「わしが創想話にいた頃はのう……。どの作品集にも1つか2つ万点を超える作品があって……。それはもう憧れじゃった」
「おじいちゃん目を覚まして! 万点なんて5年前に出たきりじゃないの!」
老いぼれ作家が目をぎょろりと丸くした。
ベッドの上、よれよれのパジャマ。それに負けず劣らず頬に皺を作っている。口を開く度にその頬がもちゃもちゃ上下する。
「5年前っていやあ……。神霊廟くらいか!?」
「おじいちゃん、それは大体9年前! 5年前は紺珠伝の年でしょ!」
「あーあーあー……。じゃあ結構最近の話じゃあないか」
孫は呆れてため息をこぼしてしまった。缶コーヒーをプシッと開け、ただの苦い汁を流し込む。
「仕方ないでしょ。今や星の数ほどコンテンツがある世の中。住み着くサイトも小説サイトも増えた。選択肢が増えるほど人は分散する。それだけの話」
「……そうは言うがのう孫よ。ワシがいた作品集100の頃は」
「言っとくけどそれは10年前の頃ね!」
「あー。……風神録くらいの!」
何故か笑顔満開、自信満々に答えるが大外れである。
「はいはい10年前は妖精大戦争ね」
「はー。じゃあやっぱり最近な気がしてくるのう……」
「年寄りにとっちゃ70も80も変わんないんじゃないのー?」
「違いねえや……」
コーヒーを飲み干してから爺さんを見やると、どこか物憂げな顔で窓の外を見ている。
ゴミ箱に缶をそっと置いてから、孫はベッドに歩み寄った。
「……過去の栄光にでも浸っていたいっての?」
「いんや、そんなんじゃない」
暮れ時の空に向かって老人は一言こぼした。
「あんなにいた人が……。一体どこ行っちゃったんだろうってな」
孫はポリポリと頭をかいた。
「Twitterかどっかで元気してるでしょ」
「あー! せっかくセンチな雰囲気出したっていうのにお前ときたら!」
「だってそんなこと考えたってしょうがないじゃん!」
「いやあだって考えてもみろい! そのTwitterだかでよく言われるやつ! 東方がなんて言われてるか知ってるか?」
「色々ありそうだし考えたくもない……」
「賢いやつだねえお前は! しょうがねえワシが教えてやろう!」
ジジイ、目を細めて極めて穏やかな声色を作る。
「皆の帰る場所」
「あった気がするけどそんなんだっけ……。新作が出る度にそういうの見るけれど……」
「なーにが帰る場所だよぉ! その帰るって年に1回お盆に帰るだけのちょっと疎遠な感じの実家みたいじゃないかよぉ」
「それぐらいの感じでも別にいいと思うけどね……」
「それがよう、本当に年に1回ぐらいだ。ふらっと昔の掲示板を覗いて荒廃しているのを見たときなんて思うよ!?」
夕焼けの赤もすっかりくすんできた頃合い。
冷たくなり始めた窓に向かって、一人の老人はポツリとつぶやいた。
「ワシの……。帰る場所はどこにあるんだろうなってな」
「……だからTwitterでもやればいいんじゃない?」
「ワシあそこ気をつかい過ぎて心が段々だめになる……」
「ええ……。ぐいぐい来る割に結構繊細……」
「繊細なもんでよう。ちょっとしたことでセンチな気分になっちまうんだよ。今日はこれでやられた」
不意に、爺さんがスマホの画面を孫に突きつける。
「お詫び……?」
毎年エイプリルフール企画があるらしいが、どうやら今年の創想話は通常通りの運営という案内だった。
「普段ロクに見に行かないワシもな、ちょうど年1回の帰省のように見に行ってるんだ。それで見知った顔を見かけてな。ちょっとした同窓会の気分を一人で味わっていたよ」
老人の声は少しばかり震えていた。
「それでいざこれを見せられると……。寂しいもんがあったのう。今年でようやっと気づいたよ。このイベントが一つの心のふるさとだったってな」
「なるほど……。だけど爺ちゃんこれ騙されてるよ」
早々思いつかない話なる画面を見せると、ジジイは目を上にやり下にやり、とうとうそっぽを向いてまた窓の方にいってしまった。
沈黙。老人はとっぷりと更けた夜空を見上げている。
「孫よ……。肉眼で見える星の数はいくつぐらいか知っているか?」
「なんだよ急に……。1万ぐらい?」
「がんばってせいぜい3000ほどらしい」
「はあ」
「それが今や……。創想話とジェネリック、足しておよそ30000作品……。およそ星空10個分だ。これだけ広い夜空なら……。ワシにも帰れる星があるのかもしれんな……」
孫はようやく理解した。いや、頑張って解釈しようとしたら多分理解した。
今も穏やかに膨張する創想話の宇宙……。そんな膨大な空間で、奇跡的に出会えた作品こそが心のふるさとになり得るのだと。
……なーんて締められる話の流れによかったものの!
「いや爺ちゃん恒星に帰ることはできないと思う」
「んもう、いけずー!」
「おじいちゃん目を覚まして! 万点なんて5年前に出たきりじゃないの!」
老いぼれ作家が目をぎょろりと丸くした。
ベッドの上、よれよれのパジャマ。それに負けず劣らず頬に皺を作っている。口を開く度にその頬がもちゃもちゃ上下する。
「5年前っていやあ……。神霊廟くらいか!?」
「おじいちゃん、それは大体9年前! 5年前は紺珠伝の年でしょ!」
「あーあーあー……。じゃあ結構最近の話じゃあないか」
孫は呆れてため息をこぼしてしまった。缶コーヒーをプシッと開け、ただの苦い汁を流し込む。
「仕方ないでしょ。今や星の数ほどコンテンツがある世の中。住み着くサイトも小説サイトも増えた。選択肢が増えるほど人は分散する。それだけの話」
「……そうは言うがのう孫よ。ワシがいた作品集100の頃は」
「言っとくけどそれは10年前の頃ね!」
「あー。……風神録くらいの!」
何故か笑顔満開、自信満々に答えるが大外れである。
「はいはい10年前は妖精大戦争ね」
「はー。じゃあやっぱり最近な気がしてくるのう……」
「年寄りにとっちゃ70も80も変わんないんじゃないのー?」
「違いねえや……」
コーヒーを飲み干してから爺さんを見やると、どこか物憂げな顔で窓の外を見ている。
ゴミ箱に缶をそっと置いてから、孫はベッドに歩み寄った。
「……過去の栄光にでも浸っていたいっての?」
「いんや、そんなんじゃない」
暮れ時の空に向かって老人は一言こぼした。
「あんなにいた人が……。一体どこ行っちゃったんだろうってな」
孫はポリポリと頭をかいた。
「Twitterかどっかで元気してるでしょ」
「あー! せっかくセンチな雰囲気出したっていうのにお前ときたら!」
「だってそんなこと考えたってしょうがないじゃん!」
「いやあだって考えてもみろい! そのTwitterだかでよく言われるやつ! 東方がなんて言われてるか知ってるか?」
「色々ありそうだし考えたくもない……」
「賢いやつだねえお前は! しょうがねえワシが教えてやろう!」
ジジイ、目を細めて極めて穏やかな声色を作る。
「皆の帰る場所」
「あった気がするけどそんなんだっけ……。新作が出る度にそういうの見るけれど……」
「なーにが帰る場所だよぉ! その帰るって年に1回お盆に帰るだけのちょっと疎遠な感じの実家みたいじゃないかよぉ」
「それぐらいの感じでも別にいいと思うけどね……」
「それがよう、本当に年に1回ぐらいだ。ふらっと昔の掲示板を覗いて荒廃しているのを見たときなんて思うよ!?」
夕焼けの赤もすっかりくすんできた頃合い。
冷たくなり始めた窓に向かって、一人の老人はポツリとつぶやいた。
「ワシの……。帰る場所はどこにあるんだろうなってな」
「……だからTwitterでもやればいいんじゃない?」
「ワシあそこ気をつかい過ぎて心が段々だめになる……」
「ええ……。ぐいぐい来る割に結構繊細……」
「繊細なもんでよう。ちょっとしたことでセンチな気分になっちまうんだよ。今日はこれでやられた」
不意に、爺さんがスマホの画面を孫に突きつける。
「お詫び……?」
毎年エイプリルフール企画があるらしいが、どうやら今年の創想話は通常通りの運営という案内だった。
「普段ロクに見に行かないワシもな、ちょうど年1回の帰省のように見に行ってるんだ。それで見知った顔を見かけてな。ちょっとした同窓会の気分を一人で味わっていたよ」
老人の声は少しばかり震えていた。
「それでいざこれを見せられると……。寂しいもんがあったのう。今年でようやっと気づいたよ。このイベントが一つの心のふるさとだったってな」
「なるほど……。だけど爺ちゃんこれ騙されてるよ」
早々思いつかない話なる画面を見せると、ジジイは目を上にやり下にやり、とうとうそっぽを向いてまた窓の方にいってしまった。
沈黙。老人はとっぷりと更けた夜空を見上げている。
「孫よ……。肉眼で見える星の数はいくつぐらいか知っているか?」
「なんだよ急に……。1万ぐらい?」
「がんばってせいぜい3000ほどらしい」
「はあ」
「それが今や……。創想話とジェネリック、足しておよそ30000作品……。およそ星空10個分だ。これだけ広い夜空なら……。ワシにも帰れる星があるのかもしれんな……」
孫はようやく理解した。いや、頑張って解釈しようとしたら多分理解した。
今も穏やかに膨張する創想話の宇宙……。そんな膨大な空間で、奇跡的に出会えた作品こそが心のふるさとになり得るのだと。
……なーんて締められる話の流れによかったものの!
「いや爺ちゃん恒星に帰ることはできないと思う」
「んもう、いけずー!」
時の流れは早いなぁ