祭りが終わった後の場というものはえてして、次の日の朝に片づけを行う人が現れるまで、乱雑に散らかりきるものだ。食べかけの焼きそば、飲みさしになった缶ビール、たれと竹ぐしだけが残された紙袋。飲兵衛ばかりの幻想郷なら、酒が入れば昼まで目を覚まさないなど当たり前で、朝に起きてくる律儀な奴がいるかすら、大分妖しい。
――まあそれはともかく。
人間達は気付いていない。
祭りの終わった会場には、浮かれて騒いだ気の反動のようなものが集まってくる事に。
今回の祭りもだいぶ大きな規模らしい。去年の祭りよりは大きくないようだが、それでも私の目的を果たすには十分だろう。
ちょっと早くに着てしまったけど、身を隠すにはいい岩があったので、夜分遅くまではそこで隠れている事にした。会場を見渡せる位置まで移動したのはちょうど5分前。夜道を照らす明かりすら消されたこの場所では、すでに何処が地面の境界かすら怪しい。
会場の中心までフワフワ飛んでいき、中心にゆっくりと降り立つ。足元に感じた生ぬるい温かさが、降りるに際して体の周りを包み込むように広がっていく。だがそれは決して私に触れる事は出来ない。
強い熱気を帯びた霧だ。相当量の思いがこの祭りで放出されたのだろう。人間はそれで日々の生活で自らにたまった日常厄を解き放ち、熱気を取り込んで健やかな生活を続けていく。
しかしその厄は会場に散逸して放たれたままになる。この思いがこうしてここに留まり続ければ、それは何れ熱気を失い、おぞましいほどの寒気を伴って再び元の人間を目指して還ってしまう。元の木阿弥どころかそれ以下になることだって考えられる。
私が山の上に持って行って神々に渡してやることで、初めて祭りは目的も含めて終わりを迎える事が出来るのだ。だから片づけなんかでぶーぶーと文句を言っているだなんて、まっこと片腹痛いのだ、人間どもは。
――まあそれはともかく。
くるくると、しばらく目を閉じながら回転していた。厄をくまなく集めようとすると、私の能力をもってしてでもしばらく時間がかかる。厄は何故か集まってくるともわもわ漂う霧のように見えるし、回転すると洗濯機の渦みたいになって集まり早くなるかもとか思ってやってみたけど今のところ特に変化は見られない。気分の問題。あとパフォーマンス。見る人はいないけど。
(それにしても、今日のはちょっと変ね)
最初から、寒気を含んで放たれた思いが、幾つか間に混ざっている。暖房の中に、幾つか強靭な冷風を吹くドライヤーが混じっているような感じだ。
(お祭りを、楽しめなかったのかしら)
この祭りの趣旨については勿論私は知らない。祭りがそこで起きるという事にしか興味が無いし、知ったところで私が参加する事は決して無い。ただ、こうして厄を集める過程で、混ざり合った思いを分析して祭りの様子を妄想するのはちょっとした楽しみだった。
(でも気分を晴らすために出かけてはみたけれど、周りはカップルばかりで帰って鬱うつした気分になるとか、お祭りで告白したかったけど、花火の音にかき消されて言う事が出来なかったとか、そういうのとは似ていないのよね)
そういう気持ちは、もうちょっと熱っぽいし、友達同士の愚痴で放出される事がほとんどだからお祭りの場には不向きだ。
(これはどちらかと言うと、……思いを遂げられなかった人間の気持ちってとこ?未熟さゆえか時間の制約故か、望む作品を仕上げられなかった芸術家、場にそぐわなかったか出来が悪かったかで望む評価を得られなかった芸術家。うん、それに似ているわ)
どんな祭りだよ、と思う。この場所は、辺りの開けた草原の筈なのに。そんな所に大勢集まって、歌の発表会でもやっていたというのか?
そう思って目を開ける。
開いた目がふさがらなかった。辺りが暗かったのは、暗がりだったせいではなかった。
四方八方が完全に暗闇に閉ざされていた。上を見渡すと光の束がびゅんびゅんと光速で飛び交っている。
(ここはどこ? もしかして、岩の陰に飛んで来た時からすでにおかしな所に迷い込んでいた?)
それは昔、山の天辺で見た龍神が怒りの感情を示した時の様子に似ていた。正直、体が縮み上がった。
(逃げなきゃ、ここからはやく逃げなきゃ!)
厄はほとんど集まりきっている。私は片足で地面を軽く蹴った。吸い込まれるような風を感じる。どちらに行ったらいいのかすらわからない私にとっては朗報である。
その時、私の周りにまとわりつく厄から、小さなひとかけらがこぼれおちた。冷たいひとかけらが。私はあわてて飛行を停止して振り向いた。
「何しているの! さっさと私についてきて!」
能力を使って無理やり手繰り寄せる。思いのほか強い抵抗に、作業が遅れる。そうしているうちに冷たい欠片ばかりが次々とこぼれて、大きな毛玉の形に姿を変えた。
『厄神様、厄神様。どうか私たちを連れていかないでください、そうしてあの人たちの元に私たちを無事帰させてやって下さい』
吸い込まれるような風が少し強くなった。もしかしてこの毛玉が起こしているのだろうか。そんなまさか。
それに厄と会話などした事が無いが、芸術家の厄ともなると会話が出来るのだろうか、ともかく驚くべきことだったがそう安々と私の役割を放棄する訳にはいかない。
「駄目よ、貴方達をこのまま見逃せば、元の人間の体へと帰るでしょう。そうすれば今まで数カ月溜めてきた厄を一度に身に受ける事になり、下手をすればその人間は滅びるわ」
『大丈夫。私たちは完成を見ることなく、放棄された作品であり。心をこめて作られ、評価を得られず消えた作品であるだけです。あまりに数多くあるから厄神様にはそう見えますが私たち、元は星の数ほどの作者の妄想の塊なのです。しかしこうして祭りの場に投げ捨てられました。ですがあの人たちの手で再び蘇らせてもらえる事を信じているのです』
風が一段と強くなる、いよいよもってこの風が毛玉の物だという事に疑いを持てなくなった。
こうなったら手段は選んでいられない。毛玉ごときにこれ以上翻弄されてなるものか。
「あっそう! それじゃあ力づくで連れて行くわ!」
まさかの敗北であった。行間にして1行の結果であった。
この空白でどのような死闘が繰り広げられたかを示すのは馬鹿らしいので止めておく。まあ言い訳するなら風が吹いていたから私移動できなかったし弾よけられなかったのよね、上下左右移動封印してクリアできるSTGなんて有るわけが無いし、ちょっと頭に血が上りすぎていたわ。
毛玉は、ボコられて風の穴に吸い込まれるように飛んでいく私を、見守るように宙に浮いていた。
「もうどうしようもないけど、悪さだけはしないでよー」
『悪さはします。帰ってからは作者を続きの展開思い浮かばなかったり赤面させたりでたっぷり困らせたりもします。授業中や仕事中に妄想させたりもします』
「そう堂々と宣言されると私の立つ瀬ないのだけど」
『私たちは、作者の一部ですから』
……アホらしくなってきた。
芸術家ってそんなもんなのかしらね。
(題名に深い意味はありません)
途中やりの作品どもが、今から君達に牙をむくという恐怖。
しかも連中は、あの厄神様も敵わない圧倒的な実力を持っているぞ。
さあ今こそ闘うんだ、期待しているぞ!
そしてその間に俺は逃げる!!
明壁