気がつくと私は、夕焼け空の下の墓地に居た。
一面、規則正しく並べられた墓石だらけ。
ただ、その墓石達は、普通のそれとは似て非なるものだった。
名前などが刻まれている正面には、同じ箇所を複数回削ったせいで傷だらけになっているような物があったり、書きかけの文章の断片みたいなものが刻まれていたり、中には何も書かれていないものもあった。
不思議な世界だ、そう思いながら歩いていると、墓石の前で中腰になり、手を合わせている人を見かけた。
「貴方は……?」
思わず声を掛ける。
彼は立ち上がり、私の方へ振り向いた。
「ふむ、ここに僕以外の誰かが来るなんて、珍しいこともあるもんだな」
私より背の高い彼は、眼鏡の位置を指でくいと調節しながらそう言った。
不思議な雰囲気を醸し出している彼に、私は訊いた。
「ここで、何を?」
「供養さ。語られなかった物語や。紡がれなかった幻想の……」
線香をお供えしては、一つ一つに手を合わせていく。ただし、線香は燃やされていない。
「それって、どういうことですか?」
彼は遙々と話し始めた。
「僕は、道具の記憶がわかる。道具の記憶とはつまり、所有者が道具に与え続けた積年の想い。
要はそういった想いとやらに、僕はどうやら親和性があるらしくてね。こういう想いが集うような世界にも引き込まれてしまうんだ」
道具の記憶がわかるとはどういうことだろうか。相棒が夜空を視て今の時刻と場所を知るような、私が結界のほつれを視るようなものなのだろうか。
「道具が壊れて使い物にならなくなったら、付喪神にならないように、しっかり供養してやらなきゃならない。
同様に、未完の作品も、悪霊にならないよう供養する必要がある」
隣の墓石の前に立つと、彼はまた腰を屈め、手を合わせた。
「ここは、供養されず忘れ去られた、道半ばな物語の墓場なのさ」
再び立ち上がると、彼は私の前に立ち、言った。
「君もやってみるかい? ここに来られたのなら、君にも視えるはずだ」
そして、半ば押し付けるような形で私に線香を渡してきた。
強引なのが気になったが、興味があったので自分もやってみることにする。
彼が手を合わせていた墓石がある列の隣に移動し、見様見真似で、供養をしてみる。
燃えていない線香を墓石の前に置き、目を閉じ、手を合わせる。
刹那、脳内にスーッと情景が浮かんできた。
それは、閻魔と死神が仲良く昼食をともにしているシーンだった。
楽しそうな、それでいて甘酸っぱさを感じさせるそれは、思い起こされた時と同様に突然消えてしまい。
今のが、語られぬことのなかった物語とでも言うのだろうか。
その後も私は、様々な未完の物語の断片に触れ続けた。
巫女と魔法使いが空を飛ぶ話。
無意識の少女と吸血鬼少女の出会い。
小人の大冒険。
楽しげで、悲しく、笑い、怒り。断片とはいえ、それらは確かに想いが込められていて。
完成することのなかった、日の目を見ることのなかった彼等を想うと、どこか一抹の寂しささえ感じた。
そして、ふと気がつくと、墓石全てに手を合わせていた。
その数は無限にも思えたのに、終わってしまうと、なんだか呆気ないように思えた。
時刻は、すでに夜になっていた。夜空が冷たい墓石を照らしている。
「これでおしまい?」
墓地から少し離れたところに立ち、墓石群を眺めながら、隣に立つ彼に問う。
彼は首を振り、ポケットを漁りながら言った。
「後は仕上げだけさ」
すると、目当てのものを見つけたのか、ポケットから手を引き抜いた。
その手には、ライターが握りしめられていた。
彼は蓋を開け、点火機構を動かして火をつけると、おもむろにそれを墓石の方へと投げた。
「えぇ!?」
私が驚きの声を上げると、ライターは地面に落ち、同時に、冷たい石で出来ているはずの墓石に火が次々とつき、燃え広がっていった。
燃えていく。
灰となってゆく。
消えていく。
消えていってしまう。
だが同時に、想いが空へと昇っていく様が、目では見えなくとも、感じられた。
それはまるで、送り火のようで。
炎を見上げながら、彼は言った。
「年に一度、ここに迷い込むんだが、面倒な作業であんまり好きじゃないんだ。君が手伝ってくれて首尾よく終わった。感謝している」
「こちらこそ。良い経験でした」
「それにしても、君は彼女とよく似ているが、どういう関係なんだい?」
彼女。誰なんだろう。私は首を傾げた。
「僕にこの仕事を押し付けた人なんだがね……。まあ誰だっていいか。来年ももしここに来たら、また手伝ってくれると有り難い」
彼はそう言い残し、私にくるりと背を向け、歩き出した。
私もまた、別の方へと歩く。この夢から覚め、夜空から時と場所を視る彼女の元へと帰るために。
一面、規則正しく並べられた墓石だらけ。
ただ、その墓石達は、普通のそれとは似て非なるものだった。
名前などが刻まれている正面には、同じ箇所を複数回削ったせいで傷だらけになっているような物があったり、書きかけの文章の断片みたいなものが刻まれていたり、中には何も書かれていないものもあった。
不思議な世界だ、そう思いながら歩いていると、墓石の前で中腰になり、手を合わせている人を見かけた。
「貴方は……?」
思わず声を掛ける。
彼は立ち上がり、私の方へ振り向いた。
「ふむ、ここに僕以外の誰かが来るなんて、珍しいこともあるもんだな」
私より背の高い彼は、眼鏡の位置を指でくいと調節しながらそう言った。
不思議な雰囲気を醸し出している彼に、私は訊いた。
「ここで、何を?」
「供養さ。語られなかった物語や。紡がれなかった幻想の……」
線香をお供えしては、一つ一つに手を合わせていく。ただし、線香は燃やされていない。
「それって、どういうことですか?」
彼は遙々と話し始めた。
「僕は、道具の記憶がわかる。道具の記憶とはつまり、所有者が道具に与え続けた積年の想い。
要はそういった想いとやらに、僕はどうやら親和性があるらしくてね。こういう想いが集うような世界にも引き込まれてしまうんだ」
道具の記憶がわかるとはどういうことだろうか。相棒が夜空を視て今の時刻と場所を知るような、私が結界のほつれを視るようなものなのだろうか。
「道具が壊れて使い物にならなくなったら、付喪神にならないように、しっかり供養してやらなきゃならない。
同様に、未完の作品も、悪霊にならないよう供養する必要がある」
隣の墓石の前に立つと、彼はまた腰を屈め、手を合わせた。
「ここは、供養されず忘れ去られた、道半ばな物語の墓場なのさ」
再び立ち上がると、彼は私の前に立ち、言った。
「君もやってみるかい? ここに来られたのなら、君にも視えるはずだ」
そして、半ば押し付けるような形で私に線香を渡してきた。
強引なのが気になったが、興味があったので自分もやってみることにする。
彼が手を合わせていた墓石がある列の隣に移動し、見様見真似で、供養をしてみる。
燃えていない線香を墓石の前に置き、目を閉じ、手を合わせる。
刹那、脳内にスーッと情景が浮かんできた。
それは、閻魔と死神が仲良く昼食をともにしているシーンだった。
楽しそうな、それでいて甘酸っぱさを感じさせるそれは、思い起こされた時と同様に突然消えてしまい。
今のが、語られぬことのなかった物語とでも言うのだろうか。
その後も私は、様々な未完の物語の断片に触れ続けた。
巫女と魔法使いが空を飛ぶ話。
無意識の少女と吸血鬼少女の出会い。
小人の大冒険。
楽しげで、悲しく、笑い、怒り。断片とはいえ、それらは確かに想いが込められていて。
完成することのなかった、日の目を見ることのなかった彼等を想うと、どこか一抹の寂しささえ感じた。
そして、ふと気がつくと、墓石全てに手を合わせていた。
その数は無限にも思えたのに、終わってしまうと、なんだか呆気ないように思えた。
時刻は、すでに夜になっていた。夜空が冷たい墓石を照らしている。
「これでおしまい?」
墓地から少し離れたところに立ち、墓石群を眺めながら、隣に立つ彼に問う。
彼は首を振り、ポケットを漁りながら言った。
「後は仕上げだけさ」
すると、目当てのものを見つけたのか、ポケットから手を引き抜いた。
その手には、ライターが握りしめられていた。
彼は蓋を開け、点火機構を動かして火をつけると、おもむろにそれを墓石の方へと投げた。
「えぇ!?」
私が驚きの声を上げると、ライターは地面に落ち、同時に、冷たい石で出来ているはずの墓石に火が次々とつき、燃え広がっていった。
燃えていく。
灰となってゆく。
消えていく。
消えていってしまう。
だが同時に、想いが空へと昇っていく様が、目では見えなくとも、感じられた。
それはまるで、送り火のようで。
炎を見上げながら、彼は言った。
「年に一度、ここに迷い込むんだが、面倒な作業であんまり好きじゃないんだ。君が手伝ってくれて首尾よく終わった。感謝している」
「こちらこそ。良い経験でした」
「それにしても、君は彼女とよく似ているが、どういう関係なんだい?」
彼女。誰なんだろう。私は首を傾げた。
「僕にこの仕事を押し付けた人なんだがね……。まあ誰だっていいか。来年ももしここに来たら、また手伝ってくれると有り難い」
彼はそう言い残し、私にくるりと背を向け、歩き出した。
私もまた、別の方へと歩く。この夢から覚め、夜空から時と場所を視る彼女の元へと帰るために。
観測者の視点とそこから発展する会話いいですね