Coolier - 早々思いつかない話

十六夜咲夜(キョダイマックスのすがた)

2020/04/01 18:48:42
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 ある朝の事。十六夜咲夜が目を覚ました時、自分の姿が大きくなっている事に気付いた。
 その身の丈およそ二メートル。人外のものの跋扈する幻想郷と言えど人の姿でこれほど大きい妖怪は珍しく、ましてやただの人間ともなれば大の男でも今の咲夜を見下ろせる者は片手の指で足る。
 とは言え紅魔館の天井は高く、咲夜の背丈が突然二メートルになろうと業務に差し障りは無い。……否、体ごと巨大化した寝間着を除いて咲夜の大きさに合う服が無かった。怪現象の所為としても寝間着で主の傍らに立つわけにはいかぬ。咲夜は半日の暇を貰い、館の食客パチュリー・ノーレッジに早着替えの魔法の教えを乞うた。儚月抄で魔理沙がやってたあれである。本来魔法は門外不出だが、自分を頼る友の手足をつれなく追い返すほどパチュリーの血は冷たくない。咲夜の飲み込みは大変早く、普通なら習得に三年はかかる所をものの三分ですっかり身に付けてしまった。げに恐ろしきは時間を操る程度の能力である。
 かくして咲夜は普段より高い背丈で普段より高い場所を楽に掃除し、日誌に本日も異常なしと記して眠りについた。

 あくる日の朝の事。十六夜咲夜が目を覚ました時、自分の姿がさらに大きくなっている事に気付いた。
 その身の丈およそ二十メートル。怪物のひしめく幻想郷と言えど生き物の姿でこれほど大きい妖怪は珍しく、ましてやただの生物ともなれば今の咲夜が見上げるものは森の中でも背の高い樹に限られる。
 紅魔館の天井は高いが流石にこの大きさともなれば業務に差し障りが出る。咲夜は一日の暇を貰い、博麗神社の裏手で暮らす妖精達に巨木の中に住処を作る技の教えを乞うた。これに驚いたのは妖精達である。何しろ怖い怖い悪魔の館のメイド長が樹よりも大きくなって現れて、野菜を分けて欲しいと言うがごとく妖精の御業を教えてくれとのたまったのだ。三人の妖精は散り散りになって逃げ出したが、スタートですっ転んだルナが再び起き上がった時には既にサニーとスターが簀巻きにされていた。げに恐ろしきは時間を操る程度の能力である。
 かくして咲夜は自然の隙間に出入りする妖精の妙技によって無事に紅魔館の扉をくぐり、その晩神社で開かれる月見の会に持ち込む料理を用意した。常人の二十倍の大きさになった咲夜に宴会に参加した一同は皆目を丸くしたが、宴がお開きとなる頃にはそんな些細な数字の変化など誰も気に留めなくなっていた。
 幻想郷は全てを受け入れるのだ。

 あくる日の朝の事。十六夜咲夜が目を覚ました時、常に身に付けている愛用の銀のナイフ――それは今や刃渡り四十メートルだ――が妖しい魔力を帯びている事に気付いた。
 咲夜は身体の奥底から込み上げる暴力的な衝動にも気付いたが、運動するのに良い機会だと思い身を任せる事にした。簡単な朝食を済ませた咲夜はあるじに異変の解決に向かうと告げ、意気揚々と飛び立った。
 咲夜が太腿のホルダーからナイフを抜くと、ナイフはひとりでに空中に浮かび、暫しくるくると回転したかと思えば、ぴたりと狙いを定め、南西の方角へ射出された。四十メートルの飛翔体がマッハ十の速度で人里から迷いの竹林にかけての上空を貫き、遠くに見える入道雲に突き刺さって大爆発を起こした。さしもの咲夜も人里が吹き飛びやしないかと冷や汗を流したが、射線上にいた不運な妖怪が何匹かPアイテムに変わっている事以外に目に見える被害は無いようだ。もともと咲夜が光より速く動いても衝撃波が発生したりしない世界である。マッハ十程度どうという事は無い。
 ナイフの爆発による煙が晴れてくると、それまで入道雲に隠れていた建物のようなものがその姿を現した。驚くべき事にそれは空中に、それも逆さまに浮かぶ、咲夜の膝に届かんばかりの巨大な城であった。爆発を起こしたナイフがいつの間にか咲夜の傍らに戻ってきて、獲物を見つけた犬のように興奮した様子で城を指している。咲夜は妖精の技を使い、逆さ城へと侵入していった。
 ナイフに魔力を与えた犯人である小人が後に語った所によると、その時自分が小槌の力でいかに気が大きくなっていたか、しかし体が多少大きくなったところで本物の“大きな者”との差は埋まらない事、それをまざまざと思い知ったという。すっかりしょげてしまった小人は小槌から振り撒いた魔力を回収できる限り回収し、ナイフはすっかり大人しい道具に戻ったが、咲夜はまだ妖怪退治に満足しておらず、その日の晩は吸血鬼のお嬢様とメイド長の華麗な弾幕が空でぶつかり合ったという。

 あくる日の朝の事。十六夜咲夜が目を覚まし寝台から起き上がった瞬間、額に何かがぶつかって目を白黒させた。
 起き抜けに不意打ちを喰らうとは何たる失態。どこの誰の仕業だろうかとぶつかって転がり落ちた物体を手に取ってみれば、それは白っぽいような黄色っぽいような色のボールであった。咲夜の脳細胞が超光速で記憶を探り、それがパチュリーの製作した天球儀アーミラリィ・スフィアに浮かんでいた惑星のひとつ、確か明けの明星ルシファーとかいう星である事を突き止めた。これは困った事になった。ルシファーといえば、お嬢様が悪魔の星として心を寄せている天体ではないか。咲夜は素直にお嬢様に謝るか自分で直して素知らぬ顔をするか一瞬の間逡巡し、後者を選んで立ち上がった。
 その瞬間、重量のバランスを崩した大地がぐらりと傾き、縁から海水がどんどんと流れ落ちるのを咲夜は感じた。咄嗟に飛び退いて宙に浮かんだ咲夜の眼前に見えたのは、大陸を背に乗せた海亀のような、それにしては平べったいような、ともかく咲夜に勝るとも劣らない大きさの亀であった。亀は咲夜を見据え、何かもごもごと口を動かしたかと思えば鼻から泡を膨らませ、パチンと乾いた音を立てた。泡の弾けた跡に見えたのは、元の亀の頭部とは違う赤く長いナイトキャップを被った人間のような頭。要するにドレミー・スイートの頭がついた亀が目の前に現れた。

「あ、貴方今『なんだ夢オチかよ』と思いましたね? まあそれも正しいと言えば正しいのですがね。それは一旦さておいて、ひとつクイズをいたしましょう。そもそも、幻想郷ってどれくらいの大きさだと思いますか? 日本の山奥の隠れ里ひとつ分? それも正解です。でも、月に行く途中で窓を開けても呼吸ができたり、外の世界の観測技術では見えない都が月にあったりしたでしょう? あれらの場所も広い意味では幻想郷の内側、より正確に言えば夢と現を別ける結界の夢側なのです。だからこれは夢の話でありながら、幻想郷の現実の話なのですよ」
 ドレミーが一息をつく。
「さて、クイズの答えをまだ言っていませんでしたね。答えは夢の大きさは無限大、即ち『幻想郷の大きさは無限大』という事になります。まあ、この話の中では、ですがね。そちらの世界は光の速さの限界に阻まれて観測可能な宇宙は有限だそうですが、“夢は時空を越えて”、どこまでだって行けます。メイドさんがどれだけ大きくなれるか、楽しみですねぇ」

 虚空に向けて何やら話をしていた亀が、今度は咲夜の方を向いて話しかけてきた。
「さてメイドさん、貴方にはこれからしばらく紅魔館に帰れない日々が待っています。しかし心配はご無用。そう遠くないうちに帰れますよ。それまでゆるりと無限の旅をお楽しみくださいな」
 言うが早いか、亀の姿がみるみる小さくなっていく。亀の姿さえ見えなくなったころ、頭に何かぶつかったような感覚がし、天の天井が突き破られ、咲夜の視界に光の奔流が広がった。



 あれからどれだけの時間が経っただろうか。光は目を覚ます度にその様相を変えていた。ある日は淡い光が縞模様を描いていた。ある日は巨大な渦が視界に三つ四つと浮かんでいた。ある日は一切の光が見えない暗黒の中にいた。たった独りの咲夜の世界は三年も三秒も同じ事である。孤独にも退屈にも慣れっこの咲夜は、空間を気ままに泳ぎ回ったり、光の雲を食べてみたり、固形物の上で目覚めた日はその場所を探索してみたり、持ち前のマイペースさを全く崩さずに過ごしていた。



 ある日の事。十六夜咲夜が目を覚ました時、自分が見知った紅魔館にいる事に気付いた。
 しかしどうした事だろうか。咲夜の体はほんの三ミリメートル程の大きさしか無かった。どこぞの小人でもここまで小さくはない。大きいよりも業務に支障が出る。咲夜はもう一日だけ暇を貰い、館の食客パチュリー・ノーレッジに巨大化の魔法の教えを乞うた。本来魔法は門外不出だが、自分を頼る友の手足をつれなく追い返すほどパチュリーの血は冷たくない。咲夜の飲み込みは大変早く、普通なら習得に三世紀はかかる所をものの三分ですっかり身に付けてしまった。げに恐ろしきは時間を操る程度の能力である。
 かくして咲夜は慣れた身長で館に侵入した白黒の泥棒を匿い、共にワイン樽から天使の分け前をいただいて英気を養い、日誌に本日も異常なしと記して眠りについた。






 あくる日の朝の事。十六夜咲夜が目を覚ました時、自分がまた光の中にいる事に気付いた。
 咲夜は冷静に時間を止め、昨日覚えた巨大化の術を使った。紅魔館の自分の寝室に身長四メートルの大きさで寝そべっていた。少し行き過ぎたようだ。もう一度巨大化の術を使った。違和感の無いサイズになった。クローゼットを開けて制服に袖を通す。完璧に身体にフィットした。

 それから咲夜の大きさが変わる騒ぎは起こらなくなった。
どんどん大きくなって、どんどん大味になる話
れんこン
http://twitter.com/koncong_/status/1245351762145341440
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コメント



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1.12345679削除
うわあ、なんかとんでもないことになってるのに、咲夜さん凄いマイペースで笑う。
でっかいお話、楽しませていただきました。
3.12345679へソプ削除
咲夜さんの時間を操る能力強すぎでは?
しかも慣れて淡々としてるのも笑ってしまう
4.12345679虚無太郎削除
時を操る能力ってスゲー。
実際咲夜さんはこういうワンダーを日常のように乗りこなしているのかも
6.12345679瞬間不名誉西方名君削除
適応力すごい 完璧超人な咲夜さんについていけなかったのはむしろ世界のほうだった…?
7.12345679サク_ウマ削除
パーフェクト天然瀟洒マイペース従者でした。お見事でした。