Coolier - 新生・東方創想話

殺したい程、愛してる。

2005/01/09 22:54:26
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青天の霹靂、と言う言葉がある。
澄み渡った青空に突如鳴り響く雷、転じて「思いがけない出来事」と言う意味だ。
日常の裏に潜む、不埒で破廉恥な悪の胎動を端的かつ見事に表現した名言と言えよう。
そして今、正に晴天の霹靂と言うべき大事件が勃発したのである。



「あッ……ま、またやられた……!秘蔵のくさや味チョコレートが……ッ!!」


「ありゃ……確かここに置いてあった筈なんだが……って、もしかして……またアイツかッ!?」


「な、何と言う惨劇ッ!構想三ヶ月制作三週間かけて拵えた超大作
お嬢様等身大抱き枕が無残にも萎んで……こ、こんな事をするのは……ッ」


「こ、これはッ!?何時の間にか楼観剣と白楼剣の鞘の中に
夥しい量のメカブとコンニャクがッ!気持ち悪ッ!!って言うかこのメカブ動いてるんですけどッ!?
ちょっと何ですかこの不快極まりない白昼夢はッ!?いやー!ぞわぞわ──!!」




~殺したい程、愛してる。~




幻想郷揉め事厄介事何でも引き受け公社こと博麗神社。
最近頻発する目を覆わんばかりに凄惨な事件を重く見た
いつもの四人が急遽神社に集まり、今後の対策を話し合っていた。


「って事は……あんたらもなの?」

「ああ、アリスにチルノにルーミアにミスティア、それに永遠亭の奴らも被害にあってるらしいぜ」

「それだけじゃないわ、お嬢様に美鈴、それに妹様。聞いた話では慧音と妹紅もね」

「こちらも……幽々子様、騒霊三姉妹、そして西行妖にまで妙な悪戯が」


どうやら被害に会ったのは自分達だけではないようだ。
相当の広範囲にわたった被害状況を聞き、霊夢が小さく溜息を付く。
ちなみに被害の一例を挙げると、永遠亭ではおびただしい数の兎達が全員ところてんまみれにされていたし
鈴仙はいつも着ているブレザーの背中に何時の間にやら「任侠(おとこ)立ち」と言う刺繍が施されていたし
輝夜は朝起きて鏡を見た瞬間髪が七色のソフトモヒカンに変化しているのにショックを受けてぶっ倒れたし
永琳に至っては手持ちの薬瓶の中身が全て海苔のつくだ煮にすりかえられたりして
まさに目どころか色々当てられない大惨事になっている。
アリス辺りは「構ってもらえた、忘れられてなかった」と言う事で死ぬほど感動し
脱水症状になるほど激しく涙を流してぶっ倒れ八意永琳の元に運び込まれたのだが、
薬が全部海苔のつくだ煮になっている所為で非常に救命病棟丑三つ時と言った風情なのだがこの際それは関係ない。


「はあ……紫もまた迷惑な暇潰しを思いついたものね……」


ここ数日の幻想郷は何者かの暗躍によって混乱と驚愕の渦中にいる。
「何者か」とは言っても、紅い悪魔や天才薬師や天然大食い娘等という
幻想郷屈指の実力者達に気付かれること無く悪戯を行える者など一人しか居ない。
言わずと知れた暇でスキマで年増な大妖怪、八雲紫の仕業である。
最近寝てばっかりの生活にも飽きたのか、ふらりとマヨヒガから出て行っては
適当なターゲットを見繕い凶悪極まりない悪戯をして帰っていくというのだ。
どうやら紫の脳内には仕事をするという選択肢など最初からこれっぽっちも存在していないらしい。
余談だが今回紫の被害に合った面子の中でも特にルーミアは
「貧相と豊満の境界」をこれでもかと言う程に弄られてしまったらしく、
直視出来ないほどのセクシーさを惜しげもなく垂れ流す妖艶なお姉さんに変形してしまい
丁度その時ルーミアと遊んでいた為に不幸にも変形の瞬間を目撃してしまったリグルが、
そのあまりの衝撃に目が眩み足が震え脳が揺れ思考が停止し挙句の果てには鼻血を吹き出し
たまたまそこにあった底無し沼に墜落して現在決死の救助活動の真っ只中なのだがこの際それは関係ない。


「……今回のは特に酷いわ。この辺でガツンと一発懲らしめてやらなきゃ」

「……とは言うものの……いくらなんでも相手が悪いぜ」

「止めろと言われて素直にはいそうですかってなる様な性格じゃないものね」


犯人が八雲紫である、それだけで殆どの被害者は泣き寝入りせざるを得ない。
魔理沙の言う通り、いくらなんでも相手が悪すぎる。
加えて咲夜の言う通り、口で言って理解する様なタマでは無い上に
だからと言って力づくでどうにかしようとすれば九割九分返り討ちにあうだろう。
第一紫が他人に何か言われたくらいで折角見つけた楽しみを手放すとは思えない。


しかし、霊夢には秘策があった。
闘うべき相手には何を最も欲してないか事前に察知し先手を打つ、
それを完璧に具現した紫がもっとも嫌がるであろう恐るべき復讐の手段が。


「正攻法じゃとても無理よ。ならば搦め手でじわじわと責めていくしかないわ」

「搦め手……?」

「そう。妖夢、紫が一番嫌がることは何だと思う?」

「え」


唐突に質問を投げ掛けられ、妖夢が一瞬言葉に詰まる。
しばし虚空を仰いで考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。


「……安眠を妨げられる事かと」

「そのとーりッ」


妖夢の答えを聞いて満足そうに微笑み、ぽんと膝を打つ霊夢。
ちなみにこの時妖夢の脳裏には「藍と橙をぶちのめす」という考えも浮かんだのだが
それはあまりにもあまりだと言う事で即刻破棄し、その様な鬼畜極まりない事を考え付いた
自分の心を恥じて眼前のちゃぶ台に頭を激しく108回程打ち付け何とか煩悩を払った。
誰もその妖夢の行為を止めない辺りに金剛石より固い友情が感じられる、実に微笑ましい除夜の鐘的光景だ。


「紫は『最近寝てばっかり居るのに飽きた』とか言ってるけど、身体に染み付いた嗜好は簡単に消えはしないわ。
何だかんだいって紫は未だに睡眠ジャンキー、その至福の瞬間を邪魔されること以上の苦痛は無いはずよ」

「ほほう、流石は霊夢だな。あまりにも性格悪すぎるその発言に感動の余り鼻血が噴き出しそうだぜ」

「一理あるわね。しかも聞く所によると最近はあまり昼寝もしてないみたいだからより大きなダメージが見込めるわ」

「寝るたびに何らかの邪魔が入るとなればおちおち眠る事も出来なくなるものね」


総意確認、曰く制裁執行、復讐決行。
他の三人が乗り気なのを見て霊夢が満足そうに頷き、すっくと立ち上がった。



「やったらやり返される、それを紫に教えてやるわよ」



……そう。



……「やったら」「やり返される」……。



・ ・ ・



博麗神社から霊夢達が飛び立った数十分後。
結構色んな人が気軽に入ったり出たりしてる所為で
『俺……最近自分で自分が分からないんです』と迷い悩み
自己のあるべき姿を見失って苦しんでいるともっぱらの噂のマヨヒガ。
相手は家なので誰も何もアドバイス出来ないのが辛いところだが。
それ以前にマヨヒガに意思があるかどうかすら疑わしいのだが
あいにくここは幻想郷なので家の一つや二つ喋ったりしても何ら不思議ではない。
庭師である貴女はそうやって家や木の心を感じられるようにならなきゃ駄目よ妖夢?
と、マヨヒガに来る途中に妖夢が「幽々子様に直々にご教授頂いたのよ」と嬉しそうに語る姿を見て
他の三人はやがて来るであろう夢破れる瞬間を幻視し、そのあまりの切なさにこっそり涙を流した。
爆笑してしまった魔理沙が胴回し回転蹴りで地面めがけて叩き落されたのはこの際どうでもいい事なので放っておく。


ともかく諸悪の根源である紫が眠るマヨヒガ、そのどこかに存在する紫の部屋に四人が辿り着いていた。


「むにゃむにゃ……あらまあ藍ったら……え?肝臓仕込みのペスカトーレ?……それ美味しそうねぇ……すぅ……すぅ……」

「しかし安眠妨害と言っても……以前藍さんが
『紫様を起こすのは山をひとつ動かすような労力を要する』と
言っていた程の相手よ?生半可な手段ではとてもとても……」

「そういう事ならアレの出番だな。えーと……何処に仕舞ったっけかなぁ」


マトモな人間ならば一目見ただけでそのあまりのだらしなさに
眼球が吹き飛び視神経が焼き切れ脳細胞が死滅すると噂される八雲紫の寝姿。
その枕元に霊夢達が集まり、何やらぼそぼそと話し合っている。
当初は霊夢達の侵入を阻止しようとしていた橙と藍も、
四人の訪問の理由を聞くとやけにあっさりと中に入れてくれた。
それだけ二人とも紫には手を焼いていると言う事だろう。


「魔理沙……何よその本」

「此間パチュリーに借りてきたブツでな、ドギツイ嫌がらせや陰険な皮肉がたっぷり詰まった『酵痔炎』って辞書だ」

「その本作った人って随分な変態みたいね」

「エターナルマウンテンてるよ著って書いてあるぜ」


霊夢も咲夜も妖夢もその名前をどこかで聞いた事がある様な気がしたが、深く追求すると
どこからか五色の弾丸がかっ飛んできそうな嫌な予感がしたのであえて黙っていた。
ちなみにその瞬間ちょうど永遠亭のある方角から凄まじい殺気が漂ってきたらしいが
それが一体何を暗示しているかは全くの謎である。


「ちょっと見せて」

「ほれ」


魔理沙から本を受け取り、ぱらぱらとページをめくる霊夢。
……その表情が妙に生き生きしてるのはきっと幻想郷規模の蜃気楼が発生してるからだろう。
そうだ、そうに決まってる、そうでもなければあんな極悪な本を読んで霊夢が喜ぶ筈が無い。
しかし見てみろあの笑顔、まるで永い時の間思い続けた恋人との逢瀬に赴く乙女の様に無邪気で純粋ではないか。
この私でもあの本の下品さには思わず目を背けたくなったというのに、まさか霊夢がそんな馬鹿な。
魔理沙は必死で眼前の現実を否定しようとしたが、霊夢が「素敵な本ね」と呟いたので
結局のところ凄惨かつ惨憺な現実の辛さを余計に味わう結果となり人知れず涙を流した。
と、何かいい方法を発見したのか、霊夢がページをめくる手を止めた。


「えーと、この本によると……寝ている女性を起こすには愛する者の熱いキッスが一番、だって」

「ほほう(今度朝早くに神社に忍び込んで試してみるぜ)」

「へえ(素晴らしい!素晴らしすぎるッ!早速明日の朝お嬢様に使用わなきゃッ!)」

「成る程成る程(幽々子様に知られたら私の息と理性がもたない!全力で隠蔽せねばッ!!)」

「……」

「……」

「……」

「……」


何故か図ったように押し黙る四人。
まるで水場の草食獣が周りを警戒しているような微妙な目つきになっている。
この状態はまずい。迂闊に動けば自分に白羽の矢が立つ。
かと言って何もしないのもまた危険極まりない行為だ。
お互いがお互いの隙を探り何とかして迫り来る運命から逃れようとしている。
そしてそのまま永遠に膠着状態が続くかと思われた、長い時間の後


「わ……」

「「「私は嫌よ(だぜ)」」」


霊夢の言葉をかき消し、一寸の狂いも無く魔理沙と咲夜と妖夢の声が揃う。
普段は協調性など毛ほども見せないメンバーだが、珍しい事もあるものだ。
きっと明日は大地震が降ってくるだろう。


「だ、誰一人としてやりたくないってのッ!?キスったってちょっぴり触れる位で良いのにッ!!」

「すまんが自分の気持ちに嘘は吐けないぜ!霊夢以外の奴にキッスだなんてそれは私が私じゃなくなるッ!」

「私にはお嬢様と言う生涯を誓った愛しの姫君が居るのよッ!?どんな事があろうと操は立てるわッ!!」

「私だってそうよ!幽々子様以外の者に……く、く、唇を捧げる等言語道断以ての他ッ!!」


鬼気迫る表情三人が発する凍てつく波動に押され、流石の霊夢も、うぅ、と一歩後ずさる。
確かにこの三人にはそれぞれの想い人が居る、にも関わらずそれを無視して
紫とキスしろなどと言うのはやはり人として正しい行動とは言えないだろう。
しかしそうなると消去法で霊夢が紫にキスする事になってしまう。
ここに民主主義の脆弱性とか多数決の問題点とか少数派の不遇とか
そんな感じの何かが露見したような気がしないでもないがそれはこの際関係ない。


「それを言ったら私だって……私だって……えーと……愛する者……愛する者……ッ!」

「案外紫だったりして」

「!?さッ……さ、さ、さ、さ、咲夜ッ!?あ、アンタ……何て不埒な世迷い言をッッ!?
何がどうしてどういう訳でこの私がこんな美人でセクシーで胡散臭いけどその実案外優しくて
でもどうしようもなく駄目人間ならぬ駄目妖怪な所がとっても素敵な紫のアホを好きになるって言うのよッ!」

「本音が出てるわよ」

「耳まで真っ赤よ」

「そ、そうだったのか霊夢ッ!?しかし私は諦めないぜ!
例え紫をファイナルスパークで消し飛ばしてでもいつか必ず霊夢のハートを射止めてみせるから覚悟しておけッ!!」


何気ない咲夜の一言に、霊夢が顔中紅に染めてわたわたと言い返す。
辞書に載っていてもおかしくない程に典型的な図星を突かれた人の反応。
ルーミアどころかチルノでも感づきそうなレベルの無様な慌てっぷりに、
一瞬で他の三人が霊夢の紫への想いを理解し三者三様の反応を返す。
ちなみにこの時魔理沙以外の三人は「逆にぶっ飛ばされるから止めといた方がいい」と思ったが、
紫に喧嘩を売ろうとするほどの真剣な想いに水を差すのは失礼だと言う事であえて何も言わなかった。


「ち、違うわよッ!別にあのおかしな月の事件でコンビ組んだ時に戦う紫の姿がカッコ良かったとか
時折見せる気だるげな表情がこれまた琴線に触れるとかそんな事一切無いんだからッ!!」

「……あ~……これはもう末期ね、相手の嫌な所すら全て受け入れるレベルの愛だわ。
と言う訳で可及的速やかに熱くきめ細やかなキッスをお願いね、霊夢」

「愛とはかくも美しいものなのねッ!私感動のあまり溢れ出す涙が止まらないッ!
と言う事でここは一発早急かつ豪快にそして感動的で芳醇にッ!」

「い、痛い!心が、胸が痛いッ!この痛みはまさか俗に言う失恋ッ!?
恋の魔砲使いであるこの私があろう事か失恋ッ!?こんなの笑い話にもならないぜ──!」


もはや止め処無く流れる大瀑布の如き勢いで霊夢が本音を垂れ流しまくる。
その惨状を目の当たりにし、半ば呆れたような、しかし羨望の意を醸し出す微妙な表情で言う咲夜と
霊夢の感動的な愛の告白に心をうたれ溢れ出す涙を拭おうともせず叫ぶ妖夢、
そしておよそ考えうる限り最悪のシナリオの実現を目の当たりにし悲しみに慟哭する魔理沙。
まだ誰も何もしていないのにも関わらず紫の部屋は既に阿鼻叫喚で煉獄な涅槃と化していた。


「さぁ霊夢!女は度胸よ!それ粘膜接触!やれ粘膜接触!」

「まさに一念無量劫!あらよっと接吻!こりゃまた接吻!」


咲夜と妖夢が意味不明の掛け声と手拍子で霊夢を煽る。
二人とも操を立てた想い人の為にも紫に接吻する訳にはいかないので物凄く必死だ。
そして咲夜と妖夢の繰り広げる勇気と愛情と策略たっぷりの激しい大合唱に、
霊夢の心の中で例え何があろうと決して入れてはいけないスイッチが入ってしまった。
ちなみにその時魔理沙はあまりのショックに自分をこれでもかと言う程に見失い、
紫の部屋の箪笥の二段目から入って三段目から飛び出してくるという行為を
狂ったように繰り返しているがこの際それはどうでも良い事なので放っておく。


「わ……分かったわよッ!私がやればいいんでしょやればッ!
ふん、たかが紫の唇に唇を合わせて舌で優しくその唇をこじ開けて
しかる後口内を満遍なく味わうなんてそんな児戯にも等しい瑣末な行為ッ!!」

「「(イメージトレーニング濃ッッ!)」」


見えるのはすやすやと穏やかな寝息を立てて眠る紫の姿。
聞こえるのは自分の理性と本能の境界線をむやみに揺さぶり刺激する咲夜と妖夢の声。
煮え滾った劣情が左脳から右脳へ、右脳から左脳へと駆け巡る。
まさに狂気と陶酔の対旋律、恋と欲望のインベンション。
この刹那、二百由旬の一閃をもブッちぎる勢いで霊夢の理性が陥落した。
と言うか既に四人とも「紫の安眠妨害」という当初の目的を忘れている。
確かに寝ている相手の口を塞げば息苦しくなって安眠妨害は果たせるので悪い方法とは言えない。
しかしそんな事する位なら鼻と口に団子でも突っ込んでおいた方がより効果的で犯人もばれにくく、
おまけにその団子は食えるので一石三鳥なのだが、悲劇的なことに何時の間にやら
「安眠妨害」という目的と「目覚めの接吻」という手段がすり替わっている事に気が付く者は誰も居なかった。


「……ちょっと……み、見ないでよ二人とも……」

「え?あ、分かったわ……どうぞごゆっくり」

「いやちょっと後学のた痛ッ!?針ッ!針が!見ない!見ないからッ!針!ちょ、お、多いってばッ!!」

「ふぅ………………………………さて、と」


無粋なギャラリーに天誅を加えつつ、そっと霊夢が紫の横に腰を下ろす。
当初の予定とは百七十五度位ずれてしまった様な気もするが、この事態は棚からぼた餅。
寝ているままの相手の唇を奪うのはあまりスマートではない行為だが人間正直なだけでは生きていけない。
そう、そうよ、私の前でこんなに無防備な寝顔をさらしてる紫が悪いんだからあらいけないちょっと体液が。
様々な劣情を渦巻かせつつ、霊夢がそっと紫の頬に手を添えたその時である。


「──待てッ」


先程まで現実逃避に興じていた魔理沙が何時の間にか復活し霊夢の肩に手を掛けた。


「……魔理沙?一体どうし……って……ま、まさかッ……!」

「……霊夢……お前じゃムリだ、私がかわる」

「「「──────ッ!?」」」


魔理沙のただならぬ雰囲気に咲夜が声をかけたが、その鬼気迫る表情を見て全てを悟った。
そう、魔理沙は自分のみを犠牲にして愛する霊夢を守ろうとしているのだ。


「やめなさい魔理沙!相手はそんじょそこらの妖怪じゃないのよ!?命を粗末にしてどうするのッ!!」

「その通り!紫様に対して貴女はあまりにも非力だわッ!」

「ま、魔理沙……そんな、無理しなくたって私は別に」

「ええい静まれ!!この私が紫と霊夢のキスシーンを黙って見てるなんて出来る訳ないぜ!!
人にそんな事をされる位なら自分もしないッ!いつまでも奇麗なままで居て欲しいッ!」

「「「(自分勝手ッ!気持ちは分からないでも無いけど自分勝手ッ!!)」」」


魔理沙のあまりにも健気かつ勝手な台詞に感動の涙を流す霊夢達。
とは言えある意味自然な感情の発露である魔理沙の慟哭を否定する事は出来なかった。
己の命を燃やし愛するものを守る戦いに赴く勇者を生半可な気持ちで止められる筈も無い。
今の魔理沙は恋色マスタースパークならぬ男前スターダストレヴァリエだ。
実際のところ咲夜と妖夢は下手に話しに入っていって
自分たちに矛先が向くのは勘弁願いたいと思っているから
あまり本気になって魔理沙を止めなかったのだが
人間誰しもそんなもんなので彼女達を責める事は出来ないだろう。


「……咲夜、妖夢……霊夢を頼んだぜ」

「え……きゃっ!?ちょ、ちょっと二人とも……は、離してよ!」

「……霊夢……見届けなさい、女が女に惚れると言うのはああいう事なのよッ!」

「そして貴女は紫様を選んだ……いずれこうなるのは避けられぬ運命ッ!」

「……!!」


魔理沙の言葉に応じ、咲夜と妖夢が霊夢を抱き上げて紫の部屋から出ようとする。
とりあえず咲夜も妖夢も魔理沙を踏みとどまらせようとしてはいるものの
別に自分達がするので無ければ魔理沙がやった方が面白そうだという事に気付き、
あっさりと趣旨変えする当たり何だか生きるのがある意味すごく楽しそうである。


「……霊夢に会えて……よかったぜ……ッ……」

「ま……魔理沙ァァァァァァ!!」


刹那の静寂の後、紫の部屋から物凄い爆発が巻き起こった。
まさに恋色マスタースパーク、恋の魔砲の名に相応しき天地を揺るがす接吻。
おそらくこの爆発ではそれこそぺんぺん草一本どころか靴下一足も残らないであろう。
魔理沙は自分の信念と命を犠牲にして愛する霊夢を守ったのだ。
呆然と立ちすくむ霊夢の隣で、その感動的かつ悲劇的な光景に感動の涙を流す咲夜と妖夢。


「……魔理沙ッ!しっかり、しっかりしてッ!」

「は、はは……ワケわかんねぇ……」


そして数瞬の後、ドッシャアァッと何故か遙か上空から落下してきた魔理沙に駆け寄り、
息も絶え絶えのその細い身体をぎゅっと抱きしめる霊夢。


「か、勝ったぜ、私……見たろ、霊夢……勝ったんだよ……私一人で……も、もう……安心……し……て……」

「……やっぱりそうだったの……さっきから何となく……うぅ……そんな気がしてたわよッ……魔理沙ぁ……」

「し、信じて……くれるのか……疑わない……の……」

「誰が……魔理沙の言う事、疑うってのよッ……う……うう……」

「れ……霊夢……!」


まるで無二の親友との別れと幼い頃死に別れたおばあちゃんとの再会を同時に果たしたかのような実に感動的な光景。
見るものの心を打たずにはいられない強烈な感動の波が激しく押し寄せ咲夜と妖夢が激しく慟哭する。


「ま、魔理沙ッ……!貴方は……貴方はもう天使よ!蒼天に美しく羽ばたく天使よッ!
天使になった理由がアレなのはこの際置いておくとしてとにかく天使になったわッ!!」

「その通りッ!まさに愛情!まさに伝説!配色はどことなくゴキブリっぽいけど天使と言ったら天使よッ!!」


褒めてるのか馬鹿にしてるのか判別し辛いがとにかく魔理沙の勇気を讃える咲夜と妖夢。
ちなみに本心では二人とも九割方「自分じゃなくて助かった」としか思ってないのだが
これは別に本人たちが誰にも言わなきゃばれない事なので全く問題無い。
そして後々あっさりと魔理沙にばれて箒で殴られまくる事になるのだがそれはまた別の話である。


「とりあえず……結果がどうなったか確かめなきゃね。この手段でも起きないとなれば……ぞっとしないわ」


そう言って、咲夜がひょいと紫の部屋を覗き込む。
ちなみにそこら中に結界が張ってあるらしく、物は吹き飛んだが部屋自体は元のままだった。
そして、魔理沙の捨て身の接吻空しく紫は以前と変わらぬ姿ですやすやと眠りこけていた。
霊夢たちの方に向き直るなり、咲夜が悔しそうに目を瞑りふるふると首を横に振る。


「そ、そんな馬鹿な……あれだけの大爆発で起きないなんて……」

「流石は紫様……オリンピックのいねむり代表として大活躍が期待されるわね」


愕然とする霊夢とどことなく感心したような表情で呟く妖夢。
姫を目覚めさせる王子の愛のキッスが効かないと言うのであれば一体他にどのような手段があるだろうか。
とりあえず魔理沙は男ではない上に紫を愛している訳でもないので目覚めるはずが無いのだが
紫の凄まじいまでの鈍感さに衝撃を受けている彼女たちがそれに気付く事は無かった。


「……やはり失敗したか」


そして先程の凄まじい爆音を聞きつけて、藍が姿を現した。


「やっぱりって……だったら何で最初からッ……!!」

「ッ……れ、霊夢……いいんだ……私は、お前さえ無事ならそれで……」

「!?魔理沙ッ……気がついたのね、良かった……ッ!」


あくまでも冷静な藍に食って掛かろうとする霊夢を目覚めた魔理沙がたしなめる。
無事だとか何打とか何やら話が無意味に大きくなっているような気がするが
不幸な事に誰もそれに気付くものは居なかった。
というか今更気付いたら今までの乱痴気騒ぎがあまりにも空しくなるので
あえて気付かないフリをしているだけかも知れない。


「……仕方が無い……出来る事ならこれだけは使用いたくなかったが……
お前達にこれ以上要らん損害を被らせる訳にもいかない、後は私に任せてくれ」


切腹直前の侍を凌ぐほどの悲壮な決意を湛えた瞳で藍が言う。
この時四人は「そんな手段があるなら最初から使えこの露出バカ一代」とか
「要らん損害ならもうしこたま被ってるわよ」と思ったがあえて口には出さなかった。
と、藍が何やら両手で大事そうに持っている壺に気付いた妖夢が尋ねる。


「藍さん……それは?」

「……ヒジキだ」


藍の言うとおり、壺の中にはびっしりとヒジキが詰まっていた。
しかしヒジキごときで何をするつもりなのか、魔理沙の命を賭けた
愛の接吻でも目覚めなかった紫にそんなものが効くとは到底思えない。
そう霊夢達が疑問に思った、まさに次の瞬間。


「紫様……お許しをッ!」

「「「「………………ッ?!な………………ッ!!」」」」


あろう事か紫の口を左手で開き、右手にヒジキを引っつかんで紫の口の中に叩き込む藍。
一歩間違えれば殺人犯になりかねない危険極まりない所業に霊夢達が思わず言葉を失う。
まさか藍程の常識人が寝ている主の口の中にヒジキぶち込む等とは想像もしていなかったから無理もない。
と言うかどんなに失礼な人でも寝ている人の口にモノ突っ込んだりしない。
そして紫の口がそっと閉じられ、その数秒後。


「ピョニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


とても人型の生物が発するとは思えない奇声を上げて紫が飛び起きた。
天井にぶつかり床にぶつかり壁にぶつかり箪笥にぶつかり、
部屋中を所狭しと転げまわって襖に激しく頭をぶつけた辺りでようやく動きが止まった。
倒れ伏す紫に歩み寄って眼前にしゃがみ込み、藍が厳しい表情で声をかける。


「紫様……聞きましたよ?最近随分と幻想郷を賑やかしていらっしゃるようですねぇ?」

「けほっ……だ、だって……暇だったから……」

「問答無用、と言う訳でこれから紫様のお食事は毎日三食ヒジキの炒り煮です」

「え──!?ちょ、ちょっと待って藍!私がそれ嫌いなのは貴方が一番良く知ってるでしょ!?」

「いい機会ですからヒジキを好きになってください」

「厭ッ!絶対に厭ッ!だってアレ言っちゃ悪いけどどことなく黒いハエの幼虫つまり蛆虫みたいで
口に入れるともしかして一斉に口内でもぞもぞわさわさ動き出すんじゃないかって不安になって
ああもう考えるだけでも寒気と吐き気がッ!!ねぇだから許して!他の事なら何でもするから許して──!!」

「……仕方ありませんね……分かりました、私も鬼ではありませんし……ヒジキの炒り煮の刑は止めましょう」

「ら、藍……ありが」

「ヒジキ風呂に変更します」

「藍様ァァァァァァ!平にッ!平にご容赦をぉぉぉぉぉぉ!!」


ああ、何と言う事態であろうか。
幻想郷に住むもののほぼ全てが畏怖し恐れているといっても過言ではない大妖怪、八雲紫。
その八雲紫がたかだかヒジキごときに戦慄し怯え自分の式にすがりついて許しを請うている。
部屋の外からその光景を見ていた霊夢達はそれぞれ泣いて倒れてニヤリと笑って鼻血を吹いた。
世界が滅びるまでに一度見れるかどうかすら定かではないと言われる紫の「他人に謝る姿」、
その歴史的大偉業がこの瞬間成し遂げられた。


「藍ッ……私がその気になったら式である貴方は」

「心配無用ッ」


紫もこのままでは不味いと感じたのか、実力行使に出る為に立ち上がろうとする。
しかしそれより早く藍が叫んで、素早く紫の首根っこを掴んだ。
その瞬間紫の体からすうと力が抜けて、がくんと床に膝を付く。
全く予想外の事態に紫が珍しく狼狽する。


「なッ……ど、どうして……ち、力が……ッ!?」

「こんな事もあろうかと秘密裏に編み出しておいたヒジキの術です」

「ヒジキの術!?厭──!くすぐったい!こそばゆい!く、首からお尻にかけて電気が走る──!!」


あまりの理不尽さに思わず悲しみの鼻血を噴き出す紫。
残った力を振り絞って何とかヒジキの境界を弄って別の物に変化させようとはしたが、
こんな時に限って頭に浮かんでくるのは何故かイトミミズとかゴカイとか線虫とか
そんな感じの素敵に無敵なファンタスティック糸状生物ばっかりだったので
もはや自力での脱出は不可能と諦め、外部に救援を要請する事にした。


「た、助けて──!霊夢──!魔理沙──!咲夜──!妖夢──!」

「……いやまあその、助けてあげたいのはやまやまなんだけど……」

「その、何だ……アレだ、愛と誠じゃなくて……そうそう、罪と罰って奴だぜ」

「そうね、そろそろ荒療治が必要な頃合でもあると思うし」

「けじめはある程度きっちりと付けねばならないものね」


必死になって霊夢達に助けを求める紫だが、四人の反応は冷たかった。
大体普段マトモに相手をしてくれるのはせいぜい霊夢くらいな紫にとって
霊夢が助けてくれないのならば他の者からの救援など望める筈も無かった。
ちなみに霊夢は他の三人と違って「弱々しい紫ハァハァ」等と言う不埒な思考の元で
紫を助けなかったのだがこれは霊夢しか知らない秘密である。


「じゃ……帰りましょうか?」

「そうだな。頑張れよ紫」

「ま、命までは取られやしないでしょうから頑張ってね」

「紫様、御武運を」

「そんな形だけの慰めなんて欲しくないわよぉぉぉぉぉぉ!!愛を!心からの愛をぉぉぉぉぉぉ!!」


藍にズルズルと引きずられながら叫ぶ紫に背を向け、四人があっさりとマヨヒガから飛び立った。
冷たいようだがこれでいいのだ。
悪の芽は育たない内に摘む、三つ子の魂百まで。
悪いことは悪いとしっかり教えておかなければ後々碌な事にならない。
子育てにおいてはたまにこの位の荒療治が必要なのだ。
悪の芽だったらもう思いっきり育っちゃってるとか三つ子どころか四ケタ超えてそうだとか
後々どころか既に碌でもない事になってるとかまず第一に子育てじゃないとか
もはやツッコみ所しか無いがそれはこの際どこかに置いておく。


数秒後、マヨヒガからこの世のモノとは思えない絶叫が響き渡った。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!ヒジキが!ヒジキが私の体に!私のもち肌に──!!」


「橙──ッ!ヒジキ五人前追加ァ──ッ!!」


「ヒジキぃぃぃぃぃぃ!!」


そして四人の少女達は背後から空高く響く紫の断末魔の叫びを聞きながら、
復讐する事の空しさ、自分達だけで紫に決定打を与えられなかった事の悔しさを胸に抱き
二度とこんな凄惨な事態を起こしてはならないと自分を戒め、明日に向かって飛んでいた。


「(藍……後で詳しく話聞かせてね……)」


そして霊夢の鼻から流れる一筋の血は、まるで女神が滅び行く世界を憂いて流した
美しく高貴で荘厳、そして何より悲哀に満ちた血の涙の様にも見えた……。




・ ・ ・




「あーあ……今日は散々だったわ。紫とのキッスのチャンスも逃すし魔理沙は爆発しちゃうし。
…………結局誰一人として何も得しないまま終わっちゃったわね……ッ……ッッッッッッ!?」


その日の夜、博麗神社。
勝利も敗北も無い無為な復讐に身も心も磨耗した霊夢が
疲れを取ろうと風呂場に足を踏み入れた、まさにその瞬間。


「遅かったわねぇズルズルモグモグ」

「って言うかアンタ其処で何やってんのぉ──ッ!?」


霊夢が浴室に入った瞬間に目に入ってきたのは
何と事もあろうに湯船に肩まで漬かりとろろを食う紫の姿であった。
驚愕のあまり足元にあった桶を気付かずに踏みつけてしまい
腰を中心に華麗に側宙しながら霊夢が叫ぶ。
そりゃ自分の家の風呂で知人とは言え変な妖怪が
とろろむさぼり食ってるとなれば驚くなと言うのが無理な話だ。


「これでも私なりに反省したのよ?今度は他人に迷惑をかけない暇潰しの方法を考えようって」

「ひとん家の風呂に無断でしかも堂々と入ってる時点でしこたま迷惑かけてるわよ!」

「もう、この前の異常な月の時はまさにふたりで一心同体となって夜空を駆けた仲じゃない(はぁと)」

「一心同体って言うのはあくまでモノの例えであって他人じゃないって事にはならないでしょうがッ!」

「あらズルズル霊夢ったらパクパク意地悪ゴクリねぇ、
そんな事ズル言うとズル貴方の胸の小ささをネタにして
パクパク恥ずかしいモグモグ替え歌作っちゃうわよ?
そうね、陰陽玉を~胸にふ~たつ~♪そこには~涙~があ~ふ~れ~て~♪とか」

「陰陽玉入れてるのに涙が溢れてっていくら何でも失礼よ!
とろろ喰うか喋るか歌うかどれか一つにしなさいッ!」

「それに私が藍におしおきされてる時に助けてくれなかったし」

「そんなの逆恨みよ!むしろそっちが目的って言うか本命でしょッ!」

「そうだったんだけど霊夢があんまり美味しそうだから気が変わっちゃった」


この瞬間霊夢はいくら無重力とは言え私もう少し友達選んだほうがいいのかなぁと感じた。
まあ例え紫との縁を切ってもここは周囲360°満遍なく変人で埋め尽くされている幻想郷なので
大した効果は見込めないというのは分かり切っている。人形師とか吸血鬼とか魔法使いとか。
百合の花しか咲いていない花壇で薔薇を探すようなものだ。無意味かつ不毛極まりない。
ともかく紫がニヤリと怪しげな笑みを浮かべ、ざばぁと湯船から出て霊夢に近寄る。
ちなみにこの時紫の豊満かつ妖艶で美麗な肢体のあまりの破壊力に危うく霊夢が鼻血を吹き出しそうになり
自分の鼻の穴に二重結界を展開し血をせき止める事で間一髪事無きを得たのだがそれはこの際関係ない。


「ッ……ち、近寄るなこの変態妖怪!何なのその危険すぎる目つきと手つきはッ!?」

「うふふ、スペルカードも針弾もあまつさえ座布団すら無い今の霊夢なんて
私にとっちゃただの毛玉にも等しいのよ。晩御飯を頂くついでにあの時のお返しもしてあげる」

「晩御飯って私ッ!?って言うかアンタねえ、そもそもの原因は紫が人の迷惑顧みず手当たり次第に
他人を暇潰しのネタにしたからでしょうがッ!これは完全に八つ当たりで的外れよ!」

「的外れ?何もパジェロをゲットする事だけが的当ての醍醐味じゃないわ(はぁと)」

「パジェロって何なのぉぉぉぉぉぉ!?」

「とろろのお陰で元気一杯精力一杯、今の私なら月をまるごと吹っ飛ばせそうだわウフフ」

「アンタの動力源ってとろろだったの!?」


じわじわとにじり寄る紫から逃げつつ霊夢が叫ぶが、
その魂震わす熱い慟哭はあっさりと流され無視され有耶無耶にされた。
普段訳の分からない会話ばっかりしてるツケが回ってきたのか、正論を言った筈なのに流されるという
運命の神が気まぐれにしでかした恐るべき所業に怒り呆れて恐怖し感動の涙を流す霊夢。
晩御飯の意味は未だ明らかにはされてないが、例えどちらが来ても
明日の朝日を五体満足な状態で拝めなくなる可能性は高い。


「夢幻の蝶拘束秘孔物胎────!!」

「うわぁ何か全体的にイヤらしいッ!?て言うか何でいっつも私こんな役回りィ────ッ!?」


紫が一瞬の隙をついて霊夢を抱え上げ、そのまま湯船にダイブした。
ざばぁと激しい水しぶきが上がり、紫の手が、口が、そして艶かしい肢体が
霊夢をきめ細やかかつ華麗に捕食せんとざわざわと蠢き──




「────────────え?」





──異変に気付いた。





「はぁ……予想通りと言うか何と言うか」

「……なッ……え?あ、あれ?どうして霊夢がッ……ふ、二人……ッ!?」

「……いつだかの宴会騒ぎの時に妖夢が使ったあのスペルカード覚えてる?
色んな事に応用が利きそうだったから独学で似た様なの作り出したのよ」


紫は自分の目と耳と頭と眼前の現実をまとめて疑った。
今確かに自分がふん捕まえた筈の霊夢が桶を持って背後に立っている。
まさかこの私がそんな変わり身の術モドキ程度に引っかかるはずが無い。
そう思って手の中に居るはずの霊夢の分身を見ると、霊夢の形をしたそれは
さらさらと崩れていきやがて黒いヒジキへと変化した。
そうかヒジキだったから自分の感覚が鈍ったのかと、紫は納得すると共に物凄く理不尽な目に遭った気分になった。


「いつもだったら私がここで紫に襲い掛かられて何かしら叫んで終わりな筈だけど、
そうは問屋の大根おろしがちょっと腐ってあら大変サンマの塩焼きが地獄絵図」

「(違和感ッ!何か凄い違和感って言うか想像したくないッ!)」

「流石にもう同じ手は食わないわ」


すっかり二人の立場が逆転してしまった。
先程まで絶対的優勢に立っていた筈の紫が恐怖に慄き後ずさり、
それとは対照的に貞操の危機にさらされていた霊夢が肉食獣のごときオーラを発散させ紫に詰め寄る。
風呂の只中(ただなか)にいながら、紫は本当に自分が猛獣に襲われたような気分になった。
それを裏付けるように霊夢は今にも「どうやら…………ここからが本番ね」とか言い出しそうな
ステキな笑顔を浮かべている。


「で、でも霊夢が何も身に付けていないのは変わらぬ事実ッ!それならまだ私が有利……」

「ちなみにこれ霖之助さんに頼んで作ってもらったスペルカードならぬスペル桶なの」

「スペル桶!?何それ!?」

「私の新必殺奥義『稲妻貧乳きりもみキック』で涅槃の果てまで吹き飛ぶがいいわ」

「って言うか蹴りってそのスペル桶使わないのぉぉぉぉぉぉ!?」


霊夢が紫の前に「ザウッ」と立ちはだかった。
その凄まじいまでの威圧感に紫の背中に嫌な汗が流れる。
今の霊夢はまさに「鬼」だ。炎の変態和風暴力巫女だ。
永い間生きてきたが本気で他人を怖いと思ったのはこの時だけね、と
紫が後に語った程に霊夢は怒り、興奮し、あげくのはてに自分を見失い
鼻血を押さえる為に展開していた二重結界をうっかり解いてしまい
風呂場がまるで薔薇の花散る凄惨な戦場のごとき風情になってしまった。


「ま、待って霊夢!本当に私の事が好きならここはひとつ笑って見逃して……」

「そんなつまらん事には縛られないわ!好きでも殴りたいときは殴る!!
これこそまさに博麗の巫女としての生き方ッ!くたばれ!『夢想封印~桶~』──ッ!!」

「たぶん何物にも縛られないってそういう意味じゃないって言うか間違えたッ!?
今確かに技名を間違っほぶしゃッ!?お、桶が!刺さった!刺さったぁぁぁぁぁぁ!
上腕二頭筋が裂傷したぁぁぁぁぁぁ!!」


幻想郷の夜空に二人の少女の楽しそうな笑い声が響いた。
人の心が生み出した大いなる愛の素晴らしさを感じさせる暖かな瞬間。
そしてこの幸せがいつまでも続けば、と願わずにはいられない素晴らしい時間。
だが、人生万事塞翁が馬・禍福は糾える縄の如し。
時たま運命は気まぐれを起こし、彼女たちを悪戯半分に弄ぶ。
それでも彼女たちならきっとどんな苦難も乗り越えていけるだろう。
漆黒の夜空に燦然と輝く宵の明星すら凌駕する美しい光を放つ、心からの愛がある限り……。




「ちょ、待、れ、霊夢ッ!これ以上はホントに洒落にならないってば!取れる!取れちゃう!
だから人型の生物の関節はいくら頑張ってもそっちには曲がらないんだってはにゃああああああ!!
この右足の切ない程無残な曲がり具合はまさに歯車的砂嵐の小宇宙ぅぅぅぅぅぅ!!」

「愛してるわ紫ィィィィィィ!!殺したい程愛してるわよォォォォォォ!!」




……愛の形は、人それぞれの様だが。




「ほら見てごらんなさい妖夢、紫ったら年甲斐も無くあんなに楽しそうにはしゃいでるわよ」

「いや、どう考えたってありえませんから」





(これ以上収拾が付かなくなる前に終わり)



電波怪人ワン・パターン参上(挨拶)


あけましておめでとうございます。
萃夢想やったりジョイメカファイトやったり
餓狼伝読んだりしている内にすっかり書きかけのSSの事忘れてました。
すいませんちょっと何とか竹宮流の虎王を身に付けようとして必死になってたら(何)


って言うか何でこんなに下品なSSになったんだろ(馬鹿)

(誤字等を修正しました)
c.n.v-Anthem
http://www.geocities.jp/cnv_anthem/
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コメント



0.8920簡易評価
8.70shinsokku削除
ええと、何と申しましょうか、ええ本当に、もう・・・。
一生辿り着けない境地を見た思いでございます。
この湯水のように使われては流される濃いネタの数々、どれ一つとして顧みることなく、
オーバーヒートして視界が白むまで一気に駆け抜けるスプリンターの如き所業、
いや失敬、御業と申しましょうか、その凄みといったらございません。
自分のような凡人の神経回路を焼き切る非物質的なこの破壊力。
氏は、最高に素敵なアンテナをお持ちですな。

余談。ジョイメカ、懐かしいです。
オールドのアタック3が何故か記憶に深く刻まれていて。
・・・ニューファミコンが欲しくなりました。
13.70名前が無い程度の能力削除
とりあえず書きたいこといっぱいあるけど一言

笑い殺されるかと思った・・・
18.70名前が無い程度の能力削除
頭が真っ白になったところに最後まで休みなく続く笑いの洪水。
……腹筋がイタイです
21.80おやつ削除
あなたは私を笑い死にさせるおつもりか!?
いつも楽しませていただいてますが、今回はこの一言で事足りるかと…
すなわち……受けゆかりん超萌え!!
紫×藍派の私ですが、カップリングが気にならないくらい破壊力ありました。
26.80pikochu削除
何時かあなたの作品に、本当に笑い殺される日が来るような気がしてきました・・・・。
その素敵な電波の出所が知りたいです。いや本気で。
49.80瀬月削除
>「弱々しい紫ハァハァ」

心の底から激しく同意!!

願わくば、「ヒジキが弱点」と言う設定が広まらん事を(え~
1回限りの使い捨てにするには惜しい美味しさだし(オィ
54.90SETH削除
>好きでも殴りたいときは殴る

心にしみるw
55.80名前が無い程度の能力削除
こんな紫様初めてですw
激萌え・・・
64.80名前が無い程度の能力削除
このSSを見て「ひじきぷれい」という言葉がよぎった私はダメ人間なのでしょうか?
 紫様萌え
66.100名前が無い程度の能力削除
すげぇ。
68.90TAK削除
吹き出してしまった所を書き出すだけで欄が一杯になってしまいそうです…。
端的に言えば、超面白すぎ。笑いの至り。

追伸>ジョイメカを知っているお方が居られるとは…。
   個人的にサスケが好きなのです。『クウチュウナゲ』で迎撃しまくり。
75.90nagi削除
今回も楽しませていただきました。

しかし、どう考えても永遠亭の面々が一番被害大きいですよね。輝夜・・・
そして、
「ヒジキぃぃぃぃぃぃ!!」
・・・ってもしかして橙が叫んだんでしょうか?
何にしろ、とても賑やかで楽しい一幕でした。
81.無評価Barragejunky削除
ダメです、自分弱すぎ。
冒頭のくさや味チョコレートでもうグロッキー状態でした。
これはまだゴングが鳴った直後のジャブに過ぎないというのに。
そしてまあ出るわ出るわのハイテンションなハイブロウ。
笑いすぎで倒れた相手にも情け容赦ない追い討ちが叩っ込まれます。
その内逮捕されますよ?殺人罪で。
氏の素敵な受信状態がいつまでもバリ三でありますように。
83.100名前が無い程度の能力削除
まー、たまにはこういうのも・・・
イヤ、もっとやってくだs(スキマ
86.70上泉 涼削除
 くさや味チョコレートだのヒジキだのとろろだのスペル桶だの(多すぎるので略)、どうしてこうも意味不明なのにむちゃくちゃ笑えてしまうのでしょうか。そんな電波にただただ脱帽です。
 そんな超強力な電波がこの世の中に存在していると思うと恐ろしい……。
87.90名前ガ無い程度の能力削除
色々とワケ・ワカ・ラン!な表現に加え萌え表現!
もう、素晴らしい 最高 グレート!
悶えて嫌がって半泣きなゆかりん
想像しただけで鼻血がっ!
93.100名前が無い程度の能力削除
笑いすぎて腹筋が筋肉痛に・・・
94.100りんな。削除
東方系の小説でもこれが一番笑った・・・・!
お腹痛い~・・・・
103.100名前を決めかねる程度の能力削除
あんたのSSは大学や会社でよむもんじゃねえ
部屋を〆きって、ヘッドフォンとティッシュの用意が必要だ。
104.70MSC削除
だめだ、笑いが止まれない。
魔理沙、あんたが大将!!
このテンションはとんでもないです。
106.100八雲削除
「あらズルズル霊夢ったらパクパク意地悪ゴクリねぇ」が
笑いのツボに素敵にクリティカルヒットしました。
128.100名前が無い程度の能力削除
脳が。
131.100名前が無い程度の能力削除
何て言うか、こう…
貴方、凄いッスよ、ホンと! て言うか
ピョニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
って叫び声が、なんかありえない感じで素敵。流石ゆあきん。
あと、ワムウは好きですか?
135.100名前が無い程度の能力削除
すごいなぁ、もう。
とりあえずスペル桶とか。
147.90SSを読む程度の能力削除
ヒジキで終わりかと思ったら、油断した所をもっていかれた…
せっかく笑いを我慢してたのに限界です。
というか不味すぎでしょう、これは。
いろんな意味で(笑)
184.100名前が無い程度の能力削除
とりあえずお茶を返して貰おうか。

湿布代も。

腹筋痛いよぅ。
198.60名前が無い程度の能力削除
笑いました。
めちゃくちゃ面白かったです。
204.100名前が無い程度の能力削除
もうしんじゃう
210.100名前が無い程度の能力削除
オモロー!!
215.90名前が無い程度の能力削除
タイトルでシリアスだと思った俺は負け組
218.100名前が無い程度の能力削除
シリアスだと思ったのにぃィィィィ!!!
なんだこのカオスはwwwwwwww
ヒジキネタと言い変態霊夢といい腹筋がぶっ壊れましたwwwwwww
223.100名前が無い程度の能力削除
ゆ…ゆかれいむ…?
226.100名前が無い程度の能力削除
めちゃくちゃ笑わせてもらいましたぜ!www これが本当の「変態和風暴力巫女」だなww