Coolier - 迎え火 送り火 どんど焼き

宇佐見董子です 発動編

2019/04/01 18:01:12
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「宇佐見董子です。よろしくおねがいします」
かつかつ、と黒板に自分の名前をチョークで描く。秋口を迎えての転校生が珍しいのか、好奇の目線がいつもより刺さる。
「好きなものは、歌と、笑う猫の―――、」と深夜の大人向けお笑い番組のタイトルを言い掛けて担任の方へと目線を送る。私と目が合った彼が苦笑し、怒るそぶりをする。生徒たちの間から微かな笑いの波が起きる。計算通り。その後もお決まりのやりとりをいくつかこなし、指定された席へ向かう。もう何度も経験した流れ、慣れたものだ。
私の父は、いわゆる転勤族で、一年か長くても二年おき、酷い時には半年程で転居することが常であった。早くに母を亡くした私は父についていく外はなく、幼い頃から短いスパンでの人間関係の構築法を誰から教わるわけでもなく身につけていった。波風を立てずに、穏やかに。輪にのめり込み過ぎずに、かといって外されることもなく。転校した後は使われることもなくなった連絡先だけが携帯に増えていく。今までも、これからも、まぁまぁそんなものだろう、とぼんやりと考えながら席に着く。
「宇佐見さん」隣の席の女子から声をかけられる。
「あ、えぇと―――」言葉に詰まりながらも絞り出す。「ごめんね、まだ名前を覚えてなくって」取り繕ったように続ける。本当の原因はそこではないのだが。
「東風谷早苗です。よろしくね!」語尾に星が付きそうなほど明るいテンションで話しかけられる。それよりもなぜ初見でクラスを見渡した際に気にも留めなかったのか、彼女は染色したにしても、あり得ないほど鮮やかな若草色の髪、それを蛙さんの特大サイズの髪留めで装飾していた。“痛い”やつだ、どこにでも一人はいる。こういう手合いは挨拶程度の関係性にとどめておくに限る。そう判断した私は会話を短く切り上げ、そさくさと授業の準備に入る。これが終われば昼休み、初の社交のお時間だ。短い間とは言え、人間関係を作っていく上での初手は一番大事なポイントである。
昼休みに入ると、案の定、クラスの中核であろうグループから昼食のお誘いがあり、その中には意外なことに、東風谷さんの姿もあった。好きな歌手、テレビ番組、私の略歴がこれまた一通りの流れで消費され、これもまた意外なことに奇抜な容姿に反して東風谷さんも話のレールから外れることはなかった。適切なタイミングで驚き、適切なタイミングで笑う。あまりの自然な不自然さに、あぁ、この人も変な人なりにやっていってるんだな、と少しだけシンパシーを感じた。
休息の時間が終わりに差し掛かった時に誰かが「明日、学校休みだし宇佐見さんの歓迎会でカラオケにでも行かない?」と言い出した。趣味を歌、といった私を汲んでくれたのだろう、100%の善意を少しだけ疎ましく感じつつも顔と口は行こう、行こうとアピールしている。皆が提案に追随する中、東風谷さんだけが「家の手伝いがあるから」と断る。「東風谷さんは仕方ないよ、また次の連休にでも」誰ともなくフォローが入る。周囲の顔を伺うにいつものことのようだ。私も出会ったその日に他人のお家の事情を詮索するのも憚られ適当に相槌を打つ。その後もつつがなく下校まで勤め上げ、新しい学校での初日を終えた。
翌日。目が覚めると、居間へ向かう。父の手による私の分の朝食が家族団らんの食卓に寂しそうに置かれている。スマートフォンのメッセージには『今日も遅くなります』とだけ残されている。『今日は友達と遊びに行きます。門限までには帰ります』と返す。昨晩もかなり遅かったはずだ。日付の変わる頃、布団の中でおぼろげながらガチャリ、と玄関の鍵が開き、父が帰って来た音が聞こえた。今日も朝から仕事なのかな、勤勉なことで、と独りごちる。小さな頃には同じ年頃の子どもと同様に構って欲しがっていた記憶があるが、今では思春期の父子家庭としては却って適切な距離感で良い。いや、まぁ、寂しくないかと聞かれば、多少はね?
朝の身支度を終え、寒色を基調にした外行きの服へと袖を通す。地味過ぎるくらいが丁度いい。時刻は10時前、約束の時間は午後一時頃で今から出ると少しだけ時間を持て余す。「近くの…古本屋」スマートフォンに尋ねる。「一件、が見つかりました」機械音声が帰って来る。待合せの場所からやや離れてはいるが、十分に間に合う地点にある。いざとなれば裏技を使えば問題ないだろう。「行ってきます」父と母、幼い私が映り込んだ写真に一言、声をかけて外へと向かう。
自転車を走らせ駅前へ。ストールが翻り、肌をなめる秋風に冬の気配を感じる。学校から二駅ほど離れた市中までの切符を買う。校区内でのお遊びは先生方から一応のお咎めが入るらしい。街から外れた学校ではよくあることだ。30分おきに発着する電車に揺られ、降りる。休日であるのに人通りのまばらな大通りが目に入り、この道を道なりに進めば集合場所につくが、当面の目標地点は向かいの踏切の方にある。ナビが言うには歩いて15分らしい。駅向かいへと架かる歩道橋に差し掛かる。『この先、…神社』と書かれた金属製の広告が二階建てのトタンの家屋に打ち付けられてる。色褪せた具合から相当前に取り付けられたものなのだろう。実際、肝心の神社の名前は掠れて読めなかった。
歩道橋から降りる、二番目の交差点を左に、そのまま直進。ほどなくして古本屋に辿り着く。文豪の全集やらナントカ論文集成やらが店外のワゴンに置かれている。今日日珍しい、硬派な古本屋だ。店内へと入る。カウンターにも店主の姿は見つからない。万引きの可能性も微塵も考えていないのか、暢気なものだなぁ、と思いつつ私も目当てのコーナーを探す。果してすぐにその書棚は見つかった。心霊・スピリチュアル。私も父も特に信仰している宗教は無いし、縋りたいと感じたこともない。けれど、そこから派生して生まれる余他話、いわゆるオカルトが何故か、私は好きでたまらないのだ。書棚を見渡す。ズラリ、とオレンジの背表紙の本が並ぶ。私は内心小躍りする。ひょっとすると「yeah」くらいは口に出していたかもしれない。面白そうな新書がすぐに見つかる。『アンゴルモアの大予言――世界は1999年に滅亡する!!!』清々しい程にレトロでテンプレートでそれでいて魅力的なタイトル。中身も聖書の一節と現実の事象を牽強付会に照らし合わせた陰謀論。ここまでありふれているのに本を繰る手が止まらないのは何故だろうか。気が付くと青森のキリスト墓と本邦の皇族の関連性を指摘する章まで読み進め、私の名前を呼ぶ声に気が付いた。
「董子ちゃん、董子ちゃん」振り向いた先、体のよじり方一つでぶつかりそうな距離に、その若草色の髪の女はいた。近い。振り返った手と彼女の手が触れあいそうになる。この女にパーソナルスペースの概念はないのか。それ以前に下の名前を呼ばれるほど親しくなったつもりもないのだけれど。「こち―――、早苗さん?」私も名前で呼び返す。ぱぁぁあっと目に見えて東風谷さんの顔が明るくなる。「何を読んでるの?」見ればわかるだろうに。「ああ、ええっと、その、タイトルが、少し、気になって」おずおず、と女子中学生が読みふけるには相応しくないであろう表紙を見せる。「あ、その本だったら私も読みました!」その言葉を換え輪切りに東風谷さんの怒涛の蘊蓄が始まる。好きなことになると急に早口になるタイプの人かな、と思いつつ彼女の語りにうん、うんと頷く。半分も内容は理解できなかったけれど、熱量に押されて聞き入ってしまう。
「つまり予言通り神の手で人類は滅亡するんですよ!」「な、なんだってー!?」阿呆なやり取りをしているとブブブッと携帯への通知が私のミニバッグを揺らす。東風谷さんに断りを入れてアプリを開く。もう皆集まっているらしいことを知らせるメッセージが送られていた。時刻を確認すると開始時刻をもう10分も過ぎていたらしい。『今駅に着きました!すぐ行きます!ごめんなさい!』と大慌ての風を装って返信した。「ごめん、今からカラオケ行かなくっちゃ」東風谷さんに断りを入れる。「長話しちゃったね、こっちこそごめん」東風谷さんは「長話ししちゃってごめん!私も家に帰らないと」と口では言いつつも顔ではまだ語り足りない、という雰囲気だ。本を元の場所へと返し、彼女と並んで出口へと向かう。店主さん、ごめんなさい、また今度買いに来ます。誰に咎められた訳でもないのに謝る。
東風谷さんと道が分かれる前に「早苗さんのお家は何してるの?」何の気もなしに尋ねてみる。えへへ、と少し恥ずかしそうに彼女は笑って「小さな神社で、私は巫女さんみたいなことやってるんです」と答え、続ける。「昔は大きかったんですけどねー、今は寂れちゃって」ひょっとするとあの駅前で見た名前もわからない神社のことだろうか。「そっかー、親の手伝いって面倒だよねー」私の相槌に早苗さんの表情が笑ったままの形で硬直する。迂闊だった。この反応には私自身も覚えがある。何かしら“家庭に問題がある”人の顔だ。慌てて話を切り替える。「あ、でも神様、神様が本当にいたら面白いよね!さっきの本みたいに!」私は何を言っているのだ。けれど、その言葉を聞いて彼女がまたもキラキラと目に星を宿す。「ですよね!そうですよね!うちの神社に来てくれれば会えますよ!」それはまぁ神様はいるでしょ神社なんだから。下手に連続で地雷を踏んでしまうのは避けたい。うぅん、と言葉に詰まってしまう。私の戸惑いをどう解釈したのか、東風谷さんが「それじゃ明日神社に来てください。本当の神様をお見せしますよ」と言う。いつの間にか私よりも少し高い背を縮めて、私の両手を彼女の両手で包んで、何やら憎たらしいくらい自信に満ちた顔、世にいうドヤ顔というやつ、で正面から覗きこんでくる。なぜこの女は、こう、何かにつけて近いのか。「明日は―――」断る理由を探る。本当の神様、とやらは気になるけれど、ものぐさな私としては二日も続けて人と会いたくはない。「またこれくらいの時間にどうです?」東風谷さんはまるで人の都合を聞くつもりはないようだ。満面の笑顔で、断られるなんてまるで考えていないらしい。「それじゃ、この本屋で待ち合わせしましょー!」私の同意も反対もなく決まってしまった。断固としてノーと答えられない自分の意志の弱さを呪う。問答無用で休日の予定が埋まってしまうまでの間に、それぞれの岐路へと差し掛かる。「また明日―!」ぶんぶん、とまるで上機嫌な犬の尻尾の様に手を振って東風谷さんは踵を返す。また、明日ね、と何とか笑顔を取り繕って私もカラオケ屋に向かう。彼女から十分に離れたところで、はぁ、と溜息を漏らす。社交の前から疲れてしまった。「ちょっとだけ…ズルしても…バレへんか」肩を落として独りごちると、どこからやって来たのか、青蛙と目が合う。そろそろ君も島民の時期だろうに。「見なかったことにしてね」蛙相手に何を言ってるのだか、苦笑いをして私は裏技を使う。ワープ。娯楽ではよくありふれた能力だ。私の場合は精々十数メートルの空間を繋げてショートカットできる程度。なぜ、いつ、自分にこんな力が備わっているか考えたこともないし父にさえ話したことはない。好奇の目で見られたいとも思わない。今は兎にも角にも今はカラオケ屋だ、少し先の道へと能力で自分の体を送り込む。裏技の繰り返しと小走りを駆使して目的地へ着く。カラオケ、とだけ銘打たれた看板の立ったその店は、けばけばしい極彩色の塗装がされており、なんともまぁ、場末めいている。メッセージの送られた時刻からは五分過ぎ。クラスメイトは店内に入ってしまったようだ。ここの人たちは気が短いらしい。入口へ向かって歩を進める。自動ドアが開く。近頃のヒットナンバーが耳へと濁流のように流れ込んでいく中で、「げこり」と蛙の声が聞こえたような気がした。
「――♪」懐メロ、と分類されるらしいポップな曲を二巡目で無難に歌い上げる。まばらに拍手が起き、私は次の子にマイクを手渡す。予約されていたラブソングのイントロが流れ出す。「宇佐見さんって、昔の曲上手だよねー」隣の子が聞き慣れた褒め言葉を贈る。「お父さんが聴いているのを聴いてる内に私も好きになっちゃって」本当のことを言えば音楽に興味はないのだけれど。話題に詰まった私は東風谷さんについて振ってみる。その場にいない人なら少々下種でも口に出しやすい。「そういえば、東風谷さんって」目線を全員に走らせながら続ける。皆の仮面に僅かながら歪みが生まれる。「髪、綺麗だよね」無難な着地点を見つけると、場の空気が緩む。どうやら彼女の家庭の事情は、よほど重い何かがあるのかタブーらしい。「羨ましいよねー」「綺麗だよねー」うんうん、あんなにどぎつい染め方で、似合っているのは…。「ほんとに綺麗な黒髪だよねー」。向かいの席の子の言葉に驚く。「黒、髪…?」疑問調で聞き返してしまう。「ねー、サラサラで、男子の理想ってあんな感じなのかなー」私の不審を意に介した様子もなく会話が続く。「そそ、東風谷さんって実はすっごいモテるらしいよぉ。こないだも陸上部の羽山がさー」「えぇ、マジー?」疑念を挟む余地がなく黄色い声に流されていく。見間違いなのだろうか、鴉の濡れ羽色も緑とは言えなくもないけれど、確かに彼女の髪は本物の緑色だった。その、はずだ。考え込んでいるとボックスに設置された受話器にコールがけたたましく響き、思索が中断される。近くの子が電話を取る。そろそろ設定した時間が近いらしい。皆はもう少し歌いたそうだったけれども私が「門限が厳しくって」というと自然に解散となった。
会計を済ませ、“お友達”が方々へと帰っていく。父であれば一仕事終わった、と思うのかもしれない。肩に力を抜く。実の所、門限までには時刻はまだまだ余裕がある。もう一度古本屋に立ち寄って次こそは誰にも邪魔されずにオカルト本に溺れようか、等と考えていると私の背を軽くたたく感触がある。振り向くとおさげで、そばかすが散っていて、えぇと、名前は下北さん、だったか、兎角、私の歌を褒めた子が居た。「どうしたの?」と尋ねると下北さんは自分の方へと右手で手を振り、左手で口に周りに輪を作る。大声で言えないサイン。そう読み取ると私は耳を下北さんの口元へと近づける。「早苗ちゃんのことだけど、さ」うん。「ご両親、亡くなっているの」そういうこともあるかもしれない。「半年前に、強盗が入ってさ」なるほど、事情を察する。「だから、ね?」あまり触れないであげて、彼女のトーンには言外に含めるものがあった。ごめんね、ありがとう、下北さんに心からのお礼をした。東風谷さんへの同情と同じくして、幾ばくかの打算を含む自分に嫌悪を催しながら。

(この辺でイデが発動して終了します)
供養です。隻狼楽しいです
ひだり
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コメント



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1.891青段削除
わたしも早苗の髪の色と神の力(駄洒落ではない)を結びつけるやつやろうとしてエターナったことあります
2.891奇声を発する(ry削除
中々続きが気になる終わり方でした
3.891虚無太郎削除
転校生の歓迎の仕方がいかにも”””平成”””って感じだ! 往年の傑作ライトノベルを思わせる
4.891終身名誉東方愚民削除
乙でした!
董子ちゃんの行動とか心情とかの描写がなんというか本当に繊細で、精密で、うわ~めっちゃこういうことしそう~って思わずなる所がたくさんあって半端なくリアルでsすごい衝撃でした…
所々にしこまれてるINMとかの小ネタも好きですw