Coolier - 新生・東方創想話

吸血鬼夜紅 

2005/01/31 02:30:07
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吸血鬼夜行












 白玉楼。

 
 灰色の世界。そこは幽玄と無限の箱庭――冥い空気、暗い空、昏い大地――いにしえに死蝶に誘われ、命破れた死者どもの棲む終焉の土地。この冥界『白玉楼』こそは、死せる魂にとっての――あらゆる意味で終わってしまった、変化の無い、優しい時間が流れる約束の地であった。だが、白玉楼は死が立ち込める世界にも関わらず多くの樹木が生い茂る。なかでもこの地を守護する『西行寺家』の周りを埋め尽くすように林立する、幽冥楼閣桜並木には色鮮やかな薄桃色の花びらが咲き乱れていた。幻想郷でも並ぶものの無い、桜花絢爛ともいうべき見事な庭園、冥界の風が吹くと…ひらひらと舞い散る生命の残滓、それは――悠久の時を経て、業の抜けつつある死桜が零す…薄い血色の花弁。



 ビョォォォォ………



 死風が吹いた。



 はらはらと死桜から魂の欠片が舞う。
 
 
 一、十、百…千……万……。無限とも思える死桜の列にあって、他とは一線を画する朽ち果てた巨木の幹にその少女は背をたもたれ、無意識に風に舞う花びらの数を数えていた。
「………………………………………千。千枚の花びら、か」
 気だるい声で囁いた少女の名は「西行寺 幽々子」。――幽冥楼閣の亡霊少女、冥界の守護者である。死後、尊き役目を永きに渡り果たしてきた華胥の貴人。優雅な物腰で立ち尽くす、その華奢な肩には…背負いきれない程の悲しい宿業が。にも係わらず自壊することもなく、寸分たりとも変わらずに古き時代から在り続けてきた少女である。



   富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ
   その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印し
   これを持って結界とする。
   願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、
   永久に転生することを忘れ…


 悲しい、なんて知らない。生きてた頃の私、なんて知らない。
 ほぼ全ての記憶を、遺体と共に西行妖へ封じられることで…無邪気で気楽な存在へと昇華した幽々子。だからこそ、こんなにもたのしい日々を過ごす事が出来る。けれども――けれども、こんなにも桜吹雪が、恐ろしいほどに綺麗な夜には、幽明の境界が不確かになりその封じが弛み、生前の記憶が断片的に甦ることも………ある。
「――さくら、さくら…はらはらと。 さくら、さくら…ごうごうと。 さくら、さくら……吹き荒べ……」
 口をついたのは、無意識の唄。華胥の亡歌。生前一度だけ耳にした、今は喪われし、導きの歌……。
 誰だったろう。誰だっただろうか。この桜――西行妖の前で、血塗れになりながら自分を背に庇い、刀を振るってくれた者は。いや、あれは本当に刀であっただろうか? その者が謡い、両手にもった何かを振るい、舞い踊るたびに……ざわざわと、ざあざあと……良く思い出せない綺麗なものが沢山、たくさん萃って、集まって、あつまって――濁流のように、大蛇のように、大風のように空を埋め尽くし――とても、とても…恐くて紅くて、不吉なもやもやしたものを、綺麗に押し流してくれて――


 既に幻想の守護者、八雲 紫によって封印が強化され、無害な老木と成り果てたかにみえる西行妖。
 その巨躯に背を預け、幽々子は桜舞う幻想的な光景を呆…と眺め、記憶の海を漂い続ける。
 
 
 風が吹く
 
 視界に舞い踊るは幾千万もの薄紅。
 
 ざぁぁぁ……と驟雨のように降り注ぎ、ぶわぁぁぁ……と夢幻の如く光影を抱き、立ち昇る花弁。
 
 ―――春の嵐、死蝶の夢。
 
 涙が出るほどに幻想的なそれは 生と死のありえざる融和。
 
 いつだったか――――――
 
 どこだったか――――――
 
 
 そう、あのひとは……だれだった、か――――――
 
 
 
 
 ふと目を瞑り、彼女は目前の桜花乱舞をこころに焼き付ける。――うん、そうね……確かに似たような記憶があるわ、この光景は―――
 閉じた瞼の裡には、変わらぬ幻想、代わらぬ幻奏。未来永劫、過去のゲンソウはこころを犯し、こころを呼び覚ます。
 ――見果てぬ、夢……か。無意識に漏れる言の葉が桜花の群れに紛れ散って、ざぁざぁと風雅な夜――夢幻深夜を彩っていった。
 
 
 
 
 
 
「フフッ………その面白い夢は私にも見えるのかしら? 亡霊のお嬢さん」






 忽然と生じた紅い霧が、冥界に満ちる桜花の幻想を包み込み、じくじくと犯し逝く。
 
 逃げ惑う幾千、幾万の薄紅の蝶は 襲い掛かる幾万、幾億の真紅の蟻に――侵食され、略奪され、変質された。
 
 桜花は 紅霧に染まりゆく。
 
 これぞ、盛者必衰の理である。
 
 古き時代から茫洋と在り続ける、春の夢 死蝶の夢は……
 
 幼き意思…純粋なまでに貪欲な、紅の夢 紅魔の夢に取って代わられる。
 
 
 
 紅霧に紛れ侵攻する、漆黒の翼持つものどもがキィキィと啼き散らす。その数13羽。それらから放たれる、春の少女を嘲笑うかのような耳障りな極高音の音波は、いまだ舞い続ける花びらをぴりぴりと、びりびりと震わせた。その様はまるで戦のトキの声に脅える、純朴な村娘たちのようであった。紅き貴族の私兵、幽冥楼閣の…我が物顔で神聖な夜を謳歌する…愚昧な桜花の民を聖戦の名の下に打ち砕く。そう、完膚無きまでに。苛烈に、峻烈に、激烈に、熱烈に。一心不乱の黒き尖兵の群れは真っ赤な目を煌々と輝かせ、真っ赤な口蓋をニイと吊り上げ、真っ赤な霧と真っ赤な喊声を吐きだし冥界の夜を震撼させ、恐慌のどん底へと叩き込む。
 
「こんばんは、お嬢さん。いつぞやは当家のメイドがお世話になったわね。フフフ……まぁどうでもいいんだけど。そんな瑣末なことは」

 幽々子の周囲を高速で飛び回る蝙蝠どもから、気品のある囁き声が聞こえた。霧と桜―――紅白の嵐に黒い流星が見え隠れする。ほえっと目を開き、声の出所を探る幽々子。しかし余りに高速な影は――しかも、13にも及ぶそれらから同時に聞こえる声は、その位置を彼女に掴ませない。
 ――あらら……目が廻りそうね……。早々に目で追うことを諦めた幽々子は暢気な声を上げた。
 気の抜けること甚だしい呆けた声を受け、それならばと蝙蝠どもは幽々子の前に集まる。バサバサと羽音が木霊し、紅霧が渦を巻く。密集した蝙蝠と紅霧、そして桜花が織り成す、赤と黒のロンド。優雅に螺旋を描き、回り続ける揺り篭から次第に霧が晴れていき――

 
 バサァァッ
 
 ぴんと張り詰めた翼が一閃。
 
 暴虐の旋風は、周囲に群がる有象無象どもを吹き散らし――――――緋色の悪魔が降臨。
 
 
 舞散る真紅の花びらを身に纏い、現われ出でた高貴なる者は典雅に微笑む。
 ありえないほどに、美しく可愛らしい少女であった。
 肩にかかる程度に伸びる、緩やかに波打ち夜闇に映える、青み懸かった銀髪。御身を飾るは、薄紅色を基調とした気品溢れる西洋服。その所々にあしらわれた真紅のリボンが、彼女の秘める緋色の幻想を際立たせていた。視線を上に向けると、ちょこんと頭上に乗った可愛らしいモブキャップが目に付く。それは幼い魅力とほほえましさを見る者に与える。だが……
 なにより人目を惹き、民草どもの心を捉えて離さない彼女の魅力は、
 服装、髪の色、顔の造詣などの表面的な美景ではなく、
 少女の本質を顕す、三つの異形の美であろう。
 それぞれ―――
 
 
 『真っ赤な 真っ赤な 鮮血より真紅の 緋色の魔眼』それは支配の王錫。
 
 『可憐で蟲惑的な口元から覗く純白の八重歯…否、牙』それは皇家の神剣。
 
 『禍々しい 威厳とカリスマを備えた 蝙蝠のつばさ』それは王者の外套。
 
 
 調和の取れたトリニティは、従者を上回る完全で瀟洒な美を、誇り高き夜の王にもたらしていた。
 妖しく微笑む悪魔的な美姫は、その場で優雅にくるりと回転し、ふわり、とはためいたスカートが落ち着いた頃を見計らって静かに目を閉じる。
 その後彼女はすうっと右手をささやかな胸に当て、二百由旬の彼方まで魅了する笑顔でぺこりとお辞儀をし、目前の亡霊に礼を尽くす。
 
 
「では、あらためて。こんばんは、白玉楼の――しみったれた冥界のお嬢さん、西行寺 幽々子さま。
 我が名は―――レミリア・スカーレット。
 真紅の貴族、幻想郷の夜を支配する王、どう呼んでくれても構わないわ。
 でも、赤い満月の夜に私に出会ってしまった下賎の者どもは 大概こう言うの。
 畏怖と憧憬を込めて――
 
 ―――永遠に赤い幼き月 てね。
 
 今宵は満月、我が眷属の血が騒ぐ尊き夜。
 フフフ……貴方はとても幸運ね、最高の私に出会えるなんて。これも運命、なのかしら」
 
 
 
 
 
 
 
 
   永遠に赤い幼き月
      レミリア・スカーレット
 
 
         ― Remilia Scarlet ―
 
 
 
 
 
 
 
 言い切った。完膚無きまでに言い切った。物凄まじい程の傲慢な言葉。以前宴会で顔を合わせている幽々子に向かって、これ以上無い程きつい自己紹介を施すレミリア。ここまで言い切るといっそ清々しい。その真紅の洗礼を受け、あっけに取られた幽々子は口をぽけーと開いたまま状況を整理することを試みる。
 ――ええと、ここは私の庭で、時刻は夜、目の前に居るのは…あら、確か前に宴会で会ったような……。
 うんうん唸って思い出した幽々子。遅い反応で返礼をする。
 
 
 
「あら、二度目まして…かしら。紅魔館の悪魔の犬の飼い主さん。突然現われて、いきなり随分なことを言うのね。
 これが表の幻想郷に名だたる名家、紅魔館のやり方なの? 育ちが知れるわよー、お嬢ちゃん」








    天衣無縫の亡霊
        西行寺 幽々子


         ― Yuyuko Saigyouji ―







 亡霊少女は紅魔の嬢に負けず劣らずの笑みを浮かべて返礼した。天然なのか熟慮の末なのか、判断に苦しむ内容である。まぁ…彼女を良く知る庭師ならば、前者の可能性が高いことを確信するであろう。なにはともあれ、喧嘩を売ってるとしか思えない返礼であった。案の定――

「……ふん。言うじゃないか、能動的な亡霊」
「いやいや、ようむ…は酔い潰れて寝てるんだっけ。可愛らしい悪魔さん」

 くすくすと笑い合う二人。一見朗らかな雰囲気。だがその実、いつ暴発してもおかしくない状況である。
 自ら望んで、威厳を振りまく紅魔。
 何も望まず、天然を振りまく亡霊。
 対照的な姿勢、共通するのは優雅な物腰。似ているようで、全く異質な貴族と箱入り娘の違い。共に高貴な存在でありながら、相容れることは――決して無い。一方的に向けられる敵意に戸惑う幽々子。
 ――うーん、何故だろう? この子になにか気に障ることでもしたっけ。むむむと眉を寄せ考え込むが、思い当たる節はとんと見当がつかない。
 『わからないことは人に聞く』
 何処かで聞いた助言が脳裏に天啓の如く閃いた。――うん、そうね、そうしましょう。
 にこりと微笑み幽々子は問う。
 
「で、なにが気に入らないの? お嬢さん。言っとくけど今回は何もして無いわよ、私。それにしても…
 忠誠に狂った健気なわんこに任せないで、一人でこんな所まで来るなんて……物好きねぇ」

「…咲夜は関係無いだろう、亡霊。これは私の意志だ。お前は気がつかないのか?
 この……
 幻想郷全体を覆う、不愉快な気配を。
 満月の夜に君臨する、この私の格を貶める巫座戯た空気を。
 ――まどろっこしいことは嫌いなんでな、取り合えず最初に一番怪しい前科者の所に来た訳さ」

「気配……ねぇ。あらら、気がついていたの。
 でも私は、何処で誰がなにをしてようと気にしないから。
 ふふ……楽しければ、それでいいじゃない。
 貴方はもう少し、寛容になるべきだと思うわ。気ばかり張ってても、疲れるだけよ?」
 
 やんわりと自分の在り方、在ろうと心がけている高潔な理想を否定されたレミリア。
 自然と、意識的に使用している威圧口調も厳しさを増す。
 
 
「――わかったような口を聞く。では貴様にはこの異変の正体がわかるのか? 西行寺幽々子。
 私より長い時を存在してきたからといって、あまり舐めないことね。
 この、永遠に赤い幼き月―――――――――レミリア・スカーレットを」
 
 
 
 
 
 
 -------------------------------------------
 
 
 
 
 
 威風堂々とした名乗りと共に、紅き灼滅の眼光が幽々子の目蓋を貫く。
 魅了の邪眼。
 支配の天眼。
 紅夢の魔眼。
 優しく、苛烈に。澄み切った湖面のように静か、沸き立つ血の池のように激しく――
 紅き運命、呪われし祝福は赤い運命の糸となり、幽々子とレミリアを繋ぐ。穏やかなゆとりある顔で、神を貫く神槍の如き視線を放つ紅魔の嬢。咄嗟にその視線から気を逸らそうとする亡霊少女。刹那の攻防、水面下の激しい争いは――互いの精神支配を巡る、魔のあやとり。防ぎきれば良し、水鏡の如く魔力を反射させ相手の気力を大幅に削ぐことが出来るだろう。けれども、もし……防ぎきらねば―――
 妖しく紅魔は微笑んだ。折りしも今宵は
 ―――満月。
 彼女のちからが最大になる夜。それに加え、今の幻想郷に満ちる”キ”は、何故か彼女の心の箍を軋ませ、解き放つ。
 リミッターの壊れた、紅魔の心象世界に浮かぶ真紅の月より導かれし、湯水の如き強大な魔力。
 普段の魔力とは、桁違いの禍々しさ。際限なく高まる紅き月の幻想は――
 とうに死を迎え、永劫不変の存在と化した華胥の幻影を凌駕した。並大抵の精神干渉を意識を散らすことで無効化する彼女を以てしても防ぎようもない精神攻撃。幽々子の精神を覆う最終防壁の花弁は……その苛烈なまでに純粋な紅き意志の前に、一枚、また一枚と…無残に散り逝く。
 紅
 赤
 朱
 緋色……
 それは、スカーレットの呪い。
 
 
 
 
 
 
 パリィィィィン………
 
 精神世界にのみ聴こえる破砕音。
 最後の花弁は砕け散った。
 無防備なこころを晒す幽々子。その機を逃さず緋色の幻想は…目前の変わらざる亡霊を一気に侵食、侵攻、侵略の限りを尽くす。
 目の前に紅霧が立ち込めていく。眼球にまとわりつき、染み込んでいく紅霧に導かれ、幽々子の脳裏に――遥かいにしえに、西行妖とともに封じられた筈の記憶――禁断の紅蝶の夢が甦る。
 
 
 ――いけない
 いけない いけない
  見てはいけない
 思い出してはいけない 
 
 
 赤 駄目  巨木 靄が吹き出る 入り込む霞 知らない  赤い蝶なんて  しらない
 
 こんなのは ばたばたと倒れ  やめて   死 死 死  ちがう  私は そんなことは
 
 たすけて だれか  よう、き  もう、いいから  分かたれた  たましい と からだ
 
 つきた つ  かたな  いや どこも かしこも  あか あか  あか あ か  いやだよ
 
 …なんで みな  うごかない、の?  どうして   もしかして  みん、な
 
 
              なに これ
 
 赤々赤赤々赤々赤赤々赤々赤々赤々赤々赤々赤々赤々赤々―――――――――!!!!!
 
 あ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      ”西行寺秘 「           ―――桜」”
 
 
 
 
 
 
     わぁ……    すごい まるで  「      」みたい。 
            
          
 
 ああ きてくれた んだ   と   さま    ――さま  うん  ゆゆこは  それでいいよ
 
 
 だいじょうぶ   だから  もう                 泣かないで。
 
 
 
 
                 ね?
 
 
 
 
 
 
               とう さま
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
              ” 「未来永劫斬」 ”
 
 
 
 
 
 
 ――――――――――――――キィィィン
 
 
 
 幾条もの剣気が彼方から直進し、刹那の時を切り刻む。甲高い音が一度だけ響き、紅い霧が斬り裂かれ 赤い夢は叩き潰された。
 
 
 見開いた両目から、はらはらと涙を止め処なく流す少女を護る為に――裂帛の気合と共にその刀は振るわれた。
 
 地の果てより放たれた剣閃と共に現われた剣士。幽々子に背を向け、残心の姿勢で立ち尽くす、幼い少女。
 
 その小さな背中は―――永遠に喪われた、あの頼もしい背中を思い起こして―――
 
 
 
      魂魄纏いし あやかしのゆめ。
 
 
 父祖の代より受け継がれし、人の迷いを断ち切る剣。それは、未来永劫ただ一人の為だけに振るわれる。
 どんな時でも、何処にいても、半身たる少女は半身たる少女の元へ駆けつける。
 赤い呪いを斬り潰す、白い清浄なる刀身。
 触れらば切れる、刀身に込められた曇りなき想い。
 相手に曇りあらば…決して切れぬものなど、無い。
 切れぬものは―――――――ただ、主君の涙のみ。
 
 
 
 
「―――幽々子さま、泣かないでください。私が……いつでもお側にいますから」
 
 
 
 
 白楼剣が幽々子の涙を反射して、きらりと輝く。
 
 
 
 
「遅くなってすいません。どういう経緯でこうなったのか、分かりませんが……」
 キッと紅魔レミリア・スカーレットを睨む。
「―――珍しい場所に珍しい奴が現れたな。何故幽々子さまを泣かした? 簡潔に言え。さもなくば……」
 余裕の表情で嬢は返す。
「フフン、庭師風情がでしゃばって。後悔しても知らないわよ?
 私はただ、そこの亡霊に訊ねたいことがあっただけ。
 お呼びじゃないわ―――剣を振り回すしか能の無い、あなたみたいな半端者は」
 
「そうか、それは失礼なことをした。ならば半端者は半端者らしく、言葉ではなく……この二刀、
 
               ”楼観剣”      ”白楼剣”
 
 で問うとしよう。お前がどんな戯言を零そうとも…剣が、白楼剣が真実を教えてくれる。
 
 …もっとも、幽々子さまを泣かせた時点であんたはもう地獄逝き。
 
 
 この――妖怪が鍛えた楼観剣に、切れぬものなど、今宵に限っては…絶無!!!!」
 
 
 しゃらん、と楼観剣を抜き放つ魂魄妖夢。既に片手に構えた白楼剣と併せ、二刀の構えを取る。
 
「もう……仕方ないわねぇ、これだから半分人間な半端者はたちが悪いのよ。―――いいわ。
 その頭に昇った血、少し抜いてあげる。……半分幽霊の血は、どんな味がするのかしら。
 これもいい経験よね。うちのメイドには到底及びもつかない薄さだろうけど、味見してあげる」
 
 優雅に蝙蝠の翼をはためかせ、レミリアは宙に浮かび上がった。
 冥界の夜空に紅い月が昇る。
 薄紅色の聖光を放ち、穢き亡者どもを地に返さん、とする紅い魔の月。
 孤高の思考が月を満たす。
 不死の系譜は――ただ、吸血鬼のみでよい。
 図書館の知識人に聞いた…不死の蓬莱人、これ以上死なない亡霊ども、そんな無粋な者どもに…この自分が負ける筈が無い。
 日光に弱く、流水に弱く、ニンニクが嫌いで、心臓に杭を打ち込まれると灰になる。
 吸血鬼というものは、不死を謳うにはあまりに不完全な存在。だが――
 
「フフフ……ねぇ、庭師。吸血鬼がどうして不死の王と呼ばれてるか知っている?
 確かに吸血鬼は弱点が多く、幾多の物語では最後にか弱い人間に打倒される運命だわ。でもねぇ……」
 
 すい…と背中に回して組んでいた両手を解き、オーケストラの指揮者のように頭上へゆったりと、静かに振りかざす。
 掲げた先にあるタクト――白磁のような、繊細な両手に紅い輝きが宿る。
 
「こう考えたことはないかしら。弱点が多い――即ち、それはあまりにも反則的な能力を持つ、我等夜の貴族の慈悲だということを――」
 
 
 
 
 
 
 
 
  Stage ???  不可侵の想い、比翼の亡霊
 
 
 
    
     半分幻の庭師     
          魂魄 妖夢
 
 
        ― Youmu Konpaku ―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――――スカーレットシュート」

 紅が集う。
 レミリアの繊手に凝集された緋色の殺意。薄っすらと微笑む彼女が、囁きと共に左手を振り払う。
 解き放たれた赤い殺意は直線的な軌道を描き、地上へと降り注ぐ。スカーレットシュート――緋色の血球は、いくつもの弾幕に分かたれて、散弾のように広範囲に広がり標的を付け狙う。
 ――いきなりか!
 妖夢は咄嗟に、大地に身を伏せるように屈みこんだ。そして極端な前傾姿勢のまま、迫り来る紅い魔弾へと自ら吶喊。
 頭上には圧倒的な殺意の群れ。「我が体は、一条の剣閃なり」全神経を見切りに特化、主の為に剣を振るえることに高揚した彼女は、微塵も恐れずに降り注ぐ血の雨の中を疾駆する。
 ジュワッ
 掠った服の端が緋に染まり、瞬時に溶け崩れた。
 ボロボロと赤い霧になり、高速機動を行なう体から落ちていくソレを、妖夢は半幽霊の感覚で感知して、不機嫌に呟く。
「あーあ……この服お気に入りだったのに。……また一つ、あなたを斬る正当な理由が増えたわね。
 レミリア・スカーレット、この程度の弾幕で…私の突進を阻めると思うあんたは―――」
 剣鬼の笑み。
 一歩間違えば、訪れるのは赤い終末。身を焦すようなプレッシャーを、まるで旧来の親友のように感じる修羅の宿業。心の裡から這い出す記憶……幽々子とのしあわせで平穏な日常を過ごすうちに永らく忘れていた……師匠、魂魄妖忌との地獄のような――剣に生きる者にとっては、極楽のような――修行の日々が甦る。
 ――ああ、そうだ。この感覚……懐かしいわね
 凄惨な笑み。
 完璧な殺陣を演ずるは、比類なき剣客――魂魄妖夢。
 するすると血の雨を掻い潜り、夜空に浮かぶ真紅の偽月へと肉薄する。
 ――ハハ、ハハハハハ……
 押し殺した笑い声。ザザッと左右にステップを行なった。元居た大地を抉り、ジュワァァと崩壊、腐食させる血球。迫り来る死をものともせず、剣客は狂喜。次々と赤い死線を越えて……とうとう彼女は、紅魔レミリア・スカーレットの直下にまで到達した。

「ほう……やるじゃないか、庭師。このスペルの死角を見切るとは」

 言葉とは裏腹に微塵もたじろがない真紅の偽月。自身の実力と矜持に支えられた自信は「この程度の事態は、完全に想定範囲内のことだ」と何よりも雄弁に語っている。愉快そうに妖夢を見おろす緋の目が、一瞬輝いたような気がした。新しいスペルを使用しようとしても、今更――――遅いわ。

「―――地獄に帰りな、レミリア・スカーレット」

 楼観剣
 白楼剣
 
 二振りの刀がぎちり、と歓喜に打ち震える。
 楼観剣が吼える。
(あるじよ、血を、血を寄越せ。我が刀身に憎っくき化生――鬼に連なるモノの血を。)
 白楼剣が囁いた。
(怨敵退散。邪心滅殺。我不迷也)

「今宵の二刀は血に餓えている。幽々子さまを傷つけた報い、しかと受け取れ!!」


 ガキィィイン
 
 頭上で二刀を交差。打ち鳴らした箇所で生じた風塊より、次々と放たれる剣風が、妖夢を中心に吹き荒ぶ。
 直上の赤い月を、がんじがらめに捉えるかまいたちの群れ――業風神閃圏。
 びりびりと大気を震撼させる、壮烈なる剣気――――!! だが、これは今から放たれる奥義の露払いにしか過ぎない。
 これ以上無い、万全の状態で繰り出されるは師匠、魂魄妖忌…秘伝の絶技。
 見たものを――いや、見たと認識する間も無く、必ず殺し尽くす、必殺剣―――
 
 
『受けよッ――――断迷剣「迷津慈航斬」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 庭師の姿が掻き消える。
 瞬間転移にも似た、超高速の移動手段。古代中国に伝わる神速の歩法”禹歩”である。魂魄妖忌の改良したそれは、一足で近接戦闘ならば、瞬時に相手との間合いを零にする。本来の禹歩は大地の地脈、竜脈を利用したものの為、空中の敵には及ばない、という幻想郷の強者たちにを相手取るに致命的な欠陥を持つ。だが――
 
 魂魄――妖夢の白い半霊が、彼女の両足に纏わりついた。
 
 魂魄とはたましい、鬼なるもの。――即ち、  
 魂――鬼道を伝える
 魄――白き鬼脈の塊
 
 半人半霊の魂魄の者にのみ可能な
    
      ”超高速空中鬼道”
 
 
 ――伝説の神獣、麒麟のように天を翔ける半人半霊。
 
 
 
 
 
 刹那の一閃。
 
 
 
 
 永劫の刹那。
 
 
 
 
 緩やかな一瞬の間に西行寺の刺客は、主君に敵対する愚かな姫君の元へと忍び寄る。
 両手には凶暴なちからを宿す二刀。
 無言の暗殺者。
 幽々子さまの敵は――――――完膚なきまでに、斬り潰さねばならない。
 相手は見た目は幼く、無害に見えようとも……吸血鬼である。生半可な剣撃では、蚊に刺された程度の衝撃しか与えられまい。徹底的に殺し尽くす必要が有る。
 だが、その可愛らしい外見を切り刻むのは、切り刻む側にとっても、相当の覚悟がいることであろう。
 
 笑止。
 
 フフッと漏れる軍神の笑み。
 ――なにからなにまで、望みを叶えることなど、誰にも出来はしない。
 剣を携えて、誰かを守るということは――
 剣を振るい、誰かを傷つけるということだ。
 大切なのは、自分が真に欲するものを……選ぶこと。
 楼観剣
 白楼剣
 天下無双の二振りの刀。
 だが、その二刀を以ってしても…護り切れるのは、守りたいのは…ただひとり。
 
          ――幽々子さま。
 
 師匠より西行寺家の守護を託されしときより、とうに覚悟など完了している。
 ――さぁ、眠りの時間だ。紅魔の嬢。せめていい悪夢を、見るがいい……
 
 
 
         両眼は 蒼から 紅へ
 
 
 
 目前には標的。
 既にスイッチは切り替え済み。
 これから披露するのは、狂気の演舞。
 引き伸ばされた時間のなか、絡みつく剣風に縛られ、動かないソレに向かい――
 
 
 縦横無尽に二刀を、振るう。
 
 
 清浄なる輝きの白楼剣が、たおやかな繊手を斬り飛ばす。
 手先に宿る真紅の輝きごと切断。
 続いてもう片方も同様にしてバランスをとる。
 血に餓えた楼観剣が、餓狼の如く襲い掛かる。
 斜め上方より袈裟斬りにした。
 切り裂かれた上体はすう…とずれて滑らかな切り口を覗かせる。
 これも片方だけでは気になるので、斜め十字を描くように下方より斬り上げた。
 ああ、首がまだだ。
 ついでに返す刃で刎ね飛ばす。
 うん。これでよし。
 足が、邪魔かな。
 同時に二刀を蟷螂の如く振るう。
 すぱーん。
 間抜けな音……無様だなぁ。
 それはそうと、幽々子さまは亡霊なのに、両足あるし。
 アハハ、関係無いか。
 翼も残しちゃ、悪いわね。
 同時に付け根を刺突。
 ポロリと舞い落ちる蝙蝠の羽。
 ……幽々子さまが、食べてみたいとか言うかも。
 後で回収して唐揚げにでもしようかな。
 二枚しかないから、ぶーぶー言いそうね。
 もっと欲しいわー。ようむー。とか、さ。
 そういえば……
 吸血鬼は心臓を串刺しにしないと駄目なんだっけ。
 えい。
 ぶすっ。
 楼観剣が嬉しげに吹き出る鮮血を飲み干していく。
 ごくん ごくん
 血に染まる刀身。ますます力が沸いてくるみたい。
 これなら今度はもっと上手に敵を仕留められるね。
 ごくろうさま、楼観剣。
 ああ、白楼剣が寂しそうだよ。
 えーと…
 あ、あれがまだだ。
 ぱかん。
 両断される頭部。
 こいつに迷いなんかあるとも思えないけど、念のため。
 感謝するといいよ、最期に未練を断ち切れて。
               :
               :
               :
               :
               :
          そろそろ限界、か。
 
 
     赤い狂気は終わり、青い正気が始まる―――
 
 
 
 
 
 
 すたん。
 後方の宙にレミリアを残し、妖夢は華麗に着地した。
 背後に浮かぶ紅魔の周囲には、刹那に振るわれた幾多の剣閃のなごり。
 その複雑な鋭角状の模様の檻の中には、磔にされた聖人を描いた宗教画のように停止した赤い月。
 
 
 
「真実は眼では見えない、耳では聞こえない。
 真実は―――斬って知るものだと、師匠から教わった」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 バシュゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーー
 
 
 幼い剣客の捨て台詞を受け、自らの末路を思い出したかのように―――赤い月はバラバラになり、鮮血の飛沫を上げる。
 目蓋を閉じ、黙祷する魂魄妖夢。
 む……
 いくら幽々子さまを傷つけられ、切れてしまったとはいえ、やはり……少しやりすぎただろか?
 ……まぁ、いい。
 幽々子さまの涙を見たら、たぶん師匠も同じことをするだろう。
 ――魂魄は西行寺を守護するべし。
 うん、間違っては……いない、筈。
 頬を一筋の汗が伝う。
 ……過ぎたことを、今更どうこう言っても仕方ないし。
 こりゃ……紅魔館との全面戦争になるかもね…。
 脳裏に甦る、西行妖の騒動の際相対した悪魔の犬の記憶。
 冷酷無残、瀟洒で完全。あの時は、互いに本気では無かったとはいえ……
 果たして今の自分で、勝てるだろうか?
 しかも、彼女の溺愛するお嬢様をバラバラにしてしまって……
 今度こそ、恐ろしい復讐鬼と化した、あの人のナイフが…
 ぶるるっ
 身震いがする。
 考えたくもない。
 
 ……
 
 ……
 
 ……
 
 ――さて、幽々子さまを介抱しないとね……。
 
 
 すっくと立ち上がり、立ち尽くす幽々子の前に歩み寄ろうとした、その時――
 
 
「こらこら、私を無視して何処にいくの?」
 
 
 え?
 
 ハッと振り向いたその先、依然として夜空を支配する赤い月。
 以前と全く変わらぬ装いで、ダメージらしい痕跡は微塵もない。
 ――妖艶な微笑み、無邪気な微笑み。闇夜に光る、猫のような瞳孔――緋の目を輝かせ、面白そうにこちらを見おろす貴人。
 彼女こそは……幼き、デーモンロードなり。
 何処からとも無く荘厳な七重奏が紡がれる。それは―――亡き王女の為のセプテット。
 気品ある口元はきゅうっと吊り上げられたまま微塵も動かない。にも拘らず冥界の果て、二百由旬の彼方まで浸透する…声ならぬ声。真祖の血脈に宿りし…七祖の囁き声が響き渡る。
 
 
 
    「「「「「「「 世界は、紅く染まりゆく 」」」」」」」 
 
 
 
「………これ、は…。どういうことだ」
 呆然と素朴な疑問が口をつく。
 異常であった。
 この状況は、あきらかに……常軌を逸している。
 ――馬鹿な。…ありえない。そんなことは、ありえない!
 先程の…手応え。愛刀を存分に振るい、服をズタズタのボロ切れにし、肉を斬り裂き、骨を砕き潰し、臓腑をぶちまけ、血を撒き散らせた。
 あれは、確かに現実だった……筈。
 白楼剣は、ありとあらゆる幻術、まやかしの類を斬り潰す。
 楼観剣は、狙った獲物――化生の血肉を誤認などしない。
 身代わり? 幻影? そんなことは断じて、無い。
 この二刀を欺くなど、本領を発揮した西行妖、幽々子さまでも――不可能。
 これは、そういうものだと師匠が一度だけ語ったのを憶えてる。
 ならば――何故? 分からない、判らない、解らない、わからない、ワカラナイ――
 剣は、すべてを知っている。真実は、斬って知るものじゃあなかったの?
 ……師匠、幽々子さま、紫さま……私はいったい、どうすれば……
 
 
 
 
    「「「「「「「 紅霧は、すべてを覆い隠す 」」」」」」」
 
 
 
 
 脳裏に、空間に、冥界すべてに響く声、声、声声声声声―――――――!!!!!!!
 思考の中に沈みこんでいた妖夢を、その七重奏が現実に引き戻した。
 いまだ混乱から冷めやらぬ思考を強引に切り替える。
 ――この、気配は……
 いま、気がついた。
 いつのまにやら見渡す限りの世界は
 真紅に染まっていた。
 
 
 世界を犯す七重の声。それは老若男女、いずれにも当て嵌まらない重苦しい声であった。
 大抵、高位の吸血鬼は…いにしえの串刺し公、ブラド・ツェペシュの末裔を名乗る。
 真偽の程はともかく、それは自らの格を高める効果があるからだ。
 彼女―――レミリア・スカーレットもその例に漏れず、冗談混じりにツェペシュの末裔を名乗っていた。
 だが、他の吸血鬼どもと彼女の間には……隔絶した、越えようの無い城壁が、絶対的な境界がある。
 
 ――真紅の貴族スカーレット。その源流は、一切不明。
 
 運命を操るちからの意味、血に潜む七つの声、真紅の霧、今宵の幻想郷に満ちる――ちからを限界以上に引き出す”キ”の気配――それらにどんな秘密が隠されているのかは、誰も……当の本人でさえも、知らない。
 レミリアに問えばこう答えるであろう「ふぅん、だから何? なにか不都合でもあるのかしら」彼女はただ、それの使い方さえ解っていれば、そんな瑣末なことは気にならない。
 何故なら、高貴なるものとは―――そういうものなのだから。
 
 
 
 
 
   「「「「「「「 我等が崇める、紅き月より来たれし 紅夢 」」」」」」」
 
 
 
 
 
 真っ赤。どこもかしこも真っ赤だ。紅い霧が視界全てに満ちていた。
 もはや、世界はどうしようもない程―――――――紅い。
 為す術も無く、二刀を構えて動けぬ妖夢。いまだ正気を取り戻せぬ幽々子。
 そして……最後の詩言は紅魔レミリア・スカーレットより、直々に紡がれた。
 
 
 
 
 
 
 
             「 紅色の幻想郷 」
 
 
 
 
 
 
 
                  ・
                  
                  ・
                  
                  ・
                  
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                  ・
                  
                  ・
 
 
 
 
 
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  ~華胥の幻影~
  
 
 
 夢を見ていた。
 懐かしく、悲しい夢。
 欠片も救いの無い、人生の現実。
 それは…生まれたときから、漠然と感じ続けていた、当然の帰結。
 物心つき、自らの能力に目覚めたとき「ああ、やはり私は生まれてきては……いけなかったのだ」と悟った。
 ―――ありとあらゆるものを死に誘う程度の能力。
 それが私が世界から受けた、祝福だった。
 西行寺とは、一本の桜の巨木を封じるために在る家系。初代のお役目から連綿と受け継がれる封印の儀。
 ”桜の木の下には、死体が埋まってる”この木に限り、それは真実である。
 代々の生贄、西行寺の女性は―――
 あるものは泣き叫びながら、
 あるものは誇り高く笑みを浮かべ、
 あるものは想い人と駆け落ちしようとして強引に、
 あるものは死を受け入れず、巨木を打倒しようと試みた。
 私は―――
 そのいずれでも無かった。
 封印するべき邪悪と同じ属性。
 法力の欠片も持たぬ忌み子。
 どうするべきか?
 処分して次の代わりに託すべきか?
 幸い、と言っていいのか…当時の西行寺の当主は非常に優れた人物だった。
 「西行寺 景厳」
 人格も法力も武術も、歴代最高を謳われる奇跡のひと。
 親族の反対を押し切り、私を生かしてくれた、大好きなお父さん。
 護衛役の魂魄妖忌と並び、数少ない、私を生かそうと頑張ってくれた優しいひと。
 ――お母さんは、とうに桜の木の下に眠ったいた。
 だからだろうか、お父さんは全ての元凶『西行妖』を滅ぼす手段を求め、諸国を必死で駆け回っていた。
 運命のあの日――
 折りしも、月が真円を描く美しく、不吉な夜に、それは起きた。
 
 
 
「お嬢…今夜はあの妖木めが嫌な気配を放っているので不安かも知れんが、我慢して欲しい。
 だが、嬉しい知らせも有る。先だってお屋形様より使いが来た。どうやらこの糞忌々しい桜の木を封印できる存在が、遠野の山奥に住んでいるそうだ。なんでも、あらゆる結界を自在に操作できる、類まれなる御仁らしい。
 そのお方ならば、きっとお嬢をこの…くだらぬ運命から、解き放ってくれるに違いない」
 珍しく饒舌な西行寺景厳の親友であり、護衛役でもある魂魄妖忌。
 当主より留守中の幽々子の護衛を仰せつかった、頼りがいのある壮年の男性だ。
 剣の腕前では並ぶもの無し。冗談混じりに以前お父さんが断言していた。「剣でお前に勝てるものなど、人間では居るまいよ」お父さんが言うのを聞き、憮然とした顔で「お前が斬れ、と言うのならば、俺は神でも鬼でも斬り捨ててやろう。だから…決して、諦めるな」と真面目に返す妖忌。そんな短い会話の中に、彼等の関係の全てが在った。
 
「―――早ければ、今夜。到着する筈だ。これで、お嬢も……」
 言葉を斬り、感慨深く俯く妖忌。我がことでも無いのに、本当に嬉しそうだ。でも……
 彼から目を逸らし、縁側より、月光に照らし出される西行妖を見やる。……ああ、やはり。少しばかり、遅すぎたようだ。
 先程より私の裡に囁き続ける、声。抗えぬ程に強くなりゆくソレは、もはや
 
 木から漂う、赤い もや。
 
 赤い満月の輝きは、死の輝き。今年は羅皓、計都の迫り来る年。これが、明日であったなら……また違う未来もあったのかも知れない。だが、現実にはこの有様だ。実を言うと、この身は既に自分の意思とは無関係に動いている。
 
「……お嬢?」訝しげな声。背後に聞こえた声は、虚しく地べたに落ちた。てくてくと裸足で庭に降り、木の元へと歩む私。此処に到り、異常に気がついた妖忌が叫ぶ。
「――いかん、お嬢!!! 目を覚ませ!!!! あやつに取り込まれるなッ」
 都の名工が鍛えた、二刀の業物を抜き放ち、妖忌は大音声で家人どもを呼び寄せる。
 ――やめて、妖忌。犠牲が、増えると、もう……完全に……
 どやどやと庭に詰め掛ける家人たち。いずれも武芸、方術に秀でた強者たちである。
(……ォォォォォォォォ、…贄。富士見ノ娘ョ、蝶、死蝶。我『西行妖』ニ託セ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 優雅に舞い踊る ―――赤い 蝶。
 
 
 
 
 憶えてるのは、それだけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 残るは、半死半生の妖忌のみ。
 すべてが、おわるかに見えた、その直前―――。
 
 
 
 西行妖と私を切り離すかのように、空間が裂けた。
 
 スキマから鬼神の形相で飛び出したのは、
 ――ああ、来てくれたんだ。
 
 両手に「 」を構え、春風の如く、穏やかに、清浄に、舞い踊る、懐かしい人影。
 ――西行寺…秘奥…?……千……。―――綺麗。最期にこんな、いいものが見れるなんて、私は……なんて、しあわせだったんだろう……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――ありがとう。
 
 
 
 
 ……お父さん。
 
 
 
 
 
 本当に、ありがと…う
 
 
 
 
 
 
 
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  ~萃まる想い、散り逝く桜花~
  
  
  
 
「さあ、どうしたの? 庭師。もっと斬り続けたらどう?」
 
 紅霧のなか、陽炎のようにかしこに現われる少女。
「……くっ!!!! 言われずとも、そうする!!」
 言い放つ傍から、今度は背後に現われたレミリアの首を、振り向き様――斬り飛ばす。
 スパーーンと刎ねた首が飛び去る。だが……
「あらあら、乱暴ね。これだから剣を振るしか能の無い雑種は駄目なのよ」
 声を頼りに正面に向き直ると、そこは優雅に紅茶を嗜むティーパーティーが催されていた。
 趣味のいい椅子とテーブル、湯気を立てる真紅の紅茶。今さっき斬り殺した筈の少女が微笑む。
「どうかしら? 希少品で申し訳ないけど、貴方もお一ついかが?」
 カップを掲げて、お茶でもしませんか? と日常のように振舞うレミリア。
 無言で一足飛びに、テーブルごと斬り潰してやった。
 二刀で仕留めた手応えは、充分。なのに―――
 
「野蛮だね、庭師。真っ直ぐなのは評価に値するけど、それだけでは、駄目よ」
 ぴったりと背中に張り付き、耳元でくすぐったい吐息と共に囁かれた言葉。
 ――なんなんだ、こいつは!! 訳がわからない……!!!! 
 楼蘭剣を手先でくるりと持ち直し、思い切り振り下ろし背中に居るアイツの腹を刺し貫く。
 剣から手を離し、その場にしゃがみこみ、白楼剣で股下から両断した。突き立つ楼蘭剣を回収。
 深まる紅霧。
 視界が一瞬閉ざされる。
 次の瞬間、再びアイツは現われるのだ。
 何事も無かったかのように。小憎らしい程、優雅に、上品に。
 幻術…であるのか、やはり。
 だが、白楼剣は沈黙したまま何も語らない。
 ならばこれは現実なのだろう。視覚は誤魔化せても、剣は騙せない。
 そう、師匠から教わったのだから。
 幾度も高位の化生から生き血を啜り、力を増し続ける楼観剣。
 ということは、身代わりでは無いのだろう。手応えは騙せても、剣は騙せない。
 そう、師匠から教わったのだから。
 ”真の剣士は、剣で真実を知る。”師匠のお言葉だ。
 師匠、私はその通りにしています。なのに、どうして…どうしてコイツは、ピンピンしているんですか!?
 教えてください、師匠……。
 まだ未熟な、私に!!!!!!
 
 
 果てしなく繰り返される処刑。滑稽なまでに容易くレミリアは死に続ける。
 冷静に考えれば、そんなこと、有る筈が無いのに。
 すっかり頭に血が昇り、剣のみを頼りにする妖夢にはそれが分からない。
 仕舞いには泣き出しそうな目で、駄々っ子のように剣を振るう。
「うわぁぁぁぁ!! こいつめ、こいつめーーー!!!!」
 余りに無様な妖夢の姿を見て、興が削がれたレミリア。
「……見苦しい。さっきまでの凛とした貴方は何処へ行ったの? 私の前で、あんまりウザい真似を晒すのであれば……」
 膨れ上がる殺気、深まる紅霧。周囲の赤よりも、なお紅く魔眼が瞬く。



「――――――本気で殺すよ?」







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 紅魔の幻想に完全に囚われた妖夢。
 このままでは、自分が何度も繰り返してきた作業を逆に行なわれるのは明白。
 だが、紅夢を纏う限り――完全な不死を誇る夜の王と違い、彼女は一度も復活できないのが難点だ。
”……む、よ…む、…よう、む……。―――妖夢。”
 無様に取り乱す彼女の脳裏に、敬愛する主君の声が響いた。
 ―――……! ゆゆこさま!? 幽々子さま、なんですか…?
”――ええ。そうよ、妖夢。よく聞いて、いまあなたが居るその空間は『完全なる紅夢』ともいうべき異界。私からはあなたの姿も、レミリアの姿も見えないわ。そこでは全ての常識は、彼女の思うがまま。そこで闘う限り、最初からあなたに、勝ち目なんか無いの。今はまだ遊んでいるみたいだけど……いつ彼女の気が変わって殺されてもおかしくない危険な状況よ。抜け出る道は、ただ一つ……内外からの同時攻撃、それも今夜の彼女を打倒するには、並みの奥義では歯が立たない。……妖夢、妖忌の春……なんたらって奥義、もう使えるのかしら? あなたは。”

 ―――なんで、幽々子さまが”アレ”を知ってるんです? 師匠も冥界に来てから、一度しか使ってないって言ってたのに。
 それも…ここを去る前に、誰も居ない場所で、私の前のみで放ったあの奥義をどうして?
 
”…………まぁ、そんなことはどうでもいいわ。出来るの? 出来ないの?”
 ―――無理です。未熟な私では、到底不可能な技だから……あれは。そうだ「待宵反射衛星斬」では駄目ですか?
”無理ね。いくら二百由旬を駆け抜ける斬撃でも、空間が意味を持たないレミリアの世界では、無駄なあがきだわ。”
 ―――そんなぁ……無理ですよぅ……幽々子さま。まだ一度も成功したことが無い奥義なのにぃ。
”―――妖夢。ならば問うわ。あなたは何のために、剣を振るうの? 趣味? 人斬りが好きだから? 健康のため? それとも……仕事だから?”
 ―――そりゃ、勿論幽々子さまを護るためです!!!! 私がそうしたいから、選んだ道だから…………あ、ゆゆこ、さま。
”そう、ならば西行寺幽々子としてではなく、あなたの半身……ゆゆことして、ようむにお願いするわ。
 妖夢、目の前の……妖霧を『斬り潰しなさい』”
 
 頭の中の霧が晴れた。なんで…気がつかなかったんだろう。自分には、この二振りの剣よりも、信じられる大切な半身があったということを。そうだ、そうだった。師匠の言葉を鵜呑みにしてた自分は、なんて愚かだったのか。あの言葉は、そんな意味で託されたものでは無かったのだから。……ならば、答えねばなるまい。ゆゆこさまが出来る、というのであらば、それは決して不可能なことでは……無いのだ。


「……? どうしたの、庭師。ぼうっとしてると殺しちゃうよ。それとも、もう諦めてしまったのかしら」
 耳を貸すな。全神経を研ぎ澄ませ。目に見えるもの、感じるもの、たかが人殺しの道具の言葉に耳を貸すな。
 信じるものは、ただ一つ。二人でひとり―――――――この、自分たちのみ!!!!
 
 
 
 
 
  -------------------------------------------
 
 
 
 
 
「妖夢は大丈夫そうね……じゃあ、私も舞い始めようかな」
 
 従者が主の為に頑張ろうとしているのに、自分がこのまま手をこまねいていて――良い訳が無い。
 脳裏には、いまだ遠い過去の幻像が焼きついている。
 どんどん薄れていき、じきに消え去ってしまうであろう――生前の記憶。
 まだだ、まだ喪うわけには……いかない。あの子の笑みを、ふたたび取り戻す為に。
 此処……白玉楼を、遠く離れた輪廻の果てで、見ていてください―――ゆゆこの晴れ姿を。
 …………………お父さん。
 
 
 
 ―――両袖より二本の扇子をスルリと手の中に落としこみ、パンと開き水平に構える。
 
 
 風が舞う。
 
 
 現世とは違い、死を孕んだ冥界の風。
 
 咲き乱れるは、永劫の時を経た魂どもの、成れの果てたる死桜の華。
 
 
 
 ―――扇を構え、緩やかに伸ばしたまま、両腕を回す。紫色の残像が綺麗な弧を描いた。
 
 
 死桜の條々が、さわさわと啼く。
 
 
 冥界すべての幽明の木々より、魂の残滓が一斉に解き放たれた。
 
 薄い桜色の花びら。美しいながらも、死を連想せずにはいられない花弁。
 
 
 
 ―――紫の残像が複雑かつ優美な文様を空に描き出す。
 
 
 それに合わせるかのように、桜花の群れは冥界のソラを縦横無尽に舞い踊る。
 
 
 流れる 流れる 冥夜を彩る幾条もの天の川。
 
 浮いては沈み 沈んでは浮き上がる 反魂のさくら。
 
 
 ―――薄れ逝く記憶に導かれ、ゆゆこは独楽のように舞い続ける。懐かしい父親の背を幻視しながら。

 春の嵐は冥界に潜む、紅き幻想を今一度否定せんと試みる。
 緒戦では無残な大敗を喫したが、今度は冥界のあるじが自ら指揮を取る演奏。
 桜花のゲンソウは、紅夢のゲンソウに――決して遅れを取りはしない。
 
 
 ―――さぁ、唄え
        舞い踊れ
          死を越えた先にある―――死葬の幻想よ。
          
 
 
 
「さくら さくら  ―――はらはらと 
 
 
  「さくら さくら  ―――ごうごうと
  
  
    「さくら さくら  ―――吹き荒べ
    
    
      「さくら さくら  ―――覆い尽くせ
      
      
      
      
      
      
  
  
「西行寺秘奥『千舞桜 景厳』改め、


         死嬰黄泉桜 恒河沙の舞――――



 -------------------------------------------



「我が師、魂魄妖忌が秘伝……


           奥義「西行春風斬」







   †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †
 
 
 
 
 紅夢の内と外、同時に炸裂する春の嵐。
 閉ざされた世界を揺るがす轟音と衝撃が、紅霧の結界を支える核―――レミリア・スカーレットを襲う。
「…………きゃあっ!!!! な、なにごと?」
 可愛らしい悲鳴を上げる紅魔の嬢。彼女は妖夢の背後、数間程の空間にふらふらと墜落した。
 世界を斬り潰す春の剣閃と、世界を覆い尽くす春の桜花。身に纏っていた紅夢が緩衝材となり、極大の二重奥義からは身を護れたものの―――
 今、冥界の空を支配するのは……数えるのが馬鹿らしくなるほどの桜花である。
 恒河沙、ほぼ無限と言って差し支えの無い、死魂を宿すちっぽけな花びらは、魔力量の絶対量で遥かに勝る紅霧を、その圧倒的物量で包囲殲滅した。壮絶なまでの「質より量なのよ~」という自説の証明。「適当に撃ってりゃ、当るんじゃん」まさに数の論理。必死で師匠の奥義を放った妖夢の努力が、既に影の薄いものと成り果ててた。
 呆けたように空を埋め尽くす花びらの大河を見守る妖夢。我に帰り、幽々子の居る場所を探す。其処で見たものは―――見たことも無い、舞であった。いまだ舞い続ける彼女の扇に合わせるように、桜花の吹雪は空を自在に舞う。
 ――凄い、凄すぎる。普段ぽややんとしている幽々子さまが、こんなに立派に……師匠、見てますか? 幽々子さまの、晴れ舞台を。
 感激し、目を潤ませる妖夢に、幽々子が声を掛けた。
「…………頑張ったわね、妖夢。あなたなら、絶対に出来ると信じていたわ。おめでとう……そして、ありがとう。私を、独りにしないでくれて」
「いえ! そんなこと……。私は剣士である前に、幽々子さまを護る盾。お望みならば、冥界一硬い盾にでもなりましょう」
 ふふふ……
 えへへ……
 照れたように笑いあう二人。
 地面にうずくまり、紅色の幻想郷を破られた衝撃の余韻に頭を抱えるレミリア。
 うー うー 唸ってる。
 この時、油断せずに彼女を気絶させていれば、今後の展開が180度変わっていたかもしれない。
 善くも悪くも。
 だが、この二人にそこまで望むのは、酷というものであろう。なぜなら―――
 
「………ねぇ、妖夢」
「はい? なんです、幽々子さま」
「これ、さぁ……どうやって止めるのかしらねぇ」
「……は?」
「いや、見よう見まねで出せたはいいけど…止め方、知らないのよ。コレ」
 笑顔のまま硬直する妖夢。
 ナンダ、ナニヲイッテルンダ? コノカタハ。アハハ、ユユコサマッタラ、ジョウダンバカリ……
「ごめん、妖夢。疲れてきた。制御しきれないかも」
 フーン、ソーナノカー。
「妖夢、私たち……いつまでも、一緒よ。たとえ―――冥界が桜に押し潰されて、亡くなっても」
 ……なんか良いこと言ってるよ。大体こういうセリフの後には……
「妖夢………………愛してるわ。死ぬときは二人きりで逝きましょう」
 いやいや、幽々子さま。あんたはもう、とっくに死んでるし。
「な、なななな……なんですってーーーーーーーー、ゆ、ゆゆこさま! お気を確かに。みょんなこと言わずに、どうにかして下さい!! あんたはもう死んでるからいいかも知れないけど、私はまだ半分生きてますよ!? 半人半霊が幽々子さまのように成れるとは限りませんし、落ち着いて善後策を……」
 儚い笑み。フッと悲しげに微笑む幽々子。
「大丈夫よ、なんの根拠も無いけど…………多分、絶対。いや、恐らく。――それとも妖夢、この私の言うことが信じられないの? ……さっきはあんなに素直だったのにー」
「はい。全然。完膚なきまでに信じられません。逝くならお一人でどうぞ。ほとぼりが冷めた頃、後で掘り起こしに行きますんで」
 オホホホホ
 アハハハハ
 白々しい笑顔で笑いあう二人。
 心なしか破滅の空が徐々に低くなってきたようだ。
 客観的に見て、持つのはせいぜい――――――1分。
 逃げ切れる訳が無い。「この身はニ百由旬を駆け抜ける」とは言っても……そりゃあ比喩表現、大分誇張も混ざった代物なんだから。
 真面目腐った顔で「私を抱いて、一瞬のうちにここから連れ出してね?妖夢」と言われても、リアクションに困る。
 本気で言ってるのか? この春頭の亡霊は。
 だとしたら、もう……
 自分がとるべき行動は――
「自刃します」
 正座をし、白楼剣を自らの首に添える妖夢。
「ち、ちょっと!! 妖夢!!! なんでよ!?」
 さすがに慌てて問い詰める幽々子。
「…………どうせ死ぬなら、幽々子さまの自爆に巻き込まれて、あなたを罪の意識に苦しませるよりも、自ら命を絶ったほうが、なんぼかマシです。さようなら、幽々子さま。今度生まれ変わったときには、すぐに迎えに来て下さいね?」
「わわわ、駄目よ妖夢! 早まらないで~!! 私そういうの全然気にしないからー」
「…………それはそれで駄目すぎますよ……。では、これにて御免」
 どこまでもズレまくった会話である。そうこうしているうちに、空が………落ちてくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あらー、駄目かな。これは」
「………自刃することも出来なかったか……すみません、幽々子さま」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『死嬰黄泉桜 恒河沙の舞』……禁断の秘奥義である。それは使用者を巻き込み、冥界ごとお釈迦にする……壮絶な自爆技なり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       「あーーー!! もう、ごちゃごちゃうるさーーーーーい!!!! おとなしくしろーーー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ぶち切れた。
 
 威厳ある言葉遣いも、頭には無く、ただ感情のままに叫ぶレミリア・スカーレット。
 
 
 怒りに任せて両の翼を大きく打ち振るい、頭上の巫座戯た空に突撃する。
 巨大な魔力を感知し、自動的に襲い掛かる死桜の群体。だが、タネの割れた手品など、この紅魔レミリア・スカーレットには通用しないのだ。今夜は満月、ならば真紅の王者たるこの自分が……このような有象無象どもを縒り合わせたような力に、負ける筈が無い!!
 見てるがいい! 冥界の道化師どもが!!
 お前たちの生と死の主導権を握るのは、この私だということを……
 今から、それを、証明してやる――――――!!!!
 
 
 
 
 
 
 クレイドルの螺旋を纏い、足元の大地を陥没させ、魔弾の如く自らを空に撃ち放つ――幼き魔王。リング状の衝撃波を軌跡に残し、紅の雷閃はありえない速度で、空を満たす桜花の中心点に到達した。強力な防護結界―――衝撃の赤に吹き散らされ、桜花の一枚たりとも、レミリアの元へと辿り着くことは無い。そう、絶対的な格の違いは……数でどうこうなるような物では無いのだ。それを証明するかのように、彼女は呟いた。
 
 
 ―――私をなめると、どうなるか覚えておきなさい。私、レミリア・スカーレットこそは……誇り高き、真の貴族―――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                紅魔「スカーレットデビル」よ!!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 勇ましく、高潔な名乗りと共に、彼女の全身から真紅の波動が解き放たれた。
 赤い十字架。
 神をも畏れぬ、紅き誓約の証。
 どこまでも高みを目指す、純粋な意思が込められた、最も高貴なる紅。―――ノブレストオブルージュ。
 四肢をピンと伸ばし、上下左右、世界を串刺しにするかのように、極大の赤柱を打ち立てる。遠くから見ると、その様は……まるで、巨大な十字架が降臨したかのようであった。
 
 『聖者は十字架に磔られました』――私は哀れな贄になど、なったつもりは無い。何故なら私が、世界を、磔刑に処すのだから。

 『エリュシオンに血の雨』――真紅の驟雨の降りしきる、此処こそが、楽園にもっとも近い場所。
 
 『不夜城レッド』――赤の城壁に囚われたお前たちは、眠ることなど、許されないのよ。
 
 ・
 
 ・
 
 ・
 
 天は 赤く燃えた。
 
 恒河沙にも及ぶ無限にも等しい桜花の花びら、死の天蓋は紅魔の十字架を受け、水面に広がる波紋のように紅く染まって行く。
 赤くなれ、赤くなれ。
 どこまでもどこまでも。
 ――――――――――――――紅く。
 レミリアの威光は遍く冥界の空に轟き亘る。
 空は言うに及ばず。
 大地にて、案山子の如く空を見上げる亡霊たちは、赤い衝撃にひれ伏した。
 すべての花弁を毟り取られた無残な桜並木は、無様な我が身を呪うことも忘れ、赤い黄昏を見守り続ける。
 この日、僅かな刻ではあるが冥界に新たな支配者が君臨した。
 死桜吹雪く冥界は、完全に―――緋色の幻想に満たされたのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「ふぅ…………………………さすがに、疲れた、な」
 
 上空の死桜(放射性産業廃棄物)を散華させたレミリア。彼女は緩やかに地上に降り立ち、多少疲労を感じさせる声で呟いた。不夜城レッドの最上級版のラスト・スペルを、限界以上の出力で放ったため、枯渇した体内の魔力が補充されるには、しばしの休息が必要だ。もっとも、すぐさま回復させる方法もある。それは、他者のちから―――血液の補給、である。
 彼女はちらりと、あのはた迷惑な二人の倒れ伏す方向を見やった。
 ……
 ……
 ……
「……暢気なものね。あれだけの抵抗をしながら、この……清々しい程の無防備っぷり。これは…舐められてるのかしら……ううん、違うわね。どうしょうも無い程、天然なのかな、こいつらは」
 折り重なるように仲良く気絶している冥界組のふたり。ぐぉーぐぉーといびきをかく幽々子に押し潰され、みょんみょんうなされる妖夢。レミリアの顔に、自然と笑みが零れる。補給がてら、幽霊と半幽霊の血を試飲してみようかと思ったが、こんなお馬鹿な様を見せ付けられたのでは………手を出すのは、無粋というものだろう。
 
「………(咲夜、今頃どうしてるかな…)……まぁ、おとなしく朝まで眠りこけてるといいわ」
 
 少し寂しげに踵を返す、夜の王。今夜の異変について、もう、ここで確かめることもないだろう。
 夜は始まったばかりとはいえ、愚図愚図していると私の時間が終わってしまう。次は―――
 
『あらあら、さすがねぇ。まさか不完全で未完成とはいえ、アレを退けられるとは。私がわざわざ出張る必要もなかったかな』
 
 
 
 
 
       幻想の境界
 
           八雲 紫
 
 
             ― Yukari Yakumo ―
 
 
 
 
「………まったく、次から次へと、五月蝿いなぁ。この私ともあろうものが、幻想郷で…最高に胡散臭い奴のことを失念していたとは。
 おまえなのか? 今夜の巫座戯た気配の張本人は。 神隠しの主犯――――」
 
『はい、八雲紫と申します。て、別に初対面じゃあないでしょう? 通りすがりの吸血鬼さん。
 残念だけど、今夜のコレは、私の仕業じゃないわね~~。うふふ、あまりカリカリしないことね。貴方はカルシウムが不足しているのかな~』
「……カリウムだろ。それを言うなら」
『いえいえ、違うのは貴方の方よ…。カ・ル・シュ・ウ・ム。おーけー?』
「似たようなもんよ。どっちにしろ、吸血鬼には必要の無いものだわ。むしろ、死んだ後に生産されそうね、カルシウム」
『あら、知ってるんじゃない。可愛い子ねぇ…反抗的で。思わず襲っちゃいそう♪』
「ふん、返り討ちにしてやるよ。生憎、年増の婆さんに負けるほど耄碌してないんでね」
 
 
 
 
        Stage PH


           血の色の酒盛り


              Good Night 


 
 
 
 冥界は、二度死んだ。
 レミリアの禁句は、紫のナイーブなハートをぐさりと貫き、ブレイクさせた。
 瞬間、溢れ出した殺気は生と死、すべての境界を凍てつかせた。それは、さしもの紅魔も……死を覚悟する程の恐怖であった。
 だが、殺意の境界は放たれたときと同じく、唐突に収束する。引き攣る口元を強引に笑みのかたちに変え、八雲 紫は寛容に微笑む。

『――――――聞かなかったことにしてあげるわ。でもね、二度目は無いから……うふふふふ』
 ごくりと唾を飲み込むレミリア。さすがにこの消耗しきった状態で、この大妖怪とやり合うのは…ぞっとしない。
 確かに、胡散臭さ大爆発の紫ではあるが、この度の異変とは関係なさそうだ。少なくとも、補給が済むまでは…勘弁してやろう。だが、今でなくとも……いつかは――――この、幻想郷そのものといえる最強の妖にも、思い知らせてやらねば…なるまい。――幼き魔王の野心は、決して挫けないのだから。
 
 
「で、なんの用? いまさら出てきて、こいつらの敵討ちという訳?」
『ふふ……その反対よ。何時かは幽々子にも……過去と向き合うことをさせなきゃいけなかったんだけど…駄目ね、私ではどうしても……彼女を傷つけることなんて、出来ない。それと、幽々子の暴走を食い止めてくれて……ありがとね』
 紫は倒れ伏す二人を優しく見守りながら、微笑みながら軽くお辞儀をし、巫座戯る事無く……真摯に礼をした。
 毒を抜かれたように、黙り込むレミリア。……なんとも居心地の悪いこと、だ。
 しばしの沈黙。
 立ち去りがたい雰囲気に呑まれ、レミリアは紫から目を背けた。
 ―――友人、大切な…者…か。解らなくも、ない。…………フラン……パチェ…………………咲夜。
 魔眼で垣間見た、西行寺の因縁。
 もし、咲夜が幽々子のように、死んで全てを忘れてしまったら……自分はこのように笑えるだろうか。
 幽々子と紫。過去にどんな運命のいたずらがあったのかは、先程の過去の幻灯では知ることが出来なかった。
 ……それでいいのだろう。自分も咲夜との……運命の出会いを、他人に覗き見されるなど、許せはしない。
 物思いに耽るレミリアの前に、一本の酒―――暗い宝石のような色をした、紅いワインが差し出された。
『これは、私からのほんの気持ち。外の世界で厳重に保管されていたロマネ……なんとかってワイン。
 貴方の夜は、まだまだこれからだろうけど…ここはひとつ、景気付けに一杯いかがかしら?』
 返事も待たず、どこからか取り出した瀟洒なグラスに、その深紅の液体は注がれていく。なんとも勝手な奴だ…ふふ。
「………いいだろう。たまには、こういう野趣溢れる酒盛りも……悪くは無い」
 グラスを受け取るレミリア。
『今夜だけよ、こんなことは。今度逢う時は……もっともっと……赤い酒宴になることも有りうるわ。
 貴方の運命を紡ぐ能力と、私の境界を紡ぐ能力。どちらがその未来を引き寄せることになるのかしら、ね』
「―――さあね。どうだっていいよ、そんな未来のことは。こういうのを何て言うんだっけ。そう―――」




             「「来年の事を言うと鬼が笑う」」
 
 
 
 
 無性に可笑しくなり、クスクスと笑いあう二人。
 紫は思う。
 (分かって言ってるんだとしたら、案外洒落の分かる子ね。ふふふ………ちょっと興味が沸いてきたかな)
 レミリアは思う。
 (………こいつとの運命は、私の能力でも全く先が読めない。ふふふ………最後に笑うのは「吸血鬼」なのさ)
 それぞれの思惑は全く交差せずとも、赤い酒の入った杯は交わされる。
 カチン…
 優雅に触れ合う二つの聖杯。
 紅と紫の聖なる誓い。
 次に逢う時は……
 コクコクと飲み干される血の色をしたワイン。
 
 ……
 
 ……
 
 ……
 
 
 うっすらと紅潮した頬で、レミリアはささやかな酒宴の終わりを宣言する。
 
「………今度の宴会は私が主役。覚えておきなさい? 八雲 紫」
(訳の判らない実体の無い様な奴に、絶対に主導権は――――握らせないわ。この夜に満ちる気配、絶対に…)
 
『じゃあ、歌いながら気長に待つとしますわ。レミリア・スカーレット』
(やれやれ、あの娘……無事で済めばいいけど。ま、自業自得か。気にしな~い気にしな~~い♪)
 
 
 
 
 
 
 バササササ―――――――――――――
 
 13羽の蝙蝠が飛び立った。
 紅い霧を吐き出し、紅夢の世界を架け橋に、そのものたちは冥界より次なる目的地へと転移する。
 パタパタと手を振る紫。小声でどっちも頑張れー、などと戯言を放つ。
 薄く妖艶に微笑みながら、紫はレミリアの去った跡を眺めた。美しい唇より零れる、囁きの雫。






『うん、なにはともあれ――――





 カシャン
 
 
 
 思い出したように、グラスが地に落ち儚く砕けた。
 
 
 
 
 




『――――今宵は、赤い夜に なりそうね』



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                    
                                                    
                                                                                                                                
愛。これは~ 愛~なのですよ。
愛が溢れすぎて、大暴走。
れみ支援の初っ端から、燃え尽きた感が。
続かないかも。ていうか、もう灰です。
一言だけ、どうしても。


れみりあ☆うー


1/31 誤字修正。楼観剣。恥ずかしくて死にそうだ。ありがとう、七死のひとよ。
なんか、目疲れるような気がするんで、色変更しました。疲れ目…きついす。目にも愛を。

しん
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コメント



0.2360簡易評価
5.無評価七死削除
Q妖夢が持っている剣は?
A楼蘭剣。
 トルファン王家に伝わっていたとされる、歴史にのみその名を残す名刀。
 干上がりゆくタリム河を再び呼び戻すべく、ノプノール湖に投げ込まれたと
 される。 
 しかし結局は自然の定めは変えられず、しかし皮肉なことに、その剣の持つ 強大な力場が仇となり、ノプノールは迷走を始めたと伝えられて現在に至る。

 民明書房刊 ~よく解る世界の名刀伝説~ 第一章十節の序文より抜粋。

得点 = 0点 正解=楼観剣。
6.40七死削除
あわわ、得点入れ忘れたorz。 
全体的にもう少し緩急つけた文章にしても良かったかも・・・。

まあ暴走されていたならば仕方ないですね^^; 
白玉派の私としても、やはり宿命の対決ゆえにこのカードは見たいので、一票、入れてきましたよw。
11.70玖薙削除
ぶらぼー。
自分もこんぐらいの技量が欲しいよぅ。
吸血鬼の弱点に関してって、こういう解釈もありなんですよねー。
14.60名前が無い程度の能力削除
……文章からあふれ出るパワーに圧倒。
荒削りな文もそれを強調するのに一役買っているように感じました。
ただ、もうちょい緩急のテンポ使う方がいいかもです。

次も楽しみにしてます。