Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

サヨナラゴオストサムライ(序)

2019/04/01 23:07:05
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 ちょうど八つ時だった。
 ドン、と轟音がして白玉楼が揺れ、幽々子は顔をあげた。水屋の中に納められていたお萩を手に取ろうとしていたところで、お茶の催促をしようと考えたところだった。ちょっと考え、名残惜しげに水屋の戸を引いて、お勝手を出たところでふたたび、ビリビリと柱と梁が振動する。
「あらあら」
 幽々子は廊下をぱたぱたと歩き、庭に面した客間に入ると、ほど近い場所でまた着弾音がし、襖がガタガタと震えた。幽々子はその襖を開ける。
 一陣の風が鼻先をかすめる。
 風と思われたのは銀の髪……と幽々子が思うより早く、もうひとつ、赤い風が幽々子の鼻先をかすめる。一瞬遅れて着物の袖がぱたたっと舞い上がり、「あらあらまあまあ」ぼんやりとつぶやきながら幽々子は前髪をかき上げる。そうしてようやく、幽々子の目は襖の向こう、白玉楼の庭を見た。日々整えられているはずの玉砂利は乱れ、石灯籠がやや傾いている。あちこちにある、ほそく煙を上げる窪み……これ着弾跡で、たった今しがた、新たなものが穿たれた。幽々子は襖から首をひょいと出すと、その弾の飛来源、上空に目をやる。果たして、ふたつの風が吹き荒れている。
「妖夢ー、なにしてるのー」
 その姿を妖夢は目の端に捉え、しかし主人の声が聞きはしても、それ以上そちらに目をやる余裕はない。ほんのわずかな思考のぶれ、その隙間に、赤い風は狙い澄まして割り込んでくる。妖夢の頬をお札弾がグレイズし、一筋の赤い線を引いた。
「あんたのしたことはわかってるんだから、さっさと観念なさい!」
 赤い風、博麗霊夢は叫びながら、まったく弾幕を張る手を緩めない。モノクロームの冥界の中にあって、鮮烈な赤の弾幕は、見た目以上の切れ味を伴いつつあった。
「さっきから言ってるけど! お前が何を言ってるのかわからない!」
「犯人はシラを切るものね」
「無い袖が振れるか!」
「有るか無いかは弾幕が決めるわ。死んだら有罪ってことで」
 霊夢は急に弾を射出する手を止め、袖から扇状にいくらかのカードを取り出すと、妖夢を挑発するようににらんだ。「何枚でもいいわよ? ちゃんと反省するまで付き合ってあげる」
 妖夢はため息をつき、額に手を当ててむにゃむにゃとなにがしか呟いた。そうして顔をあげると、やや諦めのこもった目をしている。
「なんか知らんけど……いい加減お帰り願うわ!」
 だがそれも幾瞬かのことだった。刃と瞳に銀の闘志を燃やし、懐から抜き出したスペルカードは三枚。
「上等」
 霊夢は同じ数を手に残し、空中で妖夢と対峙した。あれほど吹き荒れた風が凪いで、生気なき冥界の庭に常時の静寂が帰ってきて……やがて、舞い上がっていた庭の枯葉が二人の視界にひらりと落ち、それが合図になった。
「霊符『夢想封印 散』」
「餓鬼剣『餓鬼道草紙』」
 スペルカード宣言と同時に、妖夢からは、霊夢を中心として形作られた真っ赤な花が破裂したように見えた。しかしその鮮烈な光景の正体はと言えば大量の高速ばら撒き弾であり、弾速と物量に飽かせた力技とも言える弾幕である。技の巧緻に重きを置く弾幕戦闘の中にあって、そのシンプルさはセオリーとは逆方向の美をすら醸し出した。
 もちろんそれに見惚れている妖夢ではない。
 量と速さによってこちらの意表を突いてくる弾幕であるが、自分を見失わなければ道は見える。妖夢は楼観剣を構えると飛散する花弁の只中へ突入してゆく。刀を大振りに薙ぐと、空間ごと霊夢の弾幕を撃墜、撃ち漏らした弾幕を避ける。斬撃で目くらましの小弾を払えば、その中に隠された本命の、必殺の弾がおのずと姿を現す。そして妖夢の斬り裂いたところには空間の裂け目が出来、その裂け目が修復されようとして余剰に集まったエネルギーがガラス片のような弾に変化する。これが妖夢の弾幕となる。
 一枚目のカードは、カード同士の相性によって勝負が決まったようなものだった。楼観剣の生み出す鱗弾は徐々に花弁の中心を捉えはじめ、粘り強い回避にもかからわず……ついには霊夢を被弾させた。
「ふうん?」
 霊夢は笑う。そうして、すぐさま次の動作に移った。
「境界『二重弾幕結界』」
 しまった、と妖夢が思った時には遅かった。妖夢の周りには歪にねじれた空間が出現しており、すでに自分が捕らわれたことを認めざるを得なかった。
「よそ見してる場合?」
 あからさまな挑発と共に、霊夢の弾幕射出が始まる。放射状にまとまって放たれるお札弾に、妖夢の反射神経がすぐさま反応する。あわや被弾、と考える前に体は動いていて、しかし、その弾は妖夢に届くことなく目の前の歪んだ空間に消える。目の端に目くらましの弾を捉えていなければ、第一波にして即座に被弾していただろう。妖夢は間一髪、後ろの空間なら迫る弾幕の回避に成功する。かと思えばまた霊夢から次の弾が休むことなく飛来しており、これを楼観剣で撃ち落とそうとするも、撃ち落とすべき弾は結界に吸い込まれるようにして既にそこに存在しない。かと思えば死角から出現した弾幕がスカートの裾を破り、それを見送ることも許されず前と後ろから同時にお札が迫り……その弾幕のトリッキーさは、すでに剣の一本や二本では対応しきれないレベル。妖夢は粘るに粘り切れず、すぐさま弾に捉えられた。
 被弾のショックに首を振り、しかし次のカードはすでに妖夢の手に収まっている。
「獄界剣『二百由旬の一閃』」
 妖夢の半霊が弾幕を張り始める。とはいえその弾幕自体はひどく大雑把で、霊夢はそれを苦も無く避けては結界で妖夢を苦しめ続ける。だからと言って、ただやられているだけの妖夢ではない。結界弾の隙を見て、楼観剣を大きく一閃する。半霊の放った大弾は砕けておびただしい小片となり、霊夢に迫った。途中で砕かれることにより弾道も変則的になり、流石の霊夢も表情に陰りが見え始める。妖夢の弾幕は霊夢に有効打を与えていた。とはいえ、放たれ続ける二重弾幕結界が、妖夢を苦しめていることに変わりはない。この弾幕勝負は、いつしか互いの地力比べとなっていた。
 結局、先に被弾したのは妖夢だった。
 紙一重でしのぎ続けていた状況にも、限界はおとずれた。前から迫る弾幕に対応する隙に脇腹に一撃をもらい、妖夢はよろめいた。
「くっ……!」
 奥歯がぎしり、と鳴り、しかし呼吸を整えている暇はない。そう思った時に、ふいに霊夢の弾幕が消滅した。妖夢より発動の早かった霊夢のカードは、制限時間を超えたのだった。唐突に視界が広くなりすぎて、妖夢の思考に一瞬の空隙が生まれる。そしてそれを逃す霊夢ではなかった。
「神技『八方鬼縛陣』」
 霊夢の宣言に急激に我に返り、妖夢は己の油断を呪った。奪われたイニシアティヴを取り戻すべく、すぐさまカードに手をかける。
「六道剣『一念無量劫』」
 しかしその宣言が終わるころには、すでに妖夢は弾幕に包囲されていた。「弾幕」と呼ばれる攻撃形態が、標的以外の場所にも大量に弾を発射するのは……もちろん、弾幕戦闘が「美しさ」を重んじるという最大の理由もあるが……攻撃面での理由は、大きく「目くらまし」と「包囲」のふたつと言え、霊夢が得意とするのが後者だった。運動量を制限されることによりジリジリと精神的圧迫が加わる。霊夢の結界型弾幕の強みはそれだ。
 だが、当然妖夢も喰らいつく。楼観と白楼の二振りを構え、神速で周りの空間を薙ぎ払う。瞬く間に空間亀裂で幾何学模様が描かれ、無数の破片……鱗弾が霊夢を襲う。弾道が読みづらく、圧倒的な密度により精密な避けの求められる弾幕だった。
 このときの妖夢は……やはり、冷静さを欠いていたのだろう、と、彼女は後に分析する。
 最小限の動きによる「精密な避け」とは博麗霊夢の代名詞、十八番と言って良い。加えて、霊夢の結界弾幕は、妖夢の特長である、優れた運動性を殺すものだった。ちょうど、一枚目のカードが相性で決着がついたのと同じ……有利不利がそっくり逆転してしまった構図だった。
 妖夢の放つ弾幕をするりするりと抜けながら、霊夢は相手の占有空間をいよいよ削り取りにかかった。徐々に狭められる弾幕の隙間に、妖夢は額に浮かぶ汗を気にする余裕すら与えられなかった。ぎちぎちと鳴る奥歯の音にこめかみを灼かれながら、しかしできることはむやみに二振りを薙いで薙いで薙ぎ続け、攻撃の手を緩めないことだけだった。攻撃している間は当たる可能性がある。攻撃しなければ勝ち目がない以上、妖夢は我武者羅にそうするだけだった。
「さっさと……お縄を頂戴しろってことよ!」
 霊夢が吼え、結界の動きはいよいよ激しさを増した。結界の合間を縫って雨あられと降ってくる小弾たちに、妖夢の神経は灼かれ続け……とうとう、限界が来た。
 幕切れはひどくあっけなく、被弾した妖夢は糸が切れた人形のように墜落する。白玉楼の名の如く真っ白な玉砂利の庭に大穴を穿つかと見えた数瞬前、霊夢がその体を空中で捕らえた。
 幽々子は邸の縁側からその一部始終を見届けて、
「あらあら」
 と笑った。そうして、もう八つ時を少し過ぎた、と思う。
 霊夢は庭に降り立つと、「はーやれやれ」と首を回した。妙に堂に入った仕草だった。幽々子の視線に気付くと、へらっとした笑いを浮かべて、
「ちょっと、こいつもらっていくわよ」
 妖夢を肩に担ぎ直した。獲物を担ぐ猟師そのものだ、と思い、あまつさえ、半霊が困ったように……顔などないのに泣きそうな顔が見えるようなしぐさで……周りをおろおろと浮遊するものだから、幽々子は笑いを抑えきれなかった。
「起きたら、夕飯までには帰るように言っておいて」
 目尻にたまった涙を袖で拭き拭き、間の抜けたことを言い出す亡霊を、霊夢は複雑な表情で見た。
「……生きてたらね」
「大丈夫よ、元から半分死んでるわ」
「……さいで」
 じゃあね、と言い残し、霊夢は妖夢を担いで顕界へと飛び立った。半霊はおろおろとしながらも、金魚のフンよろしく、それに追随した。
「さて」
 玉砂利の庭は着弾跡がところどころに穿たれ、植込みは折れ、焦げ、石灯籠は半壊している。まあ妖夢が片づけるし、と思い。幽々子はしずしずと襖を閉めた。
 それよりも、お茶を自分で入れなければいけないことと、夕飯が何になるかわからないことの方が、彼女にはずっと気がかりだった。

(未完)
お炊き上げ会場と聞いたので。
つくし
http://www7b.biglobe.ne.jp/~tsukushi_k/
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コメント



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1.891奇声を発する(ry削除
未完でも面白かったです
2.891虚無太郎削除
お持ち帰り! そういうのもあるのか
3.891終身名誉東方愚民削除
乙でした!バトルの描写丁寧で、表現が凄いですね とても勉強になります