- 分類
- アーマードコア4
- アマジーグ
斜陽のラインアーク。
古惚けた民主主義を掲げた地上都市に、結果として彼は骨を埋める結果となった。
それは余りにも凄惨な最期だった。
ラインアーク謹製の外装フレームには夥しい数の傷が付き、最早原型を留めている所を見付けるのが困難な程。
頭部は削げ、腕部は吹き飛び、コアは抉れて、脚部は千切れ。
そこには最早、最強と謳われたリンクス戦争の英雄――――ホワイトグリントの面影は無い。
今はただ、水底へと沈んでいくのをAMSの過負荷に苛まれながら足掻く事無く諦観するだけしかない。
思えば、皮肉な事だ。
末期の思考の中で、彼――――アナトリアの傭兵は自嘲する。
自分は決してベッドの上では死ねないのは、レイヴンを志した時代から既に覚悟していた。
自分が死ぬのはきっと、レイヴンとしての戦場の上でだろうと。若い頃にはそう思っていた。
しかし、それは違った。
ノーマルとネクスト。
レイヴンとリンクス。
その境界が出来た時に、レイヴンである彼は死んだのだ。
……当時は企業だけの所有する絶対的な暴力であるネクストとリンクスの手にかかって。
そして、時代の象徴として死に逝くだけの彼をフィオナ・イルネフェルトは救ったのだ。
その時の事を彼は覚えている。
コジマ粒子により汚染された戦場跡。
幾重にも積み重ねられたレイヴンとノーマルの死骸。
その中で、手を差し伸べるフィオナ。
胡乱な意識の中で、自分の戦うだけの人生は此処で終わったのだと思った。
だが。
それは違った。
彼女達の所属するコロニー・アナトリアもまた、同じ様に衰退に期していた。
それまではフィオナの父・イルネフェルト教授の持つ最先端技術から利潤を得て生計を立てていたアナトリアは、教授の死後にその技術情報の殆どが流出し、致命的な経済危機に陥っていたのだ。
戦うだけの人生へと舞い戻る転機は直に見つかった。
彼には劣悪ながらも、AMS適正が存在していたのだ。
ネクストACに乗る為の資格、AMS適正。
――――ネクストの操縦法というのは、それまでのノーマルACやMTとは一線を画す物だ。
脳や脊髄をAMSジャックを中継して機体に接続する事により、操縦する新システム。
これにより、従来のACとは比べ物にならない程の操縦性の自由度を実現させるのだ。
ただ、無論の事だがこのシステムにはリスクが伴う。
このシステムに対して適性の高い者はストレス負荷を軽減出来るものの、適正の低い者は生命の危険すら伴う。
当時のコロニー・アナトリアの最高責任者であるエミール・グスタフは、困窮に陥ったアナトリアを救う際に彼を"商品"とした傭兵業を選択はしたが、実を言えば当初彼には何の期待もしていなかった。
国家解体戦争以前はいかに伝説的なレイヴンと言えども、それはレイヴンが主力であった神話時代の話だ。
レイヴンの神話は既に終わった。
神話の担い手はレイヴンとノーマルでは無く、リンクスとネクストに移り変わっているのだ。
神話において、神とは力である。
力の有る神が他の神を食い潰すのだ。
そして、今でこそ違うが当時にはリンクスの力=AMS適正の高さという方程式が有った。
故に、彼の価値は政治的な利用価値しか見出されず。その存在は脆弱で不安定という認識の下、いつ尽きるともしれない物として認知されていた。
しかし、その結果がどうだったかと言うと。
……答えは、今の通りだ。
AMSの過負荷に苛まれながらも、アナトリアの傭兵は走馬灯を見る。
これまでにレイヴンとして摘んで来た命。
これまでのリンクスとして摘んで来た命。
木端微塵に破裂するノーマルACに、虫ケラの如く蹂躙したMT。
断末魔の絶叫を上げる前線兵士達の命を、報酬に変換する作業の光景。
そして、物言わぬオブジェとしたネクストACとリンクス達の今際に遺した言葉の反響。
――――我輩には祖国が有る、負けられよ。
――――私は、負けない……!
――――なんで…? 私の優性は…。
――――俺の負けか……。
――――ここまでか、無念だ。後は頼む…。
――――良い戦士だ。感傷だが、別の形で出会いたかったぞ。
――――ファ、ファーティ…マ…。
――――ちく…しょう…。
――――誇ってくれ。それが手向けだ。
――――志半ば、か…。
――――……お前は、折れるなよ。
紅蓮の空。
荒れ果てた大地。
硝煙の混じった風が頬撫でたのを覚えている。
ただの独りで、命を賭した戦いに身を投じたマグリブの英雄。
その英雄の言葉が胡乱な脳髄に染み渡る。
そうして、彼は最期にその言葉を口にした。
《―――――――――》
◇◆◇◆◇◆
作戦を確認します。
マグリブ解放戦線の陸送部隊を襲撃し、同組織のイレギュラー・ネクスト。
『砂漠の狼』こと、アマジーグの機体を破壊します。
アマジーグは致命的な精神負荷を受け入れる事で低いAMS適正を補い、機体の戦闘力を限界以上に高めています。
ホワイトアフリカ各地の反体制組織から"英雄"と讃えられる程の相手です。
……まともに戦うにはリスクが大き過ぎます。
彼のネクスト、『バルバロイ』はイクバール標準機ベースの軽量機体です。
機体本体の防御力は、決して高くありません。
起動前に、一気に叩いて下さい。
以上、作戦の確認を終了します。……無事の帰還を。
――――ARMORED CORE4よりMISSION:DESART WOLFから。
◇◆◇◆◇◆
コジマ粒子の汚染被害に苛まれ、腐る様に死んでいった仲間の顔を憶えている。
企業の搾取に苛まれ、生きて抜く希望を失った仲間の顔を憶えている。
理不尽に蹂躙された仲間の顔を憶えている。
誇りを陵辱された仲間の顔を憶えている。
子を奪われ、涙を流す仲間の顔を憶えている。
親を奪われ、涙を流す仲間の顔を憶えている。
ならば。
俺は、全てを捨てて彼らの為に戦おうと決意した。
何もかもを捨てて。
何もかもを受け入れて。
AMSの過負荷も。
……それが辿らせる運命すらも。
企業が従わない者を全て蛮族だと言うのならば、
その蛮族の名を借りて企業を打倒しよう。
そう、覚悟した時の事は今でも憶えている。
―――――――――――――――――――――――――。
――――――――――――――――――――。
――――――――――――。
――――――――。
――――。
――。
マズルフラッシュがAMSを介して、バルバロイの頭部カメラと接続した彼の網膜を灼く。
しかし、彼はそれを意に介さず脊髄反射の趣く侭に入れた神速のクイックブーストで緊急回避。
劣悪な性能で知られるローゼンタール製メインブースター・CB-RACHELと、クイック特化のオーメル製サイドブースター・AB-HOLOFERNESを上へと出た瞬間に叩き込み、中空から連続クイックで距離を詰める。
PA(プライマルアーマー)に対して極めて有効とされるショットガンのトリガーを引き、着弾と同時にPAを剥ぎ取って丸裸にした。
バルバロイの眼はそれを見逃さない。
それまで空中に居たバルバロイは着地を決める。
そして、即座に丸裸になった敵機に対し突撃ライフルをありったけ叩き込んだ。
巻き上げられた硝煙と砂塵が、微かにPAが揺らぐ。
轟音とその残響が耳朶を突く。
過負荷に晒された脳が、意識と思考を白く上塗りにした。
それでも彼が戦闘意思を失わないのは一重に、それを超える自身の堅固な意志力の賜物である。
低すぎるAMS適正を補う為に受け入れた精神負荷は、平均的なAMS適正値を持つリンクスでは苦にならない些細な事でさえ苦痛と感じさせるのだ。
……しかし、それが彼がオリジナルにすら匹敵すると評される戦闘力の源泉でも有った。
《消えろ、消えろ、消えろ》
呟きに抑揚は無い。
それは相対する筈の敵機へと向けられている言葉の筈なのに、まるで居もしない幻影へと向けられている様だ。
だが、撃鉄を引く感覚は紛れも無い現だ。
バルバロイ――の原型となっている、イクバール標準機・SALAFは近接距離における射撃戦を主眼に置いた軽量二脚機。
内装はイクバールと同盟を結んでいるオーメルサイエンスとローゼンタールで統一されているものの、性能はお世辞にも良いとは言えず、ダメージソースの武装面もまた決定打として欠ける。
装甲や防御力はそもそも軽量二脚機に期待する物でも無く、その結果としてSALAFの設計基本理念に沿った戦闘方法をアマジーグは選択している。
即ち、保身無き近距離射撃戦。
イクバール製サブマシンガンから、攻撃力の高い突撃ライフルへと連射系武器を換装。
標準背部装備であった傘下企業・テクノクラート製ロケットを、オーメル社製散布ミサイルに換装。
遠距離下の初撃は背部の散布ミサイルにより、敵装甲を削る。
そして、近距離下に引きずり込んだ後は腕部のショットガンと突撃ライフルのダブルトリガーで落とす。
それが、アマジーグがネクスト・バルバロイを操る際の戦闘法だ。
《死ねるかッ!》
頭痛と吐き気。
そして背筋に走る無数の悪寒をその一言で一喝し、精神の地平線の彼方へと吹き飛ばす。
敵ネクストは為す術も無く、ただ蜂の巣にされるだけの的と化していた。
GA社の送り込んだネクスト。
リンクスはNO.23の、所謂オリジナル。
パックスを統括する六大企業の中でも最大の規模を誇るGA社製ネクストは、今は殆ど木偶人形。
中量二脚で有る以上は旋回力も申し分無い筈なのだが、GAネクストはアマジーグを視界に入れる事すら侭ならない。
……成る程、国家解体戦争には半ばネクストの性能とAMS適正に依存していた類らしい。
そう思うと、アマジーグは更にトリガーを引くタイミングを早くした。
相手は覚悟や誇りなど無き、唾棄すべき企業の飼い犬。
ならば同情の余地など何一つ無い。
炸裂音。
それに破裂音。
ネクスト用兵装の規格に直されたショットガンと突撃ライフルの弾頭が、極めて的確にGAネクストに喰らい付く。
装甲を片っ端から吹き飛ばし、反撃の余地すら許さずただただ蹂躙し尽す。
膝を突いてもそれは尚も。
その有様はまさしく、"蛮族"だった。
◇◆◇◆◇◆
静かな部屋だった。
華美な調度品など何一つ無く。……有るのは味も素気も無い、乾いた様な木製のテーブルと椅子。
それに、くすんだ鉄製のベッドだけだ。
窓は無い。
昼間だというのに陽光の差し込む事の無い部屋は、明りが欲しいのならば電灯を付けるしかない。
食事は基本的に日に三度。係りの者が配膳車を引いて、部屋のドアから受け渡しにやって来る。
それが、マグリブ解放戦線の英雄であるアマジーグへの対応の全てだ。
「――――」
今はただ、静かに略式ながら拝礼の手順を取りながら祈祷文を呟いて祈っている。
元々、彼は祭司の家系の子供であった。
代々から信仰厚く、そして様々な冠婚葬祭を執り行って来た。
だから祈祷文などは目を瞑っても言えるし、祈る事など何の苦にもならない。
幾ら英雄とはいえ、機体であるバルバロイは弾薬やエネルギーの補給無しで動ける事は無い。
ネクストを動かす為には万全な施設と設備と物資が必要だ。
マグリブ解放戦線のリンクス、アマジーグとススには二週間に一度メンテナンスの為の基地への帰投が義務付けられている。
そして、バルバロイとアシュートミニアがメンテナンスと弾薬補給が終える間、彼とススはこの牢獄の様な部屋に閉じ込められる事となっていた。
ネクストのその驚異的な戦闘力を実現する要因の一つとして、PAやOBなどのコジマ粒子の軍事転用技術が上げられる。
そのコジマ粒子は人体や環境に対して無類の毒性を誇っており。……その結果としてリンクスは周囲へのコジマ汚染を防ぐ為に隔離処置が施されている。
コジマ粒子の除去技術は無い。
有ったとしても、マグリブ解放戦線には無縁の物だ。
「――――」
彼もススも、この処遇に対しては何も恨んではいない。
否。……ススに関しては想像の域を出ないが、少なくとも彼は何一つ恨んでいなかった。
守るべき民族の為に戦っているのに、その民族を病毒で殺してしまっては何も意味が無い。
そもそも、これは覚悟の内の一つだ。
あろう事か祭司の息子が神の教えに背いて延々と殺戮を繰り返す。
それは紛れも無い罪だ。
……そして、罪は罰されなければならない。
「――――」
それでも彼が神へと祈りを捧げるのは、最早習慣でしか無い。
どれだけ祈りを捧げようが。
どれだけ願いを込めようが。
多分、自分の祈りは届かないのだろうと彼は考えている。
しかし、静かに祈祷文は紡がれる。
誰に向けてでもない、ただ願いだけを込めた祈りは果たして何処に行くのか。
……それは、アマジーグ自身すら知り得る事は無い。
◇◆◇◆◇◆
遠い昔。
彼は自分が将来、祭司になる事を信じて疑わなかった。
一族代々が神に仕える司祭であったし、彼自身も幼少期の頃から信仰が厚かった。
喧嘩もする事は無く、むしろ自身から避ける様な子供であった。
こうして今の様に血を流す事など、多分当時の彼には想像も付かなかっただろう。
そんな彼の何もかもが変わったのは、やはり国家解体戦争からだった。
企業による全体管理……という大義名分に裏打ちされた独裁政治。
日増しに進む飢餓と疫病。
そして、コジマ汚染。
……かつて、彼が住んでいた地域にネクストが投入された事が有る。
後のマグリブ解放戦線の同志による調査報告を聞く所によると、当時彼の住んでいた地域に政府軍の残党が居たらしい。
残党狩りの為だけにネクスト投入するというのは些か信憑性に欠けるが、それが現実に起き得た事だけは確実に彼は証明出来る。
硝煙と血の匂い。
そして無秩序に吐き散らかされたコジマ粒子。
あれは決して幻影の生み出した物ではない。
今でも彼は当時の事を夢に見る。
吐き気を催す酸鼻を極めた地獄の光景は、最早彼の魂の深層にまで焼き付いているのだろう。
ネクストACの投入は彼の住んでいた地域を阿鼻叫喚の地獄へと変えた。
嘔吐の感覚。
耳に残る呻き声と断末魔の絶叫。
嗅覚が麻痺するほどの硝煙の匂い。
彼がそんな地獄から生き残れたのは、その日彼は隣接した地域にまで奉仕活動に行っていたからだ。
一泊二日の大衆への奉仕活動は、計らずとも大衆を救う事により、まさしく自分を救う結果となったのだった。
しかし、その事を彼が神に感謝した事は一度足りとも無い。
眼前一杯に広がる焦土は、そんな真摯な信仰者の基本感情すら根こそぎ奪い得たのだ。
それまで積んで来た信仰は、気付けば意味を失って無為へと返っていた。
……そんな中で、彼は一人の老婆と出会った。
腹腔には焼き焦げた木片が深々と突き刺さり、肌の一部は火傷を通り越して炭化している。
呼吸は乱れに乱れ、最早生きている事すら奇跡の様な状態であった。
知り合いだった訳では無い。
ただ、心此処に有らずの彼を老婆が呼び止めただけであった。
「――――」
囁く様な声だった。
薄く掠れた声で、彼女は自分の息子夫婦と孫を探して連れて来て欲しいと頼み込んだ。
どんな状態でもいい。
ただ、生きてくれさえすれば構わないと。
……聞けばその日は、孫の誕生日だったという。
「――――」
彼は、その場から動く事は無かった。
どうする事も出来ず、ただ無力を噛み締める事しか出来なかった。
囁くような懇願は、そんな彼に対して待つ事無く続く。
彼は、ゆっくりと老婆の手を取った。
そして、割れ物を扱う様に優しく握り締める。
……それは老婆が息絶えて、懇願が止むまで続いた。
◇◆◇◆◇◆
彼がマグリブ解放戦線に入ったのは、その直後であった。
ネクスト投入により焦土と化した地区に対する救援活動にやって来た行動部隊に保護された後に、自らの意思で志願してだった。
当時もそうであったが、マグリブ解放戦線は他の勢力と比較すれば規模こそはそれなりだったが、……それでも企業などに比べられれば力不足と言わざるを得ない。
非戦闘員でも戦闘員でも、入ってくる人材は快く歓迎された。
マグリブ解放戦線に入ってからは出身などに目を付けられて、彼は戦線で負傷した戦闘員の介護などの福祉面に回された。
無論だが、福祉要員が戦闘行為に関わる事は無い。
しかし、戦闘員の治療も組織を回転させる上では立派な歯車だ。
日陰から支える自分達が居るから、マグリブの同志達は勇猛果敢に革命行動を進める事が出来る。
……今考えてみればそう思い込みをかける事で、自らの見ている事に目を瞑って正当化していたのだと彼は自嘲する。
彼が入った当時、組織内部には既に厭戦気分が蔓延していた。
度重なる企業との小競り合いに体力を削られ、そして元々の地力の差に希望すら奪われる。
士気は降下の一途を辿り、それは既に生半可な事では打開不可能な領域にまで陥っていた。
為すべき事を為す為には、まず何よりも先に意思が必要だ。
その意思が無ければ、何も為す事は出来ない。
マグリブ解放戦線にネクストの保有が決まったのは、その戦線の倦怠期の真っ只中だった。
オーメル陣営と組織上層部の間での交渉が有ったらしい。
企業間の権力争い。
国家解体戦争以後、既に企業間は冷戦状態に陥っていた。
オーメル陣営はマグリブ解放戦線にネクスト二機を進呈する代わりに、マグリブ解放戦線はオーメル陣営の保持する非公式の"駒"となる。
……それは、ネクストを餌にした企業による買収であった。
誇り高きマグリブ解放戦線の戦士の最終目標は――――企業の打倒。
企業を打倒し、ホワイトアフリカに平穏を齎す事。
それが正義である。
打倒するべき企業への隷属など以ての外であり、誇り高き戦士にとっては万死に値する侮辱だ。
しかし。
現状は、既にこの様な"誇り"が考慮の内に入る期間をとうに過ぎていた。
組織の頭が第一に考える事は"組織の存続"だ。
空中分解寸前の組織。
日増しに高まる厭戦気分。
それを打開出来る要因である、ネクストAC。
そして、結果は今へと至る。
……この事実を知る者は、マグリブ解放戦線でも一握りの者しか居ない。
自らが所属する反体制勢力が既に企業に隷属する態の良い行動部隊に過ぎないのを知り。それでも戦おうとする人間は果たしてどれ程居るだろう?
公にはマグリブ解放戦線の勇士がオーメル陣営の基地を襲撃して、ネクストはそこで奪った物とされている。
真実は組織の継続を願う上層部によって握り潰された。
アマジーグという名前は、彼の本来の名前では無い。
AMS適正を見出され、この事実を知らされたその日に彼はそれまでの名前を捨てた。
自由人、高貴な者……という意味を持つこの言葉を名前にしたのは、それは周囲に対しての願いと皮肉を込めての事だ。
そして、自らのネクストの名前を相反する意味のバルバロイとしたのは――――
それは、自分自身への自嘲と覚悟を込めての事だった。
◇◆◇◆◇◆
《目標、作戦エリア内》
砂塵がヴェールとなり、バルバロイのメインカメラを薄く覆う。
その砂塵のヴェールの向こう側に、そのネクストが居た。
GA社が送り込んだコロニー・アナトリア所属のネクストと、元レイヴンの経歴を持つリンクス。
ここ最近で旧ゲルタ要塞やエレトレイア城塞などのマグリブ解放戦線の拠点を陥落させた張本人。
非公式の駒として所持するには余りにも強大に成り過ぎたマグリブ解放戦線の英雄を厭うオーメル・サイエンス社が陣営内のGAを介しての粛清を決断し、その為に送り込んだ傭兵。
何時ぞやにGAネクストを排除させたのはこの為の布石であったらしく、自社リンクスの仇討ちという大義名分を振るって奇襲をかけ有耶無耶の内に処分する算段であったらしい。
オーメルに内偵していたマグリブ解放戦線の同志が、命懸けでアマジーグに連絡した情報だった。
《奇襲か》
マグリブの英雄は、まだ死ぬ訳には行かない。
血反吐を吐き、泥に塗れても足掻いて生き延びて戦わねばならない。
既にバルバロイは完全な起動状態に有る。
AMSジャックを介しての過負荷もそのままに、耳鳴りも頭痛も止む事を知らない。
後は、目の前のリンクスを排除するだけだ。
《バルバロイ、既に起動しています!
何故、そんな、……気づかれていた?》
向こう側のリンクスは喋らない。代わりにオペレーターが代弁しているお陰か、何とか向こうの様子は解る。
報告を聞く限りでは、向こう側のリンクスのAMS適正値は自分と同程度かそれ以下。
……つまりは、かなり劣悪であるという。
先程から一言も喋らないのからして、それは確かな情報であるようだ。
《無駄な策だったな。……狗に相応しい所業だ。
――――――――――容赦せん、行くぞ!》
しかし、それは情けをかける理由にはならない。
メインブースターを起動。鋼鉄の巨体を宙に浮かし、一気に敵機への距離を詰める。
落日に沈む旧ピースシティ・エリア。
砂塵が晴れて、改めてバルバロイの眼に相対するネクストが映るった。
敵はローゼンタール社製ネクスト・TYPE-HOGIREをベースにした黒の中量二脚機。
右腕部にはBFF製高精度ライフル、051ANNR。
左腕部にはレイレナード社製突撃ライフル、04-MARVE。
背部のハードポイントには右に有澤重工製グレネードキャノン、OGOTO。
肩部装備は一切無し。
武装面は典型的なダブルトリガー機。威力と性能の割りに弾数の少ないレイレナード社製突撃ライフルを積んだのは、奇襲戦に特化したが故の選択か。
内装のアセンブルは不明。
重量クラスのグレネードを搭載している所為か、機動面ではバルバロイに劣る模様。
バルバロイのメインカメラを通じてFCS(火器管制システム)の安全装置(セーフティー)を解除。
両腕のライフルとショットガンを向ける。
それと同時に。
アナトリアのネクスト――――――――レイヴンの銃口も、こちらを睨んだ。
《――――》
《――――》
互いの射線上に双方の死線が交錯する。
バルバロイは瞬間にクイックブーストを叩き込み、アナトリアのネクストの射程内の死角へと潜り込んだ。
突撃ライフルの引鉄に指がかかる。
だが、レイヴンはそんなアマジーグの意図を予測したのか、あちらもまたクイックブーストを叩き込んでバルバロイの視界から消失する。
《――――――》
銃声が響く。
しかし、それは掠める事すら無い。
敵ネクストはヴェイパートレイルを地面に刻み付ながら滑走。
そして、その最中に右のライフルを中空のバルバロイへと向けて――――撃った。
中空に居る標的。
滑走する最中で射撃行為。
足場は不安定な砂漠化した大地。
しかし、それでも照準は正確無比。
マズルフラッシュと共に放たれた銃弾はPAを抉り穿って、バルバロイの装甲を浅く削った。
……成る程。劣悪なAMS適正とは言えGAの粗製リンクス達とは違い、ただの木偶人形では無いらしい。
《理に適った動きだ。レイヴン、侮れんな》
アマジーグは改めて眼前の相手が脅威である事を認識する。
色彩と温度を失っていく空気の中で、比例させて自らの戦闘意識も冷たく研ぎ澄ます。
一瞬間に着地を決める。
遠距離に値する位置を着地点に決めたのはジェネレーター回復の為。
瞬時に回復するエネルギーゲージ。
空かさず、二段クイックブーストで敵機のFCSの標的固定を掻き乱す。
そして、牽制の為の突撃ライフル。
《――――》
レイヴンは、それを大凡最低レベルのリンクスとは思えない程の巧みな操作で回避。
予期しない火薬の炸裂音をバルバロイのソナー=アマジーグの耳が拾う。
それはアナトリアのネクストが右背部のハードポイントからグレネードを破棄した音だった。
重量級兵装は第一段階の奇襲が失敗した時点で、既に装備する意味を失ったと判断を下したのだろう。
コジマ汚染に晒された砂漠にグレネードがめり込むのと同時に、敵ネクストは本来の機動速度を取り戻す。
ネクストならではの他兵器とは常軌を逸した速度に拠る機動は、彼我の距離を瞬間に詰めて来た。
向けられた銃口。
引鉄に絡んだ指は絞られる寸前。
《――――チィッ!》
舌打ちとほぼ同時に噴射炎を吐き出し、アマジーグは中空へと出る。
機動から察するに、どうやら敵機は外装こそローゼンタール標準機のままなれど内装は殆ど別物の様だ。
先程の速度は万能機信仰の厚いローゼンタール謹製パーツでは、幾らチューニングを施そうとも叩き出せる物ではない。
国家解体戦争以後。困窮に喘ぐアナトリアが素人商法で傭兵稼業に手を出したのは聞いていたが、現状を見れば相当この元レイヴンに入れ込んで賭けているのが良く解る。
クイックの二連打。
敵視界上空に出てから更にまた上へと昇る。
敵が手練である以上、一コンマ足りとも有視界内には決して収まれなどしない。
畳み掛ける様にショットガンの散弾と、一拍の時間差で突撃ライフルの掃射を浴びせに掛かる。
《――――》
レイヴンはそれすらもブーストの機動力をかけた急旋回で回避。
抉られて巻き上がる砂塵がガンメタルに染め抜かれたネクストを淡く覆う。
燐光が弾ける。
瞬間に断末魔の絶叫の様な怒号が響き渡った。
コジマ粒子を思う存分に吐き散らかしてのオーバードブーストのエグゾーストノート。
どうやら、レイヴンもまた視界に収まる気など更々無いらしい。
バルバロイは着地後地面を滑走。
身を削る様な地上高速戦へと、勝負は傾れ込む。
《――――――》
ネクストに拠る高速戦は、通常速度の戦闘より多くの情報処理を必要とする。
情報処理の速度こそがネクストに拠る高速戦の勝敗を決すると言っても過言では無い。
そして、その情報処理はAMS適正の低い者に対して多大な負荷を掛ける事となる。
負荷による頭痛と耳鳴り。
不整脈による過呼吸。
息は荒い。
視界は白く霞む。
積み重なる加速化の代償のそれら一切合切をアマジーグは己の精神力で捻じ伏せる。
《消えろ》
ポツリ、とアマジーグが呟いた言葉は何処か虚ろ。
余りにも平坦な声音は、今この場となっては何よりも異常な程に聞こえる。
放たれた銃弾がバルバロイの肩を掠める。
しかし、トリガーを引くのが止められる事は無い。
《消えろ、……消えろ》
引き続けられる引鉄。
視界の消え合いと死角の取り合い。
高速下で行なわれる射撃戦は、互いが互いにPAと精神を怒涛の如く削り合う。
《消えろ、消えろ、消えろ》
クイックブーストで右に出る。
クイックターンで曲がり込む。
蜿蜒と反駁する"消えろ"という言葉と共に吐き出される完全鉄鋼弾。
ブースターから吐き出される噴射炎は、巻き上がるコジマ粒子の混じった砂塵を否応無く焼き付ける。
しかし、レイヴンもまた揺らがない。
加速する戦闘の中で怯む事無くバルバロイに喰らい付く。
沈み掛ける夕陽。
外れた弾丸が朽ちた廃墟に突き刺さる。
ネクスト二機は、その長大過ぎる程の巨躯を音速の下に置いていた。
音速の射撃戦にPAが撹拌し、そのままの素の装甲が剥き出される。
――――――――バルバロイの。
レイヴンはそこを狙い穿った。
吐き出される突撃ライフルの弾丸は、バルバロイの右腕へと叩き込まれる。
《ッ》
弾け飛ぶ腕部。
リンクスと同化した状態のネクストACにとっては、ネクストの損傷=リンクスのダメージである。
自らに還元される幻影痛。
右腕は二の腕から先が吹き飛び、これによって至近距離の射撃戦を主眼に置いたバルバロイのショットガンの高火力が失われる。
《強すぎる……》
呟く言葉はある種では感嘆の念も含んでいた。
相対する目の前のレイヴンは、AMS適正がどうであれ確かな強者だ。
残った突撃ライフルの銃把を硬く握り締めて掃射。そして、その合間に背部に装備した散布ミサイルを展開。
FCSのターゲット・マーカーが黄から赤へと移り変わる瞬間にミサイルを叩き込む。
《――――》
襲い来る小型ミサイルの群。
相対するネクストには現在、ミサイルの追尾から逃れる為のフレアディスペンサーなど搭載して無い。
しかし。
レイヴンは自らの持つ突撃ライフルを向けると、追尾を切る為のターンと共にミサイルへと撃ち込む。
的確にミサイル群の密集地点を見抜き、そこに叩き込む事によって誘爆を誘ったのだ。
……高速戦の均衡は徐々に崩れ、優勢はレイヴンの方へと傾き始めている。
アマジーグの水際が近い。
《――――――》
意識の混濁が、段々と彼の意識を塗りつぶして行く。
それは死神の手招きと同義であった。
白濁した意識の中で、意識の深奥から記憶が放出し始める。
見せるのは、あの時の光景だった。
意識の深奥、魂の深層に焼き付いたあの光景。
呻き声。
硝煙と焼けた肉の匂い。
瓦礫の山と化した家々。
――――――――――――老婆。
あの時、彼は。
……決して探しに行こうとせずに手を握り続けた訳ではなかった。
既に老婆の孫と息子夫婦は見つけていたのだ。
老婆と出会った時、既に。
酷い損傷であった。
面影の残った部分は何処にも無かった。
……見せるには、余りに惨い亡骸。
老婆の手を握ろうとした、その瞬間。
亡骸の濁った瞳と、眼が合った。
《――――――――――――死ねるかッ!》
一喝。
それで、死神の手招きを振り解く。
バルバロイの装甲に銃弾が喰らい付くのが増す。
アマジーグは即座にクイックブーストを入れ、射程外へと逃れる。
重力法則をから急激なGが懸かる中で、突撃ライフルの三点バースト。
過負荷で食い縛る歯が軋む。
舌に触る感覚は、奥歯が何本か砕けたに違いない。
決して死ぬ訳にはいかない。
『英雄』と、……そう呼ばれ始めた時から人々の偶像として生き抜く事を受け入れたのだ。
装甲を突撃ライフルで削り飛ばす。
過負荷により頭痛が早鐘を打つのを増す。
耳鳴りは止まない。
《――――運命を受け入れろ》
放たれる言葉を向けられたのは果たして誰か。
相対するレイヴンか。
それとも自分自身か。
……それは、最早神すらも知らない。
◇◆◇◆◇◆
弾け飛んだ右腕。
積み重ねられた戦傷。
濛々と立ち込める黒煙は、ネクスト戦の終結を示している。
……膝を置いたのは、バルバロイの方であった。
《終わりか……》
必死の思いで繋ぎ止めていた意識は、既に曖昧。
神経系は酷使に次ぐ酷使により、最早何を感じる事も無かった。
《あるいは、貴様も……》
彼には、相対するレイヴンと戦ってみて一つだけ確信を持って解った事がある。
目の前のレイヴンが、余りにも自分と近しい。
守る物の為には全てを捨てる。
眼前のネクストを駆るレイヴンの強さは、そういったモノから来る強さだ。
守るべき人々の為に、全てを捨てた自分と姿がだぶって見えた。
薄ぼんやりとしていく意識と視界。
消失していく意味。
緩やかに、そして浅くなる呼吸。
《同じ、為にか……》
最後に。
……そう言い残して、マグリブの英雄は遂に果てた。
《英雄、か。
……最初から、全て受け入れていたのかしら》
オペレーター、フィオナ・イルネフェルトの声が隙間を埋める。
《――――――》
果てた英雄を見届ける姿は、一体何を思っての事なのか。
数拍の後に、彼は戦跡の生々しい作戦区域を去る。
機体は満身創痍。
しかし、ただの一度も揺らぐ事無く勇壮に飛び去っていった。
◇◆◇◆◇◆
「その力で、貴様は何を守る……?」
――――ARMORED CORE4よりアマジーグの台詞より抜粋。
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2011/04/01 23:33:00
- 更新日時:
- 2011/04/01 23:33:00
- 評価:
- 2/3
- POINT:
- 2007777
- Rate:
- 100390.10
最期の最期で、安易に幻想入りとかしなくて本当に良かった、と思った作品は初めてかもしれない。