夢の終わりとロマンティック・ディストピア

作品集: 最新 投稿日時: 2010/06/14 02:48:20 更新日時: 2010/08/01 22:21:03 評価: 29/71 POINT: 4490 Rate: 12.54
 からん、ころん。

 身体を清め終えて、桶を置く。
 濛々と白い湯気をあげる湯にどっぷり肩まで浸かると、早苗は水面が波立つほど大きく息を吐いた。
 吐いたら、今度は吸う。肺胞に充分な酸素を送り込むと、何も考えず目を固く瞑り頭の天辺まで湯へ潜る。
 瑞々しい緑の髪が水草のように水中を泳ぐ。

 ごぽごぽと洩れ出でる泡の音が耳を支配する。
 遠い昔、胎児であった頃の安心感が身体の底に甦り、全身に暖かい電流のようなものを感じた。
 しばらくすると肺が哺乳類の宿命に従い、酸素を要求する。
 浮力の手伝いを受け、易々と水中から吐き出される。
 
 昼間の熱気冷めやらぬ夏の夕暮れ時。
 時おり吹きつける風は若干の涼しさをはらみ、火照った頬を心地よく撫でる。
 風の通り道だけ湯気が晴れ、水面がささくれ立つ。

 天井から雫が落ちた。肩に当たった水滴は鎖骨をつたい湯船に流れ込む。
 早苗は一連の流れを目で追って、視線はそのまま自分の腹の辺りへ向けられた。

『ね、早苗。ちょっと痩せた?』

 つい数日前、諏訪子から言われたことを思い出しながら、早苗は臍のあたりをつまんでみる。
 つかんだ皮と脂肪は言われてみれば以前より厚みが無くなったようにも思えた。



「夏バテかな。最近食欲もないみたいだし」

 露に濡れた青草と戯れながら諏訪子は言った。
 夏の朝のことだった。山の上という立地ゆえに、夏でも朝はよく冷えた。
 周囲の空気は甘い木の匂いをはらみ、白い靄が朝日に煌めくのが綺麗だった。

 掃除に取り組んでいた早苗は諏訪子の問いに境内を掃く手を止め、「そう見えますかね?」と応えて自分の身体をまじまじと見た。
 服の上からでは分からない。
 たしかにここ最近食欲が衰えていたが、余所でお茶菓子を多めにいただいたなどと嘯いてバレないように工夫を施していたつもりだったので、それを見透かされていたのは驚きだった。
 諏訪子はしつこく追及することもなく、まあ何事もほどほどで無理しないでね、と言ってからりと笑った。 

 窓枠に縁どられた茜色の空には、ぽつりぽつりと鴉の黒い影が三つ浮かんでいた。
 風物詩とも称される蝉が、一日の終わりを惜しむように鳴き、黄昏の哀愁を境内に漂わす。
 どこかで風鈴が鳴る。天狗の子供の無邪気な声が風に乗って、空に散り散りとなる。
 夏の情景はすべてが軽い材質から成るようで、それらは常に淡く澄んだ響きを奏で、沈んだ気持ちを優しく労わってくれる。

 世間は本当に夏真っ盛りだ。
 夏。なつ。突き抜けるような青い空。焼かれるような日光と、汗に濡れた肌を撫でる風。
 塩の味とすっぱさの滲んだ匂い。氷の粒を噛み砕く感触、音。シロップの人工的な甘味。
 永遠に終わりの来ることがないと信じていた夏休み。
 もっと。もっと。わくわくするような思い出が夏にはあった。

「んん……?」

 これだけではないはずなのに、残りの記憶が鮮明に浮かばない。
 記憶のアルバムを一心不乱にめくっていくが、貼られている写真はぜんぶ幻想郷に来てからのものだった。
 もっと。もっと。焦る気持ちでページを遡っていく。

 現代の写真が何一つ見つからないまま、アルバムは最初のページに辿り着いてしまった。
 映る早苗と二柱は、妖怪の山の頂から幻想郷を眺めていた。
 これが、始まり。

「これから、ここが私たちの新しい居場所だ」

 神奈子が子供をなだめるように早苗の頭を数回叩いた。
 目にした光景はすべてが色鮮やかで、まだ忘れるはずがない。この先だって忘れるわけがない。

「近々こっちのみんなを呼んで宴会でもしようか」

 脳内に甦った声でふと思い出した。
 そういえば今日は、博麗神社で宴会をやると二柱が待ち遠しそうに話していた。
 世話になる身であるからは、当然手伝いに行かねばならない。

 風呂場に時計はないが、宵闇が濃くなりつつある空を傍目に、そろそろ上がらなくては駄目だろうと思い、早苗は勢いをつけて浴槽から上がった。
 横引きの戸を開き、湯気とともに脱衣所へ熱を運ぶ。
 太陽に水という水を絞りとられたタオルで身を包むと、水滴は瞬く間に掻っ攫われていく。

 身体の水分を綺麗に拭き取って、ひとまず下着を穿こうと早苗は片足を上げ屈んだ。
 そこで身体が傾げた。眩暈がして、視界が勝手に回る。咄嗟に木の壁へ手をやって身体を支え、膝が砕けてぺたりと、その場に座りこんでしまう。

「あれ?」

 もしや湯あたりでもしたのだろうか。
 しばらくその体勢のままで外気に肌を晒していると、心拍数が落ちるのに合わせて平衡感覚が明確になっていくのを感じた。
 足に力を込めて立ち上がれば、こめかみに微かな重みが残るものの、酷くおかしいこともない。
 それよりも早く、今日の宴会の支度にに赴かねば。今日は手土産になにを持っていこうか。向こうでどのような料理を振舞おうか。
 あれやこれやとしたいこと、やらなくてはならないことが浮かんでくる。
 早苗の思考は休むことを知らず、平生の衣装を一通り身につけると、髪など表面の水分を叩き出すのもほどほどに、早足で脱衣所をあとにした。
 微かな湯気と残り香がかすむ脱衣所には、平時離さず身につけてたカエルの髪飾りだけが残されていた。

 そしてついにその日、博麗神社にて行われた宴会の真っただ中で、早苗は力尽きたようにして倒れてしまった。





「お加減はいかがですか?」
「はい。もう大丈夫です。きっと疲れていたんだと思います」

 自前のクリーム色のパジャマに身を包んでいる早苗は、言葉とは裏腹に青白い顔をしていた。
 普段の威勢はどこへやら、出で立ちは幾分と弱々しく見える。

 結局、博麗神社で倒れた早苗は、その場に同席していた鈴仙とてゐ、それともろもろの人妖の手を借りて、すぐに永遠亭へと担ぎこまれた。
 宴会には参加せず、のんびり縁側で月見酒を楽しんでいた永琳は、やってきた急患の顔を見て神妙な顔で診察をした。
 診察結果、ただの過労で、数日間は大事を取って入院をすべきだと伝え、二柱はそれを受け入れたが、複雑な面持ちであった。
 鈴仙はそれを訝しんだが、ただ単に不安なのだろうとそのときは流した。



 白いカーテンが夏風に揺れている。
 隙間を見つけたと喜ばんばかりに、眩しいほどの太陽光と、騒がしいほどの油蝉の鳴き声が病室へと入り込んでくる。
 鈴仙は窓際に歩みを進め、桟に、水のたっぷり入ったガラスのコップを置く。

「はい。お薬です」

 丁寧に折られた薬包紙を差し出すと、ベッドに上半身を起こしていた早苗はちょっとだけ表情を曇らせる。

「あの、鈴仙さん」
「なんでしょう」
「あのさ」
「はい」

 言いづらそうにもじもじとする早苗に、なにかデリケートな問題なのだろうかと察した鈴仙は耳を口元へ寄せる。
 そもそも二人きりの部屋ではあまり意味がないように思えるが、早苗はようやく恥ずかしそうにはにかんで顔を寄せてくる。

「もう少し甘くならない、かな。その薬」

 一瞬、鈴仙は自分の耳を疑ってしまった。
 はあ? といつになく大きな声をあげてしまう。

「あなたはどこの子供ですか」
「だってー」
「だってじゃありませんよ。薬をきちんと飲んで、たくさん寝て、さっさと帰ってくださいよ。こっちも忙しいんですから」

 保っていた緊張感が一気に萎える。
 力が抜けたせいか、随分ちかいところで騒がしい声が飛び交っているのに気が付いた。
 声色からすると、霊夢や魔理沙がお見舞いにやってきたようだ。
 ノックもなしに部屋のドアが開く。

「よっ、元気にしてるか」
「うちの神社で倒れたなんて初めてよ、初めて」

 ここは病室だとたしなめようとして、それでも早苗の顔が明るさを取り戻したことから鈴仙は黙って見過ごすことにする。
 人間の少女同士で話したいこともあるだろうし、と気遣って外へ出ることに決めた。

 看病する立場として、「あまりはしゃぎすぎないように」とだけは釘を刺しておくと、「はーい」と子供のような返事が聞こえた。



 里へ薬の補充に行くのは日が決められており、それ以外にやるべき仕事は患者の数によって変わる。

 つまりは患者が一人しかいない現状、鈴仙は行くあてもなく竹林を歩き回っていた。散歩である。
 森々たる竹の葉が太陽の光を遮り、湿度もそう高くはない。
 夏であるにも関わらず、迷いの竹林は比較的過ごしやすい温度となっていた。

 早苗の食が細い。
 夏バテで食が細くなる季節だからこそ、栄養を摂らせ体力を戻す必要があるのだけれど、病院食で出している粥を食べ切ることすら辛い様子だった。
 勧めれば早苗もなんとか食べようとはしていた。しかしそうして戻しかけたのを見てからは、無理には食べさせることも考えものにしている。
 栄養点滴よりもきちんと食事を摂ったほうが良いには良いのだけれども、良い方法がなかなか思い浮かばないまま、ぶらぶらと意思の無い歩を進める。

 近くにいるな、と感じたのはそれから数分のことだった。
 なにかを探しているのか、竹林の上をぐるぐる旋回している影が一つ。

 その対象が自分なのだと気がついた時には、すでにそれは、急降下を開始していた。
 ざざあっと竹林が風に揺れる。
 立ち止ってその存在を見上げれば、逆光の眩しさに鈴仙は手をかざす。
 人を小馬鹿にするような、くすくすという笑い声。
 鴉天狗の射命丸文が、強者らしい余裕の笑みを浮かべて、宙にぴたりと静止する。

 からん、ころん。
 高下駄が鳴った。

「どうもどうも。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です」

 くるりと一回転。文は鈴仙の前へ優雅に着地をする。
 詮索好きな鴉は嫌われるものだ。鈴仙も例に洩れずあからさまな嫌悪感を露わにした。

「お見舞いなら今ちょうど、大勢押しかけているので、一緒にどうぞ」
「はいはい。あとで寄らせていただきます」
「行くなら今で。病人に長時間の負担は禁物です」
「短時間、特攻なら宜しいんですか?」

 鈴仙が一人になりたいことを遠まわしで伝えているのに、文は分かっているのか分かっていないのか、おそらく分かっているからこそ適当にあしらって、胸ポケットからシガレットを取り出すとマッチで火を付ける。
 深々と酸素を与えられたシガレットの先端が、赤く燃焼する。

「早死にしますよ」

 ぽいっと投げ捨てるようにして、鈴仙が厭味を吐いた。
 しかしながら文は、すっかりニコチンに脳を凌辱されたのか、頬を弛緩させ、ゆっくりと吐きだした煙を楽しむようにうっとりと目を閉じている。
 竹の葉たちが風に揺れ、ささやくようなくすぐったい笑い声を立てる。
 吐き出された煙は様々な形に変化しながら、靄のように宙へ拡散していく。

 静寂は時を止める。

 無言のまま、鈴仙は動けず立ち尽くしていた。
 五感がすべて奪われてしまったような、形容のできない浮遊感が総身を包み込む。

 文がもう一度、大きく煙を吐き出した。
 くわえていたシガレットを、右手の親指と人差し指で挟んで口からはなし、故意かどうか判断がつかないほどに呆気ない動作で地面へと落とす。
 もったりと目線を動かし、まだ長いそれを惜しむこともなく、一本刃の下駄で器用に火を消した。

「いまさら、寿命なんて気にしませんよ」

 若干水気を失った濁声で、文は可笑しいと言わんばかりに鼻を鳴らして笑った。

 彼女は千年も生きてきたのだ。
 苦しみも楽しみも千年分。積み重なるだけの記憶。重すぎて飛べなくなる前に早く天に召されたいのだろうか。
 あまりにも軽く短く、それでいて意味深な言葉を返され、真面目な鈴仙は次の言葉を慎重に選び投げかける。

「他人の寿命にも興味はないですか?」
「そうですねえ。記事になる人間には長生きしてほしいと思いますが、誕生や継承がビッグニュースになることもありますから、難しいですねェ。本人が満足するまで、とは言っても常識の範囲で長生きしてもらえればいいのではないでしょうか。ま、私がどうこう言ったところで、大きく変わることでもありませんがね」

 興味は個人に向けられているのではなく、あくまで事件に向けられているのだ、と文は頑なに主張する。

「大きくは変わらないけれど、今にも消えそうな灯を強風から守ることぐらいはできるでしょ? 仮にも風を操る妖怪なんだから」
「正真正銘、風を操る"程度"の能力ですよ。もしかしたら、間違えて炎を消してしまうかもしれない」

 言って、文は大きく溜息を吐いた。
 鈴仙の毅然とした視線に、降参ですよと両手を挙げてかぶりを振る。
 意外なことに、大きく開いた口からのぞいた歯は、几帳面に磨かれたことがよく分かる白さと艶やかさを誇っていた。
 歯は野生の生物の寿命をそのまま表すとされている。煙草を吸うくせにそこへ注意がなされているあたり、まだまだ死ぬつもりはないのか。

「わたしゃね、あまり波風を立てるのは、好みじゃないんですが」
「天狗は鬼の部下なのに、嘘ばかり吐くのね」
「仕方ないんですよ。こっちにも事情があるんです」
「どうせ碌でもない事情でしょ。いいじゃない、三流記者に体裁なんて関係ないでしょ」
「ずばりと言いますね」
「で、暴風を起こしそうな話題について教えてもらえないかしら?」

 鈴仙の質問が押し始めたところで、文は二本目のシガレットを口に咥え間合いを作った。
 考えを巡らす時の癖なのだろうか、火は点けず唇で小刻みに上へ下へと動かして遊ぶ。

「いやぁ、どうも、厄介なことになりそうです」

 心情を吐露するごとく、文は困ったようにこめかみを掻いた。
 それが演技なのかそうでないのか、鈴仙には判断がつかなかった。

「厄介な、こと」
「山の神のことです。巫女があの状態になって、てんやわんや。あちらこそ体裁どころの騒ぎではありません。威厳を尽く擲つ行為の数々。さすがの私も参っちゃいます」

 文の話によれば、二柱は早苗の症状を治すために奔走しているらしい。
 たった一人の人間、しかも仕える人間に対して神がそこまでするものなのか、そんな声が山のあちこちで上がっている。
 もちろん、守矢の神社について、彼女たちが仲の良い家族のような付き合いに理解を示している者が多々いるのは確かであった。
 ただそれ以上に、自分たちが神を崇める身となっている以上、幻想郷では人間として生きている早苗に対して、毅然とした態度を求める者だって少なくない。

 特に、二柱が天狗の頭領である天魔に対し、天狗の秘薬を譲ってほしいと頭を下げたことは少なからず波紋を生んでいるそうだ。
 もちろん、信仰を捨てるという事態にまでは至ってはいないが、みっともないと幻滅もしはじめていた。
 またそれによって天狗の上層部は、立場の逆転を狙えるのではないかと浅はかな策を企てているという。
 必然、信仰が力の源である二柱は元気を失くしはじめているそうだ。

「そうそう。先ほど"偶然"にも八雲の式と出会いました」

 演技と分かるような大仰な動作で、文は手を叩いた。

「偶然、ね」
「いつもながら意味があるんだかないんだか分からない言葉を、運命の人に伝言しろと」
「なに?」
「三つ子の魂百まで。双子の魂はいつまでいっしょかな? ですって」

 言って文はやや呆れたような表情を覗かせた。
 鈴仙も、三つ子ってそう意味ではないでしょ、などと指摘はしない。
 八雲は時々あえて理解できぬことを言う。それが趣味みたいなやつだ。今回もきっと大事なことを伝えようとしているのだ。
 もしくはまったく意味がない、気休めという線も捨ててはならないのだが。

「その意は二柱が背負った業、そして半分は人の身ながら二つもの世界を背負ったことへの代償、みたいですね」
「なんであいつらは、素直に教えないのかしらね」
「いやあ、私には分かる気がしますけれどね」

 文は疲れたように蒼い空を見あげ、決心がついたのか尋ねるような赤い瞳を正面で受け止める。

「老婆心ですよ」

 そうやって笑った文の笑顔は、清々しいほど子供っぽかった。
 老婆心ねえ、鈴仙はほとほと呆れてしまい、言い返す気も起こらなかった。
 知らぬ間に、日陰には一筋の光明が射し込んできていた。



 数日で退院できるはずだった。
 しかし予想に違い、早苗の入院は長引き、容態はどんどん悪くなっていった。
 原因は明らかにならず、体力の落ちていく早苗を励ますために、霊夢たちが根気強く見舞いに通っていた。 

「早苗、食べなよ。ほら、あーん」
「お前が食わないなら私が食べるぜ」
「はは……。ごめんなさい、本当に喉に通らなくって」

 わざわざ早苗の目の前でバナナやおにぎりを頬張る二人。
 こうしてやればお腹も空くだろうと思いやっていたのだが、効果がないことに凹んで、しかし気丈に、「また明日来る」と宣言し帰って行った。

 とうとうこの日は、粥に一切の手を付けなかった。
 鈴仙は、すっかり冷め切った卵粥と、申し訳なさそうにしている早苗の様子に言葉を詰まらせつつ、それを片付けた。
 今度こそ、栄養点滴の必要性が出てきてしまった。
 そのことを永琳に伝えるのは心苦しかったけれども、そうしなければたちまちに弱りきってしまうだろうことは明白だったのだ。
 いや、そのような対処療法では根治がほど遠いことも、薄々わかっていた。
 分からないのは、皮肉にも病の原因のみだ。
 
 就寝前の点検にやってきた鈴仙は、早苗の痛々しい姿にかける言葉を失っていた。
 健康的だった瑞々しい肌には黄みがかり、頬はこけて目が腫れぼったい。
 呼吸をするのも苦しそうで、せつなさとやるせなさで胸が張り裂けそうになる。

「お加減はどうですか?」
「うん。だいぶ……」

 覇気のない言葉は後に続かない。
 良いのか、悪いのか、はっきり口にしないのは自身がその問いに対する答えをよくよく感じているからであろう。
 早苗の顔には、もはや凍りついたように固まった笑みがあった。

 鈴仙は変に気を遣わせてしまった罪悪感を心の隅に抱く。
 下手な口は固く結び、ゆっくりと窓際に寄る。
 今日はやけに虫が静かだった。
 カーテンを退けると、夜空には皓々とした月が浮かんでいる。ほとんど満月だった。

「きれい」

 背後で些かに愁いの帯びる感嘆が洩れた。
 首だけでふり返れば、そこにある早苗の表情は変わらぬ微笑を携えている。
 満身に月の光を浴びたその姿は、どこか神と見まちがえてしまいそうな甘美の色を放っていた。
 どくん、と心臓が跳ねた。鈴仙はそこに何かが存在することを、直感した。

「満月ね」
「まだちょっと早い気もするけど、まあ誤差よね」
「月ってどこで見ても同じなのかな」
「え?」
「こことあっち……ううん、なんでもない」

 虚ろな視線が宙を彷徨う。まさしく迷っているように、右へ左へと揺れる。
 さりげない会話の中に、先から抱く悪感の答えを必死で探した。
 地上に降り注いだ雨が地面へ沁み込んでいくように、悪感はじわじわと鈴仙の心を侵食していく。

「ごめんなさい」

 不安に耐えきれなくなり、身勝手な断わりを入れると、鈴仙は身体から力を抜いた。
 紅い瞳が光を放つ。万物が生みだす波間に、身をたゆたわせる。
 世界が一つの箱を形成する。光と音が遮断され、闇と沈黙がその濃さを増した。
 閉じ込められた箱の中で彷徨う波長に、鈴仙は己の波長を優しく重ねる。
 早苗の波長は抗うこともなく、すんなりとそれを受け入れた。

 箱の内側では、ひたすらに白く真っ直ぐな道がどこまでも伸び、その両脇に淡い色づかいの絵が一端の美術館さながら、端整に並んでいた。
 神社、山、滝、森、里、丘、湖、林。早苗の目を通した情景たちだ。
 それらは鈴仙も見慣れた風景だった。早苗の記憶を介し、幻想郷のあらゆる場所を旅していく。

 異変はすぐに分かった。波長が大きなズレを生み、歪んだ空間にノイズが生じた。
 一枚だけ異様な絵があった。モノクロで、輪郭もおぼろに、絵が描かれた土台そのもの崩れかかっていた。
 前を行く早苗は気が付いていない。混沌に置ける絵は目まぐるしく、フラッシュバックのように切り替わっていた。

 これが悪い予感の答え。
 人間、東風谷早苗の走馬灯だった。
 消えてしまった魂の叫びだ。

 鈴仙はうつらうつらと前を行く早苗の背中を追い駆け、その白い手首を必死でつかんだ。

 早苗の肩がびくりと跳ねた。その身体は怖いくらいに動きを失くした。
 彼女を逃がさないことだけしか頭に無かった鈴仙は、無意識につかんだ手に力を込めていた。鬱血し肌が赤黒く染められていく。
 震えた二本足が回れ右をする。
 怯えたような顔が、そこにあった。

 ここから、目を背けるんじゃない。
 紅い瞳が、咎人を縛りつけた。

 長いこと無理にでも目を背けてきたのに。いつのまにか自然と記憶の彼方へ置き去りにしていたはずなのに。
 戸惑う瞳。水気が多く、泣きそうにも見えた。

 だったら、どうすればよかったの?

 責めるような、縋るような、苦渋に満ちた早苗の叫び。
 しかしその叫びは誰にも聞こえるような大きな声ではなかった。
 喉の奥で、境遇とか、立場だとか、恩だとか、ありとあらゆるものが邪魔をして、小さな隙間を這ってボロボロに為りながら出てきた声だった。


 人間、東風谷早苗はここにはいない。


 擬態した虫のように今まで姿を隠していた灰色の雲が、月光を薄く細く消していく。



 日付が変わる前に降り出した雨は、しとしとと粘り強く降り続けそうな兆しをみせていた。
 早苗が寝静まってから部屋を後にし、ささやかな雨音に足音を潜め、鈴仙は湿り気を帯びた長い廊下を渡っていく。
 奥の部屋の扉を僅かに開け、おずおずと中を覗いた。
 目的の姿は奥の椅子に座っていた。見える後ろ姿の向こう側から、ペンが紙の上を走る音が聞こえてくる。

 深呼吸を一回。
 口を開き、失礼しますと言いかけたところで、「入りなさい」と言葉が聞こえた。
 錆びついた金属が軋むような音を立て、椅子が回転する。
 部屋の中に光源と呼べるものは机の上のランプだけで、お互いの顔は輪郭が薄ぼんやりと視認できる程度だった。

「師匠。気がついていましたか」
「分かっていたでしょう」

 二人同時にころっと笑うと緊迫した空気はすぐさま和らいだ。
 でも、茹で損ねたパスタのように、中の芯は硬いままだった。

「東風谷早苗のことね」

 断定口調で永琳が言った。

「師匠はどこまで分かっているのですか?」

 疑問口調で鈴仙が言った。

「ぜんぶ」

 永琳はそれが当然だと言わんばかりの態度で答えた。

「嘘だと思うかしら?」
「師匠は、最初から気がついてましたよね?」
「あくまで仮定よ。ぜんぶ、ね」

 小さく嘲った永琳は鈴仙に対して背中を向けた。
 机の上にあったカルテに目を落とすと、声のトーンもやや落として告げる。

「未来は過去の真似をして創られるもの。ゼロから生まれる事象なんて宇宙の誕生だけ。いいえ、それすら何度も繰り返されているのかもしれない」

 それは絶対的な自論であった。故に正解の確かめようなどなかった。
 自論はその人の人生そのものだ。
 数え切れないほどの過去を背負う彼女は、自分に分からぬことなどないと絶対の自信を持っている。

「答えはあくまで私だけの答えなのよ。知り過ぎちゃったのよね。それでもなんで私が本当のことを言わなかったか貴方は疑問に思うでしょう。理由は簡単。これは人間が進化の過程で大きな間違いを犯したのが悪いの。言葉なんて嘘を吐く道具よ。どうしてそんな物を身につけたのかしら。もっと、他人の心が分かって受け入れられる能力とかを手に入れれば良かったでしょうに」

 人間って損ね、永琳は残念がる様子もなくそう呟いた。



 ガラスの向こうでは昨夜からの雨がしぶとく残っていた。
 窓を閉め切り、もわりとした空気がこもった部屋に永琳と鈴仙、向かい合うようにして神奈子と諏訪子が座っている。
 脇のベッドでは、早苗が一時の安らかな寝顔を見せていた。

 二柱は暗い表情で黙っていたが、やがて観念したように重々しく口を開いた。

「もしかしたら」

 その言葉から始まる仮定。その場にいる全員が分かっていた。これは罪の白状だと。そして、懺悔の言葉なのだと。

 外の世界での早苗は、神に対して必ずしも従順ではなかった。
 おそらく彼女自身が自らの抱える神性を受け入れ難く思っていた。神性を持って生まれたからこそ、葛藤が生まれたのだろう。

 信仰を失い、幻想郷へ行くと決めたときも、早苗は外の世界に未練が残っている様子だった。
 それもそうだ。信仰がなくなった現世には、彼女が望んでいた普通の人間としての生活が待っているのだ。
 二柱だって、彼女の意見を蔑ろにしたくてしたわけではなかった。
 限界まで努力をしてみた。けれども、外の人間たちは見向きもしなかった。
 彼女を残すことも考えてみた。しかし、もう二度と会えなくなることを考えたらば、自分たちの想いを優先してしまった。
 親心だと納得させて。

 しかし幻想郷に来ると、これがどうだろうか。
 なぜだか早苗は、神に仕えるものとして高い意識を持ち始め、何から何まで世話を焼いてくれるようになった。
 二柱は不審に思ったが、早苗が覚悟を決めたことだと喜び、微塵の疑念も抱かずに受け入れた。
 正確には、見て見ぬ振りをすると、決め込んだのだ。

「間違いないわ、東風谷早苗は神なのね。それも、ガス欠寸前の」

 寝ている早苗をちらりと見遣り、永琳は噛み砕いた説明を付け加えた。
 幻想郷に居る早苗は、いわゆる外の世界に居た東風谷早苗が風祝として身に宿していた神性。となれば、信仰を募ってない現状、徐々に力が衰えていくのも当然のことである、と。

「どうすればいい? 私たちは早苗を失いたくないんだ」
「失うわけにはいかない、の間違いではないでしょうか?」

 冷ややかに突き刺さるような言葉が、鈴仙の口から飛び出した。

「本当に大事な"家族"なら、包み隠さずに言えばよかったんじゃないですか?」

 鈴仙の口調は厳しかった。
 身勝手な振る舞いで誰かを傷つける。月から逃げた自分を二柱へと重ね、畏れながらの助言だった。

 見栄を張った神奈子と諏訪子は、深く後悔しているようだった。
 もっと早く話をしていれば、早苗がこうして苦しむこともなかったはずなのに。
 元気に動ける時ならば、なにか良い解決策があったかもしれないのに。
 思いつくのは仮定の話ばかりで、また自己嫌悪に陥っていく。
 罪の意識から少しでも逃れるために、二柱が嗚咽とともに声を漏らす。

「ごめん、早苗」

 ごめん。ごめん。
 同じ言葉が何度も何度も呟かれた。
 苦し紛れの祈り。祈りの言葉は追憶への昇華に失敗し、砕けた文字の欠片が部屋に氾濫する。
 欠片は雪のように静かに積もり、室内の空気がその重さを増していく。

 呪いかと思うほど、漂う空気は邪な波を放っていた。
 間近ですべてを感じていた鈴仙は、得体の知れぬ黒々とした力に恐怖感を覚え、思わず後退りをしたくなる。

「いいんです。これは私の使命ですから」

 積み重なっていた言葉の残骸が弾け飛ぶ。
 たった一言で部屋の空気は見違えるほど柔らかく、優しいものへと変わった。

 鈴仙は反射的に永琳の顔を見た。
 永琳も鈴仙を見て、思わずといった感じで口を開き、ちょっとだけ眉間にしわを寄せ、次に片眉を上げる。
 
「どうか、自分を責めないでください」
 
 眠っていたはずの早苗が、気力を振り絞ってかけた言葉だった。



 止まない雨はない。
 最初にこの文句を言ったのがどこの誰かは知らないが、まったくもってその通りだ。
 昨日までの雨はあがり、大地を覆うようにしてからりと晴れた蒼穹がどこまでも広がっている。
 だというのに。

「浮かない顔をしていますね」

 神出鬼没か、いくつかの竹を背もたれに意気消沈という体で座り込んでいた鈴仙の横へ、文が華麗な着地を決めた。

「べつに、いつもと変わらないわよ」
「まあ、いつも暗いですからねえ」
「厭味?」
「いーえ。誰しもが明るい者を好むとは限りません。趣向は万人それぞれです」
「じゃあ訊くけど、貴方の好みは?」
「明るくはきはきと真実だけを面白く語ってくれる方、ですかね」
「そう。実に良い厭味だわ」

 横に並んだ二人の視線は互いに絡む事もなく、青葉が生い茂る竹の群生へと向けられていた。
 竹の葉たちは時おり思い出したように吹く風で揺れ、木漏れ日が消えたり現れたり。
 うんざりするような蝉の大合唱もどこか遠く、竹の擦れる微かな音と互いに主旋律を譲り合っていた。
 しかし、幻想的で美しくあるはずの情景も、今の鈴仙にとっては儚さが愁いとなり焦心を誘うだけであった。

 焦点を探していた視界の端が薄くもやる。
 首を横にひねり若干顎を上げれば、文がいつもの調子でシガレットをくゆらせていた。
 鈴仙は眉を顰め大仰な溜息を吐き、勧告するような口調で、「何度も言ってるけれど」と言った。

「では言わなくても宜しいです。生憎、昨日今日の事を忘れられるような、暢気な脳ではないのでね」
「ああそうですか」

 澄ました顔で素早く話を切った文に、鈴仙はあからさまな嫌悪感をぶつけた。
 もちろん、文は動じない。腰のあたりに差してあった葉団扇を取って、ぱたぱたと扇ぐ。
 心地よさそうに細めた目の上で、癖のある細い黒髪が揺れている。
 何気なく左胸のポケットを漁り、「飴でも、舐めます?」と青い包みの乗った右の手が差し出された。

 一連の所作は思わず見蕩れてしまうほど涼やかで、鈴仙は憎々しげに眉間の皺をさらに深くした。

「そのポケット、嗜好品しか入ってないのね。天狗はそうとう暇してるわけか」
「ソーダ味ですよ。夏らしくていいでしょう」
「会話をする気ある?」
「餌を受け取って心を許した兎さんとならば」
「ああ、そう」

 傍から見た図は道楽の情報屋と困窮まっている看病人。形勢は文が有利だ。
 そこに歳の妙が加わるとなれば、主導権を握ろうなど夢のまた夢。

 観念した鈴仙は渋々ながらに手を伸ばした。
 その柔い掌に小さな固い衝撃がひとつ落とされる。

「さて。いろいろありますよ。新聞にできなそうな、私的には有意義でないけれど、博麗の巫女に関する実話と山の巫女に関するご噂です」

 文は満足げに幾度か頷き、何処からともなく手帳を取り出した。シガレットを口に咥えたまま、ペラペラと紙をめくる。

 飴は暑さで表面が溶け始めていたのか、包みを剥がすのに少し苦労が要った。
 均一の崩れた空色の球を口の中へと放り込めば、たちまち甘味が舌に沁み込んでいく。
 脳が緩やかな陶酔感を感じ、身体がぬくもりを抱けば、心の波は穏やかさを取り戻す。

 ちょうどタイミングを合わせたかのように、紙の音が静まった。
 文は開いた手帳を片手で持ち、もう片方の人差し指と中指でシガレットを挟み、軽く叩いて灰を地面に落とす。

「で、どうなってるの?」
「どうなっているとは?」
「高貴な山のご事情」

 からん、ころん。

 歯に跳ねかえされた飴が、舌の上を躍る。

「いやあ、厄介どころじゃ済まなくなってきたかもしれません」

 文は首の後ろに手を当てて、それがまるで彼女自身の癖であるかのように、いかにも困ったという素振りを見せる。

「せっかく巫女とお近づきになって神に取り入ろうとしていたのに、天狗の上が直接的な関係を作るとなるとねえ」
「自己保身のことしか考えてないのね。貴方らしいわ」
「それはそれは。お褒めの言葉と受け取りましょう」

 冷ややかな棘のある言葉も、彼女の前では涼しさと刺激を良い程度にはらむ風同然である。
 鈴仙もすでによくよく分かって言っている。もはや自棄だ。

「しかしねえ、二柱の神は少々口が軽すぎます。その癖に嘘が得意ではないと来たものだから、実に困ったものですよ。まあ、精神的に参っているのかもしれませんが」

 文は腕を組み、同情の念を込めるように二三度頷いてみせる。

「このままでは狡猾な天狗に騙されてずるずると事が決まって行きそうですね。東風谷早苗は神として生かせばいい、とか言ってますけど本気なのでしょうか」
「神として生かす?」

 どういうこと、と鈴仙が目で訴えかける。
 文は意味深な目配せを寄越して、すぐには答えようとしなかった。

 ゆっくりとした動作で煙が吐き出される。
 目を細め、竹林と空の境界あたりを見やったまま、蜃気楼でも眺めているのかうっとりとした顔つきになる。
 文の虚ろな目線は短くなったシガレットへ。それをしげしげと見つめ、地面へ放った。
 燻ぶった部分へ狙いを定め、気を取り直すように力を込めてにじり踏んだ。

「現状、天狗うちの信仰だけでもある程度の力を神に持たせることができています。信仰は分散しませんから、新たな神を祀ってもなんら問題はないそうで、で、神々の側近に仕える巫女を天狗から出しましょう、と。まあそのような話が出ております」
「妖怪が巫女。そんなこと可能なの?」
「もはや形だけの存在になりつつありますからね。巫女は」

 何に苛立ったというのだろうか。
 遠くで鴉が濁った声を響かせた。
 今日の竹林は、些か迷い人が多い様子だ。波長が混雑している。

「外の世界にいた頃はたしかに巫女は人間だけでしたが、それはべつに妖怪がなる必要もなかったからです。妖怪を巫女にするというのはおそらく初めての事例ではないでしょうか。初めてのことはいつも異例でありますからね」

 そう言いながら文は手帳をめくっていく。
 過去のことを探すというよりは、ただ手持無沙汰なのを誤魔化すような動作であった。
 それを裏付けるかのように、すぐに目線は手元から外れ、めくる速度がだんだんと速くなり、終いには拍手のように合わせた両手で手帳を挟み閉じてしまった。 

「しかしその地位を天狗は必死に欲しているのですよ。神と巫女の契約はそう容易く反故にはできません。そして山の神々がこちらの世界に来た理由は外の人間から信仰が不足したためです。文明はこちらが遅れているとの事ですので、また裏切られないとも限りません。神々もまた天狗の信仰は必要不可欠に感じているはずです」
「そうなると、人間の東風谷早苗は邪魔者でしかない、わけだ」
「はい。そしてわざわざそんな邪魔者を復活させるために尽力だなんて、ねえ」

 無論それは正気の沙汰だ。
 危険因子が自ら消えようとしている所に誰が助け舟を出そうか。
 善人ならば可能性があろうども、彼女の敵は天狗。裏の汚さは幻想郷一二を争う集団だ。

「割りこんできたのは彼女たちの方です。新しいことは常に波乱を呼ぶ。それがたまたま今になったというだけの話です」
「貴方も波乱を好みそうよね」
「そんなことはありません。私はもっと高貴な生き物です。この無限の大空のほかは、すべてが欺瞞だ。この大空以外は何も要らない。何一つ存在しないのですから。だが、それすらも存在しない。静けさと平和以外、私は何も要りません。これが、我が信条です」
「ボケているのね。長生きも過ぎるもんじゃないわ」
「時が人を劣化させるのではありません。時代の流れが人を置き去りにしていくのです。現に人ならざる知性と肉体を持った人間は、いつまでも時代と並走できているではありませんか」
「ああ。それはたしかに」

 鈴仙はつくづく思い知らされている。
 人の死に関わることが多い医療を学んでいる、不老不死という不可侵の聖域に身を置く者と共に過ごす、その境遇ゆえに。
 老いとは精神や魂が衰えることである、と。

「私はそれに値せず、というわけです」
「彼女は、東風谷早苗は? 彼女もまた時代についていけなかった?」
「もしくは二つの時の流れが生みだした災禍でしょうかね」

 彼女にしてはえらく気が抜けた体面であった。
 ぼんやりと歳を召した老人が虚空に独り言を放つ姿が、鈴仙の脳内に浮かび上がった。

 だがたちまちのうちにその絵が塗りかえられる。
 瑞々しい華やいだ態度で、そうそう、忘れるところでした。と文が手を叩いた。

「博麗の巫女は外の世界に向かったそうですよ」
「外。それってまさか」
「ええ、また八雲の差し金ですよ。だから何かしら理由があるのだと思いますが、それが困った問題を生み出すことになったわけでしてねえ」

 一人残された部屋の中で、開いていた窓が一つ閉められた。
 外は快晴。青い空と白い雲が清々しい。
 その対比のせいか部屋の中は極端に息苦しく感じた。

 出ようと思って扉を目指したところで、目の前に文が立ち塞がった。
 鼻先に人差し指が突きつけられた。

「貴方に用意された選択肢は二つです。東風谷早苗が神になるのを黙認する。彼女が大きく変わるわけではありません。その進む道は大きく変化を遂げるでしょうが」

 窓がもう一つ閉じる。いつのまにか部屋の扉は消え去っていた。窓には解けそうもない鎖が幾重にも張り巡らされたいた。独り、閉じ込められていた。

 黒い影が二ィ、と悪魔の笑みを浮かべピースサインを目に押し付ける。
 平和の象徴であるピースサインに追い詰められる日がくるなど、鈴仙は想像したこともなかった。

「もう一つの選択肢は博麗の巫女を待ち、今まで私たちがそう思って接してきた、人間である東風谷早苗を取り戻す。ただし、彼女が消える可能性がないわけではありません。おそらく消えたら、今の彼女はもう戻ってこないでしょう」

 幻影が消える。
 外に聞こえているのではないかというくらい動悸がうるさく、鈴仙は自分の胸に手を当てた。
 生きているぞ。心臓は肝心な時に余計なことしか教えてくれない。

「今、彼女の意思が分かるものはいません。誰もが自分の理想を押し付けようと躍起になっています」
「私だって、彼女の気持ちは」

 言いかけて言葉に詰まった。幻影が再び訪れる。

 分からない。いいや、本当は分かっていのだろう。光の無い世界で誰かが囁く。

 神になろうと彼女は助かるのだ。
 彼女は二柱を心配していた。家族同然に思っていた。
 こちらに居なくてはならないと思っていた。
 まぎれもない本心だった。

 それで良いのではないか。神になることくらい彼女なら受け入れるような気がした。

 でもそれは本当の東風谷早苗ではないと謂う。
 本当の彼女の魂は何処に居て、なにを求めているのか。

 分かるはずもない。
 欲しいのは言葉だった。
 嘘でもいいから、彼女の口から出た言葉だ。

 永琳は人の心が分かる方が遥かに良いと言った。
 果たして本当にそうだろうか。
 東風谷早苗の記憶を見て、その真摯な言葉を聞いて、どちらも嘘でなかった場合、その両立が不可能な場合、最後に頼れるべきは言葉ではないのだろうか。

 彼女はなんと言った。
 思い出せ、思い出せ。
 なんでもいいから。

 本当か。
 なんでもいいのか。
 嘘でもいいのか。

 誰かが頭の中で問う。

 視界に光が戻った。途端、目線は縋るものを求めた。
 文は頑なに鈴仙の方を見ようとはしなかった。
 迷って空を見上げれば太陽の眩しさに一瞬で顔を背け、結局また禅修行のように緩やかな動きしか見せない、殊勝な竹林を見遣った。
 もちろん揺らぎは何かを示してくれることなく、葉に隠れていた寂びれた鳥の巣が一つ、鈴仙の目に映っただけであった。

「幻想郷は全てを受け入れる。本当に酷な話です」

 それは本音がふと零れたといった風に、あまりにも彼女の雰囲気に馴染んだ言葉であった。
 自然だった。風があり、土があり、水があり、それと同じように文の言葉があった。
 思わずぼうっとしてしまった。
 ようやく彼女の発言を理解して、訊き返そうと鈴仙が口を開いた時には、すでに文がいつもの作り笑いを浮かべて、それを遮っていた。

「ああ、思い出しました。巫女の条件。たしか、その血が穢れなきこと。その心が穢れなきこと。その身体が穢れなきこと。でしたかねえ」

 笑みがいっそう深いものに変わった。
 向けた相手に心を解かせようとする意思と、自分の心は絶対にさらけ出さないという意思、或いは拒絶か。
 相反する意思でせっかくの笑顔も台無しどころではない。そもそもそれは笑みではない。

「適任が天狗の中に居るのか、甚だ疑問ですが……まあそういう案を提示したということはどなたか検討がついているのでしょうね」

 ふいに二人の背後で草の擦れる音が鳴った。
 驚愕に身体が跳ねた鈴仙は、もてあそんでいた草の幾つかを掴み、引き抜いてしまった。
 一方の文は端から気配に気づいていたのか、特に無反応だった。

「なんだ、てゐか」

 ふり返れば因幡てゐが興味深そうな目で二人を見比べながら、草陰をかきわけてやってくるところだった。

「ご無沙汰しております」
「いやいや」

 文が恭しい礼をすると、てゐは軽く手を横に振った。
 幻想郷ではあまり見られない、巧者同士の社交辞令は見ている者に有無を言わさぬ空気感が存在した。

「うちのが世話になっているみたいで、こっちこそ挨拶をしておかないとと思ってさ」
「いやいや、こちらこそ。鈴仙さんには良き話相手になってもらっていますよ」
「そっか。にしても今日はやけに鴉が多いよ。さっきも道すがら二羽ほど見かけてね。なんだか妙に殺気立っているからさ、目に触れぬよう来たのだけれど」

 てゐは恨めしそうな目で今しがたやって来た竹林の小道をふり返った。

「おそらく永遠亭を探しているのですよ」
「だからか。やたらめったら兎を追いまわしている。しかしなんだい。最近の天狗は碌に兎も捕まえられないのかねえ」
「ですねえ。地の利がそちらに有るとはいえども、まったく恥ずべきことです」
「昔っからあんなものだったかいねえ?」
「うーむ。もう少し骨があった自信もありますが、きっと影では親方どもにこんな感じの小言を呟かれたりしていたのでしょうなあ。でも、若いものに頭を悩ませるのは、いつの時代も年寄りの役目なのですよ」

 文はそこに昔の景色を見たのか、鍾愛するように目を細める。
 ふーん、とてゐの方はまるで興味なさそうに、適当な相槌を打つ。
 鈴仙は二人の会話に参加する気は毛頭なく、さきほど不可抗力で抜いてしまった草の一つが未だに手に付いていたのを、反対の手ではがし取った。
 青々とした四つ葉のクローバーだった。

「あっ、そうだ。鈴仙。さっきコップに入れた薬の効果はどうだった?」
「さっき?」
「あれ? 台所でコップに水を汲んで、一度どこかへ行ったでしょ。その隙に師匠の薬棚のやつで、まだ使ってみたことの無いやつを溶かしておいたんだけれど……人間用だったかな?」
「え。あれは早苗さんに……って、何してんのよ、もう」

 にやけ顔のてゐの告白に顔を真っ赤にしそうな勢いで怒った鈴仙は、早足に永遠亭への帰路を辿って行った。
 その後ろ姿を見つつ、残された二人は和やかに笑う。

「行ってしまいましたねえ」
「はは。やっぱさ、若者は素直でなくちゃ」

 今まで散々騙されているのにも関わらず、他人に被害が及ぶことを考えると頭がいっぱいになってしまう。
 長きを生きた妖怪にも人間にもあまり見られない健気さだ。
 頼りない背中ではあるが、背中を見せているということの大変さを、その大切さを、文もてゐもよく理解していた。
 さっきまで鈴仙が座っていた場所に、てゐは胡坐をかいて腰を落ち着ける。落ちていた四つ葉のクローバーを拾い、くるりと回す。

「吸います?」

 文が白い箱を揺らす。

「いや。好きじゃないんだ」
「じゃあ、飴でも?」
「おお。ありがとう」

 文はポケットから取り出した飴をてゐに、自分は二本目のシガレットを加え火を付ける。
 飴をもらったてゐは嬉しそうに包みを広げ、黄色い玉を唇ではみ取ると、舌の上へ転がした。
 動きの一つ一つが凝っていて、騙される人間が多いのも尤もだ、と文は思う。世の中、可愛いものが圧倒的に有利にできている。

「どこから聞いていました?」

 さっきの話から、おそらくずっと見張っていたであろうことは易く予想できたが、一応聞いてみる。

「人を神に祀り上げるか。天狗も大層なことを考えるねえ」

 どうやらしっかりと耳を傾けていてもらえたようだ。
 そうとなれば、文は聞く。聞くのが本能であり、仕事である。 

「どうなると思います?」
「どうなるって、なにが?」
「今後の流れともいうべきでしょうか。この事件の顛末です」
「んー。そうだなあ。話してやってもいいけれど」

 訴えかけるような溜め。
 文は含みをいち早く察した。それもまた天狗の性である。

「今度、良い酒でも持って参りましょう」
「酒かあ。最近強いのは控えてるからね。なにか別のはどうだろう」
「別のと言いますと」

 それまで柔和だったてゐの目が、一瞬にして狡猾な光を宿す。

「天狗の秘薬とか、どう?」
「……いつから聞いてらしたんですか」
「えへっ。で、どうなの?」
「お話の内容が真実に近ければ、考えましょう。支払いにある程度の時間もいただければ、ですかね」

 そっかそっか。納得したようにてゐは頷いてみせた。
 文は疲れたように頭をがしがしと掻く。どうぞ、と手を出して話を促す。

「あれは優しすぎる。師匠も姫も寛大だが、今回はさすがに庇いきれんだろうねえ」

 はらり、ひらり、と白い蝶が飛んでいた。
 二人の目の前を、飛ばす鱗粉までもが見えそうな近距離を、忙しなく羽搏いて通過する。
 光の当たり具合で、やや緑がかった膜を纏っているように見えた。

「まあ、きっと泣くよ。あれはそういう奴だ」

 すべてが死んだ世界のように静かだった。
 煙は音もなく天へ昇り、飴は音もなく舌の上で蕩けていく。

 ジジッ、と沈黙を破るようにして一匹の蝉が近くの竹にとまった。
 耳元でシャワシャワと騒音をがなり立てる。

「うるさいですね」

 そう言って恨めしそうなじと目を向けた文だが、追い払おうとはしなかった。

「蝉が大きな声で鳴くのは、きっとひと夏しか生きられないことを薄々理解しているからだろうね」

 優しい声を響かせて、てゐはすくっと立ち上がる。
 尻に付いた土を払い、太陽に手を伸ばすように大きく伸びをして、「一つ忠告」と文に指をさし向けた。

「煙草やめなよ。健康に悪い。長生きできないよ」

 後ろ手を振って、てゐが去っていく。
 遠ざかっていく後ろ姿を視界の隅に収めながら、一匹の蝉と共に一羽だけ残された鴉は、

「えっ? なにか、言いました?」

 とぼけたように、一人ごちる。



 ◆



 京都。
 夏は気が狂ってしまいそうなほどに暑く、冬は冷たい風が肌に容赦なく突き刺さる土地。
 観光客や他の土地に住む者は行ってみたい、住んでみたいという幻想的な土地であるが、実際のところは学生が多く住み、そして気候はお世辞にも住みやすいとは言えない。
 神社仏閣に興味がないのであれば、遊ぶときは大阪まで足を伸ばしたほうが良いという、なんとも中途半端な場所だった。
 
 そして京都は伏見稲荷。無味乾燥な鉄筋コンクリートのビルの一室六畳一間。
 逆に幻想的に感じてしまうほどの普遍な場所に、彼女は居た。
 布団にくるまり、うわごとを発している彼女が居た。
 誰かの名前を呟きながら、幸せそうな寝顔を浮かべていた。

「ま……ささん……れい……ん……」

 朝陽が昇り、白み始める空。幻想は夢の中しかない現代で、笑うことができる夢をみるのは幸せなことなのだろう。
 瑞々しい黒髪が、カーテンの隙間から漏れる光で薄緑にもみえた。

「……わこさま……かな……おわ……した……」

 彼女は誰かの名前をつぶやき、そのたびに笑った。
 二十の齢も過ぎてしまったというのに、布団を振り乱し、かと思えば何かに甘えるように頭をすりつける。
 そして、悪夢のような天国から彼女が目覚めかけ、その最後に何かを懐かしむように手のひらが虚空にあるであろう何かを掴みそこねて、目を開けた。

「あ、れ……むぬ……またこの夢か……」

 またか、と一言呟いてから、寝ているときも外さない蛇のヘアバンドと蛙の髪留めを付け直して、んー、と軽く伸びをした。
 その直後、隣で寝ている女性の存在をいまさら思い出してビクッと口を抑えてから、寝息が乱れていないことにほっと一息吐いて、あらぬ方向に吹き飛んでいた布団をかけなおしておく。

「ん、さな、え……」

 いまだ寝ている友人の独り言を聞き、くすりと微笑む。
 ブゥゥゥン――と、家の前の大通りを車が走っていった。壁にかかった時計は六時半を指している。友人のために、コンビニで食料を調達しておこうか。いやもう一度寝てしまおうか。夢のせいで些か寝不足なのだから。

「こんな生活も、あとちょっとかな……」

 隣で寝ている友の頬を指先でうりうりぃと突っつくと、食べ物と勘違いしたのかがぶりと噛み付かれた。
 甘噛みだから痛くはなかったけれど、ぺちりと能天気に笑っている頭を叩いてやり、コンビニへ行くために着替えることにした。

「あー、教授のところ顔出さなくっちゃいけないんだっけ、めんどくさいなぁ……」

 髪の毛をわしゃわしゃとかいてから、蛙柄のパジャマを脱ぎ捨てる。
 "守矢"早苗は、何の変哲もない大学生だった。

 常識に囚われた生活であるが、大きな不満もなく、それなりには充実している。
 バイトに遊びに勉強にという当たり前の生活をして、三年生までのうちに単位をほぼ取得しておき、四年生を楽に過ごす、もしくは就職活動に明け暮れる。

 卒論のテーマもすでに決めてある。諏訪に伝わる伝承と風俗について。
 生まれ故郷である諏訪には、伝わる伝承や神話も殆どない。逆にそれが新鮮なぐらいだった。親戚も何かがあったかねぇと首を傾げるぐらいにのどかで、他の土地にはよく伝わっているような、血生臭い伝説の一個もなかった。
 なぜわざわざそこをテーマにしようと思ったかと自分でも首を傾げてしまうのだけど、大学の修了に自分の故郷を選ぶのには何か特別な意味があるようにも感じたのだった。

 まだ寝ている友人を起こさぬようにと靴を履く。
 いつもならば、この六畳一間に女四人集まっての大宴会が開かれているのだが、昨晩は自分を含めてたったの二人。二日酔いになるほどの量は飲まなかった。
 というよりも、友が延々と愚痴ってくるので、早苗は飲めなかったと言うべきか。

「あれ? 早苗、どっか行くの?」
「ああちょっとコンビニに。なんかいる?」
「うー。お茶お願い」
「はいはい」
「もうちょっと、寝る」

 揺れながら起き上がった友が死体に戻ったのを確認して、早苗は外へと出た。
 昨晩の荒れ具合が胡蝶の夢の如しで安心してしまった。

 友――紅音風子は、同じ大学の、違う学科の女の子だった。ハーフだという彼女は、金髪に蒼い瞳でまるでお人形のよう。
 というのも背丈が早苗よりも頭一つ分ぐらいに小さくて、中学生にしか見られないとよく愚痴を零すぐらいに童顔の少女だったのだ。
 英文学を専攻していた彼女はときどきそれらを引用したことを口走るけれども、それには誰もついていけない。
 しかし当人もそれらに関しては気にしていないようで、わからないならスルーしておっけーだよ、と言っていた。
 そんな彼女には、同居している姉が居るらしいけれど、あまり仲は良くないんだとも零していた。
 彼女は感情の振れ幅が少し激しいのが珠に瑕で、一緒に居るときも電話越しで姉に怒鳴っているのを何度か目撃している。それを友人に向けないのは良いのだけど。

 苦笑しつつ階段をトンカラトン、と降りていく、朝の空気を吸い込むと、鼻の奥が少し痛くなった。
 慣れ親しんだ空気、のはずなのだけど、数ヶ月前から違和感が拭えなくなってきた。
 不思議なことなのだけど、自分がこの世界に居る気がしない。
 妙な浮遊感がずっと心の中にあって、何事にも集中ができない。
 例えば、このコンビニという建物自体も、きちんと意識していなければどういった建物なのかを忘れてしまう。それぐらいに何かがおかしいのだけれど、それを上手く説明することはできないのだ。
 ただの甘えなのだろうか。就職活動に大学院に進むための勉強にと励む友人たちに、ポツンと置いていかれている気がしてならない。

 コンビニで、自分と風子の分のパンと飲み物を購入して、六畳一間へと戻る。
 扉を開けると、もう一度寝ると言っていた風子は布団を抱いたままぼーっとしていた。

「おはよう。いい夢見れた?」
「ううん全然。面接官にやらしー目で見られる夢だったね。最悪だよ。早苗は?」
「あー……その、またあの夢、見ちゃって」
「あー、またあの夢」

 気にしすぎたら体に悪いよ、という短い返答が返ってくる。
 彼女は割りと呑気に構えているが、この夢を何ヶ月も前から見ていると知ったならば、心療内科にでも無理やり連れていったかもしれない。
 
 言えるものか。
 心配をかけすぎたくはなかった。
 それが往々に悪い結果に繋がることは早苗も知っていることだが、それでも口に出すことが憚られる。
 
 ふん、と風子が鼻を小さく鳴らした。

「よし、じゃあ、私と一緒にお風呂入ろう」
「え? うん。ええ!?」

 温泉などで裸の付き合いをしたことも一度や二度ではないが、それにしたってあまりにも急すぎる提案だった。

「え、ちょ、どういう」
「ほら、セラピーだよセラピー、癒し」

 こういう時の風子は強い。結局なし崩し的に、沸かしていた風呂に付き合うこととなった。
 全くいつも強引なんだからと表では苦笑しつつも、今は心の底から、この屈託ない笑顔がありがたかった。
 この風呂は六畳一間のアパートとしては広い。もちろん広いと言ってもそれは一人で入る場合の話。
 小柄な相手といえど、二人は少々厳しいものがある。

「うー、流石に狭かったか」

 とかいいつつ、無理やり膝の上に乗ってくる。
 体を恥ずかしがりタオルで巻いているのとは対照的に、素っ裸でも気にしないのが早苗には羨ましかった。

「ほらほら、せっかくのはだかの付き合いなんだからさぁ」

 伸ばしきれず少しだけ曲げている足にかかる体重が心地よい。
 つるつるとその脛の上を指が踊り、くすぐったさを覚える。
 ずーっと前から悪夢を見続けて、自分でも何が何だか分からないということを話すのは、きっと気持ちいいだろう、けど。
 けれど、やはり話す気にはなれないのだ。 
 俯く早苗。
 その姿に風子は一つため息を吐いて、つらつらと語りだした。

「おし、早苗が話さないなら私から話す。あい……えっと、姉と仲が悪い事は知ってるよね? 
 なんでかってことなんだけど、昔さ、あいつ、友達連れてきたんだ。
 名前は忘れたけど、なんか銀髪でカッコよくて、とにかく仲が良さそうで、私はお姉ちゃんを取られる、と思って、なんと、殴りかかっちゃったんだ」

 初耳だ。突拍子もない話で、咄嗟に言葉が出てこなかった。
 それなりに長い付き合いなのだけれども、こんなにまで悲嘆、怨嗟、悲愁を含んだ風子の表情は初めて見るものだった。

「その時の友達は、別にその事が原因じゃないけど、さっさと死んじゃったんだよね。病気だって。
 たぶん、そのことで、取り返しのつかないそのことで、今も私を恨んでいるんだ」

 心の底から沸き出るような声で姉への申し訳なさを物語っている。
 怨みの念だとかを口にすることが多いけれども、ただどうしようもないすれ違いの中に居るのだということが早苗にはわかった。

「うん、なんか気分悪くなってきちゃった。ほらほら、早苗、話してよ」

 振られた言葉に沈黙する。ぽりぽりと頬を掻く。
 はたして、話して信じてもらえるようなことなのか。
 同じ夢を見続けていて、知らない誰かと知らない自分がいる、だなんて。
 
 むにゅ。

 胸に妙な感触がした。
 風子が脇の下から手を通してきて、タオル越しに鷲掴みにされているのだった。

「話さないなら、このままこのけしからんこれをきゅっとしてドカーンだよ。じゅー、きゅー」

 カウントダウンを始めた風子に、早苗は改めて思った。無邪気で可愛く、そして何よりも、とても良い友達を持った。
 でも、いや、だからこそ、話せない。友達という存在に規定されている何かが、助ける手を阻害しているように感じた。

「よーん、さーん、にーい」

 代わりに、先のコンビニで感じた違和感を相談することにする。かけられた手を外し、その上から肩を抱いて、世界の違和をつらつらと語った。
 ただ歩いているだけで、自分が自分でないような、無意識の存在感が否定されていく違和感だ。
 つらつらと話しているうちに、無意識に華奢な体を抱き締めていた。抱きしめると言うことは、形だけを見れば本来母が子を癒すためにやることだ。だというのに、何故だか自らの心も癒されていくようだ。触れた肩は、吸い付くような心地よさだ。温かさを感じながら話し終えると、風子はしばらく真剣にうなり、やがて言った。


「ごめん、のぼせそう」

 湯船の淵に力を込め、立ち上がる。持ってきた自分用の泡立てタオルに石鹸を埋める。
 早苗は手をこすり合わせ、手持ち無沙汰になった腕を軽く組んだ。

「現実と非現実の境ってこと? 私には、ちょっとわからないよ。でもすっごい不安だということは分かる」

 脇の下を泡に包みながら言う。

「あ、早苗、背中流してあげるよ」

 いわれるままに立ち上がり、風呂の床にマット越しに座る。泡立てタオルの心地よい感触があった。

「いわゆるピーターパンシンドロームってやつなら、私にもよーくよく分かるんだけどねぇ」

 そうじゃない、そういうことじゃない。その声は、声なき叫びとして消えていく。
 あとはお互い無言で体を洗い、二人は風呂から上がった。

 風子はタオルだけで十分乾かせるらしい。
 

 のんびりしている暇も無いが、ドライヤーを使い髪を乾かす。長い髪はこういうときに不便だ。
 いっそのこと風子のようにしてしまおうかと早苗は化粧をしながら考えていた。
 もうそろそろ家をでないと大学まで走る羽目になる時間だった。

「今日は早めに家を出て大学に行くから、よろしく」
「おうさ。んじゃまた夜にね」

 シュークリームにかぶりついている風子。甘党の彼女は、朝からスイーツがないと始まらないと嘯くのだ。
 何度も泊まり泊まられを繰り返しているので、それらについては阿吽の呼吸だ。

 食事を済まして、各々朝の支度の総仕上げを始める。大学まで行くバッグの備品の確認であったり、家に戻って遊びに出るための準備であったりと、それぞれだ。
 といっても夜はまたこの場所で、今度は四人で集まって飲むことになっているので、ほんの少しのお別れでしかない。

「行ってきます」
「お邪魔しました」

 んじゃね、と階下で別れ、風子は自分の家へと、早苗は大学へと向かった。




 京都駅から歩いて十分ほど、大きな寺に隣接して早苗の大学はあった。
 門をくぐり、一路研究室に向かう早苗。

 今回大学に来た理由は、教授に卒業論文の参考文献を紹介してもらうためだ。
 冬休みで人がまばらなキャンパスの中を、ゆっくり踏みしめるように歩いていく。
 ここに通うのも、そう長くはないかもしれない、早苗は二、三度味わうように深呼吸をしてから、研究室のある建物へと入っていった。

 研究室は、酷く散らかっていた。
 大量の本棚にも入りきらずに押し出されている大量の分厚い本が、床で死体のように積み重なっているのだ。野晒しの死体は机ぎわに無理やり寄せられており、中央においてあるデスクのみ機能するようにという涙ぐましい努力がなされている。

「やあ、来たかね、守矢君」

 初対面の人間に職業を聞かれることが無さそうな、レンズが大きい眼鏡と白髪。といっても歳を深く重ねているわけでもない彼の目には、雄雄しい好奇心が宿っていた。

「わざわざ忙しい中ありがとうございます。林教授」

 早苗は教授に軽く頭を下げた。

「大丈夫大丈夫。守矢は真面目だね。他の連中ときたら、卒論のテーマを私に決めてくれ、参考文献? 適当でいいよ、適当にぶん取っていくからなんて抜かすからな、ハハハ」
 
 林教授は笑って、早苗はそれに愛想笑いを返した。
 ただし、早苗は特段真面目なわけではなく、就職活動から逃げて、ずっと大学生でいられる卒論に熱中しようとしているだけなのだ。愛想笑いも、どこか苦笑いを含んでいる。

「とりあえず、これが本のリストだ。一応大体はこの研究室と図書館で揃うが、何度も読み返すために古本屋で買うことを勧めるよ。
 あー、ただ、これとこれとこれはもう間違いなく手に入らない貴重な物なんだ。その辺にあるな……よっこらせっと、お、あったあった。この本は著者が凄く過激でなぁ。
 建御名方とミシャクジを統合する洩矢は友人関係だったからどうの、なんて言ってたりもする。その辺は読み飛ばして構わんがな。あ、そして二冊目。見つけたぞ。これはな……」

 教授の話は一時間近くに及んだ。早苗は熱心にそれを聞いていた。
 見据えたくない現実から逃げるように、自らを第二の現実へと融け込ませて行く。
 


 冬の早い陽が橙色を示し始めた頃、早苗はまだ京都駅に居た。
 人通りは多いけれども、さしたる観光名所もない場所で、駅前のビルぐらいにしか見るべき場所もない。
 しかし、本屋や飲食店、洋服屋などを探すのには然程苦労しない場所でもある。要するに中途半端な場所なのだ。
 きちんと探すのであれば四条へと出向けばいいし、わざわざここで何かを探す必要性というのは、実はあまりない。
 分厚い本を購入した早苗は、それを紙袋にぶら下げてぶらぶら歩いていた。アクセサリーも洋服も、ピンと来るものはなかった。
 しかしこのまま帰るのも癪だからと、早苗は百貨店の洋菓子コーナーへと出向くことにした。バレンタインデーの近い時期は、珍しいチョコレートが顔を揃えるのだ。
 けれども案の定と言うべきか、同じ考えの女性が行列をなしていて辟易してしまった。
 仕方がない、このまま帰るかと踵を返そうとすると、後ろから声がかかる。
 
「お、早苗じゃん」

 風子が手をブンブンと振っていた。
 わざと、空気が読めないフリをして彼女の隣へと割り込む。
 後ろに並んでいた人間が少し眉を顰めたが、見えないフリをする。

「凄い偶然ねー。今帰り?」
「うん、本当。教授の話、凄く長かったわ。もうクタクタ」

 あはは、と笑って風子は前を向き直した。
 客ハケは良く、早苗が割り込んだときは前に四、五人いたのが、既に一人だけだった。
 適当に美味しそうなものを見繕って、二人はビルを出た。 

「どっか喫茶店でも入らない?」
「んじゃそこで」

 早苗の提案に対して、風子はチェーン店を指差した。
 了承して、コーヒーとサンドイッチを注文して席へとつく。
 風子はコーヒーが飲めないので、もっぱら紅茶派だった。

「でさ、早苗もさー、好きな人っているの?」
「も……って、まさか」
「いやー実はね、何と言うかさ、ほら、凄くカッコいい人がいて、ずっと前から気になってたんだよね」
 
 世間話の最中の唐突なカミングアウトに、早苗は呆気に取られた声を出してしまった。
 風子は頬を赤らめてもじもじとしている。

「良かった、その反応だと隠しきれてたみたいだね」
「いや……相談してくれれば良かったのに」
「あはは、それもそうなんだけどね」

 一旦息を継いでから、一気に話しだす。
 早苗のカバンを持つ手に、力が入った。

「いやー、カッコよくてさ、そんで優しくて、ちょっと強引なところもあってわがままで。
 でも天真爛漫でその、努力家でさ……。髪の毛赤茶に染めてて、そうそう、バンドもやってるんだって! 
 四条のライブハウスでも今度やるからって、チケットもらってさ」
「そ、そうなんだ」
「うん。こないだCDもらっちゃったけどすっごいよくて」

 早苗は相槌を打つので精一杯だった。
 コーヒーの熱も逃げていき、サンドイッチも二口三口齧ったところでそれ以上は口がつけられていないままだ。

「ん、どうしたの早苗? そんなにショックだった? ごめんね、相談しなくてさ。どうも恥ずかしくて」
「ううん。なんでもない。そか、風子好きな人できたんだ」
「そうそう、Finerainっていうバンドやってて、今度Witchdollっていうバンドと対バンするんだって言ってた。風子も一緒にバンドやってみないかー、なんて!
 でもお姉ちゃんって私にそういうところは危ないから行くなって言うしね……。ほんとやになっちゃう」

 とうとうと語る風子のことが、早苗はたまらなく羨ましかった。



 宴もたけなわが過ぎた。
 風子は開始一時間の時点で寝てしまって起きる気配はなかった。
 普段は自分のペースを守って飲むはずの彼女が真っ先に倒れるとは思わなかったけれど、どうやら早苗に秘め事を打ち明けたことによって安心してしまったらしい。

「もっと飲めよぉ」
「あんたが飲みすぎなんだってば」
「なにをぉ!」
 
 しなだれかかってきた女性を引き剥がして、早苗は大きくため息を吐いた。
 執拗に絡んでいるのは、熊田有希という長身の女性だった。やはり彼女もまた早苗とは違う学部で、通っているキャンパスも一年二年に通っていたキャンパスだった。
 運動が得意でハキハキとした爽やかな女性なのだが、酒癖が悪いのと気が強いせいか男性との縁はまったくといっていいほどない。
 本人は白馬の王子様に憧れているらしく、恋愛小説を持ち歩いている一面もあるのだけれど、それが叶う日は遠そうだった。
 この日イライラしていた理由も、バレンタインが近づいて、街中誰しもが浮ついている雰囲気だったからなのだろう。痛飲した挙句、こうして早苗に絡んでいる。

 もう一人は八里絵里子。法律を専攻している才媛で、彼女一人だけが別の大学に通っている。非常に線が細く、常に体調が優れず顔色も悪い。
 しかし彼女は、大学生活の傍らに執筆活動もしており、八梨智恵子名義で恋愛小説の出版もしていて受賞している。
 しかし人前には出たがらず、彼女が小説家であることを知っているのは極少数に限られているんだとか。
 顔出しの取材には決して応じず、編集しか顔を知らないとまで言われる仮面作家。
 ネット上ではその正体を探るスレッドも立っているらしいけれども、本人は「面倒だから出ないだけで隠しているわけじゃない」とため息を吐いていた。
 風子とは家族ぐるみで付き合いがあるらしく、その繋がりで早苗とも仲良くなった。
 オカルトにも詳しいらしく、時折妖しげな黒魔術の本だとかを持ってきて三人をドン引きさせるのが得意だったが、この中では一番理知的だった。

「……」

 絵里子も、今日は飲むペースが異常に早かった。何か嫌なことでもあったのだろうか。早苗が表情を覗きみても、強張っていて表情が優れなかった。
 最近スランプ気味だと言っていたから、そのせいなのかもしれない。傍らには缶ビールが山のように転がってる。
 普段からよく飲むほうではあったけれども。きっと何か聞いて欲しいことがあるのだろう。
 その意思表示としてよく飲み、口を上手く回すために酒を飲んでいるのだ。
 長年の付き合いから早苗はそう判断したが、その前に自分の懸念を二人には話しておきたかった。

「あのさー、相談があるんだけど」
「何々? オラ、恋!? 恋なのかァ!?」
「……そういう話は、あんま聞きたくないんだけどね」
「ううん、違う。夢の話。ちょっとニヶ月くらいずーっと同じ夢を見てて」

 二人は興味を惹かれたのか耳を傾け始めた。
 部屋に、ビールの泡が弾ける音が聞こえるほどの沈黙が訪れる。
 秒針が一周する。
 絵里子は興味深そうに見つめている。有希はビールをコップについだ。
 早苗が続ける。

「なんかね、夢のなかの私は、腋の開いた妙な巫女服みたいなのを着てて、髪が真緑で、それで神社っぽい場所を箒で掃除してるの。
 おかしいよね、私巫女服なんて着た事無いのに」

 絵里子はどう相槌を打っていいかわからないのか、ふんふんと頷いている。有希は静かにビールをもう一回呷る。

「んで、やけにリアルで、ほら、普通の夢って起きたらすぐ忘れちゃうよね? 
 でも、今もずーっと、鮮明に覚えてて、目をつぶれば思い出せるほどで……それで、霊夢って名前っぽい、同じく腋の開いた巫女っぽい格好の人とか、魔女っぽい格好をした、魔理沙って名前っぽい魔女の格好をした人が、空を飛んで神社の境内に降り立つの」

 絵里子は何かの暗示かしら、と顎に手を当てて考え始めた。有希はビールをもう一回口に含み、言葉を選んでいる。

「で、その人達に話しかけて、私は楽しげに談笑してるの。しかもね、私の友達じゃなくって、その人たちみーんな、全く知らない人たちなの。それなのに楽しく談笑しながら、掃除を終えると、また見知らぬ、今度は変なしめ縄背負った女性と、目玉付きの帽子を被った女の子がいるの」

 有希は目玉付きの帽子って何さ、笑いながら聞いた。
 絵里子は「そんなにハッキリと記憶に残るだなんて、不可思議ね」と呟いている。

「それで、その人達に、掃除を終えましたよ、って笑いながら駆け寄るの。その二人は、それを聞いて静かに微笑むの。いつも必ず、そこで目が覚める。一回だけならまだしも、これだけ毎日続くともう不気味通り越して怖くて……」

 話し終えて、早苗は前を向くと、風子もいつのまにか目を覚ましていたのか二人の間から顔を出していた。三人共が、心配そうに早苗を見つめていた。

「二ヶ月は怖いね……全く、そういう時はしっかり相談してよ。って、私が言えたことじゃないか」

 風子とてへへ、と笑って続ける。

「怖かったね、早苗。多分それ、すっごく怖いよ。自分が自分で無くなっている夢なんだから。多分、私たちに相談したから、もう大丈夫だよ、きっと。無責任だけどさ」

 続いて絵里子が口を開いた。

「何かしらね……。ちょっと夢に関する書籍を漁ってみるわ。安心して。きっと悪いようにはならないから」

 有希は先ほどまでイライラしていたのも忘れたように、神妙な顔つきになっていた。

「オイ、早苗大丈夫なのか? なんかあるのかも……健康診断とか、ちゃんと受けてる? ほら、手がひしゃげる夢みたら手癌だったとか言うじゃん」

 手癌って何よと風子がツッコミを入れて、間違えたんだよと有希は顔を赤くした。
 酒のせいで真っ赤な茹蛸のようになった有希をくすくすと絵里子が笑う。三人共が早苗を気遣って心配してくれることに、早苗はなぜだろうか、酷く安心した。
 なんとなく自分の中にあった浮遊感のようなものも、無くなったように思えた。
 自分の場所を見つけたというか、この場所にしっかりと根を張れたという安心感。
 安心すると急に、眠気が襲ってきたのだった。

「早苗、寝る?」
「寝たほうがいい寝たほうがいい。何、風子は起きたばっかりだし大丈夫だろうし、絵里子が酔い潰れたら私が世話しとくからさ」
「絡まれるほうがよっぽど面倒よ」
「たはは」

 ケラケラ笑う風子と、漫才をしはじめた有希と絵里子。早苗は、この三人と出会えてよかったと改めて思いつつ、酔いが回りきった身体を横たえた。一度だけ大きくあくびをして、小さな寝息を立てる。その日、珍しく夢は見なかった。



 絵里子はあの後すぐに帰ったらしい。気になることができたからだそうだ。
 有希は後片付けをして家で寝ると言って帰っていった。六畳一間で三人は少しばかり窮屈だからいつものことだった。そして風子はその日も、早苗の家に泊まっていった。
 あの話を聞いたあとに、一人にさせておくのは心配だったから、だそうな。幸いうなされることもなかったので、いつのまにか寝入っていたらしい。早苗が目を覚ますと、おなかを出して寝ている風子が真っ先に目に入った。
  
「じゃあ、夢は見なかったの?」
「うん」

 安心するように胸をなでおろす風子。

「じゃあ、きっと相談したのが良かったんだ」
「そうだと思う。ありがと」
「困ったときは、お互い様だよっ」

 風子が帰ってから、早苗はまた一人になった。
 浮遊感はもうなかったけれども、またいつそれが蘇るのかがわからない。
 けれども、胸騒ぎがするのだ。ドキン、ドキンという心臓の拍動が収まらない。
 
 居てもたってもいられなくなった早苗は、手に入れた参考文献をバッグへと詰め込み、近所の喫茶店−セイレーン−へと来ていた。
 二十も半ばほどの妙齢の女性が営んでいる、小さな喫茶店。
 自宅でのレポートが煮詰まったとき。また公私ともに落ち込んでいたときにはよくお世話になっていたため、マスターともすっかり顔なじみだった。

「おはようございます」
「早いのね」
「大学生ですから」
「それって返答になっているのかしら」

 柔らかく微笑むマスターに会釈をして、端っこのテーブル席へと座った。
 客が居ないときにはなるべくここに座るようにしている、お気に入りの席なのだ。
 
「今日はマスター一人なんですか?」
「ええ、二人とも今日は非番よ」
「そうなんですか」
 
 ドジな金髪のバイトと、背の低い小動物で毒舌なバイトのコンビは眺めているだけで面白いのだけども、今日はその二人を見ることはできないらしい。

「はい、いつもの」
「ありがとうございます」

 運ばれてきたコーヒーに、いつもより一つだけ、角砂糖を多く入れる。そして普段は入れないミルクを入れてスプーンでかき混ぜて、口をつける。
 ほのかな苦味と、カフェオレの甘味が喉を過ぎていく。慣れ親しんだ味に安心しつつ、ノートパソコンを起動させる。

 誰も居ない喫茶店では、カタカタというタイピング音はやけに大きく響いた。
 店内にかかっているBGMはなぜか耳には入ってはこず、コーヒー豆を挽く音もやけに大きく騒がしく聞こえる。
 何かが私を待っている。否、私はここで、誰かを待っているのか。
 この二ヶ月間心を苛んでいた何かの答え、それが見つかるような、根拠も無い予感がしている。
 期待なのか。
 それとも、また別の何かなのか。

 からん、ころん。

「いらっしゃいませー」

 喫茶店の扉が開いた。
 入ってきた黒髪の女性の姿を認めて、目を大きく見開いく。
 ついに、幻想の巫女が、常識に囚われた風祝の元へと辿り着いた。

「ようやく見つけた。あなたが早苗ね」
「……霊夢、さん?」



 からん、ころん。



 二人の少女の邂逅は物語を加速させる。



 ◇



「紫様」
「何かしら?」
 
 紫の真意が藍にはわからなかった。わからないままでも従うのが式の務めであることは明白だが、聞くことを諌められてもいない。よって、通常では決してあり得ない指示。博麗霊夢を外の世界へと向かわせるという指示を出した紫の真意を、藍は問うた。
 そもそも霊夢は幻想郷のバランスの一端を担う存在であり、それを幻想郷の外へと派遣するなど考えられない。妖怪の中では紫の命を受けて外の世界へと出向く者もいるし、また、藍もその一人であった。しかし今回に限ってはその命が、霊夢へと与えられたのだ。

「不満?」
「いえ、私は貴方様の真意が聞きたいのです。なぜわざわざ、霊夢を外の世界へと行かせたのです。博麗の巫女は全てのものに平等でなければならないのでしょう? そもそも博麗霊夢が東風谷早苗にそこまで傾倒していたようにも、私には見えません」

 二柱がプライドを捨てて土下座をしても、霊夢は強硬な態度を崩そうとはしなかった。
 人一人の命に譲歩してしまえば、次から次へと特別扱いを認めなくてはいけなくなる。 
 そもそも、このような事態を引き起こしたのは彼女らの自業自得である。
 なぜ自分が尻拭いをしなくてはいけないのかと、苛立ってすらいた。
 そこに紫が介入して、霊夢が外へ行くことの必要性を説き、渋々霊夢もそれを受け入れることになった。
 しかし、博麗の巫女を外に出すというのは藍の常識からすれば有り得ないことだった。 そこまで重大なことならば、式である自分へと申し付けて欲しかった。

「藍」
 
 まくし立てた藍に対して、紫はただ静かに、しかしそれ以上の発言は許さないという強い口調で諌めた。
 ピクンと九本の尾が揺れる。紫に叱られることは然程珍しいことではない。
 けれども空気が肌を刺してくる。
 目の前がぐらつくような圧迫感が発せられている。
 このように我を貫き通そうとする紫を見るのは初めてのことだった。

「ですが」

 下がりなさい。
 
 囁くように紫は言う。これ以上食い下がれば機嫌を損ねてしまうだろうと、藍は頭を下げて部屋を出た。
 何かを隠していることは明白であるが、果たしてそれは式である自分が入り込めるような問題なのだろうか。
 いいや、こればっかりはもしかすると、親友である西行寺幽々子ですら入り込めない問題ではないだろうか。
 論理と計算で構成された頭の中で、それらを度外視した"女の勘"が告げた。 

「紫様……」
 
 部屋へと一度だけ向き返り、未練を断ち切るようにして再度踵を返す。
 霊夢は外の世界で何を見るのか。紫様の真意は。
 そして、風祝が倒れてからにわかに騒がしく動き始めた、妖怪の山の天狗たち。
 わからないこと、そして考えなければなないことは山ほどあった。
 主の態度は確かに気になるものの、目の前の問題は急を要する物もまた、数多くあるのだから。

 からん、ころん。

 足音が部屋から離れていく。
 双子はいつまでも、一緒には居られない。どんなに仲が良くても、同じ顔をしていても、それぞれ違うパートナーを見つけて、惹かれていく。
 子供はいつまでも、子供のままでは居られない。歩き始めるためには、その道の先で得る大切な何かと同じぐらい大事なものを、置いていかなければならないのだ。
 
 紫が思索に拭ける部屋は、天井と壁に星々が映し出されている。
 時間と共に動いているそれを、紫は慈しむように、そしてまどろむようにして眺めていた。
 いつまでもいつまでも、眺めていた。



 ◇



 夢を、見ていたんです。

 見慣れない煉瓦作りの建物。私服の学生とおぼしき誰かが黒板をせっせと板書して、あくびして、携帯電話をいじっていて。
 高校生までの自分では知り得るはずのない、夢。
 けれど、私はそこに居た。
 当時知っていたよりも派手な化粧をしていて、生あくびをして、知らない誰かと笑っていて。 
 缶チューハイがたくさん転がってる、小さなアパート。そういえば、缶チューハイを飲むのが高校生ぐらいの私の夢だったっけ。
 コンビニに行けばいくらでも売っているけれど、お酒から縁が遠かった私にとっては魔法の飲み物にも思えたんだった。
 幻想郷には、缶チューハイなんて売ってないもの。

 うなされていた早苗の様子には狼狽したが、鈴仙ができることというのは脈を計り、汗を拭き、永琳からの許可を得て鎮静剤を打つことぐらいだった。
 薬が効いたのだろう。ようやく落ち着いた早苗に安心しつつも、これが続いていくならば体力が落ちるのも相応に早いだろう。
 現に、目を覚ました早苗は弱々しく、息をするのも苦しそうにしていた。

「夢を見ていたんです」

 今の早苗は触れたら壊れてしまいそうだ。
 いや、触れることすらかなわないのではと思えてしまうほど、希薄な雰囲気を纏っていた。
 しかし汗を拭かなければ体に障ってしまう。
 鈴仙は早苗の衣服を脱がし、人肌よりちょっと熱いお湯を絞った手拭いで珠のような汗を拭う。
 早苗の肌は美しかった。幻想的ですらあった。
 窓が汲み取る月の灯りが、青白い肌を艶かしく闇に浮き上がらせ、同性である鈴仙すら一瞬見惚れてしまうほどだった。
 病的な青白い肌が美しいとされた時代があったことを想起させる魅惑的な肢体であった。 
 しかしこの美しさは、死を迎える蝋燭の最後の瞬きなのだ。
 医術の徒として、打てる手は全て打たなくてはならない。
 鈴仙は口元を強く縛って、服を着せなおした。
 早苗が、ゆっくりと口を開く。

「私は普通の大学生をしてたんですよ」

 大学生という存在については想像の域を出なかった。
 しかし、早苗がそのことを安心したように話すのを見て、それが外の世界での当たり前の成長なのだろうなとは推測できた。
 吶々と語られていく。

「仲の良い友達が、三人」

 三人の風貌は誰かを彷彿とさせる。
 話の内容が現実味を帯びていても、それは早苗の作りだした夢幻のように思えた。

「みんな私を呼んでいました。呼んでいました。呼んでいたのに、みんなの口の形が三つの音を呼んでいるのに、私にはその名前が分からない」

 頭を抱えるように、未だその名を呼ぶのが聞こえるのか、早苗は耳をふさいだ。

「なんで今更こんな夢を見るのでしょう。私は自分の意志でこっちに来た。なのにそれを否定する私がいる。ううん、思い出した。寝ている間はいつもそう。ずっとこの世界を否定し続けてきた」

 私はいったい誰なんでしょう?
 落とされた言葉の雫に、心の波紋が広がっていく。

「私は、早苗は、早苗だと思う」

 鈴仙の言葉は溶けるように空気へ沁み入っていった。
 涙を堪えているのか、早苗の頬は固く引き攣っている。

「誰がなんと言おうが、ここに居るよ。幻想郷の東風谷早苗だよ」
「嬉しい、です。私このまま、消えちゃうんじゃないかって不安なんです。怖いです。恐ろしいんです。このまま目が覚めなかったらだとか、消えちゃって、みんなから忘れ去られたらどうしようって。おかしいですよね。なんで私こんなことを考えるんだろう」

 搾り出すような言葉に、鈴仙は俯いて言葉を探した。
 悪寒に震える体を、早苗は自らの腕で強く強く抱きしめる。
 
「ごめんなさい」

 私のせいで、と言い切る前に、鈴仙は早苗を抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫だから。私が絶対なんとかする、約束する」
「鈴仙さん……」
「私は、無力なんかじゃない」

 自分へと言い聞かせる言葉だった。
 本当は不安でたまらず、少しでも気を抜いたら言葉が震えてしまいそうで。
 だから鈴仙は、精一杯強がって笑ってみせた。

「大丈夫、だって。安心して。不安がってたら体にも悪いよ。少し寝たほうがいいんじゃない? 体、だるいでしょ」

 こんなことになるのなら他人の騙し方くらいてゐに教わっておけば良かった。
 いつでも後悔まみれだ。

「そう、ですね。お言葉に甘えて、少し休もうと思います。少し、疲れてしまいました」

 でも、早苗は弱々しく笑ったのだ。
 心にぽっかりと大きな穴が開く。夏の風がとても冷たく穴の内側を撫でていった。

 横になった早苗は、すぐに寝息を立て始めた。
 鈴仙はそれをしばらく眺めてから、病室を出た。

 からん、ころん。

 いつ付けられたのか病室のドアには小さな神楽鈴が付いていた。
 紐には博麗神社の文字と、勇気を与えるいくつかの寄せ書きが見てとれた。
 その言葉たちがどうしてか自分に向けられているように思い、頼りなかった細い二本の足は勇まずにいられなかった。



 ◇



 夏といえども、幽霊の多く存在する白玉楼は暑さからは無縁だった。
 剪定のなされた見事な庭を一瞥して、藍は幽々子の元へと急いでいた。
 紫の意図は、明らかに私情に偏りすぎている。紫の意図がわからないことは日常茶飯事ではあったが、それは高度すぎて理解が追いつかないか、意味がないことに全力を尽くしているかのどちらかで、今回はそのどちらとも違った。
 紫は、何らかの事情があって東風谷早苗に肩入れをし、天狗たちとの摩擦も辞さないと言っているのだ。
 人の一人ぐらい、さっさと殺しておけば良い。幻想郷全体からすればそれが一番平和的な解決法である。早苗が死んでしまえば二柱も諦めがつくだろうし、二柱を担ぐ天狗が力を持つかもしれないが、それも一時的なものだろう。
 何しろ、敏感にその動きを察知して動いている勢力はいくらでもあるのだ。
 平和を維持するために足を引っ張り合う構造の幻想郷で、中立の立場を貫く博麗の巫女が特定の者に肩入れをし、賢者である紫までもが関わっていることが公になれば大問題だ。
 ここぞとばかりに不満を叫びだす連中も居るだろう。
 藍はそのことが心配で白玉楼へと来ていたのだった。

 奥の間へと通された藍は、出されたお茶や茶菓子には手を付けずに幽々子を待っていた。
 主と親交の深い彼女ならば、あるいは何らかのヒントを得られるかもしれないと思ってのことだった。
 ほどなくして現れた彼女にお茶を勧められて、一口啜る。表情を覗うと相変わらず腹の底を見せないような微笑を湛えている。

「幽々子様」
「何かしら? 羊羹もどうぞ。妖夢が作ったのよ」
「頂きます。紫様のことなのですが」
「紫のこと? 何かしらぁ」
「なぜあの人は、東風谷早苗に執心するのですか。合理的ではありません」
「あー」

 羊羹いただき、と幽々子は爪楊枝を刺して口へと運ぶ。

「私には、紫様が何を考えてらっしゃるのかわかりません」
「そんなの、私にだってわからないわよ」
「えっ……」
 
 思わず絶句した藍に対して、幽々子はもう一つ羊羹を口に運ぶ。

「でも、私は紫のことを信じているわ。あなたは信じていないの?」
「信じて、いますよ。紫様は私にとって、唯一無二の主です。疑うなんて、そんな」
「うーん。そこよねぇ」
「はい?」

 とん、とん、と幽々子が机を指で叩く。
 からん、ころん、と風鈴が鳴る。

「主ってところよ。紫は幻想郷の管理人で、妖怪の賢者だけど、それ以前に寂しがり屋の女の子なんだから」
「は……」
「怒られたんでしょ」
「はい……」

 藍の尻尾が垂れる。

「それはあれよ。癇癪起こしただけなのよ。可愛い」
「か、可愛いって紫様がですか」
「可愛いわよぉ。あの子ったら甘えるのが苦手だから。ようむー」
「はいただいま!」
「頭撫でて頂戴」
「えっ……」
「妖夢に撫でて欲しいのよー」
「まぁいいんですけど……。あの、見てらっしゃいますから」
「いいのー」
「で、では失礼します」

 開け放たれた障子戸から、夏の爽やかな風が吹き込んで、藍の尻尾を撫でていく。
 目の前ではいい年の亡霊嬢が、明らかに子供の体格の庭師に頭を撫でられて目を細める。
 よくわからないけれど、全てが終わったときには、紫の頭を撫でてみようと誓った藍であった。
 幻想郷の長い一日は、まだ終わりを見せようとはしない。



 ◆



 巫女は一体誰の趣味なのか、ホットパンツにレギンスを合わせてのムートンブーツ。
 底冷えする京都の冬のために、羽毛のたっぷり詰まったジャケットを着せられていた。
 着せられていたというのは、とにかく彼女にはそれが絶望的なまでに合っていないのだ。

 それだけ、博麗霊夢の本質は巫女だった。どれだけ彼女を外の世界で塗り潰そうとしても、幻想の者だった。

「やっと見つけた」
 
 幻想の巫女は早苗の前の席へと腰掛けると、真っ直ぐに目を見据えて言い放った。
 先ほど、自然と口を突いて出た霊夢という名前に自身は覚えがなくとも、それが彼女の名であることは反応でよくわかった。
 早苗は机の上に置きっぱなしの本を撫でた。
 霊夢は頬杖をつき、つまらなさそうに早苗を見ている。

「私なら、あんたを悪夢から解放してやれる」

 妙に自信の篭った言葉だったが、早苗はそれに何も言えずにいた。

 かち、こち。

 時計の音がやけに五月蝿い。それでも二人はそのままで居た。

「コーヒーはいかがかしら」
「ありがとう」

 注文をしていないとマスターのほうへと向くと、口元にそっと指が当てられる。
 こちらの事情を慮ってくれているのだろう。その気遣いが早苗にはありがたかった。
 その夢の中で出会った女の子と、目の前に居る――霊夢という少女は、どこか似ている気がする。
 しかし、突拍子もなく現れた人間を簡単に信用するほど、早苗も愚かではなかった。

「常識的に考えてくださいよ。言ってることがめちゃくちゃです」
「何……?」

 ピクりと霊夢の眉が上がる。

「いきなり現れて信用しろって言われても、できるわけがないです。
 そもそも私はあなたと会うのは初めてですし、私が最近変な夢を見てるっていうのも、友達にしか、話してないし……」
「あーはいはい、ぶっちゃけね、私はあんたがどうこうなんて、どーでもいいの。
 私はね、知り合いの東風谷早苗ってのを助けてこいって言われた、いわば被害者なのよ。
 誰がわざわざこんなところに来たがるもんですか! 大体ねぇ、自業自得なのよあんたも」

 自業自得。
 変な夢を見るのに業もそうでないのも、あるもんか。
 
「自業自得って、私これでも悩んでるんですよ!? それを突然現れたあなたに自業自得だなんて言われても全然納得いかないです!」
「だから納得しろなんて言ってないの。私はさっさと帰りたい、あんたは悩みも解決。万事解決じゃない。何を悩むところがあるかさーっぱりわからないわ!」

 まさに、売り言葉に買い言葉である。
 こんな傍若無人な物言いをする人間には、二十年ほど生きてきて初めて会ったと早苗もいきり立つ。

「これでもナイーブな悩みなんです! それをよく知らない人にけっちょんけっちょんに言われて、はいそうです、って頷けるほど私は性格良くないですよ?!
 怒るときは怒るし、食べるときは食べるし甘いものが食べたいです、マスターケーキ!」
「こっちにも何か甘いものを!」

 ケーキを二人の前へと置かれると、フォークを乱暴に突き刺してむしゃむしゃと食べ始めた。
 いつのまにかそれはどちらが先に食べ終えるのかの勝負になっていて、同時に口に詰め込んで同時に珈琲で流し込んで、肩で息をした。

「なかなかやりますね……」
「やるじゃない……」

 戦いの中で奇妙な友情が生まれた二人。
 あるいはお互いが歩み寄る機会を探していただけかもしれないが。

「素直じゃないわねぇ」

 一人カウンターから様子を眺めていたマスターは、目の前で繰り広げられたやり取りがバイトの二人のようだったと頬を綻ばせる。

「で、信じていいんですか?」
「任せなさい」

 二人にそれ以上の言葉は要らなかった。
 早苗は頷いて、荷物をバッグへと乱暴に詰め込んだ。
 もはや、一刻が惜しい。

「で、どこに行くんですか」
「ん、あんたの実家だってさ。そこに行けとしか私も言われてないのよ」

 ケーキセットを追加注文しようとする霊夢の発言は、早苗がレジへ向かったことによって妨害された。
 頬を膨らませて抗議するが、無駄だった。

「今から行けば日が高いうちに戻れますから、急ぎましょう」
「うーむ」
「名残惜しそうな目をしない!」

 一体全体こいつはなんなんだ。
 マイペースで、無茶苦茶で、でも。
 
 なぜか、安心してしまうのだ。

 からん、ころん。

 扉が開く音がする。



 ◇



 来ると分かっていたから、待ち構えているしかなかった。
 不安は伝染するものだ。先頭に立つ者は毅然とし、ふり返るときは常に自信に満ちた顔で無くてはならない。これもまた彼女なりの自論であった。

 さっきまで人肌ほどのぬくもりが残っていた緑茶は、だいぶ冷めてしまっていた。
 軽く口に含む。湿り気と独特の苦みが、心身に落ち着きを与える。

 ほとんど暗闇同然の一室で、師弟が初めて対峙をする。

「師匠はどう思いますか」

 訊くそれは、言うならばバランス悪く積み重ねられた積み木であった。
 もしそれが本当に積み木ならば直すのは簡単。一回崩して正しく積みなおせばいいだけの話だ。
 だが永琳の前に立ちはだかるのはいつも意思のある生命だった。
 生き物は、中でもとくに言葉を持った者たちは、一筋縄ではいかない。説明書もなければ完成図もない。解法はただ一つの超難問。

 極めて冷静に努めているつもりではあったが、心電図でも測られたらきっとバレてしまうだろう。
 苦手だったのだ。人の人生を左右する瞬間が。末路まで必ず見えてしまう身体故に。

「そうね。私は天狗に任せるべきだと思うわ」

 曖昧な言葉は要らない。きっぱりと言い切った。

「事情は、どこまで?」
「記者さんを買収して大まかには」
「博麗の巫女が外に向かったというのも?」
「ええ。聞いてるわ」

 情報を流している記者が誰であるかは訊かなくとも分かっていた。
 永琳がてゐを使って自分の周りを見張っていることも、鈴仙はとっくに気が付いていた。

「貴方はどうするの、優曇華?」

 法廷に立つ。さあ、自白せよ。
 重圧がかのような幻影を瞼の裏に見せる。
 滝つぼめがけて崖から飛び降りるかのように、鈴仙は深く息を吸った。

「私は彼女を守ります。人間である、東風谷早苗を」

 すべてひっくるめて早苗だから。過去も現在も、そして未来も。

「たぶんこれは私の我儘です。エゴです」

 早苗は今の関係を壊したくないと思っていた。

「彼女たちは自分たちの関係を家族と言いました。けれど、私にはどうも違うように映ったのです」

 文句を言えない子供がいた。
 現代に居たかった。まだ遊んでいたかった。けれど自分は巫女だから。神に仕える使命があるから。

 叱ることのできない親がいた。
 無茶をして心配をかけても厳しい叱責が飛ぶことはなくなった。どこか気を遣いながら、大丈夫、と優しげな声がかかる。
 嬉しいけれど、怒られなくて安心したけれど、心には常にしこりがしつこく居座っていた。

 彼女たちはこの関係を"家族"と呼んだ。
 言葉は望みだ。

「もう一度やり直すチャンスがあっていいと思うんです。一人の人間と二柱の神様に。こんな身で、おこがましいですけれど」

 願望だ。やり直すことのできない、取り返しのつかない失敗などしと信じたいのだ。
 それになんだか、と鈴仙は続ける。

「私が戦うように仕組まれている気がするのです。なるべくしてなった。そんな気がするのです」

 正面から弟子の姿を捉えるのは久しぶりだった。
 永琳にとって鈴仙は常に横か後ろにいる存在だった。

 いつのまにか、立派になって――。

 月から逃げてきた頃、彼女はいつも誰かを怖がっていた。
 背筋を丸め、腰をひき、声をかける度に怯えたように肩を揺らす。疑るような目を向ける。消え入りそうな声で話す。逃げるように立ち去る。
 今、目の前にいるのはあのときとまったく同じ姿をした、別人だった。

「鈴仙・優曇華院・イナバ。あなたは破門よ」

 仕方がないのだ。天狗との争いになった時分、永遠亭が勝つのは決まっている。
 その一方で天狗は力のある妖怪だ。被害は少なくないだろう。失うものに限っては計算不可能だ。幻想郷のバランスだって崩しかねない。
 一羽の月から来た兎を、地上でも咎人にすることは、さすがに過酷がすぎる。情に流された天才にはこの答えが限界だった。

 独りぼっちとなった兎。それでも鼻は凛と立ち、二重の大きな目は真っ直ぐ前を向いていた。
 意志が、魂が、目に見えるオーラとなって彼女の身体を取り巻いていた。

「お世話になりました」

 そこだけ時が止まったかのように、永琳は立ち尽くし、鈴仙はいつまでたっても頭を上げようとはしなかった。



 ◆


 
 東海道新幹線が、京都駅のホームへと轟音を立てながら滑り込んでくる。
 まだ時計は九時を廻ったばかりで、順調ならば昼過ぎには最寄の駅へと着ける計算だった。
 まず向かうは新幹線で名古屋へと。そこから乗り換えてまた二時間ほど揺られてようやく。
 狭苦しい車両間のスペースを抜け、空いていた二人掛け椅子へと腰掛ける。霊夢が窓側で、早苗が通路側である。
 旅は暇だった。
 自然、ぽつぽつと霊夢は早苗へと知らせなければならないことを伝えはじめることになる。

「あなたは昔、風祝っていう……。まぁ巫女さんみたいなものよ。それで神様に仕えていたのよ。その頃は、力が使えたり神様が見えたり喋れたり。蛙みたいな立ち振る舞いの金髪の女の子とか、しめ縄背負った貫禄あるのとか、話したりしなかったかしら?」
「いや……覚えてないですね」

 早苗の言葉に嘘はなかった。そのような記憶は逆立ちしたって自分の中に見当たらない。
 霊夢は小さくため息を吐きつつ、途中早苗に買わせたおにぎりの袋に四苦八苦する。

「難しいと思うけど、多分理解する必要はないのよね。幻想郷の早苗、要するに、あなたの不思議な力の部分だけが幻想郷に来てるのね。
 しかもそれが中途半端な形でこっちにも残ってるせいで、幻想郷の早苗としても外の世界の早苗としても、変なことになってきてるみたいな」
「は、はぁ……げ、幻想郷の私……? 外の世界って、えっと、それが私、ってことですか」
「たぶん。私だって良く知らない」

 早苗はおにぎりの袋を開けてやって、霊夢へと手渡す。

「げんそうきょう、の早苗に無意識の部分を支配されて、そのせいで変な夢を見てる、ってことですか?」

 霊夢はおにぎりに齧り付きながら頷く。早苗はもう一度聞いた。

「つまり……私はどうすればいいんですか、霊夢さん」

 霊夢は、口の回りについた明太子をぺろりと舐めてから、重々しく口を開く。

「未練を断ち切れ、だそうよ」

 詳しいことは私にもわからないのよ、とぼやきながら、もう一口おにぎりを齧る。
 もしかすると、全てのことを把握している者はいないのではないだろうか。
 誰しもが最善を目指して、たった一つの冴えたやり方を探している。

「釈然としませんが、信用はします」

 その言葉に対して、霊夢はおにぎりを突き出すことで応じた。
 味を痛く気に入ったのか、またまた明太子だった。

 早苗自身もおかかおにぎりをパクついていると、ほどなく木琴の穏やかな曲調で、「AMBITIOUSJAPAN!」が流れた。

「まもなく、名古屋、名古屋……」

 乗務員の声が響く。ここ乗り換えて、上諏訪へと向かうのである。

「なんか、そろそろみたいね。私次のでんしゃは寝てるからそのつもりで。なんか慣れない物に乗ったせいで気分悪いのよ」

 腰を自分でとんとんと叩いてから、はぁ、と大きなため息を一つついた後、霊夢は未だ走行中の車内で立ち上がって腰を回した。
 おばあちゃんみたいだな、と思ったが、当然のように口には出さなかった。



 ◇



「頼みたいことがあるんです」

 夜遅くにも関わらず、他人の家の戸を幾度も叩くとはなんと迷惑な奴か。
 無視を続けようかと考えたが、いくら待っても帰る気配はなく、やがて根負けした文は扉を開けた。
 開けた途端に失礼極まりないそいつは、いきなり頭を下げた。二つの耳は重力下とは思えぬ不自然さで水平に真っ直ぐと伸びている。

「決めたんですか」

 顔をあげた鈴仙が力強く頷く。真摯な瞳とぶつかった。
 迷うことなく未来を見据えている者の後ろ襟を引っ張ることができるほど、文も無粋ではなかった。

「そうですか」

 半ば自分を納得させるようにしみじみと頷いて、「できることなら尽力しましょう。このままではつまらないですから」と文は答えた。

 鈴仙の依頼はそこまで難しいものではなかった。
 彼女が考えた作戦にとって大事なことの一つではあるものの、最後の鍵を握るのはあの神社に住まう者たちの思いだろう。

 それにしても。
 一つ一つの説明をしていく鈴仙は、まるで光を見つけた蛾のように一点しか見えていない様子だった。
 そこに昔の自分の影を見たのかもしれない。無意識のうちに言葉が口をついて出た。

「一度、人と関われば、ときに相手を傷つけときに自分が傷つく。誰もがそうです。ただし我々は妖怪です。人は脆い。私たちが思っているよりも、ずっとです。それでも貴方は此方の道を選びますか?」

 鈴仙は黙って頷いた。
 感情を揺るがすまいとする気迫が、逆に強い波長となって彼女の感情を揺らしていた。
 瞳の赤は、消えることの無い意志の炎だ。

「分かりました。もう余計なことは言いません」

 そう言った文の表情はいつになく固いものであった。

 仮にもし鈴仙の提案が成功し早苗が神になることを阻止したとして、それは彼女の生存率を下げるということになる。
 博麗の巫女を信頼していないわけではないが、やや静観している様子の八雲は気になるところだった。

 失敗したときに失われるのは東風谷早苗の存在と鈴仙・優曇華院・イナバの心。
 普段であれば興が乗るリスクの賭けだと思った。
 それを楽しむには少し彼女らに情を傾け過ぎたのかもしれない。

 約束を交わし鈴仙が去った後も、文はしばらく青白い月光に身を浴びせていた。
 澄んだ音で虫が鳴き、柔い音で風が薙ぐ。
 彼女の足音もこれだけ静かならば聞き逃しやしない。

「丸聞こえでしたよ」
「聞こえるように話していたのですから、当然でしょう」

 彼女、犬走椛が草陰から躍りでて、その身を月明かりに晒す。
 銀色の尨毛はまるでそれ自体が光源であるかのように、淡い光を豊かに反射する。

「不審者の侵入を許すなんて。しっかり働いてくださいよ」
「止めたら止めたで約一名、うだうだと文句を言うじゃないですか。客人が来るならば事前に伝えておいてくださいよ。尾行も、それから見逃しも、気が気でないのですから」

 椛は表情を崩すことなく、うんざりした様子で文句を吐いた。
 そこで常ならば起こるはずのしつこい問答が出てこず、辺りを沈黙が包み込んだ。
 椛が神妙な目つきで文を見れば、そこに快活な鴉天狗の少女はなく、ただ年老いた妖怪が疲れた様子でぼうっと夜空を見上げていた。

「どうかしましたか?」
「面倒なことになりそうです」
「またなにかやらかすのですか。勘弁してくださいよ」
「残念ながら賽はすでに投げられました。お前はどうしますか、椛」
「はあ。知ってます? 満月の夜に警護の仕事が入ったのです。せっかく友と月見酒の約束をしていたのに。有給が残っていたら、ぜひとも取りたいです」
「ははっ。お前らしいですねえ」

 本心からの愚痴だったのに、文には乾いた声で笑われた。
 椛は月を見上げ吼えたい衝動に駆られたが、ちょうどよく雲が月を隠し興を削がれると、開いた口を大きな欠伸に変えた。

 からん、ころん。

 山の上から鈴の音が聞こえたかと思うと、強い風が一陣、びょうと山を下っていった。



 ◆



 薄暗い車内で、霊夢はすやすやと寝息を立て、早苗は酔いそうな頭を抱えつつ、教授に勧められていた本を読んていた。
 やがて山道の辺りに入り、ガタガタと車が揺れ始め、早苗がとうとう読書を諦めた頃、霊夢が寝息を立てるのをやめ、薄目を開け始めた。

「霊夢さん、起きましたか」
「え?」

 霊夢は状況が理解できない、と言った顔で周りを見渡す。
 彼女が見渡しているのは山の中の、見わたせば見渡すほど木が見えるような場所だ。

「ずっと寝てましたよ、どんだけ呑気なんですか。今はあなたの財布の中のお金の量を見て、タクシーで直接実家に帰ろうとしているところです」

 それを聞いて霊夢は腑に落ちないと言った顔をした後、早苗に問いかける。

「あなたひょっとして私背負ってこの車に運んだの?」

 早苗はそれを聞き、さも当然そうに、ええ、慣れてますので、と言った。
 それを聞いて霊夢はへー、と相槌のようなそうでないような曖昧な声を返した後、ねぇ、と問いかけた。

「本当に思い出せない?」

 タクシーが山の峠に差し掛かる。タクシーのメーターが、そろそろ一万円を突破しかけている。
 運転手は寡黙で、二人の会話を一切気にすることもなく、騒がしい無線が入ることもない。二人はしばらく静かな沈黙に包まれていた。山の峠もまた山ばかりで、本当の山道のようだった。霊夢は、いつもの自分の飛行速度より早く移り変わる景色を楽しんで、小さな社や獣道を発見しては、幻想郷のようだな、と思っていた。早苗は、懐かしい雰囲気と共に、何か心の底を引っかかれるような気味の悪さを味わっていた。それを、押し殺すように、

「ぜ、全然です」

 こう答えた。
 霊夢はそれを聞いて残念そうにため息を付いて、けれども次の瞬間には妙案が浮かんだという顔をした。

「いいこと考えたわ。私が知る限りのふたりのことを話してあげる。えーっとね、始まりは……そうね、あんたが私の神社にやってきて。そうそう凄い剣幕だったの」
 
 それを聞いているだけで、何かを思い出せそうな感覚がして、胸の奥がちりちりと疼くような気がする。
 早苗は景色を見つめ、耳に入ってくる霊夢と二人との事を頭の中でぼんやりと結びつけ、やがて一つの虚像から実像へと、その形を変化させていく。

「それで、何とか最後のスペルカード、正直あれすっごく難しかったのだけれど、それを撃破して、神奈子を倒したと思ったら、今度はまだもう一人いてね ―――」

 街に入る。「ここは、誰かが守っていたかもしれない」

「諏訪子はなんというか子供みたいだけど、たまにやっぱり祟り神ねって思うような事もあったり―――」

 街の中を進む。「ここは、誰かと歩いたかもしれない」

「今回は異変じゃなかったせいかもしれないけど、なんか楽だったわねぇ。でも、神奈子の最後のスペルカードだけは本当にきつかったわ、思い出したらイライラしてきた。あいつ、絶対性格悪いんだもん」

 やがて、早苗にとって見覚えのある鳥居の元に、タクシーが停車した。
 霊夢が紙幣がどれがどれだか分からないまま、運転手に言われた通りに支払う。
 自動でドアが開くことにひっくり返りそうになりつつも、なぜか動こうとしない早苗を強引に押し出した。


「どうしてもここに――                            」


 からん、ころん。



「私はここで、――                              」


 からん、ころん。

 誓った信仰を失くした旧き神がまた一人幻想郷へと去っていく、祀られるものの無くなった神社は徐々に寂れていきいずれは名も無き神を祀っていた旧跡とされていくのだろう。
 崇めるものは既になく、住まうものも、省みぬものも存在しない。
 もっとも心通わせていたはずの、風祝の記憶からも消えていく、
 

「無理強いはできない。もう時間だよ、さよならだ。早苗」 
「バイバイ」
「どうかお元気で、神奈子さま、諏訪子さま」

 頭を下げる。

 そして、なぜ自分が頭を下げていたのかがわからなくなった。
 頭を上げる。
 なぜ自分が神社の境内の真ん中に立っているがわからなくなった。
 不気味だった。
 急いで家に帰り、熱いシャワーを浴びて布団に潜って得たいの知れない恐怖心と戦った。
 一週間もすると、気持ちも落ち着いてきた。



 もう、だいじょうぶ。
 私は一人でもきっとやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていけるやっていける。そのはずなのに、こんなにかなしいんだ。



「霊夢さん……。もう一度、ふたりの名前を教えてください」
「え、だから八坂神奈子と洩矢諏訪子よ」

 全てに合点がいった早苗は、その場に崩れ落ちて泣き出した。
 霊夢はどうしていいかがわからずに、頭を撫でて、胸元へと抱き寄せた。

「落ち着きなさい、どうしたの……」
「霊夢さん、霊夢さん……わたし、わたしは……」
「……」

 辛かったわよね、とは口には出せなかった。簡単に同情できるほど、易い問題ではなかった。
 このまま忘れたままにさせておくことができれば、こうして傷つくこともなかっただろうに。
 それでも前に進むためには痛みを負う必要があるのだろうかと、霊夢は泣きじゃくる早苗の頭を撫で続けた。
 紫はどうして、私をこの場へと送りこんだのだろう。
 どうして、私がこんな思いをしなくてはならないのだろう。 
 けれども、怒りは湧いてこなかった。
 ただ、やるせなかった。
 なんでこの場に放り込まれなければならないんだろう。
 いつも通り神社の縁側でお茶を飲んでいたら、こんなわけわからない気持ちにならなかったし、そもそもどうして私を頼りにきたのか。
 自分が博麗の巫女じゃなかったら、こんな思い、しなくて済んだのに!
 けれども同時に霊夢は理解もしていた。胸元で泣きじゃくっている少女もまた、自分の出自に人生を振り回されていたのだということを。
 そのことを達観できるほど、私たちは長くは生きていないのに。
 大人は、そのことがわからないまま私たちへと決断を押し付ける。
 でも、大人だって――きっと、泣かないだけで辛いんだ。

「泣かないでよ早苗、私も、泣きたくなってきたじゃないの」

 嗚咽を漏れる。
 抱き合いながら、声を挙げて二人は長い間泣き続けた。
 目元が腫れぼったくなるまで、泣き続けた。
 お互いの顔が原型を留めてなくて、それで笑い合えるようになるぐらい、泣いてから、二人は立ち上がることができた。
 
 からん、ころん。
 
 風もないのに、本坪鈴が鳴る。
 久方ぶりの、風祝の帰還を、祝うかのようだった。



 ◇



 空が西から、燃えるような赤色で染まっていく。
 東からは夜がやってくる。薄紫で塗られた天板に己が一番明るいことを示すかのように、星がひとつ瞬いた。
 油蝉は去りゆく夏の日を惜しむかのごとく、大きな声で鳴いていた。
 夕闇。侵食を広げる静寂と音量を下げる喧騒の間、永遠亭の門前で三羽の天狗と同じく三羽の兎が睨みあっていた。

「だからね、危篤状態の患者をそう簡単に連れていかせるわけにはいかないんだって」

 兎たちの真ん中で威圧するように胸を張っていたてゐは、鴉天狗に向けて帰れ帰れと手を振った。
 もうかれこれ七回も同じ行動を繰り返しているのに、天狗たちは帰ろうとするどころか一歩たりとも引こうとしない。

「だいたい彼女の保証人は山の神様だ。私らが勝手に決めていい問題でもないだろう」

 さっきも訊いたような台詞だが、無言でにらみ合うよりはマシだ。

「山の神も同意の上だ」

 これもすでに聞いた言葉だ。
 堂々巡りは疲れるが、天狗相手に頭を働かせる会話をするほうがよっぽど疲れそうで、結局は創意工夫の無いありきたりの問答が続く。

「信用できるか。神様をここへ連れてきな」
「神々は儀式の用意で忙しいのだ」
「じゃあ渡せないね。帰んな」

 投げやりにそう言った所で、相手の表情が強張った。
 ようやく帰る気になったのだろうか。それにしちゃ妙な顔だな、と訝るてゐの背後で玉砂利が踏まれて鳴いた。
 ふり返れば永琳が玄関へ続く小路を歩いてやってくるところであった。

「てゐ。あまり騒いではダメよ」
「あっ、お師匠様。聞いてくださいよ」

 天狗は力のあるものには逆らえない。
 てゐが告げ口をする前に、三羽の天狗の中で最も賢そうな一羽が、周りを押しのけ永琳の前で頭を下げた。

「八意様。我らが天狗の長、天魔よりのご通達です。東風谷早苗を引き渡してもらえませんでしょうか」
「あらあら、忙しないわね」
「失礼は承知の上で御座います」
「ふむ。彼女は離れの一室に居ます。どうぞご自由に」

 永琳は淡々とした調子で告げた。
 兎たちも天狗たちもその淡泊さに刹那ぽかんと口を開け、ついで不可解さに首を捻った。

「ありがとうございます」

 頭を下げた天狗がいち早く己らの使命を思い出したように、失礼致します、と再び深く頭を下げて永遠亭の門をくぐった。
 残りの天狗たちも一足遅れてそれに続いた。

「いいんですか、お師匠様」

 てゐは永琳の意図がまったく読めないという風で、困ったように眉間に皺を寄せた。

「てゐ」

 永琳がその名を呼ぶ。
 音に硬度があるとするならば、それは先ほどまでの声よりもすこしだけ柔らかく感じられた。

「はい」

 てゐの声は相手の心情を探るように返事をする。

「貴方も変わったわね」

 誇らしげで、諦めもあって、一抹の寂しさをはらんだその言葉は、凍土を氷解するように、外側からだんだんと場の空気を和らげていく。
 てゐは苦笑いを隠すためにそっぽを向き、それから観念したように短く息を吐いた。
 吸い込まれそうなほど黒い二つの瞳が永琳を見上げる。

「流動することは己が化ける可能性もありながら、己を失う可能性もある。私たちは変わらぬ型があるからこそ、こうしてなんの気兼ねもなしに自由に変わっていくことができるのです」

 艶やかな大人の声色が、葉擦れの音と重なって、それは大層蠱惑的な詩となった。
 傍にいる二羽の兎はなにがなんだか分からずに相変わらず口を開けたまま固まっていた。

「どうもありがとう。でも」
「でも?」
「箱庭は狭いかもしれないわ」

 永琳の言葉にてゐは落ち着いた微笑を浮かべ、無言で首を振った。
 否定を示す動作でありながら、そこには感情を共にするような温かな気持ちが込められていた。

「ありがとう」と再び永琳は礼を言い、「じゃあ、てゐ。いってらっしゃい」

 そう、いつもの調子でてゐに告げた。
 親が遊びに出掛ける子供へ、気を付けてね、ちゃんと帰ってくるのよ、というメッセージを込めて掛けるものとまったく同じ匂いがした。

「良いんですか?」

 てゐもいつもの子供っぽさに満ちた、明るい声に戻る。
 すべては一時の幻だとでもいうかのように。

「言っても貴方には効かないでしょう?」

 まるで子供が拗ねたような口調だ。

「いってきます、師匠。妹分の手助けでもしに」

 てゐは悪戯小僧のようにニカッと笑うと、すぐに駆けだし、その姿はあっという間に竹の葉に包まれてしまった。

 てゐを見送り、鴉天狗たちが早苗を連れていった後も、永琳はしばらく門の柱に背中を預け佇んでいた。
 日は完全に落ち、夜空には月が昇っていた。なんとはなしに、目を魅かれていた。
 玉砂利を踏む音がいくつか鳴る。焦らすように酷くゆったりとした速度でそれは近くにやってきた。
 ねえねえ、と軽く肩を叩かれた。

「生憎、今日の夕御飯は遅くなりそうです」

 ふり返らずに応えると、背後の人物は、「違うって」と若草みたいな声で笑う。

「貴方の部屋で兎の格好をした少女が寝ていたのだけれど、今時の若い子の間では動物の格好をするのが流行っているのかしら?」

 からん、ころん。

 いったいどこで手に入れたのか、彼女の首元で鈴が高く鳴った。 



 ◆



 早苗は差し出された手を取りながら、覚束ない足取りで立ち上がった。
 もうその瞳には、涙は残っていなかった。

「昔の話です」

 そう言うと早苗は鳥居をくぐるべく階段を登りだし、たかと思うとすぐに振り返り、丁度一段ぶんだけ見下ろす形となった。

「小学校の入学式のことです。私は自分の席から二人に全身を使って手を振りました。
 他の皆もそうしていたはずです。ただ、そこで、私は父母達の席とは正反対の、神社の方向にも手を振った記憶がね、あるんです」

 それくらいの年頃の少女が幽霊、もっと言えば神様のような者を見た、と主張することはよくあることなのだ。
 しかし、それは一時には収まらなかった。

「中学校の入学式、私は祖母に手を振りました。そして、前とは違う二人にも。結局、私の成長を最後まで見つめてくれたのは、その3人だけでした」
「……」

 霊夢はかける言葉を失った。
 止まっていた涙がまた出てきそうだったから、上を向いて誤魔化す。

「懐かしいです。この道を通って温泉に行ったんですよ。お祖母ちゃんと、私と、神奈子さまと諏訪子さま。
 ああ少しゆっくり話してもいいでしょうか。なんだか、すごく、すごく懐かしくて、体の足りない部分が、戻ってきたような気がして」

 早苗は神社の石段に腰掛けた。霊夢も並んで座る。
 彼女は何かに想いを馳せながら、あくまで断片的に語る。
 巫女にすら立ち入れない宝物のような思い出だからだ。

 二柱は、早苗にとって二人であった。いつだって自分のことを愛し、心配していてくれている人だった。
 祖母もまた、風祝であった。

 彼女の頃には秘伝も途絶えていたのだが、早苗の側に畏れ祀るべき方がいると分かる程度には理解はあった。
 そんな四人が、最初で最後に温泉に行った。とある寒い冬の、夜のことだった。



「ねぇお祖母ちゃん、諏訪子様と神奈子様も今日は温泉に来てくれるって、やったあ」

 素直に喜んでいる早苗に、本来二柱を信仰し祀るべき立場であることを考え苦笑しながらも、そうだねぇ、嬉しいねぇ、と同調した。
 歳のせいで霞む両目を凝らすと、確かに、諏訪の町並みを共に歩く、誰かと誰かが、そこにいるような気がした。
 だとすればどうしてだろうか、彼女たちは、何故、最初で最後の温泉に、付き合ってくださるのだろうか。
 考えながら行くうち、やがてその温泉の受付の建物の前にたどり着く。
 いつもは自分で払うお金を、今回だけは早苗に渡した。

「番頭さんに、これを渡して、四人ぶん、お風呂入れてください、って言ってきてくれないかねぇ」
「神奈子さまと諏訪子さまの分も?」
「ええ、構わないよ。こんばんわぁ、宮尾さん」

 宮尾と呼ばれた、少なくとも喜寿は通過しているであろう老人が、ああ、と笑った。

「守矢様でねぇですか、早苗ちゃんに聞きましたが、四人分ってことは、今日はやはり神様とですか?」

 祖母は微笑んだ。宮尾という老人は、神様の存在を、とても理想的な形で信仰している。それは、二人の古い付き合いでよくわかっていたことだ。
 守矢の子が、神々と会話しているという事は、諏訪の父母達の世代では忌避すべき話の種であったが、老人達の間では別の形で捉えられていたという何よりの証左だった。

「ええ。だから、よろしくお願いします」

 そのしわがれた声に、宮尾ははいよとだけ答えて、脱衣所に貸切と書かれた札をかける。
 
 曲がってしまった腰を脱衣所に入ると、早苗が服を脱ぎ始めている。第二次性徴を迎え、少しずつ丸みを帯びてきた体に戸惑っているようで、自分の胸を触っている風景に成長した孫の感慨に耽ることができた。
 あっという間にその行動に飽きた早苗は、さっさと衣服を脱ぎ捨て、髪留めと一緒に棚の中の古ぼけた藁の籠に入れた。

「お祖母ちゃん、はやくお風呂入ろうよ」

 そう言いながらも、早苗はじっと扉の前で待つ。待ってくれているのだ。

「はいはい、少し待ってねぇ」

 早苗のいつもの優しさに心が暖かくなったような感覚を覚えながら、歳のせいで覚束ない手つきで服を脱ぎ、棚の中の籠に古ぼけた衣服を入れ、ゆったりと早苗を追いかける。扉を一度あけると、とても古いタイプのシャワーが備え付けられている四畳ほどのスペースがあった。もう一度扉を開けると、露天風呂だ。

「ほら、神奈子様、諏訪子様も」

 祖母の目には、ふわふわと浮きながら後についてくる何かが感じられるだけだった。しかし、早苗の目には、しっかりと映っていた。服を脱ぎ、諏訪子が甘やかしに嘆息し、神奈子がそれに軽く謝っている、そんな姿が。
 二人はこの温泉にはしょっちゅう来ていたし、二柱は信仰されている神として、見回りに来る機会があった。基本的にふらりと温泉を探し一人二人で歩いてきた観光者を顧客として作られたこの温泉の容積は、大して大きくもなく、六人同時に入るのが心理的な限界、その程度の、本当に小さな露天風呂だった。
 冬ということもあり、辺りには軽く雪が積もっている。祖母は寒さを感じ、その年齢からは想像もできないような俊敏さでかけ湯をすませ、んんん、と声を漏らしながら温泉に入った。
 早苗は雪を見ながら、わぁ、まだ積もってる、などと言って、雪の中に手を突っ込むなどをしていたが、神奈子に声をかけられ、やっと寒さを思い出したようで、すぐに温泉に飛び込んだ。飛び散る水滴に、祖母だけが、顔を手で拭った。温泉に顎の下まで浸かり、あーやっぱりお風呂は気持いいなぁ、と、踊るように声を弾ませた。
 神奈子はこの湯に神聖な何かを感じることができたらしく、無意味ではないやも、と呟いて、肩まで湯につかり、深く深呼吸をして、その神性な何かを感じとり、少しでも自らの力の足しにしようと努力していた。自分の胸を揉んだりもしていた。信仰が減り、神秘が減り、我々の力が弱まるにつれて胸のサイズが減ってきたとは、彼女の弁である。
 諏訪子はただ寒さに怯え、帽子だけを浮かべ湯に浸かっていた。ただ、帽子の目は、潤み蕩けていたから、きっと気持ちいいのだろう、と、神奈子と早苗は勝手に判断した。

 早苗は諏訪子と会話するのを諦め、神奈子に話しかける。祖母は、それを見て、微笑む。

「神奈子様。大人になったら、私達はどうなってるのかなぁ?」

 祖母にはその質問の答えを聞くことができなかったが、輝かしい未来を祈っていた。

「神奈子様、何で私は、神奈子様達のことが見えるのかなぁ」

 きっと幾度も交わされた問い。そして早苗は不安そうな顔を見せた。

「神奈子様、諏訪子様も、いつまでも、私と一緒にいてくれてるよね?」

 祖母は、この質問を不思議に思った。早苗が、二柱が側にいる未来に疑問を感じているところを見たことが無い。建御名方らしき目の前の神性に違和感を覚える。会話のキャッチボールを成立させているとは思えない。早苗の質問に、黙りこくってしまっているのだろうか。どうしたら分からずいると、不安な表情だった早苗が、ハンドタオルを渡すよう言って、渡すと室内への扉と消えていった。それで祖母は全てを察した。引き戸をぴしゃりとしめる。息をほう、と漏らし、一個だけの扉では閉ざしきれない冷気に身を震わし、脱衣所との境界に置いてある椅子を持ってシャワーの前に座った。取っ手をひねろうとして、扉の向こうから聞こえるかすかな声。この薄い扉一枚を隔てても、音は、普通に聞こえてしまう。三人以上でこの温泉に来たことの無い祖母には、それが分からなかったようだ。

「建御名方様、なのでしょうか。私には、その存在しか分かりませんが、いずれ、あなたは消えてしまうということなのでしょうか。
 少しずつ、あなたの存在が、弱まっているのを、私ですら、感じ」

 その声から耳をふさぐため、取っ手を一気にひねり、水流の音を勢い良く立てる。

「難…な時……すねぇ。建…………ほどの…様が、消……う……てい…………て」

 まずは頭から水を被る。備え付けのシャンプーの頭を手探りで探し、二、三回押す。手のひらに乗った白濁と共に、優しく労るように髪の毛をなでつけ全体に馴染ませる。出しっぱなしのシャワーが、音と共に寒さをかき消してくれる。しばらく頭皮を洗った後、今まで鎖骨のあたりに当てていたシャワーを頭の上に載せ、水の響きを感じながら、さらさらと髪の毛を流す。

「」

 声など、聞こえない、そう言い聞かせながら、また鎖骨のあたりにシャワーの頭を移動させる。髪を挟みながら柏手のようにし、少しだけ苛立をぶつけながら、髪の毛にリンスをすり込んで行く。髪の碧色がかかったような、妖しい色彩は、彼女の生まれ持ってのものだ。手のひらの間に髪の毛を通し、指の間のするするとした感触をぞくぞくと感じながら、リンスを洗い流していく。
 体を洗う。ハンドタオルに石鹸をうずめ込み、ぐちゅぐちゅとかき回し、力の入ってない両手を使い、懸命に泡立てる。気づくと隣には、祖母がいた。彼女も体を洗いに来ていたのだ。それを気にしないように勤めながら、手、腕、腋とタオルを進める。祖母も、黙って髪の毛を洗い始めた。その顔は、いつもの笑みを崩し、何かを考えるような顔をしていた。
 足の指の間を丁寧に洗う。くすぐったさと気持ちよさの狭間に揺蕩う。もう、シャワーの音は聞こえていない。聞こえていた声をごまかす必要がなくなったからだ。あとは足を洗うだけだ。

「忘れないで、欲しいよ。お祖母ちゃんは」

 祖母が言った。早苗は、その言葉にどう反応していいか分からず、ずっと、足だけを弄るようにして洗っていた。

「早苗は頭の良い子だから、きっと大学生になって、早苗は優しい子だから、きっとその頃にもたくさんのお友達がいて、彼女たちと共に遊んで、学んでるんだろうね」

 そして、微笑む。

「それでも、今を、これを、ここを、忘れずにいてほしい」

 なお何も反応しない早苗に、祖母は笑顔を作りながら、言った。 

「大丈夫、過去なんかに囚われず、きっと、前へ進んでいけるよ。早苗なら」

 そう言ってから、祖母は、自らのタオルを泡立て始めた。早苗は、体を流し、露天風呂に戻ろうとした。

「だから、八坂様と、洩矢様にいつまでもよろしくね」

 確かに早苗は背後でその声を聞いた。
 帰り道、四人は無言だった。

 二柱は勿論、祖母も、早苗ですらも、この未来を、予感していたのかもしれない。

 からん、ころんと下駄の音。

 見上げた空に、真っ暗な白が散っていたとさ。



「こっちの世界から、離れたくなかったんです」

 実家へと戻った早苗は、両親への挨拶もそこそこに幽鬼のように部屋を漁り始めて、何個も何個も、大切にしまい込まれた思い出を発掘した。
 早苗の両親の接待をようやく逃れた霊夢は、早苗の部屋を見て唖然とした。
 六畳間ほどの床のほとんどが、物で埋まっていたのだ。
 あやしてもらったでんでん太鼓、一緒に転がしただるまさん、そして、今も色濃く残滓が残っているゆりかご。
 名詞だけにすればどの家庭にもあるものなのかもしれない。けれど、そこには確実に思いが詰まっていた。

 物を出しっぱなしのままで、早苗はせわしなく部屋を出て、階段を降りて行く。
 廊下に居た霊夢は、その背をゆったりとついてゆく。

「どこへ行くの?」
「お婆ちゃんの部屋です。もう、誰も使っていないはずですが」
「ふぅん……」

 早苗が襖を開けると、整理整頓はなされていても、最後に人が使ったのはもう、随分前なのがすぐに見て取れる小さな和室が在った。
 不思議なことに、霊夢はその部屋の存在に気づくことができず、早苗が襖を開けて入って行って初めて、その部屋があることに気づいたのだった。
 押入れに入っていた金庫のダイヤル式ロックを、じーこじーこと音を立てて回す早苗。
 祖母の遺品でありながら、暗証番号だけは誰も分からず控えも見つからず、今日までほったらかしにされていた物なのだと言う。

「うん、八坂さまも諏訪子さまも私は大好きでしたから」

 微かに錆びた音を立てて、金庫は開いた。
 扉の裏には、祖母と早苗と神二柱で作ったものらしき、お守りめいた紙切れが貼られていた。

「よにんげんきでいられますように」「早苗が元気でいられますように」と書かれた横に、二つの筆跡で何らかの祝詞らしきものが書いてある。


 
「みんながしあわせになれますように」




 無意識に、霊夢はそれを音読した。

「欲張りが通用すればどんなによかったでしょう」

 手垢の染み込んだ数珠、祖母に二柱と一緒に買って渡した紅い蛙のお守り、縁日で買ってもらった御柱祭で売り出されていたミニチュア御柱。
 形こそ小さいものの、どれも早苗との思い出を大事にしていることは明らかで、しかも、それらの全てが二柱と関わるものだった。
 今にも泣き出しそうな顔で、一つ一つの思い出に想いを馳せるように、大切に取り出していた。
 全て取り出し終えてから、早苗は一つ大きなため息をついて、努めて明るく振舞った。

「お父さんお母さん大好きだったおばあちゃん。それに、充実してるって言えなかったけど、普通の女の子としての生活。それをぜんぶ天秤にかけて、私はこっちに残ることを決めたんです」

 早苗はそれらの物を大事に抱えて、一つ一つ自分の部屋に持ってあがる。霊夢はその一階と二階の間の緩慢な往復に付き合った。

「お婆ちゃんは先代の風祝だったんです」

 一つ

「見えこそしなかったそうですが、気配だけは感じていたみたいで」

 二つ

「何もない場所に向かって話しかける私を、お父さんとお母さんは気味悪がりました。お婆ちゃんだけが、優しくしてくれて」

 三つ

「小学校低学年の頃は全く気にしてませんでしたが、中学校くらいになってくると、視える自分がだんだん疎ましくなってくるんですよ」

 四つ

「高校時代は高校時代で、唯一の友達にお世話になったような気がするんですが、ひょっとしたらそれは気のせいかもしれません」

 五つ

「私はほとんど学校で孤立してて、それはやっぱり視えること、私がこの家であることにも理由がある、と当時は思ってたんですよ。バカですよね、これ」

 六つ

「う、ん、八坂さま達と行ったのはいつだっけな。そこだけがはっきりと思い出せないんですよ……。ただ、お祖母ちゃんが亡くなってすぐだった気がします」

 七つ

「でも、これだけは本当です。私は八坂さまのことが大好きでした」

 八つ、全て運び終えて早苗は一息つき、自分の部屋の前の廊下にへたりこんだ。
 手を重ね合わせ揉みほぐした。

「二度も別れから逃げられはしませんよね」

 冬の早い日は、早くも紅いかげりを微かに見せ始めていた。
 しばし霊夢は言葉を失って、早苗の表情を眺めていた。
 
「これからどうするつもりなの?」

 酷な話であることは霊夢にもよくわかっていた。取り戻した記憶はまたすぐにでも捨て去らなければならない。そのために自分はここに居て、そして今度こそが永久の別れとなるのだから。
 ふと、もしものことを考えている自分が居ることに苦笑した。
 こちらの早苗は何も思い出さずに、淡々と事務処理をこなすようにして、紫の指示通りの物を持ち帰る。こちらの早苗は幻想郷の彼女とは、似て非なる存在なのだから、感情移入などせずにさっさと済ませてしまえれば、どんなに楽だっただろうか。
 けれども、運命は皮肉にも、そうではないほうへと傾いてしまった。
 直截、手を下さなければならなくなった。そうでなければ幻想郷の早苗は衰弱して死に至り、自分は動かなかったことへの後悔を一生背負っていかなければならなくなる。救えるチャンスをこの手に与えられたことへの幸運と、同時に圧し掛かる重責。 
 けれども、痛みなしに得られるものなどあるだろうか。
 この過ちへの重責は神奈子が背負い、諏訪子が背負い、そして早苗自身も背負っている。その重みを自分もまた背負ってあげるのが。
 "友"としての務めなのだろうと、霊夢は自分らしくない感傷に苦笑した。

「霊夢さん」
「何?」

 頬に指を当てていた早苗が思い至ったようにして手を打つ。

「霊夢さんと私が過ごした時間。こちらで過ごした時間もまた、全て消えてしまうんでしょうか?」
「それは、わからないわ」
「そうですか……。きっと、すぐにでも霊夢さんはここを去ってしまうんでしょう?
「そうよ。巫女が長く幻想郷を離れるだなんて、許されないから」
「だったら、最後に思い出を作りたいんです」

 そっと、早苗の手が霊夢の手へと重ねられる。
 あくまで問題となっているのは、早苗の異能の力であって、それさえを完全に切り離すことができれば、全ては上手くいくはず。それが紫から伝えられた情報であり、また霊夢自身の認識でもあった。
 こちらで過ごした時間――明日の朝には幻想郷へと戻らなければならない。
 しかし今日はハレの日なのだ。
 特別な出来事が次々に起こっていく、日常から切り離された幻想の日。
 だったら、何かをしなければ嘘になる。
 何より自身が、もう一人の早苗に心惹かれているのも誤魔化しようのない事実だった。
 彼女もまた、"友"なのだ。

「ちょうど、外の世界も見てみたいと思ってたのよ」
「はいっ」

 深く知り合ってしまえば別れが辛いのはわかっている。それは早苗も重々承知していることなのだろう。その瞳には、寂しさの色が混ざっているように見える。
 覚悟とか言って、口先ばかりで、本当は怖がってるんだ。私は。

「ご飯食べに行ってきますね」
「そうなのー、せっかく帰ってきたのに……」
「明日も、あるから」
「そう、行ってらっしゃいね」

 早苗と両親のやり取りを後ろで眺めて、軽く会釈を交わす。
 普通の両親と普通の家庭。早苗は今日からようやく、普通の女の子としての人生を歩むことになるのだ。
 異能の力を生まれ持った自分とは違う道を、彼女は歩むことになると思うと、一抹の寂しさを霊夢は覚えると同時に、誇らしさのようなものも感じる。普通の女の子としての生き方に憧れたことが一度もなかったと言えば嘘になる。
 不可思議な連中ばかりに囲まれていて思い出すことが少なかったけれど、こちらの世界の人の波や林立する巨大な建物の中で平凡な人生を歩むのだって、そう悪くはないんじゃないかって。
 
「行きましょう、霊夢さん」
「ええ」

 このブーツだって、この服だって、次はいつ身につけることになるのか。
 私は幻想郷の巫女で、そう生きるように周囲から求められているのだから。

「何暗い顔してるんですかっ。もう少しだけこっちを、楽しんでいってください」
「言われなくたって、そうするわよ」
「ですね、ふふふっ」
 
 そして二人はバス停に向かって歩き出した。



 ◇



 時はほんの少しだけ、遡る。
 文は鈴仙に何を依頼されて、そしてそこで何が起きたのか。それを語らねばならない。
 全ては悪夢を終わらせ、楽園を楽園とするために足掻く者達の物語なのだ。



 一匹の妖怪兎が、神と対峙していた。
 奇妙な光景であると、天狗は木にもたれかかってその様子を眺めている。

 腕を組んでいる神奈子に対して、睨むようにして立っている鈴仙。
 明らかに挌が上の相手だろうと、一歩たりとも退くつもりはない、紅い瞳には意思の光が灯っていた。

「私は、東風谷早苗を神にはさせない。人として死なせるために戦う」
「そのことを、早苗は望んだのかい?」
「いいえ、私のエゴです」
「まぁ、私としてもそっちのほうがありがたいね。天狗が巫女になったら私も諏訪子も自由に動けなくなっちまうからね」
「あなた、それを本気で言っているの?」
「ああ、だから博麗に頭を下げた。私たちにとっては、早苗が絶対必要なんじゃない。早苗のほうが、居たら楽。それだけのことなんだ」 
 
 抑揚のない、事務的な言葉だった。
 これ以上の会話を続ける必要はないとでも言いたげな口調ではあった。

 なるほど、これが神の立場ですかと文はペンと口と鼻の間に挟み、手を枕にして木に深く寄りかかる。
 何か面白いことが起きるかと思ったら、こんなつまらない問答か。
 大方博麗に対しても、このような強硬な態度で申し入れたのだろうというのは想像に難くない。
 それを天狗たちが面白がって脚色していったとか、その程度のことなんだろう。
 
 哀れ、兎の意地は協力者もなくこのまま潰えるばかり。
 庇護する者も失って、恥を抱えて過ごしていくことになるんだろうと思うと、それを取材して溜飲を下げるのもアリかもしれないと思う。
 


 まったく、つまらないことに巻き込んでくれたものだ。
 早苗が死ぬだとか死なないだとか、神になるだとかならないだとか天狗が風祝になるとかならないとか。
 正直言って、そんなことはどうだって良かったのだ。
 
 面白いこと、もちろん自分の中の基準であるが、それが満たされていればそれで良い。
 けれども、こんなくだらない会話じゃ、鴉天狗の知的好奇心が満たされるわけがない。
 鈴仙の企みからは完全に手を引いて、早苗の死を悲しむ魔法使いだとか、その周辺の人物を追ったほうがマシか。
 
 文がため息を吐いたときだった。
 


 一瞬、鈴仙の体が揺らめいた。
 文がそれを認識したときには、全身の体重を乗せた拳が、神奈子の腹へとめりこんでいた。
 殴られた神奈子ですらも、何が起こったかを理解したのは吹き飛んで地面を転がってからだった。

「この後に及んで何ふざけたこと言ってんだよ! 散々手前の自分勝手な都合で早苗を苦しめて、悠々自適に暮らそうとして。
 それで何さ、天狗の巫女は嫌だから早苗が助かったほうが嬉しいだと!? 何が神だ、クソくらえ!」

 人との軋轢を嫌う自身が、口汚く相手を罵る日が来るとは夢にも思わなかった。
 鈴仙は無気力で、野心もなく、強きに逆らうことは決してしない、それが自己認識だった。
 まさか、自分よりも遥かに格上の神格を殴って、啖呵を吐くことなどありえない。
 そのありえないことが、今起きている。

「自分の権威が下がるからか? 天狗が実権を握って自分の好きなことができなくなるからか?
 これから好き放題やれなくなるから早苗を助けてくれって言ってんのか?  あまり舐めた口を利くなよ? 
 地底の鴉に、命蓮寺の地ならしに、あんたらは幻想郷に根付くためにこすずるいばっかり真似してきて。
 それが神か。それが神のやることか。私はそんなことを許さない。そんな論理を、通用させてなるものか」

 ぺっ、と神奈子が唾を地面に掃き捨てる。

「お前にはわからないさ。私の苦悩も、早苗に対する思いも」
「わかりたくもない。あんたは大事な玩具を汚されて嫌がってるただの子供だ!」

 御柱を脱ぎ捨てた神奈子の拳が、鈴仙のわき腹へと突き刺さる。
 鈴仙は苦悶の表情を浮かべながら、神奈子の頬にお返しの一撃を入れる。

「わかったような、ツラをするんじゃないよ」

 血の混じった唾と、怨嗟を吐き捨てる神奈子と、苦悶の表情で睨みつける鈴仙。
 
「自分だって、よくわかってないくせに。あんたは自分にだって嘘を吐いてばっかりの臆病者だ! 
 目の前の現実が怖くて、誰かに縋りついて自分の責任を逃れようとしている卑怯者だ!」
 
 鈴仙は神奈子の姿にかつての自分の姿を重ねていた。
 戦いが恐ろしくなって月から逃げ出した、そんなエゴの塊である自分自身の弱さを、目の前の戦神に見ていた。
 殴られるたびに、裁かれたがっている自分自身が少しだけ、救われるような気がした。
 殴るたびに、こんなことをしても自己満足に過ぎず、許されると思うなんて都合の良い思い込みだと頭の中で声がするような気がした。
 何度目かの殴り合いで、神奈子が膝をついた。
 鈴仙は追い討ちをしようとはせず、そのままじっと見つめている。おもむろに、神奈子の口が開かれる。

「天狗は、したたかな連中だ。着々と、自分らの巫女を立てる準備をしてる。お膳立てさえ全て済ませてしまえば、私の承認なんて必要としないんだ。
 用意が出来ましたと言われれば、風祝が必要な私は、それを認めなければならない。そうしなきゃ、神は存続できないからだ。
 早苗も同じように神とする。天狗が信仰を注ぐ。それで全ては丸く収まるんだと、あいつらに言われたよ。冷たい眼だった」
「……」
「早苗が倒れた時点で、もうあいつらは動き出してたんだよ。いやむしろ、ずっと前から準備をしていたのかもしれないね、この早さは。
 だが私は、その動きに気づいていなかった。いや、気づこうとしていなかったのかもしれない……」

 自嘲するような笑み。
 鈴仙は、口元の血を手で拭った。

「でも早苗はな、私たちの家族だ。守矢神社には私と、諏訪子と、それと、早苗がいなきゃだめなんだ。二人で緩やかに腐っていくのは、もう、嫌なんだ。でもな、大切だったはずの早苗に、私たちはたくさん辛い思いをさせてきてしまったんだ。それはきっと、誰にも許されることじゃないんだ。わかるか兎。神に近い人間が、神の威光を失った現代においてどのような扱いをされるかを。愛してくれるはずの両親からは嘘吐きと呼ばれ、親しい友人もなく……。あの子が苦悩している姿を、私たちはずっと見てきた。けれども、何もできなくて――そして、幻想郷に来てから私たちに尽くしてくれるようになった早苗に、私たちは、怯えていたんだ。この子は私たちを恨んでるんじゃないかって、これは、復讐なんじゃないかって。ずっと、向き合うことができなかった。今の早苗が、あの子の神性であると知ったとき、私たちは安心したんだ。早苗は外できっと、上手くやれてる。そうだよ、あの子はずっといい子だった。気立てもいいし、私たちがいなきゃ、普通の幸せを選ばせてやることだってできた。でも、私たちは想ってくれていること早苗の心すらも疑ってしまった。幻想郷に来てからも、あの子とは本当の家族になれていなかったんだよ。怖がって、怯えて、向き合ってやれなかった。あんたに言われる通り、私にはあの子を救ってくれだなんていう資格なんてない。でも、お願いだよ、あの子を人として、死なせておくれよ……」

 神が、一介の妖怪兎に頭を垂れた。異様な光景に、文は思わず唾を飲み込む。巫女のために頭を下げるような神など、畏れを失い侮蔑を受けても仕方がない。
 しかし、本当に大切なもののために全てを投げ出せる者の魂が、美しくないはずがあるものか。

「わかりました。やってのけましょう。史上最強に分の悪い、賭けって奴を! 騙くらましてやりましょうか、腹の黒い、天狗って連中を」

 神奈子と鈴仙が、文の言葉に頷いた。
 一世一代の、大博打が始まった。






「あっはっはっはっは」

 満月に最も近い神社。守矢神社。
 物々しい警備に囲まれた境内から聞こえてきたのは、文の高々とした笑い声であった。

「笑うなっ!」
「だ、だって、笑うなと、言われても、あはははは、おかしいですよ、くふふ」

 周囲から温度の低い視線を向けられているのもお構いなしに、文は腹を抱えて笑っていた。
 相対しているはたては、似合わぬ白無垢の格好に怒り半分困り半分といった顔つきで、文に食ってかかっている。

「意外と純情だったのですね」
「うるさいっ」
「くふっ。今度取材を申し込ませていただきます」
「断固拒否」
「いいじゃないですかあ。巫女様」
「あー、もう。うざいッ。離れなさいよ」

 ぎゃあぎゃあとうるさい鴉たちの喧嘩。
 文の粘着質なからかいに対し、いつもどおりに振舞っているはたてだが、黒目が忙しなく動き周りを窺っているのが分かった。

 当然だろう。文は同情の念を抱く。
 どうせ、「立場上だけで良いから守矢の巫女になってはくれないか」と、説明など皆無の形式ばった"お願い"をしたのだろう。
 一介の鴉天狗がそれを断れるものか。契約の現場が易々と目に浮かぶ。

「随分とにぎやかだな」

 回想に浸っていた文の肩に、後ろから手がかかった。
 神奈子、諏訪子の二柱だった。
 目だけでお互いの意思を交わし、言葉で狂言を廻す。

「お前は周りの視線が痛くはないのか?」 
「もともと私はどうも歓迎されていないようでね、大人しくしていたところで光る目の数に変わりはでませんでしょう」
「いくらお前でも邪魔は許さんぞ」

 演技であるが、威圧感は普段以上に伝わってきた。空気が震えて、肌がピリピリとくすぐったい。

「分かっていますよ。私も早苗さんに消えられるのは惜しいですから」

 隠しだてのない本心であった。
 密会を知っているのは、文と、神奈子と、そして――鈴仙だけである。
 諏訪子にすら、気づかれてはいけないのは骨の折れる作業であった。

「で、その早苗さんは」
「着替えるから部屋には入るなと言われた」
「起きたのですか」
「天狗の秘薬だ」
「ああ。そういう話もありましたね。本物だったのですか。ちなみに誰が飲ませました?」
「信頼できる奴に頼んだよ。あれだ。白狼天狗」
「ああ。犬走のやつですか。たしかにあいつは早苗さんと仲がよろしかったですからね。信頼しても大丈夫でしょう。今も警護は彼女が?」
「狗がもう一匹と偉そうな大天狗が一匹、居たな」
「そうですか」

 どちらも口を噤むと、驚くほどの静寂があたりを包んだ。

「大人しくしていろよ。お前のような一介の天狗ぐらい、わけない」
「おお、怖い怖い」

 二柱は踵を返して、本殿へと歩いていった。
 
 文はその背を見送りながら、指を顎に当てる。一つだけ、わからないことがある。八雲紫の動きだ。
 彼女が博麗の背中を押したのだということは、まことしやかに囁かれている。
 博麗の巫女が幻想郷に居ないことを、一時的に許可できるのは彼女以外にありえない。
 そして彼女はすっかり姿を消している。早苗を助けるつもりならば、この儀式に割り込んでくることだって。

 いや、それはありえない。
 天魔も紫と同様に、妖怪の賢者の一人に数えられている。
 その顔に泥を塗るような真似をすれば、いくら八雲紫でも批難は免れない。

 つまり、彼女の打てた最善手は霊夢の背中を押すことだった。 
 
 ではなぜ、早苗の肩を必要以上に持っているのか。
 
 天狗が力を持つことは確かに、紫にとっては面倒ごとなのかもしれないが、それならば地底の鴉や新勢力である命蓮寺の面々に気を払うべきだ。
 単純に手が回っていないのかもしれないが、紫にそのような動きは見られない。
 緩やかな調整は行っていても、基本的には勢力ごとの睨みあいに幻想郷のバランスは保たれている。
 どの勢力でも本気で戦いとなれば、幻想郷は荒廃しきってしまう。それが抑止力となっている。
 天狗が巫女を立てるのも、言うなればただの見栄で、天狗の権威を増すという大義名分が生むものは暇潰しぐらいだ。
 
 くだらないことに、早苗の命など天狗たちの暇潰しに磨り潰されるようなもの。
 だが天狗は分かっていない。いいや、八雲紫だってこの展開を読みきれていたか?



 "人間嫌いの妖怪兎が、命を張って意地を通そうとしているこの展開を"

 
 
 いやぁ、人事を尽くして天命を待つ。鴉天狗の私が使うには悪くない言葉ですねぇ。
 胸ポケットのシガレットを探して、切らしていたことに気づいて文は小さく舌打ちをする。 



 ちろちろと松明の炎がうねる。
 いつもならうるさいくらいに鳴いているケラやクビキリギスも、今宵は空気を読んで鳴りを潜めている。
 永遠と重なる過ぎ去った時間は記憶と換えられ須臾となる。
 
 早苗が椛に連れられて、建物から出てきた。足取りは覚束なかったが、"今夜が山だと言われていた具合には到底見えない"。
 天狗の秘薬とは大層効くのだなと、文はクククと声を抑えて笑った。

 集まっている中で、鴉天狗たちは、そのニュースを誰よりも早く記事にしなくてはとウズウズしている。
 なるほど、"こいつら"への娯楽提供の意図もあったのかと、上のくだらない判断には文は鼻白む気分だった。
 それでも組織には付き従うのが、天狗という種族なのであるが。

 
 強い風が一陣、椛の胸元の鈴を揺らした。

 からん、ころん。

 群衆の前へと見世物のようにされている、はたてと早苗。
 
「彼女がこれから、新しい風祝として我々の神に仕えることとなるのです」

 大天狗が声を張り上げて、何も考えていないのだろう、白狼天狗は歓喜の声を挙げた。
 その渦中にいるはたては怯えきった表情で、早苗はじっと、目を伏せていた。

「それでは、儀式の場へと向かいましょうか。さあさどうぞどうぞ」

 椛の先導で、早苗とはたての二人が神殿へと一歩、また一歩と足を踏み出していく。
 途中、早苗が顔を挙げて月を見た。
  
「ああ、今宵はこんなに月が綺麗だったのですね。気づきませんでしたよ」

 からん、ころん。

「あいや大天狗様。この髪飾りはそこの風祝。いえ、もうすぐに神へと成られるのでしたっけ。彼女の物ではないでしょうか。
 私も彼女とは浅からぬ縁でありますゆえ、私の手で付けることをお許しいただきたい」

 高下駄を鳴らして、文は返事を待たずに早苗へと寄る。目線だけを椛へと飛ばして、目を瞑らせることで同意を得て素早く髪へと触れる。

「"これでお別れなのですね"」
「"いいえ、これからは私は天狗と共にありますから"」
「"ええ、こんなものはしばらくの別れでしかありません"」

 二人は頷いて、手筈どおりに事を進める。

「"ああ、早苗さん! どうしたのですか急に"」
「"ごほごほっ"」
「"これは、血じゃないですか! 儀式は中止です! これじゃ持ちませんよ!? 早苗さんが先に死んでしまったら、儀式だって台無しじゃないですか"」
「"大丈夫です。これは私の務めなのですから"」
「"せめて一日、永遠亭で休めば儀式を行うだけの体力が戻せると言っていませんでしたか!? 無理やり連れてきたんですか!?"」

 これは上層部の横暴ではないのか! 群衆の中から声がした。一体誰がそんなことを言ったのかと、にわかざわつき始める。
 今日、儀式をすることは天魔や大天狗が定めたこと。情が移ったとみなされている文ならともかくも、そうでない天狗が上層部の批判をすれば大問題である。
 
「"椛、あなたは何も見てないの?"」
「"いえ、あちらのほうへと走っていった人影が見えました。どうやら鴉天狗のようですね"」

 椛は夜で見えにくいのを良い事に仕方なさそうな面のまま、見当違いの方向を差し示し威勢の良い大声をあげた。
 これが演技であることがわかった上で、こうして乗ってきてくれているのだ。
 いやぁ、頼りになる連中ばっかりだと笑いを抑えるのに苦しかった。

「"ともかく、私は早苗さんを永遠亭へと運び込みます! 一刻を争うんです! 文句があるのならあとで聞きますから"」

 文が早苗を抱きかかえ、"早苗"の"紅い瞳"が犯人を空に映し出した。

「"賊はあそこにいるぞ!"」

 椛が大声を張り上げて、剣先を向ける。面子を潰されてなるものかと、それを追って鴉天狗が空を舞う。
 その混乱に紛れて、二人は音速に迫る速度で永遠亭を目指した。 

「上手くやれましたか」
「バッチリ。狂気の瞳って便利なものね。けど、あそこまで上手くいくとは思わなかったけど」
「それは私もです。……早く、戻りましょう。早苗さんのところへと」
「まだ私には、あなたが早苗さんに見えるわ」
「そういうときも、あります」
「いやいや、ないから。タバコ持ってない?」
「師匠なら持ってるかもしれないですね」
「破門されたんじゃないの?」
「じゃあ、永琳様なら」
「そう。なら急ぎましょう。肺がヤニが欲しい欲しいって五月蝿いのよ」

 あ゛ーあ゛ーと、わざと文が声を濁らせる。
 鈴仙は苦笑してから、表情を引き締めなおす。
 打てる手は、全て打った。

 あとは、天命を待つのみなのだ。
  
「文さんは、霊夢さんがやってくれると思いますか」
「さぁね。ただ、」
「ただ?」
「あの巫女は、手ごわいですよ」
「……たしかに、そうですね」

 からん、ころん。
 高下駄を鳴らして、永遠亭に駆け込むと、てゐの姿はどこにも見えなかったが、心配はいらないと永琳に釘を刺された。
 言葉通り、ほどなくして彼女は薄汚れた格好で帰ってきた。
 鈴仙とてゐは、言葉も無く抱き合った。
 思わず泣きそうな顔をした鈴仙に、「まだ早いよ。エンディングまで泣くんじゃない」とてゐが穏やかに叱責する。

「ねぇ、タバコください」
「寿命が縮むわよ」
「これがねーと、やってられないですよ。一仕事した後にはね」

 永琳から手渡されたタバコにマッチで火をつけて、紫煙をくゆらせる。

「私にもマッチを一本もらえるかしら」
「吸うんですか?」
「弟子の成長を祝うときには、一本吸うのよ」
「なぁるほどね」

 全てが終わったわけではないにせよ、悪いようにはならない。
 なるはずがない。
 世の中とは、幻想郷とは、そうできている。
 


 ◆

 

 冬の陽が西へと沈みかける頃。まばらに帰宅の途についている人の群れを抜け、二人はアーケード街へと出ていた。
 京都の繁華街に比べれば、規模も人の出も小さなものだったけれども、幻想郷にはこのような大きな商店街などあるはずがない。
 慣れない乗り物は疲れるとぼやきながらも、霊夢はストレッチを辺りを注意深く見渡しては、感嘆の息を漏らしていた。

「ここに来るのも久しぶりです。高校まではちょくちょく足を伸ばしてたんですけど」
「ふぅん……。凄い人の出ね。見たことない建物とか、意味わからないものもたくさんあって眼が回りそうだわ。ね、あれって何?」
「居酒屋ですよ、居酒屋」
「へぇー。お洒落ねぇ。ピカピカしてて」
「チェーン店って言って、日本全国で同じお店があるんですよ」
「日本全国って、えーと……」
「京都にも同じ店がありますよ」
「本当に? ……凄いわね。で、お酒飲めるんでしょう? ねね、お酒、お酒」
「あれ……? もうお酒は飲める年齢なんですか?」

 霊夢はそれを聞いて不思議そうな顔をして、何それと首を傾げる。
 二人の合間にしばしの沈黙が走る。

「まぁ、お酒は後からでも飲めますし、ねね、洋服買いましょうよ!」
「うーん、せっかくだから買ってこいってお金は渡されてるけど……」
「行きましょ行きましょ!」
「うー、酒ぇ」
「若い身空でアル中みたいじゃないですか! 変な目で見られるからやめてくださいよ!」

 居酒屋に後ろ髪を引かれ続けている霊夢を無理やり引っぺがして、早苗は手を取って歩き出した。
 歩いている最中、何度も何度も振り返っているあたり、その未練はこのまま死ねば化けて出るぐらいには激しそうであった。
 酒豪の友人は居ないわけではないけれども、ここまで酒を愛している女性に出会った経験は"こちらの"早苗にはなかった。

「知ってる? 幻想郷ではお酒を飲むことでお互いの仲を深める飲みニケーションという言葉があって……」
「そんなのこっちじゃ通用しませんよ! お酒は楽しむ節度を持って楽しむものです!」
 と口では言いつつも、若さに任せた飲み方をしてしまうのが自分の弱いところだなぁと、早苗は内心笑った。笑えるだけの精神的余裕が生まれてきている。
 きっとそのときが来たら泣いてしまうかもしれないけれど、今は泣くときではなくて、精一杯笑って、思い出を作るときなのだ。
 京都で良くお世話になっているショップを見つけて、早苗は霊夢の手を引いて扉をくぐった。
 華やかな空間に一歩身じろぎをした霊夢には構わず、プリントTシャツを広げてみる。 
「霊夢さん、お揃いの服を買いましょうよ」
「ぐえぇ……本気?」

 蛙が潰れたような声を出して、あからさまにご遠慮願いたいと言いたげな顔をするから、早苗はわざと大袈裟にムッとして見せた。

「一緒に歩くことなんて、きっともうないんですよ?」
「そう、だけど……。そういうのちょっと苦手っていうか」
「別に私はお揃いの下着でもいいっていうか」
「これにしましょう。私このTシャツっていうの大好き」
「いい心がけだと思いますよ?」

 この子の押しにはよほどのことがないと逆らっちゃいけないなと、霊夢は深く深く心に刻んだのだった。
 結局大量の衣類を買い込んだ二人は、両の手が塞がったまま居酒屋の暖簾をくぐることとなった。



 二人が扉を開けると、割りと大柄な赤髪の女性が、小柄な黒髪の女性に言われてこちらへと寄ってきた。眠たげな表情だけれど、

「何名様でしょうか?」
「二人で」
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「お二人さまカウンター席でー」

 カウンターにもテーブル席にも空きはあったけれども、どうやら繁盛はしているらしい。壁に架かっている札の値段は、学生向けにしては少し高めではあるが、それなりに良心的な店なのだろう。細かいところまで掃除が行き届いていて好印象だった。
 軽くやり取りを交わして、荷物を籠へと放り込み、座って同時に伸びをした。

「おんなじことしてる」
「疲れたのよ」
 
 くすくすと笑う早苗に気恥ずかしくなって、霊夢はメニューを開いて首を傾げた。
 こちらの世界の酒の銘柄が、わからないのだ。
 
「何が飲みたいんですか?」
「とりあえずお酒だったらなんでもいいんだけどね」
「私はレモンチューハイにしますけど」
「チューハイ? 何それ?」
「知らないんですか? ソーダが入ってて、果物の味がするんです。安いから学生の味方です」
「梅酒とか、果実酒とかは飲むんだけど……。あぁ、紫がこの、電気ブランが好きだとかなんとか言ってたけど、基本的には日本酒ばっかりよ。それとワインね」
「うぇー、私は日本酒苦手ですよ。よく飲めますね。アルコールがきついし、匂いもあまり好きじゃなくって……。電気ブランっていうのはよく知らないです」
「電気ブランは一口飲んでみたけど、舌がピリピリしてあまり好きじゃなかったわぁ。でもこれが大正浪漫なのとか言うけど、よくわからない奴だから」

 ぷっくりと膨らんだ枝豆を指で摘み、口へと放り込む。幻想郷のものよりも肥えてて美味しいと嘯いてから、霊夢は冷の日本酒、早苗はレモンチューハイを注文した。
 
「見たことのない料理も結構あるわね。というか肉と魚ばっかりね」
「あんまり食べないんですか?」
「基本的にお米に漬物に、って感じね。あっちの食事は。肉とかはお祝い事のときぐらいしか食べないわよ」
「そうなんですか……」
「海がないしねぇ」
「あ、だったらこれ食べたことないんじゃないですか? たこわさ」
「たこわさ?」
「美味しいですよ。お刺身とかって食べたりします?」
「お刺身って、何?」
「生のお魚ですよ」
「うぇー、魚って焼いたり煮て食べるものじゃないの? 川魚を生で食べたらこわーいのにやられるのよ!」
「美味しいですよ。せっかくなので注文しちゃいましょ。日本酒によく合うって言いますし」
「生で魚食べたなんて言ったら魔理沙なんて顔するかしら……」

 楽しそうにする早苗と対照的に、霊夢は死地に赴くような青い顔をしていた。
 それは実際に刺身が運ばれてきて、覚悟を決めて口に放り込むまで続いて、それからは一転食い溜めしておかなければ損なのだと言うぐらいに食べ始めた。
 
「凄い食欲ですね……」
「美味しいものは食べれるときに食べなさいってのがうちのしきたりなのよ」

 もちろん嘘である。

「あ、すみません。お刺身の盛り追加お願いできますか」
「はーい」

 しかし、学生同士の飲み会ではこのように予算を考えない飲み方はできなかった。
 宅飲みのほうが安くて量も飲めるし、居酒屋に入ってもコースメニューか飲み放題を付けてしまう。高そうな地酒をちみちみとやっている女の子を眺めてチューハイを頂くなんて初めての経験だった。

「透き通った味をしてるわ」

 霊夢が口を尖らせる。

「不満なんですか?」
「美味しいんだけどね。私が慣れ親しんだお酒って、濁り酒だったりするから」
「どぶろくとかですか?」
「好みが違うのかしらねえ」
「それだったらお刺身とたこわさをさっきから食べている説明がつかないじゃないですか」
「む……。早苗は意地悪よ」

 しかし口とは裏腹に、霊夢の箸は流麗に動き続けて刺身をワサビ醤油へと浸けてから口へと運んでいた。

「可愛いんですね、霊夢さんって」
「何が?」
「なんか、妹ができたみたいです」
「妹って、妹って……。うーん……」

 確かにそうなのかもしれないと霊夢は思う。
 幻想郷の早苗は化粧っ気もないしどちらかといえばおっちょこちょいなところがある気もするけれど、こちらの早苗は化粧もバッチリ施していて、大人びている。
 
「そういえばですけど、あっちってアクセサリーとかってあるんですか?」
「んー。付けてる奴も、いるって感じかな」
「そうなんですか。良かったらあとで見に行きませんか? まだやってるところが、あるみたいで。ほら、そこにチラシが張ってありますよ」
「そうなの……。そうね、自慢できるかもしれないわ」
「ですかですか。ねぇ、もっと聞かせてくださいよ、幻想郷のこと。私知りたいです」
「その前にお酒の注文ね。私はこの、ウヰスキーのロックを飲んでみたいかもしれない」「あ、じゃあ私はこれ、お冷で」
「日本酒嫌いなんじゃないの?」
「幻想郷の宴会の気分を、味わってみたくって」

 幻想郷の、という時点で気づくべきだったと、霊夢は後に後悔することとなった。

「わたひそんなにお酒弱くないれしゅ! 聞いてましゅかぁ!?」
 
 全くなんでこんなことになるんだか。と、ちびちびと濁り酒を飲んでいた。
 天狗の宴会に呼ばれる早苗は毎回倒れて介抱されているという話をしたら、自分はそんなにお酒に弱くないとぐびぐびと無茶な飲み方を始めて、絡み酒といった具合である。
 この負けず嫌いはどちらも一緒だと、霊夢は内心苦笑した。

「れいむさーん!」
「ちょ、バカこぼれるってば!」

 目の据わった早苗にしなだれかかられて、霊夢は危うくコップを取り落とした。

「わたひが弱いっていうんですかー!」
「泣くなってば、弱くないから弱くないから」
「嘘だぁ」

 にへらぁと笑って、服の隙間に手を突っ込んでくる。

「おぉ豊満豊満」
「どこ触ってるのよ……」
「だってわだひの大きくならないんですもんー! 全然大きくならないんですよー! そこの店員さんなんてミサイルおっぱいじゃないですか。理不尽ですよ世の中は全部理不尽なんですよ!」

 その声を聞きつけて奥の厨房から背丈の低い店員が顔を覗かせたけれども、給仕をしていた店員にアイコンタクトを送ってまた引っ込んでいった。

「びええええええええん」
「泣くなってば。迷惑でしょ? あ、ごめんなさい連れが悪酔いしちゃって……」
「お冷やもってきますねっと」
 
 少々ノリの軽い返事を背の高い店員は返して、厨房へと消えていった。
 そして入れ替わりに先ほど顔を覗かせた店員がお冷やを盆に乗せてきた。

「どうぞ」
「ありがと。ほら早苗お水飲みなさいよ」
「びええええええん……あ、この店員さんはぺたんこですね」
「!?」

 居酒屋の空気が、凍る音がした。
 顔を真っ赤にした店員が何事か口を開こうとして声にならず、を三度ほど繰り返した。
 霊夢は思わず、唾を飲み込んでその次の言葉を待った。

「わ、わ、わたしこれでも、21ですもん!」
 
 脱兎の如く厨房に駆け込んで、そこからびええええんという泣き声が聞こえてくる。身体的特徴をからかってはいけないと、霊夢は改めて心に刻んだ。

「なにが相手の逆鱗に触れるかってわからないものね」

 お肌の曲がり角、や目尻のしわに言及すれば、そのものの命を取っても良いという文を、スペルカードルールから削除したときは文字通り命がけだったと、霊夢は遠い日を懐かしんだ。
 そして感慨に浸っていると、寝息が隣から聞こえてきた。
 早苗が泣き疲れて眠ってしまっていたのだ。

「……変な奴」

 幻想郷の早苗もそうだけれど、こちらの世界の早苗も同じぐらい変な奴で、それで、一緒に居て楽しかった。
 この子にも、幻想郷を見せてやることができるならばどんなにいいだろうか。
 けれども、簡単に行き来ができてしまえば、結界を作った意味がないのだ。
 あくまで幻想郷とは時代に取り残されており、そして隔離された場所でなければならないことを、誰よりも霊夢自身が知っていた。
 紫の後押しがなければ、早苗を犠牲にすることも辞さないと考えていたほどに。

「……そうだ。店員さん」
「あい?」
「荷物置いておくから、少し出ても良いかしら?」
「公衆電話ならすぐそこにありますよ」
「ありがと」

 寝息を立てている早苗をカウンター席に残して、霊夢は居酒屋を出た。


 夜の繁華街には、独特の侘しさのようなものが漂い始めていた。
 千鳥足で歩くサラリーマン。大きな声で話しているOL。
 霊夢はそれらの人々とすれ違いつつ、件の店へと急いだ。
 吐く息も白い場所を、ぶらぶらと当てもなく歩き回る趣味などないのだ。

 ほどなくして、目的地は見つかった。
 明るい装飾がしてあるわけでもなく、古ぼけた看板には「白玉屋」とだけ書いてある。 初めから商売をする気はあまりなくて、趣味で開いている類の店なのかもしれない。

 細工を売る店は幻想郷にも何店か存在していて、それは主に妖怪相手に繁盛している。
 人間よりも妖怪のほうがよっぽど財を溜め込んでいるのが幻想郷なのだ。
 ガラスの引き戸を開けると、奥から団子を咥えた店主がほどなくして現れた。

「あら、いらっしゃいまし。何か贈り物などお探しですか?」

 店主は思ったよりもずっと若い女性で、桜の柄があしらわれた浴衣を身に纏っていた
 はんなりとした上品な喋り方で、言葉遣いに少しばかし訛りがある。

「気ぃなるもんあったら、声かけてやぁ」

 しかし語尾を伸ばすような話し方と、口に咥えている団子と幸せそうな細目で全て台無しだった。
 こういうのを残念な美人って言うんだったっけと、霊夢は心の中でぼやいた。
 幻想郷にもこういう類の残念な美人はたくさんいるけれども、まさかここでもお眼にかかるとはおもわなんだ。

「優子さん優子さん。どこにいらっしゃるのでー?」

 奥から少女らしき高い声が聞こえて、その主がひょっこりと顔を出して恥ずかしそうに頭を下げてきた。
 おかっぱ頭の、セーラー服の少女だった。

「うちの娘です。可愛いでしょう?」
「従姉妹でしょう! 優子さん息吐くように嘘吐かないでください!」
「は、はぁ……」

 彼女らに付き合っていたら埒が明かないと、霊夢は並んでいる商品とその値札を眺めていった。
 ちょっとお洒落に興味を持ち始めた世代の女の子が手に取りそうな品物ばかりが並んでいた。

「何がお探しで?」
「ええ、ちょっと友人への贈り物を」
「いいですねぇ。進学か何かで? 毎年この時期になると別々のところに行くってことで買って行く方が多くて。ひょっとして想い人に贈るのかしら? それだったらこちらに指輪が……」
「優子さん!」
「しゅーん」
「……。残念ながら前者のほうが近いのよ。そ、もうすぐ別々の道を歩むから、何か贈り物をってね。ちなみに女の子だから想い人ではないの、決して」
「ふぅん」

 何か見透かされているような瞳で見つめられて、不気味さに思わず一歩後ずさりをした。
 こういう手合いの相手は、少しばかし苦手なのだ。

「だったら良いものがありんす」
「変な喋り方やめてくださいってば。お客さん困ってるじゃないですか」
「あらあららっと」
 
 どうやら地の言葉ははんなりとした喋り方ではなかったらしい。どうにも調子が狂う。
「まぁそんな顔をなさらずに、特別に安くしておくわよ? これなんてどうかしらん」
「まーたそんなことを勝手にしてー」
「私の店だものー。よいしょっと」
 
 店主が寄ってきて、呆気に取られていた霊夢の手をとる。

「嘘はダメよ?」
「っ……!?」
「ね?」

 思わず、抱えている全てを吐き出したくなる衝動に駆られた。
 けれども全てを語ったところでって、こちらの世界の住人には頭がどうかしているとしか思われないだろう。
 けれども、親しい人との別れを今まで一度も経験したことはなかった自分にとって、どうやって折り合いをつけたらいいかが、わからなかった。
 死に別れではないにせよ、きっとこれが、今生の別れとなるだろうことは想像に難くない。
 幻想郷の外に巫女が出るなど前代未問のことで、紫は大丈夫だと言っていたが、きっと妖怪の賢者たちはもう一度外に出るなどということは許さないだろう。
 
「遠いところに、行くのよ。もう会えないかもしれないの。だから、せめて、何かあげられるもんはないかって」
「そうなの。それはでも、悲しいことではないのよ?」
「えっ……」

 霊夢ははっと顔を上げて、店主の顔を見た。
 
「一期一会、という言葉を知ってるかしら。人は出会えばいずれ別れるもの。そもそもこの世には六十億も人がいるのよ。その六十億分の一と六十億分の一が出会えた奇跡をまずは嬉しく思いなさい。それは今日あなたがすれ違って――もう二度と顔を会わせない人たちだって含まれているのよ。
 その中で、言葉を交わして、心を通じ合わせることができる人が果たして何人いるかしら? 千人? 百人? いいえ、もっと少ないかもしれないわ。私たちは六十億分の数十人の中で生きているのよ。
 そこで精一杯、目一杯、後悔のないように生きているの。だから、これから生きる道が違うとしても、笑って送り出すのが女の役目よ?」
「だから優子さん。お友達は女の子だって言ってたじゃないですか」
「あちゃぁ」

 ズレた突っ込みを可笑しそうに受ける。

「だから、貴方の信じた道を行きなさい。だから、ワガママぐらい言いなさい」
「じゃあこのショーケースの物全部貰ってくわ」
「ちょ、ちょ、ちょそういう意味じゃないわよ!」
「違うの? 残念だわ」

 一期一会と言う言葉がある。
 あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのもので。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょうと言う意味の、茶道の筆頭の心得である。
 場は違えど、その心は人との出会いの根底に根ざしているもの。
 その言葉でようやく霊夢は、憂いを吹っ切ることができた。
 今更遅すぎるかもしれないけれども、だからこそ、この時間を大切にしたい。

 飲み屋を後にした二人は、お互いに口数も少なく電車に揺られていた。朝からずっと移動し倒していて、身も心も疲れ果ててしまっていたのだった。
 最寄駅についたときも二人は無言で、大量の荷物を抱えながら一番ホームの足湯に来ていた。
 もうじきに閉まる時間ではあるが、この疲れ具合では山道を歩く気は全くしない。
 というか、そんな暴挙をしてしまえば死んでしまう。

「なんだっけ、たくしー? あれ使おう。そうしよう」
「そうしましょうか……。荷物も多いし」
「買いすぎなのよ」
 
 上諏訪駅の足湯に浸かりながら、二人は大きく息を吐いた。
 足を湯へと投げ出して、細目になりつつ極楽極楽と呟く。

「家に帰ったらお風呂入りましょう。多分沸かしてもらってるんで」
「そうねぇ……。ちょっと疲れたわぁ。でもお風呂沸かすのって大変じゃない?」
「ボタン一個ですよ」
「へぇ……便利ねぇ。これは温泉から敷いてるみたいだけど」
「ね、足湯、気持ちいいですねぇ……」
 
 レギンスを膝の辺りまで捲っているのは、見栄え的に非常に残念な気がするけども。
 一方早苗はといえば、生足を惜しみもなく曝け出している。
 ちらりと霊夢がふくらはぎを見て、細い、と小さくため息を吐いた。

「うー」
「それはその、今はあんまし歩きませんから」
「どうせ幻想郷じゃぁ、飛んだり走ったりって忙しいわよぉ。筋肉だってつくわよぉ」
「いやその、ね。悪いなんていってないですよ。殿方の趣味はわからないですし」
「どうせ男性の知り合いだってほとんどいないわよ……」
「いやいやそう言う意味じゃなくてですね。霊夢さんだってその、可愛いですよ?」
「あんまし気にしたことないのよ。言われることも少ないし」

 霊夢はむくれてみせる。
 早苗や魔理沙は美人の部類に入るのだろうとはおぼろげながらには理解できるのだけども、こと自分のことなると無頓着なのだ。
 そもそも男性が朴念仁の霖之助しか知り合いにはおらず、美人だの可愛いだの言われても信憑性を疑う。
 そんなものだ。

「……私も化粧覚えてみようかしら」
「家に帰ったら、してあげましょうか? 薄くしてみるだけでも結構違いますよ」
「ううーん……」

 幻想郷の知人も、咲夜やアリスは薄く化粧をしているみたいだし、最近では魔理沙も色気づいてきて化粧を習っているんだとか。
 しなくてもつるつるぷよぷよだぞ、と言う酔っ払いの鬼の言うことはこの際横に置いておくことにしてもだ。
 
「して、みたいかも」
「じゃあ決まりですね。そろそろ上がりましょうか」
「うん……」
 
 足湯を上がった二人はタクシーを拾って家路へと急いだ。
 お金は紫に渡された分が十二分に余っている。早苗に最初見せたときは目の玉が飛び出しそうなぐらいにしていたから、若者が持つには余りある量があるのだろう。
 これぐらいをポンっと持たせるぐらいならば、普段からお賽銭を弾んでくれればいいのにと思うが、妖怪の考えることはいまいちわからないから。
 そもそもこのお金がどこから持ってこられたものかもわからないけれども、どうせ今夜限りなのだからと躊躇なくタクシー運転手へと料金を渡した。

「なんだかブルジョワジーの気分です」
「何それ」
「ほれ、明るくなつたろうみたいな」
「よくわからないわ」
「暗いですもんね」
「まぁ、うん。暗いわねぇ」

 空気が澄んでいる諏訪の山からは、満天の星空が望むことができた。
 幻想郷、妖怪の山から望む空となんら変わらない星空に霊夢は目を細めて、ちらりと早苗の様子を見た。
 早苗もしばし、星空に見惚れているようだった。
 この空の下で、幻想郷も繋がっているのだろうかと考えてはみるものの、結界に隔離されているのだから空も蓋のようなものがなされているのだろう。
 そう考えると、狭い幻想郷で肩を寄せ合って生きている自分たちが、少しだけ惨めにも思えた。

「うぅさぶさぶ。ささ、入りましょう入りましょう。お風呂も沸いているでしょうし」
「……ええ」
 
 幻想郷は決して楽園ではないことは、楽園の巫女の肩書きを持っている霊夢が誰よりも知っていた。
 楽園に近づけようとそれぞれが出方を伺っている伏魔殿。
 しかし、終着点でありながらもなお、打算と欲望が混ざり合っているからこそ、幻想郷は狂おしい魅力的なのだということも知っている。
 でなければ、幻想郷ごと滅ぼせる力のある妖怪がせせこましく生きているわけがないのだから。



 ◇



 かくり。
 それまで眠気に耐えていたてゐの首が大きく傾いだ。
 健康自慢なだけあり、早寝早起きが習慣と身についているのだ。
 まるで萎れていく花のように、隣に座る永琳の膝上へ頭を垂れた。

 未だ外に光はないが、時刻は深夜をとうに過ぎ行き、夏の明け空が近づいていた。
 部屋の中はランプの明かりが一つだけで事足りた。
 皆が固唾を飲んで見守る中心に、淡く輝く東風谷早苗の姿がある。

「このままだと、どうなるんだい」

 諏訪子が苦しげに吐き出した言葉に、息の詰まるような沈黙が数秒続いた。
 誰もがその答えを知っていて、それでも口にしないというのは異様な光景であった。
 そんな中、永琳が深く溜息を吐き、皆が自然と目線を彼女に遣る。

「こちらの彼女は消える。でも死ぬわけではありません。彼女は向こう側で人として生き、人として死んでいく、それは当り前の人間としてふさわしい人生ですから、私たちはその幸せを祈ることが東風谷早苗を尊重することに繋がるのではないでしょうか」
「分かってる。分かってるッ……けどさ、けど」

 諏訪子の声は若干の水気を帯び、その量はだんだんと萎んでいった。
 本人の身体も、がっくしと項垂れてしまった。

 幻想郷の東風谷早苗はもうすぐ終わりを迎える。

 ベッドの脇で二柱が俯きぎしりと歯を鳴らす。その手は縋るように白のシーツを掴んで離さない。
 少し距離を置いたところで椅子に座った永琳は、眠るてゐの膝枕と化し、まるで意思の無い機械のようにひたすらとその黒髪を梳いている。
 部屋の入り口では魔理沙が、床に胡坐を掻き舟を漕いでいた。
 隣に立つアリスは、自分の足によさりかかって寝る友を蕭然と見つめている。
 姿こそ見えぬが嗅ぎ慣れた紫煙のにおいがした。おそらく部屋の外には射命丸文がいて、漠然と夜空を眺めているのだろう。
 力のある者たちが、様々な知識に富んだ者たちが居るのに、残酷なことか、待つことのみができることだった。

 鈴仙は疲れのせいか、どこか夢心地がしていた。
 悪い夢だと決めつけて、このまま寝てしまおうとする弱い自分が心のどこかで陣を張っていた。

 それでも。
 負けずに、必死に、祈った。

 分かっている。可能性は薄い。希薄なんてものではない。
 それでも。それでも、だ。
 祈ることで誰かが救われる可能性が生まれるのだとしたら。

 指を組み合わせて握った両手に力を込めた。目を固く閉じ、額に当てる。

 何に祈ろうか。
 神か、仏か。それとも月か。いいや、奇跡にか。

 からん、ころん。

 薄い尖ったガラスのように限界まで張りつめた空気を、鈴の音が震わせる。
 振動は罅となり、結晶が粉雪のように散る。
 虚ろな目線のいくつかが、紅白の紐を付けた神楽鈴に向いた。

「えっ?」

 鈴仙の紅い瞳は、まじまじと見つめていた。
 ベッドに横たわる早苗の口元を。

 ――呼んでる。

 頭の中に声が響いた。
 朝霧に包まれた森林で鳴く小鳥のような、所在の分からぬ透明な声だった。

「今、なんて……」

 確かめるように呟いた鈴仙を、周りは不審そうに見遣った。
 鈴仙の視線は早苗から、特にその口元から外れることがなかった。
 開けられたすべての目が、東風谷早苗に惹きつけられていく。

「呼んでる」

 かすかに。ほんのかすかに。
 動いた唇の間から、空気を震わせ音が伝わる。

 からん、ころん。

 もう一度なった鈴を合図に、早苗はいきなり布団を跳ねあげた。
 夢遊病者のような瞳には生気がない。周りからいくつもあがる心配そうな声も聞こえていない様子だった。

「いかなくちゃ」

 様々な声が飛び交う中で、その一言だけが明瞭に鈴仙の耳に届いた。
 次の瞬間、早苗はパジャマのまま、裸足のまま駆けだしドアから飛び出すと、東の空へ向かって飛び立った。

 思いもよらぬ展開に一同は固まっていた。
 ドアから顔をのぞかせた文に、行かなくていいのですか、とでも言いたげな視線を投げかけてられ、鈴仙はいち早く我に返る。
 脱兎のごとくすぐさま後を追った。
 出がけ、ドアの取っ手につけられた鈴を引っかけた。鈴は軽やかに揺れる。

 からん、ころん。

 闇が揺らめく大地を兎が駆け、星の瞬く夜空を鴉が翔ける。







 薦められて、二人は連れ立って脱衣所へと入った。
 着た服はどうせ持ち帰るからと、霊夢は脱いだ衣類を畳んで袋へと仕舞いこむ。

「向こうではお風呂あるんですか?」
「温泉だったり、薪で沸かしたりって感じだけどね」
「そうなんですか。こっちのはちょっと凄いですよ。ボタン一つで沸いちゃいます」
「便利なのねぇ……。もうこっちに住んじゃおうかしら」
「ぜひそうしてくださいよ」
「考えとく」

 湯船は十分に二人が浸かれる広さではあったけれども、体の洗い場は二人では些か狭すぎた。
 先に早苗が体を洗うことになり、霊夢は湯船におそるおそると足をつけてから、ちょうどいい温度であることに安心してたっぷり肩まで湯に浸かった。

「やっぱり私こっちに住むー」
「お風呂で決めていいんですか」
「うん、いつでもお風呂に入れるんでしょ。最高じゃない」
「ここらへんは温泉も多いですからね」
「そうなんだー……ねむい」
「寝たら死にますよ
「まぁじでぇ」

 糸目の霊夢は、シャワーという文明の利器に片目を少しだけ開けて、またすぐに糸目へと戻った。
 この早苗はどういうことか、幻想郷で知っている早苗よりも胸の膨らみも尻のラインも膨らみがあって、女性らしさ溢れる身体だった。
 対して自分の胸はといえば、申し訳程度に膨らんでいるのと、浮き出しかけている肋骨。
 これでもしっかり食べているつもりなんだけどなぁ、と鼻まで沈んでぶくぶくと泡を吐く。
 大きいのが羨ましいわけではないけれど、やっぱり他人の体つきは、否応なしに気になってしまうものなのだ。

「洗いっこしますか?」
「ちょっと狭いから勘弁ね」
「もうちょっと、広かったらいいんですけどねえ」
 
 あくびをして、ぐてっと縁に寄りかかる。
 朝から歩き回って、慣れない乗り物に長い時間揺られていると疲労の程も激しかった。
 ついうとうとしていると、早苗に水をかけられてしまった。

「ばーん」
「この程度じゃ死なないわよ」
「次、身体洗ってきていいですよ」
「そうするー」
 

 早苗に湯船を明け渡すと、ほんの少し水が溢れた。
 一部分の大きさの差がはっきりと表れた気がして少し鬱になったけれども、しょうがないことだった。
 見様見真似でシャワーを扱い右腕を流しつつ、ポンプを押して出したシャンプーを泡立てる。

「綺麗な黒髪ですね。羨ましいです」
「結構、大変なのよ? 手入れするのも」

 ふふん、だって、毎日椿油でお手入れしているんだもの。

 容姿に気を遣うことは少ない霊夢だけれども、こと、髪の毛に関してだけは別だった。 艶やかな黒髪は自慢だったし、就寝前にはお気に入りの櫛で梳るようにしていた。
 気分良くした霊夢は、早苗からトリートメントを勧められて、髪へと塗り、湯船へと入った。

「大体十分ぐらいしたら洗い流すんですよ」
「そーなの」
「そうなんです」

 二人で入れる湯船だといっても、身体を伸ばすほど大きくはない。
 自然、早苗が霊夢を抱きかかえるような形で湯に浸かる体勢となっている。
 
「あばら浮いてません?」
「触らないでよ」
「ちゃんと食べないとダメですよ」
「食べてもお肉がつかないのよ」
「それは羨ましい! こちょこちょ」
「ぎゃーばかやめろ!」

 姦しい風呂の時間も、そうして過ぎていった。
 刻一刻と、別れのときは近づいてきていることは理解している。
 だからこそ、二人の間に笑いが絶えることはなかった。
 



 化粧遊びや積もる話をしているうちに、時計は夜半を過ぎていた。
 もしかすると、幻想郷のほうで長引いていて迎えは遅れるのかもしれない。
 期待するのは、良くないことなのはわかっているけれども、もう少しだけこの時間が続いて欲しいと願っている自分がいることに、霊夢は気づいていた。
 もうしばらく前から、早苗は寝息を立てている。
 規則正しい寝息と、カチ、コチと規則正しく刻む時計。
 それ以外に何も音はしなかった。静かすぎて、耳が痛くなりそうなぐらいだった。

 からん、ころん。

 こんな深夜だというのに、高下駄の音が響いてくる。段々とその音は、こちらへと近づいてくるようだった。
 天狗も居ない外の世界では、高下駄を履いている者などはよっぽど珍妙なセンスの持ち主なのだろうということは想像に難くない。 
 そもそも、こんな深夜に出歩いている時点で、何かがおかしいのであるが。

「呼ばれてる」
「早苗?」


 寝ていたはずの早苗はいつのまにか目を覚まして、未だ夢の中に居るようなたどたどしい足取りで部屋を出て行ってしまった。
 霊夢は慌ててその背を追いかける。
 人の気配のしない坂を、およそ人とは懸け離れた速度で駆け上っていく早苗と、空を飛んで必死で食い下がる霊夢。
 百鬼夜行のようにして、早苗と二柱を繋ぐ物品も宙を舞って早苗を追っていた。
 行く先の予想はついているけれども、見失ってしまえば、自分がその舞台に上がれないような気がしてならなかった。
 これで、全てが終わる。
 劇の幕は、主役自らの手によって降ろされようとしているのだ。
 自身は主役ではないことはわかっていたけれども、霊夢はその場に居るために急ぎに急いだ。
 夏と冬とが交じり合う最後の舞台、諏訪大社。



 ◇◆



 早苗の行き先はやはりというべきか、博麗神社であった。
 闇に包まれた境内で早苗は神殿を背にし鳥居の向こうを見つめていた。

 文と鈴仙は数歩下がった場所から、その背中を見守っていた。

「やっと、来るんですか」

 文が感嘆の息を吐き出した。

「きっと。ううん、絶対に」

 鈴仙はいつになく強い語調で言った。
 後ろからいくつか足音がやってきた。
 上ずった声の一つ二つは上がったが、やがて誰もが息を飲んで待った。

 大事な歴史の一頁。まるで彫像の如く、背景も人もじっとしていた。

 夜が明ける。
 暁光が烈しい閃光となり、スポットライトとして主役を照らす。
 観客の誰もが思わず目を瞑ってしまうほどの強烈な煌めきは、二人の少女を優しく抱いた。



 いかにして、夢幻は現実と交差して、夢現へと至るのか。
 
「待ってたわよ」

 八雲紫が立っていた。
 歪んだ物語を正す裁定者が、そこに居た。

「美味しいところは、あいつが持ってくのね……」

 霊夢は手を頭に当ててぼやいた。今回も紫が何を考えて命令をし、何を考えてここに居るのか見当もつかなかった。
 けれども、境界に住まう妖怪だからこそ、今の早苗のこともよくわかるのだということも、理解はしていた。

「さあ、最初で最後の邂逅を始めるわよ」
 
 紫が扇で空を切ると、立っては居られないほどにぐらぐらと地面が揺れ始める。思わず霊夢は尻餅をついて、事態を見守る。
 非常識がこちらの世界へと侵食し始めたのだ。
 
「幻想郷とは、今では夢物語にしか存在しない場所。我々は本来そこの住人なのです。
 常世には、関わってはいけない。けれども、少女は恋をしました。禁じられた恋。ボーダーを乗り越える愛」

 葉の落ちていた広葉樹が見る見る色づきだした。青々とした草木が地面から顔を出し、かすかに残っていた雪は融けて消えてなくなってしまった。
 しかしそれは神道を挟んで、向かい側のみである。
 自分の周りは相変わらず冬のままである。ゴクリ、と霊夢は唾を飲み込んだ。

「好奇心から境界を乗り越えた女の子は、二度と、こちらへと戻ってくることはありませんでした」

 夏の神社に、人影がぼんやりと浮かび上がりはじめた。

「幻想郷に住まう者が生きようが死のうが、それはこの世の摂理。
 それらを安易に乱すことは許されることではないのです。しかし、私は幻想郷の管理者。
 小さな火種が大きく燃え広がろうとしているのを、みすみす見逃すことはできないのです」

 紫は扇を口に当てる。酷く悲しげ目をしていて、今にも泣き出すのではないだろうかと、霊夢は思った。

「死すべき運命の者が足掻き、生への道を手繰らせるために、多くの者がそれぞれ尊い命を輝かせました」

 霊夢の目にも、はっきりと鈴仙と、文の姿が視認できるようになった。

「さあ、今度こそ掴み取りなさい。私が掴み取ることができなかった分まで、背負って生きて、その輝きを私へと見せてちょうだい!」

 紫が持っていた傘で、トンと石畳を叩くと、その時その場に居た全員が、確かにその耳で聞いた。

「砕けよ! 幻想と現実を隔てる壁よ」

 







 境界が、割れる音を








 ◆夢の終わりに◇



 真っ白な空間に一筋の亀裂が入る。
 そこから一つの人影が前に現れ、早苗の視界を染めた光を遮った。
  
「久しぶり……ええと、まあ"さなえ"でいいよね」

 声がした。
 現実と幻想の狭間。
 白と黒の世界で、いつしか膝を抱えて丸くなってしまっていた早苗へ、上から手が差し伸べられた。

「さ、なえ。さなえ?」

 幻覚を見たように、幻聴を聴いたように、早苗はこわごわと自分の名をなぞる。
 その人はそんな早苗の姿を正面に見据え、気持ち一拍小さく鼻を鳴らし、母性の滲む笑みを浮かべた。

「あまり元気じゃあなさそうね」
「あ……えっ?」
「もう。しっかりしてよ」
「あ、うん」

 手を繋いで、片方がもう一人を引っ張り上げる。
 立ち上がってもその手は離れず、しっかりと握られていた。

 近い距離で見つめ合うのが恥ずかしかったのか、率先して手を掴んだほうは頬をぽりぽりと掻いて、視線を斜めにずらす。
 もう一人は未だに状況の整理が付かず、じっと瞳へ映る自分の姿に魅入っていた。

「そっちは楽しい?」
「う、うん」
「話に聞けば随分といろいろあるみたいだけれど」
「うん。いろいろ、ホントにいろいろある」
「そっか」
「うん。そっちは?」
「こっち。うーん、そうだなあ。こっちもいろいろあるよ。楽しいことも辛いことも」
「そっか」

 くすり。始めに現実が笑う。つられるようにして幻想が破顔する。
 お互いに声を立てて笑ってしまった。元は一緒に生きてきたというのに、どうしてこんなに会話が続かないのか。

 分かっている。いや、見つけたといった方が正しい。
 もう私たちは同じ人の形を為していないのだ。

 現代と幻想郷。二人の早苗に場所が与えられている。
 まるでパズルのピースのように、決まった場所にしかそれぞれは嵌らない。

 人が記憶を作り、記憶もまた人を作る。
 道を違えた二人は、分かれた枝葉のようにそれぞれがそれぞれの成長を遂げてきた。

「忘れ物を取りに来たんでしょ」
「うん」

 同じ形になることはもう叶わないけれど、それでも根は二人一緒だ。どうすればいいかは分かっていた。
 現代の早苗はやはりどこか恥ずかしそうに、幻想郷の早苗はいつしか余裕の微笑を携えていて、おでことおでこをそっと合わせた。

 記憶がビデオの早送りでも見るかのように流れていく。
 古いほうはモノクロでノイズがたくさん混じる。次第に明るく色鮮やかとなっていく。

 幼稚園の頃。親の迎えが遅く、夕暮れの砂場でひとり涙を流していた。
 小学校の頃。放課後はよく走って帰った。家で遊ぶのが、特に好きだった。
 中学の頃は反抗期だってあった。自分に背負わされたものを尽く否定した。

 喜怒哀楽。自分と両親と祖母。いつも傍に居た二柱。
 皆の表情がくるくると廻りまわっていく。

 やがて、早送りが止まる。
 青葉の目立つ一枚の絵。停止状態から、再生ボタンが押された。

 あの日。終業式が終わった後だった。
 校門まで並列して歩きながら、高校二年が終わり、さあ来年はいよいよ三年生だ、とまわりが落胆しながら高揚するという器用な感情表現をするのを、しみじみと眺めていた。

「私たちもあと一年で卒業だよ。自分が卒業する姿とか、その先なにしてるのとか、想像つかないよねー」

 のんびりとした調子で友の一人が言った。

「まあとりあえずはさ、今を楽しく。青春を謳歌しようじゃないかっ」

 能天気な抱負に早苗を除いた三人が声を出して笑った。
 早苗は角が立たないように、飄々と装っていた。

「明日遊びに行こっか」
「あっ、いいね。どこ行く?」
「街行こう。買い物したい」
「新しくクレープのお店が出来たらしいよ」
「おおう。それはなかなか魅了的ですなあ」
「うん。まあそんな感じで、ブラブラしよっか」
「バス停に九時集合でいい」
「うん」
「了解。もし用事あったらメールすればいいね」

 会話はするすると進んでいく。
 眩しかった。青い空に白い雲。緑の森と山。遠方にはまだ雪の名残が見えたりもした。
 故郷。その想いが瞳に水の膜を滲ませていた。
 バシッ。不意をついて後頭部へ平手が飛んできた。

「なにぼうっとしてるのよ?」
「はなし聞いてた?」
「早苗も来るよね?」

 三者三様の質問責め。

「うん。明日九時にバス停集合。ちゃんと聞いてた」

 三つの顔が綻んで、満足そうに頷いた。 

「じゃあ、また明日ね」

 手を振って、ばらばらに道を歩み出す。
 友たちの背中を最後まで見送って、早苗は小さく呟いた。

「さよなら」

 あのとき。
 友に向けて放った言葉が、羨望が、面と向かって言えなかった後悔が、そこにもう一人の自分を作ってしまった。
 募り過ぎた想いはそこから逆方向へ歩みだし、やがて道程を得て人となった。

「たぶんその先も見せることができるかもしれないけれど――」

 映像が停止して、再び真っ白な世界で自分と向き合う。

「どうする?」

 現代の早苗が訊いた。この先の貴方が見ることのなかった未来を、望みますか?

 いいえ。幻想の早苗は首を振った。

「大丈夫。見えてたから」
「あ、やっぱり」
「やっぱりってことは、そっちも」
「うん。見えてた。気味が悪かったけれど、今となってはもう一度あの夢を見たいわね」
「物好きだね」
「だって仲良しそうだったし。夢の中の早苗は楽しそうだったし」
「そっちも仲良しじゃない。それに大学生は、羨ましい」
「そう?」
「知ってるくせに」
「まあ、ね」
「友達とああいう風に過ごすのは、すごく魅力的」
「同じよ。きっと」
「うん。そうかも」

 また沈黙が生まれた。
 言いたいことが在り過ぎて、喋り始めたらいつまでも終わりそうにないから。
 話なんかしなくても、きっと心の底では分かり合えている自信があるから。
 お互いに待っている人もいるから。

 言わなければならない事だけ、言えばいい。

「じゃあ」

 言うよ。翡翠の瞳が物語る。

「うん」

 同じ色の瞳が、重なって互いを輝かす。

「ただいま、早苗」

 息を飲んだ。
 唇を噛んだ。
 溢れる感情は喜怒哀楽のすべて。
 強くなったから、弱い自分は抑えて。

 一番明るい声で、貴方に伝えよう。

「おかえりなさい」

 独りの世界は、そこで潰えた。



 ◆◇



 からん、ころん。
 
 
 
 とある所に、人を死に誘う能力を持った、美しくも儚い少女がおりました。
 彼女を愛した隙間の妖怪は、彼女を救おうと這いずり回ってでも命を救おうとしますが、力及ばずに、少女は桜の木の下で、自ら命を絶ってしまいます。
 
「自分を責めないで。貴女と出会えて、幸せだったからね」

 白刃が首元を掻っ切るのを、どれだけ手を伸ばしても止めることは叶わず。
 隙間の妖怪は、いつまでもいつまでも泣き続け、自分の力の限界を憎み絶望しました。


 からん、ころん。と鈴のように泣きました。


 またとある所に、好奇心旺盛で賢く、この世の不思議を探して歩き回る星見の少女がおりました。
 そして彼女は秘密を解き明かすべく、秘封倶楽部というサークルを作りました。

「――、――――」

 しかし彼女は、相棒を残して失踪してしまうのです。
 安アパートにそっくりそのまま、生活用品を残して。
 残された少女は待ちました。
 一年待ちましたが、連絡はありませんでした。
 二年待ちましたが、何も、ありませんでした。
 三年待ったところで、大学を卒業することになりました。
 七年待って、彼女のお葬式が行われることになりました。

 彼女はどこへ消えたのか。
 彼女が消えたことによって行われなくなった、倶楽部活動。
 少女は一人、最後に二人で訪れた境界線上へと向かいます。そして――――


 伽藍、の堂を抜けました。


「私は二度と、むざむざと目の前で誰かを失わせるにはいかない。たとえルールを歪めようとも、世界の理を乱そうとも。たとえ、一緒に過ごした日々がなくなってしまっても、生きてなきゃ、生きてなきゃ意味がないんだ」

 それは祈りの言葉だった。
 もはや叶わぬことがわかっていても、そう願わずには居られない、弱い女の叫び声だった。
 
 もはや神道の中央は夏と冬、そして朝や夜も入り混じった異様な空間になっていた。
 長くは続けることができないのだろう。大粒の汗を垂らした紫は、それでも凛として立ち続けていた。

 二人の早苗が鈴仙の傍から、霊夢の傍からそっと踏み出していく。
 境界線上で、二人は再会した。

「―――、――――」
「―――」

 何の言葉を交わしているのかは、霊夢には聞こえなかった。
 きっと呆けてみている鈴仙も文も同じことなのだろう。今度こそ、最後なのだということがわかっているのだろうか。涙一つなく、二人は微笑んでいた。
 
「霊夢」

 霊夢がダンボールを担ぎ上げると、紫が微笑みながら声をかけた。

「帰りましょう。私たちの場所へ」
「そうね。たくさんの騒がしい奴らが、待ってるはずだから」
「……うん」

 紫の目元に涙が浮かんでいるのを、霊夢は指摘しないこととする。
 現実(ここ)ではなく、いつか夢幻の果てで酒を酌み交わすときがくれば、そのときは騒がしい酒ではない酒にも付き合ってやろうか。
 霊夢は、ちらりと早苗へと目をやった。
 丁度、別れの言葉を交わしたらしい。
 幻想の早苗は夏へと、現実の早苗は冬へと帰る。
 もう二度と、もう二度と交わることはない。
 



 夢と現の境界は、ここに改めて敷きなおされたのだから。




 思わず、熱いものが胸の奥からこみ上げてきた、上手く声にならないけれども、必死で声を振り絞った。

「さようなら早苗! またいつかとは言えないけれど、それでも、またいつか、この世の果てで会いましょう!」

 ダンボールを地面へと置いた霊夢は、夏から冬へと大きく手を振った。
 いつまでもいつまでも、幻想の壁がもう一度組みあがってもなお、大きく手を振り続けた。



 ◆◇



「もう、大丈夫、なんですよね」
「ええ。おそらくは」
「よかったあ……」

 ありったけの緊張を深い溜息として吐き出した鈴仙は、糸の切れた操り人形のように、その場へ崩れ落ちる。

「おっと」

 その頭が地面へぶつかる前に、文が反射で身体を下に滑り込ませた。
 幸せそうな笑みを携え、穏やかな寝息を立てているそれを後ろから抱きかかえ、なし崩し的にその場へ腰を下ろした。

「まったく、世話が焼けますねえ」

 地面に胡坐を掻いた文が上目で苦笑を投げかけると、早苗を抱きかかえた霊夢も同意を示すように口を曲げた。
 紫はダンボールを持ってさっさと消えてしまっていて、霊夢はダンボールの代わりに早苗を抱きかかえることになった。

 間が開く。文は手持無沙汰で無意識に胸のポケットへ手が伸びた。

「でも、嫌いじゃないでしょ」

 反射的に寸でのところで文の手が止まる。
 掌を凝視する。そこにある一本の線が本当にその人の運命を決めるというならば。
 溜息と笑みをこぼし、文がポケットから取り出したのは夏空色をした飴玉だった。
 包みを剥がし、口へ放り込めば、甘みがぬくもりとなり全身に沁みわたる。

 心地の良い麻痺感に浸り、眠たげに細めた目の先で、東の空に朝日が顔を出し始めた。
 眼前に広がる空と山々がげに美しき暁色と染まる。
 今まで見てきた朝焼けの中で一番美しく感じられた。
 もしこれが二番や三番になるときが来るのだとしたら。

「案外重いわ……」

 東の空に霊夢がぼやく。

「妖怪も、それなりに」

 重い。
 つくづく、よく飛んでいられるものだ。どおりで、遅いわけだ。
 早く飛びたいがため、重みは忌み嫌うべき存在であった。

「まあ、でも」

 ちょっとだけ羨ましく思う。
 大きな何かが自分を支えてくれている感覚は、さぞかし安心できるのだろう。
 飛べなくなった時分、もしそこに己の居場所があるというならば。

「長生きも悪くないかもしれませんねえ」

 遠くを望むように額にかざしを作ると、文は清涼な空気を肺腑の底まで沁み込ませるように大きく吸った。
 重みが胸に満ちた。
 人は、きっとそれを"希望"と呼ぶのだろう。

「まったく。今日も暑くなりそうです」

 からん、ころん。

 頭の奥で、幻想の音が鳴る。




 ◆敷きなおされた境界と、二つのロマンティック・ディストピア◇



「じゃあ、最後の曲だ」

 ギターを持ちながら、マイクを構えた赤髪。
 魔法使いのような黒い帽子に、黒い衣装。一挙動一挙動に、この会場の人間が、綺麗に一様に反応している。
 最後の曲、と言ったところで、会場に残念そうな声が上がる。
 あれから一ヶ月が経ち、今紅音風子は、憧れのバンドFinerainのライブに、半ば無理やり友人守矢早苗を連れてきていた。
 二人がライブハウスにたどり着いたのは開始ギリギリの時間だった。
 初心者の早苗に気を使い、あまり長居せず帰る予定だったのだ。

「あはは、まぁそんなにガッカリするなって。次、というか、トリはWitchdollさん達だからな。綺麗に締めてくれるだろ。……さて、そろそろ行くか」

 ボーカルが後ろに向けてひらひらと手を振り、合図をかけた。
 何故かきゅうりをもぐもぐとかじっていた女ドラマーが、帽子をかぶり直し、きゅうりをバチに持ち替え四回叩き合わせる。
 迸るギターと共に、会場が爆発した。

 サビの旋律、ボーカルの声に掛け声を合わせる観客達。どこにでもある小さなライブハウスだけれど、その努力で、その歌声で、このライブハウス全てを沸かせていた。
 風子は全身を揺らし、生まれ持った金髪を揺らし音楽の律動に乗り、手を上げて一緒に恋を叫んでいた。
 早苗がこのライブハウスに来たばかりのときは、どうしたらいいかも分からないまま喧騒から二歩ほど離れたところで静かに演奏を見ていた。
 今もその位置は変わらない。けれども、今はほんの少しだけ、体が自然とリズムを刻んでいた。

 やがて演奏が終わり、拍手の後、演奏者達は楽器を持ち奥に引っ込んでいく。
 風子は隣にいたはずの人間をしばらく目で探してから、もう、そんなところにいたの、と軽く怒りながら歩いてきた。
 そのうち楽屋からの出口に女の子が群がり始める。
 楽屋口から先程の演奏者達が出てきたのだ。風子はそれを見て、ぷりぷり怒っていたのも忘れ、早歩きをして向かっていく。
 苦笑して、ひとつ伸びをする。右耳につけているイヤリングが、少しだけ、音を立てた。

「お、この前の―――そう、風子ちゃんか」

 うわぁ覚えていてくださったんですねー、と風子は大げさに感心している。それとなくその横についていく。
 本物の知り合いが来たと分かると、群がっていたファンの女の子は自然とばらけていた。

「絵里子は元気してるか?」
「うん、パチェは元気そのものですよ」
「元気が一番だな」

 キリサメと舞台で名乗ったボーカルはしばらく風子と話していたが、やがて風子の側に来ている早苗に気づき、片耳だけのイヤリングを注視した後、お、と気付きの声を上げ、話しかける。

「あんたが早苗さんか、絵里子から話はたまに聞いてるぜ」

 絵里子の知り合いであるということくらいは知っていたが、まさか自分の事を話されているとまでは思っていなかったため、すこしばかりうろたえた。

「あ、えっと、どうも、あー、素敵な曲でした、キリサメさん」
「ありがとうだ。気が向いたらまた来てくれ」

 どう言葉を継ごうか迷っている早苗と、ファンが増えたことを素直に喜んでいるキリサメ。
 それを見て、風子が割り込むように憧れの男、キリサメに話しかける。

「ところで、今日の女装凄く似合ってますよ」
「ん……? 女装?」
「え?」
「え?」

 いや、私女だぜ、良く勘違いされるけど、と、キリサメが言い終わると同時に、風子がふらりと倒れ込む。
 受け止めてから大丈夫、と聞いた言葉に返事はない。
 恋に散った友人の頭を軽く撫でた後、気になっていた曲の歌詞の意味を聞くと、キリサメは少しだけ恥ずかしがりながらそれに答える。
 その間、ずっと風子は早苗にもたれかかっていた。

 二人の話は、共通の知り合いである絵里子の話に発展していた。
 壇上では、次のバンド、Witchdollが機材の準備を終えたところだった。もうすぐ今日のトリが始まる。
 風子とキリサメも、楽屋口の側で舞台の上を見つめていた。無意識のうちに右耳のイヤリングを触る。
 それを見られたのかどうか、暗転したライブハウスの中で、キリサメが失礼じゃなければ聞きたいことがあるんだが、と言い、既に立ち直った風子が、私も、と言った。
 世界が暗転する。二人の声は合わさり、疑問を問いかける。

「どうして片方だけ、イヤリングをつけているの?」
「どうして片方だけ、イヤリングをつけているんだ?」

 その問いは、おもむろに始まったギターのイントロにかき消された。



 ◇



 油蝉がやたらと騒がしかった。


 
 幻想郷はいま、夏真っ盛りであった。
 紫に渡された現代風の冬服は箪笥の奥深くへと仕舞われている。
 もう一度袖を通されるかは霊夢の気分次第なのだろうが、巫女は形から。
 思い出と共に、仕舞いこまれていくことだろう。

 守矢の二柱が博麗神社を訪れたのは、昼下がりになってからのことだった。
 容態の落ち着いた早苗は今度こそ、数日入院すれば起き上がることもできるようになるとのことで、それを霊夢へと伝えにきたのだった。
 
 ありがとうありがとうと頭を下げ続ける二柱の姿は痛ましかったけれども、それを責める気には到底なれなかった。
 外の世界は、もはや旧き神の支配など必要としていないことは明白で、都合の悪いことは無視しなければやっていけないほどに、彼女らは焦っていたのだろう。
 決して早苗のことを蔑ろにしていたわけではないことは、泣き腫らしただろう目元で十分に汲み取ることができた。
 それだけで十分だった。
 
 外の世界の早苗からの言伝であった「ありがとう」を伝えると、二柱はその場で膝を折って啜り泣きをし始めた。
 信仰を失いかけていたとはいえ、長年住んでいた土地を離れるのは決して簡単な選択ではなかった。
 幻想郷へ行くことが正しいことなのだと、自分に信じ込ませていた部分もあったのだろう。
 ごめんなさい、ごめんなさい。そう言い続け泣きじゃくる二柱を、ただ見守ることしか霊夢にはできなかった。


 からん、ころん。


 風鈴の音が鳴る。
 西瓜を齧って、ぺぺぺと種を境内へと吐き出す。

 このまま芽が生えてきたら面白いのだけれど、幽香の手でも借りない限り発芽はしないだろう。
 今度神社へと遊びにきたらやらせてみるかと、霊夢はぼんやりと考えていた。

 日常に戻ってみると、外の世界の喧騒は夢幻だったのではないかという気すらしてくる。
 幻想郷には、、背を遥かに超えるような高い建物などないし、鉄の箱も走ってはいない。
 そこら中に生えていた灰色の木々も存在していないし、人よりも、妖怪のほうがむしろ多い。

「へろへろん」

 例えば、空中から急に顔を出す、こいつのようにだ。

「で、どういうことか答えてもらうわよ」
「なにのことかしら?」
「ごまかすつもり?」
「そういうわけではございませんけども」

 半分体を出した紫は、相変わらずの飄々とした口調で焦らそうとする。
 なんとなく態度が気に食わなくて、霊夢はぺっと西瓜の種をぶつけようとした。

「やだきちゃない」
「さっさとこっちに来なさい」
「はいはいはい」
「はいは一回でいいのよ」
「大は小を兼ねるのよ?」
「過ぎたるは及ばざるが如し」
「もう。難しい言葉を知ってるのね」
「あんたは屁理屈ばかりこねるのね」
「西瓜ちょうだい」
「勝手に持っていきなさいよ」

 しゃくり、と小気味良い音とともに西瓜が割れる。 
 大きめに切り分けらたそれに齧り付いて、紫も西瓜の種を境内へと飛ばした。

「わあきちゃない」
「私のは汚くないのよ。凄いでしょ」
「ないわー。絶対それはないわー」
「ぷぺぺぺぺ」
「だから汚いからやめなさいってば」
「でも西瓜はこうやって食べたほうが美味しいのよ」
「それには同意する」

 しばらくの沈黙の後で、霊夢がぼそりと呟く。

「で、あんたの本意だけがどうしても掴めない。あんたは妖怪でしょう? なぜ早苗の肩を持ったの?」
「幻想郷のためですわ」
 
 即答して、紫は西瓜を齧る。
 
「嘘吐き。それだけじゃないでしょう」
「じゃあ二柱に恩を売りたかった、じゃだめかしら?」
「……それだけなの?」
「返答が不服かしら」

 紫は不敵に笑って、霊夢は頬を掻いた。
 こうやって煙に巻こうとしている限りは、どんなに迫ったところで本当のこと話そうとはしないだろう。
 ならば、押してだめなら引いてみるまでだ。

「紫」
「何かしら」
「ちょっとこっちにきなさい」
「んん?」
 
 きょとんとしている紫の頭を、霊夢はぐしぐしと撫でた。

「なんにせよ、ありがとうって言ってるのよ。あんたが暗躍しなかったら、こんなに上手くはいってなかっただろうから」
「そういうこと言われると、ゆかりんちょっとなびいちゃうかも?」
「ばーか。あんたが素直な感謝に弱いことぐらいお見通しなの」
「っ!?」
「まさかあんた、気づかれてないと思ってたの? だったらとてつもなく馬鹿なのね。まさか、私より付き合い長い幽々子とか萃香からは何も言われてないとか?」
「い、言われたことないわよ。そんな、全然」
「ぶぁーか。きっとみんなが気づいてるはずよ。本当はあんたがとんでもなく、お人好しだってことぐらいね」
「うー……」
「ほら、もっと寄りなさい。そこじゃあ頭が撫でにくいでしょ」
「うん……」

 頭を撫でられながら、紫は遠き在りし日に思いを馳せていた。
 今は亡霊となった幽々子が、その魂を妖怪桜に囚われる前のことである。
 そのときもまた、からかっているうちに弱さを看破され、こうして頭を撫でてもらったのだった。
 深く愛していた。
 妖怪であること、人間であること。
 種族の差など、些末なものだった。
 この人の泣くところは見たくないと誓ったけれども、けれども現実は無情であった。
 死に際して彼女の記憶も曖昧なものとなり、もう一度出会ったときには名前すらも、思い出してはくれなかった。
 何者にも汲みせず、全ての妖怪を統べる賢者と讃えられるようになった今でも、一連のことは消えないトラウマとして紫の心に残っている。
 
「あんたは馬鹿なのよ。いちいち小綺麗に立ち回ろうとして、損ばっかりしてるくせに堪えてないって顔して澄まし顔だから。そんなんじゃ、泣きたいときがあっても誰にも泣きつけないでしょうが」
「……うん」
「そういうのってすごい迷惑なのよ。笑顔の下で泣いてることがわかる奴だって、世の中にはいるんだ」
「……うん」
「幽々子は口に出すような奴じゃないから、あんたみたいに鈍感の極みだと親友やるのも大変そうだわ」
「そうなの、かな」
「そうよ。絶対そうなのよ」
「だったら、私幽々子に謝らないと」
「なんで?」
「なんかこう、馬鹿みたいじゃない私。弱さを見せないように立ち回ってるつもりなのに、本当はそれがバレバレなんでしょう?」
「自分でそこまで話しちゃったら、もう誤魔化しようがないんじゃない?」
「あっ……」
「まぁ、いいわよ。今日だけは特別。このことは誰にも言わないから。八雲紫は、大胆不敵で、怖いものなしでいなきゃならないものね」
「うー」
「しばらくこうさせてなさい」
「……ねぇ霊夢?」
「ん?」

 紫が霊夢の顔を覗きこむ。

「みんなで、宴会しましょ? ね?」
「ええ」

 からん、ころん。



 ◆



「今日はショックだったけど、良い曲聞けたからよかった、ってことにしとこうかなぁ」

 紅音風子と守矢早苗は、二人京都駅の中を歩いていた。
 用事があるという飲み会メンバーの友人ふたりを待ち時間潰しをしてはいるが、基本的にどこを行く当てがあるわけでもない。
 ただ、ぶらぶらと歩いていた。

「私も結構好きだったよ。Witchdollってバンドのほうも結構好きだったなぁ。なんというか、ビジュアル系? っていうの?」
「へー、早苗結構イけるクチねぇ……あれは好き嫌い分かれる、と私は思うんだけど」

 二人はしばらく先程のライブの話で盛り上がっていたが、早苗がそもそも詳しくないこともあり、すぐに話は別の方向へとすっ飛んで行く。
 この二人のもっとも身近な共通の話題といえば、飲み会メンバーの四人の話だ。
 基本的に彼女たちはお互いの事を大体知っているのだが、それでも知らないことは存在する。

「そういえばねー、最近、あの運動フェチがお洒落の本読んでた」
「有希が!? 信じられな……いやいや、風子の嘘にはもう騙されないわよ」
「いやいやいや、ホントだって、ほら、噂をすれば、ってえ? アレ? ホントに噂をすれば?」

 慌てふためく風子を見て、溜息をつきながら一応振り返るフリだけをしようとした早苗と、ビルの中の小さな書店の女性誌のコーナーで、バッグを床におき、食い入るように本を立ち読みしていた熊田有希の目があった。
 しばらくの沈黙の後、黙ってぱたんと本を閉じ目の前に置き、バッグを抱えて二人のもとに歩いてくる。

「……いや、私もお洒落くらいしたほうがいいのかなって」

 三人は沈黙しながら歩き始めた。有希の顔は恥ずかしさで真っ赤だ。
 視線を泳がせ、クチをもごもごと動かしてはやめを繰り返していた。
 早苗はどうフォローするべきか迷っていた。

「い、良いことだよ!」

 風子が無理やり言った。だが、この空気を打破するには至らない。
 風子と早苗にとっては、有希の変化を一度でも素直に受け入れられなかったこと、そしてその時に鉢合わせしたこと。
 有希にとっては、秘密が二人にバレてしまったことと、そもそも秘密にしていたこと。
 二人と一人はそれぞれ違う理由で後ろめたさを感じていた。
 やがて有希が場をつくろうため無理に口を開く。

「いや、この年でさ、私もそろそろ誰も男がいないってのはなんか寂しいなというか、間違ってるかなーというかそういう感じで、絵里子に相談してみたんだけど」

 早苗は何を言おうか悩んでいた。風子は話に入るタイミングを探していた。

「ところがさぁ、絵里子ときたら、なんかアヤシゲな本取り出して、ああこれじゃ話にならないって思ってさ、なんというか、いろいろな本屋でいろいろ見てみてたんだよ」

 自分自身の言葉を急に遮り、そうだ、と声を上げた。

「さっきの雑誌、アクセサリー特集やってたんだよ。それで思った、ずっと前から聞きたかったんだけど」

 風子がこれを機とし、それに合わせて聞く。

「あ、そうだ。もうごまかしても無駄だよ! ちゃんと答えてよ!」

「どうして片方だけ、イヤリングをつけているんだい?」
「どうして片方だけ、イヤリングをつけているのさ!」

 その言葉は、喫茶店で座っている八里絵里子と、その隣にいる、編集者らしき人の姿を見た早苗の声によって、無かったことになる。

「ねぇねぇ、あれ、絵里子じゃない?」




 女流覆面作家、八里絵里子はスランプだった。いや、正確に言えばスランプであった。

「やっと元のペースに戻ってくれたようで、編集一同安心してますよ」

 冬の喫茶店の、暖房が効いた室内。
 椛を象った団扇を仰ぎながら、彼女はガラス張りの壁に面したカウンター席で話しかけてくるスーツ姿の女性。

「いつもすみません、彩さん」

 彩と呼ばれた編集者を見ながら、楽しげに微笑む絵里子。
 その微笑を見て、何か別に良い事でもあったのかな、と邪推する彩。足元のカバンから原稿用紙を取り出し、手渡すと、彩は思考していたことをさっさと打ち切りそれを両手で確かに受け取り、抱きとめるようにしてから自分の鞄のファイルの中に挟み込んだ。

「今月載せる原稿は無事間に合わせます。来月は、もうちょっと早めによろしくお願いしますね」

 彩はこの言葉に対する軽い謝罪を聞き、満足そうにぱたぱたと団扇を揺らしてから、それでは、と言いながら立ち上がった。
 絵里子は軽く礼を言って、それを見送った。
 彼女が最近ゴシップ記事のライター業にも手を出し始め、急に忙しくなっていることを知っていて、それでもずっと昔からの担当だから、と自分が言い張り、今も編集を担当してもらっているのだ。
 自然と挨拶にも力が入るというものだ。そして、自分のスランプについて、内罰的にならざるをえない。

 思考を重ねる。そもそも私は何から始まったのか。スランプの原因は何だったのか。それはあるいは今書いているものが自分の得意分野で無いことに由来するのかもしれない。ただ、もう思い出したくも無い一ヶ月前の出来事が影響している可能性は極めて高い。あの日私は恋に破れた。そのせいで、私は完全に息を消沈していたのかもしれない。そもそも私はもうこんなもの書きたくないのではないか。このジャンルは流行物だ。流行に頼っている。私は流行ものが嫌いだ。普段本を読まない癖に、足並みを揃えるためだけに本を読む。それは本に対する冒涜ではないのか。そういう読者は面白いと自分を納得させる。本当は何が面白いかなんて分からないくせに。私のこれはそれに乗っかっているだけではないのか。そもそも読者の求める物とは何だ? 私はただ読者に恋愛小説を求められているのではないか? もう恋愛小説は書ける気がしない。もうあんなもの書きたくないんだ。そもそも私は恋愛小説なんて……私は……私は、私はどうしたらいいんだろう。どうすれば成長できるのだろう。この鬱屈とした袋小路から。

 ここまで思考し、自分の名前を呼ぶ声に、軽いトランス状態から覚醒する。
 気のせいであったことを確認してから、無事原稿を何とか期限に収めたという事実で不安を無理やり押さえつける。
 まだ足りない。残っていたコーヒーをぐいっと飲み干す。
 ふと気付く。彼女の友人たちが、側にいた。
 早苗の片耳だけのイヤリングが、チリンと鳴った。
 彼女に首を傾げながら微笑むクセなんてあったっけと不思議に思いながら、絵里子は、そのイヤリングの意味を、本当に知りたいと思った。
 依然不安はあったが、それでももう、押さえつける必要なんてなくなっていた。



 この後四人は早苗の部屋に集合し、ほぼ一週間ぶりの宴会となる。
 以前は本当に毎日のように誰かしらがここに集合し必ず誰かが酒を呷っていたのだ。
 一週間どころか、一日置きに開催されるだけでもめったに無いことであった。
 めったに無いことが起きた理由。それは、

「へぇ、早苗、就活、東京に行って来てたのか」

 家主の多忙及び不在であった。
 四人は一つのコタツを囲っていた。
 有希がビニール袋に入った大量の酒瓶や缶ビールや缶チューハイやおつまみをコタツの上に上げる。
 早苗はこれを見ながら懐かしい自分の場所に戻ってきたことを、改めて想った。

「わざわざ東京ねぇ。この時期なら面接もやっと始まった程度でしょ? 京都でもいくらでもあると思うのだけれど」

 コップを取りに重い腰を上げている絵里子。反論しようとしたところで、その言葉に秘められた別の感情に気づき、やめた。
 コタツの中に寝っ転がっている風子が補足するように言葉を続けた。

「絵里子、寂しいんだよ。私もだけど。早苗が東京の会社に行くってなったらさ」

 絵里子はストレートな言葉に少し恥ずかしがりながらも、別に否定しないわ、と言った。
 それを受け、有希も笑っているのに悲しげな、複雑な表情を見せる。

「ま、早苗がよけりゃそれが一番だとは思うんだけどな」

 ほんの少しだけ、部屋に静寂が訪れた。その静寂をごまかすように、有希が面接の内容と手応えを訊く。

「うん、良かったよ。実は第一志望だったんだけど、圧迫面接みたいなのも無かったし。そうだなぁ、えーっと、なんかあんま覚えてないや」

 第一志望というところに三人はびっくりした。何よりも、自分たちがそれを知らなかった事にだ。
 だが、彼女たちには、早苗が就活の詳細を今まで話さなかった理由は、朧気にわかっていた。巣立つ。このぬるま湯のような居場所から。
 一ヶ月前から、早苗がその双葉を育てあげ始めていたことも、三人はなんとなくわかっていた。
 来るべき時がきただけだ。だから、三人は、早苗の覚えてないという冗談を、軽く笑った。
 風子が言う。

「きっと覚えてないってことは、なんか凄い集中力だったんじゃないの? こりゃ合格必至だね」

 その言葉に絵里子はそうね、と相槌を打ち、有希は合格発表がいつか訊いた。

「今日」

 三人の驚きの声が重なる。同時に有希が言った。

「じゃ、今日は早苗の合格を祈り乾杯で」

 自分だけ何も持ってないことに今更気づき、慌てて風子にコップを渡し、半分ほどに継いでもらう。
 四人がコタツを囲い、中央にコップと缶を重ねる。
 風子はチューハイを缶のままちびりと飲み、有希はぐいっと平たいおちょこにつがれている日本酒を呷り息を継ぎ、絵里子は喉を微かに鳴らしながら一杯飲み干した。
 合わせて飲むと、今日の疲れが、爽やかな味とともに流れていった。

「うわ、早苗飲むねぇ」

 風子が驚きの声をあげる。もう既に酔いが回り始めた有希が、絡んでくる。

「早苗、もうちょっと詳しく面接の話聞きたいぜ」

 そうだそうだ、と風子がそれに追従する。

「私達今日はそれで乾杯しちゃったんだから、これはもう詳しく聞くしかないよ」

 絵里子が追撃する。

「皆で合否発表も見ないとね。パソコン借りるわよ」

 有希が言う。

「受かってたら祝いだし、落ちてたらもうこれは死ぬほど酒浴びないとなぁ」

 そんな三人を見て、早苗は苦笑しながら面接の顛末を語り始めた。



 ◇



「うーん。なんだろ。禊ってやつ?」

 畳に座を正した鈴仙の気など知った様子もなく、てゐはのんびりとした表情で首を傾げた。

「え。危ない事ではないよね?」
「うーん。まあ大変ではあるけれど、痛いとかそういうんじゃない」
「なに?」
「お風呂」
「お風呂?」
「を作る」
「どこに?」
「永遠亭に」
「誰が?」

 まさか自分が。
 鈴仙は自分に人差し指を向けてその意を表す。

 まさか。そんなことはないよ。
 てゐは曖昧に笑って、かぶりを振った。

「神様が」
「ああ、そっか。で、私はなにをすればいいの?」
「洗うんだよ」
「なにを?」
「目上の方の背中とか」
「なんで?」
「地上にはそういうしきたりがあるんだよ」

 講釈を垂れるような偉そうな態度。
 顔に張り付いた笑みは意地悪ないつものアレだった。



 透明な湯から天に向けて熱が昇る。
 大気を白く濁らせて、また色を失くし溶けて消えていく。
 それは一時の幻想にして、奥に在するであろう秘境にて、地に住む民の欲を隠し置く。

 湯気が湧き出でる岩で縁どられた型の湯船は、小さな月のクレーターと張り合えるのではと思うほど広く、しかしそのほとんどが黒い頭と白い耳にて埋め尽くされている。

「はい。つぎー」
「ちょっと待った。一回休憩」

 鈴仙は泡だらけの両手を降参したように挙げる。

「だめ。まだ半分も終わってないし」

 下半身を湯に浸けたてゐは、片肘を着きながら指導の声を飛ばす。

「そもそもうちの兎こんなにいたっけ」
「はい。つぎー」
「おい」
「はいはい。次はわたしー」

 湯船の奥で一際白い手が、空に向かってすらりと伸びた。
 ざばり。艶かしい肢体と黒髪が空気の目に晒される。
 ぽたぽたと石張りの床へ雫が垂れる。足音はぺたぺたと可愛らしく響く。

「あっ、姫様。私の耳返してくださいよ」
「私も鈴仙にお背中流してもらいたいのだぴょん」

 鈴仙の兎耳をつけた輝夜が手を猫のように丸めておどける。

「分かりましたから耳」
「ついでに髪も洗ってくださる、ぴょん?」
「ハイハイ。だから耳」
「てゐー。とって」
「はいはい」

 ざばり。幼い肢体が湯から飛び出る。ぴちょぴちょと足音まで幼じみて響く。

 穏やかな日常の風景に身を置いて、川のせせらぎに似た騒ぎ声を聞いて、一時だけ目を閉じる。
 蒸気の影響もあるだろうが、安心感と温かみに包まれる。
 網膜が熱くなった。じわじわと水が溢れていく。どうせバレやしないだろうとは思ったけれど、頑張ってなんとか堪えたかった。

 じっとしていれば、頭上で金具が止まる硬質な音がした。
 音で開けた世界。目の前の檜で作られた小さな椅子に輝夜が腰を下ろす。
 同性の目から見てもほれぼれするような美しい肌と髪に、嫉妬を通り越して感嘆の溜息が洩れた。

「丁寧にね」
「分かりましたよ」
「語尾に"ぴょん"は?」
「ないです」
「えー。ねえ、てゐ。この子なってないわ。お仕置きが必要よ」
「新しい拷問なんだけどさ、拘束や目隠しをして延々と眉間に水滴を落とし続けるってどう?」
「姫様。他にも洗うところはないんだぴょん?」
「髪だけでいいわ。誠心誠意を込めてくださいな」
「もちろんです」



「……ぴょん」

 苦々しい顔で付け加えると、周りでいくつか空気をくすぐる音が鳴った。



 身に一糸を纏わぬ空間においても、その魂は肉体と共に。

「やあやあ。絶景ですねえ」

 首から下げたカメラを構え、シャッターを切れば、焦点の先にいた人物は大仰に顔を顰めて、迷惑そうな視線を寄越した。

「そのカメラ、水に突っ込むわよ」
「河童のお手製です。残念ながら防水性抜群」
「いま忙しいんだけど」
「みたいですね。まあ、どうせこの後は宴会ですし、取材はそちらでさせていただきましょう。写真はこちらのを使用しますけれど」
「オイ。待て」
「後が閊えてるから早く。鈴仙」
「それじゃあまた後で」

 踵を起点に身を翻すと、霞がかった桃源郷が広がる。
 ほー、と狂言がかった一声に両手をかざし見晴らせば、たくさんの兎たちがごったとなって煮えている中で、約二名だけが輪から外れていた。
 小さな水溜まりを叩いて鳴らしながら、近づいていけば朗らかな鼻歌が聞こえてきた。

「ふっふーん」
「御機嫌ですねえ」

 お邪魔します、と断りを入れ湯に身を沈める。
 やや熱く、肩まで浸かればあっという間に顔が火照り出す。

「他人に髪を洗ってもらうのは、心地のよいことですのね。知らなかったわ」
「あら。昔はよく私が洗って差し上げていましたのに」
「あれ。そうなの?」

 残念。ぜんぜん覚えていないわ。
 悔むそぶりなど微塵も見せずに輝夜は淡々と口に出した。

「記憶が無くなることだけは、長く生きてても忘れないのよね」
「無は無ならず」

 永琳は手に持っていた御猪口を一口呷る。
 透明な水よりとろみを持った液体が、白い陶器の内側で凪ぐ。

「私にも一杯ちょうだい」

 波間に揺らぐ盆から輝夜が御猪口を取る。
 たぷたぷと心をそそる音。ふわりと香るアルコールの匂い。
 すでに良いそうな心地の良い雰囲気がそこにはあった。

「気が早いですね。博麗神社で宴会を開くらしいですよ。全部、守矢持ちで」
「私たちはいいわ。今回は参加見送り」

 柔らかそうな咽喉が上下する。
 黒髪のお姫様は非常に美味なる酒の飲み方を魅せる。

「若いもので楽しんできなよ」

 うっすら朱が差した顔で輝夜は笑う。

「私はもうそんなに若くないんですがね」
「好奇心の問題よ」

 好奇心ですか。文も満更でもなさそうに笑った。濡れた黒髪が頬に張り付いている。

「天狗のほうは大丈夫なのかしら」

 至って素面の永琳が、「飲む?」と徳利を揺する。
 うまい誘惑だったが、面目は保ちたい。目を閉じて首を振った。

「ええ。彼女たちの尽力があったおかげで」
「そう。あの子たちは頑張ったのね」
「まあ天狗も無理はしませんでしょう。東風谷早苗がいなくなるチャンスなんてこれからいくらでもあります。遠くない将来、おそらくやってきます」

 過去に何千何万と見てきた人間と同じこと。
 妖怪である文とてゐも、蓬莱人である永琳と輝夜も、そして鈴仙だって痛いほどに分かっている。

「私もやっぱ若い子の真似とかしようかなあ。格好とか」

 気まずい空気に先手を打たがれた。
 ね。とウインクが投げかけられて、文は大きく胸を膨らませ水面を騒がす風を吹かす。

「いつも楽しげで、充分に若々しいと思いますよ」
「あら。鴉さんは御世辞がうまいのね」

 そこで突如、悲鳴が上がった。歓声や嬌声も上がる。
 何事かと見遣れば見知った顔が一つ。今回の関係者として魔理沙と共に連れてきたはたての姿がそこにあった。

「お身体をお洗いしますよ、巫女様」

 尖った耳をよくそばだてれば、詰め寄る因幡てゐの声が届いた。
 人付き合いの悪さを矯正してやろうと思い連れてきたが、いきなり裸の付き合いはハードルが高すぎたようだ。
 タオルで必死に身体を隠そうとする初々しさが、周りの加虐心を掻き立てる。

 じりじりと兎の輪が縮まっていく。
 遠巻きであっけからんと裸になって笑う魔理沙と、呆れたように傍観をする鈴仙の姿も見えた。

「やめろ。まじやめろ」

 後退りをするはたてを見て仕方がない、と水を跳ねあげた。
 優美な肉体を隠しだてすることなく、引き締まった太ももとふくらはぎで水面を蹴って跳び、濡れた床にも難なく着地を決めた。

 こっちを向いているはたてと、文の目が合った。

「あっ、文。助け――」
「私も混ぜてくださいっ!」
「こっち来んなぁ!!」

 からん、ころん。

 薄紫に染まった空には、欠けた月が笑っている。
 愉快な音を立てて桶が飛び交う。

 からん、ころん。



 ◆



「それでね、なんか面接待ってる間、隣のチャラ男から良くわかんらい質問されたの。あなたは神をシンジマスカって」
「あっはっは、そりゃ怖いなぁ」
「えー、そんな人いるの? ふうここわいよー」

 それからしばらくして、酒が好きな癖に弱い有希が完全に出来上がってしまった頃だ。
 風子は甘えるように頬を擦り付けてくる。有希は大きな笑い声を上げパンパンと手を叩いている。
 早苗がいつもとは比にならないほど飲んでいるため、周りもそれに合わせて酒の勢いが加速しているというのもある。
 すっかり皆アルコールが体に回りきったため、コタツは意味をなさず、四人とも冬の涼しい風が恋しくなっていた程であった。
 有希がああ、と大声を出した。

「ってヤバいヤバい、早苗の合格発表見なきゃ」
「そうだったーわすれてたよー」
「いや忘れちゃダメでしょ」

 一人まだまだ顔が赤くなった程度の八里絵里子が二人に突っ込んだ。だが、二人はそれを受け流す。

「水飲んでシャキッとしないとな、アハハハハ」
「ふうこねむーい。あ、さなえ、さなえのぶんもみずくんであえる!」

 二人が台所に向かった後、残された絵里子は、まったく、と溜息をつきながら向き直り、静かに問いかけ始める。

「ねぇ、早苗。そろそろそのイヤリングの意味教えてくれてもいいんじゃない?」

 台所から水の音が聞こえてくる。

「イヤリングの事を面接で質問されたのね。きっとそれがイヤな事に繋がってるのだろうけど、だからこそ聞くわ」

 台所の水音が止んだ。
 早苗が面接で、イヤリングのことを質問され、いつものようにごまかし結果的に答えないままでいた。
 絵里子はそれが早苗の気持ちのしこりにつながっているのだと推測した。
 だからこそ、今、彼女はそれを質問しようとしている。
 ただ、それは合っているようで間違っているのだ。

「どうして片方だけ、イヤリングをつけているの?」

 だからこの問いは、台所から戻ってきた二人の「じゃあ結果見るぞー」という声でうやむやとなった。



「どれどれ、どうやって結果見るんだ?」

 肩から身を乗り出し、狭いノートパソコンの画面を見ようと必死な有希。
 足の間に座り込み、ゆうゆうと場所を確保している風子。脇から覗き込む絵里子。

「メールで届くみたい」

 有希の言葉に風子が答える。絵里子はただひたすらパソコンの画面に祈っている。
 イヤリングを左手で弄りながら、右手でマウスを操作し、震える手でボタンを押し、メールを開いた。

 合格という文字が目に飛び込んでくる。
 忌み嫌うべき夢が終わり、本当の夢が始まる。
 どこかにいる大切な友人と、どこかにいる大切な半身を思い浮かべ、目を閉じる。
 彼女達の反乱は、ディストピアをロマンチックに仕立て上げた。

 喜びの中、彼女を思いイヤリングを触っている早苗に三人は問う。

「どうして片方だけ、イヤリングをつけているのさ」

 彼女は面接官に理由を聞かれ答えた時のように、晴れやかな笑顔で答えた。





 ◇◆





「大切な人との、思い出のものなんです」

 からん、ころん。




 
「これでよしっと」

 つい二時間前には元気に湯気をあげていた珈琲も、今ではすっかり沈黙してしまっている。
 それを喉へと流し込みながら、昇ってきた朝陽へと会釈をしておく。生の太陽光は目が痛んだ。
 大学を出てからしばらくして、私は趣味で文筆などというものをするようになった。
 小説の中の私はいまをきらめく覆面女流作家でも、実際の私はいくらでも居るOLに過ぎない。
 そこらへんの愛嬌ぐらいは許して欲しいものなのだけど。

「しばらく、会ってないなぁ。あいつらと」

 大学時代、ずっと一緒だった連中。その一人、早苗が話してくれた"幻想郷"という場所の話。
 それは彼女の創作なのだろうけど、妙にそれが、私の中に残っていた。
 とかく、物質主義だの競争がどうたらだの、日々を忙殺されていると、牧歌的な田舎にでも引っ込みたいという衝動に駆られる。
 そう呟いたときに、彼女に寓話のようにして窘められたのだった。

「疲れているとユートピアに逃げ出したくなるのは誰だってそうだけど、そこに住んでいる人たちからしたら退屈極まりないのかもしれないよ」
 
 実際のところ、温泉に行っても二日三日ならまだしも、一週間も滞在したら退屈になるやもしれない。
 ユートピアに見えていても、全部が全部、美味い話になるわけでもなく。そして、世の中の理屈には、随分前には気づいていた。
 
「思春期の終わりってのも、辛いもんだねぇ」

 携帯を開いて、久しぶりに旧友にメールを打つ。
 近いうちに、飲みに行かないかと。

 ユートピアへの憧れが終焉を告げても、人生は退屈極まりなく続いていく。
 しかしながら、目を瞑れば聞こえてくるような気がするのだ。
 
 高下駄を履いた、天狗の足音が、からん、ころん、と。
かなぎ(電気羊、赤井葵、絹)
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/06/14 02:48:20
更新日時:
2010/08/01 22:21:03
評価:
29/71
POINT:
4490
Rate:
12.54
分類
早苗
霊夢
優曇華
1. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 11:50:32
面白かった
中にも外にもいるという発想がよかったと思う
6. 60 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 17:55:09
だんだん話がよくわからんくなってきてた。
9. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 04:38:48
糞ありがとうございましたぁあああああああああああ
16. 80 名前が妖怪 ■2010/07/04 13:19:44
ストーリー構成が組み上がっていて、きちんとに纏め上げたような印象でした
ただ、キャラの具体的な動きが分かりづらかったかも
後は特に必要性があると思えない煙草を吸わせているのが気になりました
18. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 16:38:14
面白かったです
外の早苗と霊夢の絡みが好みでした
19. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 19:46:23
大きな満足感を持って読み終えました。
鈴仙の行動、外の世界の早苗と霊夢の絡みが特に良かったです。
21. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/05 01:17:27
えがったえがったと感動で咽び泣いていたところを……後書きぃ!

まあ、実際はそんなん気にならないほど、面白かったですがね。
みんないい奴だったなあ。
悟ったような文とか、葛藤を抱えながら頑張る紫とか、みんな素敵。
31. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/09 16:28:43
傑作映画を見終わったような満足感
たまらんね
32. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/09 17:18:05
最高ですた
35. 100 名前の無い程度の能力 ■2010/07/11 21:47:27
長文が全く気にならないくらいのスラスラと読めました
オリキャラの特徴がいい感じで好感持てましたし
はたてはカワイイし感動しました
満点しかなかったですね
38. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/17 17:05:05
あー、なんかすげえものを読んだ気がする。
この感覚は久しく味わってなかったなあ。
本当なら作品の内容とかにも触れなければならないんでしょうが、
ここはただ、この充実した読了感と幸福感を伝えることだけに留めることをお許しください。
素晴らしい作品を読ませてくださり、本当にありがとうございました。
39. 100 半妖 ■2010/07/18 01:43:58
紫やら鈴仙やら各々のキャラの定められた役割というものが生きていて感動させられました。
からん、ころんの度に引き込まれて1日で読破してしまった…
43. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/19 23:18:29
自分も先日、似たようなテーマで一本書いたので「おぉっ!」と思ってしまいました。
難を上げるとすれば、守矢早苗と東風谷早苗の他キャラとのつながりという点での対比が上手くできていなかったかなぁ、という印象を受けてしまったところです。
あとやっぱり、二柱にはもっと目立って欲しかったり。
47. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/22 06:42:09
神性だけ幻想郷に来ちゃった早苗さんの話。
神性東風谷早苗と人間守矢早苗、夏と冬、夢幻と現実、
それらの対比とやがて訪れる収束と解離と、表現も話のまとまりも見事でした
描写がとてもわかりやすかった

早苗から忘れ物を受け取る早苗、双方が夢と決別してそれぞれの道を歩んでいく
その場面に涙でた。形は違うけど誰でも経験することだなこれって。

巫女二人のじゃれあいで和んだわ
良作をありがとう

現代世界の守矢早苗の友達のモデルになったキャラが一部わからない。
自分にはヒントが難しすぎた。
50. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/26 00:40:55
こういうの好きだぜ
52. 80 ずわいがに ■2010/07/28 13:18:41
なるほど、早苗の存在が二つに分かれたのですね、なるほどなるほど、ムフフ。
しかし幻想の早苗は幻想になりきれず、現実は幻想を捨て切れなくて、中途半端に繋がったままの存在がお互いを引きずり合ってたんですねぇ。
二人の早苗はもはやパラレルワールドのようなもんですか。

いやぁ、それにしても霊夢が外の世界で色々エンジョイしてんのって微笑ましいスなぁ。なんてv
54. 90 PNS ■2010/07/30 01:31:06
300kb超のSSを投稿した身でこんなこと言うのは心苦しいのですが……ごめんなさい! 『長く』感じました!orz
もっとスリムになれるはず! 物語はとても素敵でした。
55. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/30 02:49:36
ぴょん!
56. 90 即奏 ■2010/07/30 04:37:30
物凄く面白かったです。
57. 100 八重結界 ■2010/07/30 16:36:36
私好みの文ちゃんでした。煙草吸う文ちゃんまじイケメン。
58. 80 Ministery ■2010/07/30 16:46:54
非で紫が早苗を気にかけていた場面があったけれど、なるほど、こういう解釈もありか。

早苗についても、その他についても、キャラの立て方が実にうまい。
あいやお見事。
60. 70 ムラサキ ■2010/07/30 19:15:30
外の世界と幻想の世界で交差する様が見ていてとても面白かったです。
お風呂で外で暮らしたかったりする霊夢
成長していく鈴仙の姿も見ていてとても楽しかったです。
62. 100 サバトラ ■2010/07/30 22:02:48
時間の都合上、点数だけの投稿とさせて頂きます!
大変申し訳ありません!
63. 90 黒糖梅酒 ■2010/07/30 22:18:18
途中ほんの少しだけくどく感じましたが、とても面白かったです。
64. 80 蛸擬 ■2010/07/30 22:19:15
現実と幻想の邂逅と分かれが、残酷で、でも優しいお話でした。
鈴仙ほか、キャラクタ一同の思いがたいへん伝わります。
65. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/30 22:22:19
お風呂シーンが三回もあるとは。田舎では日が暮れる前にお風呂に入りますよね、そこが描写されていて嬉しいです。
66. 40 如月日向 ■2010/07/30 22:26:39
壮大なストーリーの極一部だけを抜き出した感じました。
背景がもっとしっかり描けていると、もっと入り込めたのかもしれません。
視点がころころ変わったり、誤字も多かったりで読み辛く全体的に
見直しが不足していたような印象を受けます
テーマがよかっただけにその点が残念です。
69. 70 つくね ■2010/07/30 23:38:51
取り急ぎ点数のみにて失礼します。感想は後日、なるべく早い時期に。
70. 100 ぱじゃま紳士 ■2010/07/30 23:49:59
 申し訳ございませんが、採点のみで失礼いたします。
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