つめる少年がいる。
「さて、じゃあやろうか」
 ゆっくりと動きやすい姿勢に移る俺に、少年は痛ましそうな顔で言う。
「負けを認めてください。そんなボロボロの体じゃ無理です」
 そういわれて浮かぶのは笑み。
「そんなこといって、君だって相当無理してるんだろ?」
「……やっぱり分かります?」
 少し驚いて、少年は笑う。年季が違うんだ、それくらいは分かる。
「これに参加するのは初めてかい?」
「はい。今回が初参加です」
 それを聞いて思うのは、自分が初めて参加したときのこと。
 あの時は逃げ回って、結局やられて、悔しくて泣いた。
 それなのに目の前の少年は初参加で最後まで残ったという。末恐ろしい話だ。
「ここはそんな君に敬意を表して優勝の座を明け渡したいところだが、そうもいかない」
「そんなにボロボロででも?」
 もう説得は意味がないと分かったのか、少年も構えながら疑問を口にする。
 それに対する答えは決まっている。これ以外、いう言葉がない。
「今まで倒してきた奴ら背負ってんだ。体がどうので止まれねぇ。そうだろ?」
 その俺の言葉に、少年も思うところがあったのか頷く。
「さて、勝負だ」
「勝ちます」
 言い合うと同時に、俺たちは互いに向かって走り出した。

 右腕を思いっきり振り上げて、下ろす。痛みなんぞ全く気にせずに全力で。
 それを少年は体を捻りながら何とか避けて、こちらに向かって拳を放つ。
 当たる。胸の真ん中に少年の拳が当たる。
「ってーな! この!」
 体に走る電流を無視しながら俺は少年の腕を掴み、引っ張り、殴る。
 吹き飛ぶ少年。
 軽いぞ、ちゃんと飯食ってんのか。そんなどうでもいいことを考えながら、追撃の手を緩めない。
 倒れている少年まで近づき、その勢いで蹴り飛ばそうとして、腹にいい感じに弾を貰う。
 なんだよ、まだ弾出せる余力があるんじゃねぇか。
 さっきからどうやっても、弾を作り出すことが出来ない。恐らくあの男との戦いで使い切ったんだろう。
 最後に物を言うのは己の肉体だ、などと考えながら、痛む腹を押さえ一度引く。
 すぐさまそこには幾つかの弾が殺到し、少年も本気だということをよく表している。
 負けられない。負けたくない。ここまできて、負けてられない。
 恐らく互いにそう思っているはずだ。それがまた嬉しくて仕方がない。
 そうか、少年も好きか。俺も好きだ。
 そう思いながら、弾の雨を何とか避けながら少年に近づく。
「おらおら! こんなもんじゃねーだろ! もっとこいやぁ!」
 叫ぶ俺に呼応するように、少年から放たれる弾が強く輝く。
 本場にも引けを取らないだろう、そう思わせる力強さを感じさせる弾幕。
 だが、それで引く道理もやられてやる道理もない。
 右に左に移動しながら少年を目指す。たまに飛んでくる追尾型はひきつけて回避、拡散型は動きをよく見て間を進む。
 今までの戦いのおかげだ。今回だけじゃなく、今までの全ての戦いに支えられて俺は今戦場にいる。
 追尾が甘い。拡散も甘い。複合型も上手く操れていない。
「まだまだ、甘い!」
 走り抜ける。脚はとうに悲鳴をあげている。前後左右、不規則な移動にもう限界だ。
 だが、それでも走れる。筋を痛めるなんてレベルじゃない運動を、悲鳴のような痛みを上げながら脚は遂行する。
 それは何故か、答えは簡単。俺の脚だから。
 俺の体の一部なんだ、俺の気持ちが分からないはずがない。
 こんな所で止まっていいなど、思うはずがない。
 飛ぶ弾の量が増える。少年も限界を超えて弾を放っているんだろう、隙間からわずかに見えるその顔は真っ青だ。
 しかし、止まらない。少年も、俺も止まらない。
 無理な弾の生成でフラフラになろうと、避けきれずに体に傷が生まれようと。
 互いに、勝つために戦いをやめない。
「いきます!」
 辺りに飛び散る弾幕音の中、少年の声がはっきりと聞こえる。
 そして同時、俺があの男にぶつけた様な馬鹿でかい弾が少年の周りに生成される。それもいくつも。
 化け物みたいな新人だ、そう思わずにいられない。
 そう考えている間に、少年はそのどでかい弾をこちらに飛ばしてくる。遅けりゃ助かるのだが、今まで見てきた中で一番速い。
 どうにか回避しなければ、そう思い、改める。
「しゃらくせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 突っ込む。大玉へと突っ込む。恐らくそれが、俺の出来る少年への敬意だから。
 右腕と左腕を交差させ、頭を庇いながら、飛び込む。
 右腕が熱い。左腕が熱い。頭が痛い。何もかも吹き飛ばされてしまいそうだ。
 それでも、引かない。引いてなんかやらない。
 俺の想いを、俺の熱さを、俺の魂を、少年に見せてやらなければならない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 ギシギシと悲鳴を上げる腕たちは、俺に応えるかのように必死に身を守ってくる。
 さっきから震えっぱなしの脚たちは、俺を後押しするかのように地面の存在を伝えてくれる。
 全身がそして心が進めといってくれている。
 下がりそうになる心を今まで倒した奴らが、あの男が、そしてアイツが支えてくれる。
 燃える。いっそ燃え尽きても構わない。
 アイツと合わせた拳が熱い、あの男と交わした言葉が胸を焼く、俺に託した馬鹿たちの想いが燃え広がる。
「こんなもんでよぉ!」
 ぐっと、身をかがめる。これは下がったわけじゃない。更に踏み出すためのただの準備。
 踏み込む、地面を揺るがしかねない勢いで踏み込む、そして
「俺が止まってたまるかよ!!」
 抜ける。少年の渾身の大玉を、突き抜ける。
 まず感じるのは風。ふわりと舞う風が頬を撫でる。
 続いては地面の感触。俺を支えるために、どっしりと構えられた土。
 目の前には、呆れながらもすっきりとした顔の少年。
 その顔は自分の出せる全力を出した、これで負けては仕方がないと語っている。
「僕の負――――」
 何か言おうとする少年を、思いっきり殴り飛ばす。
 恐らく俺の顔は今、酷い。酷く怒っている。
 どうして、という顔をしている少年に、まだ分からねぇのかと言葉を投げる。
「お前の想いはよ。弾撃てなくなったら終わるもんなのかよ」
 俺の言葉の意味を、少年が理解するのに数瞬かかり、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 理解したと同時に俺に向かって走りこんでくる。
 そうだ、それでいい。まだ俺たちには体がある。弾が出せなくても拳がある。
 それだけで、十分勝負が出来る。
 俺の腹に少年の拳が食い込む。負けじとボロボロの腕を振り回し、少年を殴る。
 少年の拳は熱かった。そしてとても痛かった。
 大玉も熱く痛かったが、少年の拳はそれ以上。
 こんなものを後数発も食らえば意識が何処かに飛んでいってしまう。そう思わずにはいられない代物。
 そんなものを避けれるか。そんなわけがない。
 こんな熱いものを避けてなんていられない。
 少年の拳が俺に触れ、俺の拳が少年に触れる。
 殴って。
 殴られて。
 蹴って。
 蹴られて。
 笑って。
 笑われて。
 どれくらいやりあってるのか分からないくらいの時間、俺たちは拳を交え、心を通わせる。
 そうして唐突に、
「次は、僕が勝ちます」
「馬鹿。次も俺の勝ちだ」
 終わった。
 少年は俺の顔に拳をめり込ませたまま、笑いながら気を失う。
 互いに顔は腫れ、無事なところなど見つからない。
 記憶などとっくに消えていて、残っているのは痛みと熱さだけ。少年と交わした熱さだけ。
 終わった。少年の意識が、いや今この戦場にいる全ての男たちの意識が今はない。
 勝った。勝ち抜いた。
 どれくらいの男たちから勝負を挑まれ、また託されたのか分からない。
 それでも俺は今、この戦いを勝ち抜いた。
 倒れそうになる少年の体を支えながら、

「                    」

 ただ、吼えた。







 俺は今、あの戦いでの勝利を伝えるために階段を上っている。
 この階段を上りきれば、彼女がいる。
 それだけで胸が張り裂けそうで、俺は勇み足に階段を上る。
 そして上りきり開けた視界に映るのは、一人の少女。
 俺は、叫んだ。
「霊夢ぅぅぅぅぅぅ、俺だぁぁぁぁぁぁ結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「帰れ」
***
 数日後、そこには第353回霊夢争奪戦に参加する彼の姿が!
「まだ諦めたりなんてしないよ!」
***

 初めての方は初めまして。他のも見た、という方はありがとうございます。
 十四回目の投稿になります。音無です。
 「○○は俺の嫁」とかいってる人はこういう争いをしていると勝手に思っている。異論はかなり認める。

 さて、ここで皆さんにいいニュースと悪いニュースがあります。
 いいニュースは、また○○争奪戦が開催されることが決定いたしました。ここに来られている以上、参加資格は十分にあります。是非ご参加を。
 そして悪いニュースの方は、その戦いにR乃助氏を始め、Y忌氏や玄G氏が参加をするとのことです。皆さん、頑張っていきましょう。

 あと、霊夢は俺に任せろ。
音無
http://secsec.client.jp/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.760簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
男くせぇ、
でも俺はこんな男くさくて熱くなる話が大好きだ。

あんたは自分のやりたい事をやってくれ。
霊夢は俺に任せろ。
6.100謳魚削除
たまには漢臭くとも。

あと、霊夢さんは御任せしましたのでにとりんとサラお姉ちゃんは御任せ下され。
7.100名前が無い程度の能力削除
どうした? 告るんだろ? イチャスレ民。
霊夢と結婚できる確率は、万に一つか、億か、兆か、それとも京か


まあ自分は霊アリ派なんで嫁はいないんですがねw
8.100名前が無い程度の能力削除
ルーミアは俺に任せろ。
9.80名前が無い程度の能力削除
R乃助っての「乃」って誤字ですかね?
告白権争いとは……まるでサブプライムローンだな
12.100名前が無い程度の能力削除
オリジナルだろこれwwwwwww
……と突っ込もうと思っていたらきっちりオチを付けた技術に脱帽。
だが後書きは許せんっ!
13.10名前が無い程度の能力削除
こういう連中の思考回路は全く理解出来ないししたくもない
15.70名前が無い程度の能力削除
霊夢にジト目で一瞥されたい・・・
16.100名前が無い程度の能力削除
うまくオチがついたね

353(巫女さん)…354(神輿)…暫く縁起のよさそうな霊夢争奪戦が続くな
あと、あなたに霊夢を任せる気はない、俺がだな(ry
17.80名前が無い程度の能力削除
イチャスレ民とは!!
無限の告白!!
“「〇〇は俺の嫁」を千回書き込む馬鹿な自分”の恋心を!!
ありえねーと否定せずそれもありだと千回告白する者!!
18.90名前が無い程度の能力削除
>>7 それがたとえ那由他の彼方でも 我々には充分に過ぎる!!

まあ自分はyukareimu派なんですがねw
19.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず、今から参加してこようかと思うんだが、誰か一緒にいかないか?
21.80夕凪削除
異論は認めるということなので。
幻想郷に男くささは無用の長物である。
よって、この作品の内容を考えたとき、その評価は自ずと出た。
10点だーーーーーー!!!
しかしなんだ、嫌いじゃないよこういうのw
22.100名前が無い程度の能力削除
馬鹿野郎!!東方は少女達が弾幕ごっこをするのがいいんじゃねえか!
誰もこんなの望んじゃねえんだよっ!よくもこんなSSを創想話に投稿しやがったな!!
まったく、暑苦しくってかなわねえや……目頭まで熱くなってきやがった。
一児の母の100点だけど、欲しけりゃくれてやるよ。持っていきな!

男臭いって素敵。大好き☆
23.90名前が無い程度の能力削除
幽香争奪戦会場は何処ですか
24.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷の少女達には全く持って似つかわしくないと思うが、やりあっているのは男同士だし、なにより死力を尽くして闘う様が格好良かったのでこの点で
端的で迫力のある戦闘描写も、緩急がありだんだん切迫してくるような文章もとても好かったです


ただし俺はゆかれi(ry
28.100名前が無い程度の能力削除
六尺的なことなら外でやってくんない?
と言いつつオッスオッス
30.70名前が無い程度の能力削除
そそわ的にどうなのかな、って思いつつも熱い闘いに楽しませてもらったのでこの点で。

それにしてもなんて切なくむなしい闘いだww
36.70名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃないけど東方でやる必要ないよね
と思ったらラストでwwwカオスwwww
37.90うわぁ削除
特に嫁と言うわけではないが、リグルと藍いいよね。
38.70ずわいがに削除
だろうと思ったよww
40.100エミ削除
男臭すぎる本文と、それを一言で切って捨てる最後のオチの気持ち良さに感動。その情景も、次回大会にまた来るであろう男たちの姿がありありと目に浮かんで来たw

こんな迷作をありがとう。