昔時は酒、此度は――

作品集: 最新 投稿日時: 2011/04/01 23:29:57 更新日時: 2011/04/01 23:29:57 評価: 1/3 POINT: 1015554 Rate: 50778.95

 

分類
20キャラ+α
 
 
 
 その盗難事件は全く唐突に、幻想郷の至るところで発生した。






 紅魔館の地下図書館で――



「日木符『フォトシンセシス』のグリモワールを出してちょうだい」
「……は? ああ、私に仰ったんですか。しばしお待ちを、パチュリー様。
 それにしても……せめて何か私と分かる呼びかけをなさってくれてもいいのに」
「この図書館内で、この私が本を要求する相手はお前以外に存在しないのよ。私を動かない大図書館と呼ばしめるための存在、それがお前の意義なの。
 本を探してあくせくと動き回るのは、私の趣味じゃないわ」
「はぁ、そーですか。それでは今度、貴女のために安楽椅子をご用意しましょう、真理の探求者様! っと、あら?
 ご所望の本が見あたりませんわ。おかしいですね、つい最近本の一斉点検を済ませたはずなのですが」
「……そう。今からちょっと魔法の森まで行ってくるから、留守番お願いね」
「ええ? これまた性急ですね。そんなに焦って動き出すと、昨年の異常気象の時みたいに犯人を取り違えてしまわれるのでは?
 安楽椅子の大図書館、動くと迷探偵などという噂が立っては目も当てられませんよ」
「余計な口を利くんじゃないの! とにかく任せたわよ」






 迷いの竹林で――



「お、目に悪い方の妖怪兎じゃないか。ちょうど良かったぜ、お前を探していたんだ」
「なによ、藪から棒に」
「なに、新薬を作ったという噂を小耳に挟んでね。さっそく頂いて行こうと思ったんだ。あるんだろ? 符蝕薬とやらが。
 たしか相手のスペルカードとかを破壊するんだったよな? ったく、そんな卑怯な薬……つい独占したくなっちゃうじゃないか」
「まぁなんとも貴女らしい、自己中心的な考え方ねぇ。それはさておき、タダでは渡せないわ」
「そうかい。仕方がないな……」
「な、なによ。やる気?」
「うにゃ、荒事を期待してるところ悪いが今日の私は商人なんでね。そうだな……私特製のマジックポーションと交換ってのはどうだ?」
「誰が期待してるなんて言ったのよ! ……ま、それはともかく、悪くない話ね。師匠も貴女の作る薬を褒めていたみたいだし、それでいいわよ」
「えへ、照れるな。ちょっと待ってろよ、帽子の中にしまっているんでね」
「と言っても、褒めていたのは火薬の類に限った話だけどね。私が使う弾薬作りに役立つって。
 さて、こっちも商品を出しましょう。それにしても薬瓶の類を帽子の中に入れておくなんて、危なくないの?」
「何を言っているんだ、私の帽子は柔らかい布で裏打ちされているんだぜ。この上なく安全じゃないか……
 あれ? 見つからないな。おかしい、スカートの方にしまったんだったか?」
「はぁ? ないの? 仮にも商人なんだから売り物の管理くらいちゃんとやっておきなさいよ。信用なくすわよ?
 ……って、あ、あら? ない! 嘘でしょ……確かにてゐが背負い葛篭の一番上に置いてくれたはずなのに!?」
「お前は部下からの信用すら得られていないみたいだな……うぇーい、スカートの中にもないぜー」






 博麗神社で――



「おかしいねぇ……特注の日傘、確かに玄関辺りに置いていたはずなのに、どこにも見当たらないわ。
 これはアレかしら? 今日はもう神社から外へ出るなという明星のお定めなのかしら。どう思う? 霊夢」
「萃香ァ! 今すぐあんたの能力を使って日傘という日傘を集めてきなさい!」
「それどころじゃないよ! 私の、私の可愛い伊吹瓢がどこにも見当たらないんだ。
 うわぁん、霊夢ぅ、どうしよう……」
「ああもう鬱陶しい! 神社はいつから餓鬼の巣窟になったのよ……って言うか、萃香。なくした瓢箪もあんたの能力で回収すればいいじゃない」
「駄目だよ……酔いが冷めちゃってて能力が上手く扱えないんだ。頭がブレて狙いが定まんないよぅ……」
「このアル中が! はぁ……とりあえず神棚のお酒をあげるから、落ち着いたらすぐに日傘を集めて」
「ああ、駄目よ霊夢。どこの馬の耳とも分からない傘なんかじゃ、私を日光から守るには役不足だから。諦めて私を神社に泊めていくんだね」
「……ふん。夜になったらありったけの霊撃札を使って、嫌でも外に弾き飛ばしてやるんだから」
「おや、優しいんだねぇ。あんたのことだから今すぐにでも実行するかと思っていたよ」
「口は災いの元。さっきといい今といい、あんたはもう少し日本語を勉強した方がいいわよ。
 というわけで前言撤回、今すぐ叩き出してやるわ! ……って、あ、あれ? ない! 一枚も!?」
「あっはは! ほら、運命のお告げだよ。逆らっちゃ駄目」






 妖怪の山の頂上付近、玄雲海で――



「ああ、なんということでしょう。私としたことが、龍宮の使いの象徴とも言うべき龍魚の羽衣をなくしてしまいました。
 もしも誰かに奪われてしまっているのなら、私はその者のもとへ嫁がなくてはならないのでしょうか?
 ああ、せめて攫っていったのが風であれば……空気の嫁となる定めであるならば幾分かは本望なのですが」
「……まだまだ余裕そうねぇ、風を操る私の前でわざわざそんなジョークを弄するくらいだもの。
 そもそも、貴女の羽衣は風でも稲妻すらも受け流せるんじゃなかったの?」
「あら、貴女の起こす北風は旅人のマントを吹き飛ばす程だと聞いたのですが……本当に貴女ではないのですか?」
「当然! 清く正しいこの私がそんな悪行に手を染めるもんですか。
 第一、私の方も今朝から自前の天狗団扇が見当たらなくて、上手く風をコントロールできないのよねぇ。
 それにしても立て続けに失せ物二件か……ふむ、事件の匂いがします。ちょっと追いかけてみます、か!」



「ああ、頼もしい。やはり天狗は頼もしい。話を持ちかけてみて正解でした。貴女が教えてくれたとおりですね、河童さん」
「でしょ? 人間とは比べ物にならんくらいだよね。流石にいつも偉そうにしているだけのことはあると思うんだ」
「さて、貴女にはお礼をしないといけませんね。……そうですね、龍神様の石像に天気予報の機能を取り付けたのは貴女でしたっけ。
 その精度向上に協力するとしましょう。龍神様の気分の読み方ですが、実は……」
「へえへえ……ふむふむ……ほうほう……」






 地底で――



「おりーん! たいへんたいへん、大変だよー!」
「や、おくうじゃんか。ちょうど呼びに行くところだったんだよ。地上で美味しい物がいっぱい手に入ったからねぇ」
「えっ、なになに?」
「じゃじゃーん! 温泉卵〜」
「うわぁ、いっぱいあるねぇ」
「ちょっと待ってな。籠に取り分けてあげるからね……はい、おくうの分だよ。両手出しな」
「ありがとうお燐。お仕事の合間に味わって食べるね」
「ん? 仕事と言えば……おくう、右手の制御棒はどこにやったのよ? 両手が空いてて手渡しやすかったけどさ」
「うにゅ?」
「……ああ、頭も空いちゃったかい」






 中有の道で――



「毎度あり! いやぁ、小野塚の姐さんにはいつも贔屓にしてもらってて、本当に助かります。
 これで私もこの地獄の卒業試験から早々に抜け出せるってもんですよ」
「なんの、それもこれもお前さんがまっとうに出店の商いに精を出しているからこそ、だよ。
 地道に稼ぐやり方はお金の入りはゆっくりだけど、その一方で確かな縁を稼ぐことができるのさぁ。
 そうやって築いた縁は後々に多額の円となって、お前さんの船出を助けることだろう。まぁこの場合は三途の渡河というよりも輪廻転生への復帰だけどね。
 ……とと、長話になってしまった。ええと、代金はと……あれ? おお? 妙だな、確か懐の中に……昨日の上がりをしまっておいたはずなんだが」
「ははは、『宵越しの銭は持たない』とは、江戸っ子の姐さんらしいじゃないですか。いいですよ、今日のところはツケで構いません」
「いや悪いね。明日必ず持ってくるからさ……ところでお前さん、どうして明後日の方向を見ているんだい?」






 霧の湖で――



「ああ、いたいた。まったく、妖精ってのは住処が特定しにくくて厄介ねぇ。湖の付近で目撃されているからって、こう広いと見つけるのも一苦労だわ」
「あれ? 人形のお姉さんじゃんか。なんか用?」
「……その表現だと、まるで私自身が人形みたいに聞こえるからやめてくれない? あと、人が物を尋ねてきたんだからその遊びをやめなさいよ。
 まして冷凍カエルのジャグリングだなんて、見ているだけでこっちが冷や冷やしてくるわ」
「だーいじょうぶ! あたいは器用だからお手玉しながらお話もできるよ! で、なんなのさ?」
「はぁ……色々訊いて回った結果、どうやら真夏の巨大妖怪伝説の発端は貴女らしいのよね。
 で、思い出したんだけど、貴女その噂が出回る直前あたりで、私の家にゴリアテ人形を見に来たわよね。
 ひょっとして貴女の流した巨大妖怪の噂って、試験中のゴリアテ人形のことを言っていたんじゃないの?」
「え……あ、あぁー! 思い出したよ! って、うわ滑ったぁ!」
「ああ、言わんこっちゃない。そうやって不測の事態で落とすといけないから忠告したのに。
 落ちた先が湖で良かったわね。拾ってきてあげるから、ちゃんと思い出したことを教えなさいよ……行きなさい、身代わり人形」
「あ、ありがとう、人形のお姉さん。意外とやさしーんだね」
「意外、は余計よ……ん? えっ、嘘!」
「ど、どーしたの?」
「糸が、魔法の糸が切られた? 冷凍カエルに触れたところで身代わり人形の手ごたえがなくなったわ……」






 人里で――



「ズバリ、貴女を犯人です!」
「……は? 最近の天狗は日本語が不自由になったのかしら」
「うふふ、ネタはあがっているのですよ。吸血鬼の渦巻く館に住むメイド、十六夜咲夜さん。
 ご存知かもしれませんが、現在この幻想郷のかなり広い範囲にわたって、大規模な盗難事件が起きているのです。
 盗まれた方々は目撃情報などの思い当たるフシが全くなく、かき消されるように物を失ったそうです」
「しかも話を聞かないときた。で、それが私と何の関係があるというのですか?」
「そのようなことができる有力候補として、貴女の名前が挙がっているのですよ。
 しかも貴女には前科がありますからね、夜を駆ける珍品ハンターさん。
 一夜にして幻想郷を席巻した、ロケットの材料集めと称した窃盗事件、私はしっかりと覚えていますよ」
「あら、懐かしい話ね。でも今回は私も被害者なのですよ。それも時間を止めて移動することができる、特製のストップウォッチを奪われてしまったのよねぇ。
 まぁストップウォッチなら換えはあるし、懐中時計をやられなかっただけマシだけど」
「なんと! それでは盗んでいった者も時間停止ができるということですか? あやや、それは厄介ですね。も」

「しかしたら複数犯の可能性も……って、貴女の容疑は晴れてないじゃないですか! って逃げられてるし!
 やられたー……仕方がないとはいえ、私よりも素早い存在がいるというのは悔しいわね……でも、絶対に逃がしませんよ!」






 夢と現の双方で――



「さあ出て来い、太歳星君の僕よ。今日こそこの私がお前に引導を渡してくれる!」

「……あれ? ……おかしいな、いつもならそろそろ……高笑いとともに巨大な怪物が落ちてくる、はずなのに……

 !?

 な、なによこの揺れは……まさか、奴の仕業だというの? くっ、卑怯な! 姿も見せずにこんな大地震を起こせるなんて。
 だけど私は、絶対に、倒れるわけにはいかないんだぁ!」



「……りん……りん。紅美鈴、いい加減に起きなさい!」
「んぁ……げぇ! パチュリー!? ぁいた!」
「様、を付け忘れているわよネボスケ小娘」
「ほぉああ〜……す、すみませんでしたパチュリー様。てっきり、太歳星君の使いが貴女の姿を借りて現われたのだと思いまして」
「まだ、寝ぼけているようね。身体を揺すったくらいじゃ覚醒には程遠いということなのかしら?」
「いえ今の本のカドで充分目は覚めましたからスペルカードはもう結構ですむしろ勘弁して下さい」
「……ちょっと出かけてくるから留守番は任せたわよ。レミィも咲夜もいないみたいだから、館はしっかりと防衛しておきなさい。
 ただ、白黒ネズミが出てきた場合は付きっきりで接待しておいて、すぐに私に連絡をよこしなさい」
「はぁ、あいつに用事があるんですね。いってらっしゃいませ」
「ところで、龍星はどうしたの? 帽子に付いていないみたいだけど、あれって取り外して洗ったりしているのかしら?」
「は? ああっ、ない!?」






 守矢神社で――



「諏訪子様、何をなさっておいでですか?」
「ん? ああ、早苗か。ちょっと宝殿の天滴が欲しくなってね。落ちてくるのを待っていたのさ」
「ああ、お天水ですか。今日はまだ一滴も降ってないんでしたっけ」
「それより早苗こそ何をやっているのさ。そんな箱一杯のお守りなんか抱えちゃって」
「ちょっとお守りの種類と数をチェックしていたんですよ。そしたらどうも病気平癒守が一つ足りなくって。
 今から倉とかを探して回ろうとしていたところです」
「うひゃー、細かいねー。一つくらい別になくってもいいじゃんか」
「駄目です、お守り一つ作るのにも結構労力がいるんですから……あ、諏訪子様。そろそろ来そうですよ」
「お、やっと一つ目か。やれやれ、このペースじゃ三つ集まるまでにどれだけかかることやら。
 さてと、青竹の筒を下に置けば準備は完了っと。さぁ、雨雨降れ降れケロちゃんが、ギョロ目でお迎え……って、おおっと!?」
「嘘! 落ちる前に……消えた?」
「うん……空間に裂け目みたいなのが現われて、天滴を飲み込んでいったように見えたよ」






 有頂天……その頭一つ下で――



「……ない。ない! 嘘でしょ……私の、この比那名居天子の……緋想の剣がどこにもない!
 どうしよう、このことが天界に伝わったりしたら……連中も、永江も、なによりおとぅ……比那名居の神官も、ここぞとばかりに説教してくる!
 冗談じゃないわ! 盗んだ奴は絶対に見つけ出して、後悔させてやるんだから!」
「あら、総領娘様。ちょうどいいところに……比那名居の神官がお呼びですよ。なんでも、緋想の剣のことで訊きたいことがあるとか」
「なんですって!? どうしてこんなに早くバレ……じゃなくて」
「『比那名居天子の専有する緋想の剣を預かりました。明日には天子当人にお返ししますわ』という声明文が神官の元に届けられたのです。
 神官はむしろ、『比那名居天子の専有する――』という点について尋ねたいことがあると言っていましたよ。
 私の記憶が確かなら、緋想の剣は天界の共有財産だったはずですが……はて、いつから総領娘様のものになったのでしょうか」
「ぐ! そ、それはその……うんもー! 永江衣玖、早速お前が説教を始めようというの!?」






 冥界で――



「幽々子さま、一大事です! 白楼剣が、私の白楼剣がどこにも見当たらないのです!」
「あら、ちょうど良いところに……そのことだけど妖夢、明日紫のところに行って、人魂灯と一緒に返してもらってきなさい」
「……はいぃ!? ゆ、ゆか、か、りゅゆこさまは何をご存知なのですかっ?」
「今朝早くにね、一日だけ人魂灯を貸してほしいって紫に頼まれたのよ。友人のたっての願いとあっては、聞き入れないわけにはいかなかったわ。
 ちなみに白楼剣を貴女に無断で貸し出したのも、わ・た・し」
「みょん」












 それは何処とも知れない、不気味な赤黒い空間――



「捌器『全てを二つに別ける物』、おいでなさいな」

 妖しくも艶めいた女の声が呼び出したものは、高速で回転する青白い刃。

「さて、まずは……あの忌々しい天人の宝剣からやってしまうとしましょう」

 どこから響いてくるのか定かでない声を受けて、まるで道に轍を刻む車輪のごとく、回転する刃が驀進を始める。
 向かう先にあるのは、緋色の霧を纏う一振りの剣。
 そのむき出しの刃を断ち切らんばかりの勢いで、青白い車輪がその上を轢過していった。
 無残な輪禍に見舞われた緋色の剣は、しかし不思議なことに傷一つなく、変わらぬ姿でそこにあり続けている。
 一方、通り過ぎて行った車輪は徐々にその回転を緩めていき、やがて車輪とは似ても似つかぬ姿へと変じていった。

「概念・レプリカは概念・オリジナルより出でて……」

 新たに形作られた姿は、轢いていったものと瓜二つの剣を手にする、妙齢の女性のシルエット。

「その力の片鱗のみを受け継ぐものとする」

 その女性は剣から手を離し、一枚のカードを取り出すと、その縁に沿ってしなやかな指をゆっくりと這わせていった。

「境符『二次元と三次元の境界』」

 指がカードを一回りしたところでそれは音もなく消滅し、代わりに女性が持っていた剣の周りに光の枠が生まれる。
 そして奇妙なことに、剣がその厚みを徐々に薄くしていく。同時に、光の枠が徐々に狭くなっていく――
 最終的に、立体であったはずの緋色の剣は、一枚の小さなカード上の描画へとその姿を変えてしまっていた。



「なるほど。げに恐ろしきはスキマ妖怪・八雲紫の御業。わしを小娘の夢から実体化させるだけに留まらず、逆に実体を一枚の紙に収めてしまいよるか」

 カードを拾い上げる女性――紫に向けて、老獪な声音がかけられる。
 紫は振り向きながら、驚き呆れたような声で応じた。

「あなた、門番の夢の中から取り出したというのに、まだそのキャラでいくつもりなのね」
「ふむ、何の話か分からんが……お前は何のために、先のようなことをしているのかね?
 物体を無限に分裂させて紙に閉じ込めて、お前は唯一無二のはずの力を量産しようとしてるのかね?
 その力で幻想郷に災禍を持ち込もうとしているのなら、わしにも協力させてほしいのじゃが」

 そう言って巨体を紫に向けて寄せてきたのは、見上げるほどに大きなナマズだった。
 意気軒昂――大ナマズの顔に態度にそれを読み取った紫は、少し困ったような笑顔を浮かべる。

「こだわるわねぇ。あの門番もとんだキャラ付けをしてくれたものだわ。
 ……生憎ですけど大ナマズ様、あなたは色々と勘違いなさっておいでのようですから、一つ一つ訂正させていただきますわね」
「なんじゃと?」

 大ナマズの訝る声を半ば無視して、紫は置き捨てておいたままの緋色の剣を拾い上げ、カードとともに並べて示した。

「まず、物体の量産と仰いましたけど、そんな力は私にはありませんわ。無から有を作り出すなど絵空事。第一種永久機関はここでも幻想ですの。
 先程私がやってみせたのは、あくまでその物体が占めている時空間の一部分を切り取っただけのこと。
 そうして生み出されたレプリカは、確かにオリジナルとは異なる空間に存在することができます。増えたようには見えますわね。
 しかしその寿命は短く、切り取った時間幅以上の時が流れれば消滅してしまいますの。
 おまけにこれはオリジナルの劣化版でしかなく、本来の数分の一の力が出せれば御の字といったところですのよ」
「……」
「一応スペルカードという対価を払いながら次元の境界を操って、仮初の肉体を与えてはいますわ。
 でもレプリカを使うにはカードから解放しなければなりません。そして仮初の肉体を失った道具は切り取った時間幅だけしかその効果を発揮しない」
「ほう? では、お前はそんなもののために危険を冒して宝を奪っていったというのか。そこに何の得がある?」

 この質問には答えを用意していなかったのか、紫は人差し指を顎に添えてしばし黙考する。

「得? そうですわね……あえて言うなら、皆が独占しているレアアイテムの能力の一かけらでも使えるようになるのは得かしら。
 それをデッキに組み入れて皆で遊べば、スペルカード決闘はますます面白くなるでしょうから、それも得かしら」
「な、んじゃと? 皆で遊ぶ……じゃと?」

 驚愕で目を見張る大ナマズに向けて、一片の曇りもない笑顔を作り、紫はゆっくりと説き伏せるように話しかける。

「ええ、そうですわ。全ては幻想郷の皆で、楽しく美しく残酷に遊ぶために行ったこと。幻想郷に災禍をもたらすなど、以ての外ですわ。
 わたくし、誰よりもこの幻想郷を愛している妖怪ですもの」
「……ぐぬぬ、どいつもこいつも似たようなたわ言を……もうよいわ! お前がその程度の志しか持たぬというのなら、共に謀るに足らぬ!
 ここは一つ、この現に実体化したわし自身が、幻想郷を恐怖で震撼させてくれるわぁ!」
「あら、おイタは駄目よ、大ナマズ様。それにまだあなたの分が終わっていないもの」
「なにをぅっ!? か、身体が動かん? 一体わしに何をした!」

 裏返った大ナマズの声にしかし紫は取り合わず、空間に黒い裂け目を生み出してその中に隠れてしまった。
 後には微動だにできない大ナマズだけが取り残される中、紫の声が空間を妖しく震わせる。

「そういえば去年、萃香が主催した宴会において、大ナマズの料理が出たらしいですわよ。もっとも、私はその宴会に呼ばれもしませんでしたが。
 ああ、悔しいわ。十六夜咲夜が腕によりをかけたナマズ料理、一体どんな味だったのかしら?」
「……!」
「あら、ちょうどいいところに身動きできない新鮮なナマズがいるわ。大チャンスね、早速捌いてたーべちゃうぞー」
「なっ、こ、このわしを食べるじゃと!?」

 そして再び黒い裂け目が開かれ、そこから轟音を上げて回転する車輪が現われ、大地を蹂躙し始めた――






 一枚のカードの縁を、しなやかな指先が駆け巡る。
 その行為によって生み出されたのは、ナマズの絵が描かれた一枚のカード。
 指先の持ち主は他に誰もいなくなった赤黒い空間の中で、妖しく唇を躍らせた。

「ごちそうさまでした。まぁこの夢と現の境界までしか行けないあなたが現実に影響を及ぼすには、こうする以外に手段はないのですけれど」






 真夏の幻想郷で唐突に起きた大規模な盗難事件は、始まったときと同様、日が改まる頃には唐突に終息していった。
 結局この事件の真相については、天狗が様々な説を新聞に載せて配布していったが、どれもこれも根拠が薄弱であったため、すぐに誰もが関心を失っていった。
 ちょうどそんな頃、スペルカード決闘に新たなルールと新種のカードが加えられ、あっという間に定着していく運びとなった。
 新種のカードに自前の宝の絵が描かれていたことを奇怪に思う者もいたが、日々行われる決闘の繰り返しの中でそんな疑問も徐々に消滅していったという。



 余談だが、紅魔館の門番は事件の前後で変わらず、太歳星君の夢にうなされ続けているらしい。
 
 
 
 
 
 
大ナマズ様ごめんなさい、貴方を笑わせることはできませんでした。
枯木も山野にぎわい
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2011/04/01 23:29:57
更新日時:
2011/04/01 23:29:57
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1. 1000000 名前が無い程度の能力 ■2011/04/02 00:29:12
衣玖さんのシスカがないじゃないですかーやだー
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