Coolier - 新生・東方創想話

黒と…

2004/12/31 13:12:06
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―――それは、月の綺麗な夜のお話。







「……今夜は遅くなるかもしれないから、二人で留守番頼むわよ」




 竹林の奥深く、ひっそりと建つ古風な家屋。
 何故か、いつもは―――騒々しいぐらいに敷地内に溢れる妖兎たちも、今宵はひっそりと寝静まり、屋敷で活動している兎は私と鈴仙の……ふたりのみ。
 
 輝夜様と永琳さま。
 私と鈴仙。

 四人で囲む、いつも通りの……でも、何かが違う食卓。輝夜様はこちらを見ようともせず、ただ黙々と箸をすすめる。いつもは鈴仙に嫌いな人参を押し付けて、恩着せがましく尊大な態度をとるわがままなお姫様。私や鈴仙、妖兎たちを『イナバ』とひとくくりに呼び、無理難題をふっかけ……意地悪な笑みを浮かべる普段とは、まるで別人のよう。
 人参を頬張る鈴仙に向け、用件を言った永琳さま。答える鈴仙。

「ふぇ? モグモグ……ごくん。 どうしたんです? 師匠? お出かけですか、こんな時間に」

「…………ええ。 ちょっと姫と――――――久しぶりに、山の上でお月見でもしようかとおもってね」

 にこり、と笑いながら言葉を続ける永琳さま。
 輝夜様はちらりと言葉を交わす二人を見やり、すぐに目の前の食事を片付けることに取り掛かる。

「へぇー。 山の上でお月見ですか。風流ですねー。私たちもご一緒しましょうか? 宴の準備ぐらい出来ますよ?」

 永琳さまと輝夜様。二人が互いに目配せをし、軽く頷くのが見えた。
 一瞬のことだから、人参に夢中の鈴仙は気づかなかったけど……
 あれは――――――

「……いえ、気を使わなくてもいいわ。 ―――今夜は二人きりで過ごしたいの。 それに……ちょっとした知り合いと待ち合わせしてるから、賑やかなのはまた今度……ね」

「? そうなんですか? でもみんなで騒ぐほうが楽しいですよ?」

「……彼女は、そういう馴れ合いが嫌いなひとだから。 すまないわね、――――――レイセン。……そういうことだから」

 苦笑いしながら鈴仙に答える永琳さま。
 ……? いま、たしか…………

「ふぅん。 変わったひとですね、そのひと。
 わかりました! 永遠亭の留守はお任せください!! 私が居る限り、黒いの一匹入り込ませません!!!」

「ふふ、頼もしいわね。 
 ―――じゃあ、留守のことは貴方たちに頼んだわよ? ……てゐ。うどんげをよろしくね」

 優しい目で鈴仙を見ながら、永琳さまは後事を私に託す。
 ……なにか、おかしい。
 もともと考えてることのよくわからない方だが、いまのやりとりは―――




 がちゃん。

 椀を乱暴に置く音が響く。
 見ればいつの間にか食事を終えた輝夜様が、じろりと永琳さまを睨んでる。



 ―――漆黒の昏い瞳。

 永琳さまには悪いが、私はこの瞳を見るたびに―――――――――――――――本能的な、恐怖を禁じえない。
 それは……ヒオウギの木に生る実の呼び名。あのひとの名前通り、輝くような夜の色。恐ろしいまでに昏い色―――


   ぬばたま


と、永琳さまが以前教えてくれた。
 普段は見せない、鈴仙などは気づきもしない。けど……時折放つ昏い、その禍々しい視線に射すくめられるたびに…………私は息が止まりそうな程の“狂気”を感じる。
 月の兎たる鈴仙。その赤い瞳は狂気へと人を誘う。でも、輝夜様のソレは……そんなものとは、比較にならぬほどの――――――

 ……どうして、永琳さまのようなお優しい方が、あのような……『昏い姫』にお仕えしているのだろう。
 問うたことは、無い。私にはいつも優しく接してくれるあの方のこと、何気なく聞いてみれば、案外簡単に教えてくれたかも知れない。 けれど……結局、私は一度もその話に触れることはなかった。
 もちろん……聞きたい気持ちはあった。でも、それを聞いてしまうと―――
 



        なにかが  終わってしまうような 気がして



 ―――永琳さま。たとえ貴方にどんな思惑があろうとも、私はあの時の誓いを、決して――――――






      †  †  †
 

 
 
 あの時も、寒い、寒い 月の綺麗な夜だった。
 
 火照った体からは、まるで魂が抜けるように 白い靄が立ち昇り、
 降り注ぐ月の白光は、容赦なく弱った私の目を貫く。
 立ち並ぶ緑塔の群れが……墓地に刺さる卒塔婆のように、ちっぽけな自分を見下ろしている。
 
 竹林の中、瀕死の兎が横たわる。

 健康に気を使って長い時を生き、妖兎まであと一歩。という所で私を蝕んだ黒き病魔。
 高熱を発し、徐々に死に行く体を……無念の思いで見続けることしか出来なかった私。
 朦朧とした頭に響く、足音。
 ―――何かが、来る。
 外敵の危険すらもう頭に無くなり……竹林に無防備な姿を晒す私。純白だった自慢の毛並みは黒く染まって鴉のよう。
 そんな、死を待つばかりの、無様に喘ぐ兎の前に―――運命の白い女神は、突如として現われた。
 



「地上の兎、か。……妖怪化まで、あと一息…のようね。
 本来、この地にゆかりの無い私が関知することでは無いけど……」

 薄目を開けて、朦朧とする視界のなか…私は白い人影を見た。

「……放っとけば、朝日を待たずして死ぬ、か。
 ふふっ、生きたいと願う幾多の命を奪ったこの私が……たかだか一匹の兎に情をかけるなんて、偽善もいいところね。
 いくら、姫のためとは言え……あれは、私自身が望んで犯した罪。この程度で償われることなど―――あろう筈が無い。
 ―――でも……」

 この頃の私は、今ほどの知性も無く、年を経たとはいえ……ただの兎に過ぎなかった。言ってることの…どれだけが理解できたのかも、怪しいものだ。
 しかし、この後に続く言葉は……今、現在に生きる……私の存在の奥深くに……
未来永劫、決して消えぬ……尊き意志と共に刻まれた。それは――――――





「地上の兎よ。 貴方は――――――


 ―――その言葉に弱々しく、だが…確固たる意志を込めて頷く。
 にこり、と微笑む白い女神。


 
「ええ。―――確かに聞き届けたわ。その願い。
 ちょうどレイセンにも、共に生きる相方が必要だと思ってたところだし―――
 ふふ……もしかして、貴方には……幸運を呼びこむ力があるのかもね」





「……よし、貴方の名前も浮かんできたわ。
 ――――――これから……レイセンをよろしくね?




        “ てゐ ”








        †  †  †




「…………いつまで、無駄話しているの、永琳。
 イナバも……五月蝿いわよ? 少しは黙りなさい」

 不機嫌に言い放つ輝夜様。
 いつのまにやら、その手には小さな鍵が握られている。
 古風な造りをした、真鍮の鍵。
 白い月光を凝縮したようなそれは……とても綺麗で、でも―――どこか冷たく、不吉な輝きを放っていた。 
 これまで、あんなものを持っている所を見たことは無い。
 ……いったい、あれはなんだろう。持ち前の好奇心が首をもたげてきた。
 私はこっそりソレを盗み見る。
 じっとその鍵に向けられる視線にに気づき、輝夜様は……ぞっとするような、あの表情で私に告げる。


「………この鍵が、気になる?  ……教えてあげようか、イナバ」



 ――――!!

 身を震わす不吉な笑顔。いけない―――アレは よくないものだ―――今夜の輝夜様は、どこか

 永琳さまが、すかさず私の前に割ってはいる。

「姫! そろそろ出立せねば、約束の刻限に。
 うどんげ! てゐ! 後のことは、貴方たちに任せたわよ。一人では耐え切れなくても、二人なら……きっと……大丈夫だから。



 ―――さぁ、参りましょう姫。 私は……どこまでも、お供いたしますわ」



 ふん、と詰まらなそうに鍵を仕舞い込む姫。一瞬、悲痛な面持ちで主を見つめる永琳さま。
 
 
 ―――よくわからないが、また私は……永琳さまに助けられたような気がする。

 
 食事を済ませ、奥の部屋に篭る二人。
 今まで感じていた重圧が解かれる。
 手には、べっとりとした汗。自慢の耳は、まるでしなびた大根のように、力なく垂れ下がっていた。
 先程のやり取りになにも感じなかった鈴仙は、のんきに鼻歌など歌いながら食器を片付けている。
 
 …………ふぅ。

 ため息と共に少し、心が楽になるのを感じた。―――そう、鈴仙は、あれでよい。
 物事を深く、慎重に考えすぎてしまう自分。楽天的で、まわりに和らいだ空気を振りまく鈴仙。
 合わなさそうでいて、この上なくお似合いの二人。
 いまならば、出合った時の永琳さまの考えが分かるような……気がする。
 



      †  †  †






 暗い部屋の中、二人は明かりも付けずにただずむ。
 障子のむこう、ぼんやりとした月明かり。永琳に背を向けながら、輝夜は投げやりに呟く。


「どうして邪魔をしたの、永琳。たかが兎の一匹や二匹。最期の宴の前に、血祭りに上げてもいいんじゃないの?」

「……姫。軽々しく、そのようなことを……仰らないで下さい。たかが兎といえど、いままで共に暮らしてきた家族ではありませんか」

「……家族? ふ、ふふ……くふふふふ………あはははははははははははははははははは…………
 家族!! 永遠を生きる私たちと、容易く死んでしまう小さき命が? 同じ? 同じなの!?
 ―――ふふ、永琳。貴方……随分と、くだらないことを言うのね。
 面白すぎて――――――――――――――――――――殺してやりたくなるわ」


「…………出過ぎたことを言いました。申し訳ありません…………姫」


 俯きながら、謝罪する永琳。それを気にした風でもなく、背を向けたまま、輝夜は言葉を続ける。
 静かな声色で。


「―――――――永琳。アレを出しなさい」


 輝夜がソレを求めることを―――予見していた彼女は、諦めたようにその言葉に従う。
 

「……………………………仰せのままに」


 常に持ち歩く、彼女の弓。
 ――――――星天弓の鏃をひねり、先端を取り外す。
 外した鏃を右手に持ち、掌中に収める。


「――――――くっ!!」




 思い切り握りこむ。
 当然のように手の平を貫く鏃。
 星をも堕とす、その鏃の力が永琳の全身を駆け巡る。
 

「…………」


 苦鳴ひとつ上げずに耐える永琳。その手からは紅から変質した、どす黒い血が

 ぽた…


 ぽた……


 と、零れゆく。



「早くなさい。永琳」



「…………は、い」


 流れ伝い、畳に染み込んでいく黒。永琳はそのまま輝夜の元へ歩く。止め処なく溢れるソレを愛しげに撫で取り―――

 
 ぺろり
 
 と舐める。

 艶かしい笑みを浮かべ、桜色の唇を黒く染める輝夜。
 苦痛の中、恍惚とした目で主を見つめる永琳。
 ―――背徳の儀式は、輝夜の詠唱により完成を迎える。



「―--―‐―-―――---―-――-」




 足元より湧き出る影。
 黒よりなお昏く、漆黒の夜の帳が輝夜の全身を覆う。
 周囲の夜闇を圧倒するソレは、逆巻く竜の姿をとり、主の中に吸収される。
 

 ―――――――――

 
 ――――――


 ―――


 昏い

 夜。


 禍々しい色に染まった唐衣裳装束。




 それは    ぬばたま




 黒一色のいでたち。夜空の具現。夜が深ければ、深いほど―――月は―――

 唯一白い、その美しい面は――――――夜空に絶対の孤独をもって君臨する。




        ――――――輝く満月のように。








 

          †  †  †





 しゃあああ―――





 襖が開く音に気づき、私は…………あ、ああ、うぁ…………





 昏い、姫がいた。




 そこに居るだけで、魂すら消し飛ばし、貪欲に啜る―――人では無いモノ。

 
 ―――駄目だ、見てはいけない――――――

 必死で怯えを隠す私。なのに―――


「あれー? 輝夜様衣替えしたんですか? いいですね! 凄く似合ってますよ!!」



 …………鈴仙。鈍いとは思ってたけど、まさか、ここまでとは―――





 冷たい微笑みを浮かべ、その姫は闇を放つ。


「ふふふ、そう? 嬉しいこと言うわね、イナバ。私は今、とても気分がいいの。だから―――





          ” 殺さないであげるわ ”



 
 …………声には出さなかったが、確かに私には、そう聞こえた。
 














      †  †  †

 



 永遠亭を後にする二人。
 能天気に手をぶんぶん振って見送る鈴仙。
 玄関の薄暗がりの中、私はぼうっと―――その様子を眺めていた。







 玄関を出て、ふと 夜空を見上げてみる。












 夜空には、おおきな おおきな


 まあるい まあるい



 完全なる、狂気の真月。




 ―――それを、覆い隠すかのように


 二人が飛び去った山々の方角から、灰色の暗雲が流れてくる。












 ……寒い。
 身を震わす私を、鈴仙が後ろからぎゅっと抱きしめる。

「どうしたの? てゐ。
 こんな所でぼうっとしてると、風邪引くよ? さぁ、家に入ろ?」

 抱擁をとき、ぐいっと手を引いて私を先導する鈴仙。
 最後にちらり、と空を仰ぎ見る。
 物凄い勢いで上空を吹く風に運ばれる雲に侵され、見る間に月はその姿を隠していく。
 それは、なにかの凶事を暗喩しているようで――――――



『…………永琳さま…………』
















 ぴしゃり




 玄関の戸が閉まる。
 同時に、今宵繰り広げられる“ 狂気の宴 ”へと続く――――――――




 黒き門は開かれた。




 ―――もう、後戻りは出来ない。今宵……


 全てが始まり、全てが……終わる。


 もう一つの門の開放とともに……














 ―――黒き姫は、白き姫を待ち焦がれる。






”黒よりも なお 昏く”


死の闇が深いほど、生の炎はその輝きを増す―――


とことん、悪てるよに。


半端な情は、孤高の夜を穢す。


追記:冥い姫→黒と→白の→夢鏡(月夜が基本骨子+冥い姫)の流れです。
しん
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