私は地下室で本を読んでいる。ページをめくる。
ひどく入荷が悪くて血が手に入らないのだと咲夜が言う。
「八雲が今全部止めているみたいなんです」
「わかった。行って良いよ」
申し訳なさそうな顔をした人間にひらりと手を降って追い返してから二週間。
地下室の扉は一度も開けていないのに、部屋の中にいつの間にか松明を持った妖精が入り込んでいる。
彼女は星条旗をそのまま着たようなとんでもない格好をして、部屋の中をぐるぐると走り回っている。貧血で幻覚を見るにはまだ少し早いと思う。
「火消してくれない?」と私は言う。「空気薄くなる」
「This is America」と妖精が答えた。彼女はこちらを向いて立ち止まり、いそいそと火を消した。
「どこから入ったの? ここ人んちなんだけど」
妖精は後ろを向いて部屋の隅を細い煙の立ち上る松明で差す。人が通り抜けられるくらいの大きさの緑色の土管が地面から生えていた。
「人んちなんだけど」
妖精が私の手を引く。私は仕方なく本を脇に置いてベッドから立ち上がる。
私たちは手を繋いだまま土管の中に入る。視界が闇に包まれたその一瞬、妖精の持つ消えた松明の先から立ち上る煙が私の鼻を燻す。
すぐに私たちは土管の反対側から出る。青空が広がっていて、桜吹雪が舞っている。
日差しに焼けた私の全身が途端に煙を噴き出し始める。
「どこここ」と私は訊く。
「This is America」
次の瞬間、私を見て妖精はおののいた。彼女はおろおろしながら屈んだ私の額を触る。
「ああ」と私は言った。もう煙で何も見えなくなっていた。「影ない?」
彼女は私の肩の上によじ登った。私の顔が日差しから守られる。
「少しましになったね」
妖精は消えた松明で太い幹の一本の桜を指し示す。私は彼女を肩車したまま頭上の針の指す方へ向かって歩き始める。
一本の長い道路がどこまでも続いている。私たちは道路の真ん中を歩いていく。
私たちの他にここには誰もいない。
木陰の下に辿り着くと私の身体から出ていた煙が止まった。私は疲れて木の幹に背中をもたせかけて座り込み、妖精を肩から下ろす。
「大義であった」と私は言った。「火つけても良いよ」
「This is America」
妖精は松明に火をつけて、跳ねるように私の肩から降りた。私の前で、日差しの下で彼女は駆け回った。
花吹雪はやまなかった。花びらが幾つも彼女の掲げる松明の炎に引っかかって燃えた。彼女は全然それを気にしていなかった。私は座ったままそれを見ていた。
彼女は私に松明を渡す。私が受け取った途端にその火は消えてしまう。
「ごめん」
彼女は火をつけ直してくれる。私は嬉しそうな顔をしてみる。そんなこと本当はどっちでも良いんだけど。
ページをめくる。私や妖精や桜吹雪や道路がめくり上げられて彼方に沈んだ。
私は溜め息をつき、本を傍らに置いて、ベッドに背中から倒れ込んだ。貧血で頭がぼうっとしている。そうしてそのまま誰か別の私が私をめくり上げるのを待っている。
ひどく入荷が悪くて血が手に入らないのだと咲夜が言う。
「八雲が今全部止めているみたいなんです」
「わかった。行って良いよ」
申し訳なさそうな顔をした人間にひらりと手を降って追い返してから二週間。
地下室の扉は一度も開けていないのに、部屋の中にいつの間にか松明を持った妖精が入り込んでいる。
彼女は星条旗をそのまま着たようなとんでもない格好をして、部屋の中をぐるぐると走り回っている。貧血で幻覚を見るにはまだ少し早いと思う。
「火消してくれない?」と私は言う。「空気薄くなる」
「This is America」と妖精が答えた。彼女はこちらを向いて立ち止まり、いそいそと火を消した。
「どこから入ったの? ここ人んちなんだけど」
妖精は後ろを向いて部屋の隅を細い煙の立ち上る松明で差す。人が通り抜けられるくらいの大きさの緑色の土管が地面から生えていた。
「人んちなんだけど」
妖精が私の手を引く。私は仕方なく本を脇に置いてベッドから立ち上がる。
私たちは手を繋いだまま土管の中に入る。視界が闇に包まれたその一瞬、妖精の持つ消えた松明の先から立ち上る煙が私の鼻を燻す。
すぐに私たちは土管の反対側から出る。青空が広がっていて、桜吹雪が舞っている。
日差しに焼けた私の全身が途端に煙を噴き出し始める。
「どこここ」と私は訊く。
「This is America」
次の瞬間、私を見て妖精はおののいた。彼女はおろおろしながら屈んだ私の額を触る。
「ああ」と私は言った。もう煙で何も見えなくなっていた。「影ない?」
彼女は私の肩の上によじ登った。私の顔が日差しから守られる。
「少しましになったね」
妖精は消えた松明で太い幹の一本の桜を指し示す。私は彼女を肩車したまま頭上の針の指す方へ向かって歩き始める。
一本の長い道路がどこまでも続いている。私たちは道路の真ん中を歩いていく。
私たちの他にここには誰もいない。
木陰の下に辿り着くと私の身体から出ていた煙が止まった。私は疲れて木の幹に背中をもたせかけて座り込み、妖精を肩から下ろす。
「大義であった」と私は言った。「火つけても良いよ」
「This is America」
妖精は松明に火をつけて、跳ねるように私の肩から降りた。私の前で、日差しの下で彼女は駆け回った。
花吹雪はやまなかった。花びらが幾つも彼女の掲げる松明の炎に引っかかって燃えた。彼女は全然それを気にしていなかった。私は座ったままそれを見ていた。
彼女は私に松明を渡す。私が受け取った途端にその火は消えてしまう。
「ごめん」
彼女は火をつけ直してくれる。私は嬉しそうな顔をしてみる。そんなこと本当はどっちでも良いんだけど。
ページをめくる。私や妖精や桜吹雪や道路がめくり上げられて彼方に沈んだ。
私は溜め息をつき、本を傍らに置いて、ベッドに背中から倒れ込んだ。貧血で頭がぼうっとしている。そうしてそのまま誰か別の私が私をめくり上げるのを待っている。
まるで耳元でささやかれているように音に聞こえるフレーズが印象的。
貧血のだるさを抱えながらも情景はどんどん晴れやかになっていく面白さ。見事
ぺらりぺらりと、次のページをめくってみたくなりました。