Coolier - 早々思いつかない話

落ちるっ!!

2020/04/01 01:01:12
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「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 宇佐見菫子は今、落ちていた。
 絶賛墜落中だった。

 超能力の特訓をするために山奥へ行こうとしていて、山道で足を滑らせた。
 そのまま滑り落ち、勢いよく崖から身を投げ出されたのだ。

 ――断崖絶壁。

 遥かな地面は岩場であり、叩きつけられれば菫子の身は肉餅確定である。

「落ち゛るうう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!」

 頭から落ちていく菫子。涙が目尻から上へと零れゆく。
 落下による風圧が、ジェットコースターに乗ったときのように彼女を苛んだ。
 現状は、むしろヒモなしバンジーだったが。

 ところで、宇佐見菫子は超能力者である。
 この光景を見る者がいたら、次のような疑問をいだいてもおかしくない。

 ――落ちるのが嫌なら宙に浮けばいいのでは?

 が、駄目。
 駄目なのだ。

 超能力とは存外繊細なものであり、ちょっとした慢心や環境の違いで威力が左右される。
 テレビカメラの前では超能力が発動しない、などというのは珍しくない。
 周囲に人がいたら尿や便がなかなか出てこないのに似ているといえよう。

 自分の意思で地面から浮き上がったのではなく、意図せず身を投げ出されたのだ。
 菫子は混乱し、かつ動揺していた。
 身を浮き上がらせるイメージが創り出せないほどに。

 結果、なすすべもなく落下し続けざるを得ない。


――ああ、私の人生って、何のためにあったんだろ

 落ちながら菫子は思った。

――もっと美味しいものを食べたかった。いろんなところへ行きたかった

――遊びたかった。本を読みたかった

――幻想郷だってもっと歩き回ってみたかったし、みんなとお話ししたかった

――それに、それに、私はまだ……

 胸中を去来したのは鮮やかな思い出と、それを塗り潰さんとする後悔。
 たまらず菫子は目を閉じた。

「…………ッッ」

 そのまま彼女の身体は岩に叩きつけられ――

「…………………………?」

 ――なかった。

 恐る恐る目を開く。
 まだ落下中だった。

「ッ! え? は!? ッッ!?」

 落下速度が妙に遅かった。
 死が迫った人間の脳は処理能力の限界を超え、時の流れが遅く感じられるという。
 間近に死の迫った人間。
 まさしく今の菫子である。

――ああ、やっぱり私、死んじゃうんだ

 せっかくなので菫子は改めて丁寧に走馬灯を眺めようとした。

――もっと食べて出かけて遊んで本読んで幻想郷行ってお話しして、そして……

「お取り込み中のところ失礼」

 そんな彼女に掛けられる声があった。

「ちょっと邪魔しな――えッ!?」

 落下しながら器用に首と視線を動かした菫子は、驚愕する。
 そこにあったのは見知った顔。

「あ、あんたは……!」
「ごきげんよう~。夢の世界のお友達、ドレミー・スイートですよぉ」

 菫子に寄り添うように上下逆の体勢で落ちる、胡散臭い獏。
 『なんでここにドレミーが!?』と思う間もなく、菫子は叫んでいた。

「たッ、助けて! 助けてッ!!」

 このままだと地面に叩きつけられて二次元無生物になってしまう。
 今何故かここにいるドレミーなら、菫子を窮地から救えるのだ。

 しかしドレミーは腕を組んで渋い顔をした。

「えぇ~? 無理ですよ。私はこう見えて非力なんです。落ちている貴方をつかんで支えようとしたら、腕がちぎれちゃいますよ」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「まあ、仮に私が怪力の持ち主だとしても無理なんですけどね。だって、ほら」

 差し伸べられたドレミーの手を取ろうとした菫子の手が、むなしく空を切る。

「えッ、あ……」
「言ったでしょ、夢の世界のお友達だって。現実の肉体には干渉できないんですよ」

 希望は瞬時にして潰え、菫子の顔を再び絶望が彩った。
 そんな菫子にドレミーは少し困ったような笑顔を向け、口を開く。

「あ、でも助けられないこともないですね。私の能力を使えば」

 菫子は瞬きをし、ややあって目を見開いた。

「じゃ、じゃあ、たす、助けなさいよッッ!!」

 うだうだと暢気な会話を交わしている場合ではない。
 落ちているのだ。
 もうすぐ地面なのだ。
 今は脳味噌がフル回転しているからスローモーションのように感じられる。
 だが、あと何十秒もしないうちに大地へと叩きつけられてしまうのだ。

「えぇ~? でも菫子さんこの前、学校でご友人に言ってたじゃないですか」
「何をッ!?」
「『そんなくだらない夢見てるんじゃないよ。いい歳して!』って……。あれ、結構ショックだったんですよね。私、夢の世界の住民ですから」
「あれは……そのコが『世界一のゲーム実況者に、あたしはなる!』とか言ってたから! というか夢違いでしょそれ!」
「あーあ、ショックだったなぁ」
「わ、わかったわよ! 悪かった、悪かったから! 謝るから!」

 菫子は拗ねた顔のドレミーに必死で頭を下げた。落ちながら。

「……まあいいですよ。でも菫子さんこの前、喫茶店でご友人に言ってたじゃないですか」
「は? 何をッ!?」
「『あんたいい加減、夢女子やめなよ』って……。あれ、結構ショックだったんですよね。私、夢を創る程度の能力の持ち主ですから」
「あ、あれは……そのコが超人気漫画のヒロインを自分にすげ替えた夢小説ばかり書いてたから! ってかそれも夢違い!!」
「あーあ、ショックだったなぁ」
「わ、わかったわよ! 悪かった、悪かったから! もう夢女子馬鹿にしないから!」

 菫子は口を尖らせたドレミーに必死で頭を下げた。落ちながら。

「……まあいいですよ。でも菫子さんこの前、学習塾でご友人に言ってたじゃないですか」
「だから! 何をッ!?」
「『人の夢の話を聞かされることほど退屈なことはない』って……。あれ、結構ショックだったんですよね。私、人の夢を喰うのが好きですから」
「あ、あれは……ヤマもオチもない話を延々と聞かされたから! ってこれは――確かに夢の話だね、うん」
「あーあ、ショックだったなぁ」
「わかった! わかったわよ! これからはきちんと聞く! 夢の話もちゃんと聞くから!」

 怖くて見る気になれないが、おそらくもう地面はすぐそこだ。
 菫子はジト目のドレミーに必死で頭を下げた。落ちながら。

「……もう絶対に夢のこと馬鹿にしません? 約束できます?」
「する! するから! 二度と夢に関すること悪く言わない!」

 ドレミーは菫子の言葉を聞き、むふー、と満足げに息を吐く。

「わかりました。そこまでおっしゃるなら、私がなんとかしましょう」
「は、早く! 早くして!」

 そして、ドレミーは指をパチリと鳴らし――








「――――ッッ!!」

 菫子はがばりと身を起こした。
 慌てて周りを見回すと、辺りには見慣れた机や本棚、小物などがある。
 自分の部屋だった。

「…………」

 荒い息を吐きながら、菫子は額に浮かんだ汗を拭う。
 そして叫んだ。


「――くそっ、夢オチかよ!!!」





   ~完~





ごきげんよう。
昨年ぶりです。

夢と嘘ってどこか似ていませんか。
夢は違えど科学世紀に生きる私たち。
いろいろと世情は不穏ですが、少しでも良い年になるといいですね。

いつか枯れる泉でも、今はその煌めきを楽しみたい。

ZUNさんと、お読みくださった方々に感謝を。
S.D.
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コメント



0.簡易評価なし
1.12345679奇声を発する程度の能力削除
夢って不思議
面白かったです
2.12345679虚無太郎削除
まるでドレ顔が目に浮かぶようです。いい滑落でした
3.12345679サク_ウマ削除
夢違いだし宇佐見違いだし夢オチだしで全力でずるいです。お見事でした。
4.12345679瞬間不名誉西方名君削除
騙された!最初から手のひらの上で転がされてたんですね でも助かってよかったね
5.12345679ネタが枯渇する日削除
なので蓮子も夢の話はちゃんと聞く
6.12345679削除
おおこれまさに見事な夢落ち。ドレミーさんお茶目。
7.12345679へソプ削除
夢オチになるまでがめちゃくちゃスムーズで好きです