Coolier - 早々思いつかない話

出向

2020/04/01 01:13:35
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 妖怪が増えた。人間が増えた。したがって、幻想郷もなんとなく広がりつつあった。
 さすがにもう山とか越えて隣町まで行くのめんどくさいよってに、ロープウェイあるとか関係ないよってに。苦情が相次ぐと、山のお上は木っ端どもを招集し、すぐさま会議を始めた。
「トンネルとかあったら便利じゃね?」
 能天気な河童がポテチついばみながら発音すると、お上はすぐさま「じゃあそれで」を返す。
 数名がポテチついばむ河童の頭を叩けどときすでに遅し。天狗と河童は総動員でトンネルを造ることを命じられた。
「誰のせいでこんなことになったと思っているのか」
 作業のさなか、ポテチの河童を問いただせど返ってくるのは能天気な咀嚼音ばかりであった。
 
 二月ほど経ちトンネルが開通した。思いのほか長くなってしまったトンネルは徒歩で横断するには酷だった。しかしお上も目を瞑って黙りこくっていたわけではない。
「これ、ながくね?」
 と、誰もが思っていたところ「じゃあ汽車走らせよ」と提言していた。したがって、開通したトンネルのなかには線路と汽車がずでんと構えていた。立派なものである。
「誰が乗るのさ」
 汽車は試運転すら済んでいないうえに、汽車と呼ぶにはその外観はいびつすぎた。けれども完成しましたと報告してしまった以上、お上の監視の下行われる今日の開通式なら誰かが犠牲にならなければいけなかった。
 私怨のみでの選考がなされ、ふたりの候補が選考された。ひとりは事の発端であるポテチの、能天気な河童だった。もうひとりは射命丸文という天狗で、元来素行不良で有名な天狗であったが、トンネル開通の為にもっとも尽力せずにいた天狗でもあった。総動員ともあって印刷部までもがどでけー穴への出頭が命じられているなか、射命丸文といえばひやかし程度に穴に来ては、さも自分は関係ないといった口ぶりで現場に支給される飲食のブツを懐にしまっては颯爽と帰っていった。反感を買わないはずがなかった。
「おまえらで勝手に決めろよ」
 どちらが生贄となるかは両名の意思に委ねられた。ともなってふたりは話し合いを始めたが、流石は記者、口が上手かった。
「誰のせいでこんなことになったと思っているのか」
 天狗が根本的な原因の剔抉を掲げると、河童の語勢は弱まり、聴衆はみなやいのやいのと河童を責め立てた。形勢の悪くなった河童はしどろもどろになりつつも公平な話し合いを望んだ。しかし聴衆が納得するはずもない。話し合いは回る天狗の口とともに激化し、もはや軽いいじめの様相を呈していた。
「じゃんけんで決めろよ」
 激化する情緒的解決策に一石を投じたのはどこから湧いたか無関係者の鬼だった。山のなかで鬼の言うことは絶対なので、ふたりは渋々三回勝負のじゃんけんに興じ、河童がストレートで勝った。袖で溢れる涙を拭う天狗は哀れだった。口はうまいがじゃんけんは山で一番弱かったのである。汽車をでっちあげた技術者の河童がマニュアルを手渡すと、天狗はさらに咽ぶようにして泣いた。
 
 そうこうしているうちにお上も到着し、いよいよ開通式が始まった。マニュアルを読みながらの運転は不安とのことで、技術者の河童は仕方なく無線機を渡した。感度は良好、操作は明快。運転席には甲という名のボタンと、乙という名のボタンしかなかった。それぞれがアクセル、ブレーキと対応しているようで、どちらがどちらかは推して知るべしとのことだった。
 天狗が乙ボタンを長押ししているうちに汽車が怪しい音を立てて動き始めた。形容しがたい異音を発しつつも、のろりのろりと、徐々に速度を上げていく。初動に伴うぬるい歓声が収まるころ、汽車はいまだお上の視界のなかでミミズをさらし続けていた。
「あれ大丈夫なの」
 誰にでも書けそうな漫画の目をするお上に焦り、技術者の河童はすわ無線機に呼び掛けた。驚いた天狗は慌てて乙ボタンから手を離したが、乙ボタンから手を離した途端いままでのソレとは違う異音を発するから、また、慌てて手を戻した。
 何の用かと尋ねれば、運転席には第三のボタンが存在するらしかった。曰くお上が偵察に来た際、白い目でみられた場合を想定してでっちあげた緊急用ボタンとの話だった。その名も丙ボタン。前方にしか窓のない運転席からでは状況など知れるはずのない天狗に河童はお上の白い目を伝え、すぐさま丙ボタンを押すことを指示した。天狗はおそるおそるに丙ボタンを押した。すると、トンネルにはいまだかつてないほど嘘くさいサウンド・エフェクトが響いた。
「ぽっぽー」
 なおものろのろと動く汽車を訝しむお上の視線を遮るべく、その場に居合わせた有象無象どもは鬼の存在を出汁に会食の提案をした。
 言われて鬼の存在に気付いたお上は無関係者に晒しっぱなしの醜態を繕うべく、その場の勢いに任せ鬼に会食を提案をしてみせる。なんやようわからん鬼はおなかが減っていたので提案を快く飲んだ。
 
 天狗が出発してから三日が経った。相変わらずのスピードで進む汽車にそろそろ指のつかれてきた天狗だが、乙ボタンを離した際に車両から発せられる異音には恐ろしく、手も足も出せなかった。そうこうしているうちにトンネルの出口が見えてくる。久方ぶりの光である。天狗は喜びのあまり乙ボタンを連打したくなったが、異音には気味が悪いので代わりに丙ボタンを連打した。
「おひさ。いまどんな感じ?」
 見計らったかのように無線機から声がした。文は眩む視界に負けじと窓の向こうを睨む。いやに明るい、真っ白い。久方ぶりの陽光は天狗の視覚にダメージを与え続ける。しかし、いくら睨めど外は真っ白いままだった。そろそろ汽車の頭がトンネルからはみ出たころのはずだが、天狗の視界は相も変わらず白かった。それもそのはず、なんとか目を凝らして天狗はようやく理解した。やたらと長いトンネルを抜けると、なるほど其処は雪国であった。
「あー、なんか。雪国ですね」

「もう帰ってもいいですか」
 そんな馬鹿な話はない。日の長いこの頃なら真夏だった。いくら山を越えたとしても狭い幻想郷である。季節が半年もずれるなど到底ありえない話だった。報告を受けたお上は即刻白狼天狗を向こうの町まで哨戒に行かせた。任命されたのは足のはやい天狗で、五分もしないうちに帰ってきては町の様子を報告した。
「雪国っつーか、なんというか。向こうふつーに夏っすね」
 なにかおかしなことが起こっている。技術者の河童はもういちど天狗に確認をする。
「いえ、雪国ですよ。もう引き返しますね、寒いし」
 河童は寒気がした。自身の発明した汽車に自信が持てなくなった。河童は最悪を想定する。もしも自身の発明したものが汽車ではなく、それ以外のなにかだったら。もっと云えば、トンネル抜けると雪国マシーンだったとしたら。そういえば作業中になにか名作を読んでいた気のする河童だった。間違いない、自分はなんてものを造ってしまった! 河童はあわを食ってトンネル爆破ボタンを押した。

「嘘じゃん!」
 二日後、のろのろと鈍行に乗って引き返してきた天狗はトンネル内部で道を塞ぐ土砂に眩暈した。無線機を手に取りこれはどういうことかと尋ねた。すると返ってきたのはいつもの技術者の声ではなく、いやに聞き覚えのある妙にあらたまった声だったから天狗は驚く。これはこれはお上さん、こりゃいったいどういうことで。おずおずと尋ねる天狗に、お上は感情を押し殺して言った。
「射命丸文。お前に出向を命じる。連絡のあるまで雪国にて待機するよう、以上」
 お前が汽車に乗ったまま帰ってくるとこっちまで雪国になってしまうかもしれない、とは言えないやさしいお上だった。
 世界は今日も回る。天狗ひとりが記事を落とせど、なんにもなかったように、おんなじはやさで回り続ける。
「嘘じゃん!」
 暗いトンネルの中で唖然としたのち、天狗は叫んだ。
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コメント



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1.12345679奇声を発する程度の能力削除
今日も世界は回る
2.12345679虚無太郎削除
これはいい味を出しています。出鼻から「なんとなく」で済ませる線引きの仕方が実に鮮やか。
トンネルを3日も進む気苦労とさらに置いてけぼりにされる哀れさにDクラス職員みを感じる。いいですねえ
4.12345679サク_ウマ削除
非常に哲学的かと
5.12345679瞬間不名誉西方名君削除
謎空間の自由な感じと縦社会世知辛い感じが調和してて不思議な面白さがありました 
6.12345679へソプ削除
汽車に乗らされる記者ってか!
めちゃくちゃなんか文が可哀想だと思ってしまった
7.12345679削除
徹頭徹尾理不尽。でも笑ってしまいましたのでなんか負けた気分です。強く生きて射命丸。