Coolier - 新生・東方創想話

少女幻葬物語 第三幕

2005/01/26 07:24:33
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――――どこかで、水の流れる音が聞こえる。





なにかしら、この音。この付近に川なんてなかったし、雨も降っていない筈なのに。



ゆっくりと目を開けた私は、奇妙な光景を目にした。



まるで、見えない『何か』越しに見ているような、揺らめく太陽の光と、変化し続ける文様。



一瞬、それが何なのか分からなかったけれど、すぐに思い出した。



昔――そんなに遠くない昔だったと思う。湖で水浴びをしていた時、ふとした気まぐれで潜ったことがある。



その時、湖の底から空を眺めた時、こんな光景を見た気がする。



だとすれば、ここは水の中なのだろう。多分だけど。



けれど、それなら何故、私は水の中にいるのかしら。



何故――息苦しさも、何も、ないの?





――――何故――――?












第三幕 『夢の時間』が叶えたある少女の願い











冬が終わり、春が訪れる季節の変わり目。暦では三月のこと。

少しずつではあるが、陽の光によって降り積もった雪が溶かされ、幻想郷を覆っていた雪景色が終わりを告げ始める頃である。

溶けて顔を覗かせた地面からは様々な植物が芽吹いており、その光景は、冬から春へと季節が移り変わろうとしているのを感じさせるものだった。

地上を照らす太陽の日差しは暖かで柔らかく、まだまだ気温は低かったが、日向ぼっこをするには気持ちのいいものだ。



そしてその光に誘われるかのように、この季節になると花を咲かせる木がある。

薄い桃色に色づく花。満開に咲き誇れば、それはそれは見惚れる程に美しい、古来より存在する木。


そう、桜である。


満開になった桜の元には、示し合わせた訳でもないのに人間や妖怪が集まり始め、それはやがて花見と称したどんちゃん騒ぎに発展することが多く、それはもっぱら、桜の木が多く植えられた場所か、人間や妖怪の境目の曖昧な場所で――前者で特に有名なのは冥界であり、後者は博麗神社である――起こりやすい現象であった。
どちらも参加者の集まり具合は凄まじく、幻想郷の中でも知る人ぞ知る、二大花見スポットである。


最も、人間にせよ妖怪にせよ、並大抵の者では両場所に近づくことさえ出来ないという欠点がある上、主の意図として行うのが前者、意図せずに行われるのが後者、とも分けられるのだが。






――――そしてこれは、冥界での話となる。



☆★☆★☆★☆



そこはまさしく『春爛漫』といった言葉でしか語れない光景だった。

広大な面積を持つ冥界の庭一面に植えられた、数えるのも空しくなる程の桜の木。
死の世界に植えられた桜というのは、その木が古来より持つイメージの為なのか――桜の木の下には死体が眠っていて、桜の木はその血を吸い上げた為、見事な桃色の花を咲かせる、という有名な話――見惚れる程に見事な桃色の花を咲かせる。それらが一斉に花を咲かせるのだから、それは壮大かつ美しい光景だろう。
それに乗じて、冥界に集まった幽霊達は冥界の主――正確にはその庭師が管理する酒蔵から出された大量のお酒に歓喜の声を上げ、お祭り事や面白い事が好きな主、西行寺幽々子の乾杯の音頭の下、毎日飽きもせずにどんちゃん騒ぎを興じるのが、毎年お馴染みの光景だった。
その都度、庭師の魂魄妖夢が胃痛と頭痛に悩まされている光景が密かに繰り広げられているのも、毎年の事だったのだが。


そんな中、普段なら滅多にこういった行事に参加しない筈の人影があった。
幽々子と紫が言い出した大酒飲み大会の会場から少し離れた木の根元に、庭の管理を一手に任されている魂魄妖夢と共に、彼女はいた。
彼女の周囲で、それぞれ思い思いに行動している人形達を束ねる七色の魔法使い――アリス・マーガトロイドは、お酒の注がれた杯を手に、目の前で繰り広げられている光景を、半ば呆れ顔で眺めていた。


普段、滅多なことがない限り魔法の森付近から出ない彼女が、何故ここにいるのか。
その答えは実に単純明快である。誘われたからだ。
では誰に誘われたのかというと、これは意外や意外、神隠しの主犯こと八雲紫からである。






それは、二、三時間前のことだった。
春の訪れを感じさせる柔らかな日差しに身を任せ、家でくつろいでいたアリスの目と鼻の先――比喩表現ではなく、本当にそうとしか言いようのない距離に、紫が忽然と現れたかと思うと、開口一番「一緒に冥界に花見に行きましょう」と言ってきたのだ。これにはアリスも面を食らい、咄嗟に二の次が告げなかった。
その時は「私と?」と聞き返すのが精一杯だったが、混乱した頭でそれだけでも言えたならば上出来である。


そんなアリスに、鼻が触れ合う程の距離のまま――「離れてくれないかしら」と言うアリスの言葉を無視して――紫は説明を始めた。


それによると、今年は例年になく桜が咲き誇っており、それを見た幽々子が「普段滅多に連れてこない芸人を集めて、大いに盛り上がりましょう」と、幽霊達の前で言い放ったらしい。
そして、その花見に参加する紫は自身の能力上、芸人を集めるのを手伝って欲しいとお願いされたらしい。今は知り合いという知り合いを虱潰しに当たっている最中であり、既に霊夢、魔理沙、紅魔館や永遠亭、蓬莱人の面々にまで声をかけ終え、その内紅魔館や永遠亭の面々は参加を表明したという。断った理由に関して、蓬莱人は「輝夜が出るならパス」と言い、霊夢、魔理沙は諸事情らしいのだが、詳しくは語られなかった。

ちなみに、幽々子が言い放ったその横では、妖夢が嘆きに嘆いていたらしいことを余談として付け加えてきた。

それを聞いたアリスは「流石は博麗神社の巫女より春満開の亡霊お嬢様、思いつきにまともなことがないなぁ」と、ようやく落ち着いてきた頭の中で思い、同時に、霊夢と魔理沙が来ないという事に、ほんの僅かな安堵を覚えていた。

「・・・・・・とりあえず最後のはどうでもいいけれど・・・・・・私は芸人なの?」

いたくプライドを傷つけられた、といった様子のアリスに、紫は扇で口元を隠しつつ、不思議そうに首を傾げて、一言。

「違うのかしら?」

と問い返されて、アリスは撃沈した。何故か、反論を言う気力さえ根こそぎ奪われた気分だった。
ちなみに声をかけるリストを考えたのは幽々子らしい。亡霊お嬢様にも芸人と思われているようで、それが尚更ショックだった。

――――もう、どうにでもして。

すっかり諦めの入ったアリスは、紫に急かされるままに用意を整え、冥界へと花見をしに行くこととなった。





大まかに説明すると、それが理由である。
ちなみに、アリスの出し物――人形劇は既に終わっており、後は他の参加者の芸を見ながら、純粋に花見を楽しむだけだったのだが――やはり幽々子が発端となって、突如開催された大酒飲み決定戦の輪の中に入るのは躊躇われた。

――――流石に、あれはね。

酒飲み大会の様子は、端から見れば、最早騒音といっても差し支えないものだった。参加者も見学者も全体が一体となって騒ぎたて、それを更に主賓が煽っているのだから、一向に収まる気配がない。
あれに混ざれるとすれば、余程の酒好きか、騒ぐのが好きな者達くらいだろう。当然ながら、家でのんびりすることを好むアリスはそのどちらでもない。
その為、巻き込まれないように距離をとった上での花見を楽しんでいた。

「随分と賑やかね・・・・・・いつもこうなの?」
「・・・・・・ですね」

呆れの混ざった言葉に、隣に座っていた妖夢はため息混じりに頷いた。
恐らく、アリスと同じ心境なのだろう。その表情には、既に『止める』という選択肢が効果無いことを知っているかのような、諦めの色を浮かべていた。
妖夢のその考えは、この場では正しい。止めに入ろうとする行動そのものが、幽々子と幽霊達が張り巡らせた絶対回避不可能の罠に飛び込むようなものなのだ。飛び込めば最後、酒飲み大会に強制参加は目に見えている。
まさしく、ミイラ取りがミイラになるわけだ。
それに比べれば、遠くから傍観したほうが遥かに賢明である。みすみす分かりきった罠に飛び込む程、二人は愚者ではなかった。



愚者ではなかったが、賢人でもない。最も賢明な選択肢を選んでいないのだから。



その事実に気づかず、二人は目の前で繰り広げられている騒ぎを無視しながら談笑していた。特にアリスは、幻想郷内でも屈指の花見スポットで咲き誇る桜に見惚れていたようだ。

「それにしても・・・・・・ここの桜は綺麗ね。今まで知らなかったわ」
「無理もありませんよ。ここは本来、生者が入り込める場所ではないのですから。ここまで満開になるのも、春の中でも一時期だけですし」

妖夢の口調が丁寧なのは、アリスが主の友人に招かれた、正式な客だからだろう。
初め、改まった口調で話し掛けられる事に慣れていないアリスは引っかかりを覚え、話しかけられる度にうろたえていたのたが、今ではさほど気にする様子もない。

「なら、今は丁度いい時期なのね。とはいえ・・・・・・花見だけの為に、冥界へ行くことになるなんて思いも寄らなかったけれど」
「ですが、それが幸いしているかもしれません。普段なら、生者がここを訪れた時点で幽霊達も無闇に騒ぎ立てるのですが・・・・・・この騒ぎの中、それほど疑問に思っている者もいないようですし」
「楽しければすべて良し・・・・・・なのかしら?」
「そうでしょう。幽霊達は楽しく騒ぐのを好んでいますから・・・・・・誰かに似て」

最後のは、主に対する皮肉なのだろうか、とアリスはぼんやり考えたが、単なる事実を言葉に表しただけなのだろうと考え直した。
数時間にも満たない間だったが、妖夢の人となりが少しだけ分かりかけていた。彼女はどこまでも真っ直ぐで、それ故に曲がることを知らないのだ。それはつまり表裏がないことを示し、皮肉を言う性格には思えない。
勿論、それが妖夢の性格の全てではないだろうが、概ねそうなのだろう。

――――どこかの白黒と似ているわね。真っ直ぐなところが特に・・・・・・まあ、決定的に違う部分もあるんだけど。

隣の妖夢を横目で見て、アリスはそっと呟く。

「・・・・・・まるで鉄ね」
「何か言いましたか?」
「何でもないわ」

妖夢は不思議そうな目で眺めていたが、答える気はなかった。答えたところで納得してくれるかどうか分からなかったのだ。
と、丁度いいタイミングで幽霊達が今まで以上に湧き、煽る声や喝采が聞こえてきた。胡乱げに見てみると、どうやらその騒ぎは、酒飲み会場を中心に広がっているようだ。
遠くの幽霊達にも見やすいように配慮してか、大きな台座のような物の上が会場である。その上には、紫がどこからか持ってきたテーブルと、左右に一本ずつ置かれた酒瓶がある。コップなんて野暮な代物はなく、参加者のほとんどがラッパ飲みである。一本飲み干せば次の挑戦者が新しい酒瓶を置く、というルールらしい。
その左側に、傍らには日傘を差した侍女が付き添えた幼い少女が立っていた。
見た目は、年端も行かない幼い少女。だがその向かい側では幽霊が全身を真っ赤に染めて倒れている。少女との飲み比べで敗北したらしく、幽霊達もそれが原因で騒いでいるようだ。挑戦者は誰だ、子供相手に負けるなー、等々の声が、離れていた二人にも聞こえていた。

二人はその少女が誰なのか、すぐに分かった。
幼い外見とは裏腹に齢五百年を数える吸血鬼。紅魔館の主にして運命の紅い糸を操る、運命具現者――レミリア・スカーレットである。その側に付き添っているのは、時を操る時間具現者――メイド長の十六夜咲夜だろう。こういった場で、彼女はレミリアから離れることはほとんどないのだから。
それを見て「飼い主に従う犬」とアリスは一瞬だけ思ったが、口にはしなかった。命が惜しいから。
その主は実にやる気があると言わんばかりに、幽霊達に向かって「負けたい奴からかかってきなさい!」と言い放っている。こういう場では主を嗜めるのが役目の筈のメイド長も、苦笑を浮かべて事の成り行きを見守っていた。主の行動を止めるつもりはないらしい。
我侭と自尊心の塊が動いているようなレミリアが乗り気になった時、それを止めるのは意外と難しい。下手に押さえ込もうとすると、手痛いしっぺ返しが待っているからだ。

その加減さえ誤らなければ、扱いやすいとも言うが。

少なくとも扱いは慣れている筈のメイド長が止めないということは、最初からこうなることが分かっていたのだろう。苦笑を浮かべているのはその為か。



そういった行動を見る限りでは、見た目通りの幼い少女である。我侭もそれ故の稚気だと思えば――実際はレミリアの方が年上だが――十分許容できる範囲だった。
だが、アリスはレミリアが苦手だった。性格云々というレベルの問題で、ではなく。

魔理沙に連れられて訪れた紅魔館。その内部のヴワル図書館で、図書館の主パチュリー・ノーレッジと一緒にいる彼女を見つけて、


――死臭が、したのだ。


アリスとて、吸血鬼がどういった生き物なのか――そもそも生き物なのか、という根本的な部分に疑問もあるが――ある程度だが、理解している。人の生き血を啜り、それを糧として生きる者。だからそういった匂いがしてもおかしくない。
おかしくないのだが、アリスの精神のどこかが、それとは違うと告げていた。
もっと別次元の部分で、アリスはレミリアが苦手だったのだ。生物的な本能が避けていた、と言ってもいい。
まるで、あれは――――



そこまで思い返した時、唐突に我に返った。

――――嫌な予感がするわ。

アリスの中の、魔法使いとしての勘が警鐘を鳴らし始めた。急いで周囲を見渡したアリスは、そこで危険と思われる人物のある行動を認めて、即座に行動を開始した。
気づかれないよう、少しずつ体を移動させ、木の後ろに隠れようとする。
隣にいる妖夢はというと、差し迫った事態や、アリスのその行動に、まったく気づく様子はなかった。

――それが、二人の明暗を分ける。

アリスが木の影に隠れた丁度その時、

「あ~ら、おまつりからはなれてなにしてるのかしらぁ~?」

誰がどう見ても酔っ払っているとしか思えない足取りで近づいてきたのは、幽々子だった。満面の笑みを浮かべた顔は頬どころか全体が真っ赤に染まっており、それは既に酩酊の領域に入っていることを示している。そしてその両手には、空の酒瓶が数本握られていた。

「――――っ!」

主の様子に危機感を覚えたのか、妖夢は急いでその場から立ち去ろうと背を向けた。

だが、如何せん遅い。

妖夢が逃げ出そうとするのを見るや否や、幽々子は持っていた酒瓶を空中に放り出すと同時に疾走、酔っているとは思えない速度で妖夢の正面に回ると両腕を広げた。要するに通せんぼ。
引きつった笑みを浮かべた妖夢とは対照的に、幽々子はその肩に手を置くと、とても楽しそうに笑った。

「さ、いくわよ~」
「ちょ、ちょっとアリスさん、助け――っ!?」

僅かな期待を求めてアリスへと視線を向けた妖夢は、そこに誰もいないのを目の当たりにして絶句した。気づかない内に忽然と姿を消していたのだ。
妖夢、見捨てられたことを瞬時に理解する。そうしたところで現実が変わるわけでもないが。

「は~い、みんなちゅうもく~!にわしこんぱくようむもさけのみたいかいさんかぁ~!」
「幽々子さまぁー!」

端から見ても泣きの入った表情を浮かべ、必死に首を振る妖夢をずりずりと引きずりながら地獄へ案内する幽々子。その行動は冥界の主として、そして死に誘う能力を持つ者として、なんら間違っていない。恐らくここで妖夢は死ぬだろうから。
まあ、それに威厳が伴っていないのが、唯一にして最大の問題だったが。

魂魄妖夢、レミリア・スカーレットと一騎打ちの図。――否。主が危機に陥れば、それを見過ごすメイド長ではない。どんな手を使ってでもレミリアを勝たせにいくだろう。妖夢は実質上、一対二の戦いに駆り出されたことになる。
酒を飲むことに慣れていないであろう妖夢に、勝機などあるわけがない。
木の影に隠れてやり過ごしたアリスは、死地へと赴く妖夢に、密かに手を合わせた。

「――さて、見つからない内に離れますか」

すっぱりと気持ちを切り替えて呟くと、見つからないように注意しつつ顔を覗かせ、置いてきた人形達に話しかけた。

「ちょっと散歩に出かけてくるわ。そんなに遅くならない内に戻ると思う」
「畏まりました、ご主人様」
「留守番を任せてもいいかしら?招かれた以上、誰か残っていないと失礼でしょうし」
「この騒ぎでは、そういった気遣いも無駄かもしれませんが・・・・・・お任せください」
「アリス、一人で行くの?」

承諾したのは京人形であり、最後に難をつけた上海人形は少し不満そうだったが、アリスは「ええ」と頷いた。
普段なら、ちょっとそこまでの散歩でも必ず何体かは連れて行くのだが、この時は何故か気乗りしなかった。
たまにはそれもいいでしょう、とアリスは心の中で呟く。たまには、誰も連れずに歩いても。
上海人形だけではなく、他にも何体か不満そうな気配だったが、それ程時も経たず諦めたようだ。不満そうな気配を隠そうとしていないが。
苦笑してアリスは言う。

「今度、魔理沙のところか霊夢のところへ散歩に行く時、全員で行きましょう。ね?」
「うん」

子供をあやすような口調に――間違っていない――上海人形は明るく返事した。他の人形達の気配も目に見えて上機嫌なものへと変化している。
その様子に、アリスは再び苦笑を浮かべた。

人形達の性格や口調はそれぞれ違っても、精神の一部分はアリスと共感しているらしい。それに気づいたのは、霊夢や魔理沙の元へ遊びに行った時だった。
アリス自身、霊夢や魔理沙に悪い印象はもっておらず――特に後者とは、会えば口喧嘩をすること多々だが――それなりに好いているのは否定しない。そのせいか人形達も霊夢や魔理沙に好意的に接しており、遊びに連れて行くと言うと上機嫌になったりするのだ。
そうでなくとも、ここ最近はどちらにも会っていない状態が続いている。久々に遊びに行けるとなれば、今から楽しみなのだろう。

「じゃあ、良い子でね。――お酒だけは飲んじゃ駄目よ?」
「畏まりました。お気をつけて」

京人形の返答には、どこか苦笑が混ざっているような気がした。
木の影に隠れて見えない人形達に向けて、アリスは一度だけ微笑むと、踵を返し、森の方へと歩き始めた。








冥界とはいえ、土はごく普通のものらしい。歩くたびに柔らかくもなく、けれど硬すぎない踏み応えをアリスは感じていた。季節によって寒暖の差はあるかもしれないが、嵐も何もない地なら、木が育つには丁度良い硬さだ。
等間隔に植えられた桜の木もそれなりに手入れがされているのか、どれも見事満開に咲き誇っている。剪定した跡が見えるが、それもよくよく見なければ分からない程度のものであり、普通に楽しむ分にはまったく問題ない領域である。むしろ剪定したからこそ、土から吸収した栄養分が一本の枝に集まりやすくなって、ここまで見事な花を咲かせているのだろう。

どうやってこれほど広大な庭を、妖夢一人で手入れしているのか。アリスは疑問に思ったが、どうでもいいことだと思い直した。教わったところで実践する機会も、場所もない――それに、恐らく真似することさえできないのだから。
彼女は彼女なりのやり方で手入れをしているのだろう。そしてそれを、自分の仕事としてきちんと認識している。
例えどんなことがあっても、仕事と認識したことはやり遂げるのだろう。それ以外ではあんなにも子供っぽいのに。
だからこそ――

「あの子を鉄に例えたのね。冷やされても熱せられても折れぬ鉄。熱せられれば形を変え世界に順応するけれど、決して冷静ではいられない。冷やされれば硬質で自らを貫く冷静さを保てるけれど世界には順応できない。・・・・・・まさしく鉄ね。不器用じゃないけど、決して器用でもない」

その言葉は、アリスではない。
アリスは軽く息を吐き、周囲を見渡す。が――人影どころか、幽霊さえ見えなかった。
どこから聞こえてきたのか特定できなかったが、アリスははなから見つけられることを期待していない。

彼女は、そういう存在なのだから。

ありとあらゆる定義の境界に潜み、それを自在に操る者。今はその姿が見えなくても、なんら不思議ではない。
本来ならば形無き概念として存在しているモノ。それがどうやってか人の形を取り、目に見えるようになっただけなのだから、姿を消すことも容易だろう。
人間なのか妖怪なのか、見えるのか見えないのか。それ以前に――そもそも、生きているのか死んでいるのか。それさえも明確に定めることは出来ない。
ありとあらゆる定義から外れた、イレギュラーの中でも飛び切りのイレギュラーな存在。
だが、何者も束縛できず、定義を与えられない割には、博麗大結界を見守るという責務を負う者。

「急に声をかけられると、びっくりするんだけど?」
「ごめんなさいね」

そう言う割に、全く驚いた様子もなく言うアリスの後ろから、さして悪びれもしていない声は聞こえてきた。
振り向いたアリスは、そこに予想通りの人物が忽然と現れているのを見て、軽く息を吐く。

「・・・・・・てっきり、今も大酒飲み大会に参加していると思ったんだけど」
「参加してたんだけど、私の前の前の挑戦者が思いのほか酒豪でね。まだ倒れなさそうだったし、退屈だったから散歩にでたら、あなたがそこに。・・・・・・まあ、それは表向きの理由なんだけど」
「ふぅん」

微笑みながらそう言う紫とは対照的に、アリスは興味なさそうに相槌をうった。
そんな態度に、紫はわざとらしく落ち込んだ表情を浮かべ、ため息まで漏らす。

「つれないわね、そんなに興味なさそうに言わなくてもいいじゃない」
「本当に興味がないもの。第一、散歩してるだけでしょう?そこにどう興味を示せっていうのよ」

冷静に返された言葉に、しかし紫は微笑んで「あら?」と意外そうに声をあげた。

「あなたは気がつかない?」
「?」
「ここ冥界は白玉楼に、ありとあらゆる能力を持った人間や妖怪が集まった。あらゆる形無き概念を操る者が揃い、一緒にいる――だからこそ、何が起こるか分からないのよ?彼女達が能力を使用するにせよしないにせよ、ね」
「・・・・・・その何かを探して散歩しているとでも?」
「中正解。私はそれを求めない。求める必要がないのだから」

ふふ、と紫は笑う。底知れぬ、胡散臭い微笑み。だが何故だろうか、アリスはその笑みの中に微かに――別の感情が浮かんでいるようにも見えた。
だがそれをよく覗き込もうとする前に、紫はそれを打ち消している。
そして唐突に問いかけた。

「あなたは『夢の時間』という言葉を知っているかしら?」
「夢の・・・・・・時間?」
「そう。知らない?」

どこかで聞いた覚えのある言葉だったが、すぐには思い出せなかった。アリスは首を横に振る。
紫は「そう」とだけ呟いて、踵を返した。

「ちょっと、どういうこと?」

問題だけ出されて答えを提示されない理不尽さに声をあげるアリスに、紫は微笑んで、

「・・・・・・じきに分かるわ」

それだけ言い残して、紫は虚空に線を引き、ぱっくりと開いたその中に入り込む。
そして、それを止めようと手を伸ばしたアリスの目の前で、無情にも線は閉じて――その場に、アリスだけが残された。

しばらくの間呆然と、手を伸ばした体勢で固まっていたが、深く息を吐き、頭を振った。
相手は胡散臭い――と魔理沙は言っていた――紫なのだ。まともに相手をするだけで馬鹿を見る可能性だってあった。
つまり、単なる言葉遊びかその類いだと思えばいい。

もう一度深く息を吐いて、アリスは止まっていた歩を進めた。目的もなく、ただ純粋な散歩の続きを。








その言葉にれっきとした意味があったのを知るのは、それから数分後のことである。








桜の木々が風にそよぐ音だけが静かに響く中、それは微かに聞こえてきた。

「・・・・・・?」

初めは空耳かと思った。だがよくよく耳を澄ませてみると、それははっきりと聞こえてくる。



それは、子供の泣き声だった。

どこかで、誰かが、囁くようにか細い声で、泣いていた。



誰かしら、と呟いて、アリスは振り返り――そのすぐ足元で、癖のついた、薄い桜色の髪の少女が泣いていた。
アリスの腰程の背丈で、歳は十歳前後だろうか。藍染めの着物を着た少女は、いつ頃から泣き始めていたのか、時折見せる目を真っ赤に腫らして、それでも顔を何度もこすりながら泣きじゃくっていた。アリスの視線にも気付かずに――子供の体力で、いつまでも泣き続けていられる筈もないのに。
放っておけば、涙が枯れ果てるまで泣いているだろう。もしくは、泣き疲れるのが先だろうか。

そう思っていても、アリスは何もせず、ただその少女を見下ろしていた。僅かに目を見開いて、

――――西行寺幽々子?

直感だったが、そう思った。何故幼い幽々子がここにいるのか、それすらも分からないまま。
幼い幽々子は泣き続けている。その姿は幻でも幽霊でもなく――驚いたことに、生身だった。幽霊のように空中に浮かぶこともなく、地面に足をつけて、泣き声を必死に殺しながら、泣いていた。
頬を伝う涙が地面に落ちる度に、小さな、小さな跡を、浮かび上がらせていく。
その様子を、アリスはただ何となしに、眺め続ける。


ふと、アリスは周囲を見渡してみて、異変に気づいた。
変わらぬ桜並木。空の中心で煌々と地上を照らす太陽。今まで見ていた光景と一緒。だが状況は一変していた。

何もかもが『生きて』いる。そうとしか言い様がなかった。
冥界にも動物がいない訳ではないが、それらはすべて幽霊である。空気の質も、普段は冷たく肌寒い。――だが、ここはどうだろう。桜の木も、その上を飛ぶ小鳥も、空気の質も、何もかもが『生きて』いたのだ。
まるで冥界の光景を、そっくりそのままこの世――普段アリス達が生きている世界として――に模写したかのように。

――――違う。ここは冥界の筈。私はずっとそこにいたんだから。

その考えを、アリスは否定する。自分の感覚さえ疑ってしまっては、何を信じればいいのか分からなくなるから。

――――だけど、それなら何故、ここは生きているの?彼女は・・・・・・生きているの?

だが、それでも周囲の状況を見ていると、次第に自分の感覚が狂っているのではないかと思えてきた。それほどまでに、何もかもが違っていたのだ。
何故こうなったのかを、アリスは考える。いくら考えても答えの出ない問いではあったが。
考えながら、泣き続ける幽々子を見つめる。

「・・・・・・ねぇ」

アリスは幼い幽々子に話しかけた。そのまま放って置いても良かったのだが――もしかしたらこの子なら、この状況を説明してくれるのでは、という淡い期待があったからだ。
とは言え、まずは泣き止ませないと埒があかなかった。泣いている理由も聞けば分かるだろう。
幼い幽々子は涙に濡れた大きな瞳をアリスに向けて、しゃくりあげながらじっと見つめた。

「どうかしたの?」
「・・・・・・んっ、ない・・・・・・」
「?」
「おうちっ、がどこっ、にあるのっ、かっ、わかんっ、ないっ」
「道に迷ったの?」

出来るだけ優しく――人形ならともかく、本物の子供を相手にしたことがなかった為、実は自信がなかったのだが――問いかけたのが良かったのか、素直に頷く幼い幽々子。泣き崩れているとはいえ、その様子からは、今の幽々子からは想像も出来ない程の、お嬢様然としたおしとやかさがあった。
妖夢あたりがこの光景を見れば、ようやく主として自覚が芽生えてきたと喜ぶだろうか、それともあまりに信じがたい事実を前に現実逃避するだろうか。アリスはふと思い、すぐに首を振った。本当にどうでもいい考えだったから。

それよりも、どうしようかしら――アリスは思案する。
淡い期待をこめて声をかけたはいいものの、様子を見る限り、状況を説明してもらえるのはまだ先になりそうである。となればその先になるまで待つのも手ではあったのだが――-実はそれ以外のことを考えていなかったため、これからどうすればいいかまったく分からなかった。
冥界での幽々子達の住まいの場所は知っているが、この世と化したここでも同じ場所にあるのか、そこの連れて行って何が起こるか分からないのだ。もしかしたら何も起こらないかもしれないし、過去の白玉楼があって、幽々子と一緒に生きていた者達が暮らしているかもしれない。
それならいいのだが、もし仮に、あの場所が冥界のままだったとして、そこに今の幽々子がいれば?
今の幽々子と、目の前にいる幼い幽々子が出会えばどうなるだろうか。それが原因で何が発生するか分かったものではない。それがどんな結末を導くかも。

だから、アリスは思案する。これからどうすればいいのかを。
だが、いくら考えたところで、導き出せる答えなどたかが知れていた。元々数少ない選択肢に、ほんの一、二程しか増えないだろうし、それが良い結果になるとも限らない。

要するに、考えるだけ無駄。

「これじゃあ、どこかの白黒と行動基準が一緒ね」

ため息混じりに呟く。最も、当の白黒――魔理沙とて考えなしで行動しているわけではないのだろうが、思い立ったが吉日とばかりに即座に行動に移している分では、そう思われても仕方がないかもしれない。


打算などなく、後先も考えず、何が起きてもただただ前を見て、ありのままに突き進む白黒の流星なのだ、彼女は。


――――だから私は、あいつが――――

ため息混じりにポツリ、と呟く。そんなアリスを、隣にいる幼い幽々子は不思議そうに見上げていた。
その視線に気付いたのか、アリスは考えを振り払うように頭を振って、不思議そうに自分を見上げる幼い幽々子に微笑みかけた。

「ねえ、あなたのお名前は何て言うの?」
「・・・・・・結々子。西行寺結々子」
「ゆゆこ?」
「ううん、結々子」
「・・・・・・結々子」

一緒のように聞こえるが、多少発音が違うらしい。その点に注意しながら、アリスは幼い幽々子――結々子の名を口にする。
アリスを見上げていた結々子は、名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、はにかんだ微笑みを浮かべる。今の幽々子からは想像もつかない、裏表のない笑みである。
つられてアリスも微笑み返し、その細く白い手を取った。

「ねえ、お姉ちゃんは?」
「アリス・マーガトロイドよ」
「ありす、まーが・・・・・・まーが?」
「・・・・・・アリスでいいわ」

苗字の発音が上手くいかないらしく、見てて飽きない程度に表情をころころ変えて言い続ける結々子に、アリスは苦笑混じりに伝える。
すると結々子は発音練習するかのように、口の中でしきりに「ありす、ありす、ありす」と繰り返した。
凡そ十回程繰り返した後、屈託のない笑みを浮かべて、

「ありすお姉ちゃん」

そう言ってきたものだから、アリスは頬が緩むのを止められなかった。
とにかく可愛らしい、これがあんな能天気な春満開亡霊になるなんて信じられない光景である。当の本人に対して失礼極まりない考えだったが。

「私も一緒にお家を探してあげるから、泣かないの。ね?」
「うん」

素直に頷く結々子にもう一度微笑むと、アリスはその手を引いて歩き始めた。

どこへ向かえばいいのか分からないままだったが、とりあえず適当に歩けば何とかなるだろう。そんな考えの下で。

――これでは魔理沙と一緒だと言われても仕方がないかもしれない。










☆★☆★☆★☆








「ねえ、ありすお姉ちゃん」
「?」

手を引かれたまま、ずっと黙ってついてきていた結々子が口を開いたのは、歩き始めてから十分程経ってからだった。
もしかして考えなしに歩いていたのがバレたのだろうか。冷や汗と共に歩を止め、振り返ったアリスに、結々子は不思議そうな表情を浮かべて、

「お姉ちゃんは、お友達はいるの?」

何の脈絡もなく、唐突に聞いてきた。
どうやらバレてはないようだが、ある意味最も性質の悪い質問である。それこそが、人形達に囲まれて暮らしているアリスに対する、知人全員の疑問なのだ。
結々子の質問に、アリスはうーん、と唸った。


いると言えば、いる。魔法の森に住む白黒魔法使いと博麗神社の春満開巫女の二人だ。
知人となれば二桁に達するだろうが、それはあくまで『知っている人物』という間柄でしかない。それ以上でもそれ以下でもない存在を友人とは呼べないだろう。人形達も『使い魔』であり、友人ではないのだ。
だから、度々顔を合わせていたあの二人は、友人と呼べるのではないだろうか。少なくとも、アリスは二人を友人だと思っている。つまらない意地から発展した口喧嘩も、弾幕勝負も何度か経験したが、それでも険悪という間柄になったこともない。


だが、それは所詮アリスから見た関係であり、彼女達にしてみれば友達感覚ではないかもしれない。単に会いに行くから応対する、それ以上でもそれ以下でもない関係。
最近はそれすらも行われていないから、既に忘れられているかもしれない。






――あの、訪れなかった春の騒動の時と同じように。






アリスの動きが、止まった。ただ止まっただけではない、何もかもが止まっていた。瞬きもせず、体は石像のように動きもせず――呼吸さえもせずに。
不思議そうに見上げる結々子の視線を受けながらも、アリスは止まったままだ。

「わっ、私、は・・・・・・」

たったそれだけの言葉にすべての力を使い切るかのように、アリスは喘ぐ。

何故アリスが二人と会わなくなったのか。その原因は分かっている。
二人がアリスを避け始めたのではない。アリスが二人を避け始めたのだ。だが、明確に避け始めたのはいつからだったのか、きっかけが何だったのかさえも思い出せない。

そう――会おうと思えば、いくらでも会えたのだ。会えば歓迎とまではいかなくてもそれなりに対応してくれた二人の下へ。

なのにそれをしなかった。――何故?

「知らない、わよ・・・・・・そんなの・・・・・・」

自身の事である筈なのに、アリスはその問いの答えが分からなかった。必死に考えても、その答えはまるで霞がかっているかのように、掴み取ることができない。

出口という答えの見えない迷路なら、まだ救いはあった。見えないだけで存在すると分かっているのだから、いつかは必ず出口に辿り着けると信じて行動することが出来る。

だがアリスが今迷い込んでいるのは、出口のない迷路である。

それがないと初めから分かっている迷路を、出口を目指して進む行為――それはどれほど愚かな事なのだろうか。



――もしかしたら、あるいは――



「ありすお姉ちゃん・・・・・・?」

その声で、アリスは我に返った。考えを振り払うように頭を振る。
隣に結々子がいるというのに、何をしているのだろうか。アリスは自嘲の笑みを浮かべ、深く息を吐いた。
そして、ふと疑問に思ったことを口にする。

「ところで、何でそんなことを聞いてきたの?」

すると、結々子は僅かに目を伏せ――寂しそうに、言った。

「私ね、お友達がいないの。だから・・・・・・ありすお姉ちゃんに、お友達になってほしいって、思って・・・・・・」

まるで断られるのを恐れるかのように、結々子は躊躇いがちにそう言った。
それを聞いて、アリスは成る程、と思う。そう言えば幽々子は『死を操る』能力を持っていた。今ではそれも普通――とは言え、他の妖怪達からは変わらぬ畏怖の念が向けられているが――と言えるかもしれない。

だが、人間の、しかも子供の時にそんな能力を持っていたとすれば?

妖怪達の間でさえ、強すぎる力は畏怖と忌諱の対象になりかねない。ましてや人間は集団で行動するが故に、誰か一人にでもそういった感情が芽生えると、あっと言う間に周囲に伝染する。
その結果、周囲から孤立して迫害されるケースは、幻想郷においても決して珍しくない。恐らく結々子もその例に漏れていないのだろう。
ただでさえ村八分となっているであろう結々子に、友達など出来る筈がないのだ。例え何も知らない子供達が友達になろうとしても、絶対にその親が止めに入るのだから。
理解してくれる者も、手を差し伸べる者さえもいない、絶対的な孤独。アリスが声をかけなければ、あの場でずっと泣き続けていただろう。通りがかる者の冷ややかで、拒絶の視線を向けられながら――もしかしたら、存在さえも無視されていたかもしれない。それは子供にとって、どれ程残酷なのだろうか。
そういった存在――様々な『能力』を持つ者が当たり前にいた魔界出身のアリスには想像もつかなかったが、筆舌しがたい絶望である事だけは理解できた。
だから、結々子が自分を怖がりもせず話しかけてきた自分にそれなりに――だと思うが――懐いているのも理解できた。それにしては、本当に唐突に、こんな話題を振ってきたものだと感じもしたが。
とはいえ、さして断る理由はなかった。友達になるくらいなら大して影響もないだろうと思ったからだ。

「ええ、いいわよ」
「・・・・・・本当?」
「勿論、私でよければね」
「わーい!」

それを聞いた結々子は、見ている方が微笑ましくなる程の笑顔を浮かべて、それはそれは嬉しそうに走り始めた。
始めはそれを微笑ましげに眺めていたアリスだったが、ふいに眉をひそめる。

――――あんなに走って大丈夫かしら。

脇目も振らず疾走、という言葉がぴったりな結々子の様子に、アリスは不安を覚えた。

そんな不安は、現実となる。

「きゃ――っ?」
「あぅっ」

ぼふ、という音と共に、結々子が誰かにぶつかった。
やっぱりね、とアリスは思う。だが注意を怠って走った事実を差し引いても、木の影から突然人が現れたのだから、避け様がない。

「大丈夫?」
「うん・・・・・・ごめんなさい」

ぶつかった人物――アリスと同じ、癖のついた金色の髪の少女は、ぶつかった拍子に転んだ結々子に手を差し伸べる。
どこかで見たことのある女の子ね、とアリスが思う中、結々子が差し出された手を取り――


――瞬間、アリスの見る景色に変化が起こった。
少女と結々子を中心にして、まるで絵の上に新しく絵を描くかのように、周囲の景色が一変していく。

「っ!?」

驚き、目を見張るアリスの目の前で、少女と結々子の姿が溶け込むように消え――その代わりに描かれたのは、大きな木だった。


その木は、とにかく大きかった。幹は大人十人が両手を広げて囲んでも足りるか分からない程太い。木の下を見れば、大きな根――大きな物で、アリスの胴体程はあるだろうか――が地中から剥き出しになっており、地面を盛り上げている。見上げてみれば、空を覆い隠すように枝が広がっており、そこには見事な桃色の花が咲き誇っていた。



アリスは知らなかったが、それは『西行妖』と呼ばれ、恐れられていた妖怪桜だ。
その桜も、人間や妖怪の死体から血や魂を吸い取り、美しい花を咲かせる存在である。だが、他の桜とはまったく違う側面も持っていた。
自らの糧のために、自発的に生きていた者達を死に誘っていたのだ。そして死なせれば死なせる程美しい花を咲かせ、それがもっと大勢の獲物を引き寄せる。

人の生き血を啜り、仲間を増やす吸血鬼といえども、必要以上に吸わないし、むやみやたらと仲間を増やそうとしない。そんなことをすれば遠からず自分達の餌がなくなり、やがて同じく滅びの道を辿ると本能的に知っているからだ。
だが、西行妖は違う。
西行妖は、自らの滅びを知らない。知らないからこそ、何もかもを喰らい尽くすまで止まらないのだ。
それは誰かが止めなければならない、だが誰も止めることが出来ない、最凶で最悪のサイクル。

だが、誰かが止めることに成功したのだろう。その幹には無数の札が貼られており、専門外のアリスでさえも一目で強力だと分かる結界が展開されていた。――それでも完全に展開されているわけではない。何かが足りないようだった。
まるで完成間近のパズルで、もう1ピースだけ足りないような。全体図は見えているのに、その1ピースが欠けているせいで、何となく損をした気がする。そんな印象だった。



その根元に、アリスの視線は向けられていた。向けたまま、目を逸らせなかった。
そこには二人の人影があった。
根元の近くに両手両膝を地につけ、声もなく泣き伏す男性と幽霊、そして、


――――――幹に身を預け、胸が真っ赤に染まった着物を着て横たわる、結々子の姿が。


その光景を目にした瞬間、アリスの心の中から、何かが音を立てて引いていった。同時に驚きに見開かれていた目が、鋭く細められる。
結々子から目を離さないまま、アリスは一歩、前に進み出る。

「・・・・・・何奴」

土を踏みしめる足音に気付いたのか、先ほどまで泣いていたとは思えない素早さで立ち直った男性が――それでも頬には涙の跡がくっきりと残っていたが――腰に差していた刀の柄に手を添え、アリスの方へと向き直る。
その身から発する気配や、年齢的に考えると、友人ということはないだろう。恐らく、結々子の護衛か。やや疲れの見える動きだったが、なかなかどうして隙がない。それだけ見ても、相当な手練であることは容易に推測がついた。
少しでも不審な動きを見せれば、即座に斬り捨てられる。そんな確信があった。だが、アリスは一度だけ男性を見た後、すぐに結々子へと視線を戻し、構わず近づいていく。ゆっくりと、ゆっくりと。
まるで、男性の存在など意に介さないように。
それは正しかった。今のアリスには、倒れる結々子の姿しか見えていなかったのだから。

いよいよもって男性の警戒心が強まり、今にも刀を抜き放とうとする気配が漂い始める。
それを制したのは、意外な声だった。

「ようっ、き・・・・・・駄目っ、だよ」
「結々子様?」
「ありっ、すっ、お姉ちゃん――お友達っ、なんだかっ、ら・・・・・・っ」

息も絶え絶えに告げる結々子に、妖忌と呼ばれた男性は柄に添えていない手を、白くなるまで強く握り締め――構えを解いた。
そこにどんな思いがあったのか、アリスには分からなかった。初めから分かろうとしなかったのかもしれない、そこまで余裕がなかった。
表面上は無表情を貫いていたアリスだったが、その心中は穏やかではなかった。ただ、それをどう表現すればいいのかが分からなかったのだ。
だから、アリスは一言も喋ることなく、妖忌の目の前、結々子のすぐ側まで来て、立ち止まる。

「・・・・・・・・・・・・結々子」

徹底的に感情を排した声で、何の感情も浮かんでいない表情を浮かべて、アリスは教えてもらったばかりの名前を口にする。

「おっ、お姉ちゃん・・・・・・」
「結々子」
「あっ、あの後、急にいな――て、探したっ、んだよっ?」
「ごめんなさい。心配かけてしまって」
「うっ、ううん、無事でっ、よかっ・・・・・・!」

ゴホゴホと咳をする度に、結々子の口から鮮血が溢れ出てくる。

「結々子様、喋られては・・・・・・」

妖忌の言葉に、結々子は弱々しく、けれどはっきりと、首を横に振った。
己の意思で喋ろうとする結々子を、アリスは止めない。――止める理由がない。
何も言わずに、アリスはその傍らにそっと腰を下ろし、結々子の頬を優しく撫でた。
結々子は、気持ちよさそうにそっと目を細める。

「わ、わたしね、ありす、お姉ちゃん」
「うん」
「ず、ずっと昔、から、幽霊さん、だけ――友達だ――の」
「・・・・・・」
「で、でも、いつの間にか、誰かの、死期が、見えるよう――て、気がついた――誰かを、死に誘え――できるようにな――それが、とてもっ、怖かったっ、の」
「・・・・・・」
「わ、わたしが、夢に見た人、全員、眠るよう――死んでいってっ・・・・・・!」

再び咳き込む。もうまともに話をすることさえ難しいようだった。
それでも、結々子は喋ることを止めようとしない。アリスも、最早妖忌も、止めようとしない。
喋っても、喋らなくても、もう助かりはしないのだ。

「みんな、みん――わた、わたしが、殺し、てっ・・・・・・!」
「・・・・・・」
「気が――たら、妖忌も、誰もか――死に、誘お――してる私が――てっ・・・・・・」
「・・・・・・」
「だ、だか、ら、わ、私っ・・・・・・!」
「・・・・・・誰かに死なれるくらいなら、自分が犠牲になればいい。そう思ったの?」

感情の抑揚さがまったく感じられない、ほとんど棒読みに近い声で、アリスは問いかけた。
そして、悲痛な表情で頷く結々子に、アリスは小さく息を吐いた。


――――――この子は、たくさんの人に拒絶されながらも、たくさんの人をその手にかけたことを後悔していたのか。

結々子は、大切な人を死に誘うのが怖かったのではない。自分を迫害した者でさえも、死に誘うのが怖かったのだ。
誰も傷つけたくなかったのだろう。それは『死に誘う』能力を持つ者としては、あまりにも優しすぎた。

――――――自分が死ねば、それが終わると信じて、これ以上犠牲が増えないように自害したのか。

だからこそ、彼女は自らの手でその悲劇に幕を下ろそうとしたのだろう。
そう決心させるまでに、彼女はどれ程の人間をその手にかけたのだろうか。
誰よりも深い絶望を抱きながら、それでも『これ以上誰も死なせたくない』という願いと共に。


「違うでしょ?」
「・・・・・・え?」
「あなたが望んでいたのは、こんな結末じゃないでしょ?」

アリスの言葉に、結々子はそっと目を伏せる。


例えば、人一人が犠牲になることで大勢の命が救われると言われたとして。
大抵の場合、その一人が自己犠牲となることで大勢の命は救われる。そして救われた者達は、その犠牲になった者に感謝し、偲び、忘れないようにと記憶に刻み込む。
だが、この場合はどうだろうか。
彼女は、死を呼ぶ者として忌み嫌われてきた。彼女が自分を犠牲にしてその悲劇を断ったとしても、救われた者達に芽生えるのは安堵でしかない。ようやく死んでくれた、やっと安心して眠れる――そう口々に言うのが容易に想像できる。

本当は生きていたかったという彼女の意思など、誰も考えもせずに。
仮にもし、前者の立場だったとしても、同じことが言える。誰も犠牲になった者の気持ちなど考えはしないのだ。

「だから人間は、私たちよりも自分勝手すぎるのよ」

ポツリと呟かれたアリスの言葉に、結々子も、妖忌も、何も言わない。
一様に押し黙った二人を前に、アリスは深く息を吐いた。

――今更何を考え、何を言ったところで、すべて後の祭りなのだ。
それよりも――

もう一度息を吐いて、アリスは結々子に問いかける。

「・・・・・・ねえ、何をしてほしい?」

――今、出来ることはないのか。せめて安らかに眠れるように。

アリスの言葉に、結々子はゆっくりと目を閉じ――ほんの少しの間考えた後、咳き込みながら言う。

「あり、す、おねえ――ん」
「うん」
「さむっ、い、の・・・・・・!」

咳き込む口からは、血すら出てこなかった。もう出尽くしているのかもしれない。
流れている量を考えれば体が冷え込むのは当然だろう。むしろ、これだけの出血量でまだ生きている方が奇跡なのだ。
もう保たない。そう感じたアリスは、何も言わず、そっと結々子の体を抱きしめる。

血が抜けきっているせいか、結々子の体は布越しでも分かるくらい冷え切っていた。
本当に、これが人の体なのかと疑う程に。

抱き締められ、驚いて目を見開いた結々子に、アリスは何も言わずに、優しく微笑む。
その微笑みに釣られるかのように、結々子は安心したように微笑むと、アリスの背中に両手を回し、精一杯の力で――ほんの少しでも体を動かせば外れてしまいそうなくらい、弱々しい力で、しがみついた。

「ああ」

結々子の、安らぎに満ちた声が、アリスの耳朶を打つ。

「――――温かい――――」

感じた温もりを逃さないように、結々子はアリスの体を強く抱きしめて、












その手から、力が抜けた。












「ゆゆ、こ、様・・・・・・」

近くにいる筈の妖忌の声が、遠くから聞こえたような気がした。
くったりと力の抜けた結々子の体をなおも抱きしめながら、アリスはゆっくりと、視線を上げる。


目の前、西行妖の幹のすぐ側に、ゆらゆらと煌く光の玉が浮かんでいた。
恐らくそれが結々子の魂なのだろう、と、ぼんやりした頭で見守る中、その光の玉はゆらゆらと揺れながら、西行妖の方へと進んで行く。
アリスはそれを止めない。妖忌も止めない。
二人は、ただじっと、その魂が、西行妖の方へと進んでいくのを見守る。


結々子の魂が西行妖の幹に触れた途端、変化が起こった。


幹に貼られていた札が光ったかと思うと、光の玉を起点に、それぞれの札が線と線で結ばれ始める。それは幾重にも重ねられた五芒星へと変化していき、それと同時に、幹を囲むように光の輪が宙に浮かび上がった。
アリスと妖忌が見守る中、その光の輪は幹を押し潰すかのような動きで収縮し始め――やがてその中に入り込むと、パァンッ、という音と共に、弾け飛ぶ。
弾けた光は五つの玉となり、西行妖をの周囲の地面に散らばり、染み込むように消えて、

次の瞬間、五つの光点が線を繋ぎ、地面にも五芒星の陣を浮かび上がらせると――


――眩いばかりの光が、西行妖を包んだ。


「――――――――!!」

アリスか、妖忌か。二人のうちどちらかが声を上げたが、光に包み込まれ、何と言っているか分からなかった。声を上げた本人でさえも、自分が何を言ったのか分からないだろう。



だが、その声は慟哭にも聞こえた。嘆きの絶叫にも聞こえた。

まるで、誰かが、大声を上げて泣いているような声だった。



無音の光に包まれ、聞こえない叫び声が響き渡る中――もしかしたらそれは自分なのかもしれないと思いながら――アリスは誰かの声を聞いたような気がした。


「『富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・』」


不思議と心に染み渡るその言葉は、とても聞き覚えのある声で。けれど誰の声かを思い出す前に、アリスの意識は遠のき――抵抗する間もなく、あっさりとそれを手放した。











☆★☆★☆★☆





「ちょっと、そこの人形師さん。そんなところで寝てると、誘っちゃうわよ?」

からかうような調子で言われて、アリスはゆっくりと目を開けた。

――そこには、今まで見てきた結々子の姿ではなく、冥界の主としての姿、つまり幽霊である幽々子の姿があった。
彼女は宙にふわふわと浮かび、とても面白そうに目を細め、アリスを見下ろしている。

その姿を見ながら、心のどこかで結々子の姿と照らし合わせる。
当然ながら、面影が重なる。だがその表情には悲痛さは微塵もなく、とても楽しそうな――幸せそうな雰囲気があった。

――――もし『人を死に誘う』能力さえなければ、こういう表情を浮かべることができたのかしら。

思い、しかし苦笑して首を振った。
きっと笑えただろう。だがそれは想像の中でしかない。本当に笑えたかどうかは、自害し、全ての記憶を忘れた今となっては、永遠に分からないことだ。

それでもいい、とアリスは考える。
何もかもを忘れたのならば――否。忘れたからこそ、今こうして幸せそうに笑っているのだから。

そう考えて、アリスは気持ちを切り替えるために頭を振る。

「手を貸しましょうか?」
「大丈夫、一人で立てるわ」

そう返して、アリスはゆっくりと体を起こすと、大きく背伸びをした。
どうやら、今まで桜の幹に体を預けて眠っていたらしい。体の節々が凝っていて、日常の何気ない動きをしようにも、ちょっと反応が遅れている。
体の隅々を伸ばし始めたアリスに、幽々子はさも不思議そうに首をかしげていた。目の前でいきなり準備体操もどきをされれば、当然と言えば当然かもしれないが。
否――幽々子の視線は、アリスの胸元辺りに集中していた。

「ねえ、あなた」
「何よ?」

同じ女性とは言え、胸元に視線を向けられていい気分ではない。眉根を寄せるアリスに、幽々子は首をかしげたまま問いかけた。




「なんで、服が真っ赤に染まっているの?」




「――――え?」

思わず素っ頓狂な声を上げたアリスは、つられるように自身の胸元へと視線を向けて――

「・・・・・・・・・・・・何これ?」
「私に聞かれても困るわね」

困ったような笑みを浮かべて、幽々子は答える。
幽々子の言う通り、アリスが着ていた水色のワンピースの胸元辺りに、真っ赤な染みが広がっていた。目も当てられない。
恐らく結々子を抱きしめた際に、その血が付着したのだろう。

「ああもう、お気に入りだったのに。染み抜きが大変だわ」

胸の辺りを伸ばし、ため息混じりに呟く。だがそう言う口調とは裏腹に、その顔はどこか微笑んでいるようにも見えた。
それを不審そうに見やる幽々子だったが、どうでもいいと判断したのか、ふふっ、と笑ってアリスの肩をがしっ、と掴んだ。

「そんなことよりも。こんなところで立ってないで、あなたも来なさい」
「は?」
「ほとんどが酔い潰れちゃって、紫への挑戦者がいないのよねぇ」

その言葉で事情を察したアリスは、顔から血の気が引くのをはっきりと感じた。
つまりは、

「・・・・・・私も大会に参加しろ、と」
「そういうことね」

よく見れば赤ら顔で微笑む幽々子に、アリスは自らの死期を見たような気がした。あれの中に参加しろと言うのか、冗談ではない。謹んで辞退したかったが、先手を打たれた。有無を言わさず、幽々子はその肩を掴んだまま歩き始めたのだ。
端から見れば、妖夢の時と同じように見える。恐らくこの先、アリスを待ち受けているのは地獄以外の何者でもないだろう。

だが、死地へ向けて引きずられていくというのに、アリスはあまり抵抗らしい抵抗もせず、苦笑していた。



――――まあ、いいか。たまには我侭に振り回されるのも。



「たまには、ね」
「うん?」
「何でもないわ。――ああもう、引きずらなくてもいいわよ、自分の足で歩けるから」
「そう?」

あっさりと手を離し、歩き始める幽々子。
その後を追うように歩きながら、アリスはふと、紫の言葉と、その意味を思い出した。


――――そう言えば、『夢の時間』って――――――










☆★☆★☆★☆




夢の時間(ドリーム・タイム)

人間の考える「時間」には三つの形がある。

1) 時間は一定方向へ流れ、けっして戻ることがない。中世中期以降のヨーロッパが代表。
2)時間は円環になって繰り返す。古代インドが代表。
3)過去は「どこかにあり」、手を伸ばせばとどく。過去と現在と未来の区別はあいまいである。オーストラリアのアボリジニーが代表。ドリーム・タイム(夢の時間)。

SFはおおむね(1)の立場を認めたうえで話を進めるが、ファンタジーは多分に(3)の立場をとる。
(中略)
子どもたちは別段タイム・マシンを使うわけでも、次元断層に投げこまれるわけでもない。ただ気がつくと過去にいるだけで、子どもたちはしばしば過去と今とをいったりきたりするのだ。
(新紀元社 魔法事典『時間』の項目より一部抜粋)





・・・・・・Next Phantasm

こんばんは。最近、色々な方面に謝らなければならない気がしてきている楓です。
それはもう、色々な意味で、色々な方々に。今までも、これからも。


やはり、と言うべきか第三幕も長くなってしまいました。考えた当初、この半分程の長さで終われると思っていたのですが。
思い通りにいかないというのも、ある意味では問題かもしれませんね・・・・・・ううむ、要修行。
更に言えば、題名にも取り入れている『夢の時間』も、自分的な解釈が入っているので、本に書いてあった通りの意味とは多少異なるという・・・・・・若造が昼間から読むような本でもないんですけどね、内容的に(汗

・・・・・・ゆゆこ、という名前は、相当悩んだ末にこうなりました。ネーミングセンスないのは百も承知、ご勘弁くださいorz

前作と微妙にかぶっているような気がしますが、僕はあえて「違う」と言います。前作は記憶(?)の中に入り込んだ形ですが、今回は直接過去に飛んでいる。直接会い、話し、触れ合っている。幻と実体の差は大きく開いているのですから。
そして何よりも、過去に飛ぶということは『歴史の改変に繋がる行為』と思わせておいてその実『改変されない歴史』でもあるんですから。つまりアリスが過去に飛ぶことによって今まで積み重ねられた歴史通りの道が辿られる、ということ。


・・・・・・まあ他にもストーリーは三通り考えていたけれども何か違うような気がしただけなんですが(ぉ

なんだか何を言っても言い訳に聞こえそうなのでここまで。

・・・・・・ところで、話にも書きましたが、完成間近のパズルで、1ピースをあえてつけずに飾ると、全体像は見えるのに何となく損した気分になりませんか?
ならない?そもそもわざとそんなことしない?そうですかorz



さて、本題に入りましょう。

これまでの作品に関しても、またこれからの作品に関しても、『幻葬』の他に『生と死』という言葉がどうしても関わってきます。今更のような気がしますが、一応(関わる言葉はそれだけでもないんですが)。
この副題、実はとても苦手なんです。というのも、中学校時代からそれを考え続けて、未だに、自分自身に納得のいく答えが見えてこないんですよね。
もう誰かが解答を導き出しているのかもしれませんが、こういう類いのは自分で出さないと意味がないような気がしますし。人から教えられるよりも、自分で見つけたほうが納得しやすいですから。

・・・・・・まあ、この物語にそれを取り入れていると言っても、解答を求めて書いたわけでもないのがまた複雑なところですが(だったら書くな

それ以前に、未だ答えの見えない問いを副題に取り入れた以上、自身に迷いがあるまま書いていいわけがないんですよね。
だからもう、迷わないように決めました。自分が定めた結末を描くことに躊躇しないことを。


アリスと、そしてそれに関わる者達の『ある一つの幻葬』物語。自分の掲げた目標すら満足に達成できない若造の描く稚拙な物語と文章ですが、それでもお目を通してもらえると嬉しい限りです。

色々長くなってすみませんorz
それでは、第四幕で会いましょう。
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コメント



0.1310簡易評価
14.60nanasi削除
すごく「らしく」て素敵です
でもどうせなら明後日出して最萌の応援にしてくれたほうがアリスファンとしては嬉しかったかもです
22.80七死削除
長くなりますが、後書きを読んで・・・。

死生観について、それの回答を求め、そしてそれが捉えられずに迷うと言う考察は、宗教の歴史よりもはるかに長いものです。 子供が、人は何で死ぬのか?と考え、そしてそれに怯える事が哲学の始まりと言う人もいます。

例えば魚は水の中でしか生きられませんが、水槽の中の魚が水面を忘れて外に飛び出し、そして干からびて死んでいる様を時たま見かけます。
魚は知恵が無いから、己の限界たる水面如き境界を見出せないのです。 しかし、じゃあ人間は知恵があるから空気の存在を知っている、宇宙にまで行けるから魚にあたる水が無いのか、と言えばそうでは有りません。

壮子は、魚が生涯その存在を気づけないものは水であると言いますが、では人にとってはそれが空気だとは言わず、人生であると説きました。

限界とは、えてしてその存在を捉えられないからこそ限界であり、捉えてしまえば、宇宙に飛び出すように、超えることも容易いのです。
生と死の、その狭間。 なぜ生きてなぜ死ぬのか。 それを正確に把握している人間は未だにいません。 ですから超える事も出来ずに、死に怯え、恐怖し、そして悲しむのです。
生と死は、自分達の身の回りに、これ程にもあふれていると言うのに・・・。

幻葬物語。 生と死に真っ向から挑むこの話。 最初の送り雛の話から読ませて頂いておりますが、私はこの物語が大好きです。
生と死を題材にする以上、きっぱりとした解答が無いのは当然。 そう思われて、しかし尚この物語に取り組む作者殿の姿勢、躊躇わずにきっと己の道を進まれますよう。 応援しております。