【星熊勇儀の鬼退治・完 その後のお話】
鬱陶しいと、その一言が言えればいいのに。
そんな詮無いことを考えてしまい、大きく溜息を吐く。
「ん、どうかしたかい?」
声は間近から。
「別に……」
応える声に力を籠められない。もう指摘するのも馬鹿らしい。
――うん、脱力する程に、馬鹿らしいわ。本当に、何をしてるんだろう。
「降りていい? 勇儀」
「ダメだよパルスィ」
俯きたい。下を向いてしまいたいけれどそれも出来なかった。
頭に顎を乗せられてしまっている。腰に両手を回され固定されている。
私は今あぐらをかいた勇儀の膝の上に座らされていた。
力では敵わない私は為すがままにされるしかない。最近では家に帰ってくる度にこうだ。
ああ、溜息以外の何を出せと言うのかしら。
結局無言で編み物を再開する。抵抗するだけ時間の無駄だわ。
折角地上まで行って買ってきた毛糸なのにこいつに付き合ってたら無駄になる。
「あったけー」
邪魔だなぁこの座椅子。
身動ぎもしないからまだいいんだけど。
「寒くないかい?」
「あんたの筋肉でむしろ暑い」
「お互い様だよ。パルスィ体温高いし」
……そうかしら?
「子供体温なんだよなー。うんぬくいぬくい」
「ヘッドバットしていい?」
「歯が折れるからカンベン」
「っち」
誰が子供だ。
「もっとぬくくしたいなー」
「風邪でもひけと言うの」
「本音を言えばマッパのパルスィを抱っこしたい」
「ズドン」
「パルスィさん!? タメなしに空想の中で何撃ち込んだのパルスィさんっ!?」
編み物に集中集中。ほんと邪魔だなこの座椅子。
寒いのなら火鉢でも抱えてろってのよ。
頭の上でぐちぐちうるさいなぁ…………ん、顎がどいた――って。
「ちょっと……髪の臭い嗅がないでよ……」
恥ずかしい……ちゃんと洗ってあるのに気になっちゃうじゃない。
しかし勇儀はやめようとすらしないで嗅ぎ続ける。
ええい、くすぐったいわ恥ずかしいわ――鬱陶しい!
「やめろつってんだろうがぁ!」
「はごっ!」
――――二人して動けなくなった。
後頭部で鼻っ面に頭突き入れたはいいけど痛かった。すごく痛かった。
「……ぱるひぃ。いまのはひどい」
「……あんたが、わるい……」
どんだけ硬い鼻骨よ……こっちの方が割れたかと思ったわ。
「あー痛み取れないー」
「いいじゃないか匂い嗅ぐくらい……」
「恥ずかしいのよ」
「なんでさ? パルスィの髪の匂い好きなのに」
う……
「ふわふわしてるのに水気があるっていうか、しっとりした匂いで好きなんだよ」
うう……髪をもふもふしないでよ……こそばゆい……
恥ずかしくて黙っている間にも彼女は私の髪をいじっている。
本格的にいじり始めた。いつの間にか髪紐解かれちゃって、手櫛で梳かれてる。
……まぁ、いいか。こうしている間は邪魔もしてこないでしょうし。
編み物を再開する――集中、しにくいけれど。
あと少しだし、ミスさえしなければいいか。
ちょいちょいと編み棒を本で読んだ通りに動かし毛糸を編んでいく。
ええと、ここは……
「なぁなぁパルスィ」
「……静かになったと思ったのに」
「だってずっとそれやってるじゃないか。ちっとは構っておくれよ」
毛糸の編み物なんて初めてだから集中してるのに。
「パルスィ、髪伸ばさない?」
「は?」
突然何を言い出すんだか。
子供の頃は伸ばしてたけど――もう随分長いことこの長さで揃えてるのに。
「嫌よ。手入れとか面倒だし、この長さで十分」
「残念だなぁ」
「なに? 髪の長い女が好みなの?」
「うんまあ」
………………ふーん。
「絶対嫌。伸ばさない」
へー。ほー。そうだったの。そうだったんだぁ。
どーでもいーけどねー。知ったこっちゃないわ。
その程度の情報じゃ女の趣味の良し悪しもわからないし。
ふ、まぁ女の趣味は悪いに決まってるわよねこいつは。
だって、こいつが選んだのは――
「重ねて残念。伸ばして欲しかったんだけどね」
……趣味押し付けんな。それこそ知ったことじゃないわ。
ああもう編み物が良く進むわ。すっごいスピードねほほほ。
もうこいつの邪魔とか無視よ無視って目隠しされた!?
「パルスィの髪が長かったらさ」
「わぷ」
「こーやって巻いてみたかったなーって」
首に、彼女の長い髪が巻かれていた。
目隠しと思ったのは巻きつける腕だったらしい。
痛くないのかしら、こんなに巻きつけて。
――て、いうか――こそばゆくて、気恥ずかしいのだけれど。
「なにもじもじしてるんだい?」
「べ、別に」
「ああ、私の匂いに包まれて落ちつかないのかい? 抱き締めてるようなもんだしねぇ」
呵々と笑われても追従なんか出来ないわよバカ。
図星な上に余計恥ずかしい表現使いおってからに。
大体においにおいって、匂い付けなわけ? この行動。なんかあり得そうでヤなんだけど。
……そういえば、隙あらば私にすりついて来るわよね、こいつ。
よく私のことを猫だ猫だと言うけれど――それならこいつは犬よねぇ。
なんとなく見上げると、目が合った。
「あなたは、犬よね」
「んん? そいつぁ――旧都の番犬とかそういう?」
「いいえ、そのまま。あなたは犬っぽいって意味」
なるほどと彼女は笑う。
「いいねえ犬。それならパルスィに可愛がってもらえるもんな。わんわんってか」
「ばっ」
……っかじゃないの。そんな、こと……
「ほら、パルスィは獣には優しいからさー。さとりんとこの子烏によく菓子やってたろ」
「な、なんで知ってるのよ」
「後つけてた。付き合い始める前から」
「真顔で怖いこと言うなぁ!!」
一瞬で全身に鳥肌立った! 髪巻きつけられてる分余計に鳥肌立ったぁ!
「あーあれだよ。愛だよ愛」
「愛の一言で済ませられるものかぁ!」
なにどこまで見られてたの私!? 私生活とか無かったのもしかして!?
ぞっとした……当分距離置こうかな……
――――ま、そんなの無理なんだけど。
こいつが付きまとってくるからとかじゃなく、私が――というのも、あるし。
ちょいちょいと毛糸を結んで、余分なところは鋏で切る。
ごみを纏めて余った毛糸を毛糸玉に巻き戻して――立ち上がる。
突っ張るかと思った彼女の髪は意外にもするりとほどけてしまう。
首筋に僅かに残る感触がくすぐったいけれど、今はそれより優先することがある。
「はいこれ」
「え?」
出来あがった物を渡す。
彼女は暫しぽかんとし、物珍しげに手の中のそれを見下ろした。
「えっと」
「首、ずっと寒そうだったから。あなたがくれたマフラーのお返しよ」
「まふ、らーって……えーと、くれんの?」
「あげるために編んでたのよ」
まだ二月は寒い日が続くでしょうし、旧都の冬は長いから。
「あ、ありがとう」
何故か照れたように彼女は笑う。
「いやさ、なんつーか……こう、私はさ、ものやるのは慣れてんだけどね。
こー年貢みたいな感じ以外でもの貰うってのは慣れてないっつーか、さぁ。
あはははは、なんかくすぐったいねぇ」
戸惑いさえ見てとれる照れ笑い。
普段の彼女からは想像も出来ない少女らしい振る舞いだった。
「あ、あのさ。使っていいかな?」
思わず、笑ってしまう。
「どうぞ。それはあなたのだもの」
照れ隠しなのか。頭をがりがりと掻いて彼女は毛糸のマフラーを首に巻いた。
長い髪をしゅるりと抜き取りマフラーの端を引っ張る。
染み入るようにそのまま動かない。
どうしたのかと、声を掛けようとしたら彼女は口を開いた。
「なんか、ふわふわしてて……見かけない感じだねぇ?」
「ああ、それは毛糸というの。地上で見かけて、あったかそうだなって」
「へぇ……うん。うん」
頷く彼女の意図が掴めない。
思わずきょとんとして、隙を与えてしまったのが間違いだった。
「……あったかいね。パルスィの髪みたいだ」
そんな、恥ずかしい台詞を言わせてしまうだなんて――大失敗だ。
彼女が求めた私の髪の代わりなんてつもりは微塵もなかったというのに。
ああ、もう。
私は何度――こいつに惚れ直せばいいのよ。
【ちょっと後の鬼退治~あなたにぬくもりを~ 完】
鬱陶しいと、その一言が言えればいいのに。
そんな詮無いことを考えてしまい、大きく溜息を吐く。
「ん、どうかしたかい?」
声は間近から。
「別に……」
応える声に力を籠められない。もう指摘するのも馬鹿らしい。
――うん、脱力する程に、馬鹿らしいわ。本当に、何をしてるんだろう。
「降りていい? 勇儀」
「ダメだよパルスィ」
俯きたい。下を向いてしまいたいけれどそれも出来なかった。
頭に顎を乗せられてしまっている。腰に両手を回され固定されている。
私は今あぐらをかいた勇儀の膝の上に座らされていた。
力では敵わない私は為すがままにされるしかない。最近では家に帰ってくる度にこうだ。
ああ、溜息以外の何を出せと言うのかしら。
結局無言で編み物を再開する。抵抗するだけ時間の無駄だわ。
折角地上まで行って買ってきた毛糸なのにこいつに付き合ってたら無駄になる。
「あったけー」
邪魔だなぁこの座椅子。
身動ぎもしないからまだいいんだけど。
「寒くないかい?」
「あんたの筋肉でむしろ暑い」
「お互い様だよ。パルスィ体温高いし」
……そうかしら?
「子供体温なんだよなー。うんぬくいぬくい」
「ヘッドバットしていい?」
「歯が折れるからカンベン」
「っち」
誰が子供だ。
「もっとぬくくしたいなー」
「風邪でもひけと言うの」
「本音を言えばマッパのパルスィを抱っこしたい」
「ズドン」
「パルスィさん!? タメなしに空想の中で何撃ち込んだのパルスィさんっ!?」
編み物に集中集中。ほんと邪魔だなこの座椅子。
寒いのなら火鉢でも抱えてろってのよ。
頭の上でぐちぐちうるさいなぁ…………ん、顎がどいた――って。
「ちょっと……髪の臭い嗅がないでよ……」
恥ずかしい……ちゃんと洗ってあるのに気になっちゃうじゃない。
しかし勇儀はやめようとすらしないで嗅ぎ続ける。
ええい、くすぐったいわ恥ずかしいわ――鬱陶しい!
「やめろつってんだろうがぁ!」
「はごっ!」
――――二人して動けなくなった。
後頭部で鼻っ面に頭突き入れたはいいけど痛かった。すごく痛かった。
「……ぱるひぃ。いまのはひどい」
「……あんたが、わるい……」
どんだけ硬い鼻骨よ……こっちの方が割れたかと思ったわ。
「あー痛み取れないー」
「いいじゃないか匂い嗅ぐくらい……」
「恥ずかしいのよ」
「なんでさ? パルスィの髪の匂い好きなのに」
う……
「ふわふわしてるのに水気があるっていうか、しっとりした匂いで好きなんだよ」
うう……髪をもふもふしないでよ……こそばゆい……
恥ずかしくて黙っている間にも彼女は私の髪をいじっている。
本格的にいじり始めた。いつの間にか髪紐解かれちゃって、手櫛で梳かれてる。
……まぁ、いいか。こうしている間は邪魔もしてこないでしょうし。
編み物を再開する――集中、しにくいけれど。
あと少しだし、ミスさえしなければいいか。
ちょいちょいと編み棒を本で読んだ通りに動かし毛糸を編んでいく。
ええと、ここは……
「なぁなぁパルスィ」
「……静かになったと思ったのに」
「だってずっとそれやってるじゃないか。ちっとは構っておくれよ」
毛糸の編み物なんて初めてだから集中してるのに。
「パルスィ、髪伸ばさない?」
「は?」
突然何を言い出すんだか。
子供の頃は伸ばしてたけど――もう随分長いことこの長さで揃えてるのに。
「嫌よ。手入れとか面倒だし、この長さで十分」
「残念だなぁ」
「なに? 髪の長い女が好みなの?」
「うんまあ」
………………ふーん。
「絶対嫌。伸ばさない」
へー。ほー。そうだったの。そうだったんだぁ。
どーでもいーけどねー。知ったこっちゃないわ。
その程度の情報じゃ女の趣味の良し悪しもわからないし。
ふ、まぁ女の趣味は悪いに決まってるわよねこいつは。
だって、こいつが選んだのは――
「重ねて残念。伸ばして欲しかったんだけどね」
……趣味押し付けんな。それこそ知ったことじゃないわ。
ああもう編み物が良く進むわ。すっごいスピードねほほほ。
もうこいつの邪魔とか無視よ無視って目隠しされた!?
「パルスィの髪が長かったらさ」
「わぷ」
「こーやって巻いてみたかったなーって」
首に、彼女の長い髪が巻かれていた。
目隠しと思ったのは巻きつける腕だったらしい。
痛くないのかしら、こんなに巻きつけて。
――て、いうか――こそばゆくて、気恥ずかしいのだけれど。
「なにもじもじしてるんだい?」
「べ、別に」
「ああ、私の匂いに包まれて落ちつかないのかい? 抱き締めてるようなもんだしねぇ」
呵々と笑われても追従なんか出来ないわよバカ。
図星な上に余計恥ずかしい表現使いおってからに。
大体においにおいって、匂い付けなわけ? この行動。なんかあり得そうでヤなんだけど。
……そういえば、隙あらば私にすりついて来るわよね、こいつ。
よく私のことを猫だ猫だと言うけれど――それならこいつは犬よねぇ。
なんとなく見上げると、目が合った。
「あなたは、犬よね」
「んん? そいつぁ――旧都の番犬とかそういう?」
「いいえ、そのまま。あなたは犬っぽいって意味」
なるほどと彼女は笑う。
「いいねえ犬。それならパルスィに可愛がってもらえるもんな。わんわんってか」
「ばっ」
……っかじゃないの。そんな、こと……
「ほら、パルスィは獣には優しいからさー。さとりんとこの子烏によく菓子やってたろ」
「な、なんで知ってるのよ」
「後つけてた。付き合い始める前から」
「真顔で怖いこと言うなぁ!!」
一瞬で全身に鳥肌立った! 髪巻きつけられてる分余計に鳥肌立ったぁ!
「あーあれだよ。愛だよ愛」
「愛の一言で済ませられるものかぁ!」
なにどこまで見られてたの私!? 私生活とか無かったのもしかして!?
ぞっとした……当分距離置こうかな……
――――ま、そんなの無理なんだけど。
こいつが付きまとってくるからとかじゃなく、私が――というのも、あるし。
ちょいちょいと毛糸を結んで、余分なところは鋏で切る。
ごみを纏めて余った毛糸を毛糸玉に巻き戻して――立ち上がる。
突っ張るかと思った彼女の髪は意外にもするりとほどけてしまう。
首筋に僅かに残る感触がくすぐったいけれど、今はそれより優先することがある。
「はいこれ」
「え?」
出来あがった物を渡す。
彼女は暫しぽかんとし、物珍しげに手の中のそれを見下ろした。
「えっと」
「首、ずっと寒そうだったから。あなたがくれたマフラーのお返しよ」
「まふ、らーって……えーと、くれんの?」
「あげるために編んでたのよ」
まだ二月は寒い日が続くでしょうし、旧都の冬は長いから。
「あ、ありがとう」
何故か照れたように彼女は笑う。
「いやさ、なんつーか……こう、私はさ、ものやるのは慣れてんだけどね。
こー年貢みたいな感じ以外でもの貰うってのは慣れてないっつーか、さぁ。
あはははは、なんかくすぐったいねぇ」
戸惑いさえ見てとれる照れ笑い。
普段の彼女からは想像も出来ない少女らしい振る舞いだった。
「あ、あのさ。使っていいかな?」
思わず、笑ってしまう。
「どうぞ。それはあなたのだもの」
照れ隠しなのか。頭をがりがりと掻いて彼女は毛糸のマフラーを首に巻いた。
長い髪をしゅるりと抜き取りマフラーの端を引っ張る。
染み入るようにそのまま動かない。
どうしたのかと、声を掛けようとしたら彼女は口を開いた。
「なんか、ふわふわしてて……見かけない感じだねぇ?」
「ああ、それは毛糸というの。地上で見かけて、あったかそうだなって」
「へぇ……うん。うん」
頷く彼女の意図が掴めない。
思わずきょとんとして、隙を与えてしまったのが間違いだった。
「……あったかいね。パルスィの髪みたいだ」
そんな、恥ずかしい台詞を言わせてしまうだなんて――大失敗だ。
彼女が求めた私の髪の代わりなんてつもりは微塵もなかったというのに。
ああ、もう。
私は何度――こいつに惚れ直せばいいのよ。
【ちょっと後の鬼退治~あなたにぬくもりを~ 完】
良いもの読ませていただきました。
とげとげしい中にも、愛がある…すごく濃厚な時間でした…
この小説を読んで、パル勇に興味がわきました