霧雨魔理沙は知りたくない

作品集: 最新 投稿日時: 2011/04/01 23:59:02 更新日時: 2011/04/01 23:59:02 評価: 2/22 POINT: 2135208 Rate: 18567.24

 

分類
アリス
魔理沙
七色の人形遣い
 人体に有害なキノコの胞子により、人も妖怪も近づかない森がある。
 その森は豊富な魔力と怪しい雰囲気から、“魔法の森”と呼ばれていた。

 私こと霧雨魔理沙は、そんな“魔法の森”に住む、人間の魔法使いだ。

 湖の向こうにある悪魔の館、紅魔館。
 そこにある大図書館から本を借りて、森に生息するキノコを用いて研究を重ねる。
 ここに根を張ってからというもの、私はそうして充足した日々を送っていた。

 いずれ追い越すと決めた、親友の巫女。
 いずれ追い抜くと決めた、図書館の魔女。

 目標となるやつはいくらでも居るから、私は前を向き続けることができる。

 悩みなんか無い。
 悩むことがあれば、努力して打ち砕けばいい。
 悩んでいたことがバカらしくなるくらい、笑って超えればいい。

 ずっとそう思ってきて、ずっとそう実践してきた。

 だがここに来て、私は頭を痛めていた。
 悩み、といって良いか分からないような、疑問を抱いているのだ。

「今日は月曜日か……なら、“病んでる”な」

 月曜日は、一週間で一番憂鬱な日だ。
 他の曜日なら大丈夫かと聞かれても素直に頷くことはできないが、今日にくらべたらマシであることには変わらない。

「もうすぐ正午……逃げるか?いや、被害が広がるだけか」

 悩みのタネは、もうすぐそこまで来ている。
 同じ魔法の森に住む、私とは違う“種族”魔法使いの昔なじみ。
 いや、馴染みだった頃と同一人物だとは、言い切れないのだが。

「入り口ごと不意打ちで吹き飛ばせば、あるいは……いや、それじゃあ私の家が……」

 八卦炉を玩びながら、頭を抱える。
 逃げたら、きっと地の果てまで追ってくるだろう。
 そして……いや、考えるはよそう。

――コンコンコン

 規則正しい、三回のノック。
 非常に出て行きたくないが、こじ開けられて家を漁られたくはない。
 私の下着をどうするつもりなんだ。いや、聞きたくないけど。

「魔理沙ー、いるー?」
「……ああ、いるぜ」

 私が、小さな声で呟くと、扉の向こうの人物はドアノブをガチャガチャと動かし始めた。
 今ので本当に聞こえたのか?聞こえたんだろうなぁ……。

 そして、羨ましくなるような手腕で、扉を開け放つ。
 当然、魔法の錠前含めてピッキングだ。家主が居るのに。

「魔・理・沙♪……会いたかったわ」
「そうか、私は会いたくなかったよ……アリス」

 巷で“七色の人形遣い”と呼ばれている、ビスクドールのような可憐な少女。
 彼女の名前は“アリス・マーガトロイド”……私の、悩みのタネだった。










霧雨魔理沙は知りたくない 第一話、七色の人形遣いの七










 私が出した緑茶を、アリスは私の隣に寄り添って飲む。
 怪しげな薬――媚薬や睡眠薬――を入れられたらたまらないから、私が淹れているのだ。

「うふふふ、魔理沙の味ね。美味しいわ」
「そうか。で、今日は何の用だ?」
「あら、勿論魔理沙に会うために来たに決まっているじゃない」

 怖いくらいに頬を上気させて、上目遣いという名の三白眼で私を見る。
 背筋が粟立つほどの危機感を覚えながらも、私の本能と経験がそれを表に出すことを止めていた。また、“他に女が”とかいわれて包丁でも握られたら、今度こそ死ぬかも知れない。私と私以外の誰かが。

「ねぇ魔理沙、結婚しましょう?」
「明日……いや、水曜日に契約書を持ってくるならサインしてやる」
「もう魔理沙ってばそればっかり。でもいいの、貴女の気持ちは知ってるから」

 知られてたまるか。
 火曜日だと、まかり間違って持ってきてしまう、なんてこともあり得る。
 だから指定するのは、いつも水曜日だ。木曜や金曜でも良いけど、水曜日が一番話しかけやすい。

「今日、泊まっていっても良い?」

 アリスが、私の背後から伸ばした魔法の糸を、八卦炉から出した極小のレーザーで焼き切る。捕まったら、ベッドに運ばれて黄色い朝日を見るハメになるからだ。
 いや、前の時は逃げ切ったから、黄色い云々は憶測だが。

「泊まれるのか?」
「もう、イジワルね。そこは、“おまえを離さない”くらい言ってくれても良いのに」

 それからアリスは、低い声色でくつくつと笑う。
 最初の頃はこのアリスに涙目になっていたが、今となっては慣れたものだ。

 アリスは何故か、翌日まで自宅の外に止まらないようにしていた。
 何があっても、必ずその日の内に帰る。そうしないと、気分が落ち着かないのだといって。ありがたいから、深くは追求できないが。

「それじゃあ魔理沙、キス、して」
「キスされると死ぬキノコを食べたんだ」
「えぇっ!?大丈夫なの!?今すぐ私のベーゼで奇跡の回復を……」
「キスって行為をしなければ、明日には良くなる」

 月曜日のアリスは、ずば抜けて頭が悪い。
 いや、私の言うことを妄信的に信じてしまう、と言った方が正しいか。
 これで普通のヤツだったら友情的な好意も持てただろうに。

「わかったわ……魔理沙に死んで欲しくは、ないから」

 そう言って肩を落とすアリスの背を、さすってやる。
 何もしないと逆上されることがあるので、どこかでラインを引いておかなければならなかった。

「ありがとう、魔理沙。アイシテルわ」

 そうしてまた、アリスはくつくつと笑う。
 腰が引けてきたが、なるべく悟られないようにしないと、まずい。
 私はそう、引きつる頬を必死で隠した。

 これが、私の悩みのタネ。
 その一端である。

 月曜日のアリスは、俗に謂う“ヤンデレ”だ。
 月曜日の、というからには、当然他の曜日もある。

 諫めつつ、慰めつつ、神経をすり減らしつつ。
 私はアリスが“用事”を思い出して帰るまでの間、相手をした。
 アリスを玄関で見送り、その背中が見えなくなるまでが戦場なのだ。比喩じゃなく。

「あぁ、今日は早めに帰ってくれたか」

 深く椅子に座り込んで、ため息を吐く。
 もう一週間分は、体力と精神力を使ったような気がした。

「明日は火曜日だから……“ツンデレ”か」

 そう、アリスは曜日によって、性格が違うのだ。
 それも、落ち着いたとかそんなんじゃなく、まったく別の人格になったかのように、性格が変わる。まるで、アリスという少女の中に、何人もの人が居るかのように。

 月曜日はヤンデレ。
 私の貞操が危ない曜日。
 火曜日はツンデレ。
 まぁ、付き合えないこともない。
 水曜日はお姉さん系。
 自分から遊びに行く程度には、安心できる。
 木曜日は素直クール。
 口調は冷たいが、決して突き放しはしない。
 金曜日は天然系。
 別次元の感覚を持っていらっしゃる。
 土曜日はハイテンション。
 何が楽しいのか、一日中爆発してる。
 日曜日は無関心。
 誰に対しても同じ態度。悩みなんか無いらしい。

 一週間、必ず決められた日に彼女は変わる。
 水曜日に聞いてみても、色々と大事な物を死守しながら月曜日に聞いてみても、必ずはぐらかされて終わってしまう。

 これじゃあ、パチュリーとどっちが“七曜の魔女”だか分からない。

「このままじゃ、ダメだ」

 このまま、惰性で毎日を過ごしていたら、何も変わらない。
 月曜日と金曜日と日曜日以外は居心地が良いからと言って享受しているなど、なんというか……そう、私らしくないんだ。

「今日は妙に早く帰ったな?」

 いつもなら、日が変わるギリギリまで私から離れない。
 なのに今日は、早々に帰ってしまった。

「調べるなら、もう今日しかないかもしれない」

 もう二度と、チャンスは巡ってこないかもしれない。
 だったら、そのタイミングを逃すなんて、私らしくないじゃないか!

 いつもの黒白帽子に、愛用の箒。
 スペルカードと八卦炉を手に持つと、私は家を飛び出した。

「待ってろよ、アリス。お前の秘密は、私が暴く!!」





 この判断を、後の私は後悔することになる。
 けれどこの時は、ただこの状況を打開できるかもしれないという高揚感だけが、私の心を包んでいたのであった。実に、迂闊なことに……。










――†――



 アリスの家。
 その洋館の傍らに、慎重に降り立つ。
 対月曜日アリスのために培われた隠行の経験が、私の侵入を手助けしていた。
 恨むなら、己の迂闊さを恨むんだな、アリス。

 昼時の魔法の森は、鬱蒼と茂る木々のせいで薄暗い。
 けれども今は、そのことが何よりもありがたかった。
 繊細な魔法が施された正面玄関や窓は避けて、抜け道を探す。
 土曜日のアリスがしょっちゅう爆破してるから、たまに脆い部分があるのだ。
 二日しか経っていない月曜日なら、まだ完全には直っていなくても、不思議じゃない。

「……ビンゴ」

 壁沿いに歩いて、ひび割れた場所を見つける。
 そこを慎重に叩いてやると、簡単にひびが広がった。
 少し開いた穴へ指を入れて力を込めると、壁の一角が取れて、入り口ができる。

「よし」

 身を屈めて、まずは周囲を見回す。
 人形が巡回していたりすることもなく、洋館の中は静かだった。
 とりあえず音を立てないように中へ入って、立ち上がる。

「妙に静かだな」

 どこかで寄り道でもしているのか。
 家にいないというのなら好都合だ。
 寝室なり私室なり調べ上げて、秘密を暴けばいい。

「えーと、アリスの部屋は……」

 泊めてもらったことこそ無いが、家に通されたことは何度もある。
 だからこの家の構造は、だいたい把握していた。

「いや、でも流石に私室に入ったらばれるかもしれんな」

 魔法使いが、自分が留守の時に部屋に何も施していないとは、考えられなかった。
 私でさえ自室には感知結界が張ってあるのに、私よりもずっと慎重なアリスがそれを怠ったりするだろうか。

「となると、それ以外の所から調べないと」

 なんにしても、時間がない。
 このタイミングで月曜日のアリスが帰ってきたら、博麗神社で白無垢を着せられてしまう。

 あくまで音は立てないように、慎重に調べて回る。
 台所、人形部屋、浴室、厠、倉庫に空き部屋まで。
 そうして探し回った私は、最後にアリスの寝室に立ち寄った。

「お邪魔するぜ」

 声は潜めて、扉を開ける。
 ぎぎぎ、と軋む音が、私の脈を速くした。

 ぬいぐるみと本棚があるだけの、シンプルな部屋。
 魔導書に目が惹かれないといったら嘘になるが、恐怖心が打ち勝った。

「うーん……お?日記か」

 本棚に並んだ、一冊の本。
 普段の私だったら気にも留めないような安っぽい日記帳だ。
 人の日記を見るのはいかがな物かと思うが、背に腹は代えられない。

 私はそっと、その本を棚から引き抜いた。

――ガチンッ
「へ?」

 何かが稼働する音と共に、本棚がスライドする。
 ゆっくりと横にずれると、そこには地下に続く階段があった。

「忍者屋敷かよ、アリスのヤツ」

 降って沸いた幸運に、気分が高揚する。
 こんなところ、普通だったら気がつけるはずがない。
 そう思えば、あの時魔導書を手に取っていたら、罠が発動していたのかもしれないということに気がついてしまった。あ、危なかったぜ……。

 足音を立てないように、八卦炉から僅かな灯りを出して進む。
 石造りの壁や地面は、ひどく冷たい。

――……。
「声、か?」

 どこかで聞いたことのある声だ。
 でもそれがどこだったか思い出せないまま、私は石の廊下を進んでいった。
 そして、灯りが漏れだしている扉を見つけて、そっと身を寄せる。

「どうにもダメね。こんな性格に“調整”した覚えはないのだけれど」

 幼い声だ。
 昔、どこかで聞いたことのあるような、声だ。
 その声の正体が知りたくて、私はもう一歩踏み出す。

 そこで、その本棚に囲まれた部屋を見て、漸くその正体を思い出した。

「え?」
「誰!?」

 思わず声が出て、驚きで身体が固まる。
 いいや、違う。驚きなんかじゃなく、あの一瞬で私は“糸”に絡め取られたんだ。

「アリス?」
「魔理沙?」

 青いドレス、青いリボン、小さな背。
 何時だったか魔界で見た、幼くとも強い魔法使い。
 死の少女と呼ばれたアリスが、あの日と何一つ変わらない姿で佇んでいた。

「もう気がつかれちゃった、かぁ。もう少し研究できると思ったんだけど」
「ど、どいうことだよ?」
「あら?気がついてきたんじゃないの?彼女たちに」
「え?」

 アリスが指を弾くと、本棚の影から人が現れる。
 青い洋服に白いケープ、赤いカチューシャの少女。
 “七人の”アリスが、そこにいた。

「私に会いに来てくれたのね、魔理沙♪」――月曜日の、アリス。
「アンタのタメなはず無いじゃない!」――火曜日の、アリス。
「えーと……その、ごめんね?魔理沙」――水曜日の、アリス。
「そう、来ちゃったのなら歓迎するわ」――木曜日の、アリス。
「魔理沙?に似た誰かとかだったり?」――金曜日の、アリス。
「ハーイ、魔理沙!元気ないわねー」――土曜日の、アリス。
「どうでもいいから、さっさと話を進めてちょうだい」――日曜日の……アリス。

 多重人格なんかじゃなく、七人居た。
 こんなことが、あっていいのか?
 あって、たまるか!

「どういうことだよ、これは!?」
「研究よ。自立人形作成のためのプロセス。性格の変化と対応ね」
「その“対応”ってのを、私にやらせていたのか?」
「まぁそうなるわね。あ、気がついたら止めようと思ってたわよ?」

 気がつかなかった、私の落ち度か。畜生ッ。
 でも今は、そんなことよりも気に掛けなければならないことがある。

「私を、どうする気だ」
「彼女たちは神綺様のお力を借りているから自立しているようなものだけど、一人で作れた訳じゃないからこうして反復的に――――って、うん?」

 私の言葉に、“ホンモノ”のアリスは説明を止める。
 そして、日曜日のアリスによく似た表情で、私を一瞥した。

「どうもしないわ」
「どうもって……なん、で」
「スペルカードルールを破って、霊夢の友達をどうにかしたら私がピンチよ」

 始めから、殺す気も無かったけど。
 アリスはそう付け加えて、私を解放する。

「私も一応、貴女のことは友達だと思っているのよ?」

 そういうアリスの瞳は、大して私に感情が向いているようには思えない。
 いや、きっと私だけではないのだろう。彼女は、誰に対しても同じような目を向ける。
 霊夢とはまた何処か違った、平坦な精神なんだ。

「この程度のことで、怒ったりしないわ。これからも彼女たちと話してくれれば、それで侵入したのは許してあげる」
「は、そいつはありがたい。それで許してくれるんなら、協力するさ」
「あら、素直じゃない」
「興味が出たんだよ」
「ほんとうに、素直みたいね。欲望に」

 そうやって、私を見ないんなら考えがある。
 霊夢やパチュリーたち諸共、見ずに入られないくらい輝いてやるだけだ。
 私はそう、不敵に笑ってやる。
 負けるものかと、想いを込めて、アリスを真正面から睨み付けた。

「その態度も、今だけだ」
「吠え面でもかかせてくれるのかしら?」
「あぁ、強烈にな」
「ふふ、そう……楽しみにしているわ」

 そこでアリスは初めて、子供らしい笑みを見せた。
 老成しているのか、幼稚なのか、アンバランスな体と心。
 その姿はどうしようもなく“魔女”で、私なんかよりもずっと高いところにいるのだと実感させられた。

 でも、だからこそ、超える価値がある。

「さて、それじゃあ」
「ああ、またな」

 踵を返して、歩き出す。
 できれば、できることならば、このまま綺麗に終わって欲しいと願いを込めて。

「魔理沙っ♪……これで、気兼ねなく水曜日に式を挙げられるわね」
「なっ!?ちょっとアンタ!魔理沙を離しなさいよ!」
「そうよ、魔理沙に好意を抱いているのは私よ」

 月曜日と火曜日と木曜日のアリスが、喧嘩を始める。
 金曜日のアリスはそれを見て妙な感心をしていて、土曜日のアリスがはやし立てる。
 それを諫めようと努力する水曜日アリスは、きっと苦労人だ。
 日曜日のアリスは、とっくの興味を失って本を読み始めているのに。

「なぁ、分かりづらいんだが」
「そうねぇ……ま、次までに容姿に変化を出しておくわ」
「そうしてくれ。私はもう行く!」

 箒に跨り、全速力で飛翔する。
 誰の言うことを聞いて良いか分からないのか、慌てる上海や蓬莱の姿に、癒されながら私は飛び去った。





 それから私は、これまで以上の苦労を強いられることになる。
 好きな時に現れるようになったアリスたちに、振り回されながら、また知りたくもないことが増えていくのだ。

 私の苦悩の日々。
 これはきっとその序章に過ぎなかったのだと、後に痛感することになる。
 だがそれはまた、別の話だ。

 本当に……迷惑で、ほんの少しだけ愉快な日常の始まりだった――。







――了――
 第二話、図書館司書のヒミツのあれ。
 第三話、博麗地下のスキマ基地。
 第四話、守矢神社とアズカバンの蛙。


 続……かないよ!


◇◆◇

 プロット構成してから、五日で130kb弱。
 手と目が痛みますが、楽しかったです。
I・B
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2011/04/01 23:59:02
更新日時:
2011/04/01 23:59:02
評価:
2/22
POINT:
2135208
Rate:
18567.24
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0. 135208点 匿名評価 投稿数: 20
2. 1000000 奇声を発する(ry ■2011/04/02 00:43:21
超続きが気になる
9. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/02 21:09:06
これはネタじゃなくて気になる
名前 メール
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