Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

珈琲をミルクと砂糖たっぷりで

2019/04/01 20:28:42
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 夜分遅く、アパートの個室。
 机にはつまみの袋が散らかっていて、空っぽの缶ビールが転がっている。
 ほどよく酔った頭の中、目の前には相棒の顔がある。上記した頬は色っぽくて、吐き出す吐息に熱がこもる。
 いつも気持ち悪いと軽口を交わす瞳に見つめられて、金縛りにあったようにからだが動かなくなった。
 静かに艶やかな唇を近づけられる。
 ウェーブがかった金髪が鼻先に触れた時、
 呼吸を奪われた。

  †  †  †

 私は宇佐見蓮子という者だ、同性愛者である。
 平日は大学のキャンバスライフを満喫し、休日は秘封倶楽部のメンバーとして世界の神秘を探求する。そして本日もまた私は秘封倶楽部として神秘を探求するために、自動車が走る横の歩道を走っていた。
 息が切れて、自然と顎が上がる。目に映る空からは無情な宣告が降り落ちる。

 ――9時34分22秒。

 約束の時間の九時はとうに過ぎている、待たせている相方のために目いっぱいに腕を振った。
 マエリベリー・ハーン、通称メリー。冷ややかな印象から男性からの人気が高く、大学の隠れマドンナと名を馳せている。その実、彼女は天然で度々不思議な言動を取ることもあった。ウインナーコーヒーと言って、ウインナーの入った画像を見せると信じてしまったことがある。
 そんな天然マドンナのメリーが喫茶店で一人、書籍を読んでいるところを見つけた。ガラス越しにそばを通り抜けると、メリーがにっこりとした顔を上げて手を振った。まだ怒っていなかったことに私は安心して、入店すると喫茶店の奥から冷たい気配を感じ取る。気配の先を追いかけると華やかな笑顔を浮かべるメリーの姿、さっと私は目を逸らす。
 そのまま帰りたく思ったが、じーっと無言で見つめてくる彼女の視線に耐えられず、おずおずとメリーの席まで向かった。
 どうして彼女はこんなにも怒っているのだろうか。
 メリーはホイップクリーム入りのコーヒーを啜ると、笑顔を張り付けたまま薄っすらと口を開いた。

「ねえ蓮子、ウインナーコーヒーの意味をまた教えてくれない?」
「え?」

 思わず聞き返した。
 そしてメリーの手元にあるホイップクリーム入りのコーヒーが目に入る。
 私は震える声で問い返す。

「く、ぷふっ……まだあの嘘を信じていたの?」
「どれだけ私が恥を掻いたと思っているのよ!」
「くぷっ、本当に? 本当なの?」
「貴方のせいよ、蓮子! どうしてくれるのよ!」
「ひひっ、それでどうしたのよ?」

 笑いを堪えながら聞いてみると、急にメリーはしおらしくなると口先を尖らせた。

「それは! その、ウインナー入っていませんけど? って……」
「あっはっはっはっはっ! もーだめ、がまんできない!」

 バンバンと机を叩きながら笑い声をあげると、顔を真っ赤にしたメリーが「もう知らない!」と喫茶店から席を立った。

「ごめん、まさか本当に信じるとは思わなくって、なにかおごるから許してよ」

 咄嗟に彼女の腕を掴むと私は必死に頭を下げた。まだ拗ねた様子のお姫さまは胡散臭いものを見るような目で私を見つめると、大人しく席に戻る。

「スペシャルデラックスパフェ」

 呟かれた言葉に私は顔を引きつらせる。
 スペシャルデラックスパフェ、小さなバケツほどの容器に入ったパフェのことで仲の良い四人組が挑戦しても食べきれないという曰くつきのメニューである。その値段は8000円(税抜)、アルバイトで稼いだ一日分が消える計算だった。

「いやあ、それは……」
「すみませーん、これをお願いします」

 メリーは私のことなどお構いなしに店員に注文する。本当によろしいのですか、という確認もお構いなしだ。

「そちらのお客さまがいかがなさいましょうか」

 ついでに注文を聞かれたが「水で構いません」と丁重にお断りした。
 機嫌を良くするメリーに相反して気落ちする私は、ひっそりと机の下で電子マネーの残高を確認する。今月の食費は削らないといけないかもしれない。携帯端末に表示される数字と睨めっこをしていると、ドンと重量感のあるものが目の前に置かれた。目線と同じ高さまで積み重ねられたクリームとフルーツの城が机の上にそびえ建っている。スペシャルデラックスパフェ、噂に聞いていたがこれほどとは。

「注文で以上でよろしかったでしょうか?」

 淡々と確認をとる店員にウキウキでメリーは頷き返した。店員が去り際に私のことを気の毒そうな顔で一瞥していったことは忘れない。
 改めて見るとスペシャルデラックスパフェのボリューム感には圧倒される。メリーは一人で食べきるつもりだろうか。

「はい」

 と鼻先に差し出されるスプーン、その奥でメリーが晴れやかな笑顔を浮かべている。

「いくらなんでも一人では食べきれないわよ」

 私がスプーンを受け取るとメリーはたっぷりのクリームを掬い取り、キラキラと目を輝かせながら口に入れる。頬を抑えながら身を捩らせる姿、まあいっか、と私もパフェのクリームを掬った。
 二人で同じものを分け合いながら食べるのは、まるで恋人のようだと感じた。きっとメリーは意識しておらず、女友達の感覚での付き合いだ。意識しているのは私だけだった。食べ始めの時は、あまり気にせずにいられたが量が減るにつれて、少しずつ二人の距離が縮まる。時にメリーがスプーンを伸ばして、私側のクリームを奪い取った。チョコソースがたっぷりと付いた場所、しかし私には削られた跡の方が甘美に思えて仕方ない。意識するなと言い聞かせながらスプーンを動かし続ける。もしも、この行為を間接キスとしたら、どれだけの数を繰り返しただろうか。お互いの唾液が、微量ではあるが確かに、お互いの口に含まれる。意識し始めると口数が減る。メリーから話しかけられると、いつもの調子で軽口を叩くことはできたが、私の方から話しかけるのは難しかった。
 胸の奥の方が疼くのを感じる、まだ意識すれば抑え込める。
 最初からメリーのことを恋愛対象として見てきたつもりはない。初恋は小学生の時に男性相手にした。中学生から大学に入学するまでは誰も愛さずに生きてきた。私は生来からの同性愛者ではなかったはずだ。初めてメリーを見た時は綺麗な人だと思った、それ以上に面白い奴だと感じたから秘封倶楽部に誘った。一目惚れでもなんでもない、気の合う仲間として意識していた。二人でサークル活動を続けている内にメリーに対する印象は少しずつ変わっていった。それを蓮子は親愛だと受け止めていた、受け止め切れなくなったのは成人式の時になる。二十歳になったお祝いに宅飲みをしようという話になって、そこで酔っ払ったメリーに初めてを奪われた。メリーに対する意識が変わったのはそれからで、少しずつ心の整理が付けられなくなった。メリーはその時の記憶を忘れてしまっている。
 結局、パフェは食べきれなかった。器の底ではどろどろに溶けたクリームが溜まっている。お互いの唾液も混じっていると考えただけで私は唾を飲み込んだ。

「最近ねえ、ちょっとよそよそしくなること多くない?」

 不意を打たれた言葉に胸が高鳴るのを感じた。

「そんなことないよ」
「ふうん?」

 笑ってごまかすので精一杯だった。

  †  †  †

 翌年、再び私の部屋で宅飲みすることが決まった。
 せっかく今年で二十歳になったのに酒の一つや二つ飲まなくてどうするのよ、というメリーの言葉を断るに断れず、様々な酒を両手に抱えた彼女を部屋に招き入れる。
 思い返されるのは成人式の時のことだ。あの時の記憶は未だに私の中で鮮明に残り続けている。ぎくしゃくする体、少し期待している自分が情けない。
 あの時はなんだったのか、と思ってしまうくらいにメリーは次々に封を切っては酒を煽った。妙に意識してしまって、酒が進まなかった私もメリーの勢いに流されて、度数の高い酒を次々に注がれた。やはり気分は高揚しているのだろうか、何時にないメリーのテンションの高さにつられるように私の気分も高揚していった。三杯を超えた時には体が熱く感じられて、七杯を超えた頃には世界が回ってみえた。私の倍近く飲んでいるはずのメリーは平然とした顔で笑みを浮かべている。その顔を私は知っている、あれはメリーが何かを企んでいる時の顔だ。そういえば先ほどから妙にメリーの視線が突き刺さっていたような……
 もう頭が回らずにふらふらで、なにを考えているのかあやふやだ。地面が歪んでいる、世界がぐにゃりと回っている。

「……メリーのも飲ませてよ」

 机の上に置かれていたメリーのコップを奪い取った。「待って!」と慌てふためくメリーの様子が楽しくて、どれだけ美味しい酒だろうかと飲み干した。

「うぇぇ……なによこれぇ、ただのお茶じゃないのよ」

 ただのウーロン茶だった。気まずそうにするメリーをじっとりと見つめた後に、私はにんまりと笑みを浮かべてやった。

「あはは、めりーって、おさけ弱いもんねぇ? だから、こんなこざいくをしちゃうんだ、あはははは!!」

 メリーがお酒に弱いのをごまかすのが、なんだか楽しくってしかたなかった。
 おもしろくって、バンバンと机を叩くとメリーが慌てて止めに入る。静かにしなきゃって言ってるけども、なんで静かにしなくちゃいけないんだろう。
 楽しんだから楽しいでいいじゃないか。なんでメリーは楽しそうにしていないのだろうか。

「あのね、蓮子。よく聞いてね? 成人式の後、私は貴方になにかしたかしら?」

 いつもに増して、真剣な目付きでメリーが見つめてくる。

「あーーーー、んーーーーと……」

 言いながら視線を逸らした。
 あの時のことは話すつもりがない秘密だった。言ってしまうとメリーとの関係が壊れてしまいそうで嫌だったし、胸の内に秘めた思いを知られてしまいそうで怖かった。それにあの時のことを話すなんて気恥ずかしくてしたくない。
 んー? と可愛らしく首を傾げてあげるとメリーがおぞましいものを見たような目をされた、なんでだろう。

「……あの時の私は酔っぱらっていたのよね?」
「そうよ、かっこうよかったわよぉ」
「かっこいい?」

 ケッケッケッと笑いが零れる。
 あの時のメリーといったら積極的で、私の初めてを奪った後だって何度も唇を奪われた。顎に手を添えられて、くいってされて唇を重ねられた。そのまま舌で口内を蹂躙された時が忘れられなくて、自慰をする時には自分の指を咥えるのが癖になってしまった。また味わってみたいなあ、と顔がにやけるのを止められない。
 なにか難しそうな顔で考え込んでいるメリーを見て、彼女がまだ酒を飲んでいないことを思い出した。

「めりー、おしゃけのも?」
「あなたはもうやめた方が良いわよ。ちょっと飲ませすぎたかしら?」
「むぅ、わたしじゃない。めりーがのみゅのよ」

 酒に誘っても飲もうとしないメリーに、なんだか急につまらなくなった。ごろんと床に不貞寝するように身を丸める。

「ちょっと蓮子、こんなところで寝ると風邪をひいちゃうわよ」

 メリーに体を揺さぶられる。最初こそ意固地になって絶対に起きてやるかと思ったが、暫く待っても体を揺さぶられ続けたからしかたなく体を起こした。

「もうメリーねか、しぇ…………」
「あら、起きてくれたわね」

 予想以上に近い場所にあったメリーの顔、お互いを見つめ合うような形になった。
 すると急に気恥ずかしくなって、顔を俯ける。「どうしたの?」と心配するように下から顔を覗き込んでくるメリーから逃げるように横へと顔を逸らした。
 なにかを思いついたように口元に手を添えて考え込むメリーの姿、そしてメリーの冷たい手が頬に添えられる。

「もしかして、こうかしら?」

 少しずつメリーの顔が寄せられる。
 ただ頬に手を添えられただけで体が動かなくなる。近づいてくる唇から目を逸らすこともできず、逃げることもできないからギュッと目を瞑った。
 身を震わせながら彼女の唇の感触を待ちわびる。自分から顎を僅かに上げることで受け入れようとした。
 待ち続ける、しかし至福の柔らかい感触は何時まで経っても訪れない。
 パシャリ、とシャッター音が聞こえた。

「んっ?」

 目を開けると携帯端末を構えたまま、笑いを堪えるメリーの姿があった。

「あはっ……ひひひ……最高よ、蓮子。ぷふっ、貴方って、そんなに可愛い一面もあったのね、ひひっ、あははっ!」

 暫くはなんで笑われているのか分からずに呆然としていた。
 笑い続けるメリーに少しずつ状況を理解し始めると段々と怒りが込み上がってくる。
 そして弄ばれたと知った時、プツリと自分の中で何かが切れる感覚がした。

「ふっざけないでよっ!!」

 思わず大声を上げてしまった。
内容を覚えていないけども埋もれていたのを見つけたので貼ってみる
続きはありそうだけど、記憶にない
まふ
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コメント



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1.891奇声を発する(ry削除
良い蓮メリ
2.891虚無太郎削除
ガチレズ倶楽部好き
3.891終身名誉東方愚民削除
乙でした!
ふたりの間に流れてる独特の時間、世界観みたいなのが共有できて、凄くいい空気だったと思います!導入の文章めっちゃグサッときました